3-2 修行開始
「これで準備よし、と。」
アロンは自室に置かれている姿見を眺め呟いた。
14歳となり、身体も成長したおかげで子どもの頃には装備が出来なかった皮の鎧や鉄の盾などを身に着けられるようになった。
さらに前世でも愛用していた鉄剣を腰に下げる。
その背には、食糧や携帯用のポーションが入ったバッグだ。
ラープス村の一般的な森の探索装備。
いよいよこれらを身に着けて森の探索が出来ることに、ひとしおの感動がこみ上げてくる。
――尤も、森の最深部へ移動する直前には、この装備は全て取り換えるつもりではいるが。
『コンコン』
アロンの部屋に響く、ノック音。
ガチャリ、と開くドアの向こうには、12歳となり、先日適正職業の儀式を終えた妹のララが立っていた。
「兄さん、ファナちゃんがお迎えに来たよ。」
ララが得た職業は、前世と同じく “薬士” だ。
それが判明したからというのもあるが、それまで殆ど興味が無かったに料理を覚えようとし、さらに採ってきた薬草を調合して、見様見真似でポーションなどを作り出したりしている。
もちろん、これには訳がある。
アロンと共に修行を繰り返す、幼馴染で兄アロンの婚約者であるファナから、教えてもらった “効率の良い経験稼ぎ” だ。
アロンやファナ達の “チーム” だけの秘密もあるため全てはララに教えてはいないが、ファナはアロンの了承など貰う前に、義妹へ強くなる秘訣を、少しずつ伝えていたのだ。
“いずれは私達の仲間となる”
ファナなりの、想いであった。
「わかった、ありがとう。」
アロンはララの頭をポンと叩いて部屋の外へ出た。
「もー」と言いながら頭を押さえるララだが、拗ねながらも顔を赤らめて嬉しそうだ。
儀式を受け、職業が判明した今でも、兄の事が大好きなララであった。
◇
「アロン、おはよう!」
満面の笑みで出迎える、ファナ。
アロンと同じく、皮の鎧に皮の腰当とブーツを履き、腰に鉄の杖を下げる。
さらさらの茶色い髪は、動きやすいようにアップに纏めているが、いつも見ない髪形と雰囲気のファナに、アロンは少し心が躍った。
「えへへ、どうかな?」
そんなアロンの視線に気づき、照れくさそうに身体を回したり、首を傾げたりしてアロンを見つめるファナ。
少しあざといかな? と思うファナであったが、アロンに対しては効果てき面である。
「う、うん。凄く、その、可愛いよ。」
「あ、ありがとう……。」
顔を赤らめて照れる二人を、ジト目で見る妹のララ。
“婚約しているのに、コイツ等は……” と呆れかえる。
「あー、はいはい。兄さんもファナちゃんもイチャイチャしていないで、さっさと行きなよ! リーズル先輩たちが待っているのでしょ!」
グィッとアロンの背を押して叫ぶ。
朝からこんな風に見せつけられるのは溜まらない。
「そう、そうだね! 行ってくるよ、ララ!」
「アロン、借りるね! ララちゃん!」
慌てて駆け出すアロンとファナであった。
その後ろ姿を眺めながら、ララは呟く。
「はぁ、いいなぁ……。」
仲睦まじい二人もそうだが、こうして同年代で一緒に修行出来る高学年が羨ましい。
まだ12歳のララは、当然ながら授業以外での森での探索など許可されないからだ。
「まずは私も地道に力を付けることね。待っていろよー、兄貴―!」
それでも、前向きに考えるララであった。
◇
「これで全員揃いましたね。」
帝国軍時代の装備を纏う、教員アケラがにこやかに告げた。
その装いは、まさに “魔法士” だ。
「先生、可愛い!」
アケラの姿を早速褒めちぎるファナ。
普段の教員制服でなく、紫色の三角帽子に、少し胸元が開いた魔法士のローブ、帝国の国章が刻まれた紫色の外套を羽織っている。
特に魔法士のローブは、腕や首元、さらにスカート部分に丁寧な刺繍とレースが施されており、女子目線で憧れを抱くような可愛らしいものだ。
「うふふ、ありがとう、ファナさん。」
流石は大人。
変に照れたり躱したりせず、しっかりとその言葉を受け止めた。
「本当に先生、普段と違って綺麗だな。……おい、どうしたガレット?」
大人な魅力と魔法士の可憐な装いを褒めるリーズルだが、その隣に突っ立つガレットの様子が妙なことに気付き、声を掛けた、が。
「……。」
ガレットは、アケラをポーー、と眺め硬直している。
「おい、ガレット?」
「どうしたんだ、ガレット。」
再度声を掛けるリーズルに、異様な雰囲気に気付くオズロン。
特にオズロンは、ガレットの目の前に手を出して、パタパタと振る。
それでも、ガレットは止まったまま。
「おい、ガレット!」
流石に業を煮やして、リーズルはガレットの足を蹴飛ばした。
「痛っ! な、な、なんだよ、リーズル!」
「何だよじゃない。どうしたんだよ、お前は。」
怪訝そうなリーズルの問いに、目線を逸らして頭を掻きむりながら「何でもねぇよ!」と悪態をつくのであった。
その様子で、ははぁ、と悪い顔をするリーズルであった。
ガレットの肩を組み、
(お前……先生に、惚れたな?)
