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2-12 御使いからの天命

「一体何事か!」


教会の外。

恐慌状態で飛び出してきた子ども達を落ち着かせている教員たちに、護衛隊を引き連れた村長が怒鳴りながら近づいてきた。


今日は、年に一度の神聖な儀式の日。

子ども達は、その儀式に臨んだ者たちだ。


“何か異常事態が起きた”

“善神エンジェドラス様のお怒りか”


村長の記憶の中では、このようなパニックは一度も無かった。


時々、“超越者” と呼ばれる八職を超える職業を得る子どもが現れる時もあったが、基本的に儀式を行った神官と教会の司祭、そして村長とその子どもの保護者を交えて秘密裏に、混乱が起きないように “皇帝からの勅命” を実行するだけだった。


それは、『直ちに帝都へ送る事』だ。


超越者は、絶大な力だけでなく不死の身体を持つ。

終わりの見えない三大国の戦争に対し、いかのこの不死の絶対的な超越者を数多く揃えるかが、戦争終結の鍵となるからだ。


だが、無闇に超越者の存在を明らかにすべきではない。


儀式で超越者が現れたと判明した時は、神官から司祭へ、そして司祭から村長へ、速やかに伝えられ、明日の早朝には一家総出で帝都へと向かわせる。


周囲には、突然に引っ越したように見えるだろう。

だが、超越者という絶大な存在をちっぽけな村に押し留めて置き、周囲と何かしらのトラブルを起こすと一大事だ。


例えそれが些細な問題であろうと、超越者と村人との間に禍根を残した結果、“浄化” などという身勝手な大義名分を掲げた超越者の手によって、村が滅ぼされる可能性すらある。


それほどまでに、超越者は恐ろしい存在なのだ。


過去、突然訪れた超越者の冒険者の気まぐれで、一夜にして老人と男たちが皆殺しに遭い、女子供が奴隷に堕とされたという事実すらある。


それでも、その超越者はお咎め無しであった。

それだけ帝国にとって。

――世界にとって、超越者は絶大である。




「村長! 子ども達の話では……。」


教員であり、村の医師でもあるマッケートが、憔悴しきった表情で語り始めた。

その話を聞き、見る見る顔を真っ白にする村長。


「メ、メルティが……。」


“儀式の最中、突然メルティがおかしくなった”


“超越者” が出現した時に、ままある現象(・・)だ。

押さえつけられていた “力” を解放するように、何かのタガが外れ、発狂して周囲に危害を加えることもある。


村長は意を決し、教会の扉へと近づいた。


「村長! 危険です!」


マッケートが叫ぶ。

しかし、元帝国兵で “百人隊長” を歴任した村長だ。

子どもとは言え、超越者を相手に抑えきれられるとは思えないが……“説得” は出来るし、何か攻撃をしてきたとしても、防戦なら耐えきれるだろう。


覚悟を決めた村長。

だが。


『ガギギギッ』


軋む音を立てて、内側から教会の扉が開いた。

その中から現れたのは……。


「メ、メルティ……。」


顔を伏せ、俯くメルティ。

その両脇には、険しい表情でメルティの腕を掴んで隣に立つ教員アケラと、対照的にニコニコと笑みを浮かべる神官であった。


「アケラ……。これは、どういうことだ?」


尋ねる村長に、笑顔の神官が耳打ちをする。


(ここでは何です。メルティさんのご自宅で詳しいことをお話ししましょう。)


