1-12 安堵
西の町への道中にある、森の中。
行商人として長らく旅を続けるアロンの祖父と祖母。
すっかり慣れた野営と、気心しれた冒険者たち。
いつものように、深い眠りにつくのであった。
「そろそろ、交代だ。」
「ああ。」
火の番をしつつ周囲を警戒していた剣士の男に、重盾士の男が告げる。
立ち上がりながら欠伸をする、剣士の男。
役目を終えて、後は寝るだけの彼が少し羨ましい。
「今回も順調だな。」
「まぁ、隣町までだからな。」
最近、盗賊の話も聞かない道中だ。
警戒は怠らないが、それでも気が抜ける。
「ま、ゆっくり休んでくれ。」
「ああ。頼んだぜ。」
そう伝え、剣士の男も持ち込んだ寝袋に入り込む。
その周囲には、寝息を立てる彼らの仲間2人。
僧侶と武闘士。
今回の護衛は、この4人だ。
だが、野営の番は剣士と重盾士の役目。
特に重盾士は、敵襲があった場合、最前線で護衛対象や仲間も守る役割もある。
そのため、護衛時は重々しい鎧を身に纏い、武器にもなる巨大な盾を傍に置いておくものだ。
だが、慣れ親しんだ野営ポイント。
耳にしない、盗賊の話。
いざとなれば、盾を構えて襲撃を防ぐことも出来る。
その自信が、慢心が、鎧を纏う義務を怠らせた。
さらに、油断。
深まる秋に、日に日に肌寒くなる季節。
目の前には、揺らめく焚火。
その温もりの所為か、溜まった疲れの所為か。
護衛というにも関わらず、意識半分、睡魔半分、身体が自然と船を漕いでしまった。
その時であった。
『ザシュッ』
「うぐっ!」
背に、毒が塗り込まれたナイフが突き刺さった。
焼け付けるような背の痛みだけではない。
身体の自由が奪われるように震え、視界を闇へと閉ざす。
「しま……た……。」
ドシャッ、と音を立てて倒れこむ。
その音と気配に、眠りが浅かった剣士の男が気付く。
「お、おい……!?」
寝袋から立ち上がった瞬間、背に突き刺さるナイフ。
「グ、フッ! て、敵襲だぁ!!」
血を吐き出しながら剣を抜く。
だが、そこまでだった。
ぐらり、と抵抗なく地面へと倒れこむ剣士であった。
だがその異常事態。
ようやく寝入っていた僧侶と、武闘士、そして祖父母も目が覚める。
「と、盗賊!?」
「こんなところで!?」
すぐさま臨戦態勢を取る武闘士の男。
僧侶の女は、倒れる剣士、重盾士の様子を見る。
辛うじて息がある様子だが、回復だけでなく解毒も必要。
治癒魔法と、解毒魔法を掛けようとする、が。
「ぎゃはははははははは!!」
下品な、笑い声。
暗闇の森から、小汚い盗賊が次々と姿を現した。
その数、8人。
あっと言う間に祖父母、僧侶と武闘士を囲んだ。
「お、若い女がいるとは運が良い!」
「女以外は殺しても良いな。」
「結構な物資持っているな。こりゃあ当たりだな!」
嗜虐的な笑みを浮かべて口々に告げる盗賊たち。
一斉に得物を手にして、武闘士に向かう。
「くっ!」
見張りが殺された事、突然の襲撃で、いつものナックルが装備出来ていない。
揮われる剣を避け、素手で盗賊の一人を殴る。
だが、浅い。
殴られた盗賊のすぐ後ろから、別の盗賊が剣を突き刺してくる。
『ドシュ』
「あ、がぁ……。」
腹を一突きされ、崩れ落ちる武闘士。
「いや、いやああああ!!」
震えながら回復魔法を掛ける僧侶であったが、信頼していた仲間があっさりと倒されたことで、悲鳴を上げてしまった。
本当なら、身を挺して護衛対象であるアロンの祖父母を守るべきなのだが、突然のことで身が竦んでしまって動けない。
そんな僧侶の腕を強引に掴み、立ち上がらせると同時に服をナイフで切り刻む。
「いやあああああっ!! やめ、やめてぇ!!」
「ひゃははははは! 俺たち全員の相手をしてくれたら解放してやるよ! 奴隷商人のところにな!」
