3-12 新たな道筋
夏休み10日目。
改修が進む学校の中でまだ使える教室を特別に借りて、教員アケラとリーズル達を集めたアロンとファナ。
相談する内容は、アロンとファナが出会った邪龍マガロ・デステーアのこと。
そしてラープス村を守護してもらうために、“邪龍の森” こと【ルシフェルの大迷宮】に溢れる魔力を吸って育った霊木を切り取って、村の周りを囲むこと。
そして―――。
「やはり、アロンさんも超越者だったのね!?」
驚愕するアケラだが、すぐさま納得した。
「なるほど。メルティさんと同じく、貴方もクラスの中でも飛び抜けていたから……。道理でね。」
「今まで黙っていて申し訳ありません、先生。」
頭を下げるアロンに、ふぅ、と溜息を吐き出して笑顔を向ける。
「いいえ。貴方の事情を考えれば当然の事です。むしろ、よくその年まで見抜かれなかった……それこそ、12歳のあの儀式をどう切り抜けたのか興味があるわ。」
「……これを使いました。」
アロンは次元倉庫から、『転職の書』を取り出して説明した。
今更隠し事をするつもりの無いアロン。
転職の書について包み隠さず伝えたが……。
アケラの表情は青ざめ、ガタガタと震え出した。
「アロン……さん? そのアイテム、不味いわ。」
「何か問題でもあるのか、先生?」
アロンが超越者であること、そしてその理由がファナや家族、自分を含む村の仲間を守り抜くためであると聞いて、さらにアロンへの尊敬の念を強めたリーズルが尋ねる。
「お前……馬鹿かよ。」
アケラと同じように、真っ青になって呟くオズロン。
「ああっ!?」 と凄むリーズルだが、アケラが手を伸ばして制する。
「善神エンジェドラス様から賜った適正職業を、昇華させる書物……。条件は、適正職業ごとに得られる能力を極限まで高めること。たったそれだけで、超越者のような力が手に入るのですよ?」
「こんな物が世間に知れ渡ったら、帝国軍や貴族などこぞって押しかけてくるだろうね。中には殺してでも、人質を取ってでも奪おうという輩も出てくる。……ラープス村を守るどころの話じゃなくなるぞ。」
アケラの言葉に、オズロンが続く。
あっ、と声を上げて青ざめるリーズル、そしてファナであった。
「超越者と同じ世界に存在する物を持ち込んだ。事象云々は無視をして納得するしかありせんが、アロンさんが持ち込んだ物の中でも特に不味い物だわ。この書物の価値は計り知れません。それに……。」
「アロン様。まだ何か隠し持っているんじゃないですか?」
睨むようにアロンを見るアケラとオズロン。
それに、あー、と額に汗を垂らして目が及ぶアロンであった。
どんな状態であろうとも、生きていれさえすればHP・SP共に全快させる『エリクサー』、四肢切断や内臓破裂すら完治させる『フルキュアポーション』、その次に効果の高い『エクスキュアポーション』など、イシュバーンではあり得ない、それこそ超越者ですら作り出せない回復アイテムが次元倉庫に収まっている。
さらに、ファントム・イシュバーン内で死亡判定後15秒以内に使用すれば、HPが1割回復した状態で生き返らせることの出来る『天使の雫』も大量に持っている。
イシュバーンの人間相手に効果があるか不明だが、もし使えるとなれば、死者蘇生を可能とするのだ。
他にも、アロンがイシュバーンで “使える” と判断した、様々な効果を齎すアイテムが大量にある。
さらに、装備できる者は限られるが、イシュバーンで存在してはいけない程の破壊力を秘めた武具の数々が手元にあるのだ。
これらの武具やアイテムを自由自在に取り出し、扱う。
そして本人は、レベル288の化け物。
さらに、イシュバーンでただ一人の “剣神” という適正職業で、多彩なスキルを身に着けている。
【人間兵器】