その一言が核心。
ガレットは慌てて、リーズルの頭を羽交い絞めにした。
(お前っ! な、な、何言っているんだよ!)
力自慢のガレットに締められ、全身をバタバタさせて藻掻くリーズル。
「お、おいガレット! リーズル死ぬぞ!?」
それに気づき、慌てて止めるアロンであった。
「はぁ、皆浮かれて……。大丈夫かしら?」
「そうですね。」
何やら様子のおかしい男子陣を呆れ顔で眺める、ファナとアケラであった。
◇
「ここなら、大丈夫でしょう。」
森の中。
アロンが先導して連れてきたのは、ブルーウルフの生息地の目安となるイガイガの木の群生地より、遥か手前であった。
「ヒリン草の群生地よりも、大分手前なんだな。」
少し身体を震わせて呟くリーズル。
8歳の時の事件、ライトニングディアの一件がトラウマとなっていた。
頷く、アロン。
「さすがにあの辺りだと、ブルーウルフに出くわす可能性があるからね。ここなら出てきてもブルタボンくらいだ。今の皆なら、連携を取れれば問題無く対処できるはずだよ。」
ブルタボンとは、体長3m程の大きさの猪型モンスターだ。
ファントム・イシュバーンであれば、討伐危険度は最低ランクGより一つ上のF、単独討伐推奨レベルは、わずか20の相手。
だが、イシュバーンの世界となると、屈強な帝国兵--、それも、百人隊長クラスでなければ単独討伐が出来ない相手だ。
ラープス村では護衛隊や森へ探索に来た大人たちであれば、3~4人掛かりで対処するレベルとなる。
ただ、子どもが出会ってもそこまで危険なモンスターだではない。
攻撃が、溜めからの突進のみであるため、その動きをよく注視すれば避けることなど容易だ。
討伐までは難しいが、攻撃を避けながら退避するのは可能。
つまり、森の中で出くわしても、さほど問題の無い相手だ。
「オレ達だけで、ブルタボンを倒せるのか?」
「大丈夫だと思うよ。攻撃は突進だけだし、避けて、こちらの攻撃を当てて、また離れれば良い。攻撃さえ有効なら、いつかは倒せる。それにほら、先生も居るから問題は無いよ。」
魔法士で、元帝国軍の百人隊長を歴任したアケラ。
ブルタボンなど、火の魔法を数発当てれば一人でも討伐可能だ。
「ええ。私が相手をすればすぐ倒せます。でも、それでは修行にならない、とアロン君は言いたいのでしょ?」
この2年間の修行で、考えが読めるようになったアケラ。
ははは、と笑いながら頷くアロンであった。
「そのとおりです、先生。むしろ、先生が魔法で倒してしまうと肉も潰れてしまいますからね。もしブルタボンが出てくれば、食用肉として村にも貢献が出来ます。ぜひ、リーズルたちに対処させてください。」
げぇ、と声を上げるリーズルとオズロンだが、ガレットだけはやる気満々だ。
「ブルタボンの肉は旨いからな! オレァ、やるよ!」
ガンガン、と両腕に付けた盾をナックルのように打ち鳴らすガレット。
“盾重士” という、耐久性と守備に優れた職業を得た彼は、戦闘の場では最前線に立ち、身を挺して仲間を守る役だ。
だが、アロンはまたアハハ、と笑いながら伝える。
「修行で強くなったガレットでも、まだブルタボンの突撃を完全に防ぎきるのは難しいよ。相手の動きと目線を読んで、無駄なダメージを受けないようにするのも、盾重士の大切な技術だよ。前も話したよね、AGIを上げる特訓にもなるから、ブルタボンが出た時は後ろに仲間が居ない限りは避けてね。」
その言葉に、むぅ、と唸りながら了承するガレットであった。
再度、全員の顔を見渡すアロン。
「では、約束とおり皆はここでそれぞれの修行を繰り返してね。もしモンスターが現れた時は、修行を中断して対処して。先生がリーダーとなるから、先生の指示に従って、慌てず、冷静にね。」
アロンの言葉に、全員頷く。
よし、と小さくアロンは呟き、ファナを見る。
「じゃあファナ。行ってくるね。」
穏やかなアロンの言葉。
それは、昨日ファナと交わした約束だ。
両手を祈るように組むが、表情は笑みを浮かべる。
「ええ。いってらっしゃい、アロン。」
アロンは満足そうに笑い、姿を一瞬で消した。
「さぁ、私達に出来ることをやりましょう!」
手を叩き、アケラが場の空気を入れ替える。
いくらアロンが “何かあればすぐ駆けつける” とのことだが、ここはモンスターが跋扈する森なのだ。
油断した冒険者が、命を落としたという話はざらにある。
それぞれ、気を入れ替える。
(アロン、私も頑張るね!)
