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3-3 初めての出会い

『ギキイッ!!』

『ギィッ!』


甲高い鳴き声を張り上げて木々の上から覆いかぶさるように襲い掛かる、赤茶色の猿の大群。

討伐危険度Cクラス、単独討伐推奨レベル140のモンスター “パラライズエイプ” だ。


体長2mほどのやや大型の猿は、天高くそびえ立つ森の木と木の間を縦横無尽に飛び交い、侵入者を翻弄してくる。

連携を取った知性ある集団戦法で襲い掛かってくるため、出くわした際の討伐危険度は1ランク上の扱いともなる、厄介な相手だ。


しかも、パラライズエイプの本質は “麻痺毒” である。

一際大きい人差し指には毒腺があり、対象を切り裂くと同時に麻痺毒を注いてでくる。

傷から麻痺毒が入り込めば、全身に痺れと激痛が走り、動くことすらままならなくなるのだ。


相手を翻弄しつつ、群れの中の誰かが麻痺を掛けたら一斉に突撃してくる。

それが、パラライズエイプの群れでの狩りだ。


ファントム・イシュバーンでは、単騎なら簡単に撃破出来る雑魚モンスターであるが、“邪龍の森” という地の利に大集団での襲撃も相まって、危険度はさらにもう1ランク上の “A” 扱いとなってくる。


すでに、ここは【ルシフェルの大迷宮】の入口。

世界最高難度のダンジョンの洗礼が、アロンを襲う。


しかし。


『ドシュッ!』

『ザシュッ!』


木々の上から降ってわいてくるパラライズエイプを華麗に切り裂いき、その死骸の数を次々と生み出している。


「――っ! 4体っ!」


だが、パラライズエイプもやられっぱなしで黙っているわけではない。

たった今切り裂いた同胞を死角にする形で、四方の木から一斉にアロンへ飛び掛かった。


「はぁっ!!」


だがそれも、アロンには何の問題も無かった。

空中から落ちてくるパラライズエイプの内、一番手前を切り裂いた直後、まき散らされる血液と地面の間を縫って突き進み、すぐさま反転。

アロンを切り裂こうとした残り3体のパラライズエイプが地面に降り立った瞬間の、僅かな硬直を狙って、流れるようにその首を跳ねた。


さらに振り返る。

背後からアロンを切り裂こうとした個体に気付き、振り向きざま剣を揮い、脳天から一文字に切りつけた。

さらに、横から突っ込んできた個体は、左腕に取り付けた天盾イーザーで防ぎ、弾いた反動と合わせて切り裂いたのであった。


息もつかせぬ攻防。

それでもアロンは舞うように、次々と大きな猿の死骸を積み上げていく。


『ギキーーッ!!』


遭遇して5分ほどだろうか。

ボスのような個体が激しく雄叫びを上げると、木々の上から襲い掛かってこようとしていたパラライズエイプ達が、キイキイと騒ぎ立てながら森の奥へと退散していった。


「逃げたか……。」


アロンは頭に付けたフルフェイスマスクを取り外した。

見た目は黒銀の鉄仮面だが、その正体は神話級防具 “邪龍マガロヘルムGX” だ。

どういう仕組みか全く分からないが、脱いでも黒銀の鉄仮面にしか見えない。


本来のマガロヘルムは、“邪龍マガロ・デステーア” の本性(・・)を彷彿とさせる四本の角が生え、額部分には憂いと嘆きを露わにしたような瞳の紋様が刻まれている。

禍々しくもどこか儚げな、兜であった。


アロンは兜を脇に置き、持ち込んだバッグからタオルを取り出して汗をぬぐった。

遊戯(ゲーム)の世界とは違う、現実世界でのモンスターとの攻防だ、動けば動くほど、剣を揮えば揮うほど、体力が削られる。


それでも、ファントム・イシュバーンのシステム上スキルの恩恵なのか、僅か数秒休んだだけで体力が元通りとなった。



「なるほど……こういった事も含めて、あいつ等はゲームだって言うんだな。」



取り出した水筒の水を含み、呟く。

現実世界イシュバーンと、VRMMOファントム・イシュバーンとでは、何もかもが違う、と思っていた。


しかし、実際に動いて大量のモンスターを倒してみたら、ある種の錯覚のような感じを覚えたのだ。


それは、ファントム・イシュバーンが “VR” と呼ばれる器具を着けて行うため、視界や動き、さらに周囲から感じる気配、空気の流れ、水の音など、現実世界のそれと遜色が無かった。

