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3-11 高みへ

アロンとファナが、邪龍マガロ・デステーアとの一件を終えた翌日の昼。

アロンは自室で一人、机に座ってファナが来るのを待つ。


「ステータスオープン。」


その間、改めて自分の現状(ステータス)を確認した。



―――――


名前:アロン(Lv288)

性別:男

職業:剣神

所属:帝国

 反逆数:なし


HP:1,021,900/1,021,900

SP:128,500/128,500


STR:100   INT:100

VIT:1,000   MND:100

DEX:328   AGI:100

 ■付与可能ポイント:0

 ■次Lv要経験値:152,000


ATK:5,000

MATK:5,000

DEF:5,430

MDEF:960

CRI:23%


【装備品】

右手:なし

左手:なし

頭部:なし

胴体:村人の服(上)

両腕:守眼の腕輪

腰背:上布の腰巻

両脚:村人の服(下)


【職業熟練度】

「剣士」“剣神(GM)”

「剣士」“修羅道(JM)” “剣聖(JM)”

「武闘士」“鬼忍(JM)” “武聖(JM)”

「僧侶」“魔神官(JM)” “聖者(JM)”

「魔法士」“冥導師(JM)” “魔聖(JM)”

「獣使士」“幻魔師(JM)” “聖獣師(JM)”

「戦士」“竜騎士(JM)” “聖騎士(JM)”

「重盾士」“金剛将(JM)” “聖将(JM)”

「薬士」“狂薬師(JM)” “聖医(JM)”


【所持スキル 72/72】

【剣士8/8】(表示OFF)

【剣闘士5/5】(表示OFF)

【剣豪5/5】(表示OFF)

【侍5/5】(表示OFF)

【剣聖3/3】(表示OFF)

【修羅道3/3】(表示OFF)

【剣神1/1】(表示OFF)


【武闘士系6/6】(表示OFF)

【僧侶系6/6】(表示OFF)

【魔法士系6/6】(表示OFF)

【獣使士系6/6】(表示OFF)

【戦士系6/6】(表示OFF)

【重盾士系6/6】(表示OFF)

【薬士系6/6】(表示OFF)


【書物スキル 4/4】

1 永劫の死

2 次元倉庫

3 装備換装

4 ディメンション・ムーブ



―――――



(ファントム・イシュバーンの基準で照らし合わせれば……成り立ての覚醒職クラスか。)


レベル288。

マガロが生み出した使い魔を倒して122もレベルが上昇したこととなる。


ファナを守るため、がむしゃらに斬りまくったので何匹倒したかは定かでないが、それでもかのカイザーウルフを超える経験値が、あの黒光りする使い魔から得られたのだ。


(そうなると、ファナがどれだけレベルが上がったか興味があるな。)


昨日の帰りが夕方遅くであったため、ファナのステータスはこれから確認する。

超越者でないファナは、自らのステータスを任意で上昇させるためには、対応した訓練法を繰り返すしかなく、かなり効率が悪い。


それでもイシュバーンで唯一、その現象を掴んだアロン達の訓練法は画期的である。

ステータス画面を展開させて任意に6つあるステータスに、レベルアップで得たステータスポイントを自由に振り分けられる超越者と違って、イシュバーンの住人はそもそもステータの存在など知らず、レベルが上がっても “ある程度強くなった” くらいの認識しかなかった。


それをアロン達は、試行錯誤の末に6つのステータスへ自由にポイントを振り分けられる訓練法を編み出した。

即ちそれは、“イシュバーンの人間でも超越者に対抗できる” 事に繋がるのだ。


アロンの方針としては、ファナにはINT(精神力)VIT(耐久力)の二つを上げることだ。


ファナの適正職業は僧侶。

僧侶系の上位職は “司祭”、“武僧”、“祈祷師” の三職であるが、イシュバーンの人間は上位職に転職が出来ないため、STR(腕力)を上げてもあまり意味が無い。


それよりも、INTを上げて僧侶の攻撃スキル “シャインリング”、“プリフィケーション” の威力を底上げした方がずっと戦力になる。


そのためにも、モンスターを倒して得られるJP(ジョブポイント)の確保が必要だ。

これもまた、任意のスキルを使い続けることでJPが振り分けられ、スキルレベルが上がる。

任意のスキルレベルを上げることによって、新たなスキル習得にも繋がるのだ。


(“シャインリング” は、確か “キュア” がレベル4、“僧侶の心得” がレベル3。“プリフィケーション” が “ヒール” をレベル6で、“シャインリング” がレベル4だったな。)


