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2-9 運命の日

「お兄ちゃん。ファナちゃんがお迎えに来たよ。」


少し、緊張した面持ちでアロンの部屋のドアを開ける、妹ララ。

そのララの目線の先は、一張羅に着替えたアロンだ。


「ありがとう、ララ。」


アロンはにこやかに伝え、部屋を出る。




アロン、転生して12年という歳月が過ぎた。

季節は春から雨季へと向かう、初夏の頃。


間もなく12歳を迎えるアロンにとって、運命の日だ。

――アロンだけでなく、同学年の少年少女にとって、自らを “運命付けられる” 日である。


今日、帝都から派遣された神官によって、神聖なる儀式が執り行われる。

それはイシュバーンの世界にとって、争う三大国で共通の、儀式。


“適正職業 神託の儀”


神から授かりし、八つの職業。

その “適正職業” は何かを鑑定する儀式なのだ。


尤も、“鑑定” とは言わず、“神託によって与えられるもの”

それにより、自分自身の適正を見て、将来を考える。


もちろん、学校のカリキュラムも変わる。

それぞれの適正職業に応じた、特別学習が週に2~3回ある。

それを通じて、己を磨く。


だが、アロンにとってそれは本来必要の無い時間になる。


適正職業を授かると、ある程度の自由が与えられる。

具体的には、子ども達だけで入る事が禁じられていた “邪龍の森” への、一部解禁だ。

“イガイガの木” が自生する遥か手前までだが、子ども達だけで森に入ること自体が禁じられていたことを考えると、相当な活動範囲を得られることとなる。


また、学校にも通わないという選択肢も有りになる。

本来の成人は、学校卒業の翌年、16歳だ。

だが、適正職業を授かった12歳から、世間的には “大人の仲間” である。


家庭環境や自分の意思によって、働きだす子どもも居る。

中には単身帝都へ移り、冒険者を目指す者もいるのだ。


だが、やはり12歳の子どもにはハードルが高い。

15歳まで学校に通い、力量や知識を高めた方が遥かに良いのだ。


その中で、アロンが考える事。



(強くなる。)



それが、全てだ。

そのためにやるべきこと、覚悟は、定まっている。





「お、おはようっ、アロン!」


アロンの自宅の玄関先。

可愛らしい正装に身を包んだファナだ。


「おはよう、ファナ。いよいよ今日だね。」

「う、うん……。」


ファナは緊張した面持ちだ。

無理もない。

どの子どもも、今日という日は、人生を運命付ける日なのだから。


なお、前世を知るアロンは、ファナが何の適正職業を得るか知っている。

知っているが、言うのは無粋というものだ。


にこやかなアロンと対照的に、顔を伏せるファナ。

もう一つ、心配事があるからだ。


それは。


「アロン……。メルティちゃん、今日、来るかな?」

「そりゃあ、来るさ。」


メルティの事だ。

11歳の秋の一件以降、メルティは、学校を休み続けている。

メルティの両親曰く、“病気” とのことだ。


だが、アロンとファナは何となく察している。

あの一件が原因、だと。


アロンに異常まで固執する、メルティ。

語られたアロンへの異様な愛。


だが、アロンはファナへの想いを伝え、メルティの気持ちには応えなかった。

それでも、メルティは “諦めない” 様子であった。



(メルティは、“魔聖”(スペルマスター) か。現時点のレベルがどれほどか分からないが、“年齢補正中” が解かれれば、一気にステータスが解放される。……スキルも。)


アロンの懸念。

魔法士系覚醒職 “魔聖”

問題は、その魔聖が持つ凶悪なスキルの存在だ。


魔聖、というより覚醒職全ての共通事項として、覚えられる3つのスキルの内、2つのスキルをレベルMAXにまで底上げしないと、最後の1つが取得できないというものだ。


その最後の1つ。 【奥義】


発動まで時間が掛かること、膨大なSPを消費すること、と扱い難さはあるが、それを差し引いても強力な威力を誇るスキルが、奥義なのだ。


その中でも、飛びぬけて強力なのが魔聖の奥義だ。

アロンでさえ、剣士系以外の七つの基本系職に連なる上位職、覚醒職からそれぞれ一つずつ承継できるスキルの中で、唯一、選んだ【奥義】が “魔聖” のものだ。


他の覚醒職は、奥義でなく、別の2つのスキルのどちらかの方が使い勝手が良く、イシュバーンの世界へ再度転生しなおすという状況を考慮した結果、奥義はさほど重要なスキルでは無かった。