それが、アロンだ。
「こんな話、村長にするわけにはいかないわね。」
頭を抱えるアケラ。
オズロン、そしてファナとリーズルも頷く。
ただ一人、未だ話についてこられていないガレットは別として全員がその危険性を理解した。
「それに村長の職務には、超越者が見つかり次第帝都へ送り出すことも含まれますからね。いくらアロン様がラープス村を守るために転生し直してきたとは言え、3年後の話なんて誰も信じないでしょう。恐らく、帝都の偉い方々を呼びつけて、無理矢理にでも帝都送りとなるでしょう。」
長い髪をかき分けながら苦々しく伝えるオズロン。
“帝都へ送り出す” という言葉で不安になり、思わずアロンの腕にしがみ付くファナであった。
アロンは優しくファナの頭を撫でて、
「将来的に、帝都には行くことになる。」
と伝えた。
全員が目を見開き驚く。
特に、ファナの驚きは尋常でなかった。
だが。
「さっきも伝えたとおり、御使い様の天命を全うするためには、どうしても必要な事なんだ。」
帝都に入り、超越者の “選別” を行う。
そして、それらを “殲滅” する。
それが御使いこと、狡智神アモシュラッテとの約束だからだ。
「そのためにも村を邪龍マガロに守ってもらう必要があるんだ。アレは並大抵の超越者では全く歯が立たないほど、強い。」
アロンが天命を全うするためには、帝都へ赴く必要がある。
そしてアロンが超越者を始末すればするほど、手段を選ばず制止させようとする者が現れる。
それこそ、殺しても復活する超越者たるアロンだ、正攻法ではままならない。
間違いなく、人質を取り脅してくるだろう。
真っ先に狙われるのは、最愛のファナ。
そして、家族と村人。
アロンを抑制しようとする魔の手から、村を守る。
その守護者として、伝説の邪龍を据えようという作戦だ。
しかし、アケラの顔は険しい。
「その前提条件として、森の柵の補強……それも霊木と言いましたか、森の奥深くにある木々が必要であると。果たして、今の村長が了承するかどうか。」
ラープス村の村長は、元帝国兵の百人隊長筆頭。
つまり、数多くいる百人隊長の中で最も位の高い人物で、ラープス村の英雄だ。
年齢を理由に退任し、その後任としてアロンの父ルーティンを百人隊長へ抜擢して村へ戻ってきた。
そのまま、先代から村長の座を委ねられ、今に至る。
イシュバーンでは、村長や町長はその町村の民が決めるのが前提だ。
中には血筋などから先代が任命することもあるが、基本的には民主制に則って選ばれる。
その選任方法も、住む民に委ねられる。
人気投票も良し、力比べも良し。
民たちが、納得し、合意できる方法なら、何でも良いのだ。
現村長は、先代村長の任命と、村の人々の圧倒的支持でその役職に就いた。
村の英雄でもあり、なおかく人格者だ。
誰しもが納得した、人選である。
しかし、常識の範囲に捉われ過ぎる嫌いもある。
そういう意味では、堅物でもあった。
アロンは、意を決し提案する。
「アケラ先生。」
「はい?」
「先生が、この村の村長になってください。」
目を点にして絶句するアケラ。
そして。
「えええええええええええっ!?」
アケラの絶叫がこだました。
驚くアケラとは裏腹に、ファナ達は「なるほど!」と声を上げた。
「そっか、先生が村長になれば万事解決なのか!」
「なるほど! さすが師匠だ!」
「他に方法が無ければ、それしかないですね。」
未だ意味を分かっていないガレット以外も、賛同した。
「ま、ま、待ってください! 私はこの学校の教員で! まだ20代だし! しかも女なのよ!?」
あたふたするアケラだが、アロンは冷静だ。