また、脳内のシナプスを読み取りアバターが連動して動くため、実際に自分が動いているように錯覚するのだ。


つまり、脳が “これは現実世界” だと誤認するのであった。


ただ、現実とは違い、自らの本当の肉体を動かしているわけではないため動作や運動による体力的な疲れは無かった。

逆に、精神力や集中力といった別の部分で、疲れが生じるくらいだ。


では、現実世界のイシュバーンではどうだろうか。

その身は自らが生み出したアバターまま、しかも職業とスキルはそのままと、ファントム・イシュバーンで生み出したままの姿とはいえ、実際の肉体で動き回るため当然ながら体力的な疲れも生じる。

加えて、倒したモンスターはゲームのようにそのまま消えるのではなく、血も肉も、内臓も、何もかもがそこに残されたままなのだ。


ここは現実世界。

嫌でも、その事実を突きつけられるはずだった。


しかし、それらがファントム・イシュバーンからの転生特典であるシステム上スキルの所為で、超越者たちがこの現実世界(イシュバーン)をゲームだと誤認(・・)するのだと、アロンは考えた。


その一つが、HP(生命力)の自動回復。

システム上、誰しも10秒毎に全HPの0.5%が回復し続けるようになっている。

装備する武器や防具によってこの効果が上乗せされるが、どの超越者も必ずこの恩恵が適用されているはずだ。


アロンは装備のおかげでトータル、10秒で8.5%ずつも回復する。

現在の全HPが『1,021,900』もあるため、10秒経てば約8万7千ずつ回復し続けるのだ。


アロンは先ほどの戦闘で一切ダメージを受けてなく、HPは減っていない。

だが、体力は減り、全身から汗が滲み出た。

確実に身体の疲れを感じていたのだ。


それにも関わらず、僅か数秒でその疲れが吹き飛んだのは、HPが全快である場合では自動HP回復の作用は、こうした数値には現れない体力的な疲れを癒す効果がある、と仮説立てた。


“HPが癒えた後は、疲れすら癒す”


即ち、体力的な疲れをも軽減させるため、超越者はファントム・イシュバーンの世界同様、この現実世界イシュバーンもある種 “VR” の世界--、遊戯(ゲーム)の世界だと誤認するのであろう。


さらにイシュバーンを模したのがファントム・イシュバーンというゲームであるのも、この誤認に拍車をかける原因にもなっているのだろう。


――このアロンの仮説は、概ね正解であった。

殺されても翌日には復活できる死に戻り、“デスワープ” に、放っておけばみるみる回復するHPに体力、モンスターや敵対者を倒して得るJPやスキルポイントを自由に割り振りしながら自分自身をカスタマイズできる仕様(・・)



“極限までにリアルにした、ファントム・イシュバーン”



それが、超越者--、転生者の約半数程の思考であった。




「さて。」


アロンは再び黒銀の兜を頭に被り、森のさらに奥へと進み始めた。

“ディメンション・ムーブ” で移動しても良いのだろうが、使用回数が限られていること、森の手前で修行中のファナ達に危険が差し迫った時に駆け付けられるためには1回分は残しておく必要があることから、多用しないよう心掛けている。


尤も、すでにここは【ルシフェルの大迷宮】だ。

放っておいても、屈強なモンスターが次から次へと現れる。





「……おかしい。」



ディメンション・ムーブで森の最奥に入り、すでに2時間。

時々ファナ達の様子を見がてら進むため、大量のモンスターに出くわしながらではあまり進行は出来ないと考えていた。


それが、すでに【ルシフェルの大迷宮】の中間地点を過ぎてしまった。

その原因、


「モンスターが、殆ど居ない。」


最初のパラライズエイプの集団を撃破してから、ぽつぽつと屈強なモンスターが現れたが……その数は徐々に減り、今ではアロンの周囲にはモンスターの気配が一つもない。


薄暗い森の中。

不気味に、静まり返る。


(罠か?)


