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2-5 暗転

「ふふふ。順調順調。皆もファナを嫌ってきたし、あとは私が “正体” を明らかにすれば、乗ってくるよね。」


自宅の化粧台に座り、熱を帯びた筒で、髪を巻く。

これは彼女が “前世” の記憶を頼りに作り出した、この世界に存在しない道具。


熱した炭を細かく砕き、空洞の金属の筒に少量入れ込み、軽く振ることで熱を帯びる。

取っ手の部分は火掻き棒にも使われる、熱を通しにくい素材。

そこを掴み、顔や皮膚に当てないように慎重に、丁寧に熱した筒で髪を巻きあげる。


所謂、カールアイロンだ。


“今世” は癖っ毛であったが、長く伸びた髪をお手製のアイロンで巻きつければ、“前世” の自分では信じられないほど可愛らしく、そして少女とは思えぬほど妖艶さが醸し出される。


灰色の不思議な髪色に、エメラルドのそれを想起させる宝石のような瞳。

瞳の大きさも、鼻の高さも、前世のそれとは段違い。


“こんな美人に生まれ変わらせてくれて、女神様、ありがとう!”


転生前 “白い部屋” で出会った、白の女神。

何度も何度も、女神への御礼を口ずさんだ。



“今世は勝ち組だ”



前世とは違って、優れた容姿。

さらに、可愛がってくれる両親まで居る。


何よりも、大好きなラノベや漫画のような展開。



“知識とチートスキルを持っての異世界転生”



それも、散々はまった【ファントム・イシュバーン】の世界。

しかも転生前のアバターが扱えたスキルがそのまま使え、さらにステータスも見られる。


テンプレそのままの異世界転生。

さらに驚愕したのが、


(試したこと無いけど、“死なない身体” なんだよね♪)


“デスワープ”


ファントム・イシュバーンで死亡判定を受けた際、マイホームへ強制転送させられるシステム。

“ゲーム” の世界だから特に何の関心も覚えず、そういう仕様と思っていたのが、まさか転生先で適用されるとは夢にも思わなかった。


いくらテンプレの転生とは言え、死んでしまえばそこまでだ。

ファントム・イシュバーンには、生き返らせる魔法やアイテムもあったが、今の状況ではまだ出会えていない。


だが、デスワープが適用されるなら必要性を感じない。

病気にさえ気を付ければ、“テンプレ無双” で人生を謳歌できる。



(ああっ! 何て素晴らしいの!?)



鏡に映る自分の顔を眺めながら、にやけてしまう。

普段、学校では見せない、だらけた表情。


少女、――メルティは、“明るい未来” を想い、夢が広がる。



――――



前世は、一般的に見て良い人生では無かった。


両親を早くに亡くし、親戚の家を転々とした。

家族を失ったショックから、不愛想で暗いままの性格。


学校では、陰湿なイジメにもあった。


それでも、最終的に引き取ってくれた祖父母に感謝して、学校を卒業し小さな工場の従業員として真面目に働いていた。


ところが、ある日。

事務員が会社の金を横領していたことが発覚。

横領していたのが経理担当であったため、見つからないよう帳簿を偽造してまで隠すといった、悪質なものであった。


横領された額は大きく、本来の帳簿上に残った資金では、このまま操業し続けられるものでなかった。


そこで、会社が下した決断。


従業員の、リストラ。

その一番に名前が挙がったのが、メルティ。


真面目に働くが、性格が暗く他者とのコミュニケーションが苦手であった彼女は、真っ先に解雇を告げられた。


得た退職金もわずか。

失業手当だけは急な解雇ということで多少増額されたが、若い彼女の絶望を払拭するには、役不足であった。


失意に暮れる彼女は、祖父母の家に引きこもった。

そして、話題の【ファントム・イシュバーン】に手を出し、没頭してしまったのだ。


アバター、“メルティ” として生きる。

金が尽き、祖父母にも見放されたら、死のう。


絶望した現実世界で生きるよりも、明るく派手で、良く読んだノベルや漫画のような異世界風の仮想空間で、自由気ままに生きる。


現実世界をドロップアウトしたような彼女は、数年後にはファントム・イシュバーン内で上位プレイヤーと呼ばれるまでの地位を確立した。


帝国陣営上位ギルド “ワルプルギスの夜”


