2-13 心酔
「では、お母様とメルティ様は先行して帝都へ、お父様は村の護衛隊の引継ぎが終わり次第帝都へということで、こちらも受け入れの準備を整えます。」
メルティの家。
先ほどの儀式でメルティが “魔聖” という職業を持った超越者であることが判明したため、皇帝の勅命である、超越者は直ちに帝都へ赴くことを伝えた神官の言葉をにこやかに聞き入る、メルティの父と母、そしてラープス村の村長だ。
半年以上も学校へ行かず自宅に引きこもっていた娘。
“体調が悪い” とのことだが、仮病であるのは分かっていた。
いい加減にしろ、と学校へ向かわせようとしたが、異常なまでに抵抗と反発を受けたため、半ば諦めていたメルティの両親。
幼い頃から利発的で、学校の女子たちの中でも一番頭が良く、周囲を気遣いクラスの中心人物的存在であると担任に伝えられた、自慢の娘。
それが突然、落ちこぼれてしまった。
将来を悲観した両親。
このまま儀式までも拒否してしまったら、この世界で生きていけなくなる。
“適正職業” が何であるか、その神託を受けるのはこの世界にとって重要な意味を持ち、仮にメルティが儀式を拒否するようなら、もう村でも暮らしてはいけない。
特にメルティの母親は、メルティを連れて心中するつもりであったほど、思い悩んでいたのだ。
しかし、意外にもメルティは儀式を自ら進んで受けに行き、安堵する両親であった。
まさか、その娘が超越者だったとは夢にも思わなかった。
最初に聞かされた時は腰を抜かすほど驚愕したが、今では掌を返し喜びを露わにするメルティの両親であった。
神官から告げられた、帝都への移住。
皇城周辺の貴族が多く住む一等地に構えられた超越者とその家族が住む区画。
そこに建てられた大きな庭付き一軒家に居住することが許される。
毎月多額の給金が支払われるため、両親は働く必要が無い。
庭で土いじりをしたり、同じ超越者を持つ親同士のコミュニティで茶会を開いたりと、自由気ままに生きられる。
“その代わり、超越者は皇帝の手足となって戦争に赴く”
中には、愛する我が子を戦争に向かわせたくない、と騒ぐ親もいる。
しかし、超越者は “不死” なのである。
仮に戦争で殺されたとしても、翌日には、五体満足で自宅の部屋で復活しているのだ。
戦争で死ぬことは無い。
遊んで暮らしても余りある給金。
しかも帝都の新たな住宅には、使用人まで付けられる。
そしてもう一つ。
メルティは将来の帝都を背負って立つ士官候補生として、最大6年間、高等教育学院への編入までも認められるのだ。
両親の心配事はただ一つ。
この高等教育学院への編入だが……。
「慎んで、お受けします。」
娘はあっさりと了承した。
半年間も引きこもっていたため拒否されるかと思いきや、笑顔で受けた。
「ああっ、メルティ……。貴女は、本当に私達の自慢の娘だよ!」
涙を流しながらメルティを抱きしめる母。
父も、笑顔でメルティの頭を撫でる。
仲睦まじい親子の絆。
それを満足そうに眺める、神官と村長。
(どいつもこいつも現金ね。……人の気も知らないで。)
笑顔。
だが裏では両親への呪詛を並べるメルティであった。
こんな田舎村でなく、全てが揃う帝国最大都市 “帝都” での華やかな暮らし。
豪華な庭付き一軒家に使用人まで付いて、不労所得での生活。
条件はただ一つ。
娘が、帝国の狗になること。
目の前の神官にも腹が立つ。
儀式のとき人を悪魔だ何だ言っておきながら、魔聖だと分かったら掌を返して帝都行を提案してきた。
その時の表情。
前世で働いていた会社の、あの守銭奴と同じ。
会社の金を横領していた経理担当と、同じ匂いがする。
恐らく、転生者を帝都へ無事送り出すことが出来れば、何かしらの見返りがあるのだろう。
そうでなければ敵愾心を丸出しにしていた自分に危険を冒してまで、アロンに倒された自分を看病したり、帝都移住の話を持ち掛けたりなどしないはずだ。
神官の隣の村長も同じだ。
元帝国兵で帝都に長年住んでいた者として、この神官が持ち掛けた話は非常に好待遇、むしろ代わりたいくらい羨ましいものであると説明してきた。
だから、この待遇を知っている者が村にいた場合、妬みを覚える可能性もあるとのこと。
そうした村人同士のいざこざを未然に防ぐためもあり、メルティ一家、というよりも転生者を輩出した一家は即座に帝都へ移住し、皇帝によって保護されるというのだ。
