4-9 最終勧告
「ふぅ。」
朝焼けが映える春空。
雲一つない空に、今日も心地よい一日になりそうだ、と思いふける。
首に巻いたタオルで汗を拭き、寄りかかっていた鍬を握りしめて再び作業に入る。
畑の土を、空気を混ぜ合わせるように掘り進め、横へ横へと土を盛る。
盛った土の反対側も同じ作業を行えば、畝が出来る。
夜明け前から作業に明け暮れ、広い畑に畝を作り続ける。
3時間ほど経ったが、疲れは余り感じられない。
鍬も、剣技の延長線上なのか前世に比べて軽くそしてスムーズに揮える。
気が付いたら、前世では4日は掛かっていた畑の畝作りも終わりが見える頃であった。
ファントム・イシュバーンで得た “敵を殺すための剣技” や、今世、邪龍マガロ・デステーアの修行で想定以上に積み上げたレベルのおかげで、こういった力仕事も苦も無く捗るのであった。
「アロンー! 朝ごはん出来たよー!」
いよいよ後一歩で作業も終わりというところに、可愛らしいエプロンを付けた婚約者、もとい妻のファナが手を振ってやってきた。
再度、手に持つ鍬を土の上に置き、アロンは笑みを浮かべて答える。
「ありがとう、ファナ。あと少しで終わるから待っていて欲しいな。」
「もう終わっちゃうんだ! 午前中には種撒き出来そうだね。」
畑の横の木の根元に腰を掛けるファナ。
待っていてくれる、という事が嬉しく、アロンは急いで作業を終えられるよう鍬を揮う。
その働く姿が頼もしく、そして愛おしく感じるファナは、頬を赤らめて雲一つない空と昇る太陽を背に、アロンを見つめるのであった。
アロン、16歳。
この春に村の学校を卒業し、いよいよ本格的に村のために働き始めたのだ。
ラープス村は主に畑農業と酪農による食用肉と乳業、そして邪龍の森で採れる植物やキノコ類などを主製品として対価を得ている。
村内、ほぼ自給自足で完結できるほど豊であるが、余りある恵みを他方に流通させることで金銭を得ているのだ。
その辺りは、村長でありアロン達の元担任であるアケラや村の重鎮たちの手腕があってこそだ。
帝国内の主要市街を結ぶ大街道 “ビクトリーロード” から外れた街道の、さらに外れにある田舎村であるが、低人口ながらも多くの特産物を生み出し、なおかつ広大な森の恵みまでも享受するため村にしては非常に裕福であったのだ。
加えて、町から町へのちょうど中間地点という事もあり、街道を通過する旅人や商人、冒険者たちの宿場としても栄える。
近年、作り替えたばかりという防護柵に囲まれているため、村に危険なモンスターが襲撃してきても時間が稼げるというのもあり、安全面でも評価が高い。
唯一のネックは、そのモンスター。
危険度の高いものは紛れこまないが、邪龍の森に面している所為なのか毎日のように森と村の境目にモンスターが現れる。
ただ、一介の村の護衛隊を任せるには勿体ないレベルの腕利きが数名、村を護っているためトラブルらしいトラブルは一切ない。
発展こそ自重するため広がりはしないが、好景気で盛り上がる田舎村、それがラープス村であった。
◇
「うん、ファナの焼いたパンとスープは格別だね!」
「働いてきてお腹空いたから、何でも美味しいんじゃない?」
「それもあるかもだけど、やっぱファナの料理は世界一だと思うな。」
「えへへ。ありがと。」
ここはアロンの自宅。
仲睦まじく、遅めの朝食を摂っているところだ。
アロンとファナは、学校卒業直後に籍を入れた。
前世では卒業後しばらくして婚約を結んだところだったが、今世では在学中に婚約を結んだこと、両家両親の反対が無くさらに村長アケラの了承もあり、さらに定期的に訪れる神官がちょうど良いタイミングでやってきた事で早々と入籍したのだ。
と、言っても卒業したばかりの若い2人。
結婚したとは言え、まだ2人の新居は建っていないため基本はアロンの家で過ごすのであった。
ちなみにアロンの両親、父ルーディンと母リーシャは祖父母の行商の手伝いとして隣町などを行ったり来たりしている。
祖父母も高齢であり、二人だけで行商を続けるには骨が折れる。
アロンも自立して可愛らしい奥さんと一緒になったことから、両親は祖父母の手伝いをすることと決めたのだ。
両親の決定にアロンもファナも不安を覚えたが、父ルーディンは元帝国兵百人隊長だったため腕も確かであり、また道中は冒険者の護衛もきちんと雇うと約束してくれたため行商行脚を了承したのであった。