「いや、先生の他に適任が居ない。先生も村長と同じ百人隊長を、それも10代という若さで抜擢された天才だ。もしそのまま帝国兵として活躍されていれば、今頃、千人隊長……いや、万人隊長である部隊長だって夢じゃなかった。それこそ、今の村長がそう評価しているくらいだから。」
現村長も、アケラに対して非常に高く評価する。
若き天才であったアケラは、人並みの縁談を受けて役職を退任してこの村に戻ってきたのだ。
結果的には、その縁談は叶わず未だ独身であるが、その強さと才能は、超越者たるアロンをしても舌を巻くほどだ。
現在、レベルは60。
INTも200を超え、所持スキルも “魔法士” が得られる8つの内、7つを取得しており、どれもスキルレベルは高い。
アロンの訓練法によって、間もなく最後のスキルも習得できそうだ。
ストイックにスキルレベル上げに勤しむファナの伸びしろは高いが、それでも最初に “上位職” へ辿り着けそうなのが、アケラだ。
未だあたふたするアケラを諭すように、アロンは続ける。
「今までお伝えしたボクの天命やラープス村を守ることを全うするにも、先生が村長となっていただくしか方法は無いと思います。」
ううう、と唸るアケラ。
「そ、そりゃあ……教員ですから、村や町の運営や経済などは学んでいますし、元百人隊長の上位者でもあったので、指揮系統についても精通していますが……。」
「ほら、先生が適任じゃん!」
今まで、話が難しくてよく分かっていなかったガレットだが、先日のアケラの装いを見て恋に落ちた彼は、ここぞとばかりにアケラを擁護するつもりで叫んだ。
だが、その擁護は大好きな先生でなく、アロン達に対してとなった事に、残念ながら彼は気付いていなかった。
「ガレットでも分かるくらいです。先生しかいません。」
すかさず、アロンが追撃をする。
頭を抱え、蹲るアケラ。
はぁー、と深い溜息を吐いた。
「ああ。しばらく村から超越者が輩出されず落ち着いていると思ったら……私が受け持った学年から2人も出て? しかもその内のアロンさんが神からの天命を受けて? 伝説の邪龍にまで村を守護する約束まで取り付けて? あああ、私、呪われているのかなぁ。」
思い出すのは、かつての婚約者。
あれだけ自分を好いたの何だの言っていたから意気揚々と村に戻ってきたら、他の女ともデキていたことが発覚し、百人隊長として名を馳せた実力ままその男を断罪したのだ。
その時から『自分は呪われている』と思っていた。
それから教員という天職を得て、悠々自適に過ごしていたが……。
ここ数年で、目まぐるしく色んな事が起きた。
そして今、教え子で絶大な超越者のアロンから、まさかの “村長になれ” など告げられるとは。
再度、大きな溜息を吐き出した。
「分かったわ……。そうしなければ、村が危ないのでしょ? 私もこの村で生まれ、そして住む者よ。アロンさん達との関係がある中で、それを無碍にするなんて、年長者として出来るわけないじゃない。」
ゆらり、と立ち上がり、アケラは声高らかに宣言した。
「やってやろうじゃない! 行き遅れ女の一大決心! 村長くらいなってやるわ!」
おおおー! と全員で拍手を贈る。
「ちなみに先生、“呪怨” のバッドステータスは無かったのでご安心ください。」
「そういう意味じゃないって分かっているでしょ!? 私より実質年上のアロンさん!」
アロンはフォローのつもりだったが、嫌味にしか聞こえないアケラだった。
◇
「で、具体的に私はどうやって村長になれば良いと思うの?」
落ち着きを取り戻したところで、話を続ける。
うーん、と唸りながらアロンを見る面々。
アロンは平然と。
「そこはもう、実力勝負で行きましょう。」
「はぁっ!?」
叫ぶアケラ。
仮にも、現村長は百人隊長筆頭者であった人物だ。
アケラも上位隊長であったとは言え、実力差はかけ離れている。
しかし。