知性の高いモンスターもいる。

人語を解し、中には絡手を使う厄介な相手もいるのだ。


アロンは一段と周囲の警戒を強め、さらに奥へと進む。

その時。


「ふっ!」


突如、アロンは背後に向けて左腕の天盾イーザーを構えた。


『ガギギギギギギギギギギ!』


轟音を立てて、盾は飛び交う石礫の波状を防いだ。

それは、モンスターが放つブレスであった。


「土属性……これは、カイザーウルフかっ!」


それに気づいた時、得も言えぬ悪寒が過る。

アロンはまだ完全に終わっていな石礫の攻撃を防いでいる盾を、再度背後へと向けた。

いくつか石礫の波がアロンの背中に打ち付けられる。

鈍い痛みが全身に響くが、高いHPと防御力に物を言わせて耐える。


問題は、次の瞬間だ。


『ガギィィッ!!』


木の上から豪速で突っ込んできたカイザーウルフの、鋭い爪を盾で防いだ。

アロンはそのまま右手で握る聖剣セイブオブクロスを揮う。


だが、その攻撃を察知していたかのように、攻撃を仕掛けてきたカイザーウルフはひらりと避けた。


「まさか、こんな浅い深度でお出迎えとは、ね。」


背中に受け続けていた石礫が止んだタイミングで、アロンは呟いた。

バキリ、と木の枝を踏み抜く音と共に、背後からもカイザーウルフが姿を現した。


前と、後ろ。

アロンは、遥か巨大なカイザーウルフに囲まれた。


グルルル、と唸り声をあげ、正面のカイザーウルフは口を開いた。


『問おう。貴様が、我らの同胞を亡き者にした人間か?』


歪な四つの赤い瞳から漏れる、殺意。

後ろのカイザーウルフからも、同様の殺意を感じる。


アロンは静かに、


「そうだ。」


答えた。


その言葉と同時に、豪速でアロンに襲い掛かる2匹のカイザーウルフ。

アロンに覆いかぶさるように爪と牙を立てる、が。


「はっ!!」


アロンは剣を、地面に突き刺した。

同時に、アロンの周囲が真っ赤に燃え盛り、


『ドンッ!』


爆発した。


余りに咄嗟の事で、思わず全力で横に避けるカイザーウルフ達。

その動きを読み、アロンは横薙ぎに剣を揮った。


『ザシュッ!』


『グギッ!』


空を切ったようにしか見えなかったが、剣からは斬撃が放たれ、後ろに居たカイザーウルフの前足を軽く切った。

銀に輝く毛並みから、ジワリと鮮血が滲む。


それが、一瞬の隙であった。

2匹で正面と背後を押さえ、ましてや地の利すらあったカイザーウルフ達にとって、その隙は十分に相手にチャンスを与える切っ掛けとなってしまった。


『!!』


突然、目の前に居た人間が消えた。


「こっちだ!」


後ろを挟んでいたカイザーウルフの後方から声、そして強大な殺気を感じた。

本能と天性、そして数十年を生きるカイザーウルフの経験より、全力で回避行動を取った、が、それでも間に合わなかった。


「“オーガスラッシュ” !!」


三つの剣閃が重なり、三角形の波状となって慌てて避けようとしたカイザーウルフの背中を切り裂いた。


『グギャン!!』


悲痛な叫びを上げ、転がるように前方のカイザーウルフの隣へと退避した。


二匹横並びに立ち、グルル、と怒りを籠め唸る。


「まさかとは思うけど、敵討ちかい?」


剣を構え直し、二匹を睨むアロン。

傷つけられたカイザーウルフが、叫ぶ。


『そうだ、人間が! 我らの子の無念を晴らしてくれようぞ!』


傷つけられた方は、甲高い声であった。

そして、“子” と告げた、つまり。