怪訝な表情となる村長。

チラリと後ろを見ると、メルティの姿を見て怯える子ども達。


子ども達が言っていたことは、嘘ではないだろう。

だが、神官の様子から察するに、“この儀式で超越者が現れ、帝都へ行くことを本人が了承した” と判断する村長。


自ら行った儀式で超越者を見つけ出し、帝都へ導いた神官には、多額の給金が約束される。

その莫大な褒章が目前で、彼の内心は歓喜に満ち溢れているのだろう。


「分かりました……。メルティの、両親にも話が必要だろう。こちらです。」


様子から、メルティが暴れる事はないだろう。

村長は、神官とメルティ、アケラを引き連れて居住区へと向かった。





「ねぇ、アロン……。メルティちゃんはもう大丈夫なの?」


村長がメルティ達を引き連れていくところを、教会の窓から覗き見るファナが尋ねた。

その隣、同じく窓からその様子を眺めるアロンは静かに頷く。


「師匠が大丈夫って言うんだから、大丈夫だろ。」



椅子に踏ん反り返るリーズルが笑顔で窓を眺めるファナを掛けた。

その隣の椅子に座るガレットも、


「師匠の御仕置で懲りたんだ。もう悪さなんかしねぇだろ。」


腕組みをして同意した。

さらにその隣に立つオズロンも、


「いざとなればアロン様がまた抑えてくれるさ。ラープス村も安泰だよ。」


眼鏡をクイクイと上げながら同意する。

その3人の言葉に「そうだよね!」と笑顔で紡ぐファナであった。


(どうして、こうなった……。)


ただ一人、頭を抱えるアロン。

先ほどの一件以来、リーズルだけでなく、ガレットとオズロンからも “師匠” 扱いされるアロン。

事は、メルティの意識を飛ばした数十分前に遡る。



――――



『アロン!』


教会内の聖堂と講堂を結ぶ扉が開き、姿を現したアロン。

目に涙を溜めて、その胸に飛び込むファナであった。


『ファナ! それに皆……逃げなかったの!?』


てっきり、教会の外へ逃げたと思い込んでいた。

だが、一枚の扉が隔てているだけの講堂で、ファナやリーズル達、それに教員アケラと儀式を行った神官が待っていたのだ。


『アロンさん! お怪我はありませんか? それにメルティさんは……。』


『先生。メルティなら、ここに。』


アロンのすぐ後ろ。

ぐったりと横たわるメルティが居た。


『まさか……!?』


『殺してはいませんよ。意識を失っているだけです。』


その言葉に、わなわなと震える神官。


『意識を……!? その娘は、そのっ。』


言い淀む。

色んな疑問や聞きたいことがあるが、“超越者” という言葉をここで発しても良いか、躊躇したのだ。


だが、その躊躇を厭わないアロン。


『超越者、ですよね。神官様。』


目を見開いて驚愕する。

12歳を迎える年齢の子どもが、その存在を知っているなどまず考えられない。

大人が教えたのかもしれないが、とても理解出来るものとも思えないからだ。


『力が暴走したのでしょうか。ボクが逃げ出そうとする前に、倒れました。』


『倒れた……?』


神官は子ども達を外へ逃がした後、言動はまるで “悪魔の子” であったメルティだが、儀式の結果、彼女は超越者で、しかも “魔聖” という噂でしか聞いたことのない超越者の中でも上位の存在であったため、皇命に殉ずる覚悟で再度説得を試みようとしたのだ。


そして教会内に入ったところ、アケラ達が居た。

尋ねたところ、


“アロンが一人で立ち向かっている”


――耳を疑った。

同時に、響く聖堂内での轟音。

戦闘が、始まってしまったのか。


メルティが授かった “魔聖” は、敵対国 “覇国” 五大公の一翼 “大地のエンザーズ” から輩出した “五大傑” の一人【流星紅姫】“サブリナ・フォン・アースド・エンザーズ” が有名だ。


帝国と覇国との小競り合いの場には未だその姿を現していないが、聖国との争いの時、神の鉄槌と形容すべき流星の魔法を放ち、敵味方関係なく数千の命を一瞬で消滅させたという逸話のある、恐ろしい存在でもある。


