4-3 訪問の約束
「まままま、まいった!!」
「「「わああああぁぁぁぁぁぁ!!」」」
ラープス村の中心の広場。
村の催事などで使われる10m四方の演台の上、今まさに雌雄が決した。
真っ赤に燃える火球に囲まれる村長が、青褪めながら握っていた大剣を放り投げた。
その正面。真っ直ぐロッドを村長へ向けるアケラが余裕の表情で笑みを浮かべた。
アロンが皇太子の手紙を受け取ってから一週間。
ラープス村では、次期村長の座を賭けた戦いが終わったところだ。
現村長に対するは、学校の教員アケラ。
互いに元帝国軍百人隊長を歴任した猛者だ。
ただ、村長は年とは言え百人隊長の筆頭者を担った歴戦の戦士。
対するアケラは百人隊長の上位者。
本来の実力差は明確であった。
しかも、村長は “戦士” であり、アケラは “魔法士”
魔法発動前の詠唱の間に距離さえ詰めてしまえば、どんな屈強な魔法士でさえ、手も足も出ずにやられるほど相性は最悪の相手であった。
しかし、蓋を開けてみればアケラの圧勝で終わった。
試合開始早々、距離を詰めようとする村長。
しかし、詠唱を紡ぎながら村長の攻撃を躱すアケラ。
これは、本来、非常識な行動だ。
詠唱を紡ぐには膨大な精神力と集中力を要する。
詠唱中、動けない魔法士との間合いを詰めることは、近接系職業の碇石であり基本であった。
それにも関わらず、横に逸れてすぐさま村長の後ろを取るアケラ。
その刹那、火球の魔法である “ファイアボール” を多段発動させ、攻撃を躱され驚愕する村長の周囲を囲ったのだ。
あっさりと降参する村長。
その瞬間、新たなラープス村の村長が決まったのだ。
「お疲れ様、アケラ先生!」
満面の笑みでタオルを片手に駆け寄るガレット。
そのタオルを受けとり、平然と、
「汗なんてかいていませんよ。」
と答えるアケラだった。
その言葉がショックで硬直するが。
「あ……ガ、ガレットさん。ありがとう。」
可愛い教え子の気遣いだ。
素直に礼を述べるアケラだった。
「これでアケラ先生が村長さんね。」
「うん、まぁ予定通りだよ。」
見守っていたララの言葉に、アロンが同意する。
その余裕そうな表情が少し気に要らないララであった。
「ようやくマガロ様のおっしゃった、霊木の補強が出来そうね。」
アロン腕にしがみ付くファナも嬉しそうに告げた。
アケラの村長就任の最大の目的は、邪龍マガロ・デステーアによる村の守護だ。
その前提条件として、“邪龍の森” の奥深くに生える霊木で、森を繋ぐように村を囲むことだったのだ。
「ああ。あとは作業をするだけだ。」
アロンも嬉しそうに紡ぐ。
先日、メルティの手紙の中に入っていた帝国皇帝第一皇子、ジークノートからの誘い。
一月後、アロンは帝都にて皇太子と会うことを決意したのだ。
村を離れる。
アロンが離れたことによって、村が襲撃される可能性がある。
超越者たるアロンへの抑止力として婚約者ファナや、妹ララを含める家族、またはラープス村の住民を人質に取ることすら十分に考えられるのだ。
その対抗措置として、アロン不在時の時には邪龍マガロ・デステーアに村を守ってもらうことだ。
その条件が、邪龍の森の霊木で村を囲むこと。
今ある村の防護柵に板や杭で加工した霊木が全て繋がるよう取り付け、加えて森の出入り口まで結ぶ。
そうすることにより、マガロ曰く “村も森の一部となる” ということだ。
今ある柵に取り付けるだけの簡単な作業だ、アロン達だけでも十日もあれば全てを囲めるだろう。
ただし、この作業における最大の障害は、村長の許可だった。
いくら邪龍の申し出や、アロンが絶大な超越者だと言ったところで、現村長の頭の固さでは到底理解されなかっただろう。
そこで、アロンの秘密を知り、共に訓練に励んで強くなった教員アケラに村長になってもらうよう頼みこんだのだ。