冒険者となり、ダンジョンへの探索もメインの一つとなるファントム・イシュバーンの世界では、次々とモンスターを倒すため、基本職であればスキル習得やレベルアップはさほど難しい話ではない。


だが、現実のイシュバーンは話が違う。

モンスターの出現イコール、死の危険が付き纏うからだ。


素材や魔物肉確保のために、依頼を受けてモンスターを狩る冒険者も多く存在するが、一介の村人には倒せても危険度の低い食用モンスター程度。


通常のレベルアップだけでなく、JP獲得も困難を極める。


転生して14年経ったアロンは、モンスターを倒す事によって得られる経験値やJP値はファントム・イシュバーンと同じだと考える。


“邪龍の森” で食用となり、何とか狩ることの出来るモンスターはフォレストラビット、ブルタボンくらい。

フォレストラビットの危険度は最低ランクのG、ブルタボンでもその一つ上のFで、所謂 “雑魚モンスター” だからどんなに倒しても、せいぜいレベル30まで上げるのがやっとだ。


だが、それ以上のモンスターとなると、途端に危険度が増す。

“邪龍の森” でブルタボンよりも一つ格上となるモンスターとなると、集団行動を取るブルーウルフだ。

とても、レベル30程の者が太刀打ち出来る相手ではない。


(いずれにしても、マガロの許で修行するしかないな。)


アロンだけでなく、ファナも。

本音を言えば、仲間であるリーズル達も同行させたいのだが……さすがにそこまであの邪龍が面倒を見てくれるとは思えない。


そもそも、彼女(マガロ)は “対価” を要求してきた。


アロンは超越者の中でイレギュラーな存在であるから興味と期待を持たれたため、恐らくアロン自身の存在と情報が対価なのだろう。


ファナは、言う間でもなくあのアップルパイだ。

邪龍の胃と心を鷲掴みに出来るなど、ファナくらいだろうと思うアロンであった。


それに。


(邪龍の常時発動能力(パッシブスキル)を完全に防ぐことの出来る装備が手持ちに無いな。もう一つの精霊の髪飾りは(ララ)にあげるつもりだし、どうしたものか。)


