6-17 黒銀の英雄
予告通り、今日中に掲載出来てホッとしております……。
一番下に、お知らせがあります。
時は僅かに戻り、ノーザン達のラープス村襲撃の直前。
“元” サウシード覇国最北の要塞
―― 現、イースタリ帝国暫定 “最南” 国境線最寄りの拠点、“アガレス大砦”
強固な城壁に囲まれたこの巨大要塞は、元々覇国軍本陣営の後方拠点として構えられていたが、現在、帝国軍によって制圧され、5万8千人もの覇国兵が捕虜として捕らえられている。
―― しかし、捕虜と言ってもこの大人数を捕らえておく牢など無い。
大半を占める一般兵は武器を取り上げられ、手足に枷を付けられた上で強制労働―― 主に大砦の補修や同じように帝国軍が占領した近隣の町村から徴発した物資の運搬などに従事させているのだ。
イシュバーンでは、特に申し合わせたり協定を結んだりしているわけでは無いが、三大国全て、捕虜を丁重に扱う風潮がある。
“悪神の唆された蛮族の国” だろうと、彼らも人間。
十分な衣食を与えつつ、帝国を統べる絶対神―― <国母神>の偉大さと慈悲深さを説き、改心させ、いずれ制圧した覇国の町村を帝国領として迎え入れた時に反乱の芽とならないよう、今からその芽を摘み取ろうとする。
さらに捕虜を丁重に扱う理由として “すでに捕虜として捕らわれてしまっている味方のため”、“あってはならないが、敗戦した際に新たな捕虜として捕らわれてしまう味方のため” という側面もあるのだ。
捕虜を無慈悲に扱えば、その報復は捕らわれてしまっている味方、そして万一捕らわれてしまった時に降りかかる。
捕虜を奴隷として扱う事や無闇に殺害する事は、味方を危機に晒すだけでなく巡り巡って国益を損なう事にもなるのだ。
だからこそ、数日前まで命の奪い合いをしていた敵国の兵だろうと、彼らには最低限敬意を払って接する。
しかし、それでも昨日今日で敵愾心が無くなるわけではない。
通常なら虎視眈々と武器を狙い、占拠されたばかりで、拠点として体制が整わない間に内部から奪還してやろうと狙うものだ。
それが分かっているからこそ、占拠した側も敬意は払うものの警戒は怠らない。
しかも敵軍が拠点と仲間を奪還しようと、体制の整わないところを襲撃してくる可能性もある。
その場合は、丁重に扱うやら敬意を払うやらの余裕は無くなる。
前線に捕虜たちを並べ、文字通り “肉壁” として奪還を目指して躍起になる敵兵の士気を下げることや体制を整えるための時間稼ぎとして使うこともあるのだ。
―― だが、覇国軍の奪還襲撃という懸念はあるものの、捕虜たちは通常では考えられないほど大人しく、殆どの者が帝国兵の指示に従い、気味が悪いほど黙々と作業を進めている。
まるで、“武器など奪わない”、“占拠地を奪還しようなど思っていない” と言わんばかりだ。
通常、そのような場合は気力どころか生気を失い、日々を生き繋いでいくだけの姿となるはずなのだが……。
捕虜である覇国の一般兵の殆どが、生き生きと、目を輝かせて仕事に従事している。
本来、あり得ない状況。
だが、帝国兵たちもまた、どうして覇国兵がそのような状況であるかを理解している。
―― 自分たちも、気持ちは同じだからだ。
だからこそ、生き生きと働く覇国兵に普通なら掛けもしない労いの言葉を掛け、また夕餉の時間になると上官の目を盗んでは酒を “水だ” と言って振る舞い、あの日の出来事を目撃した者たちから詳しい話を揚々と聞き出すのだ。
その話に耳を傾ける帝国兵、そして捕虜であるはずの覇国兵の姿は、まるで絵本の英雄譚に目を輝かせる幼子のよう。
彼らを熱中させるのは、4日前の出来事。
帝国軍の歴史的勝利―― 覇国軍から見れば歴史的大敗に繋がった、最大の要因である “超越者殺し” を成し遂げた英雄の話だ。
“超越者”
即ち、適正職業を超越した、不死なる者。
戦場で死しても死に戻りという奇跡により翌朝には万全な状態で復活する、神の寵愛を受けた者。
強くて、死なない。
そんな彼らだからこそ、三大国は高待遇で囲い込み、あの手この手で戦場に送り出そうとする。
だが、その弊害は一般の民にしわ寄せとなって襲いくる。
超越者の高待遇を支えるのは一般の民だ。
多額の予算が超越者の生活にあてがわれる
―― それはまだよい。
問題は、彼らの傍若無人な振舞いも支えることだ。