アロンが天命を全うするに辺り、ラープス村の存在こそ彼の弱点と成り得る。
婚約者のため、家族のため、村の仲間のために、別世界へ旅立ち再びアロンとして戻ってきたその優しさと決意を知り、アケラ自身も覚悟を持って村長となってラープス村を守り抜くことを決めたのだった。
◇
「こりゃあ……すげぇ木だな。」
村長就任後、1週間。
早速アケラは公共事業として村の防護柵の更新を打ち出した。
山積みにされた木材を手にとり、ガレットの叔父で村一番の大工でもあるガゾットがその質感や強固さに感心するのであった。
「どこで手に入れたんだ、アロン?」
同じように木材を手に取りながらコンコンと叩く、アロンの父ルーディンも尋ねてきた。
「ボクというよりも、アケラ先生の伝手だよ。良い木材だけど安く譲ってくれることになったんだ。」
笑いながら方便で答えるアロン。
へー、と感心する大人たち。
村の大人たちも集まり、防護柵の作業を行う。
“ただ、板を取り付ける” というだけでもアロンの目的は達成できそうだったが……。
『どうせやるなら、防護柵を全て更新してしまいましょう。』
アロンの提案を受け、渋々ながら了承したアケラであった。
「あんな小娘に村長なんて務まるかなと思ったが、結構良い仕事するな。」
「バカ。あんなに強い元百人隊長様だぜ。むしろ今まで学校の先生として遊ばせていた事のほうが問題だわ。」
就任一週間、アケラの評判は上々だ。
前の村長も問題なく村の運営を行っていたが、頭を使うことが苦手であった彼は村の大人たちよって支えられてきたのだ。
そうした村人たちとの対話を重視して村の将来のため理路整然と議論を交わす。
その姿勢に、当初、若いアケラが村長役を担うことに懐疑的だった者たちも、徐々に彼女を受け入れていったのだ。
何より、アケラが打ち負かした前村長がアケラを全面的に支援すると言い出したのが大きい。
同じ百人隊長、しかも1対1の戦いの場において、相手が魔法士なら圧倒的に有利な “戦士” であったにも関わらず、あっさりとやられてしまった。
“強い者に従うのは、自然の摂理”
脳筋な前村長らしい面も、アケラの助けになっていたのだった。
そんなアケラが最初に打ち出した公共工事である柵の補強の設計図。
軍の隊長として防護柵の組み方にも精通しており、アロンの提案を受けて3日ほどで書き上げたのだ。
その設計図と用意された木材の出来栄えに、集まった村の大人たちも感心したのだ。
それに加え……。
「アケラも太っ腹というか、オレ達の給金まで約束してくれるなんてありがてぇな。」
「村の財だけじゃなく、あいつも自腹を切るみたいだぜ。」
もちろん、この作業で給金が出る。
大人100人による村の防護柵更新事業、この給金だけでも3千万Rが必要となる。
しかし、こんな大金は村の財政だけで払ってしまうと他の事業やいざと言う時の緊急事態に対応が出来なくなってしまう。
そこで、足りない分はアケラが自腹を切るということで話を付けたのだ。
「それにしても、あいつ、こんな大金持っていたんだな。」
「元百人隊長で男に逃げられた独身女。金なんて使う機会が無かったんだろうよ。」
ゲラゲラ笑う大人たち。
その背後を見て、アロンやリーズル達は青ざめた。
「……聞こえていますよ?」
大人たちの背後から響く、おどろおどろしい声。
ガッと口を両手で押さえ慌てて後ろを振り向くと、そこにはニッコリと笑う村長アケラが立っていた。
「さぁ皆さん。忙しくなる本格的な夏になる前に、この事業をさっさとやってしまいましょう! 無駄口を叩いている暇など……ありませんよね??」
アケラの全身から溢れだす怒気に触れ、大人たちは「サーッ! イエッサー!」と叫び、蜘蛛の子を散らすように各々の持ち場へと駆け出した。