邪龍を前にするなら、邪龍の圧を防げねばならない。

邪属性や闇属性は別としても、“威圧” などのバッドステータスをレジスト出来なければ、彼女の前に立つ資格は無い。



頭を悩ませるアロンの部屋に、ノック音が響く。


『兄さん、ファナちゃん来たよー。』


ドアの向こうでララが伝える。

ああ、と声を上げてアロンは部屋を出た。





「お、お邪魔します。」


可愛らしいフリフリのワンピースに、アロンが手渡した金色の輝く精霊の髪飾りを付けたファナが、顔を赤らめてアロンの部屋に入ってきた。


「そこに座って。」


アロンは、ベッドを指さした。

そこが、いつもファナが座る低位置だからだ。


「……うん。」


以前は、アロンの部屋に遊びに来ればベッドにダイブするファナであったが、年頃となりそのような真似はしなくなった。

恥ずかしがるように、おずおずと座るその姿を見てアロンも妙に照れくさくなる。


「あ、そうだ。アップルパイと、あと、ブルーベリーパイも持ってきたよ。ララちゃんに渡してあるから食べてね。」


「いつもありがとう。後で一緒にお茶にしよう。……でも、ブルーベリーパイって、珍しいね?」


前世も今世も、アロンの大好物はファナ特製アップルパイだ。

それを知って、前世のファナはいつもアップルパイばかり作っていた。

違う果実を使ったパイなど、あまり記憶がない。


「アップルパイはアロンの大好物だけど、ほら、マガロ様はもしかすると他のパイの方が気に入るかもしれないでしょ? 色々試して、持っていこうかなって。」


照れくさそうに細く長い茶色の髪を首元でキュッと握るファナ。

妙に艶やかで、アロンの心臓が高鳴る。


「う、うん。喜ぶと思うよ。」


アロンもファナの隣に座った。

本来なら、ここですぐ “愚者の石” でファナのステータスを確認するつもりだったのだが、何故か戸惑ってしまうアロンであった。


「ねぇ、アロン。」


「な、なんだ? ああ、ステータスだね。ちょっと待って……。」


クリエイトアイテム “愚者の石” を取り出そうとしたアロンの右手を、そっと握るファナ。

アロンは喉を鳴らし、ファナを見る。


顔は赤く染めていて、瞳も潤んでいるが、何故か悲しそうな表情であった。


「……どうしたの、ファナ?」


「アロン、もう一度教えて。……貴方は、何者なの?」


息を飲み込むアロン。

再度、ドキリと心臓が高鳴る。


昨日、マガロの前で語った真実。

それでもまだファナは、納得が出来ていなかった。

目の前の愛しい婚約者が、“今から3年後に死んだ” “未来から過去へ転生してきた” など、到底信じられる話ではなかったのだ。



頷く、アロン。


「分かった。最初から、きちんと説明するよ。」



そして語り出す。


前世、17歳の時に遭った出来事。

男の御使いこと、アモシュラッテとの出会い。

告げられたVRMMO【ファントム・イシュバーン】と超越者の存在。


超越者に対する、“選別” と “殲滅”


それを成すために5年間という約束でファントム・イシュバーンの世界へ転移したこと、考えうる限り有効手となるスキルを得てきたこと。


まだ試していないが、不死である超越者を殺せる術を身に着けたこと。

不可能と思い込んでいたファントム・イシュバーンで入手した絶大な力を誇る数々の武具やアイテムを持ち込み、再び、アロンとしてこの世界に転生したこと。


今度こそ、ファナや、家族、村の皆を守るために。


そして、数々のスキルと知識を有するアロンが、超越者だと割れないように息を潜めながら成長してきたこと、――その背景にはファナという存在があったからということを。


アロンは、全てを包み隠さずファナに伝えた。





「もう一つだけ、正直に答えて……。」


アロンの話を全て聞き終えたファナは、瞳に涙を溜め込んでアロンに尋ねる。



「アロンは……前世でも、私と結ばれていたの?」



アロンの話を聞きながら、ずっと気になっていたこと。

前世、ラープス村に訪れた3人の超越者によって村は蹂躙され、アロンは殺されたとのことだ。


その時の絶望、憎悪。

時折、アロンから感じていた真っ黒の感情。

その背景を知ったファナだが、その根底には、“ファナ” そして “家族” がある。


“今度こそ、守る”


アロンの底知れぬ決意。


……超越者となり、恋敵(メルティ)のように上手く立ち回れば、帝都での暮らしと高等教育学院への通学、さらにアロンの実力、持ち込んだ武具を持ってすれば帝国の将軍位、もしくは最高ランクの冒険者になるなど、幾らでも出世が望めるはずだ。


それを差し置いてまで成し遂げたいと願い、アロンの想い。

その、背景。



「そうだよ。ボクは……前世でもファナと結ばれ、婚約したんだ。」


ただ、とアロンは続ける。


「どうしてファナがボクを選んだかは未だに分からない。信じられないかもしれないが、前世のボクはリーズル達と比べれば遥かに劣っていて、帝都に行かず村に残った理由も、戦争で命を失いたくないって、情けない理由からだったんだ。」


臆病者で、情けない男。

それが、前世のアロン自身の自己評価だ。


だが、そんなアロンをファナは選んだ。

ただの幼馴染というだけでなかった様子だった。


「前世のファナ……なんて言うと妙な感じだけど、何でボクを選んだの? って聞いたらさ、“昔から、ずっと一緒だったから” “私には、アロンしかいないから” なんて言われたんだ。」


それが、前世で唯一ファナから聞かされた、アロンを選んだ理由。

照れくさく伝えると、クスッ、と思わず吹き出すファナだった。


そして、天井を見上げて呟いた。



「なぁんだ。……良かった。前世の私も、ちゃんと人を見る目があったってことだよね。」



思わず、え、と声を上げるアロン。

キョトンとした表情を見て、さらに吹き出すファナであった。


「“三つ子の魂、百まで”」


「ええっ?」


「アロンってさ。小さい時から凄く頼りになったじゃない。それはきっと前世の記憶を持っていたからというのもあるかもしれないけど……心の優しさとか、雰囲気とか、そういう所までは変えられないと思うの。“昔から、ずっと一緒だったから” 私には、それが分かる。」


再び、顔を赤く染めげながらファナは続ける。


「アロンの隣にいるとね、心が落ち着くというか、凄く安心するの。たぶんそれは、前世も今世も変わっていないのよ。だから……。」


ファナはアロンを見つめたまま、喉を鳴らした。


「“私にはアロンしかいないから”、前世も貴方の事が好きだったのは、当然だと思うの。」


息を飲み込み、目を見開いたままファナを見つめるアロン。

前世でも結ばれ、そして今世でも結ばれたファナから告げられた、アロンへの想い。


アロンの見た目とか、頭の良さとか、力の強さに惹かれたわけじゃない。

彼女は幼い頃からずっと一緒だった、アロン。

その優しさ、共にいる心地よさに、ファナはずっと惹かれていたのだ。


“しょうらい、アロンのおよめさんになる!”


