2-6 狂喜と狂気
「アロン!」
「お待たせ、ファナ!」
下校時刻。
校門の前で落ち合った二人。
プラス、アロンの妹ララだ。
「お兄ちゃんとファナちゃん、やっと離れてくれて私もホッとしたよー。」
ララは嫌味たっぷりで二人を茶化す。
幼い頃は競うようにファナと一緒になってアロンに飛びついていたララだが、一足先に “アロン離れ” が出来ていたため、ファナに対して少しマウントを取るのであった。
「別に、離れたわけじゃないよ。ね、アロン♪」
頬を赤らめ、アロンを上目遣いで見つめるファナ。
可愛らしく、それでいて少女から “女性” への階段を一歩上ったような彼女の妖艶な笑みに、思わず心臓が高鳴ってしまうアロンであった。
「あ、うん。そうだね。」
「え? どういうこと、お兄ちゃん!?」
何やら様子のおかしいアロンとファナに、ララが叫ぶ。
うふふ、と笑ってファナがララの頭を撫でる。
「ララちゃんには、少し早いかなー?」
「ちょ! 何よ、ファナちゃん!?」
それは、昨日のアロンの “愛の告白” のことだ。
ファナは、異様なほどアロンに固執していたのは、妙に大人ぶり、自身にとって兄とも想起させるアロンの態度に、一喜一憂していたから。
幼い頃のライバルは、妹ララ。
競うようにアロンの腕を取り、隣り合えるようにいがみ合った経験から、抜け出せなかったのだ。
だから、大きくなった今でも、アロンに固執してしまった。
特に、メルティがまるでファナのライバルのように、アロンへの気持ちを露わにし続けたことで、ファナは醜い嫉妬心で心が荒れ狂いそうになっていた。
それが、昨日の告白で全て昇華された。
“アロンも、同じように私のことが好き”
“将来、結婚の約束もした”
“心配しなくても良い”
11歳という若さ。
まだ、お互いの両親にも言えない。
だけど、二人は静かに “婚約” した。
一頻り泣きじゃくり、そして改めてアロンと向き合ったファナ。
心は驚くほど晴れ、今まで以上に彼が愛しくなった。
そして、ファナは今までの行動を恥じた。
アロンを “所有物” のように振舞ってしまった事への、羞恥だ。
アロンは、アロン。
自分は、自分。
同じように自分を好いてくれるアロンを一人の “男性” として認める事。
そして、“しがみ着いていないと、誰かに取られてしまう” といった身勝手な行動を慎み、その代わり、アロンへの気持ちは、離さないように誓った。
“心と心は、繋がっている”
まだ幼い彼女は上手く言葉には出来ないが、自分の行動を改めたことと、例え何があってもアロンを信じ抜くことを自らに課した。
その結果、教室内ではいつものようにベタベタするのではなく、お互いの交友関係を深めること、学業に専念することとした。
もちろん、他のクラスメイト達はメルティ同様に驚きもしたが、“アロン馬鹿” でない普段のファナは、気さくで誰にも優しく、頼りになる女の子なのだ。
今までは多少の顰蹙を買ってはいたが、態度を改めたファナならすぐに受け入れられるだろう。
「でも、やっぱりこうすると落ち着くな。」
「ファ、ファナッ!」
学校から出て、しばらく歩いたところでファナはアロンの腕にしがみ付いた。
いつもの、光景だ。
「えへへ。アロンとララちゃんしか居ないし、良いでしょ?」
「うん、ま、いいか。」
照れながら了承するアロン。
隣のララは「良くない!」と叫ぶのであった。
その時。
「待って、アロン君。」
アロンを呼び止める声。
絡む腕を外し、警戒心を高めるファナ。
メルティであった。
「なんだい、メルティ。」
「どうしたの、メルティちゃん?」
アロンとファナは、それぞれ尋ねる。
その様子がますます気に入らないメルティ。
だが、顔には極力出さない。
「今朝のこと……謝ろうと思って。」
「今朝のこと?」
そこまで言い、ああ、とアロンは声をあげた。
「あのおまじないのこと?」
「う、うん。」
顔を顰め、メルティはアロン、それだけでなくファナやララの顔を見る。
アロンはいつも通り、にこやかに笑う。
ファナは少し警戒しているが、それでも “友達” であるから態度は柔らかい。
ただ、アロンの妹ララは、疑心の目を向ける。
元より、幼い頃から一緒に遊んでいて、ララにとって “お兄ちゃんを巡るライバル” 以上に、頼りになる “大好きなお姉ちゃん” のファナに対して、跳ねのけるような態度を取ってアロンに絡んできたメルティに、少し嫌悪感があるのだ。
「あ、あれなんだけど……。」
言い淀む。
“転生前の言葉だよ、わかるでしょ?”
