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4-12 拒絶

時は戻り、1月前。

“魔戦将” ノーザンからの最終勧告を受けたアロンは、ファナを連れ添って村長邸へと足を運んだ。


村長邸、もとい、アケラの自宅。

両親が早くに他界した彼女は、一人で暮らしている。

アロン達の卒業に合わせて本格的に村長業に励む彼女だが、仕事場は村の集会場であり、一日の大半をそこで過ごしているため、ほぼ寝泊まりだけに帰ってきているのだ。


ただ、今日は “光の日” であり村長業は休みだ。

急用が無い限りは、アケラは自宅で過ごしている。



『ドンドン』


板を張り合わせたドアを軽くノックする。

すると、中から『はーい』とアケラの声が響き、しばらくしてドアが開けられた。


「「えっ?」」


思わず声が揃うアロンとファナだった。


「あら、アロンさんとファナさん、お二人でどうしたのかしら?」

「……先生こそ、どうしたんですか?」


二人が驚くのも無理はない。

目の前には、ボサボサ頭で目の下に大きな隈を作った何ともだらしない姿のアケラだったからだ。


「ああ、ごめんなさい。昨日帰りがちょっと遅くなって。さっき起きたばかりです。」


アケラは少し恥ずかしそうに、外の様子をキョロキョロと見回す。


「立ち話も何だし、入って。」


こんなあられもない姿を、他の村人に見せるわけにはいかない。

そそくさと、家の中へアロンとファナを招き入れるのであった。





「……先生、本当にどうしたんですか?」


アケラの家の中に案内された2人。

乱雑に散らかる部屋の様子に、さらに驚愕する。


“完璧女性” という言葉がピッタリのアケラと思えない風貌。

細長い眼鏡は相変わらずなのだが、化粧もしていない今は別人に見える。


「ああ、ごめんなさい。……ちょっと色々あってね。」


昨夜遅くなったという理由も関係しているのか。

それにしても、酷い散らかりようだ。


「先生、お疲れなら私が片付けとか手伝いますよ?」


「あ、いや、そのっ。」


本気で心配するファナの申し出に、アケラは汗を垂らしながら焦る。

“昨夜遅くなった” というのは事実だが、部屋の散らかりようは昨日今日のレベルでは無い。


実は、自活力が低く家事全般が苦手なアケラ。

教員をしていた時もそうだったが、村長となり多忙を極める身となった今、家の片付けなど二の次三の次になってしまっている。


どのみち、花の独身。

自宅でのだらしない姿など、誰に見せるのか。



「そ、それよりも! アロンさんとファナさんは何か用事が会ってきたのでしょ!?」


慌てて本題を切り出してもらうよう水を向ける。

顔を見合わせるアロンとファナは、先生の秘密を掴んでしまったが黙っていよう、と目線で確認をしてから、アケラを見る。


「先生、いよいよです。」


アロンは一通の手紙を差し出した。

以前から何度かアロンの元に届けられている、将軍ノーザンからの帝都移住についての勧誘だった。


一通り目を通したアケラは、顔を顰める。


「ああ、いよいよですね。」


どう斜め読みしても、最終勧告だと見てとれる内容。

むしろ、帝国軍最高職である将軍からの誘いをここまで放置してきたのに、今まで何のお咎めも無かったことに感心するのであった。


アケラは一つ溜息を吐き出し、呟く。


「“たぶんそうだろうな” と予想はしていましたが、その通りだったなんて。」


「??」


その呟きに、首を傾げるアロンとファナ。

ちらりと2人の顔を見たアケラは頭をクシャクシャとかき乱して、割と整頓されていた机の上に置かれていた一通の手紙を差し出した。



差出人は、帝都の財務庁。



アロンはアケラから手渡された手紙を読み上げる。


「えっと。“1月後、好景気に恵まれるラープス村の財政調査を実施するため準備されたし” ……これがどうかしたんですか?」