そのサブリナと同じ、魔聖。

聖国にも魔聖が誕生したという情報もある中、帝国には存在しないため今後の戦局に悪影響が出る可能性があった。


それが、ついに帝国にも出現したのだ。

メルティの余りに尊大な態度と物言いに激高し、そして恐怖して逃げ出してしまったが、冷静に考えれば、この機を逃してはならない事は自明の理であった。


超越者として開眼した少女、力に溺れているだけ。

懇切丁寧に説得すれば、恐らく得心を得られるだろう。


帝都へ召し抱えられる見返りとして、帝都の一等地で家が与えられ、多額の給金を毎月受け取ることも出来る。

帝都貴族や地方の豪族の子息・子女のみが通う高等教育学院への入学も許され、入試や学費も免除されるという好待遇。


どうしてそうなのか(・・・・・・・・・)理解出来ないが(・・・・・・・)、大抵の超越者は、この特殊な高等教育学院への入学を勧めると、一様に喜ぶ。


“テンプレ” だと。


すでに3人もの超越者を帝都へ送り出している神官。

今回も、きっと上手くいくだろう。


――仮に失敗したのなら。

――しかも、貴重な “魔聖” と判明したのなら。


その時は神官一人だけでなく、一族郎党、極刑だ。


打算もありつつ意を決する神官。

だが、耳にしたのは、魔聖に立ち向かう剣士の少年の話。


居ても立っても居られないその時、丁度扉が開いて、彼は姿を現したのだ。

儀式のために着込んだ一張羅は、肩から腕が完全に破け、ところどころに穴も開いてしまっている。


だが、その身体は無傷。

恐らく、戦闘した後なのだろうが、無傷。



“あり得ない”



『アロン……君は、無事なのか?』


恐る恐る尋ねる神官。

こくり、と頷くアロンであった。


一瞬、躊躇するが。


『分かった。無事で何よりだ。確か奥に救護室があったな。そちらへメルティを運ぼう。目を覚ましたら、一旦村長の許へ連れて行く。』


そう言い、神官はメルティを抱えて救護室へと足早に向かった。



『それで。一体どういう事か説明してもらえないかしら、アロンさん?』


神官の姿が見えなくなったところで、アケラが尋ねる。

アロンの腕にしがみ付くファナも、リーズル達もジッとアロンを見つめる。


ふぅ、と一つため息を吐き出し、アロンは告げる。


『念押ししますが、この話は、内密でお願いします。』


アロンは、再び空中に手を突っ込んだ。

何も無い空間が揺らぎ、トプン、と音だけが響く。


『何よ、これ……。』


『次元倉庫、と言います。いつでもどこでも、空間の中に収めた道具を取り出すことが出来る力です。……御使い様から、授かったのです。』


“連続使用は3回まで”

“回復は2時間で1回”

という制限はあるが、あえて伝えない。


本題は、別。


『御使い……様っ!?』


アケラと、クラスで一番博識のオズロンだけがその意味を理解した。


イシュバーンの世界における “御使い”


かつて、世界を生み出したと謂われる神の中の、神。

通称 “神の王” に仕え、様々な神々と人間との橋渡しをする、天使。

それが、御使いだ。


“神学” でも重要な存在として位置付けられており、アロン達が住むイースタリ帝国では、帝国の守護神である<国母神>と、世界中で適正職業を授けるという<善神エンジェドラス>に次ぐ、神格者として伝わるのだ。


そして、その者から授かった(・・・・)という言葉。

アケラは、口を押え震えながら尋ねる。


『アロン、さん……貴方も、超越者?』


“超越者は、御使いと邂逅を果たす”


元帝国軍に所属しており、数人、超越者とも会っているアケラ。

単なる噂話や伝承でなく、それは事実だと聞いた。


視線がアロンに集中する中、アロンは背に背負っていた “天盾イーザー” を次元倉庫に仕舞った。

これで連続使用3回目となるが、“片付けと説明を同時に行う” には必要な所作であり、何より、あと1時間半ほど経過すれば使用回数が1つ回復する。


『違います。』


天盾イーザーを仕舞ったところで、アロンは否定した。


『奴等とは、一緒にしないでください。ボクは正真正銘、イシュバーンの人間なのですから。』


意味が分からないといった表情をするファナ達。

そもそも、“超越者” が何なのか、知らないからだ。


だが、アケラだけがその意味を理解した。


『貴方は……その、前世返りではないの?』


“超越者たちは、前世返りをしている”

しかもしれば、イシュバーンの世界とは違う、別種の、何か超越した世界からの記憶であるように。

その記憶と知識から、貴族たちに富や利便をもたらす超越者もいるとも聞いた。


『説明が難しいのですが、ボクは奴等のような知識はありません。ただ、一つ、御使い様から授かった天命があります。』


息を飲むアケラ。

そして、オズロン。


御使いからの天命など、“神に選ばれし者” なのだから。

ゴクリ、と飲み込む唾の音だけが響く。


『それは。この世界を我が物顔で蹂躙する、害となる超越者から、この村を守ることです。』


――全ては語らない。

だが、このラープス村を守ること、愛するファナや家族を守ることが、御使いから授かった “選別” と “殲滅” に繋がるのだと、信じている。


うーん、と唸るアケラ。

どうやら、心当たりがある様子だ。


『確かに彼らは……少し、いえ、異常なほど自我が強いというか、まるでこの世界が遊び場のような振舞いをしているのが気になってはいましたが。』


その言葉に、リーズルが口をはさむ。


『その超越者って奴は、さっきのメルティみたいに、頭のおかしい奴ばかりって事か! それをやっつけるのが、師匠が神様に与えられた仕事ってことか!』


自らの命を救ってくれた、偉大な師匠(アロン)

