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3-6 マガロからの条件

「約束通り、来てくれたね。」


“邪龍の森” こと【ルシフェルの大迷宮】の中間地点。

ディメンション・ムーブで移動したアロンの目の前には、すでに豪奢なテーブルにお菓子とお茶の用意をして優雅に腰を掛ける、この森の番人、邪龍マガロ・デステーア、人の姿であった。


もさっとした黒髪を上品に左右に束ね、黒と紫を基調としたドレスを見に纏う。

袖から見える異様なほど細い腕さえ気にしなければ、貴族界の殿方の心を鷲掴みにするような、美しく線の細い御令嬢のようだ。


あれから二日が経った。

マガロと交わした約束通り、アロンはこの場所に再び姿を現したのだ。

ただし、装備は二日前と同じ。

聖剣セイブオブクロスと天盾イーザーを握り、黒銀のフルプレートアーマーの見た目の下に隠される、神話級防具に身を包んでいる。


アロンは仮面だけ取り外し、マガロと対面する。

マガロの後ろには、相変わらず寝そべっている巨大なインパラトールヴォルフ。

さらに、そのインパラトールヴォルフに寄り添うように寝そべる、少し身体の小さなカイザーウルフが一匹いた。


寝そべっているとは言え、危険なモンスター。

アロンはジロリと二匹の巨大な狼を睨みながら警戒する。


「さぁ、掛けて。今日は貴方のこと、答え合わせをしたいの。」


対面の椅子に腰かけるよう勧めるマガロ。

アロンは、


「失礼します。」


と一言断って座った。

その様子に、口元だけ緩めるマガロ。


「そう警戒しなくてもいいわ。後ろに居るのは私の護衛。私と旦那様の住処を守る番人たちの長と、私の話し相手である、橋渡しの娘よ。」


カイザーウルフを率いるインパラトールヴォルフ。

そして、


「橋渡しの娘?」


通常よりは少し小さい、それでも遥かに巨体なカイザーウルフを指してアロンは尋ねた。


「ええ。私と番人たちを結ぶ、語り部よ。長よりもずっと長生きなの。」


『ふん。姫が逢瀬の相手を見つけたと耳にし共に来てみれば……。何てことない、ただの人間の小僧じゃないか。』


しゃがれた甲高い声で、呆れるように呟くカイザーウルフ。


『婆よ、良いでは無いか。我らでは主の茶の相手など出来ぬ。これも主の戯れよ。』


欠伸をしながら、インパラトールヴォルフが婆と呼ばれたカイザーウルフを窘めた。

ふん、と興味なさ気に婆は寝そべり、目を閉じた。


(ファントム・イシュバーンではただのカイザーウルフの群れであったが……やはり、現実世界のイシュバーンは違う。)


“ゲームとは違う”

ただ、イシュバーンを模しただけのゲームの世界では再現が出来なかったのだろう、邪龍の人の姿に、性格。さらに番人たるカイザーウルフ達の役割など。


それは、ラープス村が恵みを得る “邪龍の森” の歴史そのものであった。

ただのモンスター扱いされていたゲームの世界とは、違うのだ。



「さて、お茶とお菓子を楽しみながらおしゃべりしましょう。」


マガロは次元倉庫から、熱々のポットを取り出して二つの茶器にお茶を注ぐ。

前回とは違う、爽やかな果物の匂いが充満する。


「前のとは違いますね。」


「ええ。良い茶葉が入ったから、淹れてみたの。」


その言葉に、目を丸くするアロン。


「良い茶葉が、入った? 貴女は確か……。」

「ご明察。私は森の外には出られない。だから、お買い物に行ってもらったの。」


チラリと、寝そべるカイザーウルフを見た。


「え??」


全く意味の分からないアロン。

そんなアロンの目を眺め、悪戯が成功したように口元を歪めてマガロは答える。


「人に化ける力を彼女に与えているわ。何度も続けて使えはしないけど、たまのお使いには行ける程度よ? 橋渡しの娘には数十年に一回、人の里へ紛れ、良い茶葉や菓子を仕入れてもらっているのよ。今日、貴方が来てくれると信じて、昨日久々にお使いに行ってもらったの。」


