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4-5 冒険者連合体

『シュッ』


ラープス村の自室から一瞬で、遠く離れた帝都目前の森の中に移動したアロン。

周囲の様子を確認して、堂々と歩み進めた。


しばらく歩くと、帝都西門へと辿り着く。

眼前に広がるのは、帝都内の検問に並ぶ人々。

冒険者や商人、帝国兵志願者、または豊かな帝都へ一攫千金を狙い、足を運んだ町村民だ。


その最後尾に並ぶ、アロン。

黒銀に輝くフルプレートアーマーに身を包み真っ白の豪奢な外套を纏うその姿は、帝国軍の上位隊長もしくは、歴戦の冒険者だ。


本来、名の知れた兵や冒険者、または貴族は順番待ちなどせず、それら専用の検問をほぼ顔パスで通過するものだ。

だが、アロンは本来15歳の未成年、しかも村人だ。

恰好は立派でも、肩書は何も無い。


素直に並ぶが、周囲はざわめき立つ。


(帝都に入ってから装備すればよかったかな?)


黒銀のフルフェイスのため表情は見られないが、アロンは皇太子ジークノート、つまり超越者との邂逅に浮足立っていたことに羞恥を覚えたのだ。


しばし並ぶこと、30分。

アロンの番となった。


「えっ、と。帝都に入るのは初めて……ですか?」


検問兵も、豪奢な装備のアロンにどう対応して良いのか困惑する。

ここまで立派な装備は、上位者である帝国軍部隊長でも身に纏っていないからだ。


「初めてです。帝都の冒険者連合体に、ギルド登録に参りました。」


冷静に、その目的を告げる。

本来はジークノートとの面会なのだが、実は今日のアロンにとって、それは “ついで” なのだ。


なお、「初めて」というのは方便だ。

先日の宝石換金の時は、検問など通らず宝石商の館近くまでディメンション・ムーブで移動して、用事が済み次第即座に帰ったからだ。


今回わざわざ検問を通るには、理由があるからだ。



「ああ、承知しました。ではこちらに帝国民証をご提示ください。」


ホッとした検問兵。

アロンは言われるがまま、帝国民証を取り出した。


その内容を見て、目を丸くする兵。

何故なら、目の前の豪奢な武具に身を包む男は、15歳。

それも、田舎村の出身者だったからだ。


そして、そこに書かれている職業は “剣士”