帝都の財政調査。

2~3年に一度、財政官が常駐していない町や村の財政状況を調べるため訪れることだ。

作られている特産物の売買や町や村の直営産業(ラープス村の場合、宿泊施設の管理など)で得た町や村の収支から、帝都へ収める納税額が算定される。


もし、飢饉や不景気などで立ち行きそうにない町村があれば、税の減免に応じたり、逆に国をあげて援助に出たりすることもあるが、好景気の場合は当然ながら増税となる。


問題は、“次回の調査” まで課税額が変動しないということだ。

税の減免や援助された町村は、毎年のように調査官が訪れて実態を確認する。

“持ち直してきた” と判断されれば、税額を上げる好機となるからだ。


そして、ラープス村のような好景気の場合。

最低でも3年間は高い税を納める義務が課せられしてしまう。


このまま景気が良ければ問題は無いのだが、ラープス村のような農村の場合、気候などによって突然飢饉や不景気に見舞われることもある。


もちろん、その場合は帝都へ税の減免を訴え、財政調査に来てもらう事も出来るが “好景気で羽振り良くした結果、蓄えていなかった村の落ち度” として取り合ってもらえないことが多い。


そういう意味で、好景気時の調査は村にとってあまり歓迎すべき事ではない。


そして、アロンの手紙といい、ラープス村に送られてきた手紙といい、タイミングが良過ぎる。



「これって、まさか。」


「そうよ、私とアロンさんに対する当て付けよ。」


再びボサボサ頭を掻きむしろうとしたアケラを見かねて、ファナはアケラを椅子に座らせて櫛でその長い髪をとき始めた。

“私のことはいいから、先生と話して” とファナは目線でアロンに伝えた。


「そもそもラープス村は、去年、財務調査を受けたばかりです。去年も好景気でかなり税を吹っ掛けられたけど、それ以上に蓄えも景気も良かったから問題はありませんでした。それにも関わらず2年連続の調査。何か裏があるなと思って準備を進めていたところに、このアロンさんへの通知でしょ? 完全に当て付けですね。」


大きく溜息を吐き出すアケラ。

本来、教え子であるアロンにこのような話を切り出すのは元教員としても村長としても失格なのであろう。


しかし、アロンは超越者であり、前世の年齢を加算すれば今のアケラよりも遥かに年上だ。


超越者として、御使いから天命を受けた存在として、アケラはアロンと2人の時、またはファナも一緒の3人の時だけは、弱音を吐いたり愚痴を聞いてもらったり、色々と意見を貰ったりしていたのであった。


「考えられるのは、アロンさんを帝都へ送らない報復として高額な税を課してくるでしょうね。あと貴方の手紙。アロンさんが教会本部で再鑑定を受けなければ、最悪は異端審に掛けるぞ、と読み取れるわね。」


その言葉で、思わず手を止めるファナ。


「そんな……。」


顔は青褪め、今にも泣き出しそうだ。

しかし、アロンはにこやかに紡ぐ。


「大丈夫だよ、ファナ。」


アロンが大丈夫、と言う時は決まって大丈夫だ。

心底信頼を寄せているファナは、その言葉で笑顔が戻る。


だが、アケラは別だ。

溜息を吐き出しつつ、呆れる。


「大丈夫じゃないでしょう……。これ、アロンさんだけじゃなく、奥さんのファナさんも不味いわよ? 異端審は本人だけじゃなく家族も、もしかしたら私や関係の深いリーズルさん達も、何かしらの処罰を受ける可能性があるわ。」


アケラは言葉を濁したが、処罰、イコール極刑だ。

それだけ、適正職業に関する事柄は、重い。


しかし。


「大丈夫ですよ、先生。」


あっけらかんとして、アロンは笑顔で答えた。


「もとより、こうなる事を想定して準備を進めてきたのです。……ボクや、ボクに関係するすべてに手を出したらどういう目に遭うか(・・・・・・・・・)。理解させる日が来るだけです。」


