Prologue 02 そして彼は舞い戻る
『7,000万ダウンロード達成キャンペーン!』
頭部に取り付けた機器の耳元。
遠くから語り掛けるように、やけに陽気な女の声が響く。
その言葉を無視するように、慣れた手つきで “キャンペーン” と浮かぶ文字、その右下にある “今日は表示しない” のチェックボタンに印をつけ、ゴーグル上に世界を投影させた。
刹那。
拠点となるマイルームが映し出され、両腕に取り付けたグローブ型のコントローラーを駆使しながら分身、アバターを動かす。
基本的に、脳のシナプスが現実の手足を動かすが如くアバターが連動されるが、現実の自分自身は座椅子にゆったりと腰を掛けているため、この “ゲーム” を始めた当初は違和感……現実と仮想現実とのギャップ酔いを引き起こしたものだ。
ゲームの世界に入り、すで5年。
“彼” にとって、現実の世界よりも遥かに長く滞在している。
この世界で人気を博するオンラインゲーム。
“VRMMO(仮想現実大規模多人数オンライン)”
その名も【ファントム・イシュバーン】
舞台は “イシュバーン” と呼ばれる世界。
そこには遥か太古から争いを繰り広げる三大国があった。
【帝国】イースタリ
【聖国】ウェスリク
【覇国】サウシード
プレイヤーは自身の分身となるアバター、この三大国のいずれかに所属する冒険者となり、探索やモンスター退治、また国直轄の冒険者連合体からの依頼を達成しながら、実力と実績、そして富と名声を上げていく。
やがて相対する二つの国へ侵略・防衛などを繰り返し、領土を奪い合うことで国力を競い合う “陣取り合戦” が、この【ファントム・イシュバーン】の主旨だ。
その主旨の裏、“戦争なんてまっぴら御免” と冒険者として極めることも可能であること、町や村を統治して財を成すこと、他プレイヤーの統治下の町村を侵略して奪うことも可能。
さらに、所属する国を裏切り、他国へ鞍替えすることも可能と、自由度が高い。
そのため、“えげつない” “やり過ぎ” という評価もある。
それでも、多彩な能力に多種多様な装備品、さらにアバターの見た目を自由にカスタマイズできる “見た目装備”の豊富さ、派手さやお洒落さなども人気の一因である。
しかし、“彼” のアバターの見た目は極めて質素だ。
フルフェイスの黒銀兜に重厚感ある全身鎧と、黒銀で統一されたアバター。唯一、背中の外套だけは、淡い光りを放つ半レア級。
アバターとしては、ゲームを進めれば誰もが手に入りそうな、むしろ “ハズレ枠” として存在するような低級品の数々だ。
だが、見た目の裏の正装備はどれも一級品。
むしろ、見た目装備を外して正装備品を晒した方が見栄えがある。
見た目装備はあくまでもアバターの “見た目” だけ。
ゲームを進める上で重要となる本来の正装備品だ。
これらはランクが高くなれば高くなるほど性能が高く、中には属性や能力まで付与されているものもあり、対象となるモンスターやクエスト、また敵対陣営の傾向から数多く揃えるプレイヤーも少なくない。
正装備品の中の最上級、“神話級” の所持者は7,000万人プレイヤーの内、恐らく10万人にも満たないだろう。
それだけ条件が厳しい。
その神話級装備が、『頭』『胸』『腕』『腰』『脚』の五か所全て揃っているのは、世界広しと言えど “彼” だけだ。
◇
『本日のログインボーナス! 3万R』
『一日一回、無料ガチャ!』
またも、耳に届く陽気な声。
“R” というのは、この “ゲーム” での通貨だ。
すでに彼は、何百億Rを所持しているゲーム内の大富豪。
今更、3万Rを貰ったところで態勢に影響は無いのだが。
(ありがたい。お金は幾ら貰っても困らない。)
システムに感謝をしつつ、そのまま無料ガチャを回した。
(っ!)
