4-10 使者たち
アロンが輝天八将の一人、“魔戦将” ノーザンから最終勧告の通知を受けて早1月。
ラープス村は種まきの時期を終え、雨季となる初夏を迎えていた。
しとしとと雨が降り注ぐ。
帝国軍最高位の将軍の一人、ノーザンの命によって “転生者アロンを獲得せよ” という任務を与えられた10人の使者が、ラープス村に訪問してくる日となった。
ラープス村に繋がる緩やかな、細い坂道を上る豪奢な馬車が、3台。
うっすらと生える木々を抜けた先が、目的地だ。
「な、なんだありゃ?」
先頭の馬車の御者が目を丸くして、思わず声を上げてしまった。
その時の反動で、一瞬馬車がガタリ、と大きく揺れる。
「何事だ?」
馬車の幌から騎士風の男が顔を出す。
だが、男の顔も驚愕に歪んだ。
「あ、あれ。ラープス村だよな?」
「間違いないと思うが……。」
この御者と騎士の男は、以前ラープス村に訪れた事がある。
その時は、防護柵とは言えないほど細々とした木々をただ組み合わせただけの柵に囲まれた、普通の農村だった。
それが今はどうだ。
幾重にも張り巡らされた柱と柱の間からそそり立つ、巨槍のように先端を尖らせた丸太。
その丸太の下、柱と柱の間は板がビッシリと打ち込まれており、さらに板、柱を固定し、支えるように大きな岩が所せましと組まれている。
果たしてこれは防護柵と呼べるものなのか。
門の左右には見張り台までもある。
これではまるで、要塞だ。
確かにラープス村は邪龍の森を背負っている関係上、幾度となくモンスターに襲撃された経過がある。
数十年前の “フレムイーターの悲劇” を思えばという気持ちもあるが、つい最近まで普通の村であったラープス村が、ここまで防護を強化する必要があったのか。
あまりの変貌ぶりに村へ近づくのを躊躇してしまったが、このまま立ち止まっているわけには行かない。
先頭の馬車の御者は、手綱の力を籠めてゆっくりと進むのであった。
◇
「止まれ。」
村の門すぐ手前。
2人の門番に呼び止められたため、馬車をゆっくりと停止する。
「ここはラープス村。旅人、客人は歓迎する。仰々しい集団だな? 目的は何か?」
門番の割には軽装装備に身を包む、若い男が尋ねてきた。
鋭い眼光に、細身ながらがっちりと絞られた肉体美が目に映る。
加えて容姿は、とても村人とは思えないほど端正であった。
「村長アケラ殿に通達したとおり、我らは帝国軍より派遣された視察団だ。速やかに入場させよ。」
先頭の御者は、腰に付けた筒から一枚の紙を取り出し、両手で広げて門番の男に見せた。
それは、帝国軍の輝天八将からの令状であった。
「ああ、話は先生……じゃなかった、村長から聞いている。」
「案内するから着いてきてくれ。」
端正の男の声に呼応するように、もう一人の門番は武器を降ろして合図する。
彫りの深い顔だが、頭は丸坊主。
しかし、異様に高い背丈に隆々とした筋肉には、同じ男でも身惚れてしまうほどだった。
「よろしく頼む。」
御者は令状を筒に仕舞い込み、手綱を掴んで馬車を動かす。
その動きに合わせるように、後ろの2台の馬車も等間隔で着いていくのだった。
その内の、真ん中の馬車。
今回の視察の責任者たちが乗車しているが……。
「な、何だ。あの2人は?」
「下手な兵よりも強いよな……。」
村を守っていた門番たちについて正直な感想を述べる、2人の男。
屈強な帝国兵や冒険者とも出会う機会の多い2人から述べられた感想は、門番の彼らですら、超越者かと見紛うほどの実力者であるというものだ。
「あのどちらかが、噂のアロン殿か?」
一人の男が、正面の少女に尋ねる。
尋ねられた少女は、首を横に振って否定する。
「違います。以前お会いした時はお顔まで見せてくれませんでしたが、発した圧力は先ほどのお二人を遥かに凌駕するものでした。」
「では。今の彼らも超越者という線は?」
「それは分かりません……。が、確かにそう思われるのも無理は無いでしょう。」
少女は、馬車の窓から外を眺める。
先頭の馬車、そして雨の所為で案内する男の様子は分からない。
しかし。
「恐らく……彼らは私よりも強いです。」
少女の言葉に、2人の男はギョッとなる。
「そんな、まさか!? 超越者である貴女様よりも、一介の村人が強いなど!」
「しかも貴女様は冒険者でもあるではないですか! すでに学院でも上位者として優秀な成績を修められているというのに……。」
男たちにまくし立てられるように褒めたたえられる少女。