「全く。失礼するわ!」
プンプン怒るアケラに、まぁまぁ、とアロンが宥める。
「大人の皆のおかげで作業も予定より早く終わりそうですし、良かったじゃないですか。」
「……それについては、私はまだ了承しかねていますからね。」
ジロリとアロンを睨む。
その圧に、アロンは汗を垂れ流しながら頭を掻いた。
大人たちに渡す給金は、1人30万R。
それが、100人分。
実はその金は、アロンが用意した。
ファントム・イシュバーンで何千億Rも持っていたアロンは、その大金の殆どを貴金属や宝石などに換えてイシュバーンに持ち込んでいた。
それを、帝都の宝石商の元で換金してきたのだ。
ディメンション・ムーブの移動範囲に帝都が含まれていたこと、そして例のアバター装備に身を包み、素性を隠して換金を行ってきたのだ。
本来、素性の知れぬ者からの取引など応じないのであるが、アロンが持ち込んだ物は見た事もないほど巨大なエメラルドと、魔石であった。
真贋鑑定の結果、エメラルドは本物。
さらに魔石も災害級指定のモンスター “カイザーウルフ” であることが判明した。
これが真っ当な宝石商ならすぐさま帝都の衛兵や宮廷執務官などに連絡をして皇族への献上品として高く買い取ってもらうこと、目の前の怪しい人物の素性を明らかにするなど行動を起こしたのだろうが、アロンが足を運んだのは裏にも通じるグレーな宝石商であった。
“互いの取引のため”
素性や出所などは明らかにせず、即金で1億R。
アロンの希望で金貨70枚と大銀貨200枚、そして銀貨1,000枚で取引は完了した。
そして、そのままディメンション・ムーブでラープス村に戻るアロン。
実はその直後、薄暗い宝石商が雇った用心棒たちが “謎の上客” を攫い、1億Rもの大金の回収と宝石などの出所を吐かせた後始末しようと後を追ったが、忽然と姿を消したため、その企みは不意になってしまった。
――尤も、手を出したら最後。
そんな悪巧みなど二度と出来ない身体にされてしまっていたであろう。
そんな宝石商たちの悪巧みなどつゆ知らず、村に戻ってそのまま大銀貨200枚と銀貨1,000枚をアケラに手渡したアロン。
大人たちへの給金となる、合計3千万Rだ。
そんな大金、受け取れないと大騒ぎするアケラ。
しかし、村の財政を柵の修繕だけに使うわけにもいかないことを理解するアロンは、無理矢理手渡したのだ。
一応、アロンからの貸付だということで落ち着いたが……。
前世、それも超越者であり前代未聞の “向こうの世界の物を持ってきている” アロンだからこそと理解はしているものの、教え子がこんな大金を持ち歩いていたことと、それを平然と差し出す非常識さにアケラは頭を痛めていたのであった。
ちなみに、この話はアロンとアケラだけの秘密だ。
莫大な大金を持っているなどファナ含め他の面々に知れ渡ることで、何かしらのきっかけで他の者へと知られてしまうと、それこそラープス村に混乱が生じるからだ。
そしてアロン自身も、手持ちの不労所得で今世を謳歌しようなど思ってもいない。
この大金は、全て御使いによる天命、超越者の “選別” と “殲滅” に使うべき物だと考えているからだ。
村の防護柵の更新事業も、元をただせばアロンの天命に繋げるためのことだ。
ファントム・イシュバーンから持ち込んだ大金の使い道としては、アロンが自ら課したことと合致しているのだった。
◇
「お義父様、すっかり良くなったね。」
夕方、アロンの部屋。
今日もファナがアップルパイ片手にやってきた。
「本人は、まだ “いつ呪怨が発動するか” と恐々しているけど、何も問題ないからね。」
笑みを浮かべ、アップルパイを頬張るアロン。
父ルーディンが犯されていた呪怨は完全に消え、それどころか戦争で受けた傷すらも完治している。
