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1-2 黒い感情

「ただいま。」


アロンは、先ほどラープス村に訪れた豪奢な、上位冒険者と思わしき3人組の男を村長邸へ送り届けて自宅に戻ってきた。


奥の台所から漂う、香ばしい匂い。

香草で焼いた肉の、独特の香りがアロンの胃袋を容赦なく突き刺す。


ぐぅ、と腹の虫が鳴ると同時に、奥からパタパタと足音がする。

ドアが開かたそこには、満面の笑みを浮かべた女性。


「おかえりなさい、アロン!」


アロンを出迎えたのは、間もなく妻となるファナであった。

ファナと同じように満面の笑みを浮かべる、アロン。


「ファナ! 来てくれていたんだ!」

「だって、たまには貴方を労わりたいから。」


抱き合い、唇を重ねる二人。

その背後から……。


「あー、やだやだ。私が見てないところでやって欲しいわ~。」


あ、と呟き抱き合ったまま声の方向へ向く二人。

そこには、ドアの隙間からジト目で眺める妹ララが居た。


「そ、それは覗いているって言うんだよ!」

「ララちゃんの意地悪!」


顔を真っ赤に染めて非難するアロンとファナだが、説得力が無い。

やれやれ、とジェスチャーをするララが、台所へ振り向くと、


「ファナちゃん! スープ、吹きこぼれている!」

「ええっ!? やだっ!」


アロンを突き放すように、台所へ転がり込むファナ。

そんな愛くるしいファナと、可愛い妹に頬が緩むアロンであった。





「さっき、冒険者様を村長の家へ案内したよ。」


昼食を囲むアロン達。

仕事から戻ってきた母と父も一緒だ。


「珍しいな。」


食事を終えた父がポツリと呟く。

酒を飲まねば寡黙な父が、こうして昼間に声を出すのは珍しい。

隣に居る母も、怪訝顔。


「あなた? まさか昼間からお酒を……。」

「飲んでいない。」


呆れるように否定する父であった。

だが、アロンもララも、さらにファナですら苦笑いだ。

それだけ、アロンの父は言葉を発しない。


「父さん……珍しいって?」


助け舟を出す、空気の読める息子アロン。

珍しいという意味では、昼間から父の言葉を聞けたこともだ。


こほん、と照れ隠しのように咳払いをして続ける、父。


「間もなく冬だ。森のモンスターも冬籠りを始める時期だからめったに人里までやってこない。近隣の町や村も同じだから、比較的安全に旅が出来る時期でもある。」


それに、と続ける。


「時刻もまだ正午過ぎ。東西街道のどちらの町に向かうか分からぬが、中間地点であるラープス村に、こんな昼間から訪れる冒険者もまた珍しい。仲間に怪我人か、病人でも出れば話は別だがなぁ。」


案内した、3人組を思い出すアロン。

怪我人や病人が居るように思えなかった。


それ以上に、異様なほど豪華な身なり。

上位冒険者の佇まい。



違和感。



「まぁ、冒険者様がお越しになるということは、それだけ村にお金を落としてくださるということです。後で、村長から “盛大に持て成せ” とお話しが来るのではないのですか?」


