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3-5 些細な切っ掛け

「おかえり、アロン!」


森の奥から姿を見せたアロンに、満面の笑みで迎えるファナ。

同じく、笑みを浮かべるアロン。


「ただいま、ファナ。」


二人で交わした約束。

アロンがレベルアップのために単独で森の奥へ進む代わり、必ず “いってらっしゃい” と “おかえり” の挨拶をすること。


そんな仲睦まじい二人を羨ましくも温かい目で見る、リーズルとガレット、そしてオズロンだ。


「はぁっ。いいわねぇ。」


ただ一人。

数年前、婚約のために帝国兵の百人隊長の座を辞してラープス村へ帰ってきた教員アケラだけは微妙な表情だ。

相手が別の女に入れ込んでいたため、激しいアレコレの末に別れ、今もお独り様状態だ。

同性でも溜息が漏れるほどの美貌とスタイルの良さ、さらに子ども達の面倒見も良いと評判の高い教員であるアケラだが、未だ良い縁談が無い。


片や自分の半分程の年齢の教え子たち。

学校入学当初から仲睦まじかったアロンとファナの二人だが、最近、正式に婚約を結んだという事実が、余計にアケラの心をささくれ立たせるのであった。


「皆はどう、修行の方は。」


ファナとの挨拶を終え、アロンはアケラ達に尋ねる。

ハッ、と我に返り、アケラが口を開こうとした時。


「どうよ、アロン師匠! これを見てくれ!」


ガレットが指し示した場所。

そこには、木に縛られ血抜きをされている猪のモンスター、ブルタボンであった。


「おお! 結構な大物だね。皆で倒したんだ!」


「そうよ! あっちから突進してきたんだけど、オレが体当たりして抑えたところ、リーズルとオズロン、それにファナでボコボコにしたんだよ!」


手を腰に当てて威張るガレット。


「ちょ、ちょっとガレット君!?」


ファナが真っ赤になって諫める。

大好きなアロンの前で『ファナも一緒になってボコボコにした』などと野蛮な事は言わないで欲しかった。


あはは、と笑いながらファナの肩を叩き、そして真剣な表情でガレットを見る。


「……正面から、抑えたの?」


「おうよ!」


頭を抱えるアロン。

ブルタボンは溜めてからの突進という、単一攻撃しかしてこない。

パターンが決まっているので、冷静に見極めればわざわざその攻撃を受ける必要が無いのだ。


そして、ガレットの適正職業は “重盾士”

敵の攻撃から味方を守る、最前線の盾役であるのは間違いない。

だが、その職業で最も大切なのは “敵の攻撃を往なすこと” だ。


つまり、躱したり受け流したりすることが必要である。

単調なブルタボンの攻撃を避ける事でAGI(回避力)の底上げが期待出来たので、別れ際に “攻撃を避けること” とガレットに伝えたのだった。


それにも関わらず、脳筋ガレットは正面からブルタボンの突進を受け止めたというのだ。

さらに、現時点でのガレットの防御力や技術では、ブルタボンの攻撃を完全に受け止める事など出来ないはず。


「……怪我はどうなの、ガレット。」


頭を抱えるアロンが溜息交じりで尋ねた。


「み、見てのとおり! 何の心配も無いわ!」


「吹き飛ばされて怪我したのを治したのは、誰よ?」


ジト目のファナが即座にバラした。

顔を真っ赤にしてガレットが「言うなっていったじゃん!」と叫ぶ。

先ほどの「ボコボコ」の反撃だった。


はぁ~~、と深い溜息を吐き出すアロン。

ファナと同じようなジト目でガレットを睨む。


「ガレット……。前にも話したし森に来た時にも話したけど、避ける練習が大事なんだよ、重盾士は。それに、ガレットの今の実力じゃブルタボンの突進を防ぎきれないって言ったよね?」


「聞いた……かな?」


しどろもどろのガレット。

そんなガレットの後頭部をペシッと叩くアケラ。


「ほら! 私が言った通りじゃないですか! あんな危険な行為をアロンさんが許すはずがないでしょう! 今回はたまたま高レベルの回復魔法(ヒール)が使えるファナさんが居てくれたから良かったものの、打ちどころが悪かったりしたら、貴方は死んでいたかもしれないのよ!」


回復後に叱責をしていたが、再度叱る。

ここまで言わねば、あまり言う事が聞けない脳筋(ガレット)だからだ。


「……う。」


真っ赤になって顔を伏せるガレット。

先生に怒られた、というよりも……。


(なんだかガレットの様子がいつもと違うね?)


