3-1 仲間たち
季節は夏。
畑には穀物が生い茂り、野菜も瑞々しく輝く。
森に入れば茸や山菜、またそれらを主食とするモンスターを多く狩ることが出来る。
ラープス村の、実りの季節だ。
学校のテラスに置かれる椅子に腰を掛け、4枚の藁半紙を眺めるアロン。
“適正職業” の儀式を得て、2年が経った。
14歳のアロンは変声期を迎え背も高くなった。
まだ幼さ残る少年ではあるが、体躯は順調に大人へと成長している。
「同年代では3人、高等教育学院全体で判明しただけで22人も……。こんなに存在しているのか、“超越者” は。」
1枚目の藁半紙に書かれた報告内容を眺め、呟く。
この藁半紙の差出人は、ラープス村より誕生した超越者、“魔聖” のメルティ。
現在、帝都の一等地で優雅に暮らしながら、貴族や各地から集められた超越者たちと共に高度な教育を受けている最中だ。
そんなメルティは、アロンの手足としてせっせと超越者の情報を流してくる。
自身も超越者であり、それも数少ない “覚醒職” という立場から、学院内でもかなりの地位を確立しているそうだ。
元々、彼女はVRMMO【ファントム・イシュバーン】の帝国陣営で、上位ギルド “ワルプルギスの夜” に所属していたという事もあり、それを知る同年代の超越者たちから憧憬の念を集めている。
その立場を最大限利用して、アロンの要望通り、超越者の情報を集めているのだ。
現時点で判明したのは、高等教育学院内に少なくとも22人もの超越者が紛れ込んでいるという事。
続いてアロンは2枚目の藁半紙にも目を通す。
そこには22人のうち、名前と職業の両方が判明した13人について記されていた。
「1人だけ、覚醒職。後は、上位職か。」
少しホッとするが、すぐに気を入れなおすアロン。
例え上位職であろうと、このイシュバーンの世界に住む人々にとっては脅威でしかない。
超越者--、転生者はファントム・イシュバーンのシステム上のスキルまでも適用されている。
その中でも脅威にあたるのが、“不死” の謂われである死に戻り、“デスワープ” と、レベルアップした時に得られる “ステータスポイント” を6つの項目に振り分けられる、言わば自分自身の力量を自由にカスタマイズできる事だ。
アロンが持つスキルの一つ、薬士系覚醒職 “狂薬師” のクリエエイトアイテムスキル “愚者の石” によってイシュバーンに住む人々のステータスを確認した結果、超越者に対して大きな隔たりがある事が判明したのだ。
それが、レベルとステータスポイントの概念だ。
イシュバーンの人々にも、レベルが存在する。
敵対者やモンスターを倒す事で、得られる “経験値” という不可視のエネルギーを蓄積して、一定値に達する事でレベルが上昇するのは、一般人も超越者も同じであった。
そして、レベルが1つ上昇するごとに、ステータスポイントを6ポイント得られるのも同じ。
違いは、ただ一つ。
一般人――、イシュバーンの人々は、このポイントを自由に割り振りすることが出来ないことだ。
超越者は、ファントム・イシュバーンのシステムスキルの一つ、自分のステータスをいつでも画面展開させて確認することが出来る。
その機能の中に、ステータスポイントの割り振りが備わっているのだ。
ステータス画面を展開出来ない一般人には、レベルアップでステータスポイントを得られてもカスタマイズが出来ない。
つまり、レベルアップしてもHPとSPが僅かに上昇するのみで、STRやVITといった身体を底上げするステータスポイントの恩恵を得ることが出来ないのだ。
ただ、ステータス画面で操作が出来ないというだけで、得たステータスポイントを割り振りする方法があることを、この2年間でアロンは掴んだ。
――それは。
「だーれだっ♪」
突然、アロンの頭にしがみ付いて尋ねる女性の声。
細く、柔らかな腕がアロンの顔を覆い隠した。
果実のような甘い香りが鼻腔をくすぐる。
何よりも、後頭部に感じるふくよかな感触。
「ファ、ファナ?」
「正解―!」
顔を覆い隠していた腕を解き放ち、アロンの顔のすぐ横から、頭を覗かせた。
さらさらの茶色い長い髪をかき分けながら大きなサファイアの瞳をにこやかに細める。
アロンの幼馴染にして、村一番の美少女。
この度、正式にアロンの婚約者となった、ファナであった。