笑顔、だが底知れぬ憎悪と怒り。

ゾクッ、と肌を粟立たせたアケラも口元だけ笑う。


「そう、ですね。……でも、これだけは教えて?」


アロンの秘密を知ってから、どうしても聞きたいことがある。それは……。



「何故、アロンさんは頑なに帝都行きを拒むの?」



帝国で最も栄える、帝都。

広大な一等地に、白亜の宮殿のような住処。

毎月手渡される、莫大な給金。

使用人を侍らせ、贅の限りを尽くした生活も可能。


それが、超越者の待遇だ。


帝国軍の百人隊長と帝都で過ごした経験のあるアケラから見た超越者の暮らしは、まさに錦衣玉食。

平民と貴族以上の隔たりのある、絶望的な格差を感じたのだった。


アケラの元教え子であるメルティは、その豪勢な暮らしを謳歌しつつ高等教育学院に通っているのだろう。


もちろんアロンもこのタイミングで帝都に移れば、2年は高等教育学院に通える。

帝国民にとって貴族でも無いのに高等教育学院に通えるのは最大の名誉であり、なおかつ超越者の高待遇をもってすれば帝都の暮らしは何一つ不自由ない。

そして高等教育学院卒業後は帝国の要人、帝国軍幹部候補生など華々しい未来が約束されている。


すでにファナと婚姻を結んだアロン。

愛する妻と共に、幸せに生きるとすればこんな田舎村と帝都など比べるまでも無いのだ。


だが、アロンは首を縦に振らない。


「先生。ボクは村でやるべき事があるからです。」


「……それは前も聞いたわ。アロンさんにとって、やるべき事は帝都での優雅な暮らしを捨ててまで行うべきことなのですか? 貴方には、すでにファナさんという素敵な伴侶がいます。ここで生活するには、自給自足が大原則。朝早くから夕暮れまで、土を弄り、家畜を世話して、森へ入る。その暮らしと帝都の一等地での豪華な家に使用人までいる暮らし。どちらが、」


「先生。」


アケラがまだ全てを言い切る前に、アロンは手を伸ばして制する。


「ボクは、この村が大好きなのです。確かにファナには苦労を掛けるとは思いますが……。」


「アロン、私はいいの。貴方と一緒なら。」


“ファナはどう思っているのか”

一瞬その考えが過り、ファナに目線を向けたアロンだが、当のファナはにこやかに気持ちを応えてくれた。


「……そういう訳です。結局、超越者がその待遇で帝都に召し抱えられるのは、死なない身体に他を圧倒するスキルを有しているからです。もちろん、向こうの世界の知識を持っているからというのも理由の一つでしょうが、そのどれもが、ボクにとって何の価値も無いことなのです。」


「アロンさんにとって、貴方の価値、とは?」


「ファナを、家族を、村を守ることです。」



“そのために、この世界に再び舞い戻ってきた”



その上で、御使いこと “狡智神アモシュラッテ” との約束を果たす。

それこそアロン自身が考える、アロンの価値だ。



「それは、やるべき事とは繋がっているのですか?」


「はい。……こればかりは誰にも譲れません。」



アロンが、やるべき事。


前世。

村は襲われ、焼かれ、父は殺され、村人も殺された。

愛するファナと、妹ララは、目の前で犯された。


何一つ抗うことが出来ず、無様に殺された。


その元凶たる超越者の3人。

“剣闘士” レントール

“司祭” ソリト

“忍者” ブルザキ

彼らが率いるギルドによって、全てを蹂躙された。



その3人を、血祭りにあげる。

それこそアロンが考える、最初にやるべき事だ。



前世、何も出来なかった無様な自分(アロン)

力が無く何も抵抗出来ず、当たり前であった幸せと小さな世界が、一瞬で崩壊した。


齎したのは、理不尽と暴力。

それを許しているのは、歪な世界の常識(・・)


超越者という存在を受け入れている、この世界だ。



それを、壊す。



アロンという存在が割れ、慌ただしくこの小さな世界は変容している。

その結果、理不尽と暴力によって一瞬で崩壊してしまう程、脆い村ではなくなったのだ。


共に強くなったアケラや、リーズル達。

リーズル達の指導で、めきめきと実力を高めている村の若者たち。

もちろん、アロンと結ばれたファナもだ。


そして、極めつけは邪龍の森と繋げた村の防護柵。

ラープス村は、すでに “邪龍の森” の一部。


それが齎すのは、かつて女神に反旗を翻した伝説の存在。世界最高難易度ダンジョン、7つの大迷宮の奥深くに鎮座する “七龍” の一柱、その中でも最強の存在である “邪龍マガロ・デステーア” の庇護だ。