「お前たちの子どもだったんだな、あいつは。」


そう、3年前に村の手前まで現れたカイザーウルフは、この2匹の子であったのだ。

元々カイザーウルフは、“邪龍” の守護のために【ルシフェルの大迷宮】の最奥に数匹鎮座しているとアロンの記憶にはあった。

それが、中間地点を過ぎたばかりに現れたこと、ましてや、ここに来るまでにモンスターの数が激減した理由も、最奥に居る “皇帝たち” がやってきたからだ


だが、彼らの子だろうと、村を襲おうとしたモンスターには違いない。

アロンが駆逐せねば、村は滅びていただろう。


『そうだ、将来、長の座にもなれるほどの逸材だった!』

『それを貴様が、殺したんだ!』


憤怒の形相で叫ぶ、二匹のカイザーウルフ。

だが、アロンには何も響かない。


「そうか。だからなんだ(・・・・・・)。」


アロンからも発せられる殺意。

黒銀の鉄仮面を着けているためその表情は読めないが、全身から溢れる殺気は偉大な狼の皇帝カイザーウルフですら、たじろいてしまうほどであった。


「復讐は大いに結構。ボク自身も(・・・・・)そうだからな(・・・・・・)。」


アロンの脳裏に、前世の最期の記憶がフラッシュバックする。

更に膨れ上がる、殺気。


『き、貴様……本当に、人間か?』


余りに悍ましい殺意。

それに、手に握られている剣と盾も、異常な力を感じる。


「人間、さ。」


それだけ呟き、今度はアロンが佇む二匹のカイザーウルフ目掛けて駆け出した。

手負いの方が横に逸れ、再度、アロンを背後から襲おうとする。


だが、それでもアロンは止まらない。


『青いっ!』


正面のカイザーウルフは、口を大きく開けた。

土属性の、石礫のブレスだ。


しかし、その攻撃を読んでいたアロン。


「“魔法剣発動”、“ソードカウンター”」


同時に、二つのスキルを発動させた。

すると、アロンの剣に『バチバチ』と電撃が纏う。


アロンはその剣をそのまま、石礫のブレス向けて揮う。


『ガギギギギギギギギ』


電撃と土と石礫がはじけ飛ぶ。

――それだけでは無かった。


『ギャウンッ!!』


突然、正面のカイザーウルフが苦しみ悶えた。

防がれたブレスに沿って電撃が走り、全身に激痛を与えたからだ。


『なっ!?』


横に逸れ、アロンに飛び掛かろうとしていたカイザーウルフが目を見開いた。

だが、今更攻撃をやめられない。

突き立てた鋭い爪で、目の前のアロンを切り裂こうとした、その時。



「“狼牙羅刹”」



剣を突き立てたアロンが『ドウッ』と音を立てて、飛び掛かるカイザーウルフ目掛けてカタパルトで発射されたように真っ直ぐ、刺突を繰り出した。


『ドシャッ!』


丁度、アロンを切り裂こうとしていたからだ。

振りかぶる前足と同時に、露わになる胸と腹。

そこを、アロンが身体ごと突き立てた刃で貫いた。


『ゲ、ヒャァッ……。』


吐き出される息と、血。

上半身と下半身は辛うじて繋がっているが、胸と腹に巨大な穴を空けたカイザーウルフは、成す術なく地面に叩きつけられ、そのまま絶命した。


『お前っ……! き、き、貴様アアァァァ!!』


電撃の痛みが未だ走るが、目の前で伴侶が無残な姿にされた事で激高し、アロンへ突撃するもう一匹のカイザーウルフ。

その速度とその圧は、人間の身なら激突した勢いで粉々に砕かれるだろう。


しかし、アロンは冷静に、そして確実に剣を向ける。


「“ストームファング”」


