3-13 守る、その本当の意味
「さぁ、今日はここまでにしようか。」
“邪龍の森” の中の開けた場所。
手を叩き、アロンが告げる。
その周囲には、汗や土埃などで全身あちらこちらを汚して尻餅をつき、肩で息をするリーズル達であった。
さらにアロンの隣には、
「ぜぇっ、はぁっ、ぜぇっ、はぁっ。」
両手を膝について激しく呼吸を繰り返すファナ。
その様子を眺め、頬を掻くアロン。
(ちょっとやり過ぎたかな?)
先ほど、学校の教室で告げた訓練法。
絶大なMDEFを誇る “破邪の盾” を装備する重盾士ガレットに、力の限り魔法を放つ教員で魔法士のアケラ。
同じようにMATKの高いルビーソードとルビーロッドを装備してお互いスキルを撃ちまくって相手のスキルをかき消すような攻防を続けた、剣士リーズルと魔法士オズロンの二人。
そしてファナは、アロン目掛けて “シャインリング”、覚えたての “アークライト” といった僧侶で扱える数少ない攻撃スキルを放ちまくっていたのだ。
もちろん、基本職でレベルもまだ170のファナの攻撃など簡単に往なせるアロン。
器用に躱し、かき消すなど朝飯前だ。
――尤も、それはファントム・イシュバーン内で “最強” と呼ばれたアロンだからこそ出来る芸当だ。
他の者が真似しようとしても、人外級プレイヤースキルを有していたアロンのような動きなど出来るわけがない。
だが、それが面白くないアロンの婚約者。
「あーー! ここまで当たらないとさすがに腹立つー!」
息切れしながらも、叫ぶ。
訓練開始前は「アロンに当たったら大変!」「怪我させちゃったらどうしよう!」とあたふたしていた心優しいファナ。
しかし、いざ訓練を開始してみたら……。
アロンが言ったとおり、全く当たる気配が無かった。
その事実にホッとする反面。
“魔法ってここまで避けられるもの?” と疑問を抱き、徐々に本気を出し始めた。
それでも、当たらない。
それどころか、余裕な表情でかき消される。
ファナも、ムキになっていった。
それでも、当たらない!
しかもアロンはファナとの距離を詰めて、軽く頭をポンと叩き出した。
そこで言われた言葉。
『はい、減点1ポイント!』
さすがのファナも頭に来た。
全力で魔法を放ち、アロンの攻撃を避けようとする。
しかし。
結果、全くアロンに当たることなく、ファナの頭は数十回もアロンにポンポンされたのだ。
叫んだ後、少し咳払いをしてから、改めて叫ぶ。
「もぉ! アロンって本当に意地悪!」
その言葉に、アハハハ、と笑うアロン。
「これがファナの修行だよ。ボクに攻撃を当てること、そしてボクの攻撃を読んで避けること。僧侶は、戦場じゃ絶対に攻撃を受けてはいけない立場なんだ。」
その言葉に、息を整えて立ち上がったアケラが続ける。
「アロンさんのおっしゃる通りです。僧侶の死傷は、そのまま軍や部隊の生存率に直結しますからね。私達、魔法士と同じ後方支援ですが、生存の意味合いで言えば天と地ほどの違いがあります。」
味方を回復させることの出来る僧侶は、貴重だ。
特に、高いスキルレベルの回復魔法を扱える僧侶となると、その重要性は遥かに高くなる。
最前線で傷付きながら戦う味方を、その場で回復させる。
再び、最前線で戦えるように。
それはつまり、戦争にとって “敵の僧侶をいち早く倒す事” は重要視される。
ある意味、戦争は “僧侶を狙い、僧侶を守る” 戦いでもあるのだ。
「オ、オレたちもキツイけど……。」
「奥様の修行、も、大概、だな。」
未だ、ゼーハーと激しい呼吸を繰り返すリーズルとオズロンがぼやいた。
何せ、あの人外なアロンが付きっきりなのだ。
考えただけでも絶望でしかない。
「さて、今日はもう遅い。ステータスの確認はまた明日の朝しよう。早く戻らないと夜になるよ。」
再びアロンは手を叩いて周りを急かす。
