4-4 準備万全
「村に戻ってきてから、全く苦しくない。」
蒸留酒を口に含み、アロンの父ルーディンがボソリと呟く。
カチャカチャとララと共に夕食の食器片付けの音に紛れようやく聞こえるような声量であったが、母リーシャは嬉しそうに笑みを零す。
「私のシチューが効いたのかもね。」
母の手伝いをするララも嬉しそうだ。
尤も、ララはその理由が、兄アロンが持ち込んだエクスキュアポーションの効果だということを知っている。
約一月半前に敵兵から受けた “呪怨” によって戦線を離脱せねばならなかった帝国兵百人隊長の父。
本人は呪怨が治らないことを知っているため、“たまたま効果が発動していないだけ” と戦々恐々としているのだ。
だが、村に戻ってきてからは一度も呪怨効果で苦しんだことが無い。
それどころか、呪怨を受けてから常に身体に圧し掛かっていた倦怠感も無くなり、すこぶる快調に過ごすことが出来ている。
「確かに、ララとファナちゃんの料理のおかげだったのかもな。」
静かに笑い、再び蒸留酒を口に運ぶ。
燻された豊潤な香りと濃厚な蜂蜜のような甘みが広がる。
混ぜ合わせた安酒とは違う、非常に純度の高い高級酒だ。
――この酒は、ルーディンが帝国軍を退任する日に、縁があり知り合った超越者の少女からの贈り物であった。
「すでに婚約者も居るなら、知っておいた方がよいかもな。」
ポツリと呟く父。
テーブルを拭くアロンは手を止めて、顔を向ける。
「超越者、という存在は知っているか?」
ドキリ、とアロンの心臓が高鳴る。
アロンは、テーブルを拭いていた布巾を折りたたみ、
「聞いたことはあるよ。」
と答えた。
――自分が、その超越者で、しかも再び転生し直した者など絶対に言えるわけがない。
意外そうに、目を見開くルーディン。
「聞いたことがあるのか?」
「うん。アケラ先生……じゃなかった、村長から。」
そうか、と呟き父は再度蒸留酒を口にする。
“あ、これは失敗した”
せっかくの父と子の会話、これでは途切れてしまう。
そう思ったアロンは慌ててルーディンに尋ねる。
「父さんは、帝国兵の時にその超越者には会ったの?」
興味津々なアロンからの問いに、少し嬉しそうにルーディンは頷く。
「ああ。私が懇意にしていた人物が超越者でね。何でも、帝国に物凄い人物が居るそうで、その者を探すために遠い国から流れてきた、と言っていた。」
その言葉に、アロンは目を見開いた。
何故なら、全く同じ話を、前世でも聞いていたからだ。
ただ、その時は超越者自身にさほど興味がなく、詳しくは聞かなかった。
今世、超越者の “選別” と “殲滅” をするという天命を受けているアロン。
父が出会った超越者の情報は、何としても聞き出したい。
「凄く興味があるよ、父さん。その人は一体誰を探しているんだ?」
それは、超越者絡みだろう。
ファントム・イシュバーンから転生した超越者だ、探している人物は十中八九、同じ超越者だろう。
恐らくだが同じギルド、もしくは同じ帝国陣営のプレイヤーだろうか。
「その人物の名を聞いたときは笑ったよ。“アロン” だと言うのだ。」
さらに目を見開き、驚愕するアロン。
動揺することを悟られないように、父に尋ねる。
「アロン、まさか、ボクじゃないよね?」
「ハハハ、探している相手は超越者だと言っていた。お前では無いさ。」
酒も進み、愛する息子との深い会話ですっかり上機嫌なルーディン。
大笑いをするが、反面、アロンの心境は複雑だ。
「私の息子もアロンって言うんだ、と告げたら興味津々でな。だけど、超越者ではないと告げたらあからさまにガッカリしていたよ。」
確かに、そんな上手い話があるはずはない。
が、帝国陣営で “アロン” という名のプレイヤー。
他に、同名のプレイヤーがいたのかもしれないが、どうしてもそれは “自分だ” と思ってしまうアロンであった。
「その人は、どんな人だったの?」
アロンの問いに、ルーディンはポツポツと語り始めた。
その超越者は、アロンと同じ15歳、“セイル” という名の少女とのことだ。
12歳で超越者だと判明して帝都に移り住み、高等教育学院に通う傍ら、冒険者としても活躍する僧侶であった。