空になった大皿やコップを重ね、洗い場へ持っていこうとする母。


「あ、お義母さま! 私がやります!」


慌ててファナが席を立つ。

そんな義娘に、にこりと笑って母が制する。


「いいのよ。今日の午後はアロンもお休みなのだし、二人でゆっくりと過ごしなさい。」


そのまま、母は洗い場へと足を運んで行った。

一瞬、呆然となってしまったファナだが、“そうは言っても!” と慌てて食卓の空になった器を運ぼうとする、が。


「ほら、ファナちゃん。母さんもああ言っているから、兄さんと一緒にデートでもしてきなよ。」


器を奪うように受け取るララの言葉。

むぅ、と顔を赤らめて唸るファナであった。


この季節。水も冷たく、洗い物は若い者の仕事だ。

義母だけなら、それでも! と押し通すことが出来たが、義妹のララがその役を買ってくれたため、無碍に出来ない。


戸惑うファナに、顔を綻ばせてアロンは紡ぐ。


「そうだな……母さんもララも言っているし、せっかくだから森に行ってナユの花でも摘んでこようか。」


ナユの花とは、珍しく秋~冬の始まりまで咲く花だ。

黄色く一面に咲く光景は鮮やかであり、何よりこの花と、取れる実からは潤沢な食用油が採取できる。

冬が間近の村にとって貴重な油分でもあり、使い古した油は松明の燃料にも再利用することができるため重宝される。


頷く、ファナ。


「そうね。行きましょう!」


休みとはいえ、デートとは言われても。

役割があることに、嬉しそうに笑顔を見せるファナであった。



――――



早速、準備を整えたアロンとファナ。

背負子を持ち、森へ向かう途中。



「帰ってくれ!!」


村の中心から、珍しく怒声が響く。

声の主は、ラープス村の村長であった。


村長と言えど、まだ50代前半。

アロンの父と同様、帝国兵上がりで、数々の武勲を挙げた村一番の英雄だ。

多少老いたとはいえ筋肉隆々の長身の持ち主であるが、穏やかなラープス村の村長らしく、普段は物腰柔らかな紳士である。


ちなみにアロンの父の元上司であり、退任に合わせてアロンの父に “百人隊長” の座を譲った人物でもある。怪我を負って村に戻ってきた時、気丈なアロンの父を抱きしめて男泣きしたのも、彼だ。


そんな彼が激高する姿など見た事が無く、思わず足を止めて遠目から眺めるアロンとファナ。


村長に怒鳴られる人物たち。

先ほど、アロンが案内した冒険者3人組であった。


「あれ……アロンが案内した人たち?」

「うん。どうしたんだろ?」


“余計なことをしたのかも”

少し自責の念に駆られるアロン。


冒険者たちは、悪態をつきながら村長に背を向けて村から出る様子だ。

その時。


“ゾワリ”


アロンの背筋に、悪寒が走った。


一瞬。ほんの、一瞬であった。

あの3人組の中で、最も物腰柔らかな剣士レントールと目が合った。


彼も、それに気付いたのか?

それとも気付かなかったのか?