ラープス村は、アロンの想像した以上に堅牢かつ甚大な戦力を有する一つの要塞へと化した。


前世と同じくレントール達が襲い掛かってきても、もはや太刀打ちなど出来るはずもない。


だが、それでもアロンは良しとはしない。



アロンがこの歪な世界を壊す、最初の一歩。

その対象こそ、前世、村を蹂躙したレントール達だ。


村にやってきたら、自分(アロン)の手で葬り去る。

村にやってこなくても、見つけ出して葬り去る。


傍から見れば、“復讐” なのかもしれない。

だが、そう問われればアロンは “否” と答える。



復讐ではない。

過去(前世)の自分との、決別。



それが、アロンのやるべき事だ。




「分かりました、いいでしょう。詳しく聞くだけ野暮というものですしね。それならば私は村長として、アロンさんとファナさんを守りつつ、村も守ります。」


ファナの手でいつものサラサラなロングヘアになったアケラは、笑顔でアロンに応えた。

その言葉にアロンも笑みを零すが、


「それでも、現実問題として異端審に掛けられた場合、貴方はどうするおつもりですか?」


村に掛けられる税よりも、そちらの方が大問題だ。

適正職業を偽り、なおかつ是正しようとしなければ異端者どころか “悪魔” だと言われる可能性がある。


この世界で、“悪魔” は最も忌むべき存在だ。

その存在は、<国母神>同様に一般的には伏せられているが、偉大な神と真逆の “悪しき存在” の眷属こそ悪魔と呼ばれる者であり、神学上、それは地底深くに蔓延っていると謂われている。


アロンは、来月の視察団が訪れた時も鑑定妨害の “ベリトの腕輪” を装備するつもりだ。

恐らくだが、一般的な12歳の適正職業鑑定の儀式に使われる “鑑定薬” ではなく、それよりも上位アイテムとなる “上位鑑定薬” または “神眼薬” が使われる可能性が高い。


または “愚者の石” のような鑑定スキルが扱える超越者が来るかもしれない。


いずれにせよ、視察団はアロンを鑑定するだろう。

そして鑑定不能という結果を知った神官は、その場でアロンを “悪魔” だと糾弾する可能性が大いにある。


その直後に考えられる行動は、二つ。

一つ目は、その場でアロンを切り伏せろという、問答無用の極刑宣言の場合。


これは “最初はレントール達” とか悠長な事は言っていられない。

アロンは、全身全霊を以てこれを阻止する。


例え、相手を殺してもだ。



そして、二つ目。

アロンが “悪魔” だという事を一旦保留にされた場合である。

どちらかと言えばこちらの可能性の方が高い。



「恐らくですが、保留の条件としてボクが帝都へ向かい、再鑑定の儀式を受けること、そのまま帝都で暮らすことが挙げられるでしょう。加えて、高額課税の免除や村への異端審問官やら何やらの派遣も停止するとか、そういうところでしょう。」


淡々と、“視察団が来た時の対応” を告げるアロン。

“一つ目” の対応も非常識極まりない発想であり、アケラもファナも真っ青になって耳を傾けている。


「その、二つ目の場合はどうするつもりなの?」


「ん? やることは変わらないよ。」


ファナの問いに、笑みを浮かべて答えるアロン。

またもや顔を青褪めさせるファナとアケラだった。


それは、“一つ目と同じ対応を取る” という事だ。



静かに、アロンは紡ぐ。



「“悪魔” と罵った相手が、【暴虐のアロン】と呼ばれ畏れられていた人物だったと、理解させるだけさ。」



震えるファナ。

未だ、目の前の愛する男が “暴虐” など呼ばれていたなど、到底信じられない。


加えて、アロンが告げた方法は、アケラにとってもファナにとっても、いや、イシュバーンに住む者にとって、常識を無視した恐ろしくも荒唐無稽なものであったからだ。



「それだけの効果がある、ってこと?」


「そう。だから安心して任せてくれ。視察団が来る日だけど、ファナはいつもの通りボクの帰りを家で待っていて欲しい。念のため、ディメンション・ムーブの視覚効果でファナの様子は見守るけど……まぁ、ファナなら大丈夫だろうね。」