そこの幹部メンバーとして活躍した。

苦手であったコミュニケーションも、美しいアバター越しなら、難なくこなせた。


醜い自分をひた隠し、一歩引きながらもメンバーと交流を深める。

派手な見た目のアバターからは想像できないほど丁寧で、奥ゆかしいメルティはギルド内で人気が高く、“姫” と呼ばれ、ちやほやされた。


“美人って、得よね”


ファントム・イシュバーンの世界に入り込み、3年。

“覚醒職” に辿り着き、さらに実力を高めていこうとした矢先。


貯金が、尽きた。

そして、あんなに優しかった祖父母が、メルティを勘当しようとしていた。


両親を失い、親戚にも煙たがれ、やっと就けた仕事も突然首になった孫娘。

可哀想だと、休む時間も必要だと受け入れていたが、3年も引きこもり、ただゲームで遊ぶばかりな彼女に、いい加減我慢の限界だった。


“ああ、いよいよ死ぬ日が来たか”


何の感慨も無かったはずだった。

しかし、未練が生まれた。


ファントム・イシュバーンで育てた、アバター。

大量課金の末、出来上がった “本当の自分”


失いたくない。

死にたくない。

消えたくない。


またも絶望。

しかし、渇望した。



それが、“何か” に見染められた。



気付けば、自分は “アバター” になっていた。

そして、白い部屋で、白い女にあった。



「はじめまして、メルティさん。貴女には選ぶ権利がある。このまま現世で過ごすか、このファントム・イシュバーンと同じような異世界(・・・・・・・・)イシュバーンへ転生して、メルティとして生きるか。」



メルティは、迷いなどなかった。

二つ返事で、転生を選んだのだ。



――――



(ステータスオープン。)


メルティは、日課であるステータスを確認した。



―――――


名前:メルティ(Lv6)

性別:女

職業:魔 聖

所属:帝国

 反逆数:なし



HP:178/178(年齢補正中)

SP:122/122(年齢補正中)


STR:7   INT:7

VIT:7   MND:7

DEX:7   AGI:7

 ■付与可能ポイント:0

 ■次Lv要経験値:270


ATK:35(年齢補正中)

MATK:35(年齢補正中)

DEF:22(年齢補正中)

MDEF:15(年齢補正中)

CRI:0%(年齢補正中)



【装備品】

右手:なし

左手:なし

頭部:なし

胴体:綿生地の服(上)

両腕:翡翠の腕飾り

腰背:花柄の帯

両脚:綿生地のスカート(下)



【職業熟練度】

「魔法士」“魔聖(20/100)”


【所持スキル 26/26】(年齢補正中)

【内、使用可能スキル:0】保持JP:5,200


【書物スキル 3/3】

1 次元倉庫

2 SP急速回復

3 闘神気(現在使用不可)



―――――



レベル6なのは、学校の実地訓練で出くわしたフォレストラビットを倒した時にレベルアップしたからだ。

昨年、今年でトータル8匹。

本当にファントム・イシュバーンのように、自由にステータスポイントを割り振られることに喜んだ、が。


まだ子どもの身。

ファントム・イシュバーンのように、“魔法攻撃力(INT)” への極振りなど選択出来なかった。

それでも、十分だ。


何故なら。


(来年には12歳になる。私の “適正職業” が公になり、そして、“年齢補正中” が解除される。ふふふふ……。)


そこから始まる、メルティの無双物語。

聞けば、このイシュバーンの住人(モブ)は “基本職” しか持っていないとのこと。

それ以上の上位職、覚醒職は転生者だけの特典。


つまり、同じ転生者で無い限り、負けることは無い。

そして転生者同士が争って死んだとしても、結局は “デスワープ” で元通りと、死なぬ身体なのだ。


争うだけ無駄。

ならば転生者同士でギルドを組み、この異世界を満喫した方がよほど利口だ。

――終わりの見えない三大国の戦争を、転生者たちの手で終わらせてやるのも、良いかもしれない。


各国の民衆が、転生者たちを英雄と崇める。

驚くほどの富と名声を得て、幸せな人生を謳歌する。


まさに、テンプレ


同じファントム・イシュバーンに没頭していた転生者なら、その話に飛びつくだろう。

そして、そのギルドでも “姫” の座を得る。


前世では絶対にあり得ないと諦めていたが、素敵な男性と出会って “結婚” もしてみたい。

むしろ、一人の男性だけでなく、複数の男性を虜にしての “逆ハーレム” も目指してみても良いのではないか。


ゲームのような世界だから。


いや。



“ゲームそのもの”