前世でも今世でも。

物心付いた頃から告げていた、ファナの想い。

ただひたすら一途に、ファナは貫き通していたのだ。



前世では、気付かなかったファナの一途な想い。

そして今世でも結ばれた、二人。


その意味と、その理由を知ったアロンの両目から、ボロボロと大粒の涙が零れ落ちる。


「ア、アロンっ!?」


「ありがとう……ファナ。」


アロンが涙するところなど、殆ど見たことの無いファナは慌ててハンカチを取り出し、アロンの涙を拭う。

そのままアロンは、優しくファナを抱き寄せた。



「君を守れなかった。だから……今度こそ、守らせてくれ。」



ファナは、首を横に振る。


「昨日も言ったでしょ。私は、貴方にただ守られるだけじゃ嫌なの。だから……。」


真っ直ぐ、アロンを見つめる。

笑顔で、だが決意を持って。



「私も、貴方を守る。」



その言葉が、嬉しくも照れくさいアロン。


“守ろうとする相手に、守られている”


それは、身体や命だけでない。

心も、魂も含まれる。


その全てを守り抜くこと。

そして、守ろうと、強くあろうとするファナを悲しませる事の無いよう、改めてアロンは決意を固めたのであった。





「じゃあ、改めて。」


アロンは、右手に作り出した “愚者の石” を握りつぶした。

同時に、アロンの目の前にファナのステータスが浮かんだ。


それはファナには見えないが……。

映し出された数値に、アロンは驚愕した。



―――――


名前:ファナ(Lv170)

性別:女

職業:僧侶

所属:帝国

 反逆数:なし


HP:49,100/49,100

SP:1,700/156,700


STR:44   INT:140

VIT:32   MND:72

DEX:21   AGI:46

 ■付与可能ポイント:665

 ■次Lv要経験値:231


ATK:2,200

MATK:7,000

DEF:280

MDEF:1,160

CRI:10%


【装備品】

右手:なし

左手:なし

頭部:精霊の髪飾り

胴体:花柄のワンピース

両腕:花飾りの腕輪

腰背:不可(花柄のワンピース)

両脚:なし


【職業熟練度】

「僧侶」 “僧侶(27/100)”


【所持スキル 6/8】保持JP:1,729,000

【僧侶】

 ヒール 6/10(必要JP:400)

 キュア 5/10(必要JP:6,700)

 リフレッシュ 4/10(必要JP:3,200)

 シャインリング 2/10(必要JP:1,500)

 エミットケア 4/10(必要JP:7,800)

 プリフィケーション(習得条件未達成)

 アークライト(習得条件未達成)

 僧侶の心得 9/10(必要JP:321,000)


―――――



「凄い!」


感嘆に声を上げるアロン。

ビクッと驚き身体を竦めたファナに一言謝り、再度告げる。


「ファナ、物凄く強くなっているよ!」


「え、ほ、本当っ!?」


喜びのあまり立ち上がるファナ。

アロンも思わずファナと両手を繋ぎ、満面の笑顔で頷く。


「ああ! レベルは170まで上がっている。それにステータスも、INTが140にもなっている。」


驚き、だがすぐ喜びを露わにするファナであった。


その中で、気になる数値。


「……SPが15万以上もあるけど、残量が1千7百……。ここに来る前も、スキル撃ちをしていたのかい?」


「う、うん……少しでも、アロンの役に立てられるように。」


はにかみながら首肯するファナに、愕然となるアロン。


ファントム・イシュバーンとは違い、イシュバーンの人々はスキルを使うことで、使用したスキルにJPが振り分けられる法則を見つけたアロン達。


その中で、アロンはファントム・イシュバーンでの経験上、使用するSPの多寡によって振り分けられるJP値に差が出るのでは、と仮説を立てている。

即ち、強力なスキルであればあるほど、早くスキルレベルが上がる、という事だ。


例えば僧侶のスキル “ヒール”