アロンにとって今まで感じた事の無い、悪寒と悪意。

例えるなら、捕食者が、補足対象を見つけた時のそれだ。



3人組は振り返りもせず、真っ直ぐ村から出て行った。

それを確認して、恐る恐ると村長に近づくアロンとファナ。


「そ、村長。」


まだ興奮冷めやらぬ様子の村長に、尋ねるアロン。

はぁ、と溜息を吐き出していつもの笑みに戻る村長であった。


「ああ、アロン。大丈夫だ、お前の所為じゃない。」


アロンが何を心配してやってきたか、一目瞭然。

それに応える村長であった。


「あの人たちは、何を?」


今度はファナから質問。

ファナもレントールと目が合ったのか? 身震いが止まらない。


「いや……。大したことじゃ、ない。」


村の出口方面を睨みながら、呟く村長。


武勲を馳せた村の英雄。

この村長が居るから、村は平和で安泰。


そう思っているアロンであったが。


少し、様子がおかしい。


村長の身体が、カタカタと小刻みに震えている。

じわりと額から汗も滲み、顔色も悪い。


「アロンとファナは、どこかへ行くんじゃないのか?」


それでも、笑顔で尋ねる村長。

あ、と声を揃える二人。


「森へ、ナユの花を摘みに!」


顔を見合わせるアロンとファナの様子が初々しく、あはは、と笑いアロンの背負子をポンと叩く。


「行ってこい、行ってこい。冬も間近で日没も早いからな。モンスターも人里に近づかない時期になってきたが薄暮時はわからん。ささ、と摘んで余った時間で子作りに励め。」


村長の言葉に顔を湯立つ程赤く染める二人。

「何言っているんですか!」 と怒るファナを連れて、そそくさと離れるのであった。



村長、どころか村の大人なら全員知っている。

ナユの花畑は、森の比較的手前に群生しているが、日の当たりを嫌う習性からか岩場や古木に囲まれた場所に咲くことが多い。

モンスターや動物は油分の多いナユの花を食べず、主は人々の生活に役立てられる植物だ。


ナユの花畑には人しか訪れず、物陰が多い。

即ち、村の若い男女の逢瀬の場ともなっている。


ただ、全員が全員そういう訳でもない。

当然、ナユの花は村人にとって需要があり、この季節に咲くこともあるから、それなりに多くの人が足を運ぶ場所でもある。

純粋な採取を目的として訪れる者のほうが多い。


中には “そういうスリル” を楽しむ者もいるが……。

人それぞれである。



もちろん、アロンとファナも採取を目的としてやってきた。

帝国の冬は比較的、短い。

それでも厳しい冬を超えるためには、ナユの花が必要不可欠。


誰も居ない、薄暗く幻想的な黄色い花畑。

村長の言葉もあり多少意識はするが、二人は黙々と、慣れた手付きでナユの花を摘み取っていく。


1時間も掛からぬうちに背負子がいっぱいになった。


立ち込める、やや甘ったるい油独特の香り。

背負子をそのままに、二人は岩場の隙間に腰掛けまだ大量に咲き誇る花畑を眺める。


人の気配がなく、二人は自然な流れで愛を確かめ合うのであった。



――――



夜。

ナユの花畑から戻って夕食後、ファナは自宅へ戻り、妹のララも「今夜はガールズトーク♪」など意味の分からないことを告げてファナに着いていった。


今夜は、ララは帰らないらしい。

普段、ララと同室で夜中まで騒がしい妹が居ないため、久々に静かに一人で、アロンはベッドに横たわる。


思い起こされる、昼間の一件。


「あの冒険者様たち……一体何を、村長に。」


温厚な村長を怒鳴らせるような、用件。

見るからに上位者と思われる、豪奢な装い。

冒険者の中でも、異質な存在なのだろう。


脳裏に過るのは、昨夜、父に聞かされた存在。



【超越者】



「まさか、なぁ。」


そんな大人物が、こんな片田舎に訪れるわけがない。

寡黙な父から今夜もその話を聞かされたが、帝国だけでなく、敵対する “聖国”、“覇国” も戦力拡大を画策して、水面下で超越者獲得に躍起になっているというのだ。


与えられるポジションは、最低でも帝国軍 “万人隊長”、つまり部隊長で、さらに武勲を挙げた者は8人しかいない “帝国将軍” にも据えられるとか。


父曰く、8人いる帝国将軍の内、通称 “魔戦将” と “白金将” の2人、そしてその下の24人いる部隊長の内、7人が【超越者】であるとの話しだ。


凄まじい戦力というのは、言うまでもない。

加えて将軍とは、戦力だけでなく教養と深い軍事的な素養が備わっていなければ務まらない。


そしてもう一つ、真偽不明の超越者の謎。



「死なない、身体……。」



“超越者は、戦いで死なない”


それは “強さ” の比喩ではない。

正真正銘、“不死” の身体であるとのことだ。


“そんな、馬鹿な”


それがアロンの正直な感想だ。

だが、寡黙で真面目な父は酒の勢いでも冗談は言わない。


仮に戦いの場で敵に打ち取られても、翌日にはケロリと万全に復活するというのだ。

冗談の言わない父は、その目で実際に見たという。


『部隊長の一人、超越者だと言うバロッゾ男爵が、敵将を討った時に負傷してな。両足を失うほどの重傷を負い、帝都に戻ってきた。そしたら “こりゃ治らん。一旦落ちる” と同じ超越者の部隊長に告げ、自刃したのだ。私には全く意味が分からなかったが……翌日、死んだはずのバロッゾ男爵が、失ったはずの両足までも万全な状態で生きていたのだ。』



生き返り。

そして、四肢欠損すら治す治癒力。



まるで、御伽噺の神に愛された存在。

もしくは、悪魔そのもの。



そんな存在までもが戦争に駆り出され、終わりの見えない争いを繰り広げているのか、と恐怖と虚無感を覚えながら、アロンは瞼を閉じるのであった。





「―――なんだ?」


微睡みの中。

何かの音が聞こえ、うっすらと目を開けるアロン。

体感的に時刻は、深夜2時頃か。


だが、感じる違和感。

ガシャン、バリン、と割れるような、破壊音が耳に入る。


「っ!?」


目を見開き、ベッドから飛び起きる。

同時に映る、硝子窓に掛けられた布の向こう側。


紅く、不自然に揺らめく明かり。

それは、間違いなく炎の揺らぎであった。


「盗賊かっ!!」


アロンは窓明かりを頼りに、皮鎧を身に着けて鉄剣を腰の剣帯へ繋ぐ。

自宅は、平屋。

ドアを開けて飛び出ると、同じように武器を身に着ける父が居た。


「アロン!」

「父さん!」


頷き合い、外へ出る。


村には賊などの襲撃に備えて門番や、森の夜警など交代で行っている。

それを掻い潜って襲撃してきたのか。


しかし、妙だ。

隣町から徒歩で半日程度の距離にある田舎村、しかも物珍しい特産や鉱石が採掘できる鉱山があるわけでもなく、このラープス村を襲おうなどという酔狂な盗賊など皆無であった。