ぐふふ、と目を細めて嗤うメルティ。

髪を巻きながら、鏡を見て呟く。



「その一人が、貴方ですわ。アロン様♪」



“アロン”

同じ転生者と思わしき、天才男児。

大人びた言動に、3年前の出来事。


“年齢補正中” が掛かっているなか、どういう手段を取ったのか分からないが、十中八九、単独討伐危険度Cランクのライトニングディアと対峙し、見事討ち倒したと考えるのが自然だ。


“邪龍の森” で出てくる巨大な鹿は、それしか居ない。

それに、あの悪ガキ筆頭者であったリーズルという小僧が、アロンを “師匠” と慕うなんて、目の前でその巨大な鹿を倒したからに決まっている。


それも、恐らく一撃で。


激しい戦闘をした形跡がなく、返り血も浴びていない。


手にしていたのは、学生に渡される、ナイフ一本。

それで勝てるなんて、剣の神様に愛された寵児くらい。


剣士系職業の最高峰、極醒職【剣神】


メルティが知る限り、ファントム・イシュバーン内で職業【剣神】をグランドマスターにまで辿り着いたのは、最強プレイヤー、通称 【暴虐のアロン】だけだ。


アロンと、“アロン”

ナイフ一本で、ライトニングディアを一撃で屠ったと思わしき実力。


そしてここは、“彼” が滞在したラープス村。


(こんな偶然が、あってたまるものですか!)


メルティは、大のアロンファンであった。

同じ帝国陣営所属にして、ファントム・イシュバーンの全アバター “最強” と言われながら、所属ギルドは自分一人だけ、しかも他者とのパーティーすら組まないという謎のアバター。


だが、強い。

果てしなく、強い。


敵対陣営とのギルド戦へ彼が参戦すると “勝ち確定” とまで称される理不尽なまでの強さと、プレイヤースキル。


そして付いた二つ名が【暴虐のアロン】

孤独の前世を歩み、孤独を嫌ったメルティにとって、孤独ながらも我が道を貫き、その強さだけで他者を魅了する孤高の存在。


会いたい。

話したい。


……知りたい。


その溢れる想いから、アロンの行動を掴み、後を付けてみたこともあった。


そのアロンだが、何故か帝国内でもあまりプレイヤーが立ち寄らない、何も旨味の無い “フィールドの一部”、“休憩ポイント” と称されるただの村の一つ、ラープス村を拠点としていたことを突き止めた。


彼に倣い、ラープス村に滞在してみるメルティ。

アロンはどうやら、ハズレダンジョンと呼ばれる “邪龍の森” へ足繁く通っている。


メルティも、広大な邪龍の森へと足を運んだ。


噂通り、出てくるのは討伐危険度最低ランク “G” のフォレストラビットばかり。

ゲーム開始時のチュートリアルで倒した以来、見たことがなかった。


それでもと、奥地へ進んだところ、奴に出くわした。

そう、ライトニングディアに。

すでにレベル300超え、しかも覚醒職となったメルティは、多少手こずるも倒すことが出来た。


そして、確信した。


“この森には、何かがある!”

村でアロンを捕まえて、一緒に探索しようと持ち掛けようと考えた。


だが、その願いは叶わなかった。

その直後に、メルティは “本物のイシュバーン” への転生が持ち掛けられたからだ。



「あの時の想いが叶うのも、もうすぐね。」



アロンとファナは、幼馴染ということもあり、仲睦まじいが、傍から見れば、ファナが一方的にアロンに固執しているだけだ。


11歳の小娘。

方や、転生した “大人” のメルティ。


ファナは将来、相当な美人になるだろうとは思うが、メルティだって負けてはいない。

むしろ、この頃から美を磨き、大人の色香を醸し出せるように徐々に、徐々に、装いを変えていったので、負ける要素など一つもない。


嫉妬深く、ただ真っ直ぐなだけの小娘に、“大人” なメルティが負けるはずもない、と確信している。


しかも、アロンもメルティ同様に転生後は赤子から始まり、現在も “年齢補正中” という枷まで掛けられ、相当なフラストレーションが溜まっているだろう、と考える。


“それを、私が解消する”

憧れの彼(アロン)は大喜びで、飛びついてくるだろう。



「ふふふ。今日から、本格的に行動開始ね!」



意気揚々と、メルティは学校の道具が詰まった革袋を背負った。


(これは可愛くないけど、我慢!)