ファントム・イシュバーンでも、イシュバーンでも、1回の使用につき必要SPは100だ。

これに対して、僧侶スキル キュア” は200となる。


単純に考えて、キュアの方がヒールよりも発動回数に対しスキルレベルの上昇値が高くなる。


だが、当然ながらスキルレベルが高くなれば高くなるほど、次のレベルアップは困難になる。

これはファントム・イシュバーンでも言えることで、基本職スキルのレベルを1から2に上げるのに必要となるJPはわずか500ポイントだが、レベル9から10に上げるのには、50万ポイントも必要となる。


そして恐らく、使用SP値と振り分けられるJP値は、等しい。

つまり、スキルを使い続ければいずれスキルレベルは上限に達するだろう。


だが、一つだけ例外がある。

それが、“僧侶の心得” だ。


『杖、ロッドを装備した際、MDEF(魔法防御力)が上昇し、僧侶系のスキル発動に必要となる “SP” の使用量が20%減少する』


恐らく、僧侶系スキルを使い続けることでこの “僧侶の心得” にもJPが振り分けられるのだろうが、ファナの場合、上昇値が他のスキルに比べて高い。


……だが、こればかりは考えても結論は出ないし、問題はそこでは無かった。


アロンが驚愕したのは、15万以上のSPを枯渇寸前にまで追い込むほど、ファナはストイックにスキルレベルを上げようと奮闘したことだ。

基本的に、SPは時間経過、食事、そして睡眠で回復する。

一晩寝れば、大体全回復するのだ。


だが、使うとなると話は変わってくる。

JPを自由に振り分けられる超越者たちと違い、ファナはただのイシュバーンの人間なのだ。

スキルレベルを上げるため、使い続けるというのは苦行でしかない。


もし、ファントム・イシュバーンのプレイヤーが聞けばこう言うだろう。


『僧侶系上位職 “司祭” の常時発動スキル “司祭の心得” を習得すれば良い。』


“司祭の心得”

どの職業の上位職の一つには必ず用意されているスキル。

それは、『高位化』と『スキルのSP割合発動』だ。


『高位化』とは、基本職で覚えられる魔法スキルのランクを一段上げるスキルだ。

このスキルを発動状態にすると、例えばヒールは “ハイヒール” となる。

もちろん、使用するSPも跳ね上がり、『高位化』使用中は全てのスキル発動に要するSPが3倍となる。


そして、『スキルのSP割合発動』

発動するスキルそれぞれに設定されているのは、使用SP値だけでなく、“割合値” というものがある。

つまり、この『スキルのSP割合発動』を発動状態にすると、スキルは固定されたSP値でなく、保有する総SP値の数%~十数%を使用して発動される。


例えばヒール。

固定値は100に対し、割合値は1%だ。


ファナの場合。

現在のSP最大値が156,700であるため、ヒール1回で1,567ものSP値を使用することとなる。

これは通常のハイヒールの5倍だ。


当然、使用SPに応じてスキルの威力は上昇する。

しかしながら、大量にSPを使用することとなるため、リスクも高くなる。

簡単に威力が上がるからと言って、この『スキルのSP割合発動』を多用すると、あっと言う間にSPが枯渇してしまうからだ。


そのため、大部分のファントム・イシュバーンの上位職プレイヤーは『高位化』を使用し、よほど強力なボスモンスターや、敵アバターを前にした時に『スキルのSP割合発動』を使用する。


これらのON・OFFは任意で出来る。

当然ながら、『高位化』と『スキルのSP割合発動』の同時使用も可能だ。

ただし、使えるのはあくまで基本職スキルのみで、上位職や覚醒職で覚えるスキルには適用されない。


――尤も、覚醒職となるとさらに『解放系』と呼ばれる、基本職・上位職スキルを底上げされるスキルがある。

例えば、メルティの魔聖だと、“魔聖解放” というスキルがそれにあたる。



もしファナが “司祭の心得” による『高位化』、『スキルのSP割合発動』を得られれば、今の訓練法で短時間かつ効率的に各スキルへJPを振り分けられるだろう。



だが、ファナはイシュバーンの人間。

つまり、適正職業は “基本職” までとなる。


“司祭の心得” は習得できない。


(今までとおり、地道にやっていくしかないな。)


