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第3章幕間(1) 灰髪の女は目を輝かせる

アロン達が住むラープス村の東西に伸びる街道を東へ進むと、帝国内の主要な市街を結ぶ大街道 “ビクトリーロード” に繋がる。


その大街道をさらに東へ進んだ先に、イースタリ帝国の首都 “帝都” がある。


約100万人の帝国民が住む巨大都市。

帝国の中枢たる帝国城塞、そして高等教育学院、医術院や教会など帝都でも重要な施設が並ぶ “中央区” を中心に、東西南北それぞれに区分けされて街が広がっている。


大街道の入口たる “西区” は主に、帝国兵や衛兵などの詰め所や寮などの住まいが広がる。

武具を取り扱う店や屋台、歓楽街も充実している。

そこには帝国の冒険者組合 “帝都本部” もあり、そこに名を連ねる有名な冒険者たちのギルドの拠点も多く並んでいる。


“北区” は主に商人・職人街。

“南区” は住宅区に商業区として栄える。

そして “東区” は、貴族や超越者が住まう一等地が並ぶ。



季節は、春。

高級住宅街である東区から、一人歩く少女。

間もなく15歳を迎え一段と大人びたその少女は、灰色の長いウェーブ掛かった髪を両サイド巻き上げ、華奢な身体には不釣り合いな大きな胸を携え、見る者を虜にする。


その美しい少女の名は、メルティ。

帝都より南西にある “邪龍の森” に面した田舎村出身の、超越者だ。


彼女が授かった適正職業は、“魔聖”(スペルマスター)

敵対する “覇国” で敵・味方関係なく無慈悲に殺害する狂気の姫、【流星紅姫】の異名を持つ “五大傑” に名を連ねる若き大幹部『サブリナ・フォン・アースド・エンザーズ』と同じだ。

