2-2 呪詛
ラープス村の恵みの森。
通称、“邪龍の森”
学校はラープス村のほぼ中心にあり、南端の森の入口までは子どもの足でも徒歩20分ほどで辿り着く。
「さて、この先だね。」
森の中、村の手前。
冬の前には咲き誇るナユの花畑は、枯れて朽ち果てたナユの花と、夏の初めに咲くイグイスの草に覆われていた。
イグイスの草は繊維が豊富で、割いた葉を煮込んだ後、水気を絞って天日干しにすると丈夫で柔らかな生地となり、縫い合わせてカーテンや寝具に良く使われる。
イグイスの草は森のあちらこちらで群生しており、干した生地は需要もあるため、ラープス村の主力商品の一つだ。
ただ。
「またイグイスの草が大量に生えているな。母さんやララを連れて採りにくるか。」
アロンの呟きが示すとおり、イグイスの草は放っておくとどんどん他の植物を飲み込んでいってしまうほど繁殖力が強いため、見かけたら採取するのが基本だ。
村の主力商品であっても、他の恵みを脅かす存在でもあるためイグイスの草だけを刈り取るだけに森へ入る必要もある。
顎に手を当てて呟いたアロンの言葉に、ファナも笑顔で
「私も一緒よね、アロン♪」
無邪気に告げる。
小雨でジメジメした空気とは裏腹に、あはは、と乾いた笑いを浮かべて頷くアロンであった。
(くそっ、アロン……まけないぞ!)
仲睦まじいアロンとファナの様子に、闘志を燃やすリーズル。
そんなアロンとファナ、リーズルの後ろにいるのはメルティだ。
この4人が、今回の実地訓練のチームだ。
「さて、全員揃ったわね? 各自、救援弾は持ちましたね?」
教師、アケラがクラス全員の顔を見渡して尋ねる。
雨除けのローブを身に包んでいるため、その表情は分かりにくいが、全員首を縦に振ったと判断した。
恵みの森の入口から数km先まではあまり危険なモンスターに出くわす可能性が低い。
今回、実地訓練で採取するヒリン草はナユの花畑から1km程度の奥地であるため、出現してもフォレストラビットという体長50cmほどのやや大きな兎のモンスター、8歳の子どもでもナイフ一本あれば撃退可能なレベルくらいしか居ない。
ただ、あくまでも可能性が低いというだけで、危険なモンスターに出くわさないという事ではない。
実際、十数年前に実地訓練で学校の生徒が森の奥地に生息するブルーウルフという、単体なら討伐危険度Dランクに出くわしてしまい、メンバーが重傷を負う事故もあった。
そのため、実地訓練の際は、生徒一人ひとりに “救援弾” という、大きな音と真っ赤な煙を吐き出す弾薬を必ず一つは持つことが義務となった。
ある程度のレベルもモンスターでも、大きな音に驚き逃げる事が多く、そうでなくとも吐き出される真っ赤な狼煙が、現場へ駆けつける目印ともなるのだ。
「よろしい。くれぐれも単独行動は行わないように。昼には一旦ここまで戻ること。ヒリン草の群生地よりも奥地、“イガイガの木” が生えているところに出たら、速やかに戻ること。いいですね?」
「「「はいっ!」」」
元気よく返事をする生徒たち。
早く探索に行きたくて気が逸る。
「それでは、各チーム怪我の無いよう、助け合って探索してください。では、行きなさい。」
アケラの掛け声で、各々森の奥へと歩み出す8歳クラス。
シトシトと降る霧雨と湿気で普段より薄暗い森は、湿る苔や岩肌がぬらりと輝き、幻想的に映る。
最初は、20人全員が集団となって向かう。
徐々に、徐々に、チーム毎に行く先々を変えていく。
「もうそろそろ、イガイガの木が見えてきちゃうね。」
その中でも、最も奥地へ辿り着いてしまったアロン達。
“イガイガの木” とは、その名のとおり木の幹から生える枝が、まるで槍のように尖り、突き出ていることから名付けられた樹木だ。
この固く鋭い枝は武器にもなり、加工することで強力な槍にもなる。
しかも元は木であるため、魔力を通しやすく、魔法を纏わせたまま投擲することも出来るため、魔法士や一部魔法の使える者にとって、便利な投げ槍として重宝される。
ただ、この “邪龍の森” では、目印でもある。
“イガイガの木” が生える場所よりもさらに奥地は、件のブルーウルフの生息地だからだ。
単体では、討伐危険度Dランクとされる。
ただブルーウルフの本質は、集団行動による連携だ。