盗賊のリーダーか。
下卑た表情で僧侶を見下し、犯そうとする。
その様子を、身を寄せて震えることしか出来なかった祖父母。
「おま、えは……逃げろ。」
「あ、あんた!?」
祖父は老いたが、剣士の適正職業を持つ身。
冒険者とは言え、若い娘が凌辱されそうなところを黙って見過ごす程に老いてはいなかった。
傍に置いてある剣を掴み、立ち上がり抜刀した。
盗賊たちは僧侶の女に釘付けであったため、油断していた。
『ズバッ!』
「がああっ!」
一番近くに居た盗賊の男の腕を切り裂いた。
そしてそのまま、剣を突き出して盗賊のリーダー向けて駆ける。
「この爺ぃ!!」
だが、ダメであった。
腕を切られた盗賊の男が、怒りの形相で蹴りを入れ込むと同時に、吹き飛ばされる祖父であった。
そのまま、盗賊は剣を手にして斬りかかろうとした。
「いやあああ! あんたぁ!!」
その時。
『ギンッ!!』
響く、剣戟音。
「……あっ?」
今、倒れこむ老人を斬り込もうとした盗賊が目を丸くさせた。
そこに居たのは、黒い布を被った、小さなナニか。
『ピスッ』
その小さなナニかは、潜り込むように腕を斬られた男の懐に潜り込み、足に掠り傷を着けた。
「うぎぐぅっ!?」
同時に、怒声のようにくぐもった大声を上げる。
何故か、硬直したままだ。
「なん、だ!?」
盗賊たちの目線では、腕を斬られた仲間が爺を斬り込んだが、何故かその剣を防がれ、そしてさらに何故か、固まったままにしか見えなかった。
そう、彼らからは、盗賊の男の背が壁となってしまい、小さなナニかが見えていなかった。
目線は、硬直する仲間。
それが仇となった。
『ピッ』
『ピスッ』
小さな、痛み。
そして次の瞬間、身体の内側から何かが破裂したような激痛が走り、身体の自由が奪われ、指先一つ動かせなくなった。
唯一出来たのは、激痛の瞬間に叫んだことだ。
「うっぎぃっ!?」
「うぐぎぃぃっ!!」
腹の底から漏れるような、喚き声。
その後は声すら出せず、呼吸もままならない。
激痛に、金縛り。
「な、なんだこりゃあっ!?」
その異常性に気付き、盗賊のリーダーが叫ぶ。
思わず、服を破いた僧侶を突き放してしまった。
「残るは、お前だけだ。」
ゾグリッ
リーダーの耳元に、幼い子供のような声が響いた。
『ドシュッ』
何も出来ぬまま、リーダーの男の胸から、剣先が突き出た。
「ガ、ハ、ァッ」
血を吐き出し、倒れる。
「な、何だ……いったい……、!?」
起き上がる祖父。
その眼前に広がる光景は、立ち上がったまま苦悶の表情で硬直する7人の盗賊。
そして、血塗れで倒れる盗賊のリーダーの姿。
そのリーダーの真横で、ガタガタ震える僧侶の女。
祖父と、僧侶の女の目線の先。
黒ずくめの、小さな亡霊。
その手に握られるのは、亡霊が持つには大きな、歪な形のナイフ。
「な、なに、これ……。」
震える僧侶だが、すぐ自らの使命を思い出した。
杖を握り、祖父を守るようにして立ち上がる。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
尋常ではない汗が流れだし、鼓動と息遣いが激しくなる。
暗闇に乗じて襲い掛かってきた8人もの盗賊を、ほんの一瞬で倒し切ってしまった黒づくめのナニか。
その圧倒的存在に、“次は私達?” と警戒を深める。
すると、黒づくめは何かを呟いた。
手を地面にかざすと仄かに白く光る。
「え、ええっ!?」
僧侶は、思わず叫んでしまった。
何故なら、黒づくめの手の平からまるで呼び出されたように、3つの液体の入った小瓶が現れたからだ。
しかし、その形状。
神々しいガラス瓶に、淡く光る液体。
“回復薬”、それも上級の。
それが見てわかる僧侶。
そして、数も3つ。つまり、仲間を助けろということか?