「問題ありません。先生はすでにこの村最強の魔法士ですから。」
アロンが生み出した鍛錬法で、みるみる強くなったアケラ。
それもそのはず、レベル60もあって、ステータスポイントは半分以上振り分けられていなかったのだ。
ここ数日の鍛錬だけで、アケラは相当強くなった。
さらに、ファナ同様の魔法の無駄打ちで、スキルレベルもわずかながら上がっている。
そして、アロンはこの相談をする上で、実はこっそり村長のステータスを覗き見していたのだ。
勝てる見込みが無ければ、そもそもこの提案などするつもりは無かった。
結果、今のアケラでも十分勝ち目があると判断したのだ。
「でも、私は魔法士。村長は “戦士” よ? 魔法発動前に距離を詰められれば、それで即チェックメイトよ。」
「問題ありません。それは、この後から始める訓練で対処法を身に着けてもらえれば十分ですから。」
「対処法?」
にこやかに告げるアロンを、怪訝そうに睨むアケラ。
ファナ達も、アロンの新たな訓練法に耳を傾ける。
「ちょうど、ボク等には盾重士のガレットが居ます。彼に、魔法耐久値の高い盾を装備してもらいますので、遠慮なく魔法をぶっ放してもらいます。」
「「えええー!?」」
アケラ、それにガレットも叫ぶ。
「そんな危険な真似、許すはずないでしょう!!」
顔を真っ赤にしてアケラが大声で抗議する。
ガレットが頑丈な盾重士とは言え、アケラから見ればまだ子ども、しかも教え子なのだ。
その教え子を危険な目に晒すなど、到底、承諾など出来ない。
しかし、アロンは笑いながら答える。
「先生。大丈夫ですよ。」
そう言い、アロンは次元倉庫から一枚の盾を取り出した。
「それは?」
「“破邪の盾” です。ほらガレット、装備してみて。」
少し小さめの、円形の盾を受け取るガレット。
腕に取り付けるが、身体の大きな彼からするとかなり小さい。
まるで、鍋の蓋を腕に取り付けたようだ。
「おい、師匠。こんな小さな盾で、先生の魔法を防げっていうのか?」
「そうだよ。ちなみにその盾、物理攻撃は全くダメだけど、魔法攻撃は面白いくらい防ぐ代物だ。試しに……オズロン、“ファイアボール” をガレットに向けて放ってみて。」
えっ、と驚愕するオズロン。
「アロン様!? ここ、教室ですよ!」
「いいから。もしガレットが避けてもボクが防ぐから安心して、全力で放って。」
「ダメに決まっているでしょう!!」
オズロンとアロンの会話に、怒声を上げてアケラが制止する。
教室内での魔法攻撃など、御法度だ。
だが。
「大丈夫です、先生。ボクを信じてください。」
にこやかに笑うアロン。
その表情に、苦虫を噛んだように顔を顰めた。
「……もし、これで少しでも教室の物を破壊したり、ガレットさんが怪我を負ったりしたら、私が村長になるどころの話では無くなると理解していますよね?」
「もちろんです。さぁ、オズロン。やってみて。」
愕然となるオズロン。
目の前のガレットも顔が真っ青だ。
「ガレットは、目を閉じて盾だけ前に突き出して。大丈夫。ボクを信じて。」
「……火傷したら治してよ、アロン師匠。」
「もちろん!」
盾を前に突き出し、ギュッと目を瞑る。
その様子に、慌てふためくオズロン。
「ほ、ほ、本当に大丈夫なのですか!?」
「大丈夫。」
そう言い、アロンはガレットのやや斜め後ろに立った。
「さぁ、オズロン。いつでもどうぞ。」
オズロンは腰に下げていたロッドを取り出し、ガレットの盾に照準を合わせた。
「や、やめなさい、オズロンさん!」
「先生、いいから。師匠を信じようぜ。」
青褪めるアケラを、リーズルが前に出て制した。
見守るファナも、両手を組んで祈る。
……ガレットの無事、ではなく、アロンの無事を祈ってだ。
「ど、どうなっても知らないぞ! “ファイアボール”!!」