「何見ていたの……って、あの子のお手紙かぁ。」
少し、複雑な表情となるファナ。
何故なら、アロンが読んでいる藁半紙の手紙はかつての――いや、今もなお、恋敵と言っても過言でない危険な女、メルティから差し出されたものだからだ。
ファナは再度長い髪をかき分け、少し拗ねた様子でアロンの右斜め前の椅子に腰を掛けた。
「で、今回はちゃんと有益な情報はあったの?」
「あ、あぁ。もちろん。」
アロンは、ファナに1枚目と2枚目の藁半紙を渡したところ、眼をさらに細め、内容を見るファナ。
「ふ~ん、ちゃんと仕事しているみたいね、彼女。」
「そりゃそうだ。ボクらの味方なんだからね。」
アロンはあえて言わない。
儀式の日、暴走したメルティを止めた時、そして帝都へ旅立つ直前に、散々脅したことを。
そして、アロンの中でメルティは “殲滅” する対象に変わりが無いことを。
1枚目を読み終え、2枚目を眺めるファナ。
「ここに書いてある人たちが……メルティちゃんと同じ、超越者なのね。」
「そうだ。この中に、もし世界にとって害を成す相手が居るようなら、ボクの出番となる。」
“ここに書かれている全てが、対象”
白い、男の御使いから与えられた “選別” と “殲滅” を行うためには、全員に会い、見定める必要がある。
妥協は出来ない。
それを条件の一つとして、アロンは力を得るためにファントム・イシュバーンの世界へ転移し、そして5年の月日を経た後にイシュバーンへと転生、再び “アロン” として人生のやり直しが始まったのだ。
その恩に報いるため。
今度こそ、この隣に居る最愛のファナを守るため。
愛する家族、そして村人を守るため。
アロンは、この場に居るのだ。
「ねぇ、アロン。あとの2枚には何が書いてあるの?」
「ああ、これはまだ読んでいない……が……。」
チラリと3枚目に目線を飛ばした。
そこに書いてあった内容は。
メルティの愚痴であった。
“魔聖” という帝国初となる職業を持って生まれたメルティは、相当ちやほやされた様子だが、それが気に食わない先輩たちに散々絡まれたこと。
特に派閥が面倒臭く、貴族中心のグループに、超越者のグループ、両方入り混じりのグループと様々らしく、両方入り混じりグループのリーダー格であるメルティは、あらゆる場面で矢面に立つそうだ。
先日、貴族中心のグループの中でも一番気に入らない同学年の男を、実践教室でボコボコに返り討ちにしたらしい。
帝国でもかなり上位貴族のおぼっちゃんだったらしく、教員たちも大慌てだったそうだが、当の本人がメルティの強さと美しさに惹かれ、掌を返したように交際をせがんでくるというのだ。
「これ、愚痴なのか自慢なのか、分からないね。」
「本当だな。楽しそうで何よりだ。」
3枚目をアロンとファナと一緒に眺める。
そしてアロンは3枚目をめくり、4枚目を出した。
「げっ。」
「ああっ!」
思わず、声が漏れる二人。
そこに記されていた言葉。
--
私は、色んな派閥や先輩たちに睨まれても、例え一人ぼっちになっても、平気です。
なぜなら、私にはアロン様がいますから。
交際をせがむ貴族の子は侯爵家と言っていましたが、関係ありません。
私は、アロン様一筋ですから。
貴方様に与えられた任務をこなし、いつか、村に戻ろうと思います。
その時はもう一度私の想いに耳を傾けてください。
世界の誰よりも、ファナよりも、貴方をお慕いしております。
貴方のメルティより。
--
「あの……子。まだアロンの事を。」
顔を赤くしながらも、何とも言えない表情で唇を噛みしめるファナ。
そんなファナを眺めながら、
(散々、殺すだ何だと脅した相手に。どういう心境だ。)
メルティの心境に、呆れるアロンであった。
それよりも、問題は目の前で震える最愛の婚約者だ。
「ねぇ、アロン。もし本当にメル……!」
言い切る前に、アロンはファナの唇を人差し指で押さえた。
「ファナ。 手紙が来る度にそれを確認するのかい?」
人差し指を離しながら、優しく、ファナの目を見つめる。
潤んだ瞳が、澄んだ青の宝石をより輝かせる。
「……だって。」
目を俯かせて一言呟いた。
アロンは一つ頷き、そのままファナを抱きしめた。
今世、14歳。
ファントム・イシュバーンと前世を合わせると、36歳。