僧侶のその疑問に答えたのは、黒づくめ本人だった。
「助けたければ、飲ませろ。」
低い声。
だがそれは、女か、子供がわざと低い声を出したと分かるものだった。
「あ、あなたは……?」
尋ねるが、黒づくめは何も答えない。
唖然とする僧侶と、祖父であったが……。
「アロン!?」
叫ぶ、祖母。
一瞬、ビクッと痙攣したように身体を震わせたような黒づくめ。
「あ、ああ、やはり……あんたは……アロン?」
震えながら立ち上がり、ふらふらと黒づくめに近づく祖母。
「な、何を言っているんだ、お前は!?」
そんな祖母を羽交い絞めするように抑える祖父。
“アロンな訳がない”
ここは、アロン一家が住むラープス村よりも人の足で二日はかかる森の中。
しかも、アロン一家に見送られて自宅ある西街へ辿り着き、そのまま今朝には出発してこの場に立っているのだ。
後をついてきたとしても、大人の足でも辿り着くのは困難。
ましてや、アロンは三歳児。
幼児の足でこの場に来られるはずがない。
そもそも、常識から考えて三歳のアロンが8人もの恐ろしい盗賊を全て撃退できるはずがない。
何故か盗賊のうち7人は苦しみ悶えながら立ったままだが、リーダーは、背から心臓を一突きされたか、すでに絶命している様子だ。
そんな残酷な真似が、アロンに出来るはずがない。
しかし、目の前の黒づくめ。
黒い布をただ被り、紐で括っただけのような装い。
歪なナイフを握るその手は、子供のように小さい。
そして、背丈。
遠目からも、1mあるか無いか、確かにアロン程の身長だ。
幼児か、そういう化け物か。
どう考えても後者だ。
だが、震える祖母は確信したように紡ぐ。
「ああ、アロンや……。なんで、なんでこんな……。」
それは、助けてくれた礼か。
それとも、こんな残虐な真似を平然と仕出かした歪んだ心を嘆いてのことか。
涙を流す祖母。
だが、黒づくめは何も告げず、消えた。
「ひっ!」
気配無く姿を消したことに、怯える僧侶。
本当に “亡霊” としか思えない。
「あああ……アロン、アロン……。」
号泣する祖母。
何故、アロンと断定したのか皆目見当つかない祖父。
僧侶はそんな護衛対象二人を見守りながら、恐る恐る、黒づくめが置いていったポーションを確認する。
色、におい。
間違いなく、ポーションだ。
「は、早く飲ませなくちゃ!」
まず、一番傷の深い武闘士に口移しで飲ませた。
血も大量に流れ、死が間近であった。
が。
「あ、れ!?」
口に流し込んだポーションを飲んだ、瞬く間に傷が治り、万全となるのであった。
盗賊の凶刃で、腹に風穴が出来たにも関わらず、傷一つ無い、綺麗な腹筋だけがある。
「か、感動するのはあと! あんたはあっちを、私はこっちに飲ませるから!」
1本、武闘士にポーションを押し付けて僧侶は剣士の男へ口移しで飲ませる。
武闘士は、さすがに同性同士で口移し、しかもむさい重盾士に飲ませるのは躊躇されたので、思いっきり瓶を口に突き刺して、強引に飲み込ませた。
「グボッ!! げほっ、げほっ、げほっ!」
咽ながら立ち上がる重盾士。
安堵する武闘士は、僧侶の方を見ると、どうやら剣士も無事だったようだ。
「これは……いったい?」
剣士の男は、唖然として尋ねる。
武闘士も、重盾士も同じだ。
盗賊リーダーは血の海に倒れ絶命。
子分の7人は、苦悶の表情でブルブルしながら立ち尽くしたまま。
まるで、何かの呪いを掛けられたように。
「黒い……亡霊が、来たの。」
そうとしか答えられない、僧侶。