学校の規則だから、他のバッグを使うのは禁止されている。

そうで無ければ、前世の知識を駆使して可愛いバッグを作ったのに!


――だけど、妙な事をして生徒たちに顰蹙を買うのは御免だ。


“ファナのようにね”


そう考える、メルティであった。





「あ、おはよう、メルティちゃん。」

「え、あ、おは、よう。」


教室に入ったメルティは、目を丸くさせて驚いた。

何故なら、毎日毎日、入学してから昨日まで、暇さえあればアロンの腕に絡みつくか、手を握っているか、拗ねている時は服を摘まんでいたファナが、アロンに向きもせず、女子たちと談笑していたのだ。


そして教室に入ったメルティに、にこやかに挨拶した。


(もしかして、アロン様はお休み?)


キョロキョロして周囲を見回した。


(……えっ?)


見回した先に、普段通りアロンが居た。

リーズルに “師匠!” と呼ばれ、苦笑いしている。


「ファ、ファナちゃん。今日はアロン君を放っておいていいの?」


驚きの余り、思わず尋ねてしまった。

キョトン、としたファナは、すぐ笑顔を向ける。


「うん! もういいの!」


そしてファナはそのまま、女子たちと談笑を再開した。


“もういいの!”

その言葉の意味が掴めず、混乱するメルティ。

あの “アロン馬鹿” のファナが、アロンを放置するなどあり得ない。



それがあり得るとすると。



(ああ、喧嘩でもしたのね。)


どうせ、ファナが一方的にアロンやその周囲に醜い言葉を掛け、中身が大人なアロンもいよいよ嫌気が差したのだと、解釈した。


来るべき日が、来た。

それも、本格的に “転生者” であることをアピールして、その心を掴もうと行動に移す段階に入いろうとした、その日に。


“これは、幸先が良い”


メルティは、巻いた髪の毛をフワッと靡かせて、アロンの許へ行く。

若干ファナの視線を感じるが、どうでも良い。


「アロン君♪ おはよう!」

「おはよう、メルティ。」


精一杯の笑顔。

“あざとい” と思われようとも、どうでも良い。

アロンが、興味を持ってくれさえすれば。


「あ、メルティ。今日も一段と可愛いね。」

「あ、ありが、とう……。」


アロンの代わりに、“優男” と言っても過言でないリーズルがメルティに笑顔で挨拶をした。

“お前じゃない!”、と叫びたいメルティだったが、笑顔のまま躱す。


そのまま、アロンとリーズル、そして力持ちのガレットと頭でっかちのオズロンがまた話しに夢中となる。

内容は、“邪龍の森” でブルーウルフの集団に囲まれた時にどうやって生き延びるか、という真面目のような、この頃の男子特有の “妄想話” だ。


それが気に入らない、メルティ。

髪形もばっちり決めてきて、唇にも少し紅を塗ってきた。

こんなに “大人っぽい” のに、この子ども達にその魅力が分からないのか、と憤る。


「ね、ねぇアロン君!」


メルティは、アロンの腕に絡む。

普段は同じように腕に絡むファナがいるから、意趣返しのように反対側の腕に絡むメルティであったが、初めて、ファナが居ない中でアロンの腕を取った。


背後から、ファナが飛び込んできそうだ。

だが今は、同じ転生者で、憧れの【暴虐のアロン】の気持ちを向けることだ。


“貴方の事をお慕いしています”


かつてテレビドラマで見たヒロインのように、あざとく、それでいて美しく、瞳を潤ませ艶やかな唇を少し尖らせる。


さぁ、私を見て!

