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4-11 悪魔の村

更新が遅くなり申し訳ありませんでした。

ラープス村の集会場。

早速、村の帳簿類を確認し始めるなどの作業を始めた帝国の視察団、財政庁の監査官たちを横目に “噂のアロン” が来るのを待つ、カイエンとセイル、そして神官長と人民庁の長官の4人。


『ガチャリ』


響く、ドアの音。

村長アケラがまず姿を見せ、その後ろには……。


「アロンさん!」


笑みを浮かべ、立ち上がるセイル。

その視線の先、以前出会った時と同じく黒銀のフルプレートアーマーに鉄仮面というファントム・イシュバーンで見慣れた【暴虐のアロン】の装いそのままの騎士が立っていた。


「貴女は、確かセイルさん。」


黒銀のフルフェイスから響く、くぐもった声。

以前耳にした、アロンの声だった。


「はい、セイルです! ご無沙汰しております!」


嬉しそうに頭を下げる。

そして同時に、隣のカイエンも席を立って頭を下げた。


「初めまして、になるな。オレは今回の視察団の団長でもある、冒険者連合体帝都本部登録ギルド、“蒼天団” のギルドマスターでもある、カイエンと言う。よろしくな、アロン。」


ゴツゴツした手を伸ばすカイエンの手を取る、アロン。


「ご丁寧にありがとうございます。ボクはラープス村のアロンと申します。」


仮面も取らぬまま、返事をするアロンに眉をしかめる。


「なぁ、そこは仮面を取るのが礼儀じゃねぇか?」

「ええ。ですが、以前お会いしたジークノート皇太子殿下より脱帽せずとも良いとご承諾いただいています。不躾で無礼に当たるかもしれませんが、貴方たちが私に用がある時は、この姿で対応させていただきます。」


あくまでも丁寧に。

しかし、明らかな拒絶の意。


だが、カイエンは一瞬キョトンとするが、すぐ豪快に笑う。


「はははははは! 殿下が許可したんじゃオレが咎めるのはお門違いだ。なあ、アケラ。込み入った話になりそうだから、どこか違う部屋を使わしてもらえないか?」


「ええ。奥の部屋を開けておりますのでお使いください。私は財務調査の立ち合いがあるので同席できませんが、よろしくて?」


「ああ。お前さんは忙しいからな。アロンだけ借りるぜ。」


アケラが指し示すドアへ、アロンが先導し案内をする。

その後に続く、カイエン、セイル、そして神官長と長官。



(カイエン様に物怖じしないとは。)

(噂通りとんでもない逸材か。はたまた若さ故か。)



先ほどのやり取りは、下手をすると一触即発だった。

冷や汗を垂れ流しながら何事も無くホッとする神官長たちは、このまま穏便に事が運ぶことを祈る。



“蒼天団” ギルドマスター、“侍” のカイエンは恐ろしい男だ。


冷静沈着で男らしい反面、どこか抜けている残念団長。

ギルドマスターとして、帝国軍万人隊長として、統率力と人望は非常に高いのは実力だけでなく、人間臭く親しみやすさも相まってなのだろう。


だが、それは “仲間” にだけだ。

敵対する者には慈悲の欠片すらない、非情な男。


相手が泣き叫び、命乞いをしようとも関係無い。

“敵” には一切容赦の無いその姿。


人呼んで、“冷刀カイエン”


だからこそ、アロンという少年がカイエンに無礼を働いた時、肝を冷やした。

今回の目的は、アロンを帝都へ移住させることであり、その目的を達成するためにこの使者たちが与えられた権限はそれなりに大きい。

しかも、後ろ盾は輝天八将の一人、超越者である “魔戦将” ノーザンなのだ。


今回、アロンの首を縦に振らせなければならない。

すでに顔に泥を塗られたノーザンの怒りも悍ましいが、何より今回使者として同席したのが “冷刀” カイエンだ。

アロン勧誘時に何か一つでも言葉を間違えたら、その場でカイエンに切り伏せられる可能性すらある。

教会本部の要人たる神官長に、伯爵でもある長官だが、今回使者として訪れたカイエンが持つ権力や立場の前では塵に等しい。


“魔戦将” ノーザンの代行。

カイエンの本来の冷徹さを加えれば、“アロン獲得” の真意がはっきりと見える。



“今回で最後。確実に帝都へ移住させろ”


“それでも拒否するようなら、手段は選ぶな”