それでも、女性の扱いは良く分からない。
だからこそ、アロンは自分が出来る精一杯でファナに応える。
「ボクは、ファナしか見えていない。ファナと生きて、ファナと幸せな人生を送ることしか、考えられないよ。」
“今度こそ”
前世、理不尽が二人を引き裂いた。
アロンは自らの弱さを嘆き、怒り、絶望した。
そして目の前で、愛するファナが暴漢に凌辱される姿。
あれから、実に19年。
その時の後悔と憎悪は、風化していない。
こうして、愛するファナを抱きしめる度に。
喜びと、安堵と、安らぎと、愛しさを与えてくれる。
同時に。
あの日の絶望を、憤怒を、憎悪を、忘れさせないでくれる。
心に、“白” と “黒” が溢れる。
その全てが、“ファナ” に起因しているのだ。
「……ありがとう、アロン。」
白と黒の感情が溢れるアロン。
だが、その表情は柔らかく、穏やかだ。
そんなアロンに、一言お礼を伝えた。
「ボクの方こそ。ありがとう、ファナ。」
「アロン。愛している。」
「ファナ……。」
そのまま二人は顔を見合わせ、目を閉じ、唇を重ね合わせようとゆっくりと近づく。
『ガタンッ』
アロンとファナの後方から物音が。
思わず顔を離すが、抱き合ったままの二人。
「あ、いや、その……すみません、師匠、奥様!」
物音のした方には、顔に盛大に “やっちまった!” と書かれた背の高い美少年が居た。
長めの金髪に、橙色の澄んだ瞳、整った鼻筋。
今や村一番の美男子となった、アロンの自称弟子、リーズルであった。
「リリ、リーズル君!?」
湯蛸のように顔を真っ赤に染め上げて叫ぶ、ファナ。
さすがのアロンも、恥ずかしい。
ファナはバッ、とアロンから身体を離して顔を両手で覆う。
いくら婚約したとは言え、クラスメイトに逢瀬の姿を目撃されてしまった。
もし穴があれば、飛び込んで蓋をして縮こまりたい気分だ。
「ど、どう、どうしたの、リーズル?」
そんなファナを隠すように、頭を掻きながらアロンはリーズルに尋ねた。
“大変なものを見てしまった” と、ファナ同様に顔を真っ赤にするリーズルは一瞬言葉を詰まらせてしまうが、
「あ、ああ! その、師匠に言われた今日の修行が終わったから、奥様が呼びに行ったんだけど、その、ちっとも来ないから、オレが呼びに……。」
どもりながらも用件を伝えた。
「あ。」と声を上げるファナ。
「そうだった! アロン! 今日の修行が終わったの!」
メルティの手紙で用事を忘れてしまったファナ。
ファナとリーズル、そしてガレットとオズロン、さらに教師のアケラも混ざっての5人で ”アロンから与えられた課題” こと修行が完了したため、その成果を確認してもらおうとアロンを呼びに来たのだ。
「皆待っている! 早く行こう! ねっ!」
アロンの手を取り、急かすファナ。
やれやれ、と笑みを浮かべて頭を掻きながら先に行くリーズル。
「分かった、分かったからそんなに引っ張らないで!」
困り顔だが、笑顔。
アロンはメルティからの報告書をポケットに突っ込み、ファナに手を引かれて鍛錬場へと向かうのであった。
◇
「遅いですよ、ファナさん。」
最初に小言を告げたのは、二十代後半に差し掛かったとは言え、その美貌に益々磨きが掛かる、アロン達の担任のアケラであった。
「どうせ、ファナさんはアロン様と戯れていたのでしょう?」
顔の汗をタオルでふき取る、黒いストレートヘアの少年。
低い背丈に線の細い身体に憂いを帯びた表情は、眼鏡が無ければ “女性” と間違えてしまうほどの童顔を持つ、オズロンであった。
汗を拭きとった後、トレードマークの丸眼鏡を掛けて、真面目な顔をして茶化してきた。
「ち、違います!」
即座に否定するファナ。
だが、顔を伏せるアロンとリーズルであった。
その二人の様子が、答えを物語っていた。
が。
「おいおい、どーでもいいけど、早く見てくれよ、アロン師匠!」
上半身裸。
この中で一番背が高く、身体付きも良い。
まさに筋肉一筋といった少年。
栗色の短髪にギラギラした紺の瞳。
むき出しの白い歯がまぶしい、ガレットが叫ぶように告げた。
はいはい、と少し溜息交じりにアロンは手をかざした。
(“愚者の石”)
アロンの手に握られるのは、透き通る黒色の玉子のような宝石。
“愚者の石”