「えっ、と。あんた、若いな?」

「ええ。若輩者で恐縮です。」



帝国民は、12歳の適正職業の儀式を終えると、“帝国民証” が渡される。

所謂、身分証明書で、名前、出身地、職業といった基本情報が記されているのだ。


登録情報に本人の血液情報も含まれるため、怪しい場合は検査することも出来る。


「悪いな。一応チェックのため、ここに血を一滴垂らしてもらっていいか?」


検問兵は、アロンの帝国民証の右上にある窪みを指さした。

兵のすぐ隣に座る、入出管理を行う検問審査官も義務的に針をアロンへ差し出した。


「はい。」


言われるがままアロンは左手人差し指に針を刺し、帝国民証の窪みへ血を一滴垂らす。

すると、カード状の帝国民証は青くうっすらと光を放った。


「うん、疑って悪かった。」


にこやかに帝国民証を検問審査官へ私、アロンから針を受け取る検問兵。

“青い光” は本人の証拠だ。


これが “赤い光” なら、偽物。

そもそも光らなければ偽造カードと言うわけだ。


「いえ。」


アロンは端的に応える。

その間、検問審査官はアロンの帝国民証の番号を控え、差込口のある箱へ入れた。

すぐさまアロンの帝国民証は箱から飛び出し、検問審査官は義務的にそれを取り出すと、検問兵へ、そして検問兵はアロンへと返した。


「ギルド登録ってことは駆け出しかな? 冒険者連合体は、この西門をくぐって左手側、真っ直ぐ進んだ突き当りにある。」

「ありがとうございます。」


帝国民証を受け取り、頭を下げるアロン。

そしてそのまま、帝都の入管税として銀貨1枚、1万Rを支払った。


見かけない歴戦の戦士風の少年。

流れるような、入管の手さばき。


中身は若い少年というギャップに戸惑いながらも、検問兵はにこやかに告げる。



「ようこそ、帝都へ!」





イースタリ帝国 “帝都” 西区


赤茶色の煉瓦が敷き詰められた街道に、白の塗り壁で統一された建物。

整然と、それでいて絢爛な街並みは、栄華を極めるイースタリ帝国の象徴でもあった。


来る者の心を掴んで離さない、帝都の玄関口。

最も往来が激しく喧噪に包まれる “賑わいの街”、それが西区だ。


ここには帝国軍の詰め所と宿舎があり、また名を轟かせる著名な各ギルドの拠点が立ち並ぶこともあり、行きかう人々の大半が帝国兵か、冒険者だ。


そして最も目立つ建物こそ、左手側、商人と職人の街である “北区” に通じる街道の途中にある巨大な施設、“冒険者連合体帝都本部” だ。



イースタリ帝国では、帝国民であれば誰でも冒険者になれる。

市街や大きな町に点在する冒険者連合体へ加盟してライセンスさえ取得してしまえば、冒険者を名乗れるのだ。


制限は、年齢のみ。

12歳の適正職業の儀式さえ終える事が唯一の条件だ。


ただし、冒険者として(・・・・・・)活動するためには、“ギルド” に加入する、もしくは自らギルドを築き上げる必要がある。

何故なら、冒険者の活動は全てギルドを介さねばならず、そもそも冒険者に対する “依頼” 自体が、ギルド経由で無ければならないルールが存在するからだ。


これは “個人” よりも “集団” を優先する度合いが高いからだ。

――もっと踏み込めば、“戦争” が関係してくる。


帝国内の市街や大きな街に存在する冒険者連合体は、全て帝国直営で運営がされている。

その主な業務は、ギルドの認定、(ランク)付け、そして貴族や大商人、または帝国直轄の “任務” の依頼振り分け、そして各ギルドの “貢献度” に応じた給金の支給だ。

加えて、冒険者やギルドへ依頼希望の者に対するギルド斡旋業務なども行っている。


依頼者は、自らの依頼内容に応じて直接ギルドへ依頼を行う。

ギルドへの依頼は、大まかに『採取、討伐、護衛、探索』の四種類に分けられ、依頼内容の難易度とギルドの格によって依頼金、そして成功報酬が異なってくる。


ギルドは基本、依頼内容を拒否することが出来ない。

拒否条件は、ギルドメンバーが出払っており人手が足りない場合、ギルドランクよりも遥かに難易度が高く適正依頼で無いと思われる場合、そして、国直轄の依頼である “徴兵” を受けている場合だ。


ギルドは依頼を受注したら、ギルドメンバーを振り分けて “パーティー” を作り、依頼を達成させる。

中には依頼者がパーティーを指定してくる場合があるが、依頼の難易度や状況によってこれを拒否することも出来る。

それに伴って依頼金や成功報酬が減額されるという事は無い。


ギルドは受注した依頼や成否などを全て冒険者連合体に報告する義務が生じる。

その結果によって、冒険者連合体はギルドの評価に結び付けるからだ。


さらに、依頼主と揉めた場合は仲裁に入ってくれる。

適正を超える無理難題な依頼や、特定の人物を指定し続けるといった迷惑行為は、そのギルドどころか冒険者連合体を通して帝国内の全ての冒険者連合体に情報が共有され、最悪はブラックリスト入りとなる。


逆に、依頼主から格付けを超えるような法外な依頼金や成功報酬をせびる行為も行ったギルドも処罰の対象となる。

その場合、ギルドマスターやサブギルドマスター、依頼を受けた冒険者にまでペナルティが課せられ、最悪は犯罪奴隷として連行されることもある。


冒険者、そしてギルド全体の信用の担保。

それが冒険者連合体の役割だ。



(背景云々はともかく、仕組みはファントム・イシュバーンも同じなんだよな。)