同行したセイル以外。

彼らの意志は、固い。





「さて、アロン殿。今回は特例ということでこの場で再鑑定を行うが、よろしいかな?」


神官長はアロンを見据えつつ、一つの小瓶を取り出した。

それは、薬士系覚醒職 “聖医”(マスターメディコ) で調合可能となる、最上位の鑑定薬 “神眼薬” だ。


使用すると、相手の職業とレベル、ステータス、装備品、スキルまで見ることが出来る。

効果はわずか2分程だが、“愚者の石” と違いリスク無しで相手を鑑定出来るアイテムだ。


「どうぞ。」


カチャリ、と音を立てて首を縦に振るアロン。

いぶかし気に神官長は神眼薬を飲み干した。


そして、アロンを見つめる。

が。


「どうされた、神官長殿。」


口と目を大きく開き、震えながらアロンを見つめる神官長に怪訝そうな顔で尋ねる長官。

もしや、本当に超越者だったのか、と期待が溢れるが……。


「何故、見えない!?」


立ち上がり、アロンを指さしする。

その様子に、ああ、とカイエン、そしてセイルが声を上げた。


「レオナ嬢の言うとおりだったな。」


椅子に深く背を預け、カイエンは呆れるように紡ぐ。

ギシリ、と椅子が軋む音を立てると同時に、カイエンはガンッとテーブルを打つように身体を起こした。


「アロン……お前さん、鑑定妨害の装備をしているな? 」


冷たい目線の先。

黒銀のフルプレートアーマーの下、ファントム・イシュバーンでも存在した3種の鑑定妨害の装飾品のうち、どれかを装備していると睨むカイエン。

帝国、聖国、覇国それぞれ1種は迷宮で眠っている鑑定妨害装備。

帝国では【ダンダリオンの迷宮】にあるのだが、難易度は非常に高く、このイシュバーンでも発見されている迷宮だが、完全攻略には至っていない。


それにも関わらず、目の前のファントム・イシュバーン最強の男はどこかで入手した可能性が高い。


「それはご想像にお任せします。」

「ケッ。言うねぇ。」


呆れるカイエンではあるが、隣の神官長はそういう訳にはいかない。


「で、出鱈目だ! 鑑定結果を妨害するなど!? あり得るものか! こ、こいつは、悪魔の子か!?」


貴重な神眼薬を使ったにも関わらず、鑑定出来なかったなど帝都へ報告出来るわけがない。

下手をすれば打首である。

頭に血が昇る神官長もはや、目の前のアロンを勧誘するどころではない。


それはさらに隣の長官も同じだ。


「どういうカラクリを使った! 言わねば、即刻貴様は縛り首だ!」


立て続けに叫ぶ2人の老人。

だが、まぁまぁ、と諫めるカイエンだった。


「落ち着いてくださいな、お二人さん。レオナ嬢も鑑定に失敗したって言っていたんだ。今回のそれで明らかになった。こいつは、未だ帝国で見つかっていない鑑定妨害のアイテムを持っていやがるってわけだ。」



男3人のやり取りを見て、アロンは確信する。



(レオナ……。レイジェルトは、あの時のボクを鑑定していたんだな。恐らく “愚者の石” だろうか。ニーティ、じゃなかったジークノートとは考えが違うと思っていたが、それでもボクの事は警戒していたんだね。)


呆れるほど楽天家なジークノートとは違い、何やら現実的な視点を持つレオナであったが、ファントム・イシュバーンで最強と呼ばれていたが常に一人で行動をしていたアロンそのものには、強い警戒心を持っていた。

元々、誰かどうか鑑定をしてくると踏んでいたアロンは、今回同様に鑑定妨害装備 “ベリトの腕” を付けていたが、まさか、ファントム・イシュバーンで他の者よりはシンパシーを感じていたレイジェルトこと、公爵令嬢レオナにそれをやられたという事実が、若干ショックでもあった。



“やはり超越者は、超越者だ”



「まぁ、聞くことが増えただけじゃなく、アロン、お前さんも今ので帝都の教会本部へ行くことが決定となった。ちなみに拒否は出来ない。」


薄く笑うカイエン。

もとより、こうなる事を期待していた。


もし神眼薬できちんと鑑定され、【暴虐のアロン】の職業 “剣神” が見えればそれで良かった。

粛々と、戸籍と帝国民証の修正を行って、後は “超越者は帝都で暮らすのは義務である” ことを淡々と告げれば良かった。


だが、今のように鑑定を妨害された場合。

即ち、神官長が叫んだように “悪魔の所業” だと決めつければ良いのだ。


イシュバーンにおいて、適正職業を欺くことはまさに悪魔の所業。

偉大なる善神エンジェドラスに背く行為なのだ。

それを撤回してほしいのならば、帝都の教会本部にて再鑑定の儀式を受ける必要がある。

自らの身の潔白を証明し、エンジェドラスへ懺悔と祈りを捧げ、赦しを得るのことだ。


もし、これを拒否するのなら。

――話は、早い。



「何故、拒否出来ないのですか?」


「知っているだろ? この世界(・・・・)にとって適正職業は絶対なんだ。それを欺いたとなれば、相応の罰を受ける必要がある。もちろん、神罰としてだ。そしてその神罰は、何もお前さんだけを裁くわけじゃない。」