思わず、目が見開かれる。
画面に表示されたのは、虹色に輝く球体。
即ち、大当たり、というわけだ。
彼がこのゲームを始めて5年。
日々欠かさなかった無料ガチャで、大当たりを引けたのはこれで3回目だ。
それだけ、“虹色” は確率が低く設定されている。
もちろん、そこから引き出されるものは、破格だ。
(これは……やった!!)
彼が引き当てたものは、ある意味、“最も欲しい” と願っていたものであった。
それこそ、いよいよ最期を迎える時は、手元にある “資金” を全て費やして、極僅かな確率を神頼みで引き当てようとすら考えていたほどだ。
それは、一つの書物。
ゲーム上のアイテム “能力の書”
使用するとスキルを習得できる、というものだ。
このゲームのスキル取得方法は、大まかに2種類に分かれる。
一つは、この “能力の書” で得られるスキルだ。
こちらは全50種あり、“職業” によって当たり外れとなるもの、全職共通で役立つものなど、様々だ。
ただし、書物で得られるスキルは最大3個までであり、一旦習得してしまうと “能力解除の書” という課金専用アイテムで無ければ解除が出来ないという、やや不都合な点がある。
そしてもう一つ。
こちらこそ、【ファントム・イシュバーン】のメインスキル。
アバターの “職業” によって得られるスキルだ。
スキルは、“ジョブポイント” と呼ばれる数値を消費して習得、または習得済みスキルの練度を底上げするシステムとなっている。
“ジョブポイント” はゲーム上の進行で得られる機会もあるが、基本はモンスターを倒して手に入る。
入手できる機会は多く、スキルの習得と練度上げそのものはさほど難易度は高くない。
問題は、その先だ。
アバターの職業が持ち得る全てのスキルを習得し、練度を上限まで引き上げた状態を “ジョブマスター” と呼び、基本職なら “上位職” へ、上位職なら他の上位職か、条件を揃えればさらに上の “覚醒職” へ転職することが可能となる。
その際、例外を除いてスキルは全て次の職業に引き継がれる。
もちろん、そこまで達成したレベル数値やステータス等のパラメータもそのまま引き継がれるため、転職で弱くなることは、例外を除いて無い。
転職で、新たなスキルを習得する機会が増える。
スキルが増えれば、それだけ戦術・戦略の幅が広がる。
だが、一つの役職をジョブマスターにするだけでも相当な時間と過酷なレベリング、ジョブポイントの獲得が必要となり、現状、基本8職のうち2職の上級職をジョブマスターにさえすれば上位、さらに条件を達成して “覚醒職” となれば一流だと言われるのだ。
基本の8職。
8職からそれぞれ3職に派生した、上位職が計24職。
さらに、派生した上位職3職を全てジョブマスターにすることで派生する覚醒職2職、が計16職。
さらに、この覚醒職2職をジョブマスターにした後、達成困難な条件をクリアすることで解放される “極醒職” する。
これが基本職と同じで8職。
このゲームには、全56職の職業が存在する。
そして、様々な苦難を乗り越えた先、“極醒職” をジョブマスターにまで辿り着くと、“グランドマスター” という称号を得られる。
彼は、数少ない “グランドマスター” の一人。
しかも、彼は【ファントム・イシュバーン】で理論上可能とされる数のスキルを保持している。
それこそ、あくまで理論上可能とされているだけで、7,000万人のプレイヤーの中で達成できた者は、彼だけだ。
そんな彼が、喉から手が出るほど欲していたスキルを得た。
思わず、呟く。
「これで、帰れる。」
―――――
『おつでーす。』
『おつー。』
『こんばんわー。』
リアルな質感の、中世西欧をイメージした街。
その街中にある巨大な集会場。
行きかう人々が挨拶をしたり、返したり、中には無言で立ち去る者も。