などと聞いてよいものか。
「***************、***?」
出した答えは、もう一度訪ねてみることだ。
しかし、アロンは相変わらずポカンとしている。
本当に、言葉の意味が分かっていないのだ。
「どうして……。」
思わず、声が漏れるメルティ。
当てが外れ、悔しく、悲しい。
ドロドロとした感情が、露わになりそうに、なる。
いっそ、問いただしたい。
三年前の、巨大な鹿を倒したのだろうという事を。
“貴方は、転生者でしょ!” と、ぶちまけたい。
大声で、叫び出そうと口を開いたメルティ。
その同時に、メルティの声をかき消す、
『ガンガンガンガンガンガンガン!!』
けたたましく鳴り響く、村の鐘。
「な、なにこれ!?」
ファナもララも、そしてメルティも身構える。
その鐘の音は、アロンだけが知っていた。
(まさか!?)
すると、近くの家のドアが開き、老婆が目を見開いて叫んだ。
「あ、あんた達! うちに入りなさい!」
「おばあさん、何ですか、これ!」
叫ぶ老婆にファナが尋ねる。
老婆は青ざめ震えながら、答えた。
「森から、危険なモンスターが近づいてきたんだよ! 早く、うちにお入り!」
愕然となるアロン。
前世では、こんな出来事は無かった。
当然、鐘の音の意味は知っていた。
それは学校で、最終学年である15歳の時に教わるからだ。
それまで、一度たりとも鳴らされることは無かった。
では、何故か?
考えられる可能性、それは。
(ボクが、レッドグリズリーかライトニングディアを倒してしまったことによる、影響か!?)
3歳の頃にたまたま打ち倒した討伐危険度Dランクの、レッドグリズリー。
そして、8歳の頃にリーズルを助けるために打ち倒した討伐危険度Cランクの、ライトニングディア。
そのどちらも村近くにはまず姿を現さない。
森の奥深くに生息するはずの、強力なモンスターだ。
それが居ないということは、本来、捕食対象の格下モンスターが、間引かれない可能性もある。
間引かれず、数を増やしたモンスターが溢れたのか、もしくは、
(考えたくないけど、より強力な奴がやってきた?)
状況から考えれば、前者だ。
しかし、後者の可能性もある。
――――その、どちらも、という可能性も。
「アロン! おばあさんの家に避難させてもらおう!」
ファナの提案に、頷くララとメルティ。
鐘の音は知らなかったが、老婆の言う通りなら危険を回避するために避難させてもらえるならそれに越したことは無い。
むしろ、大人たちは “鐘が鳴ったら、近くに女子供が居たら避難させる” ことが常識であった。
それは、かつて子どもや多くの帝国兵、冒険者が犠牲になった “フレムイーターの悲劇” からの教訓でもあった。
アロンは一つ頷く、が。
「ファナとララ、それにメルティはおばあさんの家で避難させてもらって!」
そう言って、アロンは駆け出した。
「アロン!? 待って!」
「お兄ちゃん!?」
「どこ行くんだい、坊や!!」
叫ぶ、ファナとララ、そして老婆。
唖然とするメルティだけは、先ほど失いかけた想いが、再燃したのだ。
(ここで駆け出すなんて、子どもに出来るわけがない!)
だが、言語を理解しなかった様子。
ますます混乱するメルティであった。
だが、これは千載一遇。
「ファナちゃん。私、アロン君を連れてくる!」
そう言い、メルティも全力で駆け出す。
「待って、メルティちゃん!!」
「ダメ、ファナちゃん!」
メルティが駆け出す。
その後を追いかけようとしたファナの手を、ララが握った。
老婆も急いで、ファナとララを自宅へ入れて、ドアを閉めた。
「あの子たち……きっと、他の大人が保護してくれるはずさ。そう、信じよう。さぁ、二人も手伝ってくれ、ドアや窓を、ガチガチに締めなければならない。」
「アロン……。」
「おにい……ちゃん……。」
ファナは、隣で泣きそうなララを抱きしめ、呟いた。
「大丈夫。アロンは、すごく、強いんだから。」
◇
老婆の自宅前から駆け出しつつ、“ディメンション・ムーブ” の視覚効果で森の入口付近を照らし合わせるアロン。
(こいつは……!)