未だ息切れの激しいリーズル達はよろよろと何とか立ち上がるのだった。
「おい、ガレット。大丈夫、か?」
汗を拭いながらリーズルは、未だ地面に大の字で寝そべるガレットに声を掛けた。
横たわりながら、息継ぎと合わせて腹部が上下する。
「オ、オレは、だいじょうぶ、だ。」
辛うじて声を出すガレット。
何故なら、元帝国軍の百人隊長を歴任した教員アケラの怒涛の魔法攻撃を、全て防ぎ、その猛攻の中で少しずつアケラに攻撃を仕掛けようと近づこうとしたのだ。
結果、何も出来ず終了した。
アロンから告げられた訓練が、ここまでキツイものとは思いもしなかったのだ。
「ふぅ。まだまだですね、ガレットさん。」
汗を拭きとり、横たわるガレットへ手を差し伸べるアケラ。
「せ、せ、先生っ!?」
「いつまでもここで寝そべっているわけにもいかないでしょ? 早く行きましょう。」
ガレットの手を掴み、強引に立ち上がらせて自分の肩に腕を掛けさせる。
ニコリ、と笑い、アケラはガレットを抱き寄せながら歩き始めた。
「あ、あわわわ。先生……。」
「なぁに?」
アケラに真っ直ぐ瞳を見つめられたガレット。
「何でもありません!」と答えるだけで精一杯だ。
「あれ、結構良い感じ?」
「いや。あそこまでガレットを追い込んだ先生なりの負い目じゃないかな。」
ファナの呟きに、オズロンが笑いながら答えた。
「もしかして……この修行のペアって、師匠はそこまで?」
ニヤニヤしながら尋ねるリーズル。
しかし。
「……ごめん。そこまで考えてはいなかった。」
あくまでも効率的に。
アロンは、このメンバーが如何に早く強くなれるかを考えただけだ。
それが上手いこと、アケラとガレットのペアが出来た。
ただ、それだけであった。
「何はともあれ良かったと思うよ、アロン。」
息を整え、少し機嫌の良くなったファナ。
アロンの腕に絡みついて笑顔で紡いだ。
頷くアロン。
「さぁ、村に帰ろう。」
◇
「そうそう、アロン。」
リーズル達と解散し、ファナの自宅前まで送ったアロン。
と言っても、アロンの自宅もここから50m程進んだところにある。
家の入口前で、ファナが思い出したように告げた。
「どうしたの?」
「さっき、森に行く前にララちゃんに会ってね。」
少し、嫌な予感のするアロン。
「どうして、そんなところにララが?」
「さぁ? 友達と遊んでいたのかな。それで、何か相談があるって話で……。」
少し顔を赤らめるファナ。
「こ、今夜。アロンの家にお邪魔するね。」
えっ、と驚くアロン。
いつの間に、妹とそんな約束をしていたのか。
「分かった。待っているね、ファナ。」
頷き、嬉しそうに自宅へ戻るファナ。
その後ろ姿を眺め、アロンは思案顔だ。
(まさか……。聞かれた?)
昨日の、アロンとファナの会話。
多少、ファナが驚きの声を上げたが……盗み聞きされていたのかもしれない。
(いずれは、と思っていたけど。まさかこんなに早く。)
アロンはララにも自分の正体はいずれ伝えるつもりだった。
そのために用意した、ファントム・イシュバーンのアイテム “精霊の髪飾り” なのだ。
だが、ララはまだ12歳。
この夏休み前の儀式で、ようやく自分の適正職業が “薬士” と判明したばかりだ。
いずれは強くなって欲しい。
しかし、まだ幼さを感じる大切な妹。
「……ダメだ。まだ早い。」
夕焼けの中、アロンは独りぼやきながら帰るのであった。
◇
『コンコン』
夜。
アロンが一人部屋に佇んでいると、ドアがノックされた。
『兄さん、ファナちゃんが来たよ。』
ララとの約束通り、ファナが来た。
ガチャ、とドアを開けるアロン。
目の前に、思い詰めたような表情のララが居た。
「ファナに何か相談があるんだよな。聞いたよ。」
「……兄さんのこと。」
目を見開くアロン。
驚く兄を尻目に、ララは背を向ける。
「私の部屋に来て。」