人の傷や毒を癒せる僧侶は、とにかく手が足りない。
しかもその少女は “司祭” という超越者ならではの上位職であったため、重傷者や隊長格の治療に引っ張りだこであった。
超越者は美男・美女が多いというのが定説だが、セイルという少女も例に漏れず美しい少女ということだ。
名付けられた二つ名は、“癒しの黒天使”
将来はさぞ美しい淑女になること間違い無しで、明るく誰とでも分け隔てなく接する優しさに惹かれる兵や冒険者は多く、部隊長である万人隊長や同じ超越者からも求愛されたり、輝天八将の老齢の将軍からも孫の嫁になってくれ、とせがまれたりしたそうだ。
ただ、本人は若さと未熟さ等を理由に応えはしていないという。
その理由の一つ。
「彼女がやってきたという遠い異国の地で憧れた人物が居たそうだが、彼女が帝国に渡ってくる遥か以前に姿を消したそうだ。“もしかすると、その人も帝国に居るかもしれない” という希望を持ち、探しているのだという。」
それが、“アロン” という人物らしい。
「同じ超越者の隊長たちも、その “アロン” なる人物には心当たりがあるそうだった。何でも、余りに強すぎるため【暴虐】などと呼ばれ、周囲から恐れられていたそうだ。」
心の中で、ああ、と呟くアロン。
それは間違いなく、自分であると確定したからだ。
メルティもそうだったが、何故、ファントム・イシュバーンでただ強くなるために独りで延々と活動をしていた自分に惹かれるのか、全く理解できなかった。
「まぁ、彼女が探している人物と息子が同じ名だという縁でね。我が隊も医療部隊の護衛を務めていたから会う機会も多くてな、私が退任するまで気に掛けてくれたんだよ。」
そう言い、蒸留酒の入った瓶を持ち上げる。
「これは彼女からの餞別でね。呪怨に掛かった私を癒せないことを散々謝罪されてね。……そんな事気にする必要もないのに、せめてものお詫びだと無理矢理渡さたのだ。」
懐かしむように、遠い目をするルーディン。
確かに、僧侶系上位職では “呪怨” は治せない。
アロンも椅子に座り、ララに出された紅茶を飲む。
ルーディンも “もう一杯だけ” とグラスに少量を注ぎ、呟く。
「そうそう、彼女曰くが探しているアロン殿という “真の超越者” なら、私の傷など立ちどころに治してしまうだろう、とのことだ。」
「ブフゥッ!」
思わず飲んでいた紅茶を吹き出し、咽るアロン。
「お、おい、大丈夫かアロン?」
「ちょっと、兄さん、汚い!!」
「ぐ、げっほ。だ、大丈夫……。」
ララから渡された手拭いで口、そして吹き出した紅茶をふき取った。
しばらく咽続けるアロンであった。
(ボクなら呪怨も治してしまう……あながち間違いじゃないから驚いた。)
確かに、アロンは呪怨すら治してしまう術を持っている。
現実に、父ルーディンをエクスキュアポーションで治療したのだ。
ただし、スキルで治せるかというとアロンには出来ない。
正確に言えば、アロン自身の状態異常はスキルで治せるが、他人の状態異常は手持ちのキュアポーション類に頼りきりになってしまう。
アロン自身の状態異常は、武闘士覚醒職 “武聖” で得られるスキル “秘薬術” で回復可能だ。
スキル発動時間まで、そして発動後の硬直時間に再度スキルを発動させるためのクールタイムが異常に長いが、“愚者の石” 使用時に発生するダメージ倍化、“炎上”、“凍結” といった継続ダメージなど、時間経過で効果が消えるものを除き、HPや状態異常を回復させることが出来る自己治癒スキルだ。
スキルで他人の “呪怨” を回復させるためには、僧侶の基本スキル “リフレッシュ” に、僧侶系覚醒職 “聖者” で取得可能スキルの “聖者覚醒”、それもスキルレベル3以上を掛け合わせなければならない。
アロンはスキルレベル10の “聖者覚醒” を選択しているが、僧侶の基本スキルは回復魔法である “ヒール” を選択しているため、リフレッシュを扱う事が出来ない。
ただし、この “聖者覚醒×ヒール” の効果は絶大だ。
その名も “エリアハイヒール”
広範囲にいる味方に底上げされたヒールを一斉に掛けることが出来る。
“聖者覚醒” で得られる効果は、『超高位化』と『広範囲化』だ。