VRMMO【ファントム・イシュバーン】は登録したキャラクターが冒険者になるところから始まる。

所属した国家陣営の冒険者連合体本部で、新米冒険者として登録され、チュートリアルを経た後に広大なファントム・イシュバーンを冒険することとなる。


だが、いきなり登録したてのプレイヤーが、ギルドに加盟や、ましてや自らギルドを作成するなど出来ない。

出来るとすれば、一からキャラ作成をし直したプレイヤーか、セカンドキャラクター以降のプレイヤーだ。


では、どうするのか。

ファントム・イシュバーンでは、レベル50までが “チュートリアル” 扱いとなり、そこまでは適正職業こと、基本職の選びなおし、ステータスの振り分け直しなど出来る。

そして、ギルドに未加盟でもレベル50までは冒険者連合体が面倒を見てくれるのだ。


現実世界のイシュバーンでは、レベル50までは適正職業の変更だとか、ステータスの振り分け直しなど出来るはずがない。

ファントム・イシュバーンという “遊戯(ゲーム)” ならではこその、初心者救済措置なのだ。


しかし、唯一同じなのが、新米冒険者は冒険者連合体がしばらく面倒を見てくれるということだ。

冒険者連合体にも専属ギルドが存在しており、極めて簡単な国営依頼を扱うことがある。

それを新米冒険者に振り分けながら基礎を叩き込み、ゆくゆくは冒険者自身の適正にあったギルドを斡旋することも業務の一環として行っている。


ただし、当然ながら期限が存在する。

その間、90日。


90日で新米冒険者はある程度の実力と適正を見せつけなければ、ライセンスはく奪もあり得るのだ。

地方の冒険者連合体なら、この匙加減が緩かったりもするが、この帝都本部は非常にシビアである。


逆に言えば、帝都本部に認められた新米冒険者は将来有望とも言えるのだ。

腕試しの意味もこめ、帝都本部に流れてくる冒険者希望の者は非常に多い。


もちろん、90日という期限を簡単にクリアする道もある。

一つは、その間にさっさとどこかのギルドへ加盟することだ。


そしてもう一つ。

新米冒険者なら、絶対に行わない手段が、ある。





「ようこそ、冒険者連合体帝都本部へ!」


胸元が強調された緑色の服に、フリル付きのお揃いのスカート。

白いエプロンとベレー帽を付けた受付嬢がにこやかに出迎える。


「冒険者の登録をお願いします。」


カウンター越しに、アロンは用件を伝えた。


実は、皇太子であるジークノートに会うのは “ついで” である。

アロン本日の本当の目的は、冒険者登録と、ギルドへの加入だ。


ジークノートと交わした約束の時間まで、まだ2時間もある。

その合間にさっさと登録を済ませてしまおうというのが、アロンの考えであった。



そんなアロンは、見るからに歴戦の戦士という風貌と貫禄があるが、新米冒険者となればどこぞの貴族の三男坊あたりかな、と受付嬢は予想した。

しかし、おくびにも表情には出さない。


「はい! では帝国民証の御提示と、登録料として5万Rのお支払いをお願いします。」


ファントム・イシュバーンでは、この流れは省略されていた。

つまり、アロンにとって初めての冒険者登録手続きとなる。


学校でその仕組みは教えられていたが、一気に緊張の走るアロンであった。


「では、これで。」


だが、黒銀フルフェイスではその表情が見えない。

淡々と、帝国民証と銀貨5枚を差し出すようにしか、受付嬢には映らないのだ。


だが、帝国民証を見て目を見開く。

目の前の、豪奢な装備を身に纏う戦士は、貴族の子息でもなく、ただの村人。

しかも15歳という未成年だ。


一瞬戸惑うが、すぐさま営業スマイルを浮かべる。

“ここに居るってことは、検問はくぐってきたわけね” と、目の前の男は帝国民証に書かれていた “アロン” という男であると判断したからだ。


カウンターの裏手側にある、登録装置に帝国民証を差し込む。

これは、どこか別の冒険者連合体で登録されている冒険者では無いか、ライセンスはく奪者かどうか、犯罪履歴は無いかどうかのチェック媒体だ。


青色に光る、アロンのカード。

つまり “登録可” のサインだった。



「では、こちらがアロン様のライセンスになります。」


帝国民証と同じサイズの、カード。

これがライセンスだ。


色は、茶色。


「えー、この茶色のライセンスは、新米ランクの “G” となります。こちらをお持ちの場合、90日間限定で帝都本部だけでなく、各地の冒険者連合体から直接依頼を受けることが出来ます。その間の働きによって、こちらからお勧めのギルドを斡旋させていただきますので、ご承知ください。あ、もしどこかのギルドへ加入されましたら、必ず申し出てください。」