それだけ伝え、ララはファナを迎えに行った。
「……参ったな。」
頭を掻きむしりながら、アロンは先にララの部屋に入った。
すると、すぐにララがファナを連れてやってきた。
「お邪魔します。」
夜という事もあるが、可愛らしいワンピースを身に纏うファナ。
籠バックの中には、焼き立てのアップルパイの香りが立ち込める。
籠に目を向けるアロンに気付き、はにかむ。
「これ、お土産。ララちゃんと食べてね。」
「いつもありがとう、ファナ。」
笑顔で受け取るアロン。
すると、ゴホン、と咳払いをするララであった。
「ファナちゃんも兄さんも座って。」
ララは、自分のベッドにアロンとファナを座らせた。
そして対面に椅子を引き摺って持ってきて、チョコンと座る。
ジトッと睨むようなララの視線。
“相談したいことがある” との事だったが、何やらただならぬララの気配に、ファナも思わず身が引けてしまう。
「そ、相談って何かな、ララちゃん?」
「その前に!」
ララが答える前に、アロンが制する。
「少しファナと時間貰えないか?」
「はぁ?」
益々顔を顰めるララ。
そして、今のアロンの言葉はまさに逆効果だった。
「やっぱり。私に隠し事があるのね、二人とも。」
アロンの慌てぶり。
そして今の言葉。
ララは確信した。
「隠し事? ララに隠し事なんかしていないよ。」
「そうだよララちゃん! どうしたの!?」
出来る限り冷静に徹するアロンだが、目を逸らしながら慌てふためくファナ。
ジッとファナを見ながら、ララは溜息を吐き出した。
「兄さん。3年後に死んだってどういう意味? それに向こうの世界って何? 兄さんは一体何者なの?」
その言葉に、完全に固まってしまうアロンとファナ。
そう、昨日の会話を全て聞かれていたということだ。
「そ、それは、ララちゃんっ。」
「言っている意味が分からないな、ララ。」
慌てふためくファナだが、あくまで冷静に告げるアロン。
その横顔を見て、アロンが “隠し通すつもり” と気付く。
アロンの態度、そして口を閉じるファナ。
ララは椅子から思い切り立ち上がり、叫ぶ。
「何で内緒にするの!? どうして!!」
一人、蚊帳の外。
わずか2歳差、しかも適正職業の儀式を終えた身。
一般的には、大人の仲間入りをしたララだ。
それにも関わらず、兄と義姉の二人は何かを隠す。
ずっと一緒に暮らしてきた、大好きな兄が隠し通してきた秘密。
「何でもなにも、ララに隠し事なんかしていないよ。」
しかし、兄は未だ白を切る。
目からボロボロと涙が溢れ、悔しさに身体が震える。
だが、それでもアロンは同情しない。
――もし、真実を知ってしまえばララがどう思うか。
ずっと一つ屋根の下で育った、ただ一人の血を分けた妹。
前世でも今世でも、大切な存在。
もし前世の記憶があること、御使いからの天命を授かっていること、そしてアロン自身が超越者であることを知ったら、妹はどう思うか。
“いつか、真実を告げよう”
そのつもりだったアロン。
だが、そう思うだけで今一つ、その覚悟は定まらない。
ファナとは違う、大切な人。
兄としての甘やかしなのか、兄としての甘えなのか。
例え泣き喚かれようとも、今、真実を告げるつもりは無い。
「……嘘つき。」
涙を流すララの言葉に、心がズキリと痛む。
その時。
アロンの手をそっと握る、ファナ。
「アロン。ララちゃんに話してあげて。」
思わずファナの目を見つめる。
その瞳には、大粒の涙が溜まっていた。
「アロン。ララちゃんも、いつまでも子どもじゃないんだよ? 私も……貴方の事を知ったのは、12歳の時だったじゃない。」
息を飲むアロン。
それは、神託の儀式の場。
暴走した、メルティ。
御使いから与えられたと告げた、次元倉庫と武具の数々。
そして、アロンの役割。
“超越者を殲滅する”
それは、何故か?