『超高位化』で威力が爆上げされ、『広範囲化』で一斉に魔法を掛けることが出来る。
これと、僧侶系上位職 “司祭” で取得できる “司祭の心得” を掛け合わせることで、威力はさらに爆発的に伸びるのだ。
司祭の心得で選択できるのは、『高位化』と『スキルのSP割合発動』の二つ。
これら四つの効果を掛け合わせると使用SPは総SPの10%(最小値8万)を要求されるが、使用者のMATKの約100倍の回復量を、自分自身含め複数人に掛けられるため、大人数PVPである攻城戦で、大いに役立つ。
しかもこの『広域化』、アロンの体感的にはラープス村の住宅街ほどの広さなら余裕で包み込むことが出来る。
不測の事態が発生しても、目に見えない怪我人含め治癒が可能。
司祭には “レイズ” という死者蘇生スキルもあったが、超越者でないイシュバーンの人々にどこまでその効果を発揮が出来るか不明慮であったため、“司祭の心得” を取得し、むしろ瀕死状態ですら一斉に治癒できる方法を選択したのだ。
(そういう意味では、そのセイルっていう超越者の考えは当たらずとも遠からず。ボクがファントム・イシュバーンのアイテムを持ち込んでいるなど知る由も無いだろうから……。)
ある意味、メルティと同じ “アロンに対する幻想” だ。
そしてもちろん、見ず知らずの者、ましてや超越者を治癒してやる義理など全く無いアロンであった。
◇
「父さんが言っていたのって、兄さんのことでしょ?」
就寝前。
寝間着姿でアロンの部屋に転がり込むララが、厭らしい笑みで尋ねた。
「たぶん、ね。」
「たぶんじゃなく、兄さんでしょ。あんなに慌てちゃって。」
紅茶を吹き出したみっともない兄の姿を思い出し、クスクス笑う。
照れながら、頭を掻くアロンであった。
「メルティもそうだけど……そのセイルって人も、向こうの世界で兄さんに憧れていたんだね。」
“ただ強くなるために、その世界に居た”
そう聞かされてはいたが、強くなった兄アロンを慕う者がこの世界でも居ることを、ララとしては少し誇らしかったのだ。
「何となくだけど、セイルって人は良い人っぽいね。」
それはメルティと比べてだろうか。
ララは元々メルティに対して苦手意識を持っていたし、何より儀式での騒動をリーズル達から聞かされていたのだ。
遠く離れた帝都暮らしのメルティ。
会う機会など殆ど無い状況にも関わらず、ララのメルティ嫌いは益々深まっていったのだ。
だが、偉大な父から聞かされた司祭セイルは別だ。
兄と同じ15歳で学院在学中にも関わらず、冒険者として活動をし、戦争などで傷付いた者たちを癒して回る “癒しの黒天使”
百人隊長とは言え巨大な帝国軍ではまだまだ下っ端扱いの父、そして兵士たちにも分け隔てなく接し、なおかつイシュバーンの帝国女子なら憧れる、屈強な勇者たちからの求愛も “自分は未熟者だから” と言って断る姿勢。
メルティなんかと比べてしまう事自体が失礼だと思う、ララであった。
しかし、アロンの表情は険しい。
「……どうかな。」
それでも、相手は “超越者” だ。
前世の記憶を持ち、加えてその大多数が “異世界転生” に夢と希望を抱き、さらにこの世界をゲームだと宣う粗忽者。
それが基本的な超越者の姿だとアロンは考える。
メルティにしろ、手紙を送ってきた皇太子ジークノートにしろ。
憎き、レントール達にしろ。
この世界を、どこか甘く見ている節があるのだ。
「明日、ジークノートに会うのと合わせて、セイルという超越者のことも調べてくるか。」
そう、いよいよ明日、皇太子ジークノートとの面会となる。
移動は、ディメンション・ムーブ。
アロンが離れたことによる襲撃に備え、ディメンション・ムーブの視覚効果で時折村の様子を確認するつもりだ。
それに加え、先日完成したラープス村の防護柵の更新。
“邪龍の森” とも繋ぎ、村を一周ぐるりと囲む、堅牢な柵だ。
使用した木材の多くが、邪龍の森の奥地で自生する霊木。
昨日、邪龍マガロ・デステーアに確認してもらったところ “これなら問題ない”、“いつでも駆けつけられる” と太鼓判を押してもらった。
それどころか、人間に化けているマガロがアロン達に着いてきて、ラープス村にその姿を現したのだ!