受付嬢は胸ポケットから、赤茶色のカードを取り出した。


「こちらは認定上、最低ランクの “F” ライセンスとなります。ギルド加盟によって、自動的にこちらに切り替わりますのでご承知ください。」


営業スマイルを続ける受付嬢。

その手に持つカードを、アロンはジッと見つめる。


(やはり、ファントム・イシュバーンも同じなのだな。)


イシュバーンを模倣したあのゲームの世界でも、全く同じだった。


チュートリアル中は、新米ランクのG、色は茶色。

ギルド加入で、最低ランクのF、赤茶色。

その後、赤(E)、青(D)、黒(C)、銅(B)、銀(A)、金(AA)、白金(AAA)、虹色(S)とランク付けされる。


ファントム・イシュバーンでは、レベルと職業の熟練度、そして依頼達成数及び達成難度によってランクが自動的に上昇していった。

ちなみにアロンは、当然ながら最高位の “S” であり、虹色に輝くライセンスを所持していたのだ。


「ライセンスですが、今お渡しした茶色を含め10段階ございます。ランクが上がれば当然ギルドの格も上がり依頼される内容も幅広く、そして難しいものになってきますが、当然ながら高い依頼金や成功報酬が望めるようになりますので、頑張ってください。」


「ちなみに、帝都で一番ランクの高い冒険者はどなたですか?」


興味本位で尋ねる、アロン。

帝都で最高ランク、イコール、帝国最高の冒険者という事だ。


「はい。一番は、帝国将軍 “輝天八将” を統べるハイデン侯爵閣下で、ランクは金色です。」


(AA、ね。)


「閣下は冒険者というよりも将軍様ですので、現在活動されている冒険者の中で言えば、銀色ライセンスをお持ちになる4人の方が最強と呼ばれています。中でも金色間近と評判の高い超越者のお二方こそ、当連合体で最も位の高い冒険者でしょうか。」


ガチャリ、と思わず甲冑音を立てるアロン。

動揺が割れぬよう、冷静に尋ねる。


「それは興味深い。お名前は?」


「“白翼騎士団” ギルドマスターのノブツナ様と、“巨木の大鷲” ギルドマスターのオルト様です。」


“ノブツナ”、そして “オルト”

ああ、と思わず声を上げるアロン。


「おや、ご存知で?」


「いや、そんな凄い方がいらっしゃることに、驚きました。」


――アロンの記憶に、合致した。


(“修羅道” のノブツナと、“鬼忍” のオルトだな。転生していたとは。それにまさか、向こうと同じギルド名だとは……。転生者って奴は、よほどこの世界をゲームだと思っているのだな。)


同じ帝国陣営であったため、攻城戦等での殺し合いは無い。

ただ、同じ陣営同士のギルドで戦い合う “模擬戦” でやりあった経験はある。


アロン1人、対、50人。


“最強” と呼ばれ、たった一人でギルドを結成するアロンに、興味本位で喧嘩を仕掛けてきたギルドが幾つかあるが、その中にノブツナの “白翼騎士団” と、オルトの “巨木の大鷲” もあった。


模擬戦も、生存率で勝敗が決まる。

アロン1人対50人の場合、アロンが一人でも敵を “死亡判定” させてタイムオーバーになるか、相手ギルドを全滅させればアロンの勝ち。

時間内にアロンがHP0、つまり倒されれば相手ギルドの勝ち。


アロンは1人ギルド、つまり復活させてくれる味方が居ないため、やられれば負け確定となるのであった。


だが、レベル900オーバーで全装備が神話級、加えて神業級のプレイヤースキルを有し、尚且つ即死亡判定となる書物スキル “永劫の死” をも所持する【暴虐のアロン】の前に、冒険者ランク平均Aオーバーの上位ギルドであった彼らは、“全滅” で敗北した。