ファナもまた、自分自身を高める修行法に入るのであった。
◇
「さて、この先か。」
ディメンション・ムーブで移動した先は、“邪龍の森” としての真の姿となる、危険度Bランク以上のモンスターが生息する地のわずか手前だ。
「油断は大敵。全開で行こう。」
ファントム・イシュバーンで、唯一この “邪龍の森” こと、【ルシフェルの大迷宮】の攻略者となったアロン。
その時のレベルは、800オーバーであった。
対して、現在のレベルはわずか131。
2年前の儀式以降、アロンの力量を知ったファナ達5人と共に修行する合間を縫って森へレベリングのために訪れたが、幼少期に出会った強力なモンスターには出会えず、雑魚モンスター数百匹を狩ることで、何とかレベルが1上がっただけだ。
森の奥へ突っ込むことも考えたが、低い背丈では防具が装備出来なかった。
“何があるか分からない森の中” である。
さすがに武器と神話級防具の中でも弱い部類の守眼シリーズだけ着けて突っ込むほど、アロンは考え無しではなかった。
だから、14歳になり、大人が装備できる防具を身に着けられるようになるまで待ったのだ。
「次元倉庫」
その武器や防具を、満を持してアロンは取り出した。
◇
「よし、これで安心だ。」
くぐもった声が、森に響く。
アロンは14年ぶりとなる装備を身に着け、感慨深く呟いた。
それは、ファントム・イシュバーンへ転移した最初の日。
そこで手にした、“アバター装備” だ。
あの時は、絵本などの物語に出てくる勇者になった気分であった。
ただ、ファントム・イシュバーンを進めていくうちに、その見た目は、いわばハズレ装備であったこと、あまり好まれない格好であることを知った。
だからこそ、好都合。
元より、イシュバーンを蹂躙する者となるかもしれない、向こうの人間とはなれ合うつもりは毛頭に無かった。
素顔を隠し、自らの心の奥底からマグマのように吹き上がる憎悪と絶望を悟られないように。
それを得た日から、5年間、ずっと愛用していた。
それはいつしか、アロンのトレードマークのようになった。
黒銀に輝くフルプレートアーマーに、同じ黒銀に輝くフルフェイス。
淡く白く輝く、外套。
謎に包まれる最強アバター【暴虐のアロン】の姿だ。
「それにしても、不思議な感覚だ。」
改めて、ファントム・イシュバーンから持ち出した “見た目装備” の異常性に、アロンは驚嘆した。
何故なら、その装備の下は、正規装備で身を包んでいるからだ。
つまり、見た目と防具の性能が、一致していない。
正規装備を身に着けた後、黒銀の見た目装備を試しに着けてみた。
すると、まるで溶けるように全身を包み、いつの間にか装備していたのだ。
着た、装備した、という感覚は皆無。
身に着けようと意思表示したら、装備できたのだ。
「これなら、ボクがどんな防具を纏っているかは相手に分からないな。」
超越者に鑑定系スキルか、アイテムを使われでもしない限り。
尤も、使われたら使われたで、相手に絶望を与えるだけだ。
何故なら。
「ステータスオープン。」
アロンは、14年ぶりとなる、本来の自分のステータスを確認してみた。
―――――
名前:アロン(Lv131)
性別:男
職業:剣神
所属:帝国
反逆数:なし
HP:1,021,900/1,021,900
SP:612,800/612,800
STR:100 INT:100
VIT:286 MND:100
DEX:100 AGI:100
■付与可能ポイント:0
■次Lv要経験値:49,800
ATK:32,000
MATK:8,000
DEF:5,600
MDEF:6,600
CRI:34%
【装備品】
右手:聖剣セイブオブクロス
左手:天盾イーザー
頭部:邪龍マガロヘルムGX
胴体:邪龍マガロアーマーGX
両腕:金剛獣鬼剛腕GX
腰背:天龍アマグダコイルGX
両脚:天龍アマグダレッグGX
【見た目装備品】
右手:なし(正装備品表示)
左手:なし(正装備品表示)
頭部:ブラックフルフェイスS
胴体:ブラックアーマーS
両腕:ブラックアームS
腰背:ブラックコイルS
両脚:ブラックレッグS
装飾:白輝・騎士の外套
【職業熟練度】
「剣士」“剣神(GM)”