美しい男と女は、要求されれば身体を差し出す。
例え、伴侶が居たとしても、だ。
“顔が気に入らない” と、理不尽に斬られることもある。
それでも、超越者に咎は無い。
そうした理不尽は、“やむを得ない” と諦める一方、明確なフラストレーションとして大半の民に渦巻いていた。
だが、報復することは叶わない。
強く、死なない。
存在そのものが、理不尽。
“神に愛された者”
だから、諦めるしかなかった。
―― 4日前までは。
◇
「それで、泣きわめくあの変態野郎と変態女に “黙れ” と一喝して、スパッと首を刎ねたんですよ! いやぁ、自分らの国の “五大傑” だったんですけどね。何ていうか、胸のつかえというか今まで溜まったもんが、サァァァァァッって、晴れたんですよ!」
大砦の炊食棟。
4つの階層に別れ炊食棟は階層が下であればあるほど位の低い者たちが集まり、最下層である薄暗い地下の広間は、専ら捕虜たち専用の食事処となっている。
しかし、そこに集まるは覇国兵の捕虜たちだけでなく、帝国兵の姿も。
さらには帝国軍の百人隊長や千人隊長といった幹部職の姿も見える。
目的は、サブリナとバーモンドを斃した “黒銀の英雄” の話だ。
帝国兵に奢ってもらった冷えたエールで唇を湿らせ機嫌よくその時のことを伝える彼は、4日間で同じ話をすでに20回は語っている。
周囲には、30人を超える人だかり。
この中には同じ話を何度も聞いているリピーターも居る。
…… それは決して彼の話が面白いからではない。“超越者殺し” という偉業の興奮は、何度繰り返し聞いても胸がすく思いだからだ。
「オレは遠巻きでしか見れなかったけど、あの後も傑作だったよな!」
「ああ! うちの軍の超越者たちが尻尾巻いて逃げやがった! ったく、情けねぇったらありゃしねぇ! 覇都で左うちわの暮らしをしているくせに、“殺される” って分かった途端に敵前逃亡って、覇国民の風上にもおけねぇや。」
「それを言うなら、うちの軍の超越者どもも同じさ。“黒銀の英雄” 様の事を知った途端、どいつもこいつも腰を抜かしてさぁ、“ひぇ~~~!” とか情けねぇ声漏らしてやがんだぜ! しかも漏らしたのは声だけじゃなく……。」
「おいおい! 帝国さんよぉ! 飯時にそれは言わない約束だぜ! 酒が不味くならあ!」
「あはははは! こりゃ失礼、覇国さんよ!」
「「「あはははははははははははは!!」」」
―― 聞くに堪えない下劣な言葉が飛び交うが、無理もない。
それだけ、彼らは超越者という存在に虐げられてきたからだ。
それも自分だけではない。
家族が、仲間が。
恋人が、伴侶が。
―― 先祖代々、長き時に亘り。
積もり積もったフラストレーションは爆発し、笑い声と共に発散している。
…… そうでなければ、上官たちに禁じられた “黒銀の英雄様に超越者どもを皆殺しにしてもらおう” という言葉が出てきてしまいそうだからだ。
だから、笑い合う。
その時のことを誇らしく語らい、酒を飲み交わす。
普段は、占拠した者と捕虜の者。
敵対国同士の兵たちだ。
しかし、飯時は違う。
…… 捕虜たちには手足に枷は付けられていたとしても、共に自分たちを虐げてきた超越者を殺せる力を持った英雄の誕生を誇り、称え合い、それを肴に手を組み、身体を寄せ、笑い歌う。
皮肉なことに、戦争の最大戦力たる “超越者” の死が齎したのは、史上初となる敵兵同士の垣根を超えた分かち合いだった。
「…… はぁ。」
そんな人だかりから離れて一人で食事を摂る少年――、鉄仮面と黒銀の全身鎧を外し、極一般的な冒険者の装いとなった “黒銀の英雄” こと、アロンは溜息を吐き出した。
アロンが炊食棟の最下層に居るのは、一応は監視のためだ。
“英雄のおかげで大人しい” とは言え、一所に大勢の捕らえた覇国兵が集まる中、暴動を起こされたらその場に居る帝国兵だけでは対処が難しい。
しかしアロンなら一般兵程度、何千人集まろうとスキル “侍の威圧” か “ドラゴニックオーラ” で一瞬にして行動不能に陥らせることが可能。
だからこそ、その僅かな暴動の芽を潰すことは自分一人で十分だ、とオルトに告げて了承させたのだった。
…… 尤も、そんな必要が無いほど彼らは互いに心を通わせ合っている。
彼らの違いは、枷の有無だけだ。
