4-7 決裂
「お断りします。」
高等教育学院最上階の応接室内に響くアロンの声。
“共に戦争を終結させよう”
皇太子でもある超越者ジークノートは、
「な、なんで?」
と、心底理解出来ないといった表情で言葉を吐き出した。
アロンは、目の前の情けない顔をする皇太子は別として、残りの3人の様子を目線だけ見てみる。
右側、公爵令嬢レオナ。
“そうだろうね” と得心した表情で冷たくアロン、そしてジークノートを見ている。
左側のジン。
“お前、何考えているんだ!” と言わんばかりに怒りを隠そうともしない表情でアロンを睨む。
この場にジークノートが居なければ、すぐさま飛び掛かっていただろうと想像できるほど、殺意が溢れ出ていた。
そしてジンの隣の、“癒しの黒天使” セイル。
悲しそうな、それでもアロンの答えを予想していたような表情であった。
4人が4人とも、反応が異なる。
――いや、男性陣と女性陣で、想像していた答えが割れていたみたいだ。
(このメンバー内でも意思統一がされていない?)
“対話を” と告げられ、それは了承したアロン。
アロンが御使いから受けた天命、超越者の “選別” と “殲滅” を見極めるには、少なからず対話を通して判断しなければならない状況もあるだろうと考える。
その為人を見極め、功罪を知る必要もあるからだ。
しかし、この場にいる超越者を見る限り、ジークノートが送り付けた手紙にあるような “戦争を終結するために超越者が協力し合う” という事が、目指すべき方向性として定まっていないように映るのであった。
そういう意味で、このメンバー内での対話もままなっていない。
はぁ、と深い溜息を吐き出すアロン。
「戦争を終わらせてどうするのですか? 貴方たち超越者の世界でも築くおつもりですか?」
「違うっ!」
立ち上がり、否定するジークノート。
「私は純粋に、この戦争を終わらせたいのだ! ファントム・イシュバーンと同じ、太古から三大国が争い、いがみ合い、血を流すこの戦争を終えることこそ、私たち転生者の使命だと本気で考えているんだ!」
「それが、女神様の天命だと?」
「そうだ。彼女は、ファントム・イシュバーンのプレイヤーの中から適正の高い者を選び、この異世界へと転生させているんだ。その意味を正しく捉え、この異世界を真の平和に導く者こそ、私たち転生者なのだ。」
ファントム・イシュバーンの世界から、イシュバーンへ転生させた女神。
それは、あの白い御使いを指している。
“梯世神エンジェドラス”
確かに、女神には違いない。
ただし、彼女が向こうの世界の人間を、イシュバーンに転生させている理由は全くの別物だ。
邪龍マガロ・デステーアから告げられた、その理由。
“三大国それぞれが信仰する、大神たちの企てによる世界規模の戦争遊戯”
超越者は、戦争を更に激しく派手にするための “駒”
そんな駒とされる超越者が、戦争を止められるのか?
大神からの干渉が無いと、言い切れるのか。
そもそも、“元の住民よりも遥かに上位の存在” たる超越者が、この世界の住民のために “戦争を止める” などの行動を取るかどうか、甚だ疑問であるアロン。
その脳裏に浮かぶのは、前世の光景。
剣士レントール達による、蹂躙。
泣き叫ぶ、ファナと、ララの姿。
「殿下、いくつか聞きたいことがあります。」
アロンは両手を組み、静かに呟く。
“対話” の姿勢。
ジークノートもソファに座り直し、アロンと向き合う。
「……どうぞ。」
「仮に、帝国内の超越者全員が、貴方の言葉に賛同したとします。しかし、聖国や覇国は貴方や帝国の言葉に耳を傾けず、この地に侵略してきたとしたら……どうさるのですか?」
“帝国だけが平和の道を歩む”
だが、敵性国家である聖国や覇国が、これ幸いと侵略を強めてきたとしたら?