「剣士」“修羅道(JM)” “剣聖(JM)”
「武闘士」“鬼忍(JM)” “武聖(JM)”
「僧侶」“魔神官(JM)” “聖者(JM)”
「魔法士」“冥導師(JM)” “魔聖(JM)”
「獣使士」“幻魔師(JM)” “聖獣師(JM)”
「戦士」“竜騎士(JM)” “聖騎士(JM)”
「重盾士」“金剛将(JM)” “聖将(JM)”
「薬士」“狂薬師(JM)” “聖医(JM)”
【所持スキル 72/72】
【剣士8/8】(表示OFF)
【剣闘士5/5】(表示OFF)
【剣豪5/5】(表示OFF)
【侍5/5】(表示OFF)
【剣聖3/3】(表示OFF)
【修羅道3/3】(表示OFF)
【剣神1/1】(表示OFF)
【武闘士系6/6】(表示OFF)
【僧侶系6/6】(表示OFF)
【魔法士系6/6】(表示OFF)
【獣使士系6/6】(表示OFF)
【戦士系6/6】(表示OFF)
【重盾士系6/6】(表示OFF)
【薬士系6/6】(表示OFF)
【書物スキル 4/4】
1 永劫の死
2 次元倉庫
3 装備換装
4 ディメンション・ムーブ
【特殊効果】
・魔法ダメージ半減
・物理攻撃回避率倍増
・特攻効果倍増
・自動HP回復 5%/10秒
・自動HP回復 3%/10秒
・自動SP回復 5%/15秒
・自動SP回復 1%/10秒
・魔法攻撃反射 5%ダメージ
【特攻】
闇属性、邪属性、闇落ち、悪魔系
鬼系、邪龍の印、覇龍の印、霊龍の印
【無効】
猛毒、麻痺、恐慌、呪怨、威圧
怯み、鈍足、停止、烙印、閃光
誘惑、反射、封印、咆哮、暗闇
闇属性、邪属性
【半減】
聖属性、割合ダメージ、特攻
【増加】
炎上、凍結、裂傷、振動、電撃
【弱点】
なし
―――――
「超越者相手にはやり過ぎだろうな……。」
以前、メルティとの対峙での感想だ。
この装備とステータスは、もはや埒外だ。
それでも。
アロンの常識と感性の枠に収まらないのも超越者だろう。
油断せず、レベリングを始める。
そのアロンが見据えるのは、この森の奥。
「さて……このくらいの装備なら対抗は出来るだろうが、どうなるかな。」
“邪龍の森” は、闇属性と邪属性の攻撃を行うモンスターが多数生息する。
この装備なら、闇と邪の属性二つを完全に防ぎ、純粋な物理と魔法ダメージに抑えることが出来る。
加えて、天盾イーザーを装備すると発生する弱点、光属性も別の装備で相殺している。
この盾が無ければ、さらに光属性が無効となるのだが。
邪龍の森の最深部探索なら、問題は無い。
アロンは目を閉じて、ディメンション・ムーブの効果でファナ達の様子を確認した。
5人とも、付かず離れず、お互いをサポート出来る位置で修行に明け暮れていた。
さらに念のため、ファナたちの周囲も出来る限り確認した。
危険なモンスターの気配は、無い。
「よし。」
アロンは短く呟き、真っ直ぐ前を見た。
いよいよ、強くなるためのレベリングを開始するのであった。
――――
「な、に、よ。この子?」
“邪龍の森” 最深部。
【ルシフェルの大迷宮】最終地点、手前。
星空のように青白い光が壁一面より照らす空間。
その中心部、星の灯りを飲み込むような漆黒の闇。
厚めの黒髪を解き解しながら、立ち上がる女性。
邪龍マガロ・デステーア。
仮初の、人の姿であった。
目を丸くさせ、ある一定方向を見つめる。
その先には、遥か数千年前からこの地で生きる彼女にとって初めて感じる、悍ましい気配を放つ人間の存在を見たからだ。
「あり得ない。」
それは、人間には絶対に持ち得ない武具を持ち、人間の子どもには絶対にあり得ない力量を有しているからこそ、呟いてしまった言葉だ。
その中の一つ。
恐らく、身に着けている防具だろう。
そこから感じる気配は……。
「そういう意味か、神め。」
マガロはそのまま、祭壇を降りた。
同時に、細い身体を捻り、最奥へと目を向ける。
「旦那様。しばし出掛けます。すぐ戻ります故、ご安心ください。」
まるで独り言であった。
返事は、無い。
マガロは再び、気配のする方へと目を向けた。
「あの子たちが、危ない。」
『ボッ』
右手に黒槍を取り出し、細い脚で一歩一歩、洞窟の外へと向かっていった。