目を細め、悍ましい程の冷たい空気を放つカイエン。

隣で同意するよう頷いていた神官長と長官も、思わず息を飲む。


「……おっしゃる意味が理解出来ないのですが?」


「分かっているだろ。だが、あえて全部(・・)教えてやるわ。」


口元を残虐に歪め、カイエンは紡ぐ。


「お前さんは、鑑定妨害の装備を持っている。その時点で転生者確定だ。尤も、ジークノート皇子やレオナ嬢、それにメルティの証言もあるから、この確定は疑いようもない。アロン、お前さんは間違いなく、転生者だ。」


「それで?」


「転生者は死なない。殺しても死なない。」


カイエンは自分の首を手でスパッと斬る真似をする。

そして、カイエンから殺気が溢れ出てくる。


「お前さんが死なないとなると、お前さん自身をどう責めても意味が無い。……そして、お前さんは今、神聖な鑑定を無碍にした “悪魔” だ。その悪魔を匿う村……今、この瞬間から、ここは “悪魔の村” だ。」


その言葉に、思わず立ち上がるアロン。


「なんだと!?」


「はっ。これはお前さんが自分で仕出かした事だ。お前さんが今からどう取り繕うと、この村は悪魔の村だ。そして悪魔は、祓わなくちゃいけねぇよな?」


カイエンは、目線をアロンから外し、この部屋に入ってきたドアを見る。


「まずは筆頭者たる重罪人、村長アケラの首だ。それは今日これから執行する。その首をもって、お前さんが帝都の教会本部へ足を運ぶまでの猶予期間とする。……何度も言わせるな。これはお前さんの所為だ。」


淡々と告げるカイエン。

拳を作り立ち尽くすアロンが何かを言おうとした、その時。


「だ、団長! それはあんまりです!!」


アロンと同じように立ち上がり叫ぶ、セイル。

“今回の訪問は、アロンの勧誘” だと聞いていたため、以前アロンと会ったことのあるセイルに白羽の矢が立ったが、まさかこんな脅しをかける真似をするなど思ってもいなかったのだ。


それも、自身が加盟するギルドの長。

お気楽で、人当りの良い残念団長。

カイエンの言葉とは、思えなかった。


だが、カイエンは冷たくあしらう。


「あんまり? セイル、何を言う。全部こいつの所為なんだ。オレも、神官長殿も長官殿も多忙な身。ガキの使いじゃないんだぞ? それにこいつはもう成人したいっぱしの大人だ。中身を考えれば、倍は生きているはずの大人だぞ? だったら、責任はきちんと果たさなきゃならねぇ。」


「そ、それでも! 関係ない人を巻き込むのは……。」


「人?」


さらにカイエンの空気が、冷たくなる。



「セイル。どこに “人” がいる?」



その言葉の意味が、セイルには分からなかった。

当然、神官長も長官も同じだ。


ただ一人、アロンだけが理解した。



はん、と鼻で笑い、カイエンはセイルを諭すように紡ぐ。


「前々から言っているがな、セイル。それは転生者のことだ。それ以外はNPCだ。」


“NPC”(エヌピーシー)

その意味は、神官長にも長官にも分からなかった。

あえて、転生者以外の凡夫をそう呼ぶのだろう、とこの場では理解したが。



「なるほど、良く分かった。」



その瞬間、使者の4人の身は完全に固まった。

正確に言えば、今まで感じたことの無いほどの悍ましい殺意と怒気に当てられ、指一本動かすことがままならない状態へと陥った。



戦士系覚醒職 “竜騎士” スキル。

【ドラゴニックオーラ】

『使用中、SPが1秒毎1,000減少するが、ATK(攻撃力)MATK(魔法攻撃力)が20%上昇し、自身より低レベルの敵対者に対し “威圧”、“恐慌”、“怯み”、“咆哮”、“鈍足” の効果を与える。』