それが無ければ、冒険者だろうと一般兵だろうと、互いに英雄の有志を称え合う戦友のような関係にしか見えないからだ。
(でも。いいな、こういうの。)
―― 実はアロンが監視のためにここで食事を摂るというのは建前。本音は、炊食棟でこの地下の食堂には唯一、超越者が来ないからだ。
アロンからすれば “選別” の済んでいない超越者は “敵” である。
そんな敵と同じ飯を囲むには精神的にも生理的にも受け付けない。
だからこそ、多少食事の質が低くても、最下層の食堂で食事を摂りながら肩を組み合う帝国兵と覇国兵の喧噪を眺めあいながら―― その会話の殆どが自分を褒め称える内容という羞恥に晒されながらも、この場に来たのであった。
「おいおい、若ぇの! 何を辛気臭ぇ顔してんだ!」
食事も後わずかで終わるという時。
髭面の冒険者が酒瓶を片手にアロンに絡んできた。
「ご機嫌だね、お兄さん。」
だが、それもすでに慣れたこと。
アロンはにこやかに平然と答えた。
“お兄さん” と呼ばれ、機嫌を良くした冒険者はアロンの対面に腰を掛けた。
しかし、酒を煽るとギロリと目を座らせる。
「機嫌なんて良いわけあるか! 俺はぁ前線よりも後ろで後方部隊の護衛を任されていたからなー。最前線で “黒銀の英雄” 様の御姿を見た連中が羨ましくて羨ましくて!」
そう言い、再び酒を煽る。
その言葉に、アハハ、と乾いた笑みを浮かべるアロンであった。
―― まさか、目の前に座っている物腰柔らかい少年が、その “黒銀の英雄” だなんて夢にも思っていないだろう。
男は、顔をズイッとアロンの方へ向けて、小声になる。
「お前さんも冒険者なら知っているだろ? 上で旨い飯食っている超越者の連中。まるでお通夜みたいな感じだってな。中には寝込んで引き籠って出てこない野郎も居るみたいだぜ?」
「そう、みたいだね。」
「ざまぁ見ろって言うんだ。俺らは毎日命懸けでハントに戦争に飛び回っているってのにな。連中は死んでも次の日にゃ生き返るんだぜ? 強ぇのは認めるけどうよぉ、“命懸け” っていう概念がスッポリ抜け落ちた甘ちゃん達だってはっきりしたんだ。脆いよな?」
「ボクもそう思うね。」
「だろだろ! しかもよ! 聞いた話じゃ “黒銀の英雄” 様は、いきり立って豪華な暮らし、女子供や良い男を慰み者にしては暴力を揮うような糞ったれな超越者…… “この世界を徒にかき乱す超越者共がどういう運命を辿るか” を示してくれたんだぜ! これほど痛快な話があるかっていうんだよ!」
小声で話していた男は突然声を張り上げ、自分の事のように笑いながら語り残った酒を豪快に飲み干した。
「そうだそうだ!」
「いいぞー!!」
その姿に感化された帝国兵、さらに覇国兵までも騒ぎ立てる。
「黒銀の英雄様にぃ、乾杯ッ!!」
「「「「乾杯ッ!!!」」」」
「ア、ハハハハハハ……。」
さらに乾いた笑いを浮かべ、アロンは空になった食器を載せたお盆を持ち、ソロソロとフェードアウトするように後退する。
大騒ぎする彼らを尻目に、食膳を下げ、給仕の妙齢女性と二、三言葉を交わして炊食棟を後にした。
◇
「まさか、あそこまで影響が出るなんてなぁ。」
炊食棟から、大砦の幹部宿舎のある本棟へ向かうため一旦外へ出たアロンは、改めて自分が仕出かした影響の大きさに冷や汗を垂らすのであった。
ある程度は狙っていたとは言え、まさかここまでとは。
それほど、帝国だけでなく覇国も超越者によって理不尽に苛まれていたという証拠だろう。
(今日はもう予定は無いよな?)
―― この4日間は、目まぐるしい日々を送っていた。
超越者である敵の総大将の首を落としたことで最前線は多少混乱が生じたが、戦力の要である覇国の超越者たちがこぞって逃げ出したことで覇国軍の戦線は瓦解し、帝国軍の圧倒的勝利で覇国軍の本陣営を制圧した。
そこから始まる降伏勧告。
アロンは主に、逃げ出した覇国陣営の超越者の後始末だった。
だが、“超越者殺し” を成し遂げたのは悪名高い【暴虐のアロン】だ。
“勝てるはずがない”、“殺されたくない” と降伏勧告を受ける者もいれば、“そんな馬鹿な話はあるか” と襲い掛かってくる者もいた。
―― 中には、降伏を受けたふりをして、帝国軍の若い女性兵を人質に取る愚かな者も居た。
“このNPCの命がどうなっても良いのかよ!?”