小声でファナに尋ねるアロン。

ふふ、と小さく笑って耳打ちで答える。


(どうも、先生のあの恰好を見て好きになっちゃったみたいなの!)


驚愕に目を見開くアロン。

前世、ガレットはリーズルやオズロンと共に、帝都へ冒険者となるべく旅立った。

その直前、ガレットは村一番の器量良しであったファナに愛の告白をした。


今世はすでにアロンとファナが結ばれてしまっているため、リーズルもオズロンも、そしてガレットもそういう対象としてファナを見ては居ないとは思っていたが、まさか教員で、しかも年齢が10歳以上離れているアケラに恋するなど、想像だにしていなかった。


(これが……ボクが未来を変えた影響か。)


確かに、アロンが正体をある程度告げて、仲間としてファナ達の修行を見る話が無ければ、教員アケラは可愛らしい魔法士姿など見せなかったはずだ。


「今後、あのような無理をするようなら、もう森には連れて来られません。それで良いですよね、アロンさん?」


そんな可愛らしい魔法士のアケラは、未だ怒り心頭といった感じだ。


「そ、そんなっ!」


青褪めて叫ぶガレット。

好きになった先生に告げられた言葉は、アロンの秘密を共有する仲間となって一緒に高みを目指す間柄から除外する、と言っているようなものだ。


縋るように、アロンにへばりつく。


「師匠! オレ、もうあんな無茶はしねぇ! 反省する! だから、明日も、オレを、連れてぎでぐれぇぇぇ!」


この中で一番身体が大きく、逞しいガレットとは思えないほどの男泣き。


「分かった! 分かったから! もう金輪際無理はしないこと、いいね!」

「わがっだ~! もう、無理はじねぇぇぇ!」


呆れ顔のアロン達。

そこに、ゴホン、とアケラが咳払いをする。


「いい? 戦場では傷ついても僧侶がすぐ回復してくれるとは限りません。手持ちのポーションで回復できるというのも、敵が迫りくる中では不可能に近いのです。まず、自分が傷を負わないこと。そして仲間を守り、敵に攻撃をすること。戦場でも、モンスターと対峙していても、これは基本です。」


百人隊長を歴任した、アケラの教え。

その重みを、全員で静かに聞く。


(そう、それが基本だ。)


イシュバーンを模した、VRMMO【ファントム・イシュバーン】で長く闘ってきたアロンは、すでにそれが身についている。


“敵に攻撃を当てる事よりも、攻撃を受けないほうが大事”


ガムシャラに攻撃をしても、ダメージを食らえば仰け反るし、吹き飛ばされる。

失ったHPを回復させるためにポーションを使用するにも、服用モーションがあるため敵から攻撃を受けない安全な場所で使う必要まである。


結果、ダメージを受けながら敵を攻撃するのは、非効率なのだ。


敵の攻撃を除け、隙を狙ってスキル等で高ダメージを与えていく。

それこそが、生存率も高まる上、結果的に早く確実に敵を倒すことに繋がるのであった。


「いくら重盾士と言えど、身体は生身の人間なのです。アロンさんが言ったとおり、攻撃を躱すことや受け流すことを覚えてください。そして、皆さんも。」


アケラは、ファナ達を見る。


「いくらガレットさんが重盾士と言えど、その力に頼ってばかりではいけません。防ぎきれなかった場合、怪我を負わせてしまった場合……もっと言えば、攻撃を引き受ける重盾士の位置取りをしっかり把握した上で最善な攻撃や守備の陣形が取れなければ、守ってくれている重盾士を、後ろから打ち抜くことになりますからね。」