――どうやら、村にも報奨金が支払われる様子。
大いに喜ぶ父と母。
そして祝福の言葉を並べる神官に、同じく笑顔の村長。
“転生者をだしにして金を得る大人たち”
前世、不遇な人生を歩み金にも困っていたメルティにとって、ここに居る大人たちの喜びは醜く映った。
しかし、メルティが選べる未来は無い。
この話を受け、帝都へ移り住み、高等教育学院へ通い、卒業後は幹部候補として帝国軍に従事するしか道が無いのだ。
――尤も、帝国軍に属さなくても、冒険者となる道もある。
規律の厳しい帝国兵よりも、冒険者ならある程度は自由が利く。
しかしながら、冒険者も一定の給金と身分保障が帝国から認められる代わりに、帝国から徴兵され戦争に赴く場合がある。
冒険者になっても、結局は帝国兵としての身分が与えられるのだ。
それでも、雁字搦めの帝国兵よりは幾分かましではあるが。
だが、メルティは帝国兵一択。
何故なら--。
「……パパ、ママ。少し具合が悪いから、部屋に戻っているね。」
ゆっくりと椅子から立ち上がるメルティ。
隣に座る母が、慌ててメルティの腕を掴む。
「だ、大丈夫なの!?」
虚ろな瞳で母の顔を眺めるメルティ。
心底心配しているといった表情だが、“どうせ帝都暮らしとお金でしょ?” と蔑みたくなるのであった。
「大丈夫。……明日には出発するんでしょ? 準備もしておくね。」
するりと母の腕を外して、振り返りもせず自室へと向かった。
そのメルティの様子を呆然と眺める大人4人。
「ま、まぁ。突然の事でメルティも心の整理が必要でしょう! それより神官様、村長、一杯どうですか!?」
「冷えたエールをお持ちしますね!」
慌ててグラスを用意する父と、キッチンで冷やしているエールを取りに向かう母。
神官と村長は顔を見合わせ、少し困り顔で頷いた。
「せ、せっかくなのでお寛ぎください、神官様。」
「う、うむ。ではお言葉に甘えさせていただきましょう。」
儀式を受けた子ども達、そして騒ぎを聞きだした教員や一部大人たち以外は、今回のメルティの暴走については知らない。
もちろん、メルティの父と母の耳にも入れてはいない。
明日には、メルティは帝都へ向かうのだ。
今更、騒ぎ立てたり咎めたりする必要は無い。
大人たちは、それぞれ手に入る富と名誉に希望を膨らませ、夜中まで酒盛りに興じるのであった。
◇
「はぁ……。」
自室に入るや否や、ベッドに飛び込んだメルティ。
期待と絶望。
今日一日、それが目まぐるしく変化した。
“適正職業” の儀式で、“魔聖” という絶大な職業が明るみになり、さらに12年間も蝕んでいた “年齢補正中” というステータス制限が解除された。
今日から始める、メルティの明るい未来。
異世界転生物の小説や漫画のような世界。
その世界の、ヒロイン。
それが、私であったはず。
そんなお約束の世界で、出会った憧れの人。
【暴虐のアロン】
だが、彼が最初に告げられた職業は、何の変哲もない、剣士であった。
“剣神” ではない。
その事実から、彼が【暴虐のアロン】で無かった、私が一人で勝手に騒ぎ立てて取り乱していただけだという事に気付き、その怒りと羞恥心から凶悪な魔法を放ってしまった。
本来なら、人が死んでもおかしくないほどの魔法を。
だが、彼はいとも簡単に防いでしまった。
その姿、その力、そして、あの気迫。
剣士、という鑑定結果は間違っていたのだ。
どうして間違えたのか分からないが、きっとそうだ。
彼こそ、本物のアロン。
それでも、もう遅い。
彼の怒りに触れてしまったから。
それだけでは、無い。
(アロン様は……向こうの世界の人では無い。)
ファントム・イシュバーンの世界からの転生者。
それが、所謂 “超越者” である。
だからこそ【暴虐のアロン】はメルティと同じ転生者であると信じて疑わなかった。
しかし、当のアロンからそれを否定された。
(どういう意味なの……?)
“転生者だけど、転生者ではない”
混乱するメルティに告げられた、アロンからの答え。
アロンは転生者、即ち【暴虐のアロン】である可能性が極めて高い。
むしろ、魔聖であるメルティを簡単にあしらうようなあの強さと気迫は、そうでなければ説明がつかない。
だが、“転生者ではない” という言葉。
それに、元々イシュバーンの住人という言葉。
ますます意味が分からず、枕に顔を埋める。
“アロン” とは、一体……?
