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1-13 収束

アロン、四度目の春。

本来なら、祖父母のいない春だ。


その運命を捻じ曲げたアロン。

幼い身体でも、行動一つで運命を変えられることを改めて実感した。


それは、いずれ訪れる絶望を跳ねのける力となる。

そのためにも、力を付けることが当面の目標だ。


まず、継続して行う必要があるのは、スキル【装備換装】で持ち込んだ武具やアイテムを、全て “次元倉庫” へ収めることだ。


その前に、破れてしまった布袋を修復する必要もある。

冬の間は小屋も森も凍てつく寒さに覆われたため、三歳の身では無理することも出来ず作業は止まったままであったが、春の季節、ようやく作業も再開できる季節となった。



(作業は少しずつ進めるとして、問題はこれからだ。)



アロンの住む帝国では、子供に教育を受けさせることを義務としている。

6歳から15歳までの10年間で、言葉や文字、数学、歴史、神学、武術や魔術などを学ぶため、学校へ通うこととなるのだ。


イシュバーンに住む全ての人間には “適正職業” が備わり、職業の違い、そして才能の違いはあっても強くなれる。

逆に言えば、どんなに戦闘の才が無い者でも、兵や戦を支える物資などを生み出す側へと成れる。


ただ、兵が強いだけでは国として成り立たない。

産業を、物流を、支える者が居なければ破綻する。


そうした者たちの身分も保障すること、そして “法” を理解し、“物価” を理解させることで、これら “支える者” も自らの使命と役割を理解し、誇りをもって労働に励むのだ。



全ては、敵対する二国を侵略するために。



(確か、4歳の頃だったな。“あいつら” に出会うのは。)



ラープス村は、村としては大きく、平和かつ安定した村運営のため子供の数もそれなりで、アロンと同世代も20人はいる。


まだ幼いからという理由からか、母同士が仲良いおかげか、アロンはファナとばかり遊んでいた。

だが実際は、同じ年の子供は多くいるわけであり、学校が始まる前に顔繋ぎとして何人かと出会い、そして遊ぶようになってくる。


アロンは前世の記憶があるとは言え、幼少期については曖昧だ。

生まれた頃からほぼ一緒だったファナに合わせて、“幼児らしさ” というものがどういう事かを学びつつ、ファナの要望や遊びについては羞恥心やら何やらを全部封印して、真剣に向かい合った。


その結果、ファナは無事にアロン大好き幼女となった。


“アロン、けっこんしよー!”

“ファナ、ぜったいアロンのおくさんになるー!”

“うわきしちゃだめだよ、あ・な・た♪”


などと、女児特有のおませな言動が目立つようになってきた。


嬉しい反面、“ここまで好かれていたか?” と疑問に思いつつ、毎日ようにファナの “おままごと” に付き合うのであった。

そんなアロンを、ますます好きになるファナである。


若干行き過ぎているかもしれないが、ファナはそれで良い。


問題は、4歳から6歳までの、学校が始まる前までに出会う奴等だ。

それこそアロンにとって “恋のライバル” 達だ。


さらさらの金髪で、透き通った碧眼の、一番のイケメン。

リーズル。


丸坊主だが、運動神経抜群で身体つきの整った、力持ち。

ガレット。


知的でクール、それでいて紳士なおかっぱ頭の丸眼鏡。

オズロン。


そんな彼らとの “関係” を思い出す。


(……いじめ、まではいかないけど、揶揄われたよな?)


彼らからすると、アロンは大分劣っていた。


顔だけでなく、女性の扱いはリーズルが誰よりも優れていた。

力や模擬戦では、ガレットの足元にも及ばなかった。

テストは、10年間の学校生活で一度もオズロンを上回ることが無かった。


それでもアロンは、彼らに勝とうと、がむしゃらに立ち向かっていた気がする。


“最初は”


分相応というのか。

どんなに努力しても、決して敵うはずがないと、諦めた。


そう、諦めたのだ。


彼らに立ち向かうことも、帝都で兵になることも。

冒険者となって名を馳せることも。


ただの “臆病者” と成り下がってしまった。

それが、前世のアロンだ。


だが、今世は違う。

前世の知識に、ファントム・イシュバーンで得た力。


“超越者”


それも、圧倒的な力と武具を有する存在。

今のアロンは、前世のそれとは遥かに異なる。


それでも、アロンは葛藤する。

今世で出会うライバル達を出し抜くのは、簡単だ。

他人への振舞いでも、力でも、頭脳でも。

子どものそれとは遥かにかけ離れている。


“だが、果たしてそれで良いのか?”