ビクッと震えるリーズルとオズロン。

攻撃が単調なブルタボンだったからこそガレットが吹き飛ばされても何とか対応が出来たが、もしこれが狡猾なモンスターだったら……。


「先生の言うこと、皆理解出来たみたいだね。ボク達は仲間なんだ。お互いに何が得意で、何が苦手か。それを知り、サポートし合うんだ。」


それが、パーティーであり、ギルドだ。


アロンは、ファントム・イシュバーンではたった一人でギルドを名乗り、誰も仲間に加えずただストイックに力を付けていった。


ファントム・イシュバーンが存在する別世界。

そこの住人がファントム・イシュバーンから転生することで誕生する、超越者という存在。

イシュバーンを我が物顔で蹂躙し、理不尽の力を揮う害悪。

そんな存在になり得る連中など、信頼できるものか。


だが、現実世界のイシュバーン。

今世、気心知れた親友となったリーズル、ガレット、そしてオズロン。

それに最愛の婚約者ファナ。

信頼できる教員のアケラ。

さらに、将来アロン()ファナ(兄嫁)と共に強くなりたいという願望が強い妹のララもいる。


そして、大切な村人たち。


アロンには、多くの仲間が存在する。

そんな仲間たちを一人で守るだけでなく、理不尽を共に跳ね返す仲間として、アロンはまだ無意識ながらも期待を寄せつつあったのだ。


「でもよぉ。アロン師匠が居れば一人で大丈夫じゃないの?」


“支え合う” という言葉で、ガレットが思わず口を挟む。

頷く、オズロン。


「確かに。アロンさんが居れば一人で解決できそうだよね。」


だが、アロンは首を横に振る。


「ボクはそこまで強くないよ。それに、仮に強くなったとしても……ボクはただ一人だけだ。一人じゃ何も出来ない。最前で戦うと言っても、握る剣は一本だけだ。一人で揮っていても、相手が多勢なら打ち漏らしてしまう。……もう一人、剣士が居れば話が変わるけどね。」


そう言って、リーズルを見る。

目を見開き、輝かせる。


「それに、最前で戦うにしても攻撃を引き付けてくれる仲間も必要さ。敵の攻撃を躱し、往なし、その隙にボク等が討つ。そんなガッツに溢れる心強い仲間が必要なのさ。」


次はガレットを見る。

先ほどまで男泣きしていた彼は、急に笑顔を浮かべる。


「それでも苦手なのが敵の魔法だよ。前線で戦う上で厄介なのが遠距離から放たれる魔法。これを、仲間が事前に察知して敵よりも早く魔法を撃ってくれれば、より安心だ。」


そしてオズロンを見る。

照れくさそうに眼鏡をクイクイと上げて、顔を逸らした。


「それでも傷ついた時は、癒してくれる仲間がいる。」


最後にファナを見た。

えへへ、とはにかみながらアロンの目を見つめた。


「ね。仲間が居れば、支え合えれば、どんな敵でも大丈夫なんだ。」


ファントム・イシュバーンでは、独りだったアロン。

何度も、仲間が欲しいと願った。

そして、アロンの許に仲間になりたいと告げてくる者も星の数ほどいた。


それでも。

アロンは独りを選んだ。


孤独感を払拭するよりも。

仲間との効率的なプレイよりも。


――絶望と憎悪の方が、遥かに大きかったからだ。



今世、それが叶った。


“自分は独りじゃない”