そもそも本来、盗賊は人里離れた険しい道や山道の影に隠れ、冒険者や商人を襲うことを生業としている。

“村” と言えど、徒党を組む盗賊よりも住民の数の方が圧倒的に多く、それぞれ適正職を持つ者であるから、それこそ襲撃するなど千人規模の大所帯でなければ敵うはずがない。


そして、それほどの人数を集められるなら盗賊業を行うよりも傭兵団を組んで、帝国に貢献した方がよほど食い扶持に困らない。“お尋ね者” として追われる心配も無くなり、良いことずくめだ。


だが。この常識を覆す、襲撃。

外へ出ると同時にアロンは剣を構え、周囲を見渡す。


すると。


『ギンッ!』


何かが、アロンの剣を弾いた。

弾いた衝撃で、思わず尻餅をついてしまうアロン。


余りの咄嗟のことで判断が付かぬ状況。

考えが定まらないまま、同じように隣へ腰を下ろす父に気が付く。


だが、座り方が異常。

ドアに沿って、ズルズルと滑るように腰掛けたのだ。


「父、さん……?」


アロンは、目を見開いた。

つい、今しがた共に外へ繰り出した歴戦の戦士たる父が、喉元に、ヌラリと鈍く光るナイフが刺さり、事切れていた姿だった。


余りに突然のこと。

アロンは全身を震わせ、声にならない声を上げた。


「きゃああああっ!」

「いやあああああっ!!」


その時、耳をつんざく叫び声。

聞き覚えのある、その声は……。


「ファナ! ララ!」


愛する婚約者と、妹だ。


ラープス村の住宅街は碁盤目状に連なり、主に平屋建て。ファナの自宅は、アロンの自宅から正面通路の、すぐ脇。

距離にして僅か50m。


住宅街のあちらこちらから火の手が上がり、平和そのものであったラープス村の姿とは、まるで正反対。

地獄のような光景と、一瞬で殺された父。

だが、愛する者の叫びを聞き、アロンは無我夢中でファナの自宅方面へと駆け出した。


わずか、十数秒。


アロンはファナの自宅がある通路に出た、その時。

目に入ったのは、男に馬乗りにされるファナであった。


「ああああああああっ!!!」


アロンの中で、何かが切れた。

鉄剣を握る手に爪が食い込み、血が滲む。


愛する者を覆う族を、斬り殺さんと駆け出した。

瞬間。



『ドシュッ』



背中に、焼きごてを当てられたかのような熱。

刹那、全身に滾らせた力が浮遊感と共に抜け落ち、足から崩れ落ちた。


「いやああっ! いやああっ!!」


どこか、遠くで響くようなファナの声。

身体が倒れた、というより地面が身体を押し込んできたように錯覚するほど、平衡感覚がおかしい。

背中の焼けるような熱と裏腹に、腹部や胸部は温かなお湯に浸かっている感覚、そして、全身を駆け巡る倦怠感と、寒気。


辛うじて首だけが、動いた。

『ジャリッ』という砂の音と共に、白いブーツが見えた。


剣を収める、長い金髪の剣士。

その背の、既視感。


昼間、村に訪れた冒険者。


剣士レントールであった。



レントールが向かう先。


美しい顔に、大きな痣。

両目から涙を流す、ファナ。


歯を食いしばってアロンの元へ駆け出そうとしているが、男2人掛かりに組み伏せられて、うつ伏せのままだ。


「ふん、村娘にしては上玉だな。」


昼間とはまるで別人。

冷たく言い放つ、レントールであった。


「へ、へぇ、ボス! こいつと、後ろの連中が捕まえた女が、今のところ上玉ですぜ!」


ファナを組み伏せる、部下らしき男が答える。

すると、「いやああ!」 と叫び声をあげるララが、引き摺られるように連れてこられた。


虚ろな目で、アロンが見たララ。