通常、超越者を相手にモブと蔑む一般人に人質の価値は無い。
だが、極僅かに一般人に対しても分け隔てなく接する奇特な超越者が居て、そういう者には効果があったりする。
アロンがそういった極僅かな人種であることに賭け、行動に移した。
―― それは、正解だった。
だが、その行動は不正解だ。
問答無用で、“殲滅” 対象。
目にも止まらぬ速さでその超越者の命を奪い、女性兵を救った。
そして改めて―― デスワープが発動しないという事実が、突きつけられたのだ。
それからアロンは先導して “アガレス大砦” の制圧に乗り出し、一矢報いようとする一般兵を無効化しつつ、殆ど死者が出ない内に制圧することに成功した。
それからというもの、捕虜の確保や大砦の細かな制圧は軍に任せ、アロンは超越者の残党処理に追われた。
厄介だったのは、アロンに討たれる前に自刃してデスワープで逃げる超越者の存在だった。
中には、アロンも名を知る元上位アバターも見受けられた。
それらを数人、逃してしまったことが悔やまれる。
だが、そうした者たちは本国に残る超越者仲間に “【暴虐のアロン】が帝国陣営で転生していた”、“奴は永劫の死で超越者を殺せる存在だ” と喧伝してくれるのだろう。
“遊戯の世界とは違い、アロンに殺されたら死ぬ”
その事実を知った彼らは、もしかすると二度と帝国に攻めてこないかもしれない。
そうすれば、この三大国の戦争は帝国が圧倒的に有利になる。
それは帝国の勝利、安全の確保に繋がるだろう。
その状況下であれば、帝国内の超越者の “選別” と “殲滅” を、腰を据えて遂行することが出来る。
帝国で足場を固めたら、次はいよいよ聖国だ。
その時には、恐らく聖国にも【暴虐のアロン】の名が知れ渡っているはずだ。
実際に “永劫の死” を突きつければ、覇国同様に超越者の行動が制限されるだろう。
―― アロンは、この世界の “楔” になる。
超越者という最大戦力を抑え込むことで、三大国の戦争は小康状態になるだろう。
多少の小競り合いはあるかもしれないが、超越者の手による大量虐殺は減る。
むしろ、帝国はそれを契機としてこの世界の覇権を得るだろう。
何故なら、アロンが居るからだ。
イシュバーンの盤上を全て帝国に染めれば、戦争は終結する。
他国の者たちは多少息苦しい生活が強いられるかもしれないが、制圧した地の “人” を排除する治世では長く続かない。
むしろ、それをアロンは許さない。
暴力や権力による不必要な理不尽こそ、アロンが最も嫌う事だからだ。
そうした理不尽が、―― 超越者の手による理不尽が無くなる世界。
それこそが、アロンが現実に見据える “世界平和”
先ほど目にした、仲睦まじく語り合う敵国の民同士。
超越者中心の圧政から解放された民は、必ず手を取り合えると確信した。
―― 逆に、超越者が手を取り合うような世界は平和にならない。
超越者という選民意識の塊が、いずれ世界を席巻する。
超越者による、超越者のための、超越者のセカイ。
脳内お花畑の皇子が目指す世界平和など、結局はこの世界の住民を食い物にする、理不尽の災禍でしかない。
“何が何でも、それを阻止する”
(その最大の障害がニーティ、いや、ジークノートだな。)
深い溜息を吐き出し、アロンは自分の手を見る。
―― もう、動き出した。
必要なのは、覚悟だ。
(そのためにも、権力は必要になる。)
アロンは、客観的に見ても今回の戦争において多大な大殊勲を齎したと自覚する。
即ち、それは。
『アロン、ファナ。どうだ? 私の子ども……つまり、このアルマディート侯爵の養子にならぬか?』
かつて、帝国の大英雄 “大帝将” ハイデンの邸宅で彼から告げられた驚愕的な申し出だ。
―― 帝国貴族が、民草を養子に迎えることは珍しくない。
より優秀な人材を。
より美しい子を。
その力を、その血を、取り入れる。
家柄に拘り、排他的な貴族は長続きしない。
優秀でない、帝国に貢献出来ない貴族は潰される宿命だからだ。
だから、ハイデン自身も婿入りしたアルマディート侯爵に “ファントム・イシュバーン最強” と呼ばれたアロンと、その妻でありそこらの貴族令嬢でさえ太刀打ちできないほど美しいファナを養子で迎えようとすることは不可解な事ではない。
ただし、この場合で問題となるのはアロンの “実績” だ。
ファナは “美しい娘だから” という理由で貴族家に養子入りさせることは、強引ながらも出来ない事は無い。
ところが、夫であるアロンの肩書は “ランクF” という冒険者の最底辺。
かつて冒険者ランク “AA” にまで辿り着いき、数々の武勲を打ち立ててアルマディート侯爵に見染められたハイデンが同じように迎え入れるには無理がある。
いくら “超越者” であり、周囲の超越者が畏怖する【暴虐のアロン】だろうと、それを簡単に認めてくれるほど帝国の貴族社会は甘くない。
だからこその、実績なのだ。
『いずれにせよ、君らはこの私が後ろ盾となる。それでも、アルマディート侯爵に養子となるなら、相応の実績が必要だ。』
それが、“本当にアルマディート侯爵に養子入りするならば” とハイデンが突きつけた条件でもあった。
そして、今回の戦果でアロンはその条件に及第点どころか余りある大殊勲を引っ提げて凱旋することとなる。
家柄としては、最高貴族の三公爵の次に位置する。
侯爵家では、間違いなく最上位。
―― 軍事を担う新たな公爵として陞爵する噂すら、ある。
アロンの覚悟。
それは――。
(…… 帰ったら、ファナに相談だな。)
―― ハイデンの申し出を、謹んで受けることだ。
そして、ハイデンの言う実績とは違うが、もう一つ彼から託された願いがある。
(動くとすれば、そろそろだな。ノーザン。)
“魔戦将” ノーザンを、殺害することだ。
―― 時刻は、間もなく夜。
アロンはふと、西側を見る。
太陽はすでにそびえる霊峰の影に隠れ、山の頂上と大空を赤と橙に染めている。
あの霊峰を西へ辿った麓に、“邪龍の森” が広がり、その先端にあるのが故郷ラープス村だ。
「…… ファナ。」
アロンは日課でもある、“ディメンション・ムーブの視覚効果によるラープス村の様子” を見ることとした。
特に今日は、もう何も用事が無い。
―― すでに戦場に滞在する理由も無い。
(今夜から、夜は戻っても大丈夫……だよな?)