驚愕の事実であった。

理由はとにかく、危険なカイザーウルフが人里へ出入りしているというのだ。


「そ、そんな事が可能なのか!?」


“人の村や町にモンスターが簡単に出入り出来てしまう”

もしそこで本性を露わにしたら……村や町など、一瞬で壊滅してしまう。


「貴方が心配していることは、起こらない。」


アロンの前にお茶を差し出しながら、その懸念を否定した。


「彼女に与えている人に化ける力は、狼の皇帝の力を奪うものなの。脆弱な人の身になるからこそ、人に紛れることが出来る。その姿で殺生など、出来るはずがない。」


マガロの言葉に、婆が続く。


『妾とて、姫のご要望が無ければ脆弱な人の身などに堕ちるなどの屈辱、受け入れるはずが無かろう。だが、適任が妾しかおらぬ。雑把な男共など、姫の好みに合う茶葉など選びようが無かろうて。』


寝そべりながら、うんざりと答えた。

しかし、アロンの疑問はまだ続く。


「それでもカイザーウルフが村や町に……。信じられない。それに、お金はどうしているんですか!?」


買い物ということは、金が必要だ。

人間の経済や流通感覚が、モンスターにあるのか。


「お金なんて、腐るほどあるわ。」


マガロが次元倉庫から、一つの袋を取り出した。

開くと、その中身は……。


「金貨が……それに、白金貨!?」


ジャラジャラと、大量の金貨や大金貨がぎっしり。

さらに、この世界で最も価値の高い貨幣である白金貨も数枚見える。


「これは私がまだ自由に動ける時に得た人間の通貨よ。数千年経っても同じように使えるから、ありがたいわ。」



イシュバーンの通貨単位は(ローガ)である。

それを、鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、そして白金貨が貨幣として流通しているのだ。


鉄貨が1R。大鉄貨が10R。

銅貨が100R。大銅貨が1,000R。

銀貨が10,000R。大銀貨が100,000R


そして金貨が1,000,000R。

大金貨になると、10,000,000Rだ。


最高貨幣の白金貨は、1億Rとなる。


ファントム・イシュバーンでは、こうした貨幣は無く、単純にRが数字で表されていた。

最終的にアロンは、数千億Rという大富豪であったが、特段使い道が無く、イシュバーンの転生前に “何か役立つかも” とその大金の殆どを貴金属や宝石に換えてイシュバーンの世界に持ち込んだのだ。


――実は、それを売り払えばアロンは世界で有数の大富豪となる。

だが、それを実行するつもりは毛頭に無い。


目的は、あくまでも最愛の婚約者ファナを守ること。

大切な家族や仲間、村の皆も守ることだ。


その上で、超越者の “選別” と “殲滅” を行う。


持ち込んだ貴金属や宝石の類は、そのための資金。

大富豪となってのうのうと生きる人生など、アロンの選択肢には無い。



「通貨は、数千年変わっていない、か。」


ポツリと呟くアロン。

何故か、引っ掛かったからだ。


それは、一昨日。

マガロとの邂逅を終えた後に合流した、教員アケラの言葉があったからだ。



『何で、可愛い教え子たちを、あの悲惨な戦場へ送る必要があるのかなって。』



遥か太古より続く、終わらない三大国の戦争。

一進一退を繰り返す戦争は、多くの人の血が流れる。


終わらず、変わらず。

それでも人々は、争う。


それが、当然のように。

常識のように。


“変わらない”