集団で現れ、連携を取られつつ相対するのは、上位の冒険者ギルドでも骨が折れる。
その場合の討伐危険度は、一段上のCランクだ。
【ファントム・イシュバーン】の世界でも、集団で出くわした時の単独討伐推奨レベル100と、跳ね上がる。
そして、このイシュバーンの世界基準だとブルーウルフの集団討伐は、上位の冒険者ギルド総出、もしくは軍の部隊を投入しなければならないほど、危険な任務となる。
だから、子どもである生徒たちはイガイガの木を見かけたら速やかに戻ることを、きつく教え込まれているのだ。
「何だよ、アロン? ビビっているのか?」
厭らしくリーズルがアロンに突っかかる。
その言葉でムッとするファナ、だが。
「先生や、大人たちの教えのとおりだよ。イガイガの木の先はブルーウルフの生息地。ボク達でどうにかなる相手じゃないよ。」
平然と、にこやかに諫めるアロン。
だが、リーズルは続ける。
「は! どうだか。本当はこわいんだろ? だいたい、ブルーウルフなんて出てくるのか? あいつら、おくびょうだって聞いたぜ?」
さすがのアロンも困ってしまった。
事実、ブルーウルフは臆病で有名だ。
他の捕食者から身を守るために、集団行動を取っている。
狩りも、確実に勝てると判断するまで、慎重に慎重を重ねて動くのだ。
そんな臆病なブルーウルフが単独行動を取る時は、単に群れから逸れた時。
人間に出会えば即座に逃亡するはずだが、十数年前の事故は、手負いのブルーウルフであったため、気性が猛り、子ども達を襲ってしまったというのだ。
「囲まれたとしても、コイツでドーンとやれば、あいつら、にげていくだろ?」
手に持つのは、救援弾だ。
赤い玉の先にはピンが取り付けられており、このピンを外して投げると、数秒後に大音量と共に狼煙が上がる。
大抵のモンスターは、この音で一目散に逃げるだろう。
だが、アロンもファナも、そしてメルティも顔を顰める。
特に、メルティは異様なほど嫌悪感を露わにする。
「……そんな危険な真似をするくらいなら、最初から近づかない方が良いよ。リーズル君だけが狙われるならそれでも構わないけど、ファナちゃんやアロン君が巻き込まれたらどうするのよ?」
オズロンに次ぐ秀才の、しかもクラス内で “可愛い” と男子内で密かな人気のあるメルティの静かな苦言に、リーズルは、う、と短く言葉を詰まらせた。
「まぁまぁ、今日、せっかくこのメンバーでチームを組んだんだ。仲良く、しっかりと目的のヒリン草を採ってこよう。――ほら、早速あったよ。」
言い合いそうなリーズル、そしてファナとメルティの間に入り、苔がこびり付いた古木の根本を指し示す。
その先には、雨露で滑らかな艶を纏ったヒリン草が2本、自生していた。
「わぁ! あったぁ!」
ファナが嬉しそうに、雨具の水滴を落としながらヒリン草へ近づき、腰に下げていたナイフで丁寧に、根本から刈り取った。
「はい、アロン!」
笑みを零して、アロンに声を掛ける。
アロンは背負っていた背負子をファナへ向けて、ヒリン草を受け入れた。
この一連の動作は、母と子同士で何度も森へ採取に訪れる中で培った、アロンとファナの阿吽の呼吸である。
それがますます気に入らないリーズル。
メルティも「本当、完全に夫婦ね……」と呆れ顔だ。
その時。
「あ! あった!」
リーズルの視界にヒリン草が映り、駆け出す。
「あ、おい! リーズル! 単独行動はダメだって!」
「すぐそこじゃないか! そんなに遠くまで行かねぇよ!」
諫めるアロンに、振り返りもせずリーズルは行ってしまった。
それでも十数メートル先でありその姿は確認できるため、ふぅ、と溜息を吐いて黙認した。
「まぁ、お互いの姿が確認できる位置で、それぞれ採取するか。」
「そうね、その方が効率的よね。」
アロンの言葉に、メルティも同意した。
「……こうりつてき? って?」
ファナが、きょとんとした顔で尋ねた。
「あ、えっと。その方が早くていっぱい採れるって意味よ。」
メルティが優しく補足した。
ああ、と頷くファナ。
何とも愛くるしい二人である。
◇
「あんまり採れなかったね。」
昼。
アケラの言いつけとおり、ナユの花畑へ戻ってきたアロン達。
だが、採取できたヒリン草は全部で6本だけであった。