アロンは “蒼槍将” バルト、“紅法将” タチーナの計らいにより、個室があてがわれている。
元より幹部兵扱いの待遇であったが、今回の戦果により大将クラスの待遇となった。
―― とは言っても、特段贅沢をするわけでは無い。
元から用意してくれた部屋に誰も近づけさせないでくれと、要件を付けただけだ。
アロンの正体、素顔を知るバルトとタチーナはこれを了承。
もちろん、総大将であるオルトも二つ返事で了承した。
オルトは、かなり態度が軟化した。
それもアロンに対してだけでなく、今まで見られなかった一般兵への労いの言葉を掛けるようになるほど、甲斐甲斐しくなったのだ。
まるで、今の今までアロンに仕出かした事を取り繕うように。
―― だが、アロンの評価は覆らない。
このまま善行を積むなら良いが、何か大きな “害” を為した時は、オルトの命は無い。
その時は、今もアガレス平原のど真ん中で首が晒されているバーモンドとサブリナのような運命を辿る事になるだろう。
(一応、オルトには断っておくか。)
離れることをバルトとタチーナの両将軍に告げるのは当然だが、一応の総大将はオルトなので、彼の言う通り “軍に従事しているから” こそ、顔を立てようと思うのであった。
「さて。」
アロンは一つ呟いて、脳内にディメンション・ムーブの視覚効果をラープス村へと飛ばし、俯瞰しようとした、その時。
「アロンさ~~ん!」
遠くから聞こえる、女性の声。
アロンは素早く物陰に隠れ、“装備換装” でいつもの全身鎧に着替えた。
「アロンさ~~ん! …… あ、いた!!」
それは帝国軍万人隊長の “魔導師” アニーであった。
低い背にトンガリ帽子、癖のある緑の長い髪。
一見すると幼い娘が魔女の装いをして喜んでいるようだが、彼女にとってこれが普段着なのだ。
ブカブカの服がより彼女を幼く見せるが、実は出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるという抜群スタイルであり、その可憐さも相まって帝国軍では “超越者” であっても人気の高い隊長格であった。
ちなみに、ギルドには所属していない。
ファントム・イシュバーンでは帝国陣営ギルド “白翼騎士団” に所属しており、そこのギルドマスターの “修羅道” ノブツナも転生して同名ギルドを結成しているのだが、彼女は数年前に脱退したのであった。
―― 転生した後、ノブツナと恋仲になったが破局。
同じ万人隊長として顔を突き合わすこともあるが、ほぼ会話も無く、互いに空気のように接している。
その事について一時はオルトやカイエン達が茶化したが、アニーが烈火の如く怒り狂い、それが女性超越者たちの顰蹙にも繋がるため、現在はタブー扱いとなっている。
“ノブツナとアニーは同じ戦場に立たせないこと”
加えて、帝国軍の上層部を巻き込み、そのことが暗黙の了解となっているのであった。
そんなアニーがテトテトと走り、アロンの元へと辿り着いた。
「どうしたのですか、アニーさん。」
鉄仮面越しに、なるべく穏やかに語るアロン。
―― 戦場に向かうまでの一週間の旅路でアニーの性格は大体把握した。
“良くも悪くも、いい加減な女”
本当に万人隊長か? と疑いたくなるほど、何事も適当で大雑把。殆どの公務や指示は、部下である補佐官や千人隊長たちに丸投げ、しかも部下の成果は自分のおかげだと宣う、典型的な無能上司であった。
しかし、心底非道な人間ではなく、働く部下には―― 例えこの世界の住民だろうと、一応は労いの言葉を良く掛けている。
そして本当に重要な場面では、率先して自ら動く。
その時は本当に良く働き、“アニー隊長が真剣に動く時はもう大丈夫” と部下たちからの信頼も、それなりに厚い。
―― そうでなければ、とても人気の高い女隊長では無い。
だが、アロンからして見れば “万人隊長らしくして欲しい” という評価だ。
この世界を遊戯と思っている節もあるが、それによってこの世界の住民に害する行動が今のところ見受けられないため、アロンとしてもアニー自身の人物像を全ては掴み切れていない。
何より他の超越者と違い、アロンが “永劫の死” で超越者を殺せるという事実を知った今でさえも、今まで通り変わらず接する唯一の人物がアニーなのだ。
“何を考えているか、分からない”
だからこそ、警戒は怠らない。
―― 恐らく、“何も考えていない” が8割方なのだろうが、それでも油断する理由にはならないのだ。
ハァ、ハァ、と息を整えるアニーは、アロンの鉄仮面を見て首を傾げた。
「あれ? アタシ、なんでアロンさんを探していたんだっけ?」
ガクッと身体が崩れ落ちそうになるアロンであった。
はぁ~~、と大きく溜息を吐き出す。
「貴女が自分から動いて、しかも息切れするほど走ってボクを探すような案件ですよ? 余程のことではないですか?」
呆れつつも、万が一重要案件であった場合の事を考えて真剣に伝える。