前世と今世を合わせて36年生きたアロン。

初めて、このイシュバーンの “歪な常識” を疑い出した。



「そう、変わらない。今までも、これからも。」



アロンの疑問を察したのか、マガロが呟いた。


「さぁ、冷めないうちにお茶をどうぞ?」


そのまま、お茶を勧める。

アロンは、爽やかな香りが広がるお茶を一口飲んだ。


一昨日飲んだ華やかな香りと甘い匂いとは打って変わって、檸檬の味わいと透き通った香り、すっきりとした味わいが広がった。


「凄く、美味しいです。」


先日のお茶も信じられないほど旨かった。

だがアロンの好みは、こちらだ。


「よかった。今日は甘いお菓子が多いからこういうお茶の方が合うと思ったの。」


その言葉で、アロンはマガロに告げる。


「マガロ。ただ御馳走になるのは忍びなかったので手土産をお持ちしたのですが、出しても良いですか?」


ピクリ、とお茶を飲む手を止めた。


「ええ。何かしら?」


真っ直ぐ見つめるマガロに頷き、アロンは次元倉庫へ手を入れた。

少し警戒するインパラトールヴォルフとカイザーウルフ。


取り出したのは、大皿に乗ったアップルパイであった。


「これは、ボクの婚約者がいつも作ってくれるアップルパイです。一緒に召しあがって貰えると嬉しいのですが。」


それはファナ特性、アップルパイ。

甘酸っぱく煮詰めた林檎をふんだんに使い、拘り抜いたカスタードクリームと一緒にパイ生地で包んで香ばしく、絶妙に焼き上げた逸品。

アロンの大好物で、前世でも今世でも、好んで食べる。


特に今世。

あの日の夜の絶望から、二度と食べられないと思った。

だが、再び味わえる事を喜び、噛みしめながら毎回ありがたく頂戴しているのであった。



「へぇ、アロン殿は若いのにもう婚約者がいるのね。……若いと言っても、向こうの世界で生きた時間を考えればそうとも言えないわね。」


マガロは切り分けられたアップルパイを一切れ皿に乗せ、上品に齧る。


すると。


「……マガロ?」


目を見開き、アップルパイを持つ手が震えている。

そして、



「何これ!? 凄く美味しいっ!」



感情乏しいマガロが顔を高揚させ、満面の笑みで叫んだ。

もう一口齧り、ん~~っ!、と身体を震わせて喜ぶ。

その姿は影のある邪龍でなく、一人の可愛らしい女性だった。


「気に入っていただけました?」


アロンも笑みを浮かべ、ファナのアップルパイを一切れ食べる。

いつもの味。

いや、いつもの味だからこそ、嬉しさと愛しさと、喜びが心を埋め尽くす。

飽きの来ない、ファナの特性アップルパイだ。


「貴方の婚約者さん、やるわね。」


すでに一切れ食べ終え、もう一切れを口にするマガロ。

どうやら、お気に召したようだ。


コクリと、一口お茶も飲んで、感嘆の溜息を吐き出した。



「はぁ、最高……。こんな素敵なお茶会、何千年ぶりかしら?」



すっかり満足したマガロ。

冷たく、感情があまり感じられなかった先ほどとはまるで別人のようだ。


「残りは差し上げますので、お楽しみください。」


半分ほど残ったアップルパイ。

本当はアロンが全部食べたいのだが、マガロが別人のように喜びを露わにしたので、ある意味ご機嫌取りと思い譲る事にした。


最も手土産である。

さらにファナには “皆とも食べる” と告げてある。

……嘘は言っていない。


「ありがとう。大切にいただくわ。」


そう言いつつ、もう一切れを手に取って食べるマガロ。

相当気に入った様子だ。


マガロは目元を細めて、笑顔で紡ぐ。


「このアップルパイ。貴方に情報を与える事とレベルを上げる手伝いをする事と、釣り合わないわね。まだ、何か無いかしら?」


まさか、ファナ特性アップルパイでそこまで懐柔できるとは。

呆れるアロン。


だが、これはチャンスであった。


「無理を承知でお尋ねしますが……。」


「私に出来ることなら。」



“あわよくば” という思いで、アロンは告げる。



「ボクや、そのパイを焼いた婚約者は、この森の恵みを享受するラープス村で生まれ育ちました。ボク等は人間ですが、そういう意味では貴女の庇護下にあると思います。」


静かに聞き入る、マガロ。

ゴクリ、と喉を鳴らしてアロンは続ける。



「例えば、ボクが村を離れる時。貴女に村をお守りいただく事は出来ませんか?」



ファントム・イシュバーンでも出会った、邪龍マガロ・デステーア。


巨大かつ禍々しい龍であったが、戦闘前の会話。

“何故、神と人に懺悔と後悔の言葉を紡いでいるのか”