そこに居たのは、“森の臆病者” と揶揄される、ブルーウルフの群れであった。
その数、視覚効果でざっと見だが、30匹は居る。
集団で出くわした場合の討伐危険度は、Cランク。
雷を操る巨大な鹿の化け物、ライトニングディアと同列だ。
だが、数が多い。
集団でCランクとされるのはせいぜい10匹程度。
それがここまでの集団を形成しているとなると、もう一段上の脅威となる。
さらに、その奥。
数が多くとも、人間に対して恐怖感を抱き、臆病なブルーウルフがこんな人里近くまで姿を現した理由が、そこに居た。
ぬらり、とその姿を現す、銀の躰。
美しい毛並みに、ブルーウルフを遥かに超える巨体を持つ狼。
その貌には大きな鋸のような歯が並び、歪な四つの瞳がギョロリと辺りを見回していた。
(カイザーウルフ!?)
VRMMO【ファントム・イシュバーン】では、とある迷宮の最深部に居る “ボスモンスター” でもある、狼系上位モンスター、“カイザーウルフ”
その討伐危険度は、Bランク。
ただし、その強さはBランクの中でも上位に位置している。
パーティープレイでの目安となる “集団討伐推奨レベル” は250。
つまり、ファントム・イシュバーンでは、最大6名で組めるパーティーメンバー全員が、レベル250前後でなければ討伐が難しいとされるモンスターだ。
単独討伐となると、倍近くのレベル400は必要となる。
(そうか……やはり、ライトニングディアを倒したことで、活動範囲が変わったんだな。)
カイザーウルフの主属性は、“土”
ライトニングディアの主属性である “雷” が弱点だ。
森の奥、ブルーウルフの縄張りであるイガイガの木の群生地付近に、ライトニングディアの縄張りがあった。
上位のモンスターは、同系統のモンスターを隷属化させて人を襲うこともあるが、遥か森の奥で生息するカイザーウルフはライトニングディアの雷の気配を嫌い、人里近くまで姿を現すなど考えられないのだ。
その防波堤となっていたライトニングディアは、3年前にアロンが討伐してしまった。
格下とは言え、天敵ともいうべきライトニングディアの気配を感じなくなり、徐々に、森の入口側へと北上してきたのだろう。
その道中で、ブルーウルフの群れを隷属化し、さらに北上して村の手前まで出てきてしまったと考えられる。
問題は、昔現れたフレムイーターとは比べ物にならないほど、危険なモンスターということだ。
討伐危険度は同じ “Bランク” だが、その定義は『集団討伐レベルの目安が300まで』とされており幅広い。
ギルドを組み、パーティープレイが推奨されるファントム・イシュバーンだからこその、定義なのだ。
レベルにばらつきが生じるパーティープレイでも、互いの職業やスキルで連携を取り、協力し合うこと、敵の攻撃を極力受けず、こちらの攻撃を確実に当てるとするプレイヤースキルによって、屈強なモンスターに立ち向かうことが出来る。
だが、やはりそれはファントム・イシュバーン、“ゲーム” の枠組みだから可能な話だ。
現実のイシュバーンでは、“基本職” しか得られず、その枠組みの中で高みを目指すしかない。
そして、超越者と違い、死ねば、終わりなのだ。
(村の護衛隊に、たまたま訪れていた冒険者……勝てるわけない。)
30匹のブルーウルフの群れに、その奥に控えるボスのカイザーウルフ。
これに、今まさに対峙している人間は、装備に身を固めているとは言え、脆弱な者たちでしかない。
その数、わずか10人。
決死の覚悟で、村を守るため、追い払おうと躍起になっている。
アロンは学校近くまで走ったところで、学校の塀と遊具の間にある死角へ隠れた。
そこで “次元倉庫” から、武具を取り出す。
(念のため持ってきておいて、良かった。)
ファントム・イシュバーンから持ち出したアイテムの一つ。
“サンダーシェル”
投擲すると、破裂して周囲に雷の爆撃と閃光を放つ。
雷属性に弱いモンスターや敵対アバターに対して、スタン効果がある。
モンスターは動けなくなるもの、パニックになるものに分かれるが、弱点属性を持つアバターが喰らってしまうと数秒間VR画面が真っ白に染まってしまう。
防ぐためには、“麻痺” か “閃光” の無効、もしくは半減効果のある装備が必要だ。