村一番の人気者、ファナ。

器量良く、明るく、誰からも愛された少女。

そんなファナが、アロンより遥か優れるライバル達からの求愛を跳ねのけ、選んだのは他でも無い、アロンであったからだ。


ここまでは、良い。

ただ、圧倒的力量でライバル達と差をつけた場合、もしかすると “ファナがアロンを選ぶ未来” が、変わる可能性もある。


もし、ファナが他の誰かを選んでも “守る”

それでも良いと考える。


――本当は、嫌だ。


なら、何故か?


それは “贖罪” だから。


前世、アロンは手も足も、声も出せず、村を襲撃してきた超越者たちに、ただの雑魚(モブ)として、あっさりと殺されてしまった。

そして死にゆくアロンが見た光景は、凌辱され泣き叫ぶ、愛するファナと、妹ララの姿であった。


超越者は、赦さない。

同時にアロンは、自分自身を赦せない。


御使いから与えられた機会と使命を全うする。

それが修羅の道だろうと、鬼畜の所業であろうと、アロンは止まるつもりは無い。


愛するファナを、家族を守れるなら。



(決めた。)



アロンの方針が決まった。

それは、彼らに “程よくやられる” ことだ。

つまり、なるべく前世をなぞろうとすることだ。


もしかすると、その過程でファナが自分を選んでくれるという打算もあるが、その本質は “目立たないこと” に尽きる。


4歳児なら、4歳児らしく。

5歳児なら、5歳児らしく。


加えて、アロンらしく。



そして、もう一つアロンには方針(・・)がある。


(6歳になれば……自由が利く。つまり、レベリング開始が出来る。)


学校は朝から夕方まで親元を離れて過ごす。


学校生活の中では、森の浅い場所で探索したり、見つけた小さなモンスターを狩ったりする事もある。

それだけでなく、個人的な自習時間も得られる。


つまり、今まで出来なかった “モンスターを倒すことによるレベルアップ” の機会を多く得られることだ。


アロンには “ディメンション・ムーブ” がある。

使い方次第では、一度に大量のモンスターを狩ることも可能だ。



(武具だけじゃない。ボク自身が超越者(転生者)を出し抜けるほど、強くならなければ。)


アロンは、ステータスを開いた。


―――――


名前:アロン(Lv22)

性別:男

職業:剣 神

所属:帝国

 反逆数:なし


HP:128,200/128,200

SP:620/620(年齢補正中)


STR:1   INT:1

VIT:127 MND:1

DEX:1   AGI:1

 ■付与可能ポイント:0

 ■次Lv要経験値:1,510


ATK:30(年齢補正中)

MATK:30(年齢補正中)

DEF:638

MDEF:18(年齢補正中)

CRI:0%(年齢補正中)


【装備品】

右手:なし

左手:なし

頭部:なし

胴体:布の服(上)

両腕:なし

腰背:布の腰巻

両脚:布の服(下)


【職業熟練度】

「剣士」“剣神(GM)”

 「剣士」“修羅道(JM)” “剣聖(JM)”

 「武闘士」“鬼忍(JM)” “武聖(JM)”

 「僧侶」“魔神官(JM)” “聖者(JM)”

 「魔法士」“冥導師(JM)” “魔聖(JM)”

 「獣使士」“幻魔師(JM)” “聖獣師(JM)”

 「戦士」“竜騎士(JM)” “聖騎士(JM)”

 「重盾士」“金剛将(JM)” “聖将(JM)”

 「薬士」“狂薬師(JM)” “聖医(JM)”


【所持スキル 72/72】(年齢補正中)

【内、使用可能スキル:6/72】

【剣士】

 スラッシュ

 クイックオクス

 パリィ

 バーンスラッシュ

 剣士の心得


【剣闘士】

 剣闘士の心得


【書物スキル 4/4】

1 永劫の死

2 次元倉庫

3 装備換装

4 ディメンジョン・ムーブ


―――――


アロンのレベルは、祖父母を襲った盗賊団のリーダーを殺したことでさらに上昇した。


その時に得たステータス付与ポイントは取っておくつもりでいたが、すでに “VIT” に数値103も振り込んでしまったから、今さら24ポイント分増えたところで、大勢に影響は無いと考えている。