アロンの凄まじさに身震いする思いと同時に、ここまで神掛かったプレイヤーが同じ帝国陣営に居るありがたさを噛み締めるのであった。



だが、アロンは違う。

同陣営とは言え敵対した相手は必ずメモを残し、職業や所属ギルド、そして得意とする戦法までも全て記録したのだ。


転生する者がいた時のために。

それが、今まさに活きた知識として脳裏に浮かんだのだ。




「さて、説明は以上となります。何かご不明な点は?」


簡単な冒険者レクチャーを一通り話した受付嬢。

アロンは一つ頷き、茶色の “G” ライセンスを差し出した。


「早速ですが、ギルドを結成したい。手続きをお願いします。」

「……へっ?」


キョトンとする受付嬢に、周囲の冒険者たちもざわめく。


「あ、あの! 貴方、新米ですよねっ!? なのにギルドを作るということですか!?」

「はい。」


迷う事なく返事をするアロンに、呆れ顔の受付嬢。


「あのぉ……。出来なくはないのですが、新米さんは新米さんらしく、ここでしばらく簡単な依頼をこなして、信頼と実績を積み上げるのが良いと思いますよ? それに、ギルドを作るなら、まずは他のギルドに入ってノウハウを学んでからの方が、絶対良いですよ?」


受付嬢としては、親切心で告げているつもりだ。

だが、内心 “こいつバカだ” と蔑んでいる。


「出来なくはないなら、頼みます。」


「……本気ですか? 言っておきますが、新米がギルドを作るなんて、今まで例の無い話ですよ? しかもここは由緒正しき帝都本部。本部に登録したばかりのギルドは、一月に1回以上、“依頼達成難度C以上”、もしくは “討伐危険度Cランク以上のモンスター討伐” が登録継続の条件ですよ!? ランクが上がれば条件達成期日も伸びますが、今、貴方がここでギルド作成登録を行うと、自動的に! 今申し上げた条件を達成できなければ強制的にギルドは解体、ギルドマスターである貴方には相応のペナルティが課せられますよ!?」


受付嬢は顔を顰めながらまくしたてる。

周囲の同じ新米冒険者や、たまたま訪れたベテラン冒険者も様子を見守る。

――“世間知らずの小僧” に対する嘲笑だ。


「もちろん理解しています。その上で申し上げているのです。登録をお願いします。」


平然と答えるアロンに、ギリッ、と歯を食いしばりながら憤りを露わにする受付嬢。

ここまで言っても聞かない奴とは。


“その仮面取って素顔見せろ、この小僧!” と叫びたい。


だが、すでにライセンスを交付した冒険者だ。

冒険者連合体は、ランク関係無しに冒険者は一律平等に接しなければならない。

つまり新米だろうとベテランだろうと、自らギルドを作りたいという希望を告げられたら、粛々と手続きを進めなければならないのだ。


「はぁ。わかりました。」


先ほどまでの営業スマイルはどこへやら。

受付嬢は、ぶっきらぼうにギルド作成登録の紙を取り出し、乱雑にカウンターに叩きつけた。


「こちらにご記入ください。書いたら最後、後戻りは出来ませんからね!」


これは受付嬢なりの、最終勧告だ。

しかし、まるで慣れた手付きでサラサラと記入するアロン。


結成メンバーは、一人。

登録者ライセンスは、最低の“F”

そして、“メンバー募集希望” は、『無し』と書いた。


「はぁっ!?」


『無し』の字に、思わず叫ぶ受付嬢。

“もしかすると興味本位で加入する物好き冒険者がいるかもしれない” と微かな期待も過っていた受付嬢。

その期待が完全に裏切られたのだ。


メンバー募集希望無し。

つまり、自身が造り上げたギルドへの加入希望者は、不要とする意思表示だ。

本来、仲間内の冒険者同士がギルドを作り上げた時に示されるものだ。


それが、新米でたった一人。

もはや意味不明。

受付嬢の眉間には、青筋が何本も立つ。


さらに。


ギルド名。『アロン』

自分の、名前だ。


「バッ……。」


“バッカじゃないの!?”