アロンは “雷” のサンダーシェルだけでなく、火、水、風、土の基本五属性全てのシェルを99個ずつ、次元倉庫へ収めている。
無力であろう子どもの頃からモンスターを倒してレベリングを図るために必用になるかも、との考え持ち込んだのだ。
(あとは、念のためだな。)
取り出したナイフは、レッドグリズリーを一瞬で消し飛ばした神話級の武器。
“神杖剣ヴァジュール” だ。
ブルーウルフ相手では過剰戦力も良いところだが、それを率いる集団討伐推奨レベル250のカイザーウルフともなると、腕力の弱い子どもであるアロンでは、これくらいの武器で無ければ相手にならないだろう。
尤も、弱点属性である “雷” の武器もあるにはあるが、片手剣と両手剣といった大掛かりな武器だけであり、11歳のアロンでは満足に揮えない。
ファントム・イシュバーンで培った剣術には自信があるが、装備出来ても扱えなければ意味が無い。
そのため、漸く片手で掴めるようになったナイフが丁度良い。
アロンはさらに、“守眼” の首輪と腕輪も装備する。
そして、万が一正体が割れないように、黒い布で作った装束を纏う。
これで万全。
右手に神杖剣ヴァジュール、左手にサンダーシェルを握り、早速、ディメンション・ムーブで移動する。
瞬間。
「アロン君!!」
「っ……!!」
◇
「……っ!!」
そこは、ナユの花畑から少し森の奥へ入った、広場。
木と岩の陰となるところへ、アロンは瞬間移動した。
愕然となり、焦るアロン。
“見られてしまった!?”
残像となった視界が、一瞬捉えた姿。
――メルティであった。
「ぐわああああああっ!!」
だが目の前の惨状は、考えが纏まるまでなんて待ってはくれない。
ブルーウルフの集団に翻弄され、徐々に追い詰められていく護衛隊に、冒険者たち。
カイザーウルフは悠然と、睨んでいるだけ。
しかし、ブルーウルフの集団が目の前の脆弱な人間たちを屠ったら、いの一番でその肉を貪るのは群れのボスたるカイザーウルフだ。
その口元からダラリと青白く光る涎が垂れ流れる。
“狩る者と、狩られる者”
その光景は、明白となっていた。
「だ、ダメだ! このままでは村が……!」
「軍の要請が出来たとしても、間に合わないぞ!」
震えながら、それでもなお立ち向かう男たち。
(メルティの事は、後だ!)
アロンは男たちとウルフたちの中間地点目掛け、サンダーシェルを投げた。
「え?」
『グルッ?』
黄色い、小さな球体。
岩陰から弧を描き飛んできたそれは、間もなく地面に着く、という瞬間。
『バアアアアアァァァァァァァァァンッ!!!』
轟音と共に、直で太陽の光を浴びたような閃光が迸った。
「うわあああああっ!?」
『キャウワンッ!!』
余りの突然の事で、身を屈める男たち。
ブルーウルフたちも、尻尾を丸めて背を向けた。
(後は、お前だ!)
アロンは足元の石を掴み、カイザーウルフへ投げた。
その小さな石ころは、ブルーウルフ同様、尻尾をと身体を縮こませて、四つの瞳を閉じるカイザーウルフの背中に “コツン” と当たった。
(これで逃げれば作戦成功。逃げなければ……。)
――この場で、殲滅するのも辞さない。
『ギャウワアァァンッ!!』
一際甲高い怒声。
カイザーウルフは、まだ開かない瞳をそのままに、本能の赴くまま森の奥へと走り去っていった。
『ゴズンッ、ドズンッ』と、森の中に鈍い音が響くが、それはカイザーウルフが視界もままならないまま、森の木をなぎ倒していく音だ。
その後に、我先と続くブルーウルフの集団。
同じように樹木に激突し、中には気を失ってしまう個体も居た。
「な、なんだ、今の……?」
「あいつら……逃げた?」
何とか目を開く、男たち。
先ほどまで決死の覚悟を持って相対していた狼たちが、一匹残らず逃げ帰った。
先ほど、木に激突したであろうブルーウルフの個体も、よろよろと立ち上がり、悲鳴のような鳴き声を上げて逃げて行った。
「助かった……のか。」
その場でヘロヘロと腰を掛ける、冒険者たち。
だが、護衛隊のリーダーだけが、足腰に力を入れて全員に喝を入れる。
「立ち上がれ! 奴等は逃げたが、またいつ村へ襲撃してくるか分からない! それに、ほら!」
指さすのは、倒れた木々。