その言葉に、「んーーーー」と唸る。
(…… 放って置いて、村の様子を見るか。)
大した用事では無い、とは思うがその用事が引き出るまで時間が掛かりそうなので、思い出すまでの間、ラープス村の様子を見ようとディメンション・ムーブの視覚効果を発動させようとした、その時。
「あ! 思い出した!!」
徐に、アニーは右手で “次元倉庫” をこじ開け、宙に浮いた空間の中をごそごそと弄る。
思わず腰の剣に手を添えて警戒するアロン。
―― 油断したところを攻撃される可能性も、ゼロでは無いからだ。
同時に、周囲も警戒する。
―― 効きはしないが、スタン系のアイテムを使われて襲撃される可能性も、ゼロでは無い。
だが、警戒するアロンとは裏腹に、「はい、これ!」と満面の笑みで次元倉庫から取り出した物を差し出すアニーであった。
「これは……手紙?」
「そう! アロンさん宛。」
高級紙の手紙。
アロンは裏面を見て、顔を引きつらせた。
「これはっ!?」
そこにあるサインと印璽。
“アルマディート侯爵”、つまり、ハイデンからの手紙であった。
思わずアニーの顔を見るアロンだが、当のアニーは「ん?」と首を傾げる。
「こ、れは。どうしたのですか?」
「あ、えっと。アロンさんが戦場に行く前だったかな? 帝都からの早馬で送られてきた手紙だったんだけど、その時はアロンさん、戦場の陣営に行っちゃったから。どうせ私会うし、伝令の人から預かったんだけど……。ごめんなさーいっ! ずっと忘れてた!」
右手で拳を作り、頭を軽くコツンと当ててウインクと舌を出すアニー。
見る者が見れば、そのあどけなさでハートが撃ち抜かれるだろう、が。
「…… 何度も本陣営や要塞、大砦でお会いしましたよね?」
酷く呆れるアロンであった。
正直、“ここまで酷いのか” と落胆するレベルだ。
そんなアロンの雰囲気を察したのか察しないのか、アニーはテヘヘーと笑いながら両手を合わせた。
「うん。だからごめんなさいっ! ほら、戦場じゃ戦うことに集中していたし、その後も制圧で超忙しかったじゃない! 私も預かったこと忘れていたのは悪かったけどぉ~。ほら、その時、周りにも見ていた人が居たんだけどね! 誰も私にその時のこと確認しなかったのも悪いと思うの!」
…… まるで “自分は悪くない” と平然で語るようだ。
はぁ~~~、と深い溜息を吐き出し、アロンは手紙を掲げた。
「これ、誰からの手紙だか分かります?」
「え? あの超可愛い奥様から?」
再度ガクリと崩れ落ちそうになるアロン。
「アニーさん……。いくら妻からの緊急の手紙でも、軍用の早馬に乗せる何て不可能ですよ。」
その言葉に、さらにキョトンとするアニー。
「え? “黒銀の英雄” と呼ばれるアロンさんでも?」
「それはここだけの話じゃないですか! 一兵卒と変わりませんよ、ボクは!」
更に首を傾げるアニーに、再び溜息が出る。
“話すと疲れる……”
アロンは、手紙の印璽を見せた。
「アニーさん。貴女も子爵家の一員であるなら、この印璽がどの家のものか分かりますよね?」
「印璽……。あ、お貴族様からなのかな?」
鉄仮面越しとは言え、顔が盛大に引きつるアロン。
ここまで察しが悪いと、“帝国のために万人隊長を辞した方が良いのでは?” と不安になるのであった。
帝国軍万人隊長であるアニーも、貴族家に養子に迎えられている。
しかし、本来ならとっくに子爵家の長男との婚姻を結んでいても可笑しくはなかったのだが、このいい加減な性格と頭の弱さからその話には一切触れられず “子爵家の一員” として扱われている。
尤も、そんな事情などアニーは知る由も無い。
なお義兄である子爵家長男は、つい先日、別の貴族家の女性と婚約したのであった。
「ボクは、どなたの名代としてこの戦場に立っているんでしたっけ?」
「名代……? あっ!」
“やっと気付いたか!”
更に溜息を吐き出したアロンは腰に下げた剣を僅かに抜き、素早く手紙の先端を切り、便箋の中の手紙を出した。
「それって、ハイデンさんからの!?」
「そうですよ……。」
事の重大さに気付き、アニーは青褪めた。
頭が少々弱いとは言え、帝国軍を統べる “大帝将” がわざわざ軍用早馬を使って、名代であるアロン本人に手紙を送りつける事が、些事であるはずがないからだ。
それを、数日間も “忘れた” と放置してしまった。
一般兵なら処刑レベルの失態。
超越者であるアニーでも、多額の賠償金を支払う羽目になるだろう。
むしろ……。
(内容次第でアタシ、アロンさんに殺される!?)
流石のアニーでも、気付いてしまった。
自分のうっかりで、人生の岐路に立たされてしまったことを。
―― 手紙は、2枚。
1枚は、どうやらハイデンの直筆の手紙だ。
もう1枚は、手紙というより、何かの書状。
(オルトさんを降ろして、アロンさんが総大将をやれとか、そういう内容かなぁ?)