叫びたい気持ちを、寸前で止めた。


受付嬢の目の前の登録用紙には、前代未聞のギルドの申請が出来上がっていたのだ。


「これでお願します。」


淡々と告げるアロンに、怒りと呆れで憔悴しきる受付嬢が、顔を引きつらせながら口を開く。


「……もう、遅いですよ?」


“コイツは即座にブラックリスト入りだ”

来月まで猶予はあるが、受付嬢の中では決定事項だ。


今夜、受付嬢仲間を夜の街に誘い出し、盛大にコイツ(アロン)の事を面白おかしく馬鹿にしながら愚痴ってやる! まで考えた。


だが、その考えは一瞬で霧散することとなる。




「はい、これで登録完了です! 冒険者Fランクのライセンスと、こちらが、ギルド認定証です!」


投げつけるように、赤茶色の新しいライセンスと、少し大きめの茶色のギルド認定証をアロンに渡す受付嬢。

その二枚を手に取り、アロンは背負っていた荷袋へ仕舞う。


同時に、中から黄色く濁る20cmほどの何かの爪を取り出した。


「早速ですが、ギルドの更新手続きを行わせていただきます。」

「はあああああああっ!?」


色々と抑えていた受付嬢が、ついに爆発した。


「あんた、ふざけているの!? だいたい何よこの素材は! さっきも言ったけど、更新は “討伐危険度Cランク以上のモンスター討伐” よ!?」


“登録したての新米”

“しかも即ギルド結成”

“仲間も募集しないボッチ野郎”


即ち、“前代未聞のアホ” というレッテルを、目の前のアロンにベッタリと張っている受付嬢だ。

取り出された素材から発する禍々しい気配を、完全に見逃している。



「ちょ、ちょっと待ちなさい!」



声を掛けたのは、様子を面白そうに見守っていた先輩受付嬢。

右目に掛かっていた長い金髪をかき分け、アロンの受付嬢の隣に立つ。


「先輩っ! 先輩もこいつに言ってやってください!」


『パコンッ!』


騒ぐ受付嬢の頭を、持っていた用箋はさみで叩いた。

ギャッ、と短く叫び、頭を押さえる受付嬢。


「な、なにするんですかっ!」


今度は騒ぐ受付嬢の頭をグィッと押して、無理矢理下げさせる。


「大変失礼しました! 真贋鑑定のみさせていただきますので、少々お待ちください!」


そう叫び、先輩受付嬢は柔らかな布で包まれたトングで爪をお盆に乗せ、魔法陣が描かれている箱の上に乗せた。


そして、表示される文言を見て「やっぱり!」と叫んだ。


「先輩……いったい?」


涙目の受付嬢を無視して、引きつりながらも笑みを浮かべる先輩。


「お待たせしました! こちら、危険度Cの “パラライズエイプ” の麻痺爪であると断定いたしました。条件を満たしましたので、貴方様のギルドは向こう2か月、期間が延長となりました。期日内に同条件を満たせば、再度延長となります!」


その言葉に、受付嬢だけでなく周囲の者たちも度肝を抜いた。


「「「ええええー!?」」」


パラライズエイプと言えば、危険度Cの中でも特に危険なモンスターだ

森の奥などに生息し、集団で襲い掛かってくる麻痺猿。

ランクの高い冒険者パーティーでも、集団に出くわせば命が無いとまで言われるほどだ。


それを、登録したての新米冒険者が持ち歩いているとは。

“購入した” という線も無くはないが、一度流通した物には専用の魔道具によってロットナンバーが付与されるため、冒険者連合体の鑑定機で購入品かどうかも判明する。


つまり、流通していない採取品であるということだ。


「ありがとうございます。また寄らせていただきます。」


丁寧にお辞儀をして、建物から出るアロン。

その後ろ姿を、呆然と見つめる受付嬢。


「ど、どういう事……?」

「超越者……ではないのね。何者かしら、あのアロンって人。」


しばし、業務が停滞してしまう冒険者連合体であった。





(少し手間取ってしまったが、これで条件は揃ったはずだ。)



ジークノートとの約束の場、中央区にある高等教育学院を目指して足早に歩くアロン。

その心は、目的であったギルド登録を成し得たことの喜びにあふれていた。



(“ギルド戦” として判定されれば、発動するはず。)



アロンが、ギルドを作り上げた理由。



書物スキル “永劫の死”

『ギルド戦で敵対する相手を自らの手で倒した場合、15秒間の蘇生可能時間を無視して即死判定となる。このスキル所持者に倒されたプレイヤーは、いかなる手段を用いても復活することが出来なくなる。』


超越者の “不死”

つまり死に戻り “デスワープ” を封じる手段だ。


“選別” と、【殲滅】



世界で唯一。

超越者を殺害できる手段(・・・・・・・)を、アロンはついに手にした。

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