憂いと嘆き、そしてどうしようもない絶望を抱えている。

多くは語られなかったが、会話の節々から感じたのがそれだ。


――もしも、ファントム・イシュバーン同様、目の前の邪龍も同じなら。

しかも、ファントム・イシュバーンとは違い、人の姿で、わざわざ森の中間地点まで出向いてまでアロンに接触を図ってきた。


そして二度に亘る茶会。

未だ警戒をしているアロンだが、どうしても、目の前のマガロが “悪” とは思えない。


確かにモンスターではある。

だが、知性溢れ、こうして人間のようにお茶とお菓子を好み、尚且つ人間であるアロンに合わせて装いまで変えて向き合ってくれているのだ。



「その願いを聞き入れる前に、一つ質問と、それに伴う確認が幾つかある。あと条件が二つあるわ。」



アップルパイを食べる前のように、冷たい瞳に戻るマガロ。

その表情に、アロンの額と背から冷や汗が伝う。


「なんで、しょうか。」


「村を離れると言ったわね。それは、“白い男” から告げられた何かが関係しているかしら?」


――図星であった。

白い男、イシュバーンの御使いから告げられた、“選別” と “殲滅”

果たして、目の前の邪龍は、それを由とするか、否か。


「……そうです。」


アロンは、肯定した。

もしマガロが、御使いと敵対しているなら。

全て、御破算になるかもしれない。


それでも、アロンは震えそうになる身体に喝を入れ、真っ直ぐマガロを見据えた。


「……ここから確認ね。“はい” か “いいえ” で答えて。」


マガロはテーブルの上に肘を乗せ、手を組んでアロンを見つめた。



「貴方を向こうの世界に飛ばしたのは、白い男?」


「……はい。」


――アロンが前世、絶命した瞬間に出会った、御使いがファントム・イシュバーンの世界へと誘ったから、答えは “はい” だ。



「貴方は “力を得る方法” を知ったうえで、向こうの世界に渡ったの?」


「はい。」


――転移する前、御使いからファントム・イシュバーンの事を、ある程度聞かされて、別世界へと渡ったから、この答えも “はい” だ。



「貴方は “向こうの持ち物” を持って帰って来られる方法があると、白い男、もしくは白い女から聞かされていたの?」


「いいえ。」


――これは “いいえ” だ。

その方法は、アロンが独自に見出した、書物スキル【装備換装】を利用した抜け道であった。成否については、今、アロンが装備する武具の数々が、その答えだ。


ふぅ、と少し安堵した様子で溜息を吐き出すマガロ。


「貴方は、村を守るために戻ったと言った。それ以外の目的は……超越者たちかしら?」


「……はい。」


“選別” と “殲滅”

御使いから与えられた、天命。


超越者(害虫)どもを、駆逐する”

婚約者(ファナ)を、(ララ)を、村を蹂躙した剣士レントール率いる、奴等へ復讐するだけではない。

我が物顔で蔓延る害虫どもを、根絶やしにするのだ。



マガロは、アロンから溢れる憎悪を感じ取った。



「なるほど。」


一つ呟き、口元を緩めて最後の確認をする。



「これが最後ね。貴方は、奴等を殺す方法を知っている、もしくは、殺す方法をすでに身に着けている。」



目と口を見開き、震えるアロン。

それが、答えだった。


「本当に、貴方はポーカーフェイスが苦手ね。」


クスクスと笑うマガロであった。

その様子に顔を顰め、目を伏せるアロン。



「良く分かった。どうやら貴方は……。」



マガロから発せられる、悍ましい気配。

アロンの全身が、震える。


邪龍の、本性。

小さな人の身体にも関わらず、隠しもせず漏れだした。


“ダメだったか!?”