殴られた痕だけでなく、服はボロボロに引き裂かれていた。


「よぉ、レントール。この村の村長を殺ったぜ。」


引き摺られるララの背後から、下卑た目でララを眺めてからレントールへと視線を飛ばす男、神々しい装いとは真逆の中身、僧侶ソリトであった。


「こちらも面倒な相手は殲滅したぜ。あとはお前が “宣言” すれば、この村はオレ達の拠点になる。」


いつの間に現れたか、闇夜に紛れるに適した黒装束の男、武闘士ブルザキがレントールの隣に立っていた。

ブルザキの目線は、ファナだ。


「おお、良い女じゃねぇか!」


ズカズカとうつ伏せに組み伏せられるファナの元へ歩く。

強引に髪を掴み、顔を上げる。


「……おい、この女、殴ったの、誰?」


怒気を孕んだ声。

組み伏せていた男2人が、思わずファナを抑える力を緩める。


「あああああっ!!」


その瞬間、引っ張られる髪が千切れるなどお構いなしに、倒れるアロンの許へ駆け出そうとするファナであった。が。


「なるほど、こういう女かぁ。」


あっさりと、静かに。

ブルザキによって組み倒されるファナであった。

ぐいっ、と再度ファナの髪を掴み、顔を上げる。


「そうか~、この男が、大事な奴か。そりゃあ、可哀想なことしちゃったな。メンゴメンゴ!」


嗜虐的な笑みに、聞き覚えの無い軽薄な言葉。

どこかの方言なのか?

分かるのは、アロンやファナを心から見下した言葉だということだ。


アロンは、理解した。


この男3人組は、最初から村を襲撃するつもりだったのだと。

何故、村長の屋敷へ向かったのか分からないが、元よりこのつもりであったのだと、理解した。


虚ろな目。

ぼやける意識の向こう側。


ブルザキが、ファナの服を強引にむしり取る姿であった。


「いやあっ! いやあぁぁぁっ!!」


泣き叫ぶファナ。

愛する人が、下衆を体現したような男に貞操を破かれる様子に、アロンは拳を作り、震えながら上体を起こした。


「ファ……ナァ!」


ゴブッ、と鈍い音と共に吐き出される、血の塊。

それでも構わず、鉄剣を握る手に力を籠めて立ち上がる。


モブ(・・)が。」


『ドスッ』


氷のような目線。

虫けらを潰すように。


レントールが、剣をアロンに突き立てた。


「が、ぁっ。」


くごもった、吐き出される声。

糸の切れた人形のように、地面へと倒れこむ。


「いやあああああっ!! アロン、アロンッ!!」


絶叫するファナ。

愛する未来の夫が、無慈悲に、理不尽に突き刺された。

例え髪を失おうと、首が取れようとも、アロンの許へ駆け出そうとするファナであったが、ブルザキの腕力に成す術なく抑え込まれる。


交わされる、視線と視線。

絶望と、悲しみ。


ところが。

意外や主犯格である冒険者3人組は驚愕に目を見開いた。


その目線の先は、瀕死のアロン。


「アロン、だと?」


怪訝そうなレントールの言葉。

即座に、ソリトが首を横に振る。


「ありえないね。こんな弱っちい奴が、【暴虐】なわけがない。同じ名前だよ。よくあるじゃん、この世界(・・・・)に来てからさ。NPC(モブ)にも名前があるし。」


それもそうか、と頷くレントール。


「まぁ、所詮はゲームの世界(・・・・・・)だからな。向こう(・・・)と違って、描写がリアルなのは異世界あるある(・・・・・・・)だ。」


レントールの言葉に首肯して、ソリトは泣き叫ぶララへと向かう。

その間、カチャカチャ、と下半身の履物のベルトを外していた。




(暴虐……? モブ……? ゲーム……?)