全てはアロンが持ち込んだエクスキュアポーションの効果だが、ルーディン自身は “生まれ故郷に戻ってきたから”、“ファナちゃんやララの美味しい料理のおかげ” だと思い込んでいる。
ちなみに呪怨が解けたことは、告げていない。
イシュバーンの世界において、“呪怨” は基本、解けない呪いなのだ。
それが解けたなど知れ渡ると、それこそ大騒ぎになる。
だからこそ、あえて黙っているのだ。
そもそも、薬士系の上位職が作り出せる “上位鑑定薬” でも使われない限り、呪怨が解けたことなど誰にも知られる事は無い。
“いつ呪怨が発動するか” と怯え暮らす父は気の毒だが、二度とその倦怠感や痛み、苦しみを味わうことは無いので、問題無し、とアロンは言うのだ。
「村の皆が柵を作り直し、そこに霊木が使われ森とも繋がるの。あとは本当にマガロ様がお守りくださるかどうか。」
「“村を守るごと、ファナのパイを3枚” とは、なかなかの強欲だね、あの邪龍は。」
「そのくらい、すぐ焼けちゃうから強欲は言いすぎよ。」
笑い合うアロンとファナ。
そこに、『ドンドン』と激しいノック音が響いた。
「ん? どうぞ。」
「兄さんっ!!」
勢いよくドアが開き、ララが入ってきた。
その表情は強張り、焦っているようだ。
「どうした、ララ!?」
「こ、これ……。」
それは、一通の便箋だった。
差出人は、“メルティ”
「来たか。」
アロンは便箋を受け取り、手際よくペーパーナイフで開封した。
中からは、またもや便箋が出てきた。
差し出し人は、第一皇子ジークノートだ。
固唾を飲んで見守るファナとララの前で、封蝋を外し、中から手紙を取り出した。
その手紙は高級洋紙であり、一般人はなかなかお目にかかれない代物だ。
「……再来週の “土の日” に、帝都の高等教育学院でお会いしましょう、だってさ。」
それは、ジークノートからの返事だった。
先日、メルティからの手紙を装いアロンに宛てた手紙。
“一度話し合いをしましょう” という提案に、アロンは了承する返事を出したのだ。
「いよいよ行くのね、アロン。」
「ああ。」
不安そうに紡ぐファナの手を握り、力強く頷くアロン。
アロンは帝都訪問の日は再来週の “土の日” になるよう指定した。
それを了承する代わりに、会う場所を指定してきたジークノート。
「再来週までには柵は完成している。改めて、マガロにはお願いをしておくか。」
「一人で、大丈夫なの?」
ファナは不安そうに呟く。
正面に立つララも泣き出しそうな顔だ。
「大丈夫さ。何かあればディメンション・ムーブですぐ戻って来れるし、それに。」
アロンは目を細め、静かに笑う。
「向こうがそのつもりなら、話は早いからね。」
――――
場所は変わり、数日後の帝都 “高等教育学院”
夕方、教室の一角。
「話って何スか、ジークノートさん。」
赤髪の小柄な少年、ジンが気怠そうに尋ねる。
正面の机に座るジークノートは、胸ポケットから一通の手紙を取り出した。
「実は、水面下でこんな動きがあったんだ。」
手紙を受け取り、内容を見るジン。
その隣から、黒髪の美少女セイルも覗き込む。
しばし読みふける2人。
そして、呟く。
「ラープス村の、アロン?」
内容は、“恐れ多くも第一皇子ジークノート殿下との謁見の機会を与えてくださり至極光栄です” といったものだった。
どこからどう見ても、一介の村人からの手紙だ。
本来ならあり得ない話だが、次期皇帝たるジークノートに、村を代表して何か陳情でもするのかと捉えるところだろう。
しかし。
それを何故ジンとセイルに見せたのか。
この場にいるのは、ジークノートとジン、セイル。
宰相マキャベル公爵の二女であり、ジークノートの婚約者でもあるレオナを含めた、4人。