その目的は、ファナのパイだ。
だが、マガロとの修行でヘトヘトだったファナは、後日追加分含めて持って行くと約束だけ交わし、マガロには早々に帰るよう告げた。
もちろん、その場に居たララもマガロの勝手な行動に激怒したのだ。
マガロは、アロンよりもファナやララの言う事を素直に聞く。
ファナとララの二人に怒られ、素直に森へと帰っていったのであった。
ちなみに、ララお手製のコーンスープもいたくお気に入りの様子。
すっかり、胃袋を掴まれた邪龍マガロ・デステーアであった。
だが、それはマガロが問題無く村にも移動が出来ること、約束通り村を庇護下に置いたという証拠であったのだ。
森からモンスターの襲撃が増えるかもしれないというデメリットも、今のところ問題が起きていない。
現状、ノーリスクで村を七龍最強の邪龍に守護されているのであった。
「兄さん、気を付けてね。」
年頃で多感なララは、口に出して兄を気遣うことがあまりない。
だが、ファナや他の人目が無い今、素直に気持ちを露わにした。
「大丈夫だよ。お土産買って帰ってくるね。」
不安げなララの頭を撫でるアロン。
ムスッとしながらも、内心嬉しく頬を赤らめるララ。
幾つになっても、アロンは大好きなお兄ちゃん。
ララは、撫でられた髪を少し直し、アロンから貰った大切な髪飾り--、“精霊の髪飾り” に軽く触れた。
「お土産、楽しみにしているね!」
“こんな素敵な物を貰ったからお土産なんて良いよ”
どうしても憎まれ口というか、ちゃっかりとした言い方になってしまう、ララであった。
◇
「これで良し、と。」
翌日、アロンの部屋。
いつもの黒銀に輝くフルプレートアーマーに、フルフェイス。
白く輝く外套を身に纏うアロンであった。
この姿こそ、ファントム・イシュバーンでその名を轟かした【暴虐のアロン】そのものだ。
本来、皇族に会うのに顔を全て覆い隠すフルフェイスなど着けることは不敬に当たるが、アロンは取り外すつもりは無い。
単に素顔を見られたくないというのもあるが、相手は超越者。
“これぞアロン” と知らしめて臨むつもりだ。
「ステータスオープン」
くぐもった声で、アロンは自身のステータスを再確認した。
―――――
名前:アロン(Lv661)
性別:男
職業:剣神
所属:帝国
反逆数:なし
HP:1,566,200/1,566,200
SP:1,065,800/1,065,800
STR:886 INT:500
VIT:1,000 MND:100
DEX:1,000 AGI:500
■付与可能ポイント:0
■次Lv要経験値:13,577,200
ATK:71,300
MATK:26,000
DEF:9,400
MDEF:6,300
CRI:50%
【装備品】
右手:聖剣クロスクレイ
左手:透導器クラールハイト
頭部:邪龍マガロヘルムGX
胴体:邪龍マガロアーマーGX
両腕:金剛獣鬼剛腕GX
腰背:天龍アマグダコイルGX
両脚:天龍アマグダレッグGX
装飾:ベリトの腕輪
【見た目装備品】
右手:なし(正装備品表示)
左手:なし(正装備品表示)
頭部:ブラックフルフェイスS
胴体:ブラックアーマーS
両腕:ブラックアームS
腰背:ブラックコイルS
両脚:ブラックレッグS
装飾:白輝・騎士の外套
【職業熟練度】
「剣士」“剣神(GM)”
「剣士」“修羅道(JM)” “剣聖(JM)”
「武闘士」“鬼忍(JM)” “武聖(JM)”
「僧侶」“魔神官(JM)” “聖者(JM)”
「魔法士」“冥導師(JM)” “魔聖(JM)”
「獣使士」“幻魔師(JM)” “聖獣師(JM)”
「戦士」“竜騎士(JM)” “聖騎士(JM)”
「重盾士」“金剛将(JM)” “聖将(JM)”
「薬士」“狂薬師(JM)” “聖医(JM)”
【所持スキル 72/72】
【剣士8/8】(表示OFF)
【剣闘士5/5】(表示OFF)
【剣豪5/5】(表示OFF)
【侍5/5】(表示OFF)
【剣聖3/3】(表示OFF)
【修羅道3/3】(表示OFF)
【剣神1/1】(表示OFF)
【武闘士系6/6】(表示OFF)
【僧侶系6/6】(表示OFF)