まさに、事切れる寸前。

アロンは、男たちの言葉を反芻した。



“暴虐、それはお前達のことだろうが”



薄くなる、意識。

聞こえるのは男たちの声と、泣き叫ぶファナと、ララの声。


全身の服を剥かれ、凌辱され泣き叫ぶ、ファナとララ。

アロン、兄さん、嫌だ、助けて、と絶叫する。


それを嬉々として犯す、ブルザキとソリト。

子分の男ともも、次は自分たちに、と喚くように懇願する。



“赦せない”



生まれて初めて、アロンの心が黒く塗りつぶされた。


つい、先ほどまで、平和で幸福な村であった。

元気な母に、寡黙な父。

皮肉屋だけど兄想いの、可愛らしい妹。


大好きな、村の人たち。


そして。

最愛の人、ファナ。


理不尽に、悪辣に。

その全てを一瞬で奪われた、アロン。



流れる血と共に、失う命と共に。

溢れ出る、怒りと、憎しみ。



――殺したい。


――殺す。


――殺してやる。



それには、力が足りない。

――力が、足りなかった。


理不尽を、この眼前の光景を、塗り替える力が。



“赦せない”



何よりも、無力な自分が、赦せない。



意識は途切れ、視界は黒く、何もかも聞こえなくなった。



“これが、死”



アロンは、絶望と怒り、そして憎悪に心が塗り潰される中。


その生涯を、閉じた。



――――



『えっ?』



その瞬間、アロンは思わず声を漏らした。


何故なら、つい今しがた地面に横たわり絶望に暮れていたところだったのが、黒とも、白とも、何とも言えぬ空間に漂うように、居たのだから。


まず、自分の身体を眺める。

手も、足も、ある。

焼けるような背中の熱も、無い。

仄かに、白く、ぼんやりとしているようにも見える。


次いで、辺りを見回す。

景色の認識が出来ない。


黒とも白とも、無色とも、極彩色とも。

そして狭いようで、広い。

妙なのは、大小の球体のような物体が浮遊していることか。


一言で言えば、人知を超える空間。



『ボクは……死んだのか?』



あり得るとすると、この世界は “あの世” だ。

ただ、神学の授業で教わった、天国や地獄とも違う。

どちらかと言えば、地獄に近いのか……。


そう考えを巡らせていた時。


「正解~~。君は、死んでしまいましたー♪」


やけに明るい、陽気な男の声。

人が死んだことを嬉々とする物言いに、アロンは眉を顰める。


声のした方へと振り向く。

そこには、白い髪に、白い瞳。

白い肌に、白い礼服と、全てが白の男が立っていた。

陽気で、軽薄そうな、笑みを浮かべた、男が。


『あ、貴方は……?』


“こんな人間がいるわけがない”

思わず、尋ねるアロン。


白い男は、アロンの疑問に答える気があるのか無いのか、にやにやと笑いながら両腕を広げた。


「僕は、分かりやすく言えば “神の代行者” かな?」


“神の代行者”

アロンが習った神学には、“神の代行者” という存在はない。

もし居るなら、それは……。


『貴方は、御使い様?』


神のお告げを、人類に啓示する存在。

神と人を結ぶ、選ばれし者。


それが、御使いだ。


あー、あー、と何かを納得したかのように頷く白い男。


「そそ! それそれ。御使い様とは、僕のことだよ。」


とても、神の御使いとは思えない軽薄な言葉。


しかし、この風貌。

この空間といい、人知を超えているのは確か。


アロンは、跪き頭を垂れる。


『失礼しました、御使い様!』


“自分は、死んだ”


それを目の前の人知を超える “御使い” に肯定された今、暴れる気も、否定する気も、泣き叫ぶ気も起きなかった。


あるのは、村を、婚約者を、家族を蹂躙した奴等への、黒い感情。

死した今でさえ、全身から湧き出るこの憎悪を、止めることが出来なかった。


例え、それを目の前の “御使い様” に咎められようとも。

例え、地獄に落とされようとも。


“奴等を呪い殺せるのなら、構わない”


それがアロンの正直な感情であった。


『っ!!』


すると、アロンの身から、黒々とした靄のようなものが立ち込めた。

慌てふためくアロンの姿を、目を細めて笑みを深める白い男。



「いいね。僕が見込んだ通り “やり遂げられそう” だね。」



白い男は、跪くアロンの顎を手で触れ、真っ直ぐ見つめる。


「順を追って話そう。君にとって、願いを叶えるチャンスであり、僕にとって君は、大事なビジネスパートナーであるからね。」



“願いを叶えるチャンス”


その言葉で、アロンの脳裏に溢れ出る、光景。


端的に表すと、二語であった。



“守る”


“殺す”



白い男は、満足そうに頷く。



「君は……僕が見込んだ通りの男だね。」

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[気になる点] なんでまだ転生していないアロンの事を冒険者が知っているのですか?
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