そんなわけで、基本的にアロンの自宅にはアロンと未だ学生である妹ララの二人住まいだ。
ララも料理上手ではあるが、学業と家事を両立できるほど器用で無かったため、そこはファナがフォローをしている。
しかし、新婚ほやほやのアロンとファナの間に居ることに多感なララは、少々居心地が悪かったりするのだ。
最近は、護衛隊として活躍するリーズル達と共に行動することも増えてきたララに、兄アロンとしては多少心配する面もあったりする。
ただ、ファナは嬉しそうなのがアロンにとって微妙な気持ちとなるのであった。
◇
「そう言えばアロン。また手紙来ていたよ。」
食事を終え、ゆっくりとお茶を飲むアロンに一通の便箋を差し出す。
ああ、と嫌そうな表情を浮かべ、ファナから便箋を受け取り、すぐさま開封するのだった。
内容は、“帝都へ移住せよ” という令状だ。
差出人は、帝国軍の将軍。
“輝天八将” の一人、“魔戦将” ノーザンであった。
最初の手紙は、アロンが帝都へ赴き超越者たち――、皇太子ジークノート達と会ってから2か月後に届いた。
その内容は輝天八将、そして帝国軍に従事する超越者を代表して【暴虐のアロン】に帝国のため、祖国や大切な者のために力を合わせないか? という内容のものだった。
ジークノート達が、帝国の上層部にアロンの事を伝えたという証拠であった。
確かに帝国、というよりも三大国はそれぞれ戦争の戦力として超越者獲得に躍起になっている。
理由は簡単。
一般の兵や冒険者よりも遥かに強くなるから。
そして、“不死” だから。
そのため、12歳で必ず受ける適正職業鑑定の儀式で超越者と判明した者は、家族共々に好待遇で帝都への移住が勧められ、そのまま将来帝国の中枢を担う幹部を養成する高等教育学院に進学させられるのだ。
この流れは、何を隠そう皇帝の勅命が元となる。
一応は拒否することも出来るが、そういうしているうちに帝国の大幹部たちが押し寄せて、強大な圧力と共に最終的は首を縦に振らざるを得なくなるというのだ。
しかし、アロンの場合は状況が違う。
まず、12歳の適正職業の儀式では基本職の “剣士” として鑑定されたのだ。
この結果は戸籍にも記載され、それを基に帝国民証が交付される。
その結果は簡単に覆るものではない。
鑑定を行う神官は、“梯世神エンジェドラス” の名の許にその儀式を執り行う。
扱うのは、それぞれ認定を受けた薬士が作り出す “鑑定薬” だ。
奇跡の御業でも、スキルでもない。
ただ、薬の効果で見ているに過ぎないのだ。
そして、儀式は12歳となる年の子をまとめて鑑定する。
大きい市街では町を地区毎に分けて数日掛けて行われたりするが、一回の鑑定儀式で10人~30人を見ることとなる。
もし鑑定結果が違うと明らかになれば、そこで行った者たちを全員、再度鑑定し直さなければならなくなるのだ。
だが、そのような状況での鑑定のやり直しなど、帝国有史以来一度もない。
長い歴史を紐解けば、鑑定結果が違っていたという者もいる。
それは双子を取り違えたとか、鑑定する順序と出てきた者が違い、その場で訂正されなかったというヒューマンエラーのものだ。
誤った適正職業を認定された者は、その後、違和感を覚えながら過ごすこととなる。
12歳くらいまでなら、適正職業の差などあまり影響でずに過ごす事ができる。
例えば、本来魔法士の者が剣を揮ったり、剣士の者が魔法を使ったり、などだ。
だが、12歳を過ぎると職業の差が顕著となる。
以前は剣が得意だった者が魔法士であった場合、徐々に剣を揮う腕が他の者よりも劣り、そのうち身体が拒否反応を示すように剣が持てなくなる。
魔法が得だった者が剣士であった場合、それまで発動出来ていた魔法が扱えなくなり、気付いたら一切発動できなくなる。
これが、適正職業の差だ。
“生まれ持った才能” は、12歳で開花される。
それを境に、本来の職業の得意分野以外を伸ばそうとしても、ただただ徒労に終わってしまうのだ。
だからこそ、各市街や町村にある学校は、12歳までは基本的な事しか学ばせない。
儀式の後、それぞれの適正職業に合った8つのカリキュラムに分かれ、才能を伸ばすようになっているのだ。
その最たるものが、12歳からしか入学することのできない帝都の最高学府が “高等教育学院” なのだ。
だが、もし何かしらのアクシデントで誤った職業を認定させられた、という嫌疑がある場合は?