しかしその言葉は、彼女にとって苦痛でしかない。
「それくらいにしたらどうだ?」
少女の隣に座る男が、ぶっきらぼうに投げかけた。
ゾッ、として口を閉じる男たち。
「オレの見立てでも、先の門番はセイルよりも強い。こんな田舎村であれだけレベルを高められるというのも不思議な話だが、これは事実だ。」
男の言葉に、声を失う男たち。
隣の少女――、セイルも苦笑いしながら少し落ち込む。
ただ、とセイルの隣の男が呟く。
「セイルは僧侶系。戦闘職ではない。あの門番は見たところ剣士と重盾士。そもそも職業の役割が違うのだ。その事実を無視して、強さの指標を比べるなど無意味だ。」
ふ、と軽く笑いうその男。
2人の男、そしてセイルにも笑みが戻る。
「……ありがとうございます、団長。」
「事実を述べたまでだ。」
またぶっきらぼうに返す団長と呼ばれた男。
だが内心、帝国軍で大人気の “癒しの黒天使” に微笑みかけられ、笑顔を向けられたことに年甲斐も無く心が躍るのであった。
しばし雑談を交わすと、馬車が止まった。
そこは、ラープス村の集会場だ。
村の結婚式や葬式といった冠婚葬祭だけでなく、村への賓客が訪れた際、持て成す場所として造られた村一番の立派な建物である。
隣接するのは、村営の宿泊施設で、もちろん村一番の宿でもあるのだ。
帝国の視察団は、3日間、ここに滞在する。
今回の視察の表向きの視察は、田舎村にしては好景気で潤うラープス村の収支や納税といった帳簿の確認、つまり所得隠しによる脱税が無いかどうかのチェックだ。
そして本題となる裏の事情。
“超越者” 疑惑のある、アロンという者との面会だ。
この疑惑、皇太子であるジークノートやその婚約者である公爵令嬢レオナの証言、さらに同村出身者の超越者、“魔聖” メルティの訴えなどから、「ほぼ確定」を前提として面会に臨む予定だ。
アロンとの面会者は、真ん中の一番豪勢な馬車に乗っていた4人。
本来、再鑑定は帝都の教会本部で行わなければならないのを、“魔戦将” ノーザンたっての依頼ということで、例外的に再鑑定をアロンに向けて実施する、教会本部の神官長。
その手に携えるのは、とある伝手で入手した数少ない貴重な鑑定薬こと、“神眼薬” だ。
もう一人の男は、帝国人民庁の長官だ。
貴族であり、爵位は伯爵と上位貴族でもある。
神官長が神眼薬で再鑑定した結果を、職権ですぐさま適用するのが彼の役割だ。
本来、戸籍や帝国民証の修正はどんな圧力があっても相応の時間が掛かるのだが、今回、輝天八将だけでなく皇太子の期待も背負ってのことであるため、長官自らが処理を行う。
もし、アロン某が本当に超越者なら、村を経つ2日後までには新たな帝国民証を交付する。
逆に、この手続きに戸惑うようなら罷免される。
神官長も必死であり、もし鑑定結果が芳しくなければ、今度は帝都の教会本部までアロン某を引っ張ってこなければならない。
その交渉に失敗したら、それこそ物理的に首が飛ぶであろう。
戦々恐々の2人。
それと共にしているのは、超越者代表として一度アロンと面会を果たしている “癒しの黒天使” こと、“司祭” セイルだ。
アロンを再度説得するためには、一度会った4人の中から1人はラープス村へ訪問するように、とノーザンから提案があった。
まず、ジークノートは皇太子であるため最初から数に入っていなかった。
そして赤髪少年こと “銀騎士” のジンは、アロンに対する憎悪からこれを拒否。
残るは女性2人。
公爵令嬢のレオナか、冒険者のセイル。
当初は2人揃って、という話もあったが、皇太子の婚約者であり未婚の公爵令嬢が使命とは言え、男に会いに行くという事で許可が出ず、結局、消去法でセイルが選ばれたのだ。
もちろん、この事にセイルは大喜びした。
“もう一度、アロンさんとお話しがしたい”
かつて、ファントム・イシュバーンで自分を救ってくれ、その背中から強くなろうと決意させてくれた大恩人。
先日の話し合いではアロンの物言いにジークノートとジンは怒り心頭であったが、セイル自身は、アロンの方が真っ当かつ現実的な事を告げていたため、心証は全くと言っていいほど悪くなっていない。
アロンを帝都に勧誘する、という重大な使命を背負っているわけだが、セイル自身は正直どうでも良いと考えている。
むしろ、アロンの考えや決意を確かめることが重要だと考えているのだ。
そしてもう一人。
セイルに団長と呼ばれた男。
「着いたか。」
その男は肩に掛けていた “刀” を手に取り、最初に馬車から降りた。