共通するのは、学年最上位10名が在籍するSクラスであるということ。
そして、この4人は転生者であるということだ。
「まさか、この、アロンって人……。」
目を丸くし、プルプルと震えるセイル。
応えるように静かに頷く、ジークノートとレオナ。
「そうだよ、セイルさん。」
「どゆこと?」
ジンは未だに分かっていないようだ。
呆れつつも、目を輝かしながらセイルは叫ぶ。
「これ、アロンさんよ!」
「アロン、さん? アロン……アロ、えええええっ!?」
その意味に気付き、大きく後ろへ仰け反るジン。
反動で、後ろの机に激突する。
涙目で背中をさすりながら、ジンは確認する。
「この人って、まさか【暴虐のアロン】さんッスか!?」
「ピンポーン、大正解。」
悪戯が成功したように、厭らしい笑みを浮かべるジークノート。
隣のレオナは呆れるように溜息を吐き出した。
「帝国だけじゃなく、聖国、覇国含め “最強” と呼ばれたカンスト間近の仙人級廃人プレイヤー、アロンもこの世界に転生していたってことだぜ?」
「レオナ。言葉、言葉。」
“神拳” レイジェルトだった時の言葉遣いが、どうも転生者の前だとたまに出てしまうレオナ。
転生して15年経つのに、どうしてもファントム・イシュバーンのようなこの世界では、未だその癖が治らないのであった。
「でも、12歳の儀式で転生者だって判明して、帝都に召喚されるはずでは。」
首を傾げるセイル。
帝国の常識であるし、いくら本人が拒否をしようとも、その情報は帝都に流れて宮廷執務官やら大臣やら近衛兵やら、国の重鎮たちがこぞって出身地へ足を運び、熱烈なスカウトが行われる。
事実、セイル自身がその目に遭い、渋々帝都へ来たのだ。
熱烈スカウトを全て断ったとしても、転生者の情報は帝都の上層部だけでなく、転生者たちの耳にも自然と入ってくる。
しかし、それすら無かった。
「どういうカラクリを使ったか知らないが、儀式のときの職業を偽って鑑定させたみたいなんだ。」
「それで、知られていなかったのですね……。ですが、どうしてジークノートさんはアロンさんと知り合えたのですか?」
「ああ、それは……。」
ジークノートは、メルティから聞き出したアロンの情報を伝えた。
メルティは、アロンと同じラープス村の出身。
儀式でメルティが転生者だと判明したら、自分自身の正体を明かして “帝都で転生者たちの情報を得て全て教えろ”、“さもなくば殺す” と脅されていたのだ、とジークノートは説明した。
……メルティは儀式の際、アロンの鑑定結果が基本職 “剣士” であったことに激高して、暴走したのだが、そうした失態や自分自身の醜い感情云々については伝えていない。
“あくまでも自分は被害者”
そこだけを切り取り、誇張したのだ。
もちろん、ファナというNPCにぞっこんであるという情報も忘れない。
ある事ない事、アロンという男の異常性だけを強調して伝えたのだった。
心底憧れ、そして惚れこんだアロンという男。
だが、素敵な皇太子に心奪われたメルティは今や “何であんな男に惚れたのか意味がわからない” と掌を返して、アロンを貶めるのであった。
それを包み隠さず、全て伝えるジークノート。
本人には悪気は無いのだが……。
「酷ぇ。」
わなわなと震え、拳を作り出すジン。
同じ転生者、そしてクラスメイトで、実は密かな恋心を向けるメルティに対するアロンの仕打ちに、深く憤るのであった。
「それは……あんまりですね。」
右手で口を押え、青ざめながら呟くセイル。
二人の様子に焦るジークノート。
特にジンが、ここまで怒りを露わにするとは思っていなかったのだ。
「ま、どう思うかは人それぞれだけど……。この手紙に書かれているとおり、次の “土の日” に彼と会ってみることになったんだ。」