“魔聖” を除いて。

それほど、とてつもない破壊力を誇る。


その威力は、レベル995のアロンが神話系防具で身を固めていたとしても、そのMDEF(魔法防御力)を貫き、大ダメージを喰らう。


スキル名。

“奥義・ミーティア”


矢の如く降り注ぐ、流星の嵐。

攻撃範囲が広い上、無数に降り注ぐ流星の矢は、単発ヒットでなく、複数ヒットする可能性があり、その一発一発が凶悪な威力を誇るため、運悪く十数発連続でヒットしてしまうと、それだけで100万近いHPが削られる場合がある。


この “奥義・ミーティア”

そして魔法士系最強の極醒職、“大賢者”(マスターセージ)

そこに至ることで解放されるスキル、“秘奥義・アヴァレーツォ”


この二つのスキルの存在が、ファントム・イシュバーンにおいて “最強は魔法士系” と言わしめる最大の理由だ。



(もし、メルティが “ミーティア” を放てるとなると……ラープス村なんて一瞬で崩壊してしまう。)


ミーティア発動に必用となるSPは、10万。

膨大なSPを削るため乱発は出来ないが、それでも一発の破壊力が半端ない。

ファントム・イシュバーンという “ゲーム” の世界だからこそ、地形も街や村も崩壊しなかったが、現実世界であるイシュバーンならば、その被害は甚大となる。


アロンに固執するメルティ。

いよいよとなれば、奥義・ミーティアの発動を盾に脅してくる可能性もある。


(その時は、その時だ。)


アロンは静かに、その決意を固めた。





ラープス村の教会。

アロン達が通う学校に次ぐ建造物だ。

その聖堂に集められたのは、いつも顔を突き合わせて勉学や鍛錬に励む、クラスメイト達、総勢20人であった。


その中には、もちろん、彼女が居た。


「アロン様♪」


灰色の長い髪を巻き上げ、派手なメイクを施したメルティが居た。

あの日以来、学校には通わず半年ぶりの再会となる。


この儀式の場に現れたメルティを囲んで口々に心配の声を掛けたり、元気そうな彼女の様子に安堵したりするクラスメイト達を払い除け、アロンの許へと駆け出す。


「……元気そうだね、メルティ。」

「メルティ、大丈夫なの?」


アロンは、疑心の目を向け。

ファナは、心底心配するように。


声を掛けるが、メルティの表情は張り付いた笑顔のままだ。


「アハハ、いよいよ今日という日が来ましたね、アロン様。貴方と私が祝福される、明るい未来の第一歩。」


アロンの隣にいるファナの事など眼中にない。

長い髪をかき分け、メルティは嗤う。


「ご存知です? この場で特殊な職業を得た者(・・・・・・・・・)は、帝都へ召し抱えられるようですよ?」


前世のアロンなら、意味が分からなかっただろう。

--だが、今ならその意味が痛い程、理解出来る。


それは、超越者(転生者)を召し抱える、という意味だ。

だが、アロンはわざと首を傾げ、不思議そうに尋ねた。


「特殊な職業? そんなの、あるの?」


白々しい問いに、メルティの表情が一瞬強張った。

だが、笑顔はそのまま。


「く、うふっ。うふふ。この期に及んで……。まぁ、いいわ。明日には私と貴方は、一緒に帝都へ向かうのです。貴方の隣に立つのは、そのNPC(モブ)じゃない。明日から、一生、一緒に居ましょうね、アロン様♪」