しんしんと降り注ぐ雨と、男の風貌。
何故か異様なほど絵になっていた。
「傘をどうぞ。」
集会場の前で待っていた若い女性から、傘が差し出される。
しかし、団長と呼ばれた男はスッと手の平でそれを制した。
「夏の匂いを感じるこの雨に打たれるのも一興。その傘は貴女が使いなさい。」
黒髪短髪。
高い背丈に、ぶかぶかの奇妙な衣を羽織るその男。
重ねられた衣は、交差する胸の部分が開け、美しい胸筋が見える。
その装いを知る者が見れば、こう言うだろう。
“侍” だと。
年は恐らく40を超える頃。
だが端正かつ色気のある渋さを放つその男の魅力に、若い村娘はときめきを覚えた。
「団長、風邪引きますよ?」
だが、“あえて格好つけている” ことを知っているセイルは、ジト目で男を睨むのであった。
くくっ、と短く笑う男。
「この程度の雨で風邪など引くわけがないだろ。」
「そういうのを、フラグって言うんですよ。カイエン団長。」
さらに呆れるセイル。
団長と呼ばれた男――、カイエンは手を掲げ、天を仰ぐ。
「ははは。この村に恵みをもたらす雨が、身体に毒な訳が無い。」
その姿にその言葉。
益々トキメキを高める村娘。
だが。
「は、ハクショーイッ!!」
まるで空気を読んだかの如く、大音響のくしゃみを放った。
「ほら。」
「グズッ! ……誰かがオレを噂しているな?」
鼻を手首でグイッと押し上げながらなおも笑うカイエン。
呆れるセイルに、後に続いて馬車から降りてきた神官長たちであった。
冒険者ギルド “蒼天団”
そのギルドマスターであり、同時に帝国軍万人隊長、通称 “部隊長” も兼務するこの男。
剣士系上位職 “侍” のカイエンだ。
“蒼天団” は、セイルが冒険者として加盟しているギルドでもある。
ギルマスが帝国軍の最上位隊長という事もあり、ギルドメンバーは良く戦場に駆り出されることもあるが、普段の冒険者ギルドとしての活動は、もっぱら慈善活動がメインだ。
その在り方に心の底から尊敬の念を覚えたセイルは、迷う事なくこのギルドの門を叩いたのであった。
しかし、それを統べる団長ことカイエン。
冷静沈着で男前だが、どこかワザとらしく、明らかに格好つけていると分かる言葉遣いに態度が滑稽にも思え、どこか抜けていてギルド内でも “残念団長” と陰口で囁かれるほど。
だが、本人はいたって真面目。
それが分かるからこそ、セイルを始めとするギルドメンバーから好かれているのであった。
「お待ちしておりました、視察団の皆様。」
集会場の入口。
出迎えたのは、村長と言うには余りにも若く美しい女性だった。
「私は当ラープス村の村長であります、アケラと申します。」
「アケラ……ああ、百人隊長だった魔法士の娘か。久しいな。」
アケラの言葉に、カイエンが手をポンと叩いて告げる。
最初は、え? と固まるアケラだったが、次第に顔を青褪めさせた。
「ま、さか。カイエン隊長?」
「応よ。」
完全に固まるアケラ。
その様子に悪戯が成功したみたいにカイエンはクククと笑う。
「だいたい10年ぶりか? まさかお前さんが村長になるなんてなぁ。……息災で何よりだ。」
「カイエン千人隊長もお元気そうでなによりです!」
思わず帝国軍式の敬礼を取るアケラ。
その姿に再び笑うカイエンだった。
「良い良い。お前さんはもはや一つの村を統べる長。オレは一介のギルドを任された男だ。……あ、だが。千人隊長でなく万人隊長に昇格したから、人前では気を付けろよ?」
「失礼しましたっ!」
盛大に頭を下げるアケラ。
その様子が面白くない様子の、カイエン達を案内した門番――、ガレットはカイエンをジトッと睨むのであった。
◇
「オレ達が今日やってきた事は、ノーザン将軍からの通達で知っているとは思うが……。早速だが、アロンという奴に会わせてもらいたい。」
集会場の応接間。
茶を飲み、一息ついたところでカイエンが代表して告げる。
さらに、あと、と呟く。
「村に入る時に執務官たちが驚いていたが、この村、すっげぇ防護柵に囲まれているな。材料と原資をどうしたかを調べる必要も出てきた。隠さず教えろよ、アケラ?」
空になった茶器を傾け、睨むカイエンであった。
しかし、最初の動揺はどこへやら。
クスリと笑うアケラであった。
「ええ。この村は一切やましい事などございません。心行くまで隅々、ご覧いただければと思います。」
アケラは事前に用意していた、帳簿や帝都への納税証明、さらにここ数年の生産台帳を指で示した。