「村と、奴等の縄張りまでの “通路” が出来てしまったぞ! 早く対策を立てねば、フレムイーターの時の悲劇が起こるぞ!!」
その言葉で青ざめ、立ち上がる護衛隊。
“フレムイーター” という言葉で、青ざめる冒険者たちは起き上がれない。
「……冒険者様たち、この度は村の危機に立ち向かっていただき感謝いたします。精一杯、持て成します。」
護衛隊長は、冒険者たちに頭を下げる。
「あ、ああ。オレ達も……あんたらも、命が繋がって何よりだ。」
冒険者のリーダーが立ち上がり、護衛隊長と握手する。
だが冒険者たちの顔は “一刻も早くこの村から出たい” という表情だ。
冒険者は、滞在した場所で、たまたまモンスターが襲撃してきたら、それに対処する義務が課せられている。
運悪く、自分たちの力量以上のモンスターと相対してしまった結果、命を落とすことだってあるのだ。
この義務を、放棄するわけにはいかない。
万が一、義務を放棄した事が元締めである冒険者連合や加盟するギルドに知られてしまうと、極刑も免れないからだ。
冒険者連合で身分やある程度の給金が保証される代わり、帝国からの依頼や冒険者としての活動、そして緊急事態の対応が義務付けられている。
それが、“冒険者” だ。
しかし、滞在先を出てしまえば、この義務から免れる。
異常な程、危険なモンスターが現れた村になど、いつまでも滞在して、再び現れた時に対応するなど、命を捨てるようなものだからだ。
「しかし、あの光は一体なんだったのか。」
「もしや……“国母神” 様の御力!?」
「奇跡だ……ラープス村の危機に、奇跡が起きたんだ!」
逃げ出そうと考える冒険者たちとは裏腹に、護衛隊は目の当たりにした “奇跡” に涙し、歓喜の声を挙げた。
――非常に、温度差のある護衛隊と冒険者たちであった。
(上手くいった。後は仕上げだけど……。)
まだ岩陰に隠れるアロンは、安堵と焦りが同時に去来していた。
作戦通りカイザーウルフを追い払う事が出来た。
そこまでは良い。
問題は、ディメンション・ムーブした瞬間を目撃した、メルティだ。
移動した直前、彼女は確か、
(ボクの名前を、言っていたな。)
黒づくめの装束を身に纏ったアロンだが、見る者が見れば正体など、一目瞭然だ。
ましてや相手はクラスメイト。
1年や2年の付き合いではない。
“さて、どうやって誤魔化すか”
アロンは装備を全て次元倉庫へ収納して、村の中で人目に付かない場所を選択し、ディメンション・ムーブで移動した。
――――
「アロン君!!」
学校の塀と遊具の間にある陰に、人影が見えた。
緊急時の鐘が鳴り響き、こんな不自然な場所で隠れるようにする人物など、心当たりが一人しか居ない。
メルティは確信を持って声を掛けた瞬間。
「ひっ!?」
目の前に居たはずの、黒づくめの何かは、一瞬で消えた。
だがその僅か一瞬。
目が、合った。
見間違えるはずがない、その顔。
「……アロン様。」
歓喜に打ち震えるメルティ。
目の前で起きた不可思議な現象は、求めていた回答であったからだ。
「アハッ、アハハハ、アハハハハハハハハ!!!」
夕焼けの空を仰ぎ、メルティは目を見開いて嗤う。
ビク、ビクと身体を震わし、口元から涎が垂れる。
自他ともに認める “美少女” が、台無し。
――それは、些末な事。
「アヒャッ、アヒャヒャ、ヒャハハハハハ……。」
恍惚の表情に、狂った嗤い声。
立ち尽くしながら、得も言えぬ快楽が全身を包む。
“間違いなかった”
“ついに、尻尾を掴んだ”
「あああ、アロン様ァ♪ やはり、貴方は、アロン様じゃないですかァァ。私のォ、ワタシのォ、アロン様ァァ♪」
歓喜は、狂気となった。
目線を、アロンが消えた物陰へと向け、表情を戻す。
冷静に、確実に。
彼の心を掴む。
こみ上げる嗤いを抑え、メルティは “大人” だと言い聞かせる。
静かな狂喜と狂気は、対象を見据えた。
「……貴女じゃ役不足なのよ。アロン様の隣は、その場所には、私が立つのよぉ。」
もう一度、大空を睨む。
灰色の巻き上げた髪が、さわっ、と風に揺れ動いた。
口元が、半月のように開かれた。
そして、紡がれる対象の名前。
消えてもらうべき、NPC。
「邪魔者は退場する運命よ。ファナ♪」