否が応でも期待される。


そんな彼女がここ帝都移り住み、早3年。

今日も高等教育学院へ通う、その道中。


「待っていたよ、メルティ。」


長い金髪をかき分け、流し目でメルティを見る背の高い男。

真っ白の制服を着こなし、その出で立ちはまさにキザ男であった。


その男を見るや否や、ジト目で深い溜息を吐き出すメルティであった。


「美しい君には薔薇が似合う。さぁ、受け取ってくれ。」


男のすぐ後ろに控えていたメイドから、真っ赤な薔薇の花束を受け取って、男はメルティに跪く。

ファサッ、と花束をメルティの前に差し出し、優雅にほほ笑む姿。


「ナルシストは嫌いよ。」


ばっさりと切り捨て、そのまま通り過ぎる。

フフフ、とニヒルに笑う男は、


「つれない所も素敵だな、メルティ。」


まるで懲りていない。

薔薇の花束をメイドに押し付け、足早にメルティの横へ並ぶ。



彼こそ、派閥争いの渦中でメルティと敵対していた侯爵令息だ。

帝国内で上位貴族の子息である彼は、“超越者” というだけでチヤホヤされる平民、特に想像出来ないほどの田舎村からやってきたメルティに何かと食って掛かった。


ところがある日の実戦訓練で、メルティに一騎打ちを仕掛けたが彼女の多彩な魔法の前に成すすべなく轟沈。

その美しさと気高さ、そして強さに惹かれ、以降ずっとメルティに求愛を繰り返すのであった。


結果は御覧のとおり、全く取り付く島もないのだ。



「そう言えば、今日からまた新たに後輩君たちが入ってくるね。」


髪をかき分けて笑顔で伝える男。

今日から進級し、同時に新たに高等教育学院へ入学する子ども達がいるのだ。


6年制で、各学年100人。

その殆どが、貴族の子女や商人や職人の中で金持ちの子ども。

次いで、才能ある平民。

最も少ないのが、各地から集められた超越者たちだ。


そしてその超越者こそ、この学院内で最も才ある者たちだ。

各学年で3~5人程しか居ない超越者だが、そのどれもが最上位クラスである “Sクラス” に配属される。


たった10名で構成される、特進級Sクラス。

次いで、20名のAクラス、同じく20名のBクラス、Cクラスと続き、最下位クラスとして30名のDクラスがある。


このクラス分けは、そのまま将来に就ける仕事に影響してくる。

Sクラスとなると、帝国軍か宮廷執務官の幹部候補生という、華々しい将来が約束される。

だが、各年度で3度ある試験結果によってクラス分けがなされるため、その機会に生徒たちはより上位クラスになろうと死に物狂いだ。


メルティは、もちろんSクラス。

座学は前世の知識があるため何の問題もない。

能力試験も、魔聖という絶大な職業に裏付けされた凶悪なスキルによって、いつも満点評価だ。


そしてメルティの学年に居る超越者は、全部で3人。

彼女以外の2人は、上位職。

つまり、学年で彼女の右に出る者がいないのだ。



「はぁ。またくだらない派閥争いが始まるのね。」


男の言葉に、うんざりしながら呟く。

前世もそうだったが、学校と言う子どもが群れる場では、気に入っただの気に入らないだのの些細なきっかけで、強者が弱者を虐げる構造がある。


この高等教育学院の派閥は、その最たるものだ。


貴族の家の “格”、持ち得る才能。

分かりやすい物差しで、あいつはあっち、こいつはこっち、と振り分ける。


そして、力強い派閥は、弱い派閥を虐げる。

同じような力関係の派閥同士は、いがみ合い足を引っ張り合う。


そしてこの学院の教員たちは、基本関わらない。

“生徒の自主性に任せる” と言えば格好がつくのだろうが、実は、位の高い貴族家の子女も居る中、生徒同士のいざこざに巻き込まれたくないからだ。



だが、この派閥も悪い点ばかりではない。

特にメルティにとっては。


――誰が超越者で、何の職業を持っているか、掴みやすいからだ。


そして得た情報は、故郷ラープス村に住む、愛しの人。

アロン様(・・・・)に包み隠さず全てを伝える。


この働きで、評価を高める。

彼にはすでにファナというNPC(モブ女)の婚約者がいるが、いつか目を覚ますだろう。

その時、彼の隣に立つのは自分だと信じて、今日も励む。


それが、メルティが高等教育学院に所属する最大の目的だ。



「いや、派閥争いは無くなるかもしれないな。」


「はぁ?」


隣に歩く侯爵の倅に、初めて反応を示すメルティ。

その様子に目を輝かせる男だった。


「聞いていないのかい!? 今日から、僕たちの学年に凄い人達が編入してくるんだよ。」


髪をかき分け、ほほ笑む男の様子に吐き気を覚えながら、メルティは我慢して尋ねる。


「それは誰よ?」


「聞きたいかい?」


勿体ぶる男。

益々苛立ちが強くなる。


「聞きたかったら……そうだな、次の休みに僕とデート……。」


「あっ?」


メルティの身体から溢れる殺意。

その殺意を浴びて、脂汗を垂れ流す男だった。


魔法士系上位職 “呪術師” のスキル、“呪術師の隷属”

常時発動能力(パッシブスキル)として、SPの大量消費と引き換えにMATK(魔法攻撃力)の底上げ、スキルの高速発動がされる効果と同時に、自分より低レベルの者に “呪怨” と “怯み” の効果を与える事が出来る。



『呪怨』

・持続ダメージとは異なる精神継続ダメージ

・戦場やダンジョンで10秒毎1%、HPとSP減少

・HPとSPの自動回復無効

・解除されるまで、永続効果となる


『怯み』

・状態異常

DEF(防御力)MDEF(魔法防御力)が10%減少

AGI(回避力)が0になる



さすがに “呪怨” が掛かってしまうと不味いので、“怯み” だけ効果が出るように調整した。

その効果は覿面。

デートに誘おうなどという下らない言葉を一瞬でかき消したのだ。



「で、誰が来るの?」


睨むメルティ。

男は、顔面蒼白でガタガタ震えながら、答えた。


「で、殿下と、レオナ様……。」


「殿下? レオナ?」



「皇帝陛下の第一皇子、ジークノート皇太子殿下と、宰相マキャベル公爵閣下の第二令嬢でジークノート殿下のフィアンセ、レオナ公爵令嬢のお二人だよ!」





その日、入学式ということもあったが……。

学院全体が、メルティ達と同じ三期生に偉大な皇帝陛下の長男である、第一皇子とそのフィアンセである公爵令嬢が編入することで、話題は持ち切りだ。


(でも、どうしてこのタイミングなのかしら?)