「そうならないために、対話を通して……。」
「前提が違います。例えばですが、こちらが対話の姿勢を見せていても、相手が容赦しなければどういう対応されるのですか、次期皇帝陛下。」
前世も今世も村人であるアロン。
本来、貴族や皇族など雲の上の人々だ。
たった5年間、ファントム・イシュバーンで地獄のような日々を過ごしたアロンとは言え、前世と今世の大半を村人として生きるアロンの中で、貴族、そして皇族は敬う対象であり、もちろん不敬となる態度や言葉遣いを取らないことは身に染みている常識だ。
しかし、目の前の男は超越者。
例え貴族だろうと、皇太子だろうと、相手が超越者なら遠慮などしない。
それがアロンの使命であり、天命だからだ。
「その時こそ、私たち転生者の出番だ。相手を圧倒して抑える。殺す事なく捉え、丁寧に対応することで向こうの者たちも分かってくれるはずだ。」
「捕虜を丁重に扱う。素晴らしい考えです殿下。しかし、襲撃してきた相手に超越者がいたとしたら? それも強力なスキル持ち……例えば、問答無用で彗星魔法や王竜召喚など放たれたら、どうされるのですか?」
「バハムートなら私も召喚できる。それで相手のバハムートに対抗できる。ミーティアも発動前の予兆が掴みやすい攻撃だから、それに注視すればダメージを最小に抑えることが出来る。」
「貴方は “神獣師”、しかもグランドマスターでしたね。ならば戦況次第では “秘奥義ピグレーツォ” も相手に発動するということですか?」
「もちろん。必要ならばあの力を見せつけて戦意を削ぐのも戦略になるだろう。尤も、まだまだSPが足りていないから、秘奥義どころかバハムートを召喚するだけで精一杯ですね。」
アロンの問いに、淡々と答えるジークノート。
その表情は、自信に溢れている。
「……模範解答ですね。」
アロンの呟きに、笑みを浮かべるジークノート。
「ファントム・イシュバーンでも上位ランカーでしたからね。それにこの世界では、一応皇太子として戦争の事も学んでいますので。」
「ファントム・イシュバーンなら、ですよ。殿下。」
“模範解答”
“ファントム・イシュバーンなら”
この言葉が “侮蔑” であると気付いたのは、レオナだけであった。
「まったく、話になりませんね。」
組んでいた手を解き、アロンは背筋を伸ばした。
話にならない、という言葉でジンだけでなく、ジークノートも憤りを感じた。
「……どうしてですか?」
「先ほどの発言。超越者同士の争いに、一般人や一般兵が巻き込まれることは、考慮していましたか?」
「……あ。」
ミーティアもバハムートも、広範囲に亘る凶悪な攻撃スキルだ。
敵同士、召喚と召喚をぶつけると、召喚獣は基本的に相手の召喚獣と呼びだした獣使士系本人を狙うようになっている。
相手の召喚獣が格下ならあまり目立たないが、同格、それも覚醒職が呼び出せる凶悪レベルの召喚獣同士の争いは、まさに怪獣決戦といった光景になる。
暴れる召喚獣同士。
その激しい攻防に巻き込まれると、敵味方関係なく損害を受ける。
このため召喚獣同士が争いを始めたら離れてやり過ごすのがセオリーだ。
だが、それはあくまでもファントム・イシュバーンというゲームの世界での話だ。
ここは、現実世界イシュバーン。
戦争の舞台では、殆どが一般兵であり、この世界の住民だ。
ファントム・イシュバーンの世界から転生した超越者の数は多くないが、一人一人がこの世界の住人よりも遥かに強く、その脅威は計り知れない。
何万、何十万とひしめく戦場で凶悪な攻撃を放つなど、無差別甚だしい。
ましてや、極醒職の “秘奥義” など発動してしまえば “大量虐殺” となるのは容易に想像できる。
それにも関わらず、目の前の皇太子は “戦場で秘奥義を放つ” と言い切ったのだ。
唯一の救いは、まだSPが足りず発動できないという点だったが。
「殿下。先ほど私は前提が違うと申しました。帝国にも超越者がいる。そして聖国にも、覇国にもいる。超越者をかき集めて、全員が束になって “戦争回避のために対話をしましょう” などと、相手にはどう映るか想像されましたか?」
「いや、それは……。」
「超越者という戦力が、一堂に会すること。脅威ではありませんか。」
「だが! こちらは世界の平和のために声を上げているのだ。この戦争が当たり前の異世界を不信に、そして違和感を持って過ごしている転生者ばかりなはずだ! アロンさん、貴方もご存知でしょう!? 向こうの世界は、大きな戦争などなかった。平和こそ、私たちの願いのはずだ。そういう者へ声を掛け、世界を動かすのだ!」