襲い掛かるカイザーウルフの動きに合わせ、上段から唐竹斬りを繰り広げる。

それがカイザーウルフの右腕を切り裂いた瞬間、


『パンッ』


風船のように破裂する、右腕。

叫ぶ間も与えないように、アロンは再度、露わになった胸と腹を目掛けて剣を突き立てた。


「“狼牙羅刹”」





「はぁ……さすがに、疲れた。」


二匹のカイザーウルフの亡骸を眺めながら呟く。

だが、まだやることがある。


素材の剥ぎ取りだ。


アロンは聖剣セイブオブクロスを背中の鞘に納め、代わりに腰に下げている剥ぎ取り用ナイフを取り出した。

剥ぎ取り用ナイフは刃が異常に鋭く、固い鱗や皮、骨なども問題なく切り裂くことが出来る。

その代わり刃の耐久力が低く、戦闘で使ったり、剥ぎ取りの際に下手な切りつけ方をしたりするとすぐに刃が使い物にならなくなる。


“冒険者は剥ぎ取りに始まり、剥ぎ取りで終わる”

この剥ぎ取り用ナイフを上手く扱えてこそ、一人前なのだ。



「これで、良しと。」


カイザーウルフから採れる素材は、皮と爪、牙、そして瞳だ。

ファントム・イシュバーンでは剥ぎ取れる回数がモンスター毎に決まっており、カイザーウルフは4回であった。

謎の剥ぎ取りモーションの後に、何の素材が入手されたかテロップ表示されるが、1回ごと1個であり、しかも完全なランダム。

中でもカイザーウルフの瞳は、レア素材扱いであった。


“何て不条理なんだ”


それが、現実のイシュバーンを知るアロンの感想。

倒したモンスターは、こうして丁寧に、余すところなく剥ぎ取れば良いのだ。

瞳も1個でなく、潰してさえいなければ四つの瞳をくり貫く事で一匹につき4個も手に入る。


アロンは二匹のカイザーウルフから丁寧に素材を剥ぎ取り、処置をして、次元倉庫へと放り込んだ。

流石に巨体な狼の躰である。

特に皮なんて、背負っているバッグになんかとてもじゃないと入りきらない。


(次元倉庫を持っていない超越者は苦労するだろうな)


それが、遊戯(ゲーム)と現実世界との違い。

ゲームだと誤認する超越者たちは、手痛いしっぺ返しを受けるだろうと密やかに口元を緩めるアロンであった。


「さて。ファナ達も無事みたいだ。そろそろ戻ろうかな。」


ディメンション・ムーブの視覚効果で、修行に明け暮れるファナ達の様子を見て安堵するアロン。

そのまま、ファナ達の許へ移動しようとした、矢先。


「!?」


アロンは背に背負う鞘から剣を抜き取った。

その剣先を向ける、森の奥。


何か、悍ましい気配を感じる。


「なんだ、これは?」


黒銀のフルフェイスマスクから表情は見えないが、額から冷たい汗を垂れ流すアロンであった。

そのまま構えること、十数秒。


『ドスッ、ドスッ、ドスッ』


近づく、足音。

いよいよそれは、アロンが目視できる距離まで近づいた。


その姿に、目を見開いて驚愕する。


「まさか……インパラトールヴォルフか!?」


狼系モンスター最上位クラスのレアモンスター。

討伐危険度は、Sランク。

カイザーウルフの進化種で、ファントム・イシュバーンの最難関ダンジョン【ルシフェルの大迷宮】でも、滅多に現れないレアなモンスターであった。


アロンがこの大迷宮の最奥に初めて到達した際、運悪く、数多く鎮座していたカイザーウルフの中にこのインパラトールヴォルフが混じっており、レベルも当時500台と低かったこともあり、この狼の群れにあえなく返り討ちに遭ってしまったのだ。