「こればっかりは運もあるからね。」
宥めるアロン。
メルティも特段気にしていない様子だ。
だが、リーズルは苛ついている。
何故なら。
「おい、アロン! オレ達のチームが一番本数少ないぞ!」
戻ってきた5チーム中、アロンのチームが一番採取数が少なかった。
プライドが高いリーズルは、その事実が許せない。
「何だよ、リーズルとアロン。そんなもんかよ!」
「うるせぇ、ガレット!」
一番多く取れたのは、ガレットのチームだ。
その数、アロンチームの倍、12本。
他のチームも10本、9本と採取出来ている。
断トツにアロンチームが少ない。
「……もう少し奥へ行けば、採れるかも。」
昼食のサンドウィッチを食べながら、メルティが呟いた。
その呟きには同感だが、了承できないアロン。
“邪龍の森” は、奥へ行けば行くほど、採取できる素材が豊富になり、また数も多くなる。
何故なら、奥へ行けば奥へ行くほど、危険地帯だからだ。
その際奥には、“邪龍” が居る。
女神の説得と力によって、改心したと伝わる邪龍伝説だが、未だ邪龍の庇護を求める凶悪なモンスターが跋扈していると謂われがあるからだ。
現在ラープス村で確認された、最上位のモンスター。
“フレムイーター”
火を喰らい、火を噴く、鶏の身体と蛇の尾を持つコカトリス系の進化種だ。
イシュバーンで認定される討伐危険度は、Bランク。
“災害級” とされるモンスターの一種であり、アロンの父が生まれる前、ラープス村の近くに現れたのだ。
その時、帝国軍と上位の冒険者ギルドによる100人規模の討伐隊が編成され、十数人の犠牲の末に討伐出来たと聞かされた。
村の端に建立されている慰霊碑は、その時の犠牲者を弔ってのものだというのだ。
だが、当時を知るのは老人だけというのもあり、若者を中心に危機感が薄れ始めている。
そもそも、フレムイーターなどという災害級のモンスターが、そう簡単に現れるはずが無いというのが通説だ。
ただ、若者の中には森のもっと深くへ探索しようと提案する者もいて、よく村の重鎮たちに雷を落とされている。
(フレムイーターどころか、もっとヤバイ奴がゴロゴロいるんだよなぁ。)
アロンもサンドウィッチを頬張りながら考える。
そう、アロンはファントム・イシュバーンに居た時、ここ、ラープス村へ訪れている。
そして、“邪龍の森” も探索済みだ。
イシュバーンを模した別世界のゲーム、VRMMO【ファントム・イシュバーン】でも、現実のイシュバーン同様に邪龍の森の手前は雑魚がまばらに居て、採取できるアイテムも下位性能のものばかり。
攻略サイト曰く、
“名前負けしたハズレダンジョン”
“帝国の設定のための、何も無いただの森”
だが、偽りの世界とは言え、故郷のラープス村。
郷愁の想い、後悔の念、そしてあの夜の憎悪を胸にしばらく滞在したアロン。
それは、元イシュバーンの住人であったからか。
たまたまラープス村の出身であったからか。
アロンは、ファントム・イシュバーンで世界唯一の、“邪龍の森” 攻略者となった。
そう、決して名前負けしたダンジョンでは無かった。
何も無い、ただの森では無かった。
名称、“邪龍の森”
その、隠された本当の名称。
【ルシフェルの大迷宮】
ファントム・イシュバーンに存在する72の迷宮とは、一線を画する “大迷宮”
世界に7つ存在し、大罪と美徳を司る “ラスボス級” のモンスターが生息する。
その中で、唯一見つかっていなかった大迷宮こそ、ルシフェルの大迷宮であった。
そんな大迷宮で、単独討伐推奨レベル150のフレムイーターなど雑魚の部類であり、遥かに危険なモンスターが数多く待ち受けている。
そして、その最奥の行く手を阻む者こそ、邪龍だ。
“集団討伐推奨レベル、700以上”
“伝説級フル装備の極醒職”
“神業レベルのプレイヤースキル”
帝国が信仰する女神<国母神>の御力によって改心した、後悔と忠義を繰り返す嘆きの龍。
その名も、“誠実の邪龍” マガロ・デステーア。
ルシフェルの大迷宮の、中ボスだ。
【暴虐のアロン】が最終装備として愛用していた神話級の防具、“マガロシリーズ” は、この邪龍の素材で生み出される。
そして、マガロ・デステーアを倒した先。