【魔法士系6/6】(表示OFF)
【獣使士系6/6】(表示OFF)
【戦士系6/6】(表示OFF)
【重盾士系6/6】(表示OFF)
【薬士系6/6】(表示OFF)
【書物スキル 4/4】
1 永劫の死
2 次元倉庫
3 装備換装
4 ディメンション・ムーブ
【特殊効果】
・物理攻撃回避率倍増
・特攻効果倍増
・自動HP回復 3%/10秒
・自動SP回復 5%/15秒
・自動SP回復 1%/10秒
・魔法攻撃反射 5%ダメージ
・魔法攻撃反射 20%ダメージ
【特攻】
剣士系、武闘士系、僧侶系、魔法士系
獣使士系、戦士系、重盾士系、薬士系
【無効】
麻痺、恐慌、呪怨、威圧、怯み
停止、閃光、誘惑、封印、咆哮
暗闇、鑑定
【半減】
聖属性、邪属性、割合ダメージ
【増加】
被ダメージ増(30%)
魔法ダメージ増(20%)
【弱点】
火属性、水属性、風属性、雷属性、土属性
―――――
まず、レベル。
マガロとの修行を繰り返し、661までとなった。
しかし最近は伸び悩んでいる。
マガロの使い魔は経験値効率が高いが、5日に一回のペースであるため、かつてファントム・イシュバーンで毎日20時間ひたすらレベリングに励んでいたアロンにとっては少し歯痒いものがある。
だが、贅沢は言えない。
むしろ、ゲームの世界のようにレベリングなど出来るわけがないと考えていた今世で、レベル600オーバーに達するなど嬉しい誤算だ。
ファナのパイや、最近になって色々作っては持ち込むララの料理目当てとは言え、律儀に5日に一度の修行を課してくれるマガロに感謝する一方だった。
恐らく、ここまで辿り着いた超越者は居ないはず。
だが、油断は出来ない。
ファントム・イシュバーン内で所謂トップクラスのプレイヤーは、レベル600台だからだ。
超越者の中で、アロンと同じく極醒職、しかもグランドマスターに辿り着いた者であれば、そこまで目指しても不思議な話ではないからだ。
続いて、アロンの今回の装備。
まず、剣は伝説級の “聖剣クロスクレイ”
聖剣であるが、聖属性ではない。
むしろ、属性値は皆無だ。
その代わり、対プレイヤー装備として絶大な力を持つ。
全職業、つまり全プレイヤーに対する “特攻” が備わっている。
『表記されている属性、所属、状態の相手に対して1.5倍ダメージ+クリティカル発生確率10%アップ』が自動的に付与される特攻効果、加えてアロン愛用の防具で発動する “特攻効果倍増” によって、さらにその効果が高まる。
つまり、完全なる対人武器なのだ。
本来、アロンが愛用していた装備は大迷宮に存在する龍や魔王に対する特攻性能と、膨大な攻撃力と剣士系極醒職 “剣神” の秘奥義との相性が抜群な “神剣グロリアスグロウ” なのだが、御使いに課せられた天命を全うするためには、人間相手の武器が必要だと考えた。
そこで用意したのが、この “聖剣クロスクレイ” だ。
見た目は銀色に輝く諸刃に、おどろおどろしい装飾が彫られ、そして手に持つ鍔や柄は、悪魔の翼を彷彿とさせながらも神々しい形状となっている。
美しく銀色に輝く反面、凶悪なフォルムの剣。
人呼んで “ヒューマンキラー”
『聖剣と言うより、魔剣』と言われる物騒な剣だ。
そしてアロンの左手に装備される盾。
“透導器クラールハイト”
見た目だが、そこには何も無い。
完全に透明な盾である。
しかも、そこに実物があるわけでなく、触れようとするとアロンの腕しかないのだ。
この盾の真価は、敵の攻撃を察知して防ごうとすると、自動で不可視の盾を展開するということだ。
つまり、見た目では何も装備していないように映るのが特徴だ。
さらにこの盾の特徴は、敵の魔法を反射することだ。
魔法による被ダメージの20%を、そのまま敵に返す。
“反射無効” が無ければ、凶悪な魔法ダメージの一部が回避不能攻撃となって身を焦がすのだ。
元々のアロン愛用装備の効果で、“魔法攻撃反射5%ダメージ” が備わっているため、透導器クラールハイトと合わせれば25%も跳ね返すのだ。
加えて、マイナス効果であるが “魔法ダメージ増(20%)” が発動する。