メルティは期待に満ちて、アロンに縋る。


だが。



「何? メルティ。」



ゾワッ



思わず、その腕を離した。


離させるように仕向けられたみたいだ。


背筋が凍り、全身がカタカタ震えるメルティ。

その目の前には、柔らかな笑みを浮かべるアロン。


しかし、確かに感じた。

悍ましい程の、殺意。


周囲の子どもたちは、感じていないようだ。

つまり、それは。


(わ、私に、向けたってこと?)


理由は分からない。

何が彼の気分を害したのか?


そして確信した。

子どもらしからぬその気配は、やはり。


(ああ、アロン様。アロン様で間違いないのね!)


怯んだが、ここ数年で想いを焦がした相手への恋慕か。

恍惚とした笑みを浮かべるメルティであった。


そして、いよいよ “作戦” を実行する。


「アロン、()。」


メルティは、アロンにだけ聞こえる声で、囁いた。



「***************、***?」



にこやかなメルティ。

その目線はアロンを射抜く。


一挙手一投足を逃さぬよう、反応を見る。


しかし。



「なに?」



当のアロンは、心底呆れるような、怪訝そうな表情だ。

まるで、メルティが何を言った(・・・・・・・・・・)か分からない様子(・・・・・・・・)


「……え?」


メルティも唖然とする。

気を取り直して、少し大きめの声で紡ぐ。


「***************、***!?」


「……え?」


ますます不思議そうな顔をするアロン。

今度はリーズル達も会話を止めてメルティを見る。


「な、何て言ったの、メルティ?」

「聞き慣れない言葉だね。何かの魔術かい?」


リーズル、そしてオズロンが尋ねる。

脳筋のガレットは “また難しいやつか?” といった表情で、この会話には極力混ざらないようにしている。


焦る、メルティ。

先ほどの身が凍る思いとは別種の、悪寒。


(なんで、通じないの!?)


その言葉は、転生前の世界言語だ。

メルティが生まれる数十年前、テクノロジーによって世界規模の言語統一が図られ、メルティが生きる時代では母国語の他にこの世界言語が共通言語として主流となっていた。


ファントム・イシュバーンでは、この共通言語が使用される。

つまり転生者なら、この言葉と発言の意味が分かるはずだ。


「……メルティ、どうしたの?」


アロンが尋ねてくる。

その様子や表情から、本当に何を語ったか理解していない様子だ。


(どういう事!?)


ますます焦るメルティ。

今までの状況証拠から、アロンが転生者であるのはほぼ確定。

つまり、ファントム・イシュバーンの【暴虐のアロン】である可能性が非常に高い。


転生が確定なら、その言葉を聞いて動じないはずは、ない。

だが、全く持って動じた様子がない。


「え、えへへ! アロン君への、おまじない!」


とりあえず、誤魔化すメルティ。

手を振って、自分の席へと向かう。


その内心は、ドス黒くささくれ立つ。

他の男子や女子が「おはよう」と挨拶をしても、返さない。


明らかな憤り。

そんなメルティに、周囲も戸惑う。


(どうして、どうして、どうして、どうしてっ!?)


頭を抱え、せっかく巻いてきた髪をグシャッと掴む。

数年掛けて準備をしてきのだが、水泡に帰した。



『私と元の言葉でお話ししませんか、アロン様?』



たったその一言で、全て理解してもらえるはずだった。

しかしまるで無反応。


本当に、知らない言語を目の当たりにした様子。



(アロン君は……アロン様、じゃ、ない?)



考えれば、状況証拠だけで断定していたのだ。

“巨大な鹿の化け物” の話で、角がパチパチしていなかった? と尋ねた時のアロンの反応は、ただ単に、何を言っているのか分からなかっただけでは?


“アロン” という名前に、幻想を抱いていたからか?


せっかく出会えたと思った、憧れの人。

それは、ただの自分の幻想に過ぎなかった?



“絶望”



華やかで、素晴らしい “テンプレ転生” と思っていた今世に初めて影が差した、メルティ。


(そんなはずが無い! 彼は、アロン様! 絶対そうよ!)


だが、先ほどの気配。

あれは、11歳の少年で放てるものでは無い。


諦めない。

簡単には、諦めきれない。


身体を震わせながら “醜い” 顔が露わになるのであった。

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