教室で一人、首を傾げるメルティ。

そこに。


「メルティさん。おはようございます。」


「おはよう、セイル。」


長い黒髪に、黒目。

そしてやや黄色の肌。


メルティの前世の世界で、東洋の人種のような出で立ち。

“ヤマトナデシコ” と絶賛された、民族。


セイルと呼ばれた彼女は、まさに “ヤマトナデシコ” だ。



「また同じSクラスに成れてほっとしました。」


はにかみながら告げるセイルに、はぁ、と息を吐き出して笑うメルティ。


「当然じゃない、私たちは転生者よ。Aクラス以下に落ちたら恥ずかしくて死ねるわ。」


――セイルも超越者(転生者)だ。

適正職業は、僧侶系上位職 “司祭”(プリースト)

すでにジョブマスターにまで辿り着いており、残り二つの内の一つ、“祈祷師”(フェイスヒーラー) もジョブマスとなっている。


あと一種。

僧侶系上位職 “武僧”(モンク)さえジョブマスに辿り着けば、覚醒職の道が開けた。

しかし、その前に彼女はイシュバーンの世界に転生してきたというのだ。



「でも、私結構ギリギリだったと思います。ほら、出席日数の面で。」


恥ずかしそうに告げるセイルに、メルティはまたもや呆れる。


「貴女は冒険者としてすでに戦場も駆け巡っているのでしょ? 僧侶の上位職は本当に貴重なのだから、仕方ないのでは?」


「そ、そうかもしれませんが。」


「聞いたよ。セイルは “癒しの黒天使” って呼ばれているんでしょ? モテるみたいだし、将来は安泰よねー。」


茶化すメルティに、真っ赤に染めた顔を両手で隠す。


――セイルは、学生業の傍ら冒険者としても活躍している。

その背景は、圧倒的に回復職である僧侶が足りないからだ。


僧侶系の超越者として特別給金付きで戦場に駆り出されたり、また傷付いた帝国兵や冒険者の治療役として働いているのだ。


ファントム・イシュバーンでも回復役メインで立ち回っていた彼女は、この状況については特に気にしてはいないが……。


「でも、どうしても “呪怨” は治せなくて。」


少し顔を伏せて紡ぐ。

数日前、とある村から単身赴任で帝都へ入り、不器用ながらも百人隊長として部隊を纏め上げていたある男性が、敵兵から受けた呪怨魔法で、退任を余儀なくされた。


“私が治せていたら……”

呪怨というバッドステータスを前にして、何度そう苦悩したことか。



ああー、と呟くメルティ。


魔法(スキル)で治すには、覚醒職 “聖者”(ヒールマスター)のスキルが必要なんだよね? でも呪怨って、ハイキュアポーションで治らなかったかな?」


「ハイキュアポーションじゃ治らないのです。エクスキュアポーション以上じゃないと。」


「あ、そっか。ファントム・イシュバーンじゃ簡単に手に入ったから気にしてなかったけど、この世界じゃ呪怨って一番厄介なバッドステータスだよね……。」



ハイキュアポーションまでなら、薬士系上位職ならどれでもスキル “調合” で作り出せるし、イシュバーンの世界でも数は多くないが流通はしている。


しかしエクスキュアポーションの調合となると、覚醒職でなければならない。

現在、この帝国には薬士系覚醒職が存在していないらしく、エクスキュアポーションは全くと言って良いほど流通はしていない。


唯一、敵国である “聖国” には薬士系覚醒職が一人居るらしく、その者が作り出したエクスキュアポーションが謎の流通経路で帝国に流れてくる場合がある。


だが、その価格は帝都で一軒家が立つほどと耳にした。



(アイテム、持ち込めたら本当に良かったのに。)


夢見る大富豪。

敬愛するアロンのように、ファントム・イシュバーンの武具やアイテムを持ち込めたら簡単にこの世界の大富豪になれたであろう。


だが、それはアロンだけの特例だ。

“神からの天命を受けた” 彼だからこそ、成し得た業。


アロンを想い、少し頬を染めるメルティであった。



「また女子二人で話しているんスか。」


メルティとセイルの間に、赤髪で背の低い男子が混ざってきた。


「ジン君。おはようございます。」

「おはよー、ジン。」


ジンと呼ばれた少年も、超越者だ。

背は低くとも、戦士系上位職 “銀騎士”(シルバーナイツ) である。

セイル同様、三種の上位職の内一種、“大剣戦士”(ウォーリアー) をジョブマスターにしているが、もう一種、“狂戦士”(ベルセルク)は手付かずのまま。


そして、銀騎士も中途半端な状態での転生となった。


「そうそう、何か入学式で挨拶があったみたいなんスけど、このクラスに皇太子サマと公爵令嬢サマが入ってくるらしいっス。」


そう言い、チラッと教室を見渡すジン。

話し込む超越者の3人に、席に座りながら会話を楽しむ元Sクラスの3人、そして新たにAクラスから上がった2人がソワソワしながら教室の隅で小声で会話をしていた。


10人中、8人しか居ない。

つまり、残りの2枠が皇太子と公爵令嬢の席だ。



「何それ、特権ってやつ?」


呆れるメルティだが、ジンは首を横に振る。

そして、驚愕の事実を告げた。



「どうも、皇太子サマも婚約者の公爵令嬢サマも、転生者らしいっスよ?」



「「ええええーっ!?」」


叫ぶメルティとセイル。

クラス全員がギョッとして超越者3人組の方へ振り向いた。


恥ずかしそうに背中を丸めて、ヒソヒソと話す3人。


(何それ、超テンプレじゃない!)