オズロンの叫びと同時に、人の頭大の炎球がガレット目掛けて放たれた。
彼の “ファイアボール” のスキルレベルは4だ。
すでに、帝国の上位魔法士に匹敵する威力。
豪速でガレットに向けて炎球が走る。
焼け付くような熱さを迸らせながら、盾に直撃した、瞬間。
『ポフッ』
吸い込まれるように、気の抜けた音と共に炎が消えた。
「「「え?」」」
全員、唖然となる。
恐る恐る目を開けたガレットも、呆然だ。
「どういうこと?」
「それが破邪の盾の力だ。」
基本職でも装備できる最上級装備、“破邪の盾”
特質すべきは最上級とは思えないほど高いMDEFだ。
その代わり、基本的にどの盾にも設定されている “耐属性” が備わってなく、また通常のDEFが “0” である。
純粋に魔法攻撃を防ぐためだけに存在する、微妙な盾。
ただ、異様に小さい形状であるから幼少のアロンでも装備が可能と思ったこと、魔法攻撃に付随するバッドステータスすらも、攻撃を防げば無効化できることから、念のため持ってきたのだ。
結果、一度も使わず次元倉庫の肥やしとなってしまった。
まさか、このような使い道を見出せる事になるとは、アロンは自画自賛をしたのであった。
「すげぇ! すげぇよ師匠!」
ガレット、そしてリーズルが囃し立てる。
自慢の魔法を防がれたオズロンは仏頂面であるが、アロンの思惑が成功したことも理解するため心境は微妙だ。
アロンはオズロンに一言謝罪して、そして未だ呆然とするアケラを見る。
「先生。この盾は魔法攻撃をほぼ防ぎきってしまいます。多少の反動はあっても、本人にダメージが入ることは滅多にありません。そこで……。」
アロンは、悍ましい訓練方法を告げる。
「先生は今日から、この盾を装備したガレットに一心不乱に、SPが枯渇するまで魔法を放ってもらいます。そしてガレット。」
「おう!」 と目を輝かせるガレット。
思わず引きつるアロンだが。
「君は、先生の魔法を防ぎながら先生との距離を縮めるんだ。もちろん、魔法は避けても構わない。その盾を軽くでも先生に当てられたら、君の勝ちだ。」
少し顔を赤らめて頷くガレット。
どうやら、アロンの言葉の意味をきちんと受け止めなかったようだ。
この訓練方法は、二つの意味を持つ。
まず、アケラのINTとスキルレベルの上昇。
そして、迫りくるガレットを避けることでAGIを高めることだ。
そして防ぐガレット。
MNDの底上げと、AGIの上昇。
盾重士は、職業柄VITは簡単に伸ばせても、MNDとAGIという必要不可欠なステータス要素を上昇させることが難しいのだ。
何故なら、MNDが低ければ当然MDEFも低くなる。
その中で敵の魔法を喰らってしまえば、一撃で死んでしまう事もあるからだ。
重盾士とは言え、死ねばそこまで。
仲間のガード役として、タンク役として最前線に立つことが重要視される重盾士系にとって、魔法をいかに防ぐか、躱すかはファントム・イシュバーンでは必須要項だ。
“重盾士の天敵は、魔法士”
それがイシュバーンでの常識。
その常識を根底から覆すのが、アロンが告げた訓練法なのだ。
MNDを上げつつ、AGIも底上げする。
さらにこの訓練法を続ければ、ガレットは重盾士スキル “マジックキャンセル” をいずれ習得するだろう。
常時発動能力でAGI値依存となるが、魔法攻撃を低確率で完全無効とするスキルだ。
AGIが最高値1,000になれば、通常の回避力に加えてマジックキャンセルの回避も加わるため、重盾士系に魔法を当てることが極めて困難になる。
イシュバーンの常識が、反転する。
“魔法士系の天敵” それが、重盾士だ。
いずれは、超越者の魔法攻撃すら防ぎ、往なし、躱せる重盾士になり、村の皆を守れる男になって欲しい。
それがアロンの願いであった。