その時は、帝都にある教会本部で再鑑定の儀式を受ける事が出来る。
ただ、これはある意味、帝国民にとって博打だ。
再鑑定は、“伸び行く才能が伸びないのは、鑑定結果が間違っていた” という訴えに対する救済措置だ。
そこで本当に間違っていた場合、教会本部は速やかに帝国の人民庁へ事実を公表し、その者の戸籍記録の更正と新たな帝国民証の交付を行うのだ。
もちろん、帝国民証を扱ったこれまでの様々な手続きについても教会本部が責任をもって処理をしてくれる。
それだけ鑑定結果の誤りは大きい問題。
“梯世神エンジェドラス” を欺く行為だからだ。
もちろん、誤った鑑定を行った神官には相応のペナルティが科せられる。
その意味でも神官は、儀式は取り間違いの無いように真剣に、そして神経を削って事に当たるのだ。
それだけ、人の一生を左右しかねない事であるため当然と言えば当然だが、そういったリスクを背負いながらも “儀式神官” は職業として非常に人気が高い。
持ち回りの各地からはチヤホヤされ、教会本部からは毎月莫大な給金が与えられる。
魔法士系、僧侶系にとって一番人気の仕事だと言っても過言では無いのだ。
そして、鑑定結果が間違っていなかった場合。
それは即ち、“己の怠慢を神聖な儀式が誤っていたと嫌疑を掛けた、重大な背徳行為” とみなされる。
“良かった、間違っていなかったんだ” では済まされない。
どんな理由があろうとも再鑑定の結果が間違っていなかった場合、その者は極刑に処される。
仮に、再鑑定を訴えてきた者が当事者の親だった場合、当事者だけでなく親諸共、斬首刑だ。
情状酌量も、執行猶予も無い。
その背徳行為は、教会に対するものだけではない。
偉大な女神。
エンジェドラスに対する侮辱なのだから。
「“再鑑定の際に仮に ”剣士“ だと認定されても、こちらから申し出をした事により神罰には当たらず、不問とするよう教会本部には申し入れをしている”、か。そういう事じゃないんだけどね……。」
手紙の文言を眺め、アロンは呆れた声を上げる。
ノーザンからは、アロンの戸籍や帝国民証に記載されている “剣士” という職業が、何らかのアクシデントでミスが生じた、だから帝都の教会本部で再鑑定を受け、そのまま帝都に移住せよという申し出なのだ。
もちろん、ノーザンたち帝国軍の上層部からの誘いのため、仮に再鑑定が同じ “剣士” だったとしても不問とするよう教会本部とは話を付けている、ということだが。
「そんな訳、ないよな。」
ノーザンは確信をもってアロンは【暴虐のアロン】と思っている。
もしその結果が覆った場合は、即ちアロンは用無しなのだ。
そう、教会本部への申し出は虚偽なのだ。
実際は “鑑定に疑義が生じた者がいるので、特例で再鑑定してくれ” としか伝えていない。
仮にアロンがその場で “剣士” と判定された場合は、そのまま断頭台へ送られてしまう。
尤も、すでにアロンは本来の職業 “剣神” を隠すつもりは無い。
ステータスは隠蔽したとしても、職業、つまり超越者であるということは隠すつもりは無いのだ。
何故なら。
アロンは既に、覚悟を決めているからだ。
“選別” と “殲滅”
学校を卒業し、成人を迎え、ファナと結ばれた。
ラープス村は、邪龍マガロ・デステーアの庇護下にある。
後顧の憂いは、無い。
「帝都の東区の一等地に豪邸と使用人8人、それに毎月金貨5枚を支給。どんどん条件が破格になってくるね……。」
横から手紙を眺めるファナが青ざめて呟く。
金貨5枚とは、500万Rだ。
一般的な市街や町村で持ち家があれば、一月10万Rあれば生活が出来る。
ラープス村のような自給自足がメインとなる田舎村なら、その半分、5万Rもあれば十分だ。
ラープス村の月平均生活費の、100倍。
多少、帝都は物価が高いとしても破格以上の好待遇だ。
その内容に、ファナは喜ぶどころか恐れ多くて血の気が引く。
さらに、アロンはと言うと。
「金でボクの気を引こうって事自体で、間違っているんだよね。」
まだファナにも明らかにしていないが、アロンの次元倉庫内には数百億Rの価値のある宝石や貴金属が収められている。
超越者に対抗するための資金として持ってきているので、この金で豪遊しようともファナと贅沢しようとも思わないが、提示された金額に魅力を感じないのも事実なのである。
「ふふ、私の旦那様は格好いいな。」
手紙を読み途中だが、アロンの後ろからファナが抱き着く。
金や名声よりも、村でのファナとの暮らしが最優先。
言外にそう言っているアロンに、益々惚れ込むファナであった。
「……うっ。」
しかし、最後まで手紙を読みこんだアロンの顔色が変わる。
「どうしての、アロン!?」
“もしかして強く抱き着き過ぎた!?”