「そこは “絶対守る!” って言って欲しいなぁ。」


アケラの髪を整え終えたファナは、わざと拗ねる。

アハハ、と笑いアロンはファナの傍に歩み寄り、頭を撫でた。


「もちろん、ファナの事はボクが絶対に守る。何があっても、君を守る。」

「アロン……。」


顔を真っ赤に染め上げ、アロンを見つめる。

アロンもまたファナを見つめ、そのまま唇を――、


「はいはい、お二人さん。まさか私の事を忘れているわけじゃないですよね? それとも何ですか、未だ独り身の私に対する当て付けですか?」


にっこりと、しかしドス黒い邪気を放つアケラ。

「わぁ!」「きゃあ!」と慌てて離れる2人だった。




ラープス村で、一番の器量良しでお淑やか。

明るく気立て良く、そして料理上手に加え、その美貌とスタイルも相まって多くの村の男性を虜にしつつも、幼き頃からアロン一筋を貫いた女性。


その風貌と雰囲気、そしてアロンを支える幼妻というイメージの強いファナだが、実はラープス村でアロンを除いて一番強いのは、ファナなのだ。


初めてマガロと出会った日から、一度も欠かさず5日置きの修行に、アロンと共に訪れていた。

そして時間がある時は魔法(スキル)を放ちまくり、JP振り分けに勤しんだ。


アロンが持ち込んだ “転職の書” によって、上位職 “司祭” となり、スキル “司祭の心得” を習得してからさらにスキル上げが捗った。


その結果。


現在、レベル455

職業、“武僧”(モンク)


武闘士のような徒手空拳を得意とする物理職と、回復や味方の強化に長けた僧侶のような後方支援のハイブリッド職業。


特に、味方への強化魔法(バフスキル)を多く習得できるのが武僧の強みだ。

もちろん、それは自分自身にも掛けられる。

ATK(攻撃力)DFE(防御力)などの基礎能力を底上げしつつ、同じ上位職である司祭や祈祷師をジョブマスターに達していれば強力な回復役にも立ちまわれるなど攻守回復の全てに優れ、隙が無い。


“最終的な最強は魔法士系だが、上位職最強は武僧”


それが、ファントム・イシュバーンでの評価だ。


ファナはすでに、上位職 “司祭” と “祈祷師” をスキルカンスト、つまりジョブマスターにまで達した。

武僧のスキル上げは半ばだが、いよいよ見えてきた。



ファントム・イシュバーンでも辿り着けば一流。

イシュバーンに転生した超越者でも、稀有な存在。


“覚醒職”


純粋なイシュバーンの民として、初めてその領域にファナは辿り着こうとしているのであった。




「先生、これは提案なのですが……。」


“私への当て付けか!” と憤慨したアケラは、未だその怒りが収まらずジト目で睨んでいる。

少々たじろきながらもアロンは続ける。


「来月の視察団が来る前に、村の正門を強化しましょう。それこそ砦のように作り替えましょう。」


ギョッとするアケラとファナ。


「え、なんで!?」


「“公共事業” です。確かにラープス村は素晴らしい好景気に恵まれていると言えましょう。ですが、そのまま何もせずただ蓄えているだけでは、余分に課税されてしまうでしょう。ならば、その蓄えを村人に還元するとした公共事業として、正門の改良するのはどうでしょうか。」


確かに、と呟くアケラ。

しかし。


「でも、何で正門を?」


「行く行くは今ある防護柵をさらに強化すべきとも考えますが……まずは正門だけで良いと思います。それを見た視察団、しかも門番はリーズルとガレットの2人。どう映るでしょうね?」


ゾワッ、と再度肌を粟立てるアケラ。

だが、今度は逆に表情には笑みが浮かぶ。


「そうか……ある程度の実力者なら、あの子たちを見抜く。すでに、千人隊長クラスと言っても過言でない、その実力を。」


「そうです。加えてボク等の代のほとんどが村に残ったという理由も、裕福かつ安全、さらに優秀な人材を多く輩出する学習カリキュラムを持つ村への恩返し、と言いましょう。嘘ではありませんしね。何よりそれを実現している貴重な人がここにはいますから。」