大勢のアバターが集う場所だ。
ここで国営から商人、個人までの依頼を受注したり、依頼をこなすパーティーメンバーを募ったりする。
その中で一番盛んなのが、“ギルド” の勧誘だ。
ギルドとは、プレイヤー同士が最大50人まで自由に徒党を組める制度だ。
プレイヤーはギルドを作ること、また加盟することでゲーム上の様々な恩恵を得られる。
例えば、プレイヤー間である程度の消耗品や貴金属など譲渡が認められ、またギルドメンバーに対して “経験値が多く得られやすくなる”、“得られる通貨が増える”、“ステータスが数%アップする”……など、ギルドの特徴に合わせた恩恵までも得られるのだ。
もちろん、加盟人数が多ければ多い程、ギルドに付与される “ギルドポイント” が多ければ多い程、こうした恩恵が高くなる。
このギルド制の醍醐味は、敵対国ギルドとのプレイヤーバトルである。
【ファントム・イシュバーン】は、プレイヤーが3国のどこかに所属し、敵対する2国に属するプレイヤーとのバトルがメインテーマとなっている。その闘いをより激しく、より派手に、そしてより戦略的に展開できるシステムが、ギルド戦だ。
1ギルド 対 1ギルドの小競り合いから、最大30ギルド 対 30ギルドの攻城戦までもある。その結果が丸々、所属する国力の上下に繋がるのだ。
重度のプレイヤーは、レベリングに職業のジョブマスター、またレア装備獲得にと昼夜励むが、それだけでは勝てないのが、ギルド戦。
職業によって苦手とする戦闘戦略や属性、状態異常もあるため、戦略ミスや判断ミスによって高ランクプレイヤーが遥か格下の、それこそ1ランク下の職業プレイヤーに負けてしまうという例も少なくない。
ゴリ押し戦法で行くのか、敵を攪乱させる絡め手で行くのか、戦闘前でのギルド内のコミュニケーションも重要となる。
◇
『今日の攻城戦、爽快でしたねー!』
猫耳カチューシャ、派手なドレスを身に纏う魔導士の女性アバターが顔面サイズ程ある巨大なビールジョッキを片手に、伝える。
『また【帝国】の勝利! 攻城戦だとアロンさんが入ると負けなしですね。』
同じように巨大ビールジョッキを飲みながら答える、燃え盛るような大剣を背負った大剣戦士の男性アバター。
ビールを飲むと全身が淡く光り、『MDEF+5』と表示された。
これはゲームシステムの一つ、飲食を行うことによるステータス等の増減だ
『わ、私が後ろで回復をしていたところ狙ってきた敵から、アロンさんが守ってくれたんですよー!』
少し興奮気味で話す、同じテーブルに座る2人のアバターに比べると少し見劣りのする祈祷師の女性アバター。
先日ようやく上位職が解放された彼女は、【ファントム・イシュバーン】内では脱初心者を果たした新参プレイヤーでもある。
『おお! そりゃあ運が良い! ギルド戦で敵にやられちゃうと、15秒以内に瀕死復活か “天使の雫” を使ってもらわないと、デスペナルティが加算されますからね。』
『普通のフィールド上なら死んでもマイルーム行きデスワープで、デスペナルティも何も無いけど、ギルド戦だと判定が “生存率” 最優先になりますからね。死んでも復帰できないと、それだけ自陣の不利に繋がるのですよ。』
男性、女性の言葉で『はわわ!』と表情が崩れる。
【ファントム・イシュバーン】は、実際のプレイヤーとアバターを繋ぐ表情リンク機能で、よりリアリティな表情動作が可能なのだ。
当然、その機能を好まないプレイヤーのためにON/OFFを選択できる。
祈祷師の女性のリアクションで、思わず笑ってしまう男と女。
『そういう意味で、アロンさんはグッジョブだったわけですね。』
『半端なく強いだけじゃなく、細かな気も回せる。本当に憧れますね!』
3人が “アロン談義” に花を咲かせていると、集会場が『ザワッ』と騒がしくなった。