慌てて離れるファナに、アロンは目線を送り手紙を指さす。
「もしかすると、いよいよかもしれない。」
真剣な、それでいて困惑するようなアロン。
彼が指さす箇所に書かれた文言に、ファナも青褪める。
“来月までに帝都へ移らないなら、その理由を確認するため使者を派遣する”
“超越者たるアロン殿を不当に囲うラープス村長にも真意を確かめる”
“皇帝陛下の勅命である本件を拒否するに値する理由が無ければ、相応のペナルティをラープス村及び一族に科すこととなる”
「いよいよ、強硬手段に出てくるか。」
アロンの正体が割れてから、手紙という令状だけが一方的に送られてきた。
最初の通達も、アロン帝都訪問から2か月後と緩やかだったのは、帝国もアロンという人物に対する情報収集、そして “鑑定が間違っていたかもしれない” という事実が明らかになった場合に起こりえる、教会本部との軋轢を押さえるための根回しなどだ。
そして送られてきた手紙は、令状とは名ばかりの、アロンにお伺いを立てるようなものばかりだった。
それもそのはず。
アロンの存在を知り得た帝国上層部、輝天八将に坐する3人の超越者は、アロンを恐れているからだった。
“田舎村の出身だからそこまでレベルは高くないはず”
“レベルが低いということは、SPが足りず凶悪なスキルを発動することがままならない”
そのことを前提とした交渉であるにも関わらず、帝国陣営にとって、いや、ファントム・イシュバーンの世界から転生した者にとって、【暴虐のアロン】というのは言わずと知れたビッグネームだからだ。
警戒するな、という方が無理な話だ。
しかし、それもここまで。
元々他者を見下し、良いように利用するのが性分の “魔戦将” ノーザンの忍耐が切れるのが先だった。
“これ以上、無視をするなら考えがある”
今回の手紙は、そのことを仄めかすものだった。
この手紙。
そして後日訪れるであろう使者の一団で、大抵の超越者は心が折れる。
田舎で呑気に過ごそうという考えが、潰える。
その、最終勧告だ。
だが、今回ばかりは相手が悪い。
何故なら、その相手がアロンだからだ。
ただの超越者とは、背景も覚悟も、違う。
何より、ノーザンは決して触れてはいけない領域にまで言及してしまっている。
“相応のペナルティをラープス村及び一族に科すこととなる”
「覚悟しろよ、ノーザン。」
帝国陣営ギルド “再生と破壊”
そのサブギルドマスター。
僧侶系覚醒職 “魔神官” ノーザン。
ファントム・イシュバーンで、アロンは会っている。
そして、非常に印象に残っているプレイヤーの一人でもあった。
「この世界もゲームだと宣って好き勝手やっているようなら、貴様は “殲滅” の対象だ。」
魔神官ノーザン。
敵、味方関係無く見下し、チャットや対話モードでも相手を小馬鹿にしたような態度を取り、常に害意ある発言を繰り返す厄介者。
運営からも幾度となく警告を受けたほどの、人格破綻者。
覇国陣営から帝国陣営に鞍替えした “聖騎士” アイラと共に名を連ねる、ファントム・イシュバーンでの嫌われ者だ。
「ファナ。種まきが終わったらアケラ先生のところへ行くよ。」
「は、はい!」
来たる使者たちを迎えるため。
そして、帝国の超越者たちの真意を掴むため。
アロンは積み上げてきたその全てで、迎え撃つ。
“最終勧告” を告げるために。
【2019.8.27追記】
いつも御覧いただきありがとうございます。
申し訳ありません。
本業が立て込んでしまい、しばらく毎日更新が難しくなってしまいました。
楽しみにしてくださっている方には大変申し訳なく思っております。
明日(8/28)は1話更新が出来ると思います。
それ以後については、明日の更新時にご報告させていただきます。
よろしくお願いいたします。