使用すると、一定時間、周囲の者のステータスを覗き見る事ができ、尚且つ、居る場所・フロアを俯瞰するように地図が脳内に広がる効果がある。
デメリットは、攻撃を受けるとダメージが倍になることだ。
だが、この場でアロンを攻撃するような者は居ない。
仮に居たとしても、生身でDEFが1,400以上のため、例え鋭い鋼の剣で切りつけられようとも、アロンには傷一つ付かない。
さらにHPは約30万。
ダメージなど、あって無いようなものだ。
『ピンッ』
甲高く鳴り響き、愚者の石が砕けた。
その効果が、アロンに適用されたからだ。
アロンは、ジッと、全員を見つめる。
そして。
「うん。全員、ステータスが上がっている!」
笑顔で伝えた。
「よっしゃー!」
「やったぁ!」
告げられた5人は、それぞれ喜びを露わにした。
その様子を見つめ、アロンは続ける。
「まず、僧侶と魔法士のファナ、オズロン、そしてアケラ先生。」
名を呼ばれた3人が、アロンを見る。
「INTとMNDがそれぞれ上昇したね。特にオズロンはさすがだよ、この前よりも、両方とも6も数値を上げた。」
アロンが褒めると、オズロンは恥ずかしそうに眼鏡を上げた。
「と、当然だろ! この中で一番真面目にやっているんだからな!」
「あら、聞き捨てなりませんね、オズロンさん?」
教員アケラがにっこりと笑う。
思わずたじろいてしまうオズロンだが、
「何を言いますか! ファナさんと恋愛話が長引き、修行が疎かになることもあるじゃないですか、先生は!」
指をさして暴露する。
しかし当のアケラは、ぴ~、と気の抜けた口笛を吹いて誤魔化した。
「まぁまぁ。先生もファナも、両方とも5は上昇しているから。そこまで不真面目という訳ではないよ。」
アロンが軽くフォローを入れた。
そして、今度はファナを見る。
「ファナは、ステータスよりも驚いたのがスキル……ヒールだね。こっちの数値が相当上がっている。頑張っているね。」
アロンの言葉に、パァッ、と顔が綻ぶ。
その指摘のとおり、ファナは毎晩寝る前に、僧侶のスキル “ヒール” の無駄打ちを繰り返している。
イシュバーンの世界では魔力――、実際は “SP” が尽きるまで、毎晩毎晩、欠かさず繰り返していたのだ。
その結果、ステータス画面で振り分けなければ強化されないスキルレベルが、相当上昇したのだ。
“愚者の石” では、最大10まであるスキルレベルは見る事が出来ない。
だが、表示される職業欄の “熟練度” によって、どの程度スキルレベルを上げたのかは予想が付くのだ。
ファナは現在、傷を癒すヒールと、毒や麻痺といった程度の低い状態異常を治すキュアのみ使える。
“傷を癒す事” を重点としているため、ヒールのみを底上げした結果、ファントム・イシュバーン上での表記ならば、ファナのヒールのスキルレベルは、すでに “4” だ。
――そう、これらがアロンが見出した方法。
ファントム・イシュバーンのように、ステータス画面でしか割り振りが出来ないと思っていた “ステータスポイント” や “JP” を、ステータス画面に頼らず任意の箇所へ割り振る。
修行あるのみ、であった。
それも、がむしゃらにただ鍛錬を行うのではなく、底上げしたい項目を意識した、それぞれ適した鍛錬方法によって底上げしているのだ。
まず、ステータスポイントが溜まっている状態が前提。
“STR” を上げたいなら、腕立て伏せに素振り。
“VIT” を上げたいなら、衝撃などの受け身。
……などと、アロンは5人の仲間の協力を元に、6つの項目ごとの最適な鍛錬方法を生みだした。
そして、スキルレベル。
これもJPが溜まっている状態で、レベルを上げたいスキルをひたすら使いまくるという方法だ。
すると、溜まったJPがそのスキルに割り振られ、一定値を超えることでレベルが上がる事に気が付いたのだ。
すでに全スキルがカンストしてしまっているアロン一人では、絶対に気付かなかった法則だ。
特に、スキル=魔法と分かりやすい魔法士系・僧侶系の3人は、この方法で見る見るとスキルレベルを上昇させていっている。
このステータス値とJPの割り振り修行法は、レベル上昇によって数値が溜まっていなければ意味が無い。
いくら鍛錬しても、現状維持が関の山なのだ。
それがアロンによって、初めてレベルが概念化されたのだ。