(しかも帝国の第一皇子、つまり次の皇帝陛下サマっスよ? それに公爵令嬢サマは、その皇太子サマの婚約者だとか。)

(凄いっ!)


呆れるメルティ、嫌々そうなジン。

そして “この年で婚約者がいるなんて素敵” と目を輝かせるセイルであった。


その時。


「ほら、授業始めるぞ。席につけ。」


教室に入ってきた担任の男が、気怠そうに告げた。

面々が席に着いたところで、男は再度気怠そうに呟く。


「あー、オレの顔を見て “またコイツか” と思った奴、メルティの他に居るか?」


「先生! なんで私は確定なのですか!」


大声で非難するメルティを眺め、担任の男は頭をガシガシ掻いた。


「違ぇのか?」

「違くありません。」


ズルッ、と滑る担任。

――この男も、超越者だ。


冒険者組合 “帝都本部” 所属、筆頭ギルド。

【白翼騎士団】

そのギルドマスターにして、現帝国冒険者で “最強” と呼ばれる4人の内の一人。


修羅道(シュラドウ)のノブツナ”


剣士系覚醒職で、もう一つの覚醒職 “剣聖”(ソードマスター)をジョブマスターにして、あと一歩で修羅道もジョブマスターになるという寸前で転生した男だ。


“魔聖” という帝国内で初めて誕生した職業を持つメルティを受け持つには、同じ覚醒職の者が適任であろうということで、彼に白羽の矢が立ったのだ。


ちなみに、この高等教育学院にはもう一人、生徒で覚醒職が居た。

しかしこの春に卒業して、帝国兵の幹部候補生――、最高位の “輝天八将” に名を連ねるのは時間の問題と言われる天才だ。


“聖騎士のアイラ”

昨年度まで、超越者を束ねる派閥のリーダーであった。


そして、メルティがこの学院で最も嫌っていた女子生徒だった。


(あのムカつくギャル女(・・・・・・・・)が居なくなってせいせいしたけど、先生は相変わらずなんだなぁ。)


ちなみにアロンに送る手紙の内容、超越者の情報について、メルティはこのアイラの項目は “コイツこそ害虫です、アロン様” と毎回罵っていたのだった。




改めて生徒たちの顔を見渡すノブツナ。

コホン、と咳払いをして告げる。


「皆も知っているかもしれないが、今日から二人、このクラスで一緒に学ぶ者がいる。立場はあるかもしれないが、このクラスでは皆平等だ。それを踏まえて接してほしい。」


そう言い、教室の外へ「入っていいぞ」と声を掛ける。

ノブツナの声で男子生徒と女子生徒が入ってきた、と同時に、クラスから「わぁっ!」と喜色の声が響く。


男子生徒。

長めの茶髪に、透き通る水色の瞳。

背丈は高く、顔立ちは今まで見たイシュバーンの男の中で一番と言えるほどのイケメンだった。


彼こそ、イースタリ帝国現皇帝の息子。

第一皇子、ジークノート・フォン・イースタリ。


だが、メルティは少し嫌悪感を覚えた。

何故なら。


(サラサラ茶髪に水色の目って、あのファナ(モブ女)か!)


愛しいアロンを奪った、アロンの婚約者を名乗る女。

顔付きや何やら全て違うが、髪質と瞳の色で嫌悪感が溢れ出る。


続いて、女子生徒。

まさにテンプレ姫のようなピンクの髪を、フワフワと巻き上げたまさに御令嬢。

気高さを感じる琥珀の瞳に、やや丸顔の可愛らしい表情。


帝国の政治部門のトップたる、宰相。

その二女であり、隣の皇太子の婚約者であるレオナ・フォン・マキャベル。



「初めまして皆様。私はジークノート。訳合って別の学院に通っていましたが、本日よりこの最高学府たる高等教育学院で共に勉学を励むこととなりました。先生がおっしゃった通り、立場を超えて普通に接していただきたい。よろしくお願いします。」