その程度の内容なら、恐らく “処刑” は無いだろう。
―― と、アニーは楽観視した。
しかし、手紙を読むアロンの様子がおかしい。
カタカタと鎧が震えている。
その様子、雰囲気は、明らかに “怒り” を露わにしているのだった。
「ア、アロン、さん?」
恐る恐る声を掛けるアニー、だが、アロンはまるで聞いていない。
突然、顔をバッと上げたと思うと、制止している。
「アロンさん??」
再び声を掛けるが、返事はない。
その時。
「ノーザンッ!!」
アロンは、この場に居ない人格破綻者 “魔戦将” ノーザンの名を叫んだ。
アロンに託されたハイデンの手紙。
1枚目に記された内容は次のとおりだった。
■■■■■
親愛なるアロンへ。
この手紙を見ているのは、かの聖国の “流星紅姫” と “死霊博士” という悪鬼を屠った時だろうか?
それか、彼らに逃げられ地団駄を踏んでいるだろうか?
…… いや、冗談だ。君ならきっと成し遂げただろう。
遠い帝都にて、君の活躍の報を一日千秋の思いで待ちわびている。これほど心躍り、愉しみなのは、かつて妻を初めて食事に誘った時以来だ。……すまん、余計な話だったな。許して欲しい。
さて、本題だ。
君がアガレス平原に出立したという報告を受け、ノーザンが動いた。表向きは軍事演習だが、総勢超越者20名だけの演習など聞いたことが無い。
奴を監視していた者からの報告によると、演習場のある東ではなく、西へ向かったとのことだ。帝都から見て西には何がある? 君なら察するだろう。そうだ、我が帝国に多くの利と恵みを享受する偉大なラープス村、だ。
この大帝将が証人となり、ジークノート殿下が交わした証文を横紙破りする奴の行為を、帝国は見逃せない。
これは私の予想だが、恐らく君がファナに託したであろう証文を “偽造だ” と決めつけ、ラープス村を襲撃する算段だろう。誤解を恐れずに言えば、私がノーザンの立場ならそうする。愚かしいことだがな。
そこで彼らを帝国として適正に処理するため、一個師団を憲兵として派遣した。だが、到着は奴らがラープス村に着いてから半刻ほど遅れるだろう。その間持ちこたえることを願うが…… 君が不在であったとしてもファナや、君が鍛えたと言う村の優秀な若者たちがこれを撃退するであろう。
だが、君も知ってのとおりノーザンは別格だ。
奴は、伊達に輝天八将ではない。
最強と呼ばれるレイザーと肩を並べる猛者だ。
そこで、この手紙を見たらすぐにでもラープス村へ移動して欲しい。君が御使い様から授かった秘術なら可能であろう。
そちらに居るバルト卿やタチーナ女史には事後報告でも構わないので、今すぐ動け。
……ああ、総大将に挿げているオルトはどうでも良い。奴は何かしら喚くかもしれないので、様々な状況を考慮した私の証文を付けた。バルト卿とタチーナ女史なら、この証文の真贋は朝飯前だ。オルトが何と言おうが、後日突きつければ良い。気にするな。
問題はラープス村だ。
私の証文を偽物だと宣う連中が勢揃いしているのだ。
そこで、憲兵の隊長には私の証文の真贋鑑定が出来る者を挿げた。私が言うのも憚れるが、非常に優秀な女傑なので頼ると良い。
殿下に署名させた証文に、この文と合わせた証文。
その2つが揃えば、いくらノーザンが輝天八将だろうと言い逃れは出来なくなる。奴には権力と立場があるが、問題無く “殲滅” 出来る手助けとなるだろう。
長くなって申し訳ない。
だから、今すぐ動け。
親愛なるラープス村が無事であることを願う。
そして君に課してしまった戦果を、心待ちにしている。
帝国の未来のため。
そして、君が願う世界の平和のため。
国母神。
暁陽大神ミーアレティーアファッシュ様の御加護があらんことを。
頼むぞ。
我が息子よ。
大帝将 ハイデン・フォン・アルマディート
■■■■■
そして2枚目は、ハイデンの直筆の証文。
アロンが大帝将の名代であること。
その行動や判断は、全て大帝将の名の下に執行されること。
“文句があるなら私に直接言え”
…… 考えうる限り、帝国で莫大な権力を有する証文であった。
手紙を読み終えたアロンは、すぐさまディメンション・ムーブで移動すべく、視覚効果でラープス村を俯瞰した。
「なにっ!?」
それは、村の中心部。
入口側に立つのは、巨大な竜。
“バハムート” であった。
―― あと、数秒アロンが早く見ていれば、すぐさま移動してバハムートを屠ることが出来ただろう。
だが、見た瞬間、バハムートの最大出力であるブレスが村の集落中心部に放たれたのであった。
絶句するアロン。
今すぐ動き、身を挺してブレスを受けようとした、その時。
「!!!」
一瞬、その中心部に背の低い少女が姿を現した。
その動き、視覚効果の映像から見ても “只者では無い” と察するに余りある圧力。
その少女は、迫りくるバハムートのブレスを目掛け、右腕を大きく揮った。
瞬間―― その右腕は、白の鱗に覆われた巨大な龍のものと変貌し、その巨大な腕とかち合ったブレスは直角に天へと昇り、消滅した。