邪龍の逆鱗に触れたのか。

それとも、超越者の “殲滅” と “選別” を由としないのか。


はたまた、超越者を殺す術を持つアロンが、邪魔なのか。




「素晴らしい。」



マガロの気配が落ち着き、満面の笑みでそう答えた。

思わずキョトンとしてしまうアロンであった。


「いいわ。貴方の願いを聞き入れましょう。」


「ほ、本当ですか!?」


思わず身を乗り出すアロン。

その目の前に、右手人差し指と薬指を突き出した。


「二つ、条件があります。」


最初に言われたことだ。

頷く、アロン。


「一つ。アロン殿が住むラープス村とやらは、私の庇護下でも無ければ、この森の一部でも無い。」


意外な言葉。

ラープス村は、遥か昔から “邪龍の森” の恵みを享受して営みを続けている。

それにも関わらず、“森の一部でも無い” とは?


「それ、では?」


“守ってもらえないのか?”

不安になるアロンだったが。


「落ち着きなさい。前提が違う(・・・・・)という意味よ。私はこの森の中でしか動けない。つまり、一歩も森から出られないのよ。忌々しいことに。」


目を細めるマガロ。

何かを、恨むように告げたのだ。


「つまり、貴方の村も “森の一部” なら大丈夫という事よ。」


「そ、それには?」


マガロは、上を指さした。


「森にしてしまえば良いの。森の手前の()が薄い樹木でなく、この辺りに自生する濃い気を持つ樹木を切り取り、それで村を囲みなさい。もちろん、森から続くように、繋いで、ぐるりと囲むのよ?」


それで、ラープス村は森の一部となる。

頷くが、アロンは懸念を告げる。


「それだと……人の住処に、モンスターも紛れませんか?」


「力の強い者は、私が言い聞かせる。ただ、脆弱で知能の低い子は紛れてしまうかもね。そればかりは、自然の摂理よ。私にもどうすることも出来ないので、貴方たちで何とかしなさい。」


“それなら、何とかなるかもしれない”