「アロン?」


「ああ、ごめん。ちょっと考え事をしていた。それで、ファナ。君のスキルなんだけど……。」


アロンは机に向かってファナのステータスなどを紙に書き始めた。

ファナもアロンの横に立って、書き出される自分のステータスを眺める。


「ボクがあげた “セイントスタッフ” を装備しながらスキルを発動させると、3割増しで発動回数が増える。でもファナのSPは大量にあるから……ほどほどにね。」


「う、うん。」


顔を赤らめるファナ。

SPが15万以上もあったため、今まで感じていた気怠さも無く、調子に乗ってどんどんいろんなスキルを無駄打ちしたのだ。


しかも、まだ日も昇らぬ朝方から。

“アロンの隣に相応しい女になる” と心に誓った昨日の今日であったため、勢いで成し遂げたが……これが毎日であるとさすがに辛いものがある。


「はい、どうぞ。」


「ありがとう!」


ステータスを書き上げた紙をファナに手渡した。

ついでに、使用したSPがそのままJPに還元されるだろうという予想も記した。


それを眺めるファナは、一つ溜息を吐き出した。


「もっと、多くSPを消費出来れば良いんだけどね。」


「この訓練法なら仕方無いよ。」



「何か方法は無いかなぁ?」



方法とは、先ほどアロンが考えた上位職のスキル。

だが、ファナはイシュバーンの人間で――


(……本当か?)


その時、アロンの脳裏のあの言葉(・・・・)が浮かんだ。



“疑え”



本当に、イシュバーンの人間は “基本職” しかなれないのか?

上位職以上は、超越者だけの特権なのか?



“ファントム・イシュバーンは、イシュバーンの世界を模した、偽りの世界”



(……まさか。)


「どうしたの、アロン?」


また何か考え事をしているアロンの横顔を覗き込むように、ファナは首を傾げて尋ねた。

チラリとファナの目を見て、アロンは右腕を空中に伸ばした。


「次元倉庫。」


そこから取り出したのは、一冊の本。


「なぁに、その本?」


「ファナ、この本を開いてもらえる?」


言われるがまま、ファナはアロンから本を受け取り、開いた。

すると、


『パチンッ』


「キャッ!!」


一瞬光り、すぐさま勝手に本が閉じた。

思わず手を離し、本を落としてしまうファナだった。


「大丈夫か、ファナ!?」


「う、うん……驚いただけ。ごめんね、本を落としちゃって。」


ファナは足元の本を拾い、アロンに手渡した。

そのファナだが、何か辺りをキョロキョロと見渡している。


その様子に、アロンは目を見開いて尋ねる。



「ファナ。何か聞こえたのかい(・・・・・・・・・)?」



驚くファナ。

少し、ムスッとして、


「まさか、アロンの悪戯?」


と告げた。

アハハ、と軽く笑い首を横に振る。


「違うよファナ。それより、何て聞こえた?」


アロンの表情に怪訝になりながら、ファナは答える。


「女の人の声がした。」


「うん。それで?」


気が逸るアロン。

益々怪訝そうな顔になるが、



「何か、『条件を満たしてないため、転職は認められません』って言われた。」



一語一句、漏らさず伝えた。

その言葉にアロンは目を輝かせ、立ち上がる。


「キャッ! ア、アロン!?」


「やった! やったよファナ!」


またファナの両手を掴み、アロンは笑顔で叫ぶ。



「なれるんだ! ファナも、皆も! 上位職(・・・)に!!」



アロンが手渡した本。

それは、『転職の書』であった。


自らの “剣神” を欺くため。

そして、欺いた後に元に戻すため。

ファントム・イシュバーンから30冊持ち込んだ、貴重な本。


12歳の時の儀式で2冊使ったため、残り28冊。

ファナや、リーズル達を強くするのに、十分な数が揃っている。


“条件を満たしていない”

つまり、条件さえ満たせれば転職が可能という意味だ。


条件とは、全てのスキルレベルを最大値の10に上げ、基本職をジョブマスター状態にすることだ。

そこまで時間は掛かるだろうが、やれない事は無い。


「ファナ、君は強くなれる! 一緒に、高みを目指そう!」


アロンは、目の前の最愛の人が高みに辿り着ける可能性を見出せ、興奮と喜びを全身で露わにした。

その様子が可笑しくも、同じように嬉しくなるファナであった。





(転生……3年後……。ステータス……。)



その部屋の外。

アロンとファナの会話を盗み聞きしていた妹ララは、驚愕に全身を震わしていた。



それは、兄の異常な “正体” を知ってしまったからだ。


蹲るララ。



「私は……どうしたら。」



扉一枚隔てて、喜ぶ兄とその婚約者。

その反面、悍ましい事実を知り、気が動転する妹であった。

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