「コイツ、は……。」
「…… アロン、さん?」
怪訝そうに首を傾げるアニーを無視して、アロンは呟く。
―― 既視感のある、白の龍の腕。
イースタリ帝国のもう一つの大迷宮。
【サタニーシャの大迷宮】
その最奥の番人。
“慈悲の光龍 アマツ・ライトカータ”
―― そうとしか、思えない。
だが、考察する時間は無い。
アロンはすぐさま視覚をバハムートへと向けた、が。
「ッ!!」
思わず息を飲んだ。
巨体を誇るバハムートが、紙切れのように潰れたからだ。
そして、それを為した張本人。
「約束を、守ってくれたか。」
邪龍 マガロ・デステーアだった。
「アニーさん!」
「ひゃっ、ひゃいっ!!」
突然、呆けていたアロンがアニーの両肩を掴んで大声を張り上げた。
余りの圧に、ガタガタと震えながら返事をするアニー。
「ボクはこれから、行くべきところへ向かいます。バルト将軍とタチーナ将軍には戻ってきたら弁明しましょう。」
「…… えっと。あ、はい。オルトさん、には?」
「“アロンは用事があって出かけた” そう言ってください。」
相変わらず総大将であるオルトに対する態度が辛辣だ、と呆れるアニーであった。
アニーから手を離し、アロンは視覚効果で移動先を俯瞰する。
…… ノーザンは、マガロが相手にしている。
それも修行の時とは思えない程に悍ましい戦法で、まさに “手玉に取る” という表現が合うほど、圧倒的にノーザンを追い詰めている。
「このまま普通に移動しては、邪魔になるな。」
アロンが次に映したのは、村の入口側。
2人の女性―― 超越者らしい装いの者がいる。
様子からして、馬車の守護、そして村の中の者の鑑定役だろう。
「ここだな。」
一つ呟き、アロンはディメンション・ムーブで移動するのであった。
◆
『シュッ』
移動したのは、女たちの背後。
彼女たちはアロンに気付いていない、が。
その瞬間も、アロンは驚愕した。
今まさに、村の中で隕石魔法が放たれる瞬間だったからだ。
しかし。
「“邪龍・死滅咆哮”」
“邪龍” としての本性。
その僅かな欠片を映し出し、放つ凶悪な邪龍のブレス。
マガロから放たれたブレスはミーティアの魔法陣を、紙切れのように打ち破った。
(…… 久々に見たが、恐ろしい威力だ。)
かつてファントム・イシュバーンでは何度も相対し、何度も斃したモンスター。それが邪龍マガロ・デステーアだ。
そしてアロンは、マガロの奥義でもある邪龍・死滅咆哮に、それこそ数えきれないほど葬られてきたのだった。
懐かしさと恐ろしさを噛みしめたアロンが次に見たのは、マガロの “血界” によって拘束されるノーザンの姿だ。
それと同時。
「ノーザン様!!」
駆け出そうとする、重厚な鎧に包まれた女性。
恐らく、ノーザンの側近級の超越者だろう。
アロンはすぐさまその女に一発、胴体を押し込むように殴った。
『ゴッ』
「あっ、ぐ!」
女は軽々と弾き飛んだが、地面に叩きつけられる前に受け身を取り、すぐさま背の槍を取り出し、盾を構えた、が。
「あっ。あああああ……。」
アロンの姿を見て、顔を真っ青に染めて震えあがった。
その表情は、雄弁に語る。
“何故、お前がここにいる?”
「ヒッ、ヒイイイイイイイッ!」
次は、アロンの足元で腰を抜かす女性だ。
“この2人は問題ではない”
アロンは一瞥すると、真っ直ぐ村と歩き出した。
「な、なんで……?」
目を見開き、拘束されているにも関わらずガクガクと震えるノーザンには目もくれず、アロンは真っ直ぐ、最愛の妻を見つめる。
アロンの姿、そして視線に気付いたファナ。
涙をボロボロと零しながらも、満面の笑みを浮かべた。
「おかえりなさい、アロン。」
「ただいま、ファナ。」
そうして、アロンは捕まっているノーザンに。そして
同じように、村へ襲撃してきた賊共―― 超越者たちに向けて、静かに、しかし、怒りを籠めて告げる。
「貴様等、全員。覚悟は良いな。」
アロンから溢れる怒りに触れ、この場で最も強い者であるはずの邪龍でさえ「ヒッ」と声を漏らしてしまった。
―― それほど、【暴虐のアロン】は憤怒に包まれている。
辺りを見回して、ギリッと歯を食いしばり、アロンは、叫ぶ。
「“殲滅” だ!!」
次回、4月5日(土)掲載予定です。
--------
【お知らせ】
この度は【暴虐のアロン】を御覧いただきいただきありがとうございます。
前回お知らせしたとおり、作者の本業の年度末進行により執筆時間を取ることが殆ど出来なくなりました。
今回(6-17)もほぼ無理矢理書き切った感じです。
お楽しみいただいている方には大変申し訳ありませんが、来月4日まで休載とさせていただきます。
どうか御容赦くださいますようお願いいたします。
間もなく、第6章も終結となります。
いよいよ物語が混沌とする第7章……。聖国とのいざこざに、龍と神の関係、三大神の目的などストーリーの根幹や謎に触れていきます。
ぜひ今後もお楽しみいただけると幸いです。
浅葱 拝