その最奥に君臨するのが……。
「アロン、口に食べカスがついているよー。」
甲斐甲斐しく、アロンの口元をハンカチで拭ってくれるファナ。
考え事に没頭していたアロンは、突然目の前に現れたファナの笑顔に、思わず赤面してしまった。
まだ8歳とは言え、ファナはファナだ。
可憐な表情に、アロンへ向ける愛情。
心臓が高鳴らないわけがない。
「本当にファナちゃんとアロン君って仲良しだよね。妬けちゃうなー。」
ニコニコ笑ってメルティが二人を茶化す。
えへへ、と笑って応えるファナ。
「アロンはよく、ボーッとするから、私がめんどう見ないといけないの。」
「あはは。もうお尻に引かれているのね、アロン君は!」
おませな少女たちの会話。
照れくさいながらも、年長者の精神を持つアロンも笑いながら、上手く躱す。
「おい! お前たち! 何やっているんだよ、もう行くぞ!」
そんな三人が面白くないリーズルが叫ぶ。
全チームで一番成果が低いこともあって、探索を急かす。
慌てて準備を始める三人。
だが、リーズルの苛々は限界であった。
「先に行く! 早く来いよ!」
リーズルは、アロンの隣に置いてあった背負子を背負い、さっさと森の奥へと足を向けた。
「ちょ、ちょっと待ってよ、リーズル君!」
「単独行動は危ないよ!」
ファナとメルティも、急いでその後に続く。
アロンも、はぁ、と溜息を吐き出して後を追うのであった。
◇
「ねぇ、リーズル君はどこ行っちゃったんだろ?」
「背負子も持っていっちゃたし……困ったね。」
先ほどより、少し奥の地点。
危険なイガイガの木は、もう目視できる程の距離だ。
先ほどまで、この地点で一緒にヒリン草を採取していたリーズルは、背負子を持ったままどこかへ行ってしまった。
「近くにはいると思うけど。」
念のため、アロンはディメンション・ムーブの効果、“一度足を運んだことのある場所でなおかつ、近い距離に限り移動できる” の移動先選択機能とも言うべき、周囲探知を行う。
ちなみに、“近い距離” と定義されているが、アロンの感覚では相当な距離の移動も可能である優れたスキルであった。
三つ先の町どころか、ラープス村からなら帝都まで一瞬で移動できるほどだ。
つまり、ファントム・イシュバーンで “邪龍の森” こと【ルシフェルの大迷宮】を攻略したアロンなら、この森のどこへでも一瞬で移動できる。
それこそ、邪龍の住処へ移動しようと思えば、行ける。
――その最奥にいる “主” の元へは、行く気にはならないが。
ただ、一つ問題がある。
それは、邪龍の森は広く、一度行った場所、つまり一度通った場所が脳内に映し出されるのだが、森はどこも似たような景色であり、その場所と全体の俯瞰図が映し出されても誰かを探し当てるとなると容易ではない。
アロンは自分たちの居るポイントから、少しずつ当たりを付ける。
(……居た。)
アロンの脳裏に映し出される、リーズルの姿。
この場所から300メートル程、西南の位置だ。
そこは、どうやらヒリン草の群生地だ。
笑みを零しながら、どんどん採取しているリーズル。
(これで、少しは彼の株も上がるかな?)
チームを組み、迂闊な行動に発言の多かったリーズルだ。
今回の実地訓練で、ファナとメルティから顰蹙を買ってしまっただろう。
実際、ファナはリーズルが行方知らずでも「自分勝手なんだから!」と、心配よりも憤りの方が強い様子だ。
さらにメルティは、リーズルの身のことなど心配していない。
「背負子が無くて困る」と、彼の身よりも採取したヒリン草の入れ物が無いことへの文句が多い。
(まぁ、あれだけの量を採れれば、喜んで戻ってくるよな。)
その場所へファナとメルティを連れて行こうとも思ったが、リーズルは自分の株を上げたいだろうという配慮から、アロンは知らぬふりをして、細々と生えるヒリン草を刈り取るのであった。
その時。
『ドンッ!!』
わずか遠くから響く、破裂音。
「えっ!?」
「あ、あれは!!」
森の木々の間。
小雨でより薄暗い森の奥から、わずかに漏れる、赤い煙。
アロンは、急いでディメンション・ムーブでリーズルの様子を確認する。
すると、背負子の中身を散乱させて、尻餅をついて青ざめるリーズル。
その目の前。
(うそ、だろ!?)