だが、それはあくまでもファントム・イシュバーンという仮想世界での話だ。

すでにアロンの生命力と防御力は、鉄剣で大人が全力で斬りかかっても、掠り傷程度のダメージしか受け付けないほどだ。


アロンが前世で愛用していた鉄剣の攻撃力は、ファントム・イシュバーンで表示するなら、たった “50” である。

そして、ステータス数値が1上がるごとに各パラメータが異常なほど上昇するのは、ファントム・イシュバーンのシステムというスキル(・・・・・・・・・・)が反映しているからだ。


それを失念しているアロン。

すでに彼の身は、“目立たない” どころの話ではなくなっている。



ふぅ、と一つ息を吐き出すアロン。

時刻は、真夜中。


本来なら家族は全員寝静まり、アロンの作業の時間となるのだが。


『カチャッ』


静かに開かれる、アロンの部屋のドア。

そこからスッと顔を出し、アロンがベッドの上で寝ていることを確認すると、安堵の表情を浮かべてドアを閉めるのであった。


(……あれは、本当に疑っているな。)


アロンの様子を確認しに来た人物。

祖母であった。


アロンがあの日、運命を捻じ曲げた日。

祖母は、“黒づくめの何か” をアロンだと、言い切っていた。


西町の行商を終え、足早にラープス村へ訪れた祖父母。

盗賊に狙われたこと、それを、黒い亡霊(これは祖父や同行した冒険者たちの呼称)が助けてくれたことを告げた。


その怪奇な現象に眉を顰めたが、結果的に祖父母が助かったことで父と母は大いに喜んだ。

もちろん、アロンは三歳児らしく “良くわからないけど、父と母が喜んでいるから一緒に喜んだ” という体で祖父母と相対した。


だが、祖母は違った。

あれはアロンだった、と言い放ったのだ。


さすがに呆れる、父と母。

家に居たはずのアロンが、どうやってそんな場所へ行ったのか。

しかも幼児が盗賊を撃退するなど、あり得ない。


呆れかえる父と母、そして呆れを通り越して憤りさえ覚えた祖父によって、祖母はしぶしぶ納得した、かに見えた。


だが、全く納得していなかった。


いつもは行商の仕入れの際にラープス村へ訪れていた祖父母が、何かにつけてアロンの自宅へやってきて、宿泊する回数が増えた。

もちろん、それは大歓迎なのだが。


祖母は、夜な夜なアロンの様子を見に来るのだ。


(おばあちゃんが居るうちは動けないな。)


疑われるのは癪でもあるが、事実、助けたのがアロンであるため、逆に “どうして気付いたのか” を考える。

つまりそれは、自分自身が “普通の三歳児” を演じきれず、何か祖母が察してしまう隙を与えたからでは無いか、という結論に達した。


(もっと、ファナに学ぼう。それに、ぼちぼち出会うあいつ等からも、子供が何たるかを学ぼう。)


強くなるだけではない。

それを隠し、目立たず、牙を研ぎ続ける。


“子供らしく”


何とも歯がゆい時間だが、生まれてから今日まで、そうして生きてきたのだ。

再び訪れた、幸福の時間。

そして、失われたはずの祖父母の命を救った。


家族が皆で、平和に、幸せに。

それが、アロンの願いだ。



――――



「帝都へ行く。」


アロン、四歳の秋。

突如、父ルーディンが家族に向けて宣言をした。


「ど、どうしてもなの? あなた……。」


何度もその話を聞かされていただろう、母リーシャが震えながら尋ねる。

リーシャの瞳をジッと見つめ、静かにうなずいた。


「どう、して、父ちゃん?」


アロンも震えながら、尋ねる。


前世、父が帝国兵に名乗り出たのは、祖父母の死が原因だったと聞いていた。

だが、アロンの手によって祖父母の命は救われた。


だから父も帝国兵入りなどせず、村で生きるものだと考えていた。

しかし、まるで “運命” に誘われるように、父は宣言したのだ。


もちろん、その先の運命についてアロンは知っている。


父は、“聖国” との戦争で、敵兵から受けた “呪怨魔法”――、魔法士のスキル “カースペイン”