ジンから手紙を返してもらい、ヒラヒラさせながら笑顔で紡ぐ。
ギロッ、と睨むジン。
「ジークノートさん、オレも同行してもいいッスか?」
「それは構わない。むしろ、二人を誘おうと思ってこの手紙を見てもらったんだ。」
屈託のない笑顔で答えるジークノート。
対照的に、ジンは両手の拳を握ってポキポキと鳴らしている。
「……もし本物のアロンなら保有スキルは72個。それにメルティの話が正しければレベルは100を超えているみたいよ。下手に手を出すと、返り討ちに遭うわ。それに。」
レオナは、右手を輝かせ、玉子ほどの大きさの石を取り出した。
「まずは鑑定よ。本物かどうかだけでなく、今の実力も知るべきだからね。」
それは、薬士系覚醒職 “狂薬師” のクリエイトアイテムスキル “愚者の石” であった。
レオナこと、レイジェルトが武闘士系最強の極醒職 “神拳” になるための条件した、“他職の覚醒職までジョブマスターにする” で選んだ職業は、薬士系だ。
武闘士系は、バリバリの前衛職。
しかも肉弾戦を得意とする職業。
他職よりも、敵からダメージやバッドステータスを受ける可能性が極めて高い。
一応、武闘士系上位職 “拳王” で取得できる自身のHP回復スキル “チャクラ” や、覚醒職“武聖” で取得できる “呪怨” を含め多種多様なバッドステータスを回復させるスキル “秘薬術” といった回復性能もあるが、気休め程度になりがちだ。
そのため、SPさえあれば様々な効果を生み出せる薬士系のスキルとは相性が抜群であるのだ。
“神拳” に転職する際、他職の職業スキルを一つずつ選択できるという特典で、狂薬師スキルの中からはギルド戦やダンジョン探索で大いに役立つ “愚者の石” を選んだ。
調合で簡単に作り出せる鑑定薬 “神眼薬” とは違い、相手のレベルや状態異常などもこのスキルでほぼすべてを見ることが出来る上、効果範囲も広い。
反面、被ダメージが倍増するバッドステータスがついてしまうが、持ち前のプレイヤースキルで “攻撃など当たらなければどうってことない” と、半ば強引に解決していたのであった。
「鑑定……。もし、本物のアロンさんならどうするつもりですか?」
恐る恐る尋ねるセイル。
一瞬キョトンとするが、すぐさま笑みを浮かべるジークノート。
「もちろん、他の転生者同様に帝都へ住むこと、そして高等教育学院に通うことを勧めるよ。彼にはすでに婚約者も居るみたいだからね。ぜひ一緒にどうぞとも聞いてみるよ。」
絶世のイケメンたるジークノートの笑みに、頬を赤らめ目を逸らすセイル。
対照的に、レオナは顔を少し顰めた。
(そんな事すると……もし本当に帝都にやってきたら、姫と一触即発じゃない。本当に空気が読めないというか、お気楽というか。こいつはニーティだった頃から変わってねぇな。)
思わず溜息が漏れる。
その様子に、セイルが大いに焦る。
「あ、や、その! レオナさん、私、そんなつもりはありませんからっ!」
「は?」
なぜセイルに謝られるのか全く理解できないレオナ。
セイルは、ジークノートに思わず心ときめいてしまった事に、今世、婚約者という立場であるレオナに嫌悪感を抱かせてしまったのかもしれないと勘違いしたのだった。
「もし、偽物だったら?」
怒りを抑えながら、静かに尋ねるジン。
「うーん、そうだなぁ……。」
「不敬罪で良いでしょ? 帝国の重要人物である魔聖メルティを脅していたなんて、十分な理由じゃない。犯罪奴隷として鉱山送りで良いと思うわ。」
冷静に告げるレオナに、ゲッ、と声を漏らしながら呆れて振り向くジークノート。
「それはあんまりにも酷過ぎじゃないの、レオナ。」
「どうせNPCじゃない。むしろ下手な事をするとメルティの気に障るわよ。それに、他の連中が一家郎党処刑だとか騒ぎ出す前に手を打った方が良いと思うわよ、次期皇帝陛下?」