アロンも青ざめた。
「あれって、救援弾よね!?」
「リーズル君!?」
ファナとメルティも、青ざめながら震える。
「ファナ!」
アロンは、ファナの手を掴んだ。
「ア、アロン!?」
「いいか、ファナとメルティは、すぐ先生を呼んできてくれ!」
普段とは違う、アロンの様子。
その気迫と勢い、ファナは驚きつつ、頷いた。
「アロン君はどうするの!?」
メルティがファナの代わりに尋ねた。
「リーズルを助け出す!」
「無茶よ!! それなら、私も!」
メルティも叫んで伝える。
しかし。
「ダメだ! 子どもがゾロゾロと行っても逃げきれないかもしれない! ボクとリーズルなら、足に自信もあるから、大丈夫!」
それだけ伝え、アロンは赤い狼煙の方へ向く。
狼煙は、小雨と森の木に阻まれ、上空へ立ち昇っていない。
しかもこの天候で、破裂音も教師アケラの耳まで届いていないかもしれない。
「早く! 先生を呼んできてくれ! 頼む!」
再度伝え、アロンは狼煙の方へと走り出した。
「アロン!!」
「アロン君!?……ファナちゃん! 先生のところへ行って!」
驚く、ファナ。
「メルティちゃんは!?」
「私も、リーズル君とアロン君を、助けに行く!」
首を小刻みに、横へ振るファナ。
「だ、ダメよ! アロンも言っていたでしょ!? 早く先生をよびに行かなくちゃ!」
森での鉄則。
もし救援弾が放たれたら、すぐさま逃げること。
“自分の命は、自分で守る”
それが、自然と共に生き、自然と共にある者の責務だ。
だからこそ、アロンが取った行動はその責務を放棄したことになる。
それを許してしまったファナは、本当は今すぐアロンを捕まえて、一緒に戻りたい。
だけど、ダメだ。
愛する、最も大切な人だけど。
あの気迫と、真っ直ぐな瞳。
“アロンなら大丈夫”
そう信じるのは、“未来のおよめさん” の役目。
ここでアロンを追いかけたら、彼を信頼していないことになるし、彼の信頼を裏切ることになる。
ファナは幼い心ながら、それを言葉に出来ずとも理解した。
「……わかった。先生のところへ、行こう。」
頷くメルティ。
そして、女子二人は走り、ナユの花畑へ向かう。
◇
二人が見えなくなった場所で、アロンはすぐさま、ディメンション・ムーブでリーズルの元へ向かった。
“自分が、未来を変えてしまった”
薄々、それを理解するアロン。
何故なら、こんな出来事は前世では無かった。
チーム編成で、アロンを巡り男女が奪い合うことも。
リーズルが、アロンにライバル心を宿すことも。
全て、アロンの行動で齎されたことだ。
◇
「先生!!」
肩で息を吐き出すファナとメルティは、ナユの花畑へ着くや否や、アケラに声を掛けた。
「ど、どうしたのです!?」
女子二人しか居ない。
顔を青ざめさせて、息を切らしている。
異常事態。
「リーズル君が、救援弾を使いました!」
「ここから、真っ直ぐ南!」
「アロン君も、リーズル君を助けに行っちゃいました!」
そこまで聞き、アケラも青ざめる。
「きゅ、救援弾!? そうか、この天候で!? そんなに奥まで行っていたなんて……分かりました、すぐ向かいます! 皆さんはここで待機していてください!」
アケラはファナとメルティの足跡を頼りに、森の奥へと駆け出した。
「ア、アロン……。」
祈るように、手を組むファナ。
そのファナの隣。
メルティは、森を睨み、歯を食いしばる。
(……“年齢補正中” なんて余計なものが無ければ! こんな子どもの身体でなければ! なんて、無力なの!? こんな制限があるなんて聞いていなかったわよ、女神様!!)
メルティは、かつて出会った女神に呪詛を唱えるのであった。