妖艶な表情をそのままにメルティはアロンの目の前で跪いた。

思わず、ファナはアロンの腕にしがみつく、が。


アロンの反対の手を取り、メルティはアロンの手の甲に口付けをした。


「……あっ。」


目を丸くして息を飲み込むファナ。

間もなく12歳となる、密やかにアロンと婚約を誓った彼女ですら、未だアロンに “口付け” をしたことが無い。


……メルティに、先を越された。


メルティは満足そうな笑みを浮かべ、踝を返した。

その後ろ姿を、呆然と睨むファナ。


悔しく、悲しい。

最愛のアロンが、穢された。


「ファナ。」


だが、隣のアロンは穏やかに、腕を組むファナを見つめる。

その腕を優しく外し、アロンはポケットからハンカチを取り出してメルティに口付けをされた手の甲を拭った。


「この会場には妙な虫がいるみたいだね。気分が悪いよ。」


にこりと笑うアロンの顔を、真っ赤になって見つめるファナ。

その言葉と行動の意味は、完全に “メルティには興味が無い” というものだ。

そしてファナ自身、アロンが “穢された” と思ってしまったことを恥じるのであった。


「師匠―! ファナー!」


そこに、自称アロンの弟子、イケメンのリーズルがやってきた。

その後ろからは力自慢のガレットと、勤勉オズロンだ。


「リーズル、それにガレットとオズロンも。」

「今、見ていましたよ! さっすが師匠! あのメルティの誘惑にも屈しないなんて、さすがですね!」


リーズルは、アロンがファナ一途である事を知っている。

そして、ファナもアロン一途と、相思相愛の関係だと理解している。


一時はファナに淡い気持ちを持ったリーズルだが、尊敬するアロンと、そのアロンが一途に想うファナの気持ちを応援する気持ちの方が強い。

同時に、その二人の仲を裂くような行動を取るメルティには、嫌悪しているのだった。


「オレァ、ムカついたけどなー。メルティに、その、キ、キ、キ……。」


身体つきの一番大きいガレットが、顔を真っ赤にして言い淀む。

その隣のオズロンが、はぁ、と溜息をつく。


「たかが、手に接吻しただけじゃないか。だけど、アロンとファナの仲を崩す程じゃなかったね。彼女は魅力的だが行動が些か浅慮で、一時ボクのライバルであった面影が無いよ。」


丸眼鏡をくい、と掛け直してメルティの行動を蔑むオズロン。

その言葉を半分理解したような、理解していないようなガレットであった。


「オレなら喜んで受けるけどなー。ま、師匠とファナの仲を崩すなんて、きっと神様でさえ出来ないな。」


キリッ、と顔を決めるリーズル。

無駄に輝くイケメンであった。


「え、じゃ、じゃあ、私が……。」

「ちょっと! 抜け駆けは無しって話じゃない!」


そして、リーズルは女子の人気が高かった。

師匠(アロン)バカであるが、女子に優しく、細かい気遣いが出来るイケメン男子。

最近は剣の腕もめきめきと上達し、実地訓練の探索なども浅はかな単独行動が無く、チーム全体を纏め上げるリーダーシップも発揮されるようになった。


そんな彼がモテないわけがない。

ただ、唯一の難点がアロンバカというところだけだ。


そんなアロンは、師匠と呼ばれながらもリーズルとは対等な友人関係を築いている。

また、アロン自身はファナにぞっこんであるのは誰が見ても分かる。

ファナ自身もアロンに夢中であると、相思相愛の仲だ。


そんなアロンとファナは二人でよろしくやれば良い。


あぶれるリーズル。

それを狙う女子の、多いこと。


もちろん、ガレットもオズロンもそこそこ人気がある。


ガレットは脳筋だが、豪快で表裏が無いところが一部の女子に絶大な支持を集める。

実地訓練で、猪型モンスター “ブルタボン” に出くわした時、身を挺して女子を守ったという実績が、彼の評価を高めた。


オズロンは、大人しく目立たないが、とにかく頭が良い。

この頃の子ども達には難解な神学や魔法概念を理解し、教えて欲しい、と懇願する女子に悪態をつきながらも懇切丁寧に解説してくれる。

そして彼の手ほどきで理解できると、優しい笑み浮かべてくれるその表情のギャップに萌える女子が多い。


前世同様、順調にモテ始めた3人だ。

アロンは相変わらず、慕ってくれるのはファナくらい。

だから、誰も言い寄ってくることは無かった。


もちろん、ファナに対してもだ。

ファナもメルティとの一件で一時は顰蹙を買ったが、今やその陰は無く、誰にも気さくで優しい彼女は男女問わず絶大な人気を集める。


だけど、相変わらずのアロンバカ。

言い寄るだけで、玉砕する未来しか見えない。


そこに、手を出すのがメルティという女だ。

最初は、アロンを所有物のように独占するファナの立場が危ぶまれたが、メルティがアロンとファナに対して暴言を吐いていたところを見かけた女子が居たため、その話が一気に広がり、今度はメルティが顰蹙を買うはめになった。


だが、メルティはその一件を機に学校へ来なくなった。

病気、とも聞いたが。


この儀式に参加した様子。

とても病気で休んでいたとは思えない。


そして、先ほどファナと一緒だったアロンに行った、厭らしい口付け。

クラスメイト達、特に女子の間に、メルティに対する怒りや嫌悪感が膨れ上がったのだった。



(ふふん。こんなNPC(モブ)共が何を思っても、どうでもいいわ。)