「はぁ……。ちゃんとしないと、私、殺されちゃうからな。」
“自分は生かされている”
その意味が、全身に大きく圧し掛かる。
メルティが、帝都行きを快く了承した理由。
それが、アロンから告げられた “命令” があるからだ。
“帝国の “超越者” の情報を事細かに調べて、教えろ“
超越者の数、名前、職業。そして所属に階級。
帝国軍だけでなく、冒険者も。
もちろん、メルティと同じく転生者だと判明して帝都へ移り住み、高等教育学院へ通う者、通っている者も含まれる。
何故、その情報が必要なのか?
その問いにアロンは答えなかった、が。
――メルティとの戦闘中に、アロンが告げた言葉。
『貴様ら、害虫を根絶やしにする者だ。』
転生者を根絶やしにする。
その根絶やしにする対象を、彼は “害虫” と呼んだ。
どういう基準かは分からないが、この世界に住む者や、何かしら悪意ある者を、彼は根絶やしにすると言ったのだろう。
しかし、転生者はファントム・イシュバーンのシステム上のスキル、死んでもマイルームに強制移動となる “デスワープ” があるため、事実上の不死者である。
だが、それすらも捻じ伏せる何かが、アロンにはある。
“根絶やしにする” という事は “不死のシステムを無効にする方法が存在する” ということを意味しているのだろうし、メルティに対しても “裏切ったり誰かに話したら殺す” と平然と告げるということは、その方法はアロンが任意に発動できる、しかもその条件は厳しくないものであると、想像が付く。
単なる脅しではない。
確固たる何かが、ある。
「……どうして。夢にまで見た異世界転生で、こんな目に遭わなくちゃいけないの?」
涙が溢れる。
お約束なら、自分はヒロインであり、彼は自分と並ぶヒーローであるはず。
様々な出来事を乗り越え、やがて二人は結ばれ、幸せな未来を築くはずだった。
思い描いていた未来が、一瞬で瓦解した。
彼には、すでに将来を誓った女がいる。
そして彼は、私を虫けらのように蔑む。
“こんなはずがあって、良いわけがない”
涙溢れるメルティの瞳に、再び憎悪が宿る。
その時。
「まだ自分の立場が理解出来ていないのか、メルティ。」
部屋に、声が響く。
慌ててその声の方へと振り向くと、壁に背を預けたアロンがメルティを睨んでいた。
「ヒッ!?」
「言っただろ? 貴様がどこで何をしていようが、ボクには手に取るように分かる。それに、こうやっていつでもどこでも、背後から刺すことが出来る。妙な真似はしないことをお勧めするよ。」
アロンはそう言い、コトッ、と机の上に何かを置いた。
それは、琥珀色した24面体のピンボール大の石だった。
「これが何かは、次元倉庫へ入れれば分かるだろう。明日には帝都へ向かう君への餞別さ。どう使おうとも君の自由だ。そのことで君を咎めることは無いから、安心してね。」
それだけ伝え、アロンは一瞬で消えた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……。」
涙と共に、全身から冷や汗が流れる。
身体は極寒の地にいるように凍え、ガタガタと震えが止まらない。
この部屋に現れたのは、恐らくディメンション・ムーブ。
しかし、タイミングが良すぎる。
もしかすると、メルティが知らないだけで、相手の行動を掴め、居る場所へ瞬時に移動できるスキルがあるのかもしれない。
何故なら、相手は【暴虐のアロン】と思わしき人物。
一つのアバターが理論上所持することが出来るスキル数72個を誇る唯一の存在。
対して、魔聖も中途半端な育成状態で転生したメルティ。
所持しているスキル数は、25個だ。
「勝てるわけ……逃げられるわけ……無い。」
一頻り涙し、震えが収まったところで、アロンが今しがた置いていった石ころを眺める。
美しい、琥珀色の宝石のようだ。
「……次元倉庫。」
メルティは次元倉庫を発動させ、その石を収納してみた。
「これ、は……!!」
同時、目の前に広がる次元倉庫の収納物一覧表に表示された、石ころの正式名称にメルティは驚愕した。
「て、敵対鑑定石……。」
ファントム・イシュバーンの大規模ギルドバトル “攻城戦” の敗者側ギルドに一つずつ配布される、敗北報酬の一つ。
服用すると一定時間効果の表れる鑑定薬や神眼薬とは違い、たった一人のアバターにしか効果を反映させることが出来ないが、帝国に限らず、敵対する聖国・覇国に所属するアバターにも、効果範囲や場所などを問わず適用させることが出来る。
ただし、現実時間で48時間以内に出会ったアバターのみ。