「……先生との、距離を縮める。」
顔を真っ赤に染めてアロンの言葉を反芻するガレット。
その様子に呆れるリーズルとオズロン。
だがファナは、両手に握りこぶしを作って「ファイトッ!」と応援するのであった。
「アロンさんのおっしゃった意味、よく分かりました。ガレットさん、胸をお借りします。」
頭を下げるアケラ。
その姿に、ガレットの心臓と顔は限界を迎えそうだった。
「まままま、任せてくださいっ! 先生!」
年の差、約、倍。
ガレットの恋は果たして成就するのか。
「で、オレ達はどういう訓練をすればいい?」
リーズルがアロンに尋ねた。
「リーズルとオズロンも基本ペアだ。二人にはこの武器を装備してもらう。」
そう言い、アロンは再び次元倉庫から剣とロッドを出した。
「ルビーソードと、ルビーロッド。両方ともMATKが高まる装備だよ。」
赤い剣とロッドを手に、リーズルとオズロンは目を輝かせて喜びを露わにする。
ハハハ、と軽い笑い声を上げてアロンは説明を続けた。
「先生やガレットと同じように、オズロンの放った魔法をリーズルがスキルで切り裂くんだ。ただ、距離を縮める必要は無い。二人で決めた距離感で、ひたすら魔法を放ち、スキルで防ぐ。OK?」
オズロンはこれでINTとスキルレベルが上がる。
リーズルは、STRに剣士系も上げにくいMDEF、そしてスキルレベルを上げる。
頷く、リーズルとオズロン。
(……実は “売り物用” に用意した武器なんて、絶対言えないな。)
ルビーソードとルビーロッド。
上級装備であるが、性能は低く、もっぱら「金策アイテム」だ。
ファントム・イシュバーン内で何千億Rを保持した大富豪のアロン。
『何かに使う日がくる』と、その殆どを貴金属や宝石に換えて次元倉庫(装備換装)に収めたアロンは、このルビー系装備も持っていたのだ。
ただMATKが高いため、リーズルとオズロンをペアにした訓練法にはもってこいの武器となった。
機転を利かせたアロンは、またしても自分を褒めた。
「私は?」
少し拗ねたように、ファナが尋ねる。
アロンはファナの手を握り、耳元で囁く。
(ボク等は、秘密の特訓があるでしょ?)
ボッ、と顔を真っ赤に染めるファナ。
もちろん、その言葉の意味は “マガロの許での鍛錬” を意味していると分かっているが、ガレット同様、真意そのままとして受け止めきれなかった。
「何かやらしいなぁ。」
「いいじゃない。お二人は婚約者なんだから。」
にやにやしながら、茶化すリーズルとオズロン。
さらに顔を赤く染め上げ、伏せるファナだった。
「さ、さぁ! さっそく訓練開始だ! 森へいくよ!」
慌てふためくアロン。
何とも微妙な空気の中、5人は学校の外へ出た。
◇
「ファナちゃん。」
校門前。
一番後ろを歩くファナに声を掛ける少女が一人。
それは。
「あれ、どうしたの、ララちゃん!」
アロンの妹で、ファナの未来の義妹ララであった。
顔を伏せるララ。
何やら思い詰めている様子。
「どうしたの!? 何かあった?」
「……ねぇ、今夜、相談したいことがあるの。戻ってきたら、兄さんと一緒に私の部屋に来てもらっても良い?」
幼い頃から一緒で、時にはアロンを巡るライバル、そして今では可愛い妹であるララが憔悴しきって告げた言葉。
「もちろん! 絶対、行くから!!」
「うん。待っているね。」
約束を交わし、足早にアロン達の後を追うファナ。
その後ろ姿を眺めながら、ララは呟いた。
「……今夜こそ。兄さんの正体を突き止める。そして、リーズルさん達と何を企んでいるか、全部、聞かせてもらうんだから!」
一人、蚊帳の外となっているララ。
それが面白くなく、そして昨夜聞こえたアロンとファナの会話。
多感なララは、疑念と嫉妬が渦巻くのであった。