“NPC”、つまり、モブ。

転生者が、イシュバーンに住む者たちに対する蔑称。

即ち、この世界を “ゲーム” だと思い込んでいる証拠だ。



「カイエン、と言ったな。貴様は使者としてラープス村に訪れている。だから、村人として誠心誠意持て成すことは約束しよう。だが、先ほど言った言葉通り、アケラ先生や村の誰かを毛先でも脅したり、傷つけたりしようとしてみろ。」


アロンは、背負っていた “聖剣クロスクレイ” を抜いて、カイエンの鼻先へ切っ先を向けた。


「ぐっ!?」


「貴様を、殺す。」


「……は?」


アロンのドラゴニックオーラで尋常じゃない震えが止まらないカイエンだったが、今のアロンの言葉で呆れ、笑いがこみ上げてきた。


「くくく、ははっ、ははははは! こ、殺すだって!? どうやって、殺すって言うんだ、アロン!」


額から大量の油汗が流れるが、拭おうともせずアロンを睨む。


「お前さんは馬鹿か? オレは殺しても死なない転生者だぞ? まぁ、それは良い。お前さんに殺されたとしても、帝都の自宅に戻るだけだ。一週間も掛けてこの田舎村から戻ることを思えば、一思いに刺してもらった方が早いな。……だが、オレはこの視察団のリーダーだ。そんなオレに剣を向け、あまつさえ殺すなどと宣った意味、分かっているよな?」


アロンは剣を背中の鞘に仕舞い、ドカリと椅子に座る。


「関係ない。ボクや村に敵対するなら、そこまでだ。全力をもって貴様を排除する。」


「全然分かっていねぇな、アロン。大人になれよ? オレ達は何も、お前さんの勧誘だけに来たわけじゃねぇぜ。」


ハッ、とするアロン。

そう、この部屋に訪れる前に顔を出した、大部屋。

そこでは、村長アケラが財務調査を受けているのであった。


「ラープス村は不当に利益を上げ、周辺町村や帝都にとって悪影響のある不浄の地。何より悪魔を匿っている。増税だけじゃなく、帝都から憲兵隊や査察官、それに異端審問官も派遣しなくちゃならねぇな。ああ、忙しくなるぜ。」


わざとらしく両手を広げて息を吐き出すカイエン。

その目線は、まるでアロンに同情するかのようだ。


「アロン。今のところお前さんは悪魔だ。本来なら、村長やお前さんの家族の首を貰っていくところだが、それをやったら本気でオレ達を全滅させてしまいそうだ。いくらオレやセイルがデスワープで復活するとしても、神官長殿や長官殿、それに他の使者たちは死んだら終わりだ。」


ブルッ、と青ざめて震える神官長たち。


「だから、とても優しく人情的(・・・・・・・・・)なオレの一任で(・・・・・・・)お前さんの悪魔断定は保留にして、アケラ他村の連中にも手出しはしないと約束しよう。もちろん、さっき言った増税やら憲兵やらも、当面は無しだ。」


カイエンは、囁くようにアロンへ呟く。


「あとはお前さん次第だ。大人しく帝都へ行って再鑑定を受けろ。そして史上初の “剣神” と認定されて、そのまま帝都に住むこったな。これは優しいオレだから言うんだぞ? もし相手がノーザンだったら容赦なんてしないぜ、あいつ。」


それだけ伝え、カイエンは立ち上がる。


「今日のところはここまでだ。知ってのとおり、オレ達は明後日までこの村の厄介になる。気が変わって一緒に帝都へ同行するなら、声掛けてくれや。」


「……それが、あんたのやり方か。」


静かに、だが怒りを込めてアロンは呟く。

再び、はん、と鼻で笑うカイエン。


「最初からお前さんは勘違いしていたんだよ。オレは何もお前さんに交渉しに来たんじゃねぇ。……お前さんを、帝都へ移す。そして帝国の刃になって聖国や覇国の連中相手取ってやり合う。散々やっただろ、向こうの世界でも。」


「……それは、この世界もゲームだから、か?」


静かに、だが深い怒りを込めてアロンが呟いた。

厭らしい笑みを浮かべ、カイエンはテーブルに手を着いて口を開く。


「分かっているじゃねぇか。そうだよ。やることは、変わらねぇんだ。」


それだけ言い、さて、と振り向くカイエン。


「神官長殿、そして長官殿。今日のこいつとの話し合いの結果はひとまず保留、だが、後日必ず教会本部へ足を運ぶと約束された。もしこの3日間でこれ以上の進展が無ければ、ラープス村は悪魔の村として裁きを与える。以上だ。」