『お! 珍しい。お嬢さん、救世主の登場だ。』
男が、追加ビールを飲んで伝える。
その目線の先には、全身黒ずくめの鎧男だった。
『ア、アロンさんだ!』
祈祷師の女性は思わず立ち上がる。
当のアロンは、周囲に今日の攻城戦での活躍ぶりを褒めたたえられながら進む。
時折、手を挙げて歓声に応えている様子だが、フルフェイスの全身鎧アバターの所為もあり、まるで義務的に応えているようにも見える。
『アロンさん、今日、助けてくださってありがとうございました!』
群衆をかき分けて、何とかアロンの許に辿り着いて礼を述べる。
その様子に、他のアバターも『おっ!』『色男!』と茶化す。
『礼には及びません。』
それだけ淡々と述べ、アロンは集会場のカウンターのNPCに話しかけた。
『何か……孤高の人って感じですよね。』
憧れるアロンに声を掛けられただけでなく、わざわざ自分のためにコメントを返してくれたことで有頂天の祈祷師アバターがしみじみ言う。
『そうなんだよなー。【ファントム・イシュバーン】で間違いなくトッププレイヤーだけど、ギルドは自分一人のみ。まさに孤高の存在だ。』
大剣男が何杯目になるのか、またもビールを飲み答える。
『真偽は不明だけど、覚醒職全16職ジョブマスターの “オールコンプリート” 達成者、装備品は全部 “神話級” だって噂もあるのよ。そんなの、誰も勝てないどころか、恐れ多くて誰も近づかないですよね。』
魔導士の女性アバターが呆れるように言う。
その言葉に驚いたように、祈祷師のアバターがリアクションをする。
『え、覚醒職って全部ジョブマスできるんですか!?』
【ファントム・イシュバーン】は、基本8職のどれかを選択したら、一定レベル到達後は、変更が利かなくなる。
逆に、初心者救済制度として、一定レベル到達前は何度でも自由に職業を変更することができ、またステータスのパラメータも再度付与し直すことも出来る。
そして、一定レベル到達後。
基本職から別の基本職への変更が利かなくなるが、基本職をジョブマスターすることで、上位職3職の中から転職が可能となる。
転職することで得られるスキルが増え、戦略も戦闘能力も幅広く上昇する。
さらに選んだ上位職をさらにジョブマスターすることで、他の2つの上位職への転職が可能となり……上位職3職を全てジョブマスターにすることで、覚醒職2職のどちらかへ転職可能となる。
彼女は、この“覚醒職2職” が限界であると思っていた。
その上の “極醒職” など、見た事すら無い。
『ああー、覚醒職2職をジョブマスにすると、ボーナスで覚醒職や上位職への転職を自由に変更可能となるか、別の基本職に転職するか、選べるんですよ。』
大剣戦士の男が説明する。
あ、と声を漏らして司祭が紡ぐ。
『まさか、基本職からやり直して……覚醒職まで行ってまた、別の基本職に?』
それはもはや、やりこみを超えた苦行である。
同意するように頷く魔導士の女性。
『レベルはそのままだからねー。基本ステータスは高くても、ガクンと弱くなるし、スキル獲得のためのジョブポイントもレベルに比例して獲得値が下がるから、苦行どころか地獄よね、地獄。』
『それに……アロンさんのID見たけど、たぶんプレイ5年目ってところだろうな。最古参でさえ辿り着いていない境地。あの人、きっと凄い労力とお金を掛けているのは間違いないだろうな。』
“それこそ、寝る間も惜しんで”
最後まで言わなかったが、大剣男の言葉で沈黙が流れる。
周囲で聞き耳を立てていた他のアバター達も、同じ思いだ。
(アロンさんって……重度の……。)
その時、祈祷師アバターはふと、アロンの後ろ姿を見た。
先ほど話しかけていた、クエスト依頼のNPCと共に、部屋の奥へと入っていった。
(あれ? あんなところ、入れたのかな?)