そう言い、ジークノートは頭を下げる。

沸き起こる盛大な拍手。

数人の女子は、頬を赤らめて呆然と眺めるのであった。


「皆様、初めまして。殿下と共に別の学院から本日転入してまいりました、レオナと申します。何分不慣れで何も分かっておりませんので、どうか皆様、ご指導とご鞭撻のほどよろしくお願いします。」


優雅にカーテシーをして挨拶をするレオナ。

またも盛大な拍手。

今度は数人の男子が顔を真っ赤にしている。


「って、ジン、あんたもかい。」

「いや、だって。想像以上の美少女ッスよ?」


“中身はオッサンのくせに”

ジト目で睨むメルティであった。



パンパン、と手を叩く担任ノブツナ。


「さぁ、今度はお前らの番だ。今回、AクラスからSに上がった奴もいるんだ。全員で自己紹介をしろ。」


微妙な空気が流れる。

すでに立派な自己紹介を行った皇太子と公爵令嬢を前にしての自己紹介など、緊張と興奮で頭が狂ってしまいそうだからだ。


「さぁ、まずは一発目。ボケ担当のメルティから。」


「だから! なんで先生の中で私はそういうポジなのですか!?」


顔を真っ赤にして叫ぶメルティ。

思わず吹き出すジークノートとレオナ。


おかげで、弛緩した空気となった。





休憩時間。

転入してきた皇太子ジークノートと公爵令嬢レオナを囲むSクラスの面々。

それを少し遠巻きで眺める、超越者の3人。


「話しかけなくていいんッスか、メルティさん。」

「ちょっと、様子見。」


“本当に超越者(転生者)なのか?”

まずその見極めが肝心。


何故なら、メルティの役目がそれだからだ。

例え相手が皇太子だろうと、公爵令嬢だろうと関係ない。


“全てはアロン様のために”


想像し、ニヘラと笑うメルティ。

そこに。


「お邪魔だったかな?」


囲まれての話がひと段落したタイミングで、ジークノートとレオナが3人の元へやってきた。


「あ、あっ! 殿下とお嬢様、わざわざ申し訳ありません!」


慌てて頭を下げるセイル。

だが、アハハハ、と笑いながら、


「いいよ、というか私達はクラスメイトなんだ。立場は同じだから、砕けてもらえると嬉しいな。」


ジークノートはセイルに頭を上げるように進めた。

その優しさと顔立ちの良さに、セイルはポーッと眺めてしまう。


「ところで、貴女たちがこのクラスの転生者?」


可愛らしい声で尋ねるレオナ。

顔を真っ赤にしたジンが「そ、そッス!」と答えた。


「で、貴女がメルティさんと。」


ジークノートはにこやかにメルティを見つめる。

ファナ(嫌いな女)と同じような髪質と瞳の色だが、前世でも今世でもお目にかかったことの無いイケメンを前にして、心が飛び跳ねるメルティであった。


(ち、違うの! 私はアロン様だけ!)


心の中で諫める。

そんなメルティの心境を知ってか知らずか、ジークノートは手を差し出す。


「同じ転生者同士、よろしくお願いします。」


その言葉で、心は一気に冷めた。

ジンが言っていた情報は、正しかったのだ。


「伺っておりますわ、殿下。こちらこそよろしくお願いします。」


立ち上がり、にこやかに笑ってメルティはその手を握る。

すると。


“カサッ”


「!?」


メルティは目を見開いて驚く。

握手をするジークノートは軽くウィンクをして、続いて「よろしくね」と言ってセイル、ジンとも握手をした。


その様子を、ただ呆然と見つめるメルティであった。





次の授業の時間。

メルティは、握りしめていた右手を開いた。


そこには、小さな紙切れ。


先ほど、ジークノートとの握手で握らされたものだ。



教科書で隠すように、そのメモを開く。

そこに記されていた、言葉。



『放課後、メルティさんと私、そしてレオナの3人でぜひ話したいことがある。学院長室横の応接室に来てほしい。』


心がざわつく、メルティ。


(何が狙い?)


同じ転生者同士。

だがそれは、相容れる者かどうかは、別問題なのだ。


特にメルティにとっては。



(まぁいいわ。2人の職業やら何やら聞き出してアロン様へ報告ね♪)


帝国の皇太子も、公爵令嬢も。

愛しのアロンをつなぎ留めるための材料。


そのためなら、何だって利用する。


メルティは、恍惚に目を輝かせるのであった。

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