そのことを知るのは、まだこの5人だけだ。
――後でアロン達は知る事となるが、他の超越者は、他の一般人に対してこの方法を取って鍛えようなどという者は誰一人として居なかった。
超越者本人が、“自分は特別であり、周囲はモブである” という選民思想も原因の一つでもあったが、最大の理由が、“愚者の石” を生み出せる薬士系覚醒職 “狂薬師” の数が少なく、まさか愚者の石をそのような事に使うという発想が生まれなかったからだ。
いずれにせよ、世界でも画期的な方法をアロン達は生み出した。
その方法により、“一般人” である5人は、効率よくその力量を高めている。
特に、ファナが顕著な成長を遂げている。
――それもそのはず。
ファナの目標は、メルティ曰く “最強” のアロンの隣に、いつまでも立つことだ。
足元にも及ばないかもしれないが。
もし仮に、アロンが傷ついた時は、私が治す。
その想い、一心であった。
◇
「明日から夏休みですね。」
6人の秘密の修行が終えたところで、アケラが改めて告げた。
「夏休みでも、こうして学校に集まってもいいんだよね?」
リーズルが、目を輝かせてアケラに尋ねる。
うーん、と渋る、アケラ。
「実はこの休みの間に、鍛錬場を含めて何カ所か修繕工事が入るのです。なので……。」
アケラは、小声で、全員に告げる。
(森の奥へ行きましょう。アロンさんの許可を得られる範囲で。)
その言葉に、全員が表情を輝かせる。
「いいねぇ、先生!」
「俄然、やる気が出てきたぜ!」
「いかがでしょうか、アロンさん?」
今度はアロンが唸る。
自分がついて行けば、安全は確保できるが……。
「皆が最大限、安全が確保された上で、もう一つの条件を飲んでもらえるなら、良いですよ。」
この夏休みに、やろうと思っていることがある。
アロンは、それを告げる覚悟だ。
「条件とは?」
「単独行動を認めてください。もちろん、皆に危険が及びそうなときは、すぐ駆けつけます。」
「ダメッ!!」
アロンの言葉を、即座に否定するファナ。
「ダメ、ダメよ、アロン。単独行動って、森で!? そんなの危険すぎるよ!」
ファナだけでなく、教員のアケラも頷く。
だが。
「必要な事なんだ。」
アロンの意志は固い。
そのアロンに同意するのは、一番弟子のリーズル。
「奥様、先生。どうせ師匠のことだ、オレ達の修行場所の確保をしてくれようとも、どうだろうとも、絶対一人で行くぜ? だって、師匠だもん。」
その言葉に、ガレットとオズロンも同意するよう頷く。
「そういう事です。」
4対2
男たちの言葉に、アケラは頭を抱える。
「……一つだけ教えて。じゃないと、私もファナさんも納得が出来ない。アロンさんは、森のさらに奥へ行くつもりなの?」
「そうです。」
はぁーー、と深い溜息を吐き出すアケラ。
「そこで、何をするの?」
アロンは静かに、はっきりと答える。
「ボク自身の、レベルアップのためです。」
森の奥、さらに最奥。
そこに生息する、“邪龍の森” の真の番人たち。
それらを倒し、一気にレベルを上げる。
来たる、“超越者” の殲滅のために。
「アロン……。」
婚約者であるファナは、何となく理解している。
アロンが、御使いから授かったという天命。
ただ、村を守るだけのはずがない。
頷き、ファナはアロンの手を取る。
「アロン。私からも一つ条件を言わせて? ……絶対、毎日必ず、顔を見せて。“いってらっしゃい” と、“おかえり” を、必ず、言わせて。」
目を潤ませて、告げる。
余りの可憐さに、思わずアロンは顔を染め上げて目を逸らした。
「わ、わかった! 約束するよ、ファナ。」
これで、5対1だ。
さらに深い溜息を吐き出す、アケラ。
「ああ、私は教員失格ね。」
諦めたように呟いた。
「いいでしょう。認めます。貴方の条件を認めるので、こちらにも、修行の場を与えてください。」
「はい!」
こうして、各々強くなるための夏が始まるのであった。
特に、アロンにとって今後の運命を左右する夏となる。
それは【ファントム・イシュバーン】という遊戯が、イシュバーンを模した世界である、だけではない事。
何故、ファントム・イシュバーンが存在しているのかという事。
今まであまり考えもしなかった、意外な謎を知るきっかけにもなるのであった。