「敵国に、敵味方関係なしに虐殺をするような超越者がいないとでも?」
「そ、そんな者がいるはずは……!」
「覚醒職にまで辿り着いた者は、何かしら殲滅攻撃を持っている。殿下のお考えは些か甘いのではないでしょうか?」
(ジークは、知らなかったか……。)
言い合うアロンとジークノートを睨みながら、レオナは静かに思う。
宰相の娘として、公爵家の令嬢として、世界の動向についてはむしろ皇族よりも詳しかった。
レオナが脳裏に浮かべた、ある人物。
覇国の最高幹部 “五大傑” の一人。
【流星紅姫】こと “魔聖” サブリナ。
ファントム・イシュバーンでは、覇国で最強と呼び名の高かったギルド “満天星” のメンバーだった有名人だ。
ギルド戦では戦略も何も無く自分勝手なプレイスタイルで、敵味方関係なしに “魔聖” 奥義ミーティアを降らせまくっていたことで付いた通り名は【メテオボマー】
迷惑千万この上ないプレイヤーだったが、ギルド戦で多くのキル数を積み上げ、結果的に勝率の底上げに貢献していたため、外すことが出来なかったという曰く付きだ。
数年前、聖国と覇国との大々的な競り合いの場でサブリナが問答無用でミーティアを放ち、敵味方含め一瞬で数千人の死者を出したというのは有名だ。
だが、どうやら皇太子であるジークノートは知らない様子だ。
ここでレオナが口を挟むと、アロンの言い分が正しい事が証明されてしまう。
レオナの心情的には、同じギルドでサブマスを担い、同じ年の転生者として、しかも皇族と公爵家という間柄で幼馴染として15年間も共にしてきたジークノートを擁護したい。
だが、言い分や、そもそも “転生者を集め、対話を通して戦争を終結させる” という高尚な考えについては些か疑問がある。
むしろ、戦争が遥か太古より続いているという異常な世界で、そんな平和ボケした考えが果たして通用するのか。
幼い頃から、宰相の父の元でこの世界について一生懸命学んだレオナにとって、アロンとジークノートの言い分、どちらが現実的かなど比べるまでもなかった。
「さっきから聞いていれば!!」
ドンッ、と低いテーブルを叩き、怒声を上げるのはジンだった。
今にもアロンに殴りかかりそうな怒気を発するが、察したセイルがジンの腕を掴んでそれを阻止している。
「お前、向こうの世界で【暴虐】とか最強だとか言われて調子こいてるんじゃねぇのか!?」
普段、お茶らけながら「~ッス」という言葉遣いのジンとは思えないほど、憤りを露わにして叫ぶ。
その様子に、ジークノートだけでなく流石のレオナも驚愕する。
「ジークさんは平和な世の中にしてぇって言っているのに、グダグダと! お前は転生したこの世界で、人殺しになりたいのか!?」
「そうは言っていないが、殿下の考えはより多くの民を失うこととなる。人殺しと言うなれば、どちらのことやら。」
「そうとも限らねぇだろ! 聖国だって覇国だって、戦争が嫌で嫌で仕方ない転生者がいるはずだろ。そういう奴等と手を取って世界を平和にしたいって気持ちが、てめぇには分からねぇのか!」
顔を真っ赤にして怒鳴る。
ジンの赤髪も相まって、より赤く映る。
「この世界を平和に。そこについてはボクも同意する。」
ジンとは対照的に、静かに伝える。
その言葉、もしや考えを改めてくれたのかとジークノートが笑顔を浮かべるが……。
「それは、超越者抜きであればの話だ。戦争だろうと、平和な世の中だろうと、この世界の部外者である超越者がしゃしゃり出ること自体が間違いなのだ。存在そのものが脅威である超越者が、世界を平和に? 世界を破滅に、ではなくて?」
その言葉に、さすがのジークノートも堪忍袋の緒が切れた。
「言わせておけば! 君も同じ転生者だろ!? なぜ、この過大な力をもって転生したか考えたことがあるのか!? この世界の実情を見て何とかしようと思わないのか!」
「……同じ転生者? 何故、転生したか、だって?」
がちゃり、と音を立ててアロンは立ち上がる。
気迫と圧に思わず身体を震わせるが、睨み続けるジークノートとジンだった。
アロンは再び溜息を吐き出し、紡ぐ。
「貴方たちと同じだと言われるのは心外だ。」
「「はぁっ!?」」
(この反応、メルティから “アロンは転生者だけど転生者ではない” という事を聞いていないのか?)