今思えば、あの鹿の化け物を一瞬で倒したのも、その力からか。


ますますアロンに尊敬の念を抱くリーズルであった。

それだけではない。


『……か、かっこいい。かっこいいよ、アロン!』


脳筋のガレットも目を輝かせる。


『……先ほどの不思議な力、次元倉庫。それに、あのメルティの魔法を受けても無傷の身体。本当に、アロンは……いや、アロン様(・・・・)は、御使い様に選ばれた、申し子なんだ!』


同じく目を輝かせるオズロン。

そのオズロンから、聞き捨てならぬ言葉が。


『アロン……様?』


キョトンとしてファナが尋ねた。


『そうさ! 御使い様に選ばれた申し子なんだよ!? 敬うのは当然さ!』


博識のオズロンならではの解釈。

うんうん、と頷くリーズル。


『オレも、今日から師匠って呼ぶ!』


ガレットまでも、乗ってきた。


『ちょっと!? ちょっと待って!』


慌ててやめさせようとするアロンだが……。


『素敵……。』


うっとりと頬を赤らめアロンを見つめるファナ。

“未来の旦那様” が、御使いから天命と不思議な力を授かったという事に、有頂天だ。


ごほん、と咳払いをするアケラ。


『確かに、アロンさんが超越者のことをそこまで知っているのは違和感がありますし、何よりその力。御使い様からの天命というのも間違いないのでしょう。……だから、内密に、か。』


アケラは、有頂天のファナに、“オレが一番の弟子だ!”、“いやオレが!” と騒ぐリーズルとガレット、そしてその隣でアロンに色々尋ねようとしていたオズロンを見て、


『皆さん、今ここで聞いた話は、絶対に秘密です。』


と釘を刺した。


『え、何で?』


代表してリーズルが尋ねる。

少し、言い淀むアケラ。


『……オズロンさんなら、先生が言った意味が少し分かるとは思いますが。アロンさんがおっしゃった事は、帝国だけでなく世界をもひっくり返すような事態なのです。もし、この話が他の大人に漏れたら……下手すると、私達全員、仲良く処刑台ですね。』


ゾッ、と空気が冷たくなる。


『それに、本来 “超越者” などという存在は、皆さんの年代に伝えるべき話ではないのです。だから……。』


アケラは腰を屈めて、小声で呟く。



(この6人の秘密にしましょう。秘密のチームということで、学校外の時間で、超越者のこと、アロンさんが抱えていること、少しずつ皆で共有していきましょう。)


目を輝かせるファナ達4人の子ども。

アケラも笑顔だ。


ただ一人、アロンが『えっ!』と声を上げた。


『当然です。そんな大役、貴方一人で抱えるつもりですか? 貴方には、こんな可愛らしいフィアンセに師匠だ何だと慕ってくれる仲間が、こんなに居るじゃないですか。それに、先生も。』


アケラは、再度小声で呟く。


(もっと、アロンさんの事を教えて欲しいな。)


大人のアケラの微笑み。

アロンは思わずドキリとする、前に、


『先生っ!』


ファナが警戒心丸出しで、アケラを睨む。

ふふふ、と笑みが零れた。


はぁ、とアロンは頭を抱えて溜息を吐き出す。


『分かりました。皆にはすでに見せてしまいましたからね。ボクの事、信じられない話もあるかもしれませんが、少しずつお教えますよ。』


パァッ、と顔を輝かせるファナ達。

アケラも嬉しそうだ。


『そこで早速、皆に相談。』


アロンは全員の顔を見渡して伝える。


『なになに、アロン!』


『少しの間で良い。神官を離れさせて、ボクとメルティが二人で話す時間を貰いたい。』


ファナは、掴んでいるアロンの腕をさらに強く掴む。

ファナだけでなく、リーズル達も表情が険しくなる。


『それは何か、彼女に釘を刺すということですか?』


察しの良いアケラ。

頷くアロン。


『はい。彼女は錯乱していました。その中で倒してしまったのです。恨みが、この村に向かないとも限りません。それに、このまま帝都へ送り出して、下手にボクの事を話されてしまうと、御使い様からの天命に背くことになりかねません。』