メルティは鏡を見ながら、髪を整える。

先ほどの口づけで、一気に女子たちを敵に回したことを察したが、今日を迎えてしまえば些事であった。


転生者だから。

中身は、大人だから。


そもそも、聞いた話が本当なら、明日にはこんな田舎村とはおさらばである。


【帝都は、特殊な職業を持つ人材を探している】


その人材を探り当てる場こそ、この儀式であり、特殊な職業こそ、このイシュバーンのモブ達では超えられない “基本職” の壁を生まれながらつき破る【超越者】の上位職、もしくは覚醒職なのである。


メルティは、魔法士系覚醒職 “魔聖”

この時点で、世界の上位に入るのは確定だ。


あとは、うまく立ち回るだけ。

散々呼んだノベルや漫画のように、テンプレの異世界転生を謳歌する。


そして、テンプレ通りなら。

その隣に立つヒーローこそ、憧れた存在。


【暴虐のアロン】

先ほど、手の甲に口付けをした男だ。


(ふふふふ……もうすぐ、もうすぐ、私のモノになる。)



アロンの適正職業。

それは、剣士系最強の極醒職 “剣神” だ。


それが、暴かれれば帝都行きは確実。

同時に、“魔聖” という適正職業を持つ(メルティ)が居れば、二人は運命で結ばれた英雄だと勝手に周囲が囃し立てるだろう。


ファナ(モブ女)など、手を下すまでもなく、退場を余儀なくされる。

いくら婚約したからと言って、帝国を統べる皇帝の勅命には逆らえないだろう。


むしろ、11歳で婚約ってどんだけ!?

子ども(ファナ)の遊びにそこまで、付き合うとは、幼馴染というポジションは幾つになっても男の憧れと妄想なんだな、とメルティは呆れた。


だけど、そんなお遊びもここまで。

明日からは、(メルティ)と “大人な恋愛” に興じる。

小さな村で生まれた、絶大な二人の英雄。


ヒーロー(アロン)と、ヒロイン(メルティ)

結ばれることが運命付けられた二人。


決して、何人たりとも侵すことの出来ない運命(テンプレ)



我慢しても、笑みが零れる。

近くにいた女子が引いているが、関係ない。


その時。


「静粛に。」


帝都から “適正職業受託の儀” を執り行いに訪れた、神官が咳払いと共に告げた。

いよいよ始まる、儀式。


「これより、偉大なイースタリ帝国の親愛なるラープス村で生まれた子らが、善神より賜った己が力を見定める儀式を行う。」


祭壇の上に立つ神官は、後ろのテーブルに並ぶ小瓶の一つを手に取った。

緑色の液体が入ったその小瓶を、正面に掲げて、祈りを捧げる。


しばし祈りを告げた後、神官は、その小瓶の中身をゴクリと飲み干した。


「さぁ、はじめようぞ。まずは……リーズル、前へ。」


神官の言葉を受け、リーズルは背筋を伸ばし「はい!」と返事をした。


神官の前へ歩み寄り、跪くリーズル。

そのリーズルの頭の上に手の平を広げ、神官は、目を閉じた。


そして。


「リーズルよ。神の声が聞こえた。お主は、“剣士” だ。」


沸き起こる、拍手。

リーズルが授かったのは、剣士であった。



(前世では、荘厳な儀式に見えたが……タネ(・・)が分かると、こうも白けるものなのか。)


拍手をしながら、アロンは内心、蔑んだ。

何故なら、神聖な力を有する神官が、神の声を聞くことで12歳となる頃の子ども達が授かる “適正職業” を導くものである、と信じて疑わなかったからだ。


――儀式が始まるまで、心のどこかでそれを信じていた。

だが、目の前の光景で、それは幻想であったと呆れたのだ。


答えは単純。

神官が飲み干した緑の液体は、ただの “鑑定薬” だ。

これは、基本職 “薬士” のスキルによって作り出されるクリエイトアイテムの一つであり、その効果は、『任意で指定した相手の職業を見ることが出来る』というものだ。


それ以外は、何も分からない。


ただ、役に立たないという事はない。

ファントム・イシュバーンでは、アバターが何の職業なのかは、同じギルドメンンバーになるか、鑑定で暴くくらいでしか把握することが出来ない。

繰り出されるスキルによっても判断は付くこともあるが、職業を転職することでスキルはより多彩に、中には基本職や上位職のスキルそのものを強化するスキルもあるため、一概に断定することは困難である。