ギロッと睨むレオナの気迫に、思わずたじろくジークノート。
そして何故か、ジンであった。
「け、検討してみるよ。」
「頼むぜ、チキンハート。」
“また言葉遣いが……” とは、怖くて言い出せなかったジークノートであった。
「じゃあ、次の土曜日、じゃなかった “土の日” に被疑者アロンと面会すること。メンバーはこの4人で、メルティにはくれぐれも内密に。いいね?」
圧をそのまま、レオナが確認する。
黙って頷くしか出来ない、他の3人だった。
◇
「ちょっと残ってもらっていい、セイル。」
転生者同士の会話を終え、教室から出ようとするところ、レオナはセイルに声を掛けた。
「ん、まだ何かあるのか、レオナ。」
「うるさいジーク。早く帰れ。女同士の会話に首突っ込んでくるんじゃねぇよ。」
辛辣なレオナの物言いに、ガクッと頭を下げるジークノート。
あまりにも不憫に思ったジンが背中を優しくさすりながら、
「帰りに旨い物でも食っていくッスか」
と誘いながら、男二人廊下を進むのであった。
その後ろ姿が見えなくなったタイミングで、レオナはセイルを教室に招き入れた。
「話ってなんでしょうか、レオナさん。」
「セイル。さっきの話、あんたはどう思う?」
ドキリ、とするセイル。
しばし目が泳ぎ、
「ひ、酷い事する人だなって思います。」
と言い淀む。
その様子に “語るに落ちるな” と思い、はぁ、と溜息を吐き出しながらレオナは椅子に座った。
「正直に答えてよ。ジンに合わせる必要は無いから。」
転生者間のムードメーカーたるジンが露わにした怒り。
その雰囲気に飲まれてしまっていたのだ。
意を決し、セイルは答える。
「……正直、アロンさんがそんな事をする人だなんて信じられません。」
「貴女は……向こうでアロンと会ったことはあるの?」
レオナの問いに、真っ直ぐ見つめながらコクリと頷く。
「アロンさんが姿を見せなった直前に、攻城戦で助けてもらいました。」
それは、セイルがまだ僧侶系上位職 “祈祷師” に成り立ての、脱初級者を果たした頃だった。
大多数のアバターがひしめく攻城戦で、後方支援として仲間の回復を担っていたセイルの元に、敵が襲い掛かってきた。
“もうダメだ!”
相手はどうみても上位クラスのプレイヤー。
上位職成り立ての弱小キャラでしかないセイルは、一撃で倒されることを覚悟した。
その時、わずか一瞬で敵をなぎ倒し守ってくれたのが、【暴虐のアロン】だったのだ。
自陣の生存率向上のため、僧侶系を生かすこと。
逆に敵陣の生存率を下げるため、僧侶系を狙うこと。
それが攻城戦でのセオリーだった。
だからこそ僧侶系を守ることも戦略の一つになるため、アロンの行動は “当たり前” の事だった。
しかし、脱初心者を果たしたばかりのセイルにとってアロンは遥か上の神如きプレイヤーだったのだ。
そんな雲上人に救われたという事実がこの上なく嬉しく、そして誇らしかった。
後に、帝都の酒場でギルドの仲間と談話を楽しんでいたところ、滅多に姿を現さないアロンを目撃してお礼を告げたところ、これまた滅多に無いそうだが、彼から返事を貰ったのだ。
超有名プレイヤーとの嬉しい絡み。
脱初心者を果たしたのと同時に少し伸び悩んでいたセイルが、VRMMO【ファントム・イシュバーン】にどっぷりとハマるきっかけとなったのであった。
「私も正直、メルティの話をそのまま信じてはいないわ。」
「脅されて、転生者の情報を送っていたって事ですか?」
「ううん。それは事実だと思う。ただ、メルティは全部話しているようには思えなかったわ。自分に都合の悪い事は伏せて、アロンが全部悪いんだって言っているようにしか見えなかった。」
目を細めて「それに、」と続ける、レオナ。