アロンの言葉に同意しつつ、首を傾げるアケラ。


「えっと、それを実現している貴重な人って?」


「アケラ先生ですよ。」


ひゃっ、と妙な声が漏れるアケラに、思わず吹き出すファナだった。

今度はジト目でファナを睨むが、それよりもアロンの真意を聞くのが先だ。


「先生は、ガレット達よりも実力は上です。そんな先生が鍛えた村の若者たち。様々な面で他の町村を圧倒するポテンシャルを誇るこの村に、たかが超越者一人を獲得するためにアレコレ画策をすることがどれほど愚かしいことか、帝国にとってどれほど損失なのか、優秀な財務調査官ならすぐに理解するでしょうね。」


アロンの言葉に、唸るアケラ。


「来月の視察団は、ボクの勧誘と村の財務調査を同時に行う、その目的はアロンという存在を獲得するための強硬策であることは明らかです。しかし、本来この二つは繋げるべき事では無いはずです。」


「そうか。アロンさんがさっきおっしゃっていた、“理解させること” と、村のポテンシャルの話。」


「そうです。向こうが結びつけてくるなら、こちらも結びつけるまでです。」


手をポンと叩き、納得するアケラ。

笑顔で頷くアロン、だが、この2人を交互に見て怪訝そうに首を傾けるファナであった。


「どういう事?」


「ああ、つまりね。」




――――




時は戻り、視察団訪問3日目の早朝。



「こ、これはどういう事だ!!」


宿泊施設のラウンジで叫ぶ、視察団の団長カイエン。

手に持つ、一通の手紙の両端がグシャリと潰れる。


「セイル! セイルはどこへ行った!?」


さらに叫ぶ。

その様子に、一人報告に訪れた視察団員は青褪めて震える。


「セ、セイル様はお見掛けしておりません……。

そ、それに。村長のアケラ殿も、この手紙を目にして非常に憤慨なされております。」


「憤慨!? それは、あいつ(・・・)に、だよな!?」

「い、いえっ!! こ、この視察団に対してです。」


顔を怒りに歪め、椅子にドカッと座るカイエン。


「で、何て言ってきている?」


さらに顔を青く染める団員。

震えながら、抱えていた通達書を読み上げる。


「……『告。確たる証拠も無いまま、当村アロンを超越者と断定した上、当村及び村民に多大な危害を加えると脅迫したことを、交渉の場に同席されたセイル氏より報告された。よって、村長権限より、

一つ、交渉記録委細の開示を請求する。

二つ、すでに剣士であることを善神エンジェドラス様の名において示されている当村アロンが超越者であると断定された証拠類の開示を請求する。

三つ、適正かつ公平でなければならない財務調査が、今回の交渉の場において脅迫材料の一つとされた事実は帝国の国家安寧を揺るがす不当事案とみなし、今回の財務調査の一切を白紙撤回すると共に、視察団長カイエンの解任及び厳罰を請求する。