目の前で起きたことを、出来る限り、詳細に伝える。
しかし、俄か信じ難い話であった。
「信じられない、が。」
剣士の男が、空になったポーションの瓶を持つ。
「オレたちは、傷だけでなく、猛毒も受けた。それを一瞬で治癒するポーションなんて、聞いたことが無い。」
ポーションは、傷を治す薬だ。
飲めば内側から、振りかければ外側から傷を癒す。
だが、貫かれた傷や内臓損傷、骨折などに対応したポーションなど、市場に出回っていない。
これらを治癒するポーションは、“最上級回復薬” と呼ばれ、薬士系の “超越者” のみが生み出せる、超高級、超希少なものでしかない。
そして今飲んだポーション。
それらの効果を、遥かに上回るものた。
そもそも、回復と解毒を同時に行えるポーションは存在しない。
解毒はポーションでなく、それぞれの毒に対応した “解毒薬” で治癒する。
高名な薬士による、回復と解毒を同時に出来るようポーションに解毒薬を調合する研究もあるにはあるが、未だ完成には至っていない。
“完全回復薬”
それは、伝説上の存在だとされる。
完成、そして量産が成功すれば、永遠と続く三大国の戦争を終結させ、世界の覇権を掴むであろうと謂われるものだ。
「まさか……フルキュア……!?」
「そ、そんなヤバイもの、飲んじまったのかオレ達!?」
命を繋いだ液体の価値を知り、青ざめる冒険者たち。
今回、この4人で1泊2日野営を二回、往復する護衛依頼で得る報酬は、1人頭3万Rだ。
冒険者組合内にあるレストランで普通に食事を取ると、一食1,000R。
冷えたエールは一杯500Rほど。
それらに対して、傷を治すだけのただのポーションは、1個5,000Rと高価だ。
さらに、大きな傷を治す “ハイポーション” となると、1個5万Rもする。
そして、超越者が作ったエクストラポーションにもなると、1個30万はするだろう。
この依頼の、10倍のお値段だ。
仮に解毒も出来る “キュアポーション” なるものが完成したら、その価値はさらに高まる。
ましてや、先ほど飲んだのはそれ以上の、伝説とされるフルキュアポーションであったのでは無いか。
もし本物だとしたら、4本で街に豪邸が建つだろう。
沈黙。
それを破る僧侶の一言。
「それも……黒づくめは、何もないところから出したの。」
さらに、ゾクッとした空気が流れる。
「まさか……“超越者” の中でも、一部しか使えないっていう、“次元倉庫” とか言うスキルか!?」
何も無い空間を倉庫と見立てて、武具やアイテムを取り出す、冒険者だけでなく、商人や貴族ですら垂涎のスキル。
ただ、超越者しか持ちえないスキルと、半分伝説上の存在となっているのが “次元倉庫” なのだ。
「どうやら、本当に亡霊に助けられたようだな。」
「それも、子供のね。」
間もなく、夜明け。
4人の冒険者は、憔悴しきった護衛対象を見る。
「危険な目に合わせてしまって申し訳なかった。この報告は冒険者組合、そしてオレ達のギルドにしてくれ。当然、依頼金の減額も甘んじて受けよう。」
パーティーリーダーでもある剣士が頭を下げる。
それに続いて、他の3人も頭を下げた。
「いや……助かったから、お互い良しとしよう。」
祖父は、ふぅ、と息を吐き出す。
だが、祖母は何かに取り憑かれたようにブツブツと呟いている。
「おばあさん、大丈夫ですか?」
僧侶の女が、そっと背に触れる。
祖母は、ずっと、呟いている。
「ああ、アロンや……。アロンや……。」
(アロン?)