12歳の時の事件。
アロンは、ほぼ自分の正体や目的をメルティに告げたはずだ。
裏切ったメルティは全てジークノート達に包み隠さず話したと思いきや、何かチグハグな感じを覚えるアロンであった。
――実は、メルティは全て話していない。
というよりも、話し忘れていたことが幾つかあった。
憧れたアロンを裏切るという、彼女の中の一大事。
しかもその相手は、絶世の美男子であり帝国最高峰の権力者、皇太子ジークノート。
自分が受けたアロンからの仕打ちに対する怒り、憎しみ。
反面、心の底から惚れこんだジークノートの役に立ちたいという一心から、彼女が告げたアロン情報は歯抜けのようなものとなってしまった。
具体的には、
・転生者だけど転生者ではない
・ファントム・イシュバーンから何かしら武具やアイテムを持ち込んでいると思わしき事
この2点について、すっかり忘れてしまっていたのだ。
“転生者の情報を集めて、何かしら敵対行動を取る”
この1点について、アロンがどれだけ酷い男か、鬼や悪魔のような奴だと散々罵ることに注力してしまった。
(今、ボクの正体を明かしても何のメリットも無いな。)
“元々イシュバーンの住人”
それが凄惨な事件で命を失い、御使いこと “狡智神アモシュラッテ” の手によってファントム・イシュバーンの世界に転移、その後に再びイシュバーンへ転生したのが、アロンだ。
“向こうの世界しか知らない” 超越者たちとは、一線を画する。
この状況こそ、アロンにとって超越者に対する非常に大きな優位性となるのだ。
逆に、イシュバーンのことを表面的にしか知らない、
――むしろ、ファントム・イシュバーンの “ゲームの世界” の延長線上にあるようにしかこの世界を捉えていない、ジークノートとジンの物言いに呆れかえるだけであった。
「どのみち、貴方に手を貸すつもりはありません。やるなら、この世界の人々が傷つかないように、超越者である貴方たちだけが血を流すような算段をつけてください。どうせ死なぬ身でしょう? 納得いくまで話し合い、殺し合えば良いと思います。」
「き、貴様っ……。」
拳を作り震えるジークノート。
険しい顔のまま、ソファに再度腰を掛ける。
「そうか。残念ですよ、アロンさん。メルティさんが言っていた通り、貴方は転生者のくせに、何故か転生者を相手取ろうとしているのですね。……それはこの世界の住人では物足りない、という戦闘狂だからか。」
「失礼な。それは違います。貴方たち超越者がこの世界に居なければ、ボクはただの村人として平和に過ごすだけでした。だからこそ、この世界をかき乱し食い物にする超越者には必ず報いを与えます。」
「言ってろよ、馬鹿。」
アロンの言葉にうんざりという表情で、ジンはぶっきらぼうにソファへ座った。
「……アロンさんも、女神様に声を掛けられて希望してこの世界にやってきたのでしょう? 何で、そこまで転生者を憎むのですか?」
アロンの言葉の節々が気になっていたセイルが尋ねる。
その質問に、アロンは一瞬固まった。
(そうか。そう言えば……転生者たちはエンジェドラス様に声を掛けられて転生するかどうかを選択して、この世界にやってきたんだったな。)
転生者は、“転生することを希望した者たち” だ。
以前、メルティからの手紙にもそのことを仄めかす内容が書いてあった。
メルティは、前世は散々だったために転生を手放しで喜んだそうだ。
それぞれ事情はあるだろうが、ここに並ぶ全員も、結果的には転生に夢と希望を抱いてイシュバーンにやってきたのだろう。
「……声を掛けられたというのは間違いないですが、こちらに居る理由も、方法も、貴方たちとは別物だと答えておきましょう。」
「意味がわかんぇねよ、馬鹿。」
アロンの言葉に、いちいち突っかかるジン。
どうやら、心底アロンの事を敵視している様子だ。
「それは、詳しく聞いても?」
「意味がありません。知ったところで、より一層ボクの事を敵だと思うでしょう。」
ゾワリ、とした空気が流れる。
すでにジークノートとジンは、アロンを敵視している。
そしてそれを理解するアロンであった。
一触即発に似た空気。
それを察し、テーブルに手を置くレオナ。
「アロンさん、これだけは答えてください。貴方は、ファントム・イシュバーンでは帝国陣営、そして今も帝国に住む者です。その出で立ち、冒険者として登録されたとなれば有事の際は徴兵され、それに応じる義務が生じます。そこで質問です。貴方は、帝国をどうしたいのですか?」
“帝国をどうしたいか”
正直、考えたことも無いことだった。
「どうしたいか、と言われても……。帝国には生まれ故郷もありますし、家族もいます。むしろ、この国を守るために働くこと自体に疑問も違和感もありませんが?」
アロンの言葉に、眉を顰めるレオナ。