“御使い” という言葉が絶大であった。

頷く、全員。


『よし、任せろ、師匠!』


いきなり神官たちが向かった救護室へ走り出そうとするリーズルとガレット。


『待て待て! 作戦も無しにいきなり行く奴がいるか!』


それをオズロンが止める。

頭を抱える、アロンとファナ、そしてアケラであった。





『神官様!』


神官たちの居る救護室へ入る、リーズルとガレット。

その二人を睨み、小声で


『ノックくらいしなさい!』


窘める。

しかし。


『大変です、オズロンが、急にお腹が痛いって……。』

『外に助けを読んだのですが、外もパニックで……その、医者のマッケート先生も、いなくて。』


しどろもどろ、手振り身振りで伝える二人。

その様子が、逆に切羽詰まっていると見た神官はすぐ立ち上がった。


『分かった、私の手持ちのポーションを与えよう。』


そう言い、リーズル達に手を引かれるように救護室の外へ出た。


同時。

アロンが、ディメンション・ムーブで姿を現した。

すぐさま、意識を失うメルティにアロンは “司祭(プリースト)” のスキル、“回復増加” で底上げされたヒール(回復魔法)を掛けた。


『……う、ん。ここ、は?』


目を覚ます、メルティ。


『おはよう、メルティ。』


見下すように、冷たい視線を投げるアロン。

ガバッ、とベッドから起き上がるメルティの眼から、涙。


『ああっ、ああっ、アロン、様……。』


『違う。君の知っているアロンとやらではない。』


アロンは冷たく言い放ち、手に握っていた木剣をメルティの首筋に向け揮った。

木剣は、首の僅か数ミリで寸止めされた。


『ヒッ!?』


『これで貴様は今日、2回死んだ。ボクが本気を出すまでも無く、貴様如き、いつでも殺せると思え。』


“侍の威圧”

そして戦士系上位職 “大剣戦士” のスキル “覇気” を解放させた。

どちらも、敵対する者に対するデバフ効果を齎すスキルだ。


『あああ、あひっ、は、ぃ。』


ガチガチと歯を打ち鳴らして怯えるメルティ。

転生者としての余裕や、今世の美貌など、全て見る影もない。



『生きたいか?』



アロンの冷酷な言葉に、小刻みに頭を縦に振る。


『ならば、貴様に役目を与えよう。それを守る限り、生かしておいてやる。――もし、誰かにボクの事を話したり、裏切ったりしたら。』


メルティの目の前から、アロンが消えた。


『その次の瞬間、死ぬ(・・)と思え。デスワープなど、無意味だからな。』


メルティの背後に立ち、再び木剣を首筋に伸ばした。

その動き、そしてその殺意。

――もはや、抗う事すら出来なかった。





(あとは……念押しだな。)



アケラ、そして神官に連れられて村長と共に自宅へ戻るメルティ。

その後ろ姿を眺めながら、アロンは静かに次の算段を考える。


「ねぇ、アロン。」


そのアロンに、少し憂いた表情でファナが尋ねる。


「なんだい、ファナ。」


「アロンは……どこにも行かないよね? 私の前から……。」


“消えないよね”


言葉が出ない。

しかし、アロンはにこやかに、ファナの頭を撫でる。


「大丈夫だよ、ファナ。」


そして、あの時の約束を再度口にした。


「何があってもファナを守る。絶対に、守る。」



今日、この日。アロンは “超越者” として全てのスキルが解放された。

偽った “剣士” も、再び “剣神” へと戻し、ステータス以外はファントム・イシュバーンのアバター【暴虐のアロン】になった。


この日から、ここから始まる。


あの理不尽の夜、御使いとの邂逅で誓った事。


“守る” そして、“殺す”


真の意味で、アロンはこの世界に舞い戻ってきたのだった。

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