こうして真っ直ぐ向き合い、自分を支えてくれる最愛の婚約者のために。
そして、血を分けた大好きな妹のために。
アロンは、そのために絶望と憎悪を胸に秘め、ファントム・イシュバーンで5年もの間、独りで戦い抜き、こうして再びイシュバーンの世界に舞い戻ってきたのだ。
顔を俯かせるアロン。
涙を拭いジッと見つめるララと、手を握りながら悲し気にアロンを見つめるファナ。
はぁ、と小さく溜息を吐き出して、アロンは顔をあげた。
「ララ。」
「うん。」
「……母さんや、じいちゃんとばあちゃんには内緒にできるか?」
その言葉に、パァッと顔を輝かせる。
「うん、うんっ!」
決心のついたアロン。
今日、リーズル達に告げた内容と全く同じ事を、ララに話し始めた。
◇
「兄さん……。どうして。」
全ての話を聞いたララは、再び目に涙を溜めた。
意外な反応に、アロンは戸惑う。
「どうして、って……どうして?」
「独りで、どうしてそんなに抱えるの?」
義姉のため。
家族のため、村のため。
一度、超越者に殺された兄が、何故そこまでするのか。
「それは、ララも、ファナも大事だからだ。」
「そうじゃない!!」
叫ぶララ。
涙が止めどなく溢れる。
「どうしてそこまで、超越者を憎むの? 御使い様の天命でも、悪い人ばかりじゃないはずだよ。何で、そこまで憎むの?」
幼少期から感じていた、兄の薄暗い感情。
それが今、一本の線になって繋がった。
悍ましいほどの、超越者への憎悪。
それは、アロンの正体や役割の話を聞く中でも感じ取れた。
血を分けた妹だからこそ、気付いた兄の闇。
――実は、アロンはファナとララに全て伝えていない。
前世、アロンが殺害された時の惨状。
愛する婚約者と妹が、目の前で凌辱される姿。
その時の絶望。
怒りと憎悪。
愛する者と振れれば触れるほど、思い出す。
今世こそ、“守る”
だから、“殺す”
その絶望と憎悪は、いつになっても風化しない。
愛する者と接すれば接するほどに、アロンの心にその時の惨状が、鮮明に甦るのだ。
「確かにララの言うとおり悪人ばかりでは無い、と信じている。だが……。」
“超越者” の特権。
ファントム・イシュバーンで得たスキルと職業。
死に戻り、“デスワープ” による不死の身体。
システム上のスキル、ステータス表示に、ステータス振り分けなど。
“遊戯の世界”
“住み着く者は、NPC”
当初は目立たず大人しかったメルティでさえ、アロンの正体を知ってから狂ったように前世と超越者の顔を露わにして、“年齢補正中” の制限が解除された途端、その力を隠す事なく見せつけた。
――それが、超越者。
もはやアロンは、超越者というだけで駆逐すべき害虫だと判断してしまうようになってしまった。
加えて、邪龍マガロからの “疑え” という教え。
超越者が今のアロンの心を解かす事は、かの邪龍を倒すことより困難だ。
「このイシュバーンにとって、超越者は不要な存在だ。」
漏れだす、アロンの怒りと憎悪。
思わず震えだすファナとララであった。
「それ、もしかして私達が関わっている?」
呟くように尋ねるファナ。
優しいアロンが、ここまで怒りと憎悪を露わにする。
その理由は何か。
前世でも、今世でも、一途に自分を想う姿。
そして、本当に家族を、特にララを大切にする姿。
理由は、明白だ。
「そうだよ。」
絞り出すように、アロンは答えた。
思わず、抱きしめる。
ララも床に膝を着いて、アロンとファナの手を握った。
「アロン……。」
「兄さん……。」
震えるアロンは、改めてその決意を口にした。
「今度こそ、二人を守る。何をしてでも。」
マガロとの交渉も、修行も。
リーズル達の訓練も。
全部、ファナとララを守る “手段” だ。
アロンの決意。
ファナとララを守るためなら。
“悪魔になる”
敵対する者。
害成す者。
ファナやララを危険に冒す者。
一縷の容赦もなく。
無慈悲に、切り裂く。
例えその者に守るべき者、愛する者がいたとしても。
どんなに憎まれても、構わない。
二人を守るなら、修羅にも悪魔にもなる。
勇者や英雄などではない。
あくまでも自分本位に。
“選別” の基準は、アロンが決める。
生かす者は、徹底的に抵抗できないよう心を折る。
それ以外は、“殲滅” する。
何故なら、超越者は害虫だから。
◇
「ララちゃん……。」
「ファナちゃん……。」
“二人で話がしたい”
そう告げて、アロンには自室に戻ってもらった。
沈黙の末、ファナとララは声を掛け合った。
「私とララちゃんで、アロンを守ろう。」
“守られるだけの女にはならない”
“アロンの隣に立つに相応しい女になる”
“私も、アロンを守る”
だが、それは根性論でも感情論でも、辿り着かない茨の道。
ただ、強いだけでは辿り着かない。
その本当の意味に、ファナは気付いた。
「アロンの……心を……私達で支えよう。」
涙をボロボロ零しながら告げるファナ。
同じように、涙するララ。
悍ましい程、絶望と憎悪に心を黒く染める最愛の人。
本当に修羅に、鬼畜に成り下がらぬよう、心をつなぎ留めること。
それが、将来を誓い合った婚約者と、血を分け合った妹の役目。
「うん。私とファナちゃんで、兄さんを守ろう。」
“守る”
その本当の意味を知ったファナとララは、静かに誓い合うのであった。