「ジークノート。あいつは、ダメ男だ。」
えっ、と思わず叫ぶセイル。
有名ギルド『ワルプルギスの夜』で目の前のレオナことレイジェルトと共にサブギルドマスターとして、メンバーを牽引してきた仲間であり、しかも今世は次期皇帝で、レオナはその婚約者なのだ。
そんなジークノートを指しての “ダメ男” 発言。
前世含め見た事の無いほど、飛び抜けたイケメンでしかも底抜けに優しいという完璧美男子を、まさかダメ男としてバッサリ両断するなど、それこそ信じられないことだ。
驚くセイルの気持ちを察して、レオナは理由を述べる。
「前のギルドの時もそうだけど、あいつは善人ぶりが過ぎるのよ。ギルド内で揉め事があっても、事なかれ主義というか、どっちの言い分も聞くだけ聞いてはアタフタして、結局何の解決にもならず。結局、メンバーの意見を集約してより害の高い方を私や他のギルマスが追放する形で決着を付けたことが、何度あったか。」
頭を抱え、当時を思い出すレオナ。
ジークノートこと、“神獣師” ニーティはプレイヤースキルが高く、その強さによりカリスマ性を保っていたからこそサブマスとして受け入れられていた。
しかし、ギルドマスターの権限の大多数を預かるサブギルドマスターという役割をこなしていたかと言うと、疑問符がつく。
むしろ、何度もその尻ぬぐいをしたイメージしかない、レオナであった。
「あいつは戦争を止める、次期皇帝としての役割を果たす、なんて偉そうなことを美辞麗句並べて宣っているけど、それも気に入らないのよね。」
「え、でも。素晴らしい志だと思うのですが……。」
「その戦争が何で何千年も終わらず続いているのかってこと。そんな簡単な事で終わるようなものなら、とっくに終わっているはずよ。」
あっ、と右手を口に当てて驚くセイル。
レオナの言うとおり、そんな簡単な話では無いと容易に想像がつくのだ。
「夢見がちの王女様ニーティこと、ジークノート。そして我らが姫こと、メルティ。ワルプルギスの夜を盛り上げていた2人だからこそ、周囲の軋轢やトラブルは尽きなかったわ。だけど、本人たちは脳内お花畑だから、我関せず。……酷いのは誰かって話よ。」
当時の事を思い出し、ますます苛立つ。
そして、レオナは結論を告げる。
「ジークもメルティも、基本的に自分本位。それを悪気無く周囲を巻き込むのがジークで、悪意ありありで自分勝手に巻き込んでくるのがメルティよ。ここ最近、あの2人を見て “変わってねぇな、コイツら” というのが私の結論。ジンは単純そうだし、明らかにメルティに惚れているからもう手遅れだけど……セイル、貴女は気を付けてね。」
ゴクリ、と喉を鳴らして頷くセイル。
同時に、ある疑問が湧いた。
「レオナさん。貴女は……ジークノートさんの婚約者なのですが、どう思っているのですか?」
はん、と鼻で笑いレオナは満面の笑みで、
「願い下げよ!」
と、大声で叫ぶのであった。
その姿に、アハハ、と乾いた笑いしか浮かべることの出来なかった、セイルであったのだ。
その内面。
(レオナさんは転生者を信じていないみたいね。)
今世、公爵令嬢として。
そして次期皇帝の婚約者として、転生者の中でも華々しい人生が約束されたようなレオナだが、その内心は複雑で、そもそも数多く存在する転生者をまるで信じていない、むしろ、敵視しているように見えたのだ。
そして。
(私と同じ、ね。)
それは、セイルも同じであったのだ。
【補足】
第3章幕間、そして今回にも登場しました転生者セイルさん(僧侶系上位職 “司祭” )ですが、実は以前も登場しています。
【Prologue 2】にてそのくだりがありますので、よろしければご覧ください。
いよいよ、主人公は多くの転生者との邂逅を果たしていきます。
今後もぜひ楽しんでいただけると幸いです。