今も、森の中で修行を続けるファナ達のように。

村の若者中心に “修行” を繰り返して総合的な強さを底上げすれば、ある程度――、ブルーウルフの集団くらい倒せるようになるかもしれない。


「分かりました。それでは、この辺りの木々をいくつか切り倒させていただきます。」


頭を下げるアロン。

そこに、異を唱える者が。


『姫よ。何故、その小僧や人間の里にそこまで慈悲を与えるのですか? この辺りの木は、我らの祖先代々守り抜いてきた霊木なり。それを、そんな……。』


カイザーウルフの婆が嫌悪感丸出しで告げた。

しかし。


「この者には、それだけの価値があるのです。」


マガロはそれだけ伝え、再度アロンを見た。

諦めたように、再度顔を伏せて寝そべる婆であった。


「そして、もう一つの条件。」


人差し指を立てて、真剣な表情でアロンに告げる。


「それは……。」



「アップルパイを作った、貴方の婚約者もここに連れてきなさい。お礼が言いたいわ。もちろん、その時もアップルパイを追加でいただけるとなお嬉しい。」


あんぐり、と口を開いてしまうアロンであった。


「い、いや、それは!?」


「お願い。悪いようにはしないわ?」


悩むアロン。

アロンは、苦境な装備を身に纏い、さらに超越者特典ともいうべき死に戻り、デスワープがあるため突然マガロや後ろの巨大な狼に襲われても、最悪は復活できる。


しかし、ファナは違う。

純粋なイシュバーンの人間であり、アロンにとって大切な婚約者だ。


それに連れてくるとなると……。

アロンのディメンション・ムーブなら一瞬だが、ラープス村から徒歩だと、早くても3週間は掛かる。それほど奥深い森の中なのだ。


そうなると、アロンのディメンション・ムーブしかない。

だが、“自分以外の誰かと一緒に動く” という事は試したことが無い。

物の持ち運びは成功しているが、人相手は大丈夫なのか、確証が無い。


「試せばいいわ?」


アロンの懸念を感じ取ったのか、マガロはアロンの肩に触れた。


「貴方の瞬間移動の能力、試してみて。私が一緒に動ければ成功。ダメなら、諦めるわ。」

「わ、わかりました。」


アロンは、寝そべるインパラトールヴォルフの後方を視界に映し、ディメンション・ムーブを使用した。




「ほら、成功ね。」


移動した先。

変わらず、肩に触れるマガロが居た。


「……貴女が、ボクと一緒に合わせて動いたとか?」


「疑り深い子ね。そんな訳無いわ。私の移動方法とは、そもそもモノが違い過ぎる。」


呆れて溜息を吐き出すマガロ。

しばし、頭を抱えて悩むアロンであったが……。



「……分かりました。」



諦めて、了承した。

何より、村を守ってくれると言い切ったマガロだ。

ここにファナを連れてきて、害となるような行動は多分取らないだろうと考えた。


しかし。


「貴女や後ろの長殿や婆殿から発する気配。普通の人間である婚約者が耐えられるはずがない。」


それが最大の懸念事項。


常に圧を放つ凶悪なモンスターだ。

ファナが耐えられるはずが無い。

下手をすると、ファナの精神が壊れてしまう。


首を横に振る、マガロ。


「次は、私一人で会うわ。邪龍の力は完全に止める。」


そんな事が可能なのか? と思うアロンであったが、


『あ、主よ! 何たることを!』

『なりません!』


長と婆が必死で止める。

つまり、可能ということだ。

加えて、一人で来る、というのも本気であるということだ。


「心配してくれるのは嬉しいわ。でも、大丈夫よ。」


相手は、この森で最強の番人だ。


ラスボス級のモンスター。

【大迷宮】に存在する、七匹の龍と、七人の魔王(・・)

この14柱のモンスターこそ、“大罪と美徳を司る存在” だ。


しかもマガロは、龍の中で最強。

魔王含め14柱の中でも、五指に入る強さなのだ。



“今の自分(アロン)では絶対に勝てない”



そんな相手に、護衛など不要だ。



「分かりました。お連れします。」


改めてアロンは了承した。

幾つか懸念事項があるが……。


――もしものために持ち込んだ、武具がある。

それは、ファナやララに、渡そうと思っていた切り札だ。


デスワープという不死システムは無いが、アロンが身をもって守れば、ファナ一人を逃がすことは可能だろう。


尤も。

あのアップルパイをお気に召したマガロが、製作者であるファナに対して何か仕出かすなど考えにくい。


念のため、釘を刺す。


「まぁ、何かあれば二度とあのアップルパイは食べられませんからね。」


「そ、そ、そうよ!!」


異常なほど、怯えるマガロ。

――どうやら、本当にファナのアップルパイに惚れこんだみたいだ。



「そうと決まれば、早速連れてきて?」


口元を緩めてアロンに尋ねる。

しかし。


「さすがにすぐという訳にはいきません。彼女にも都合があります。出来れば、4、5日は欲しいですね。」


きちんと、全てを伝える必要がある。

加えて、目の前の邪龍はアップルパイが御所望だ。

それなりに時間が欲しい。


「わかったわ。5日後、この場所でどうかしら?」


「……はい。」





こうして二度目のお茶会は、何と、ファナのアップルパイを心底気に入った邪龍マガロ・デステーアに、当のファナを合わせることで話が終わった。


加えて、森深くに生える木々を切り倒し、村を囲むことでマガロの守護の約束が得られた。


未だ口約束で、相手は凶悪なモンスター。

どこまで信頼でき、どこまで守られるかは不明だが……。


今後のことを考えると、アロンはそれに縋るしかなかった。



一旦、戻るアロン。

そして、思い出した。



「……レベルアップの事、忘れていた。」



それが本題であったはず。

ところが、蓋を開けたらアロンの情報だけを、マガロに掴まれて終わったのだ。



がっくりと肩を落とし修行するファナ達の許へと向かう、アロンであった。

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