受ける魔法ダメージが倍増するバッドステータスだが、この盾の効果と合わせてより痛手を敵に食らわせることが可能だ。
アロンのHPは、防具性能合わせて150万オーバー。
ダメージは痛いが、高いHPと回復スキルを持っているので、裏や遠くからコソコソと魔法攻撃をしてくる輩に手痛いしっぺ返しを与えることが出来る。
そして極めつけが、普段装備しない “装飾品” だ。
アロンが今回装備したのは、“ベリトの腕輪”
これは、覇国に存在するダンジョン【ベリトの迷宮】のボスを倒すことでドロップするアイテムだ。
その効果は、“鑑定無効”
鑑定薬を始め、神眼薬や愚者の石といったアイテムやスキルの鑑定効果を、全て妨害するのだ。
唯一、PVP攻城戦敗者側のギルドに配布される “敵対鑑定石” だけは防げない。
これはシステム上のアイテムであるため、例外扱いされてしまうのだ。
だが、通常の鑑定を防げるというのはアロンにとって大きい。
特に、現実世界のイシュバーンで出来る鑑定は、アイテムやスキルのみだ。
一応アイテム扱いとされるシステム上アイテム “敵対鑑定石” は、恐らくイシュバーンには出回っていない。
『攻城戦で敗北したギルドに一つずつ配布される』というシステム由来で、人の手では作れないからだ。
つまり、イシュバーンに存在する敵対鑑定石は、アロンが持ち込んだ残り98個だけだ。
その全てがアロンの手元にあるため、流通しているはずがない。
ただし、これはあくまでもアロンの推測だ。
これから出会う人物は、帝国の次期皇帝。
“アロンの正体を見極める” と側近、もしくは同行するであろう超越者によって鑑定を受けることは間違いないと考えるが、そこで敵対鑑定石が絶対に使われないという保障はどこにも無い。
その場合は、やむを得ない。
せいぜい神話級装備の数々に度肝を抜かせば良い、とアロンは考える。
アロンが “ベリトの腕輪” を装備したには、もう一つ理由がある。
それは、追加されるバッドステータスだ。
ベリトの腕輪を装備することによって、
・被ダメージの30%増加
・火、水、風、雷、土の5属性の弱点化
という、本来は避けなければならないマイナス効果が発動される。
鑑定を妨害するアイテムは、ベリトの腕輪の他にあと2種類存在するが、どれもえげつないバッドステータスがついてしまう。
その中でも、最も危険とされるのがベリトの腕輪だ。
鑑定されたくないがために、基本となる5属性全てが弱点となり、さらに受けるダメージが3割も増加する。
通常のプレイヤーなら “割に合わない” と考えるだろう。
だが、アロンの今回の装備なら、そうとも言えない。
何故なら、“透導器クラールハイト” の魔法反射効果が、抜群に高まるからだ。
仮に、敵がダメージ10,000の火属性魔法を放ってきたとする。
“弱点” は、1.5倍ダメージが増加するので、15,000ダメージと跳ね上がる。
これに、被ダメージ増加30%が加算されるので、19,500となる。
さらに、魔法ダメージ増加20%加算で、最終的には23,400ものダメージをアロンは受けることとなる。
だが、魔法反射によって敵が受けるダメージ。
5%の1,170と、20%の4,680
合わせて、5,850が敵にそのまま跳ね返るのだ。
その数値は、発動した魔法ダメージの約6割。
膨大なHPを有するアロンだ、敵の魔法攻撃が膨大であっても防ぎきる自信があるし、仮に喰らえばその反射で敵は勝手に傷を負ってくれる。
例え今回が “罠” だとしても、アロンに手を出せばどういう目に遭うかを知らしめる機会に変えられる。
たった独りで最強に至り、攻城戦等の多くのギルド戦で勝利を収めてきた。
それが、【暴虐のアロン】だ。
「行ってくるよ。ファナ。」
黒銀のフルフェイスのまま、アロンは目の前で両手を組むファナに告げた。
ファナは心底心配ではあるが……。
「いってらっしゃい。気を付けてね、アロン。」
笑顔で、送る。
ガチャリ、と音を立て一つ頷き、アロンは紡いだ。
「ディメンション・ムーブ」
それはまるで、強敵に会いに行くように。
しかしながら、普段出歩く森へ散歩へ行くように。
準備を万全に整えたアロンは、帝都へと向かった。