中には装備品で判断も付きそうだが……。

見た目(アバター)装備” の所為で、断定は不可能だ。

例えば僧侶系職業にも関わらず見た目武器が大剣であったり、見た目は剣士系職業なのに、揮う武器の中身(正装備品)が、魔法士の杖であったりと、見た目詐欺はファントム・イシュバーンで “あるある” なのだ。


そういう意味で職業を暴くことは、ギルド戦で大きな情報ともなる。

ガチガチの近接装備の見た目アバターが、実は後方で魔法をバンバン放つ魔法士であった、という情報が掴めれば、見た目に惑わされることなく対処が出来る。


“ギルド戦は、情報戦” とも言われることがあるほど、敵対勢力の情報は、些細なことでも戦況をひっくり返す程の影響力を持つのだ。



ただ、前世で不可侵の神聖な儀式が、その鑑定薬で済まされていたという事実に、アロンは心底嘆くのであった。

だが、逆に安堵感もある。


鑑定薬の効果を底上げするスキルが存在する。

その効果によって生み出された鑑定薬の最上級スキル、“神眼薬” を使われたら、さすがのアロンも “用意してきた対策” が無駄に終わった。


尤も、神眼薬を生み出せるのは、薬士系覚醒職 “聖医(マスターメディコ)” であるため、遥か太古から続く神聖な儀式、しかも年中通して町から村へと渡り歩き12歳になる年代の子ども達を鑑定している神官が “聖医” な訳がない、そんな超越者ならもっと別の役割が与えらえるだろうと予想したアロンであった。


その予想は的中。

鑑定する神官は、薬士。


(念のため、“上級鑑定薬” を出された時のための対策もしてきたけど、無駄に終わったな。)


アロンは、リーズルに続く鑑定を眺めながら、意識は別にした。

こうしている間にも元に戻す作業(・・・・・・)をするのだ。





「ファナよ。神の声が聞こえた。お主は、“僧侶” だ。」


鑑定は順調に進み、ファナの番が終わった。

ファナはアロンの予想通り、というよりも、前世同様 “僧侶” が適正職業であった。


--前世のあの夜。

男に押さえつけられたのを無理矢理振り払い、美しい髪が千切れるのも厭わずアロンへ駆けつけようとしたのは、その傷を癒そうとしたからだ。


もう、あのような目には遭わせない。

絶対に。



「えへへ。僧侶だって! これでアロンが傷ついても癒してあげられるな。」


恥ずかしそうに。

それでいて満面の笑みでファナがアロンの隣に立ち告げる。


「うん。頼りにしているよ、ファナ。」


すでに、HP29万。

生半可な攻撃では傷一つ付けられない状態ではあるが、素直にファナの気持ちを受け止めるアロンであった。



「次、アロン。前へ。」



いよいよ、アロンの番だ。

ゆっくりと、祭壇へ進むアロン。



「く、くふふ。うふふ。」



静かな聖堂に、小さく響く嗤い声。

メルティであった。


周囲の女子だけでなく、男子たちも眉を顰める。


「メルティ、ちゃん?」

「お別れは済んだの、ファナ、ちゃん?」


厭らしいメルティの呟き。

思わず、険しい顔を向けてしまうファナであった。


「どういう、意味よ?」

「言葉通りよ。アロン様はね、選ばれるの(・・・・・)。」



“私と、共に”



メルティは、凄惨な笑みを浮かべ祭壇を睨む。

いよいよ、鑑定を受けるアロンだ。



「さぁ、告げなさい。神官(モブキャラ)。」


口がバクリと三日月のように割れるメルティ。

その有り様に、周囲の子ども達は青ざめて震えた。


“メルティは、何かが狂っている”


そんな周囲の雑音など、今のメルティには何も聞こえない。

何も、気にならない。


あるのは、正面の男との未来。

今、この場で明らかにされるのだ。



彼が、憧れた【暴虐のアロン】であることを。



メルティは、神官の言葉が出る前に呟いた。


“剣神”(ディバインソード)


それが、予定調和。

それが、真実。


身体は歓喜に打ち震え、幼い身体が絶頂を迎えそうになる。

抑えきれない感情が、爆発しそうだった。



「アロンよ。神の声が聞こえた。お主は――」



さぁ、言え。


“剣神” と!!




「お主は―― “剣士” だ。」

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