――――
『あー! くそっ! 今日もアロンの野郎にやられた!』
敵対国【覇国】の集会場。
本日の、【帝国】vs【覇国】の30ギルド対30ギルドの大攻城戦に敗北をしてしまい、大小様々なギルドが集まって対策検討会という名の、愚痴り合いが始まっていた。
『前回も負けた時にアロンのステータスを開示しましたが……本当に地道な努力の結晶と廃課金の末に辿り着く境地って感じで、運営の差し金どころかマジモンの仙人じゃないかって噂ですよ。』
呆れるように、幻獣士の男が伝える。
『え、アロンのステータス? 見ることできるんですか?』
『“敵対鑑定石” でね。……また貰えたから、使いますか。』
剣士の男アバターに問われ、同じ剣士の女アバターが伝える。
すると、やや集会場の空気が微妙になった。
何故なら、“敵対鑑定石” は、攻城戦の敗北報酬であるからだ。
それをまた貰えたというのは、嬉しくない。
そもそも、敵対鑑定石は救済制度の一つ。
特定のアバターが強すぎる場合、その対処方法や戦略を予め検討するために導入されたアイテムだ。
使われた側は特に何の影響は無いが、いつ使われるかは不明。
このため、トップランカーはギルド戦直後に、わざと装備を変えたり職業を他の上位職・覚醒職へチェンジしたりと対策を練ったり、相手側もギルド戦の直前になって使用するなど、こちらも頭脳戦が繰り広げられる要因ともなった。
剣士の女は、自分のギルド共通アイテムバッグから、敵対鑑定石を “使用する” を選択し、表示範囲を “集会場全体” と指定した。
『……マジでビビるぜ?』
最初に愚痴を吐いた男が伝える。
同時に開示される、アロンのステータス。
その、驚くべき力に、全員度肝が抜かれた。
―――――
名前:アロン(Lv995)
性別:男
職業:剣 神
所属:帝国
反逆数:帝国:0、聖国:1、覇国1
HP:1,823,400/1,823,400
SP:1,594,200/1,594,200
STR:1,000 INT:1,000
VIT:1,000 MND:970
DEX:1,000 AGI:1,000
ATK:98,700
MATK:48,500
DEF:9,200
MDEF:10,000(MAX)
CRI:90%(MAX)
【装備品】
右手:神剣グロリアスグロウ
左手:なし(両手剣装備中)
頭部:邪龍マガロヘルムGX
胴体:邪龍マガロアーマーGX
両腕:金剛獣鬼剛腕GX
腰背:天龍アマグダコイルGX
両脚:天龍アマグダレッグGX
【職業熟練度】
「剣士」“剣神(GM)”
「剣士」“修羅道(JM)” “剣聖(JM)”
「武闘士」“鬼忍(JM)” “武聖(JM)”
「僧侶」“魔神官(JM)” “聖者(JM)”
「魔法士」“冥導師(JM)” “魔聖(JM)”
「獣使士」“幻魔師(JM)” “聖獣師(JM)”
「戦士」“竜騎士(JM)” “聖騎士(JM)”
「重盾士」“金剛将(JM)” “聖将(JM)”
「薬士」“狂薬師(JM)” “聖医(JM)”
【所持スキル 72/72】 ※開示不可※
【書物スキル 3/3】
1 永劫の死
2 次元倉庫
3 装備換装(NEW)
―――――
『は……?』
『なにこれ……。』
唖然とする、面々。
あまりにかけ離れたステータス値で、目を疑うのだ。
『な、言っただろ。ビビるって。』
愚痴っていた男はビールをお替りしてステータスを上げる。
『この職業表示って……覚醒職を全種ジョブマス達成ってマジか。狂気の沙汰じゃない。それにレベルも上昇すればするほど上がりにくくなるのに、上限の1,000まであと5つって。』
【ファントム・イシュバーン】の、上位プレイヤー。
平均Lvは300程で、STR等の基本数値は総合計、約1,800が精一杯に対し、アロンは間もなく上限の6,000に届かんとしている。
さらに、覚醒職は1種類だけでもジョブマスターへと達成すれば、トッププレイヤーだ。それだけ条件が厳しいにも関わらず、全てのオールコンプリーター。