(帝国自体の害にはなりそうにない。そして、自分の力を誇示するつもりもない。だけど転生者は何故か嫌っている。それってつまり……。)
“アロンと転生者の間に、何かがあった”
それが何か。
興味が湧くレオナだった。
ふと、レオナは思い立った。
「アロンさん。**、********?」
向こうの世界の共通言語。
このイシュバーンでも、転生者同士であれば通じる言葉だ。
だが。
「何ですか?」
首を傾げたように尋ねるアロン。
「……お前、本当、ふざけんなよ?」
顔を歪めてアロンを睨むジン
だが、意味の分からないアロンだった。
「ジンさん、落ち着いて。」
飛び掛かりそうなジンを制止、レオナはアロンへ向く。
「アロンさん、貴重な時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした。」
「お、おい、レオナ!」
「殿下。これ以上の問答は無意味です。アロンさんも予定があるでしょう、伺いたい事があれば今日のお詫びも含め、また後日お越しいただければよいのでは。」
ぐっ、と言葉を詰まらせるジークノート。
どうやら、偉大な皇太子殿下は婚約者たる公爵令嬢に頭が上がらない様子だ。
ファントム・イシュバーンの “ワルプルギスの夜” 時代でもそうだったと、伺る。
「レオナ様のお気遣い、感謝いたします。それではこれで私は失礼させていただきます。」
頭を下げ、背を向けるアロン。
まだ色々と言い足りないジークノートとジンは、アロンのその背に向けて鋭い視線を突き刺すのであった。
◇
「何なんだよ、あいつは!!」
アロンが退席したと同時に叫ぶ、ジン。
メルティがジークノートにした話からして、非情な奴だと思ってはいたが、まさかあそこまで話の通じない相手だとは思わず、怒りをぶちまけるのであった。
「あそこまで酷いとはな。メルティさんの言う通りだ。どうにかしないと私達にとっても、帝国にとってもマイナスでしかない。」
頭を抱えるジークノートがぼやく。
だが。
「ほ、本当に悪い人でしょうか?」
恐る恐るセイルが伝える。
しかし。
「セイルさん。あいつはダメッスよ。言っている意味もわかんねぇし。」
完全に敵視しているジンが怒りを露わにする。
同意するようにジークノートも頷く。
「ファントム・イシュバーンでは偉大な人だと憧れはしたが、あんなに酷いとはな。どうにかして抑えなければ、転生者を纏め上げる障害になりそうだ。」
「……放っておきなさいよ。」
憤る男性陣2人に、レオナが冷たく言い放つ。
「放っておいて良いものか!」
「そうッスよ、レオナさん!」
「あんた達が騒いでいる間に、鑑定したんだけどね。」
全員の目がレオナに向かう。
レオナはスキル、愚者の石をいつの間にか使ったのだ。
「どうだった!? やはり本物のアロンで……。」
「分からなかった。」
「はぁ?」
レオナは、震える身体に喝を入れて、紡ぐ。
「“鑑定不可”、そう出たわ。貴方たちは見られたのに、アロンさんだけが見えなかった。」
得体の知れぬ存在を目の当たりにしてしまった。
鑑定不可という不可思議な現象を考察するが、意味が分からなかった。
(まさか、鑑定無効の装備を? そんなもの、この世界にあるの?)
ファントム・イシュバーンでは、3種類存在した鑑定無効の装備。
だが、ここはイシュバーンというファントム・イシュバーンを模したリアルな世界。
殆どファントム・イシュバーンと同じ世界観だが、向こうからアイテムや武具の持ち出しが制限されている中、一から探し出さねばならぬ状況で、まさか鑑定無効の装備をすでにアロンが入手しているとは到底思えなかった。
「鑑定不可……いったい、どういう事だ?」
「何かあいつ、あるな。」
不信そうに語り合うジークノートとジン。
その隣、頭を抱えるレオナ。
ただ一人、セイルだけは別の感想を持った。
(アロンさんは……転生者を憎んでいる? それに、彼はずっと。)
“転生者” でなく、“超越者” と言っていた。
――その呼び方は、元々イシュバーンに住む者たちが転生者を指すものだった。
この中で唯一、冒険者として戦争の戦場にも立つセイル。
その惨状で散々目撃してきた、悍ましい存在。
それが、転生者。
(アロンさんと、もう少しお話しがしたい。)
そのことをレオナに告げようかどうしようか悩むセイルに、ジークノートとジンは恐ろしい事を言い合っている。
「今日のことは、メルティさんにも告げよう。」
「良いんですか、ジークさん?」
「他にも奴の情報が出てくるかもしれない。メルティさんも一緒に考えて貰った方がいい。奴を……抑える方法を。」
「賛成ッス、ジークさん!」
(な、何てことを。)
焦るセイル。
ふと、レオナに目線を向ける。
まるで興味がないように、ジークノートとジンを睨みつけるレオナがいた。
(レオナ……さん?)
“四者四様”
転生者たちもまた、一枚岩では無かったのだ。