その後、レベルを800台にまで上げて【ルシフェルの大迷宮】を踏破したアロンであったが、インパラトールヴォルフに出会ったのは最初の一回のみ。

そういう意味で、アロンにとって負け越しのモンスターであった。

尤も、その後に別のダンジョンで狼系最強の “フェンリル” を倒しているため、次に出会ったとしても負けはしなかった。


だが、今は現状が違う。

現実世界のイシュバーン。

そして、アロンのレベルは131。


この数時間で大量のパラライズエイプや屈強なモンスター、それに先ほど、討伐危険度Bランクのカイザーウルフ二匹を倒した。

当然、レベルは相当上がっているはずだ。


だが、アロンは森の探索を優先させたために、レベルアップに伴うステータス値の振り分けを行っていない。

つまり、アロンの実力は、そのままレベル131とほぼ同じである。


手に持つ聖剣セイブオブクロスなら、ダメージを与えられるだろうが……それでも、実力が足りない。

アロン本来の愛剣は別にあるが、体格の事もあり、装備してもまだ満足に揮えるとは思えない。


(これは……逃げるしなかないな。)


じり、とアロンは一歩後退する。

目の前の、カイザーウルフの倍はある体躯のインパラトールヴォルフが動き次第、すぐさまディメンション・ムーブを発動するつもりだ。


そこに、腹の底が響くような低音で、インパラトールヴォルフが口を開いた。


『我が同胞を肉塊に変えたのは、お主か?』


しゃがれた、地に響く低い音声。

普通なら、その声だけでも全身が震えあがり、うまく動けなくなる。

それもそのはず、インパラトールヴォルフは、“威圧” と “怯み” を常時発動させているのだ。

耐性が無ければ、攻撃力や防御力などが全て1割減の状態のまま、戦わなければならなくなる。


当然、今のアロンにはその耐性がある。

怯まず、真っ直ぐインパラトールヴォルフを睨む。


「そうだ。敵討ちと言われ襲い掛かられた。あんたも、同じか?」


一瞬、苦々しい表情を露わにする。

しかし、溜息を吐き出し、残念そうに呟いた。


『だから、“ならぬ” と伝えたのだが。ままならぬものだな。』


今度はアロンが意外そうに首を傾げる。


「止めたのか?」


『左様。我はこやつ等を束ねておる。我らの使命を蔑ろにして仇討ちなど、嘆かわしいものだ。』


そう呟き、インパラトールヴォルフは天を仰いだ。


我が主よ(・・・・)。我ら同胞をお赦し給え。』


その時。


『ズリュッ』


禍々しい音と共に、木の上から黒い塊が降ってきた。

それはインパラトールヴォルフの手前で球体となる。


球体を形作るものは、髪であった。


黒い髪が解かれ、中から現れたものは――。



「可哀想に。でも、痛みをあまり感じるまでもなく、神々の許へ旅立たれたのですね。」



インパラトールヴォルフなどと比べようの無いほど禍々しい気配を放つ、一人の、人間の女であった。


その姿を見て、アロンは愕然とした。

震える声で、信じられない、と呟いた。



「お前は……嘘、だろ。」



姿、形はまるで別物。

しかし、放たれる圧倒的存在感は、この森で一つしか心当たりがない。


女は、虚ろな瞳でアロンを見た。


「そう、貴方なのね。」



それは本能だろう。

生物として、全身の細胞が、悲鳴を上げる。


人の身では、決して抗えない存在を前にして。



「……マガロ。」


アロンは確信を持って、呟いた。



【ルシフェルの大迷宮】の、最深部の番人。

“大罪” と “美徳” を司る絶対的覇者


その中の一柱。

“邪龍マガロ・デステーア”


“龍種最強の存在”



これが、この世界でアロンとマガロの初めての出会いであった。

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