『これは……。引きますね。』
『だろ? それに装備品もだ。防具5か所全部に “GX” 表記、つまり “神話級” ってことだ。あと武器も見た事ない。神剣ってどうすりゃ手に入るんだよ!』
叫ぶようにぼやくが、仮に手に入っても装備が出来ない。
“神話級” 装備は、“極醒職” のみ装備できるのだから。
『あと、所持スキル……“72” 個ってもしかして。』
『ああ、所持可能スキル数の上限だな。』
その内訳。
グランドマスター “剣神” 、1個
剣士系覚醒職2種、各3個、計6個
他職覚醒職14種、各1個、計14個
剣士系上位職3種、各5個、計15個
他職上位職21種、各1個、計21個
剣士(基本職)8個
他職基本職7種、各1個、計7個
スキルシステム。
基本職に連なる極醒職までは、習得したスキルは全て扱える。
これが他職の場合、ジョブマスターになればその職業が所持するスキルの内、一つだけを他職でも扱えるというものだ。
だから理論上所持可能スキル数は、72個。
“72/72” という表示は、“扱えるスキル数/習得可能スキル数” の表示であるため、アロンは “オールコンプリート” の証拠ある。
さらに。
『今回も前回も、その前もその前も……このスキルにやられたんですよね、私たち。』
剣士の女が、表示されるステータスの【特殊スキル】を指さす。これは、職業スキル外、“能力の書” のみで追加できる任意スキル。
『そう。この忌々しい “永劫の死” だな。』
ビールを飲んでいた愚痴男が立ち上がる。
が、ふらり、とアバターが崩れ落ちそうになる。
『飲みすぎですよ。状態異常 “酩酊” が出たじゃないですか。』
『いいんだよ。もう今日はこれで落ちるから。』
男も、指をさす。
『“永劫の死”。ギルド戦で敵対者を戦闘不能にした際、瀕死復活や復活アイテム “天使の雫” でも戦線に復帰できなくなるという、えげつないスキルだ。』
うげっ、という声が周囲から漏れる。
『アロンの野郎、このスキルがあるから全力でオレ達を殺しにかかってくるんだ! 倒せば倒しただけ、相手は復活しなくなるから! こんな化け物にこんなスキルを実装できるようにした運営、頭おかしいんじゃねぇか!?』
あはは、と失笑が漏れる。
【ファントム・イシュバーン】の運営に対する今の侮辱は、はっきり言ってお門違いだからだ。
何故なら、アバターの戦力だけでなく、チームプレイ優遇とされる戦略重視のゲームであり、加えてプレイヤーテクニックも重視されるゲームであるから、相手がどんなに強くても攻撃を受けずに、逆に返り討ちにすることも出来る。
そしてその化け物も、努力の結晶だと見て取れる。
『でも……あとの2つはパッとしないですね。』
女剣士が下の2つのスキルを指さす。
『“次元倉庫” に、なんだこりゃ……“装備換装”?』
“次元倉庫” は特殊スキルでは有名だ。
何故なら、このスキルは全職共通して役立ち、誰しもが欲しがる必須スキルのような扱いであるからだ。
アバターが持ち歩くバッグは、持てるアイテム数と、アイテム一つひとつに設定されている重量による所持制限がある。
依頼の達成やギルド戦の報酬でその個数と重量を増やし、所持制限を底上げできるアイテムも手に入るが、大容量にするまでには相応の時間と労力が必要となる。
それをある程度解決するのが、“次元倉庫”
アバターの自宅たる “マイルーム” には、倉庫が置かれている。
その倉庫は、収納できるアイテム個数と重量がほぼ無制限であるため、得たアイテムなどは倉庫へ保管するのが主流だ。
特殊スキル “次元倉庫” は、バッグとこの倉庫を繋ぐ。
つまり、バッグの容量や重量を気にせずいつでもどこでも、倉庫への出し入れが可能なのだ。
ただし、欠点が一つだけある。
それは、出し入れの回数に制限があることだ。