帝都司法庁は直ちに事実確認及びイースタリ帝国法令に照らし合わせ、帝国民の尊厳を守られたし。』

……以上、です。」


「アケラの野郎!」


怒鳴り、カイエンは目の前のテーブルを蹴飛ばす。

テーブルは勢いよく横に倒れ、ガシャン、と乗っていた花瓶が割れた。

中から大量の水をまき散らし、活けられていた花も散乱した。


「それにセイルの奴! 裏切りやがったな!」



思い起こせば訪問2日目となる昨日、様子がおかしかった。

――いや、分かっていたはずだ。

セイルは、元々そういう女(・・・・・)だということを。



「あの、偽善者が!」


悪態をつくが、こうなっては遅い。

ある意味、カイエン自身の傲りが招いた事態であるからだ。


「アケラの通達は、帝都へ向かっている最中か?」

「お、恐らく! 早馬で……。」


ラープス村と帝都の距離は、通常の馬車で1週間。

早馬なら、3日だ。


「こちらも早馬を出せ。そして、それを握っている奴を見つけて、斬れ。」

「え、ええっ!? そ、それは……。」


「命令だ! 早く行動しろ!」

「は、はいぃぃぃ!!」


大慌てで宿泊施設から飛び出す団員。

その後ろ姿を睨みながら、深く椅子にもたれ掛かる。


「くっそ。あの野郎……よくも、やりやがったな。」



単にセイルが裏切っただけなら、ここまで事態はひっ迫していない。

それを事実として村長アケラが騒ぎ立てたとしても、事実無根だと逃げることも出来た。


それが、出来ない理由。

カイエンは、再度、手紙を開いた。


差出人は、アロンだった。

皺だらけのその手紙には、こう記されていた。



■■■■■■■■■



私は偉大な帝国の民として、この国の英雄達の礎になればと故郷ラープス村で慎ましい生涯を終える覚悟を持っておりました。


しかし、ノーザン将軍からの誘い。

そして、今回の視察団による勧誘。


それは勧誘とは名ばかりの脅迫でした。


超越者は死なぬ身体だからと、私の大切な家族や村人に危害を加えるというのです。

関係無いはずの、帝国へ収めるべき村税のさらなる追課税に、さらなる調査団や異端審問官の派遣まで言及されました。


そして、有ろうことかの悪魔呼ばわり。

一体、私が何をしたのでしょうか。


この世界で、悪魔というのがどういう存在か知っているつもりです。

ですが、それと同一視されるのは心外です。


絶望に塗りつぶされた私は、帝国にはもうついていけません。


非常識であることは重々承知していますが、私は愛する妻と家族を連れて、聖国か覇国のどちらかへ亡命をする所存です。

それがどういう意味かも、当然理解しています。


しかし、貴方たちが私を高く評価するように、他国も歓迎してくれるのではないでしょうか。


ノーザン将軍。

そして蒼天団カイエン団長。

ジークノート皇太子殿下並びに、レオナ嬢。



次は、戦場で会いましょう。



ラープス村 アロン



■■■■■■■■■



アロンからの、明らかな拒絶。

そしてこの手紙には、多くの問題が孕んでいる。



超越者アロン獲得のため、カイエンが脅したこと。

それを主導したのは、将軍のノーザンであること。


元々帝国のために活動しようとしていたアロンの意志を度外視し、義務を振りかざして無理矢理帝都へ向かわせようとしたこと。

その際に、本来関係無いはずの村の増税を仄めかし、さらに死なぬ超越者たるアロンではなく、村人や家族の命をチラつかせたこと。


その結果、アロン獲得に失敗したこと。



尤も、脅迫も財務調査と絡めたこともアロンさえ獲得できれば、無かった事に出来た。

もちろん悪魔呼ばわりも、教会本部で再鑑定させ受けて貰えれば無かった事に出来たのだ。


だからこそ多少強引でも、あの場で様々なカードが切れたのだ。


しかし、結果はアロン獲得ならず。


それどころか敵国への亡命を仄めかしている事だ。

これはイシュバーンにとって絶対にあり得ない、あってはならない非常識な言動でさえある。


だが、相手は【暴虐のアロン】だ。

ファントム・イシュバーンで敵対していた聖国陣営、そして覇国陣営にその悪名を轟かせ、震えあがらせていた最強の存在。


どちらの国か分からないが、もし “国境跨ぎ” を許してしまい、敵国に保護されてしまうと……。


まさに、アロンが示すとおりだ。


“歓迎してくれるのではないでしょうか”


それどころではない。

敵国は、狂喜乱舞するだろう。


貴重な超越者、しかも “最強” の二文字と共にその名を轟かせてた存在。

かつては辛酸を舐めさせられた相手が、帝国の不始末で家族引き連れて逃げてきたとなれば、最大最高の待遇で歓迎するだろう。


敵国の高笑いが聞こえてきそうだ。

そしてそれは、妄想でも幻聴でも、無い。



“次は戦場で会いましょう”



【暴虐のアロン】という大戦力の確保に失敗しただけでなく、その大戦力は敵国に渡り、帝国は牙を剥けられる。


今まで、“アロン” が居るという事で胡坐をかいていた帝国陣営の超越者たちは、絶望するだろう。


聖国、覇国が味わってきたその絶望を、今度はこちらが味わう破目になるのだから。




「ちくしょうっ! どうしてこうなった!!」



誰も居ないラウンジ。

カイエンの絶叫だけが、響くのであった。



次回、9月4日(水)更新予定です。

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