広大なファントム・イシュバーンで、すれ違ったアバターやギルドバトル等で出会った者しか選択が出来ない。
仮に全アバターが対象となると、7,000万人以上の中から探さなければならなくなる。
“何故、こんなものがこの世界に存在しているのか”
という疑問は過らず、メルティは “餞別” と言って渡されたこの鑑定石自体に注目してしまった。
これをあえて渡した事実。
どう使おうとメルティの自由であると告げられた意味。
「これで、貴方を見ろ、という事?」
考えられるのは、アロン自身を鑑定してみろ、という意味だ。
そんな事を仕出かせば、敵対者、つまり裏切り行為である。
本来なら。
しかし、アロンは “君を咎めることは無い” と告げた。
つまり、敵対鑑定石でアロンのステータスを見ても、不問にするという意思表示をしたのだ。
尤も、見られたくないのなら、そんなアイテムを置いて行くなんて絶対にしないはずだ。
メルティは辺りをキョロキョロ見渡し、敵対鑑定石を握って念じてみた。
すると、淡く琥珀色の光を放つ。
無機質な女の声が、脳裏に響く。
『対象を選んでください。』
ステータス画面のような一覧が、メルティの目の前に広がった。
“所属ギルド名”
“拠点”
“レベル”
“職業”
“名前”
この5つの項目順に、ずらりと並ぶ。
その殆どが、今日儀式を受けた村の子ども達の名前であったり、教員であったり、すれ違った村人とかだ。
その中から、アロンを探す。
「嘘っ!?」
思わず、叫んでしまった。
それは、一際 “異質” な表示が、あったからだ。
――――
所属ギルド 無し
拠点 ラープス村(イースタリ帝国)
レベル 130
職業 剣神(極醒職)
名前 アロン
――――
“基本職” が並ぶ中、一際目立つ “極醒職” の表示。
さらに、平均レベル20前後の村人の中で、桁が一つ違う130というレベル。
メルティは恐る恐る、アロンのステータスを開示させた。
―――――
名前:アロン(Lv130)
性別:男
職業:剣神
所属:帝国
反逆数:なし
HP:293,100/293,100
SP:112,700/112,700
STR:100 INT:100
VIT:280 MND:100
DEX:100 AGI:100
ATK:5,010
MATK:5,000
DEF:1,403
MDEF:500
CRI:14%
【装備品】
右手:鍛錬用木剣
左手:なし
頭部:なし
胴体:布の服(上)
両腕:なし
腰背:布の腰巻
両脚:布の服(下)
【職業熟練度】
「剣士」“剣神(GM)”
「剣士」“修羅道(JM)” “剣聖(JM)”
「武闘士」“鬼忍(JM)” “武聖(JM)”
「僧侶」“魔神官(JM)” “聖者(JM)”
「魔法士」“冥導師(JM)” “魔聖(JM)”
「獣使士」“幻魔師(JM)” “聖獣師(JM)”
「戦士」“竜騎士(JM)” “聖騎士(JM)”
「重盾士」“金剛将(JM)” “聖将(JM)”
「薬士」“狂薬師(JM)” “聖医(JM)”
【所持スキル 72/72】 ※開示不可※
【書物スキル 4/4】
1 永劫の死
2 次元倉庫
3 装備換装
4 ディメンジョン・ムーブ
―――――
「あ、あ、ああ、あ……。」
余りに逸脱した表記に、嗚咽を上げるメルティ。
その表示は、かつて見た憧れの人の物よりは遥かに劣る。
しかし、このステータスが全てを物語っていた。
「アロン様……。」
間違いなかった。
彼こそメルティが、ファントム・イシュバーンで憧れた、その人であったのだ。
全ての覚醒職をジョブマスターまでへと辿り着き、その上で極醒職 “剣神” をグランドマスターまでに至った伝説の最強アバター。
その名も、【暴虐のアロン】
メルティは膝を折り、祈るように天を仰いだ。
「女神様……。私、頑張ります。一生懸命、彼のために、働きます。」
女神は、憧れの人と出会わせてくれた。
ただ、その人の隣には立てない。
“今は”
まだ見ぬ新天地。
そこで、“彼” のために動く。
静かに、確実に。
だが、打算的に。
“いつか必ず、振り向いてもらうために”
何故なら、メルティが憧れる、その存在は……。
(彼は、この世界で、最強なのだから。)
それは、客観的に見れば “心酔” でしかない。
だが幸か不幸か、メルティの考えは概ね正しかった。
そして、メルティ自身気付いていなかった。
むしろ、最後までその可能性を排除してしまっているのだ。
――“駆除” の対象に、自分自身が含まれていることを。