その事実が、どれほど救いになるのか。

今はまだ分からないが、近い将来、アロンはそれを強く感じる時が来る。




「さぁ、そろそろ夕方よ。帰りましょう。」


全員が “仲間の大切さ” を理解したところで、アケラが告げた。

ブルタボンの死骸は、アロンが次元倉庫へ入れて持っている。


ほぼ手ぶらで、森の外へと向かう。



「アロンさんは、私なんかよりもずっと立派な先生ね。」


アケラがほほ笑みながらアロンに告げた。

首を横に振る、アロン。


「いえ。戦争を知っている先生の方が、ずっと立派ですよ。」


少し顔を顰めるアケラ。


「……私ね、ここで教員をしていて……ずっと思っていることがあるの。」


「なんですか?」


きょとんと尋ねるアロンに、少し躊躇気味で、小声でアケラは語り始めた。



「何で、可愛い教え子たちを、あの悲惨な戦場へ送る必要があるのかなって。」



終わりの見えない、三大国の戦争。

遥か太古より、それこそ神学で学ぶ歴史からずっと続く争い。


適正職業が判明した後、各々の才能に応じて兵や冒険者になる。

それは三国とも共通している事だ。


国の運営や上層部の形態が異なるだけで、それは変わらない。

――変わらないことを、アロンはファントム・イシュバーンで知った。



ただ、それは世界の “常識” であった。



「そうしなければ……敵国が、この豊かな帝国を蹂躙するから、です。」


神学。

そして数々の機会から教わった常識。



「本当にそうでしょうか?」



呟きのような、アケラの疑問。

その疑問が、アロンの心の中に引っ掛かった。



(そう言われると……。確かに、なんで帝国も、聖国も覇国も、自国の民をただ消耗するような戦争を延々と続けてきたのだろう。)


“人は財産である”


歴代皇帝の言葉だ。

今代皇帝、ペルトリカ・フォン・イースタリ138世が即位した時も、同じ言葉を帝国民に向けて発した。


戦争するための人材。

戦争に送り出すための人材。

そして、これらの人材を支える、人材。


全ては、“戦争” に終始している。


――もしも、戦争が無ければ?

あまり考えられないが、三大国が手を取り合えば?


もっと帝国は、いや世界は、豊かになる。


(確か……ファントム・イシュバーンの世界は文明が発達していて、戦争なんて無い世界だったよな?)


だからこそ、文明が発達し、ファントム・イシュバーンのようなゲームが生まれた。

戦争などしていれば、世界中で7,000万人以上という膨大な人間がームに興じるなど、不可能であるとアロンは推測したのだ。


――少し考えれば、子どもでも分かる理屈。


太古より続く三大国の戦争が “常識” なのではない。

考えるべきは、“何故、太古の昔から戦争が繰り広げられ、終わらないのか” なのだった。



アロンの心に、何とも言い難い靄が掛かった。



「私は、聖国も覇国も憎い。上司も同僚も、部下も殺された。私は運良く生き延び、こうして生まれ故郷で教員が出来ているけど……。今も、当時の仲間や、私の教え子たちが戦っていると思うと、やるせなくなるの。」


――それでも、戦争は終わらない。


辛うじて、アロンの耳にアケラの呟きが聞こえた。



「さ、暗い話はここまで。あんまり私がアロンさんを独占すると、ファナさんに叱られますからね。」


お道化るアケラ。

見ると、少し前を歩くファナが、チラチラとアロンとアケラを見ている。

若干、目に怒りを宿して。


「先生、貴重なお話しをありがとうございました。」


「ふふ、私としてはいつかアロンさんがこの村の先生になってくれればいいな、っていう下心もあるからね。貴方のような貴重な人材、本来なら帝都へ向かうべきなのでしょうけど……。」


それも、世界の常識。

だが、アロンは帝都など行くつもりは今は(・・)無い。


「ボクは、この村に残るつもりです。ファナと一緒に暮らして、村を守っていきます。」


「そうでしたね。御使い様の天命がありましたね。」


ホッとした表情のアケラ。

未だ、アロンは “超越者から村を守るという天命を、御使いから授かった” と信じているのだ。


それはアケラだけではない。

目の前のファナも、リーズル達も、同じだ。



(ただ、“選別” と “殲滅” をするためにも、村を離れる必要がある。)


あくまで村を守るというのは、アロンの気持ち。

御使いの男が告げたのは、超越者の “選別” と “殲滅” だ。



戦争。

そして超越者。

守るべき、村。



アロンの中で、靄が広がる。



(あの人は、何か知っているのか?)



あの人。

それは、二日後に再会を約束した、絶対者。

この森の守護者である、“邪龍” マガロ・デステーアだ。



「……聞いてみるか。」


「え、何、アロン?」


ファナが首を傾げて尋ねてきた。

なんでもないよ、と告げ、ファナと手を繋ぐ。



自らのレベリングだけではない。

――無駄かもしれないが、心に生じた疑問を尋ねてみよう。


それは、些細な切っ掛けであった。



それがまさか、世界に仕組まれた悍ましい策略であったなど、この時のアロンは思いもしなかったのだ。

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