こればっかりは無制限というわけにはいかなかった。
その回数は、3回。
回数が復活する条件は、依頼を達成した際、ダンジョン踏破で全回復。2時間経過で1回の回復だ。
地味だが、使えると【ファントム・イシュバーン】の攻略環境が格段と良くなる。
バッグ容量が限界を迎えるたびにいちいちマイホームへ戻る手間が無くなり、プレイ時間ロスの解消にも繋がる。
だが、スキル自体はさほど問題ではない。
むしろ、アロンが “まっとうに” ゲームをしている証拠でもある。
問題は、最後の特殊スキル。
先週、アロンのステータスを覗き見た時には無かった。
『“装備換装”、ネットで調べてみました。』
男の剣士が伝える。
『レア度は何と、一番上の虹色です。』
ザワッ、と騒がしくなる空気。
男は続ける。
『ですが、何か、ショボイです。』
はぁ?、という声が聞こえてくる。
『いわゆる “登録スキル” ですね。装備品やアイテムなど、バッグに入れた状態を登録しておくと、それが “次元倉庫” と連動して即座にバッグの中身ごと換装……入れ替える、というスキルのようです。例えば、回復薬10、能力薬10を登録して、ギルド戦とかで全部使いきっても、このスキルで登録を呼び寄せれば、即座にまた10個10個がバックに入るってわけです。』
さらに……と男は続ける。
『このスキル、どちらかと言うと “次元倉庫” の回数制限を解除するような役割が大きいですね。』
『どういうことだ?』
『仮にバッグの中身が、モンスターのドロップアイテムでいっぱいになったとします。その時に、必要最低限のバック容量の登録を呼び出せば、中身のドロップアイテムなどは全部一気に、倉庫の中へ放り込まれるようですよ。』
おおっ、と感嘆の声があがる。
地味だが、便利なスキルだと誰しもが思った。
『換装自体に制限は無いみたいなので、実質無制限の “次元倉庫” ってもんですね。だから虹色かと。あと制限は、バックの登録10件まで。……そんなに必要ない、よなぁ。』
“1件、登録出来ればいいよな?” が男の感想だ。
『問題なのは “永劫の死” ですね。』
『そうだ。』
フラフラしながら、男は椅子に座る。
『アロン……つまり、【暴虐のアロン】に倒されず立ち回る他、手立てがない。あいつの足止めを何とかしないと、たぶん絶対、勝てない。』
『あ、オレのリア友に【聖国】陣営の奴がいて、そっちも “対【暴虐のアロン】検討” を打ち立てているみたいっす。良い攻略法が見つかったら共有するから、【覇国】側もぜひに、とのことですよ。』
頭を抱えるような動作をする、アバター。
『どちらも【暴虐のアロン】を何とかしないと、下手するとずっと【帝国】にやられちまうからな。しゃぁねぇ、今日の戦闘データを全部渡そう! お互い隠しっこなしだ!』
こうして、両陣営で【暴虐のアロン】対策が練られはじめた。
しかし。
この日を境に【暴虐のアロン】の姿が見られなくなったのだ。
――――
『やぁ、アロン君。5年ぶりだね!』
真っ白のスーツに、癖のある金髪。軽薄そうな優男が白い椅子に座り、長い足を組み替えてアロンに声を掛けた。
黒銀のフルフェイス兜を取る、アロンのアバター。
だがそこに居たのはアバターでなく、現実のアロン。
「約束通り戻ってきました。御使い様。」
御使い様と呼ばれた男は、ぐにゃりと笑い、紡ぐ。
『準備はいいかい?』
「はい。考え得る最善手で、この場に戻りました。」
『よろしい。では、会いに行こうか。』
VRMMO【ファントム・イシュバーン】にて、敵対陣営を震え上がらせた【暴虐のアロン】は、この世界から消える。
舞台は、アロンの生まれ故郷。
“イシュバーン” の世界。
それは、剣と魔法の、世界。
ゲームではない、アロンの現実世界。
「今度こそ……守る。必ず、守る!!」
それは、失われた “未来”
全てを取り戻すため、守るため。
アロンは再び、【アロン】として歩むのであった。