何か、どこかで聞いたことのあるような、名前。
確か、凄い人の名前だった気がする。
僧侶は祖母の背中をさすりながら、ゆっくりと、想いを吐き出させるように尋ねる。
「おばあさん。アロン、さん?」
震える祖母の代わりに答えたのは、祖父。
「ああ。私達の孫の名だよ。カミさん、さっきの黒い奴を見て、有ろうことかうちの孫と見間違えたんだ。」
頭を掻きむしりながら嫌そうに語る。
「ついにボケたかな?」ともぼやく。
だが、以前も共にしたことある気心知れた依頼人で、今日一日も過ごしてきた間柄である祖母の様子に、可笑しいことを、世迷い事を言っているようには見えなかった。
「何はともあれ助かったのです。さぁ、早く目的地まで行きましょう。」
まずは、町で休ませる。
その後、ゆっくりと話を聞こう。そう思う僧侶であった。
その合間に、盗賊たちを縛り上げた3人の男たち。
だが、呆れたようにぼやくのであった。
「こいつら、ダメだ。毒だか呪いだか分からないけど、動ける状態じゃないわ。」
縛り上げたものの、まだ全身が痛みと痺れで動けない盗賊たち。
このまま連行するにも、骨が折れる。
見合わせる、冒険者たち。
はぁ、と溜息を吐き出した。
「おじいちゃん、おばあちゃん。こんなところに盗賊が出たってこともあるから、早く町へ辿り着きたい。もう出立したいが、良いか?」
代表して、剣士の男が告げる。
「ああ。悪かった。行こうか。」
馬車の御者席へ乗り込み、震える祖母もそのまま乗せる祖父。
パコパコ、と音を立てて出発した。
それを見送る、剣士の男。
ある程度馬車が進んだところで、剣を抜き取る。
「悪いな。盗賊家業で行商人の襲撃。見たところ余罪もありそうだし、連れて行けないとなればこの場で斬るしかないからな。」
声も出ず、青ざめる盗賊たち。
「せめてもの慈悲だ。苦しませず、仕留めてやる。」
――――
(ああああー! 疲れたー!)
ディメンション・ムーブで自宅へ戻り、早々と装備を外して次元倉庫へ放り込むと、倒れるようにベッドへ身を投げ出した、アロン。
盗賊を攻撃してしまったため、祖父母の様子をディメンション・ムーブで確認することは出来なくなってしまったが、これで一安心だ、と安堵する。
それに、護衛で傷を負った冒険者たち。
祖父母の護衛であるので見殺しには出来ず、次元倉庫から持ち込んだ “エクスキュアポーション” を提供した。
ファントム・イシュバーンでも高価なアイテムであるが、ゲーム内大富豪であったアロンにとっては単なる消耗品の一つ。
それでもと、10件まで登録できる【装備換装】で合計990個のエクスキュアポーションを持ち込んだ。
恐らくあの盗賊たちは流れ物であったし、そんな流れ者共の襲撃が何度もあるとは思えない。
ましてや、傷も毒も癒えた冒険者たちはより一層警戒を深めるだろう。
ひとまずは、安心だ。
それよりも。
(……何で、おばあちゃんは分かったのかな。)
昨日の出発時もそう。
今、助けに行った時もそう。
特に、先ほどは黒づくめの姿。
焚火の灯りがあったとは言え、深い森の闇の中。
いくら背丈が小さかったからといって、それで “アロン” だと決めつけるのは不自然すぎる。
むしろ、祖父や僧侶が感じたように、一種の亡霊・化け物という認識が正しいはずだ。
(もっと “三歳児” らしさを心掛けよう。)
生まれてから、周到に積み上げてきた、確かな力。
それは、例え歴史を改竄することになったとしても、愛する家族を守ることに繋がった。
だが。
アロンの心は、真っ黒に、燻る。
(……嫌なものを、見た。)
盗賊のリーダー。
下卑た目で、若い女の僧侶の操を穢そうとしていた。
それは、“前世” でアロンが絶命する寸前に見せつけられた、絶望と重なる。
「う、ぐっ」
こみ上げる、吐き気。
そして、湧き上がる怒りと憎悪。
吐き気を飲み込む。
脂汗が全身から吹き出し、身体が震える。
(あぁ、良かった。)
拳を作り、生えそろってまだ間もない歯をギリリと噛みしめる。
(あいつ等を、転生者どもを、許せる気がしなくて良かった。)
この世界に舞い戻った理由は、失っていなかった。
それに対する、安堵。
再び訪れた幸せた日々。
笑顔溢れる、家族。
失わずに済んだ、命。
そして、愛くるしい将来の伴侶、ファナの笑顔。
これらを、全て守る。
そのために、障害となる者は全て殺す。
家族を守れた、安堵。
そして、日に日に深く刻まれる憎悪への安堵。
アロンは安らぎに包まれ、眠りにつくのであった。