そう言い、カイエンは神官長と長官を引き連れてアケラ達が作業をしている部屋へと向かう。

向かいがてら、座り俯くアロンを睨む面々であった。



「……アロン、さん。」


ただ一人、セイルだけは残った。

未だ俯くアロンに、何て声を掛けて良いのか。


「セイルさん。」


突然、アロンから声を掛けられ飛び跳ねそうになるくらい驚愕した。


「は、はい!」


「貴女も、“人” は超越者だけだと思っているのですか?」



カイエン曰く。

転生者以外は、NPC(モブ)

目の前の少女も、同じ考えなのか。



だが、セイルは首を横に振る。


「それは、違います!」


涙目で、はっきりと否定した。


「この世界に生きる人は、ゲームのキャラなんかじゃありません。一生懸命生きて、大切な誰かのために戦って、この国を良くしようと皆一生懸命です。それを……ゲームだなんて、おかしいです。」


冒険者として、帝国軍の兵として。

傷付いた人を癒す、“癒しの黒天使”


そんな彼女は転生者にも関わらず、転生者と上手く行っていない。

傷付き苦しむ者を治すと、転生者の多くはこう皮肉る。



“そんなモブ共を治して、何になる?”



悲しかった。

辛かった。


転生者は大怪我をしても、誰かに殺されるか自害すれば、翌朝には完治した状態で復活する。

“デスワープ” という名の、理不尽な力。


だからこそ、回復させる僧侶の力はあまり必要でない。

むしろ、死ねば終わりで転生者よりも遥かに弱い存在であるモブ達の傷を癒す僧侶系を、見下しているのだった。


だが、彼らはモブではない。

生きている、同じ人間なのだ。


だからこそ、セイルは戦場で歯を食いしばりならも、笑顔で治療を続ける。

転生者という理不尽な存在の心無い言葉にどんなに傷付いても、治す。



「ありがとう、セイルさん。」



ガチャリ、と頭を下げるアロン。


彼女の言葉が本心かどうかは分からない。

もしかすると、散々脅してきたカイエンとの役割分担として、セイルが懐柔役として接している可能性も考えられる。


しかし、今のアロンにとって聞きたかった言葉を、セイルは告げてくれた。


むしろ、少しはセイルを信じていた。

父ルーディンが百人隊長であった頃、何かと気に掛けてくれて、父が退任時には餞別まで渡してくれた心優しき少女。

前回会った時も、他の3人の超越者とは何かが違う雰囲気もあったからだ。



「私、アロンさんにお礼を言われるような事はしていません。むしろ……ごめんなさい。」


「いえ。貴女はカイエンの言葉を咎めてくれた。それだけで十分です。」


アロンは再び、立ち上がる。

未だ憔悴しきっているセイルに頭を下げ、アロンは意識を集中した。



ディメンション・ムーブの視覚効果。

その先は、アロンの自宅でせっせと料理を作る愛する妻、ファナだ。



(予想に反して、ファナには手を出してこないか。手段は選ばない素振りの割には、甘いな。)



カイエンとのやり取り。

まさにアロンの身を封じんとする、手練手管な言葉の数々。


だが、その程度で済んだか(・・・・・・・・・)と、アロンは拍子抜けした。


(カイエン、言う割には、甘いな。)



そう、アロンはこの交渉中に、妻であるファナが人質に取られ、脅されるかもしれないと予想していたのだ。

もちろん、そうなる前にディメンション・ムーブでファナの許へ駆けつけ、対処できるよう注視していた。



尤も。

簡単にやられるファナ(・・・・・・・・・・)ではない(・・・・)



(あのカイエンという男、僧侶系のファナに比べても弱い。)



邪龍マガロ・デステーアとの修行の果て。

アロンの愛する妻は超越者で無いにも関わらず、強くなった。


それは、ファナだけではない。


村に残った親友たち。

リーズル、ガレット、そしてオズロン。

もちろん、村長アケラもだ。



それだけではない(・・・・・・・・)



(使者たちは、この3日間でどこまで気付くかな?)



村の入口に作られた、要塞と見間違うほどの砦。

そこを守っていた、屈強な門番。

底知れぬ実力を醸し出す、村長。


今日は、たまたま雨だった。

だから、農作業に出ている若者も少なかった。


彼らに会わなかったことは、視察団にとって幸か不幸か。




(悪魔の村か。あながち、的外れでも無い。)



使者たちは、まだ気づいていない。


ラープス村の、異常性に。



次回、9月2日(月)更新予定です。

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