をその身に喰らい、戦場に立てぬ身体になってしまった。

負傷兵として戦力外通知を受け、村に戻ってきた父は、時折その魔法の痛みが脳に走り、もがき苦しむ事となる。


町に訪れた僧侶と薬士の治癒によって、ある程度痛みが和らいだが、それでも一度再発すると村の仕事どころでは無くなってしまうのだった。


憧れた帝国兵から戦力外だと外されてしまい、深い痛みで何度も苦しむこととなる、父。

その絶望と苦しみを間近で見てきたアロンにとって、祖父母の命を救うことで、父が帝国兵になって苦しむ事の無い人生を歩んでほしくないという思いもあった。


それが、何故か、父は帝国兵になるというのだ。


「どうして、か。」


寡黙な父は、アロンの頭を撫でて笑みを浮かべる。

小さなアロンには、その手が本当に大きく、温かく感じた。


「お前も男だ。そのうち分かる日が来る。」


男の生き様。

それは、分かる。

前世のアロンが、自分には無理だと言い聞かせた事だ。


「父さんはな、お前の爺さんや婆さんが盗賊に襲われたと聞いた時、このままじゃダメだと思ったんだ。」


やはり、きっかけは盗賊による祖父母への襲撃だ。


「戦争も激化する中、ああいう鼻つまみ者がのさばるのは許せない。兵も、支える者も、皆で一生懸命生きるというのに、ただ奪うだけの者がいるのは許せない。」


それは、アロンも同感だ。


奪う者。

イシュバーンを一生懸命生きる者を嘲笑うかのような、傍若無人の超越者ども。

それらを殲滅するため、アロンは転生したのだ。


グッ、と歯を食いしばるアロンの頭を撫でながら、父は続ける。


「爺さんや婆さんが、安心して行商できるように。支える者が安心できるように。帝国兵は支える者を守護する存在なんだ。アロン。父さんは、皆を守りたい。」


“それは、ボクも同じだよ!” と叫びたい、アロン。

だが、現状アロンは無力である。


“次元倉庫” には神話級といった武具の数々が収められているが、三歳の身ではすぐ体力の限界が訪れる上、回数制限のあるディメンション・ムーブを駆使した戦法も、対大人数ではすぐに限界を迎えてしまう。


いくら最強の武具に身を包もうとも、動けなくなればそこまで。

ただの盗賊や一兵卒ならまだしも、相手が超越者なら負け戦だ。


簡単に殺され、デスワープが発動する。

一度デスワープが発動すれば、アロンは超越者であると判明する。

そして身元が割れれば、家族を、ファナを、村の皆を、危険に晒してしまう。


迂闊な行動は出来ない。

そして、ここで父の運命を語ろうものなら、自ら超越者、転生者だと宣言するようなものだ。


祖母が、アロンを疑うように。

それは、避けねばならない。



家族のためを思えば思うほど。

――アロンは、その行動を制限される。



「どうしても、行くのかルーディン。」


祖父が、諦めるように尋ねた。

父ルーディンはアロンの肩をポンと叩いて、ええ、と短く答えた。


「リーシャの事、アロンやララの事は頼みます。義父さん、義母さん。」


決意は固い。

その決意が分かるからこそ、母リーシャも、祖母も涙する。


「どうか、どうか……無事で。」

「はい。義母さん。」



“運命は変えられても、収束する”



まるで、何かに導かれるように。

それこそ、“神” の意図であるかのように。



「父ちゃん! ぜったい、ぶじに、かえってきて!」



アロンは、そう願うしかなかった。

前世と同じく、生きて帰ってくるように。


そうすれば、“カースペイン” の痛みなど、アロンの持つアイテムで如何様にでも癒すことが可能だ。

そして、変えることが出来た運命が収束するとなれば、父はきっと生きて帰ってくる。


それに、賭ける。




こうして、父ルーディンは前世同様、帝都へと赴いた。

いずれ、大きな傷を負って村に帰ってくる運命だとしても、アロンは止めることが出来なかった。


それこそ、祖母の疑いを深めてしまうから。

母や妹、ファナにも、その疑念を植え付けてしまうかもしれないから。


“目立たぬこと”

“家族を守ること”


それは、本質的には繋がっていると信じていた。

だが、そのやり方が背反することもあると理解した。


それでも。

アロンは訪れる “理不尽” を回避すること、そして世界に蔓延る超越者、――転生者を “選択” と “殲滅” することを、改めて誓うのであった。


失われた未来を、取り戻すために。

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