流石、好景気で潤うラープス村である。
その帳簿の量は半端なかった。
早速、確認作業に入る執務官たち。
それを横目に、カイエンは再度告げる。
「で、アロンって奴は呼んでくれるのか?」
「もちろん。すでにここへ招いています。少々お待ちを。」
一礼し、アケラは応接間から退席する。
すると、カイエンはわざとらしく溜息を吐き出した。
「団長?」
「ああああ! どういうこった、こりゃ!?」
尋ねるセイルの言葉を遮るように、大声を張り上げる。
「ど、どうしたのです?」
「聞いてくれよ、セイル。さっきの村長名乗ってた姉ちゃん。オレより強いわ!」
カイエンの言葉に、その場に居た全員が目を丸くする。
椅子にもたれ掛かり、天井を眺めるカイエンは子どものように悪態をつくのであった。
「この村、おかしい!」
その視線の先、門番でここまで案内をした丸坊主の巨漢だ。
顔付きは険しいが、恐らく若い。
それこそ、セイルと同じくらいか、少し上か。
「なぁ、門番君。村長さんも異常に強い気がするけど、君も強いよなぁ? 一体この村、何がある?」
ギロリと睨むカイエン。
目線の先、門番の若者――、ガレットは平然と口を開く。
「何もないっすよ。」
それは、ガレットの本心だ。
この村には、何も無い。
あるとすれば、平和。
その平和がもたらす、恵み。
帝都のような派手な食事に服や嗜好品は無い。
だが、人が営むために必要な物は、全て揃っている。
「何も無い、ねぇ。……なぁ門番君。君さえよければオレのギルドに入らないか? 優遇するぜ?」
「興味ねぇっす。」
あっさりと振られたカイエンは、再度天井を眺める。
(こりゃあ……ヤベェかもな。)
帝都の教会本部から派遣された神官長が持つ最上級の鑑定薬、“神眼薬” は一つしか無い。
何故なら、疑惑のアロン用に持たされた物だからだ。
だが、このラープス村は何かが異常だ。
今、目の前にいる門番。
そしてもう一人の門番。
さらに、百人隊長で帝国軍を退任した現村長のアケラ。
“転生者” かと見間違うほどの力量。
(ルミも連れてくるべきだったか……。)
ルミとは、“蒼天団” 所属のもう一人の超越者。
薬士系上位職 “高薬師” だ。
彼女なら、持ち寄る素材で上位鑑定薬まで作れるので、それがあればレベルは見えずともある程度の力量に、職業まで明らかにすることが出来た。
聞かされていた任務は、かの【暴虐のアロン】の真偽を確かめるというものだった。
もし本物なら “何を交換条件にすれば帝都に移り戦力になるか” を見極めるところまでが、カイエンの役割であり、そして純粋にアロンへの憧れを持つセイルの援護を受けつつ帝都へ移るよう勧めるところだった。
しかし、このラープス村で出会った者たち。
その存在は、アロンただ一人をという訳にはいかないほど、見過ごせないほど恐ろしいものであった。
少なくとも門番の若者2人は、超越者セイル以上の実力者。
村長アケラに至っては、カイエンよりも実力が高いのではないかと思えるほどの圧力を感じた。
実際に戦った場合、剣士系のカイエンの方が有利だ。
魔法士系は、距離を詰められたら終わる。
それはこの世界の常識だ。
しかし、距離を詰めて切り伏せられるイメージが湧かない。
その前に、放たれる魔法で身を焦がす想像しか浮かばない。
力尽くで、という選択肢は潰された。
今回の交渉の材料に、“脅し” も含まれていた。
この世界はゲームだと思っているカイエンにとって、アケラ以下NPCがどう動こうと、最終的にアロンさえ折れれば良いと思っていた。
だが、それを覆される現実。
平然と装うが、内心は乱れ、焦るのであった。
田舎村には分相応を超える、強固な防護柵。
そこを守る、超越者と見間違うほど屈強な門番。
“万人隊長” を遥かに凌ぐ実力者と思わしき、村長。
(逃げてぇ。)
嘆くカイエンは、知る由も無い。
その全てこそ、自身の知る最強の存在。
【暴虐のアロン】が齎したことなど。
いつも御覧いただき誠にありがとうございます。
プライベートで長期休暇を取ろうとしたのですが、本業が洒落にならないほど案件が積み重なってしまい、しばらく社畜モードに入ります。
更新も滞ってしまい、大変申し訳ありません。
しばらくは、月・水・金の週3回更新とさせていただきます。
本業が落ち着いた段階で、また毎日更新が出来るよう励みますので今後ともよろしくお願いいたします。
次回、8月30日(金)更新予定です。
よろしくお願いいたします。