6-16 "絶望"
掲載が予定より1日遅れ申し訳ありませんでした。
一番下に、お知らせがあります。
「何よ、あれは!?」
ラープス村入口手前。
地べたに腰を落とす高薬師ルミを落ち着かせ、再度鑑定を促していた武将トモエは、村の中を見つめ思わず叫んだ。
たった今。
敬愛するノーザンが召喚したバハムートが、何かに押さえつけられるようにその巨体が潰れ、あっさりと霧散してしまったからだ。
その不可解な光景を生み出したと思わしき存在は、たった一人の少女。
ゴシック・ロリータのような黒いドレスを身に纏う貴族令嬢の出で立ちではあるが、その身から発するは悍ましいという言葉すら生温いほどの凶悪な圧。
見た目は人間。
だが、血に染まったような真っ赤な瞳孔、青白い肌、何より骨と皮だけのような華奢、というよりも病弱な身体付きは、人間とは思えない別種のナニカにしか見えない。
―― それは、隣で座り込むルミも感じた様子だ。
「あ、ああっ。何、スか? あの、子?」
立ち竦むトモエの耳元にも聞こえるほど歯をガチガチと打ち震わせながら、振り絞るように呟くルミであった。
トモエは膝を着き、諭すように呟く。
「ルミさん。すぐに鑑定を。あの少女が何者なのか知る必要があります。隠れていた8人目の転生者なら、すぐノーザン様に伝える必要があります。」
「はっ、はい!」
勢いよく返事をしたルミは、手の平にクリエイトアイテムスキル “上級鑑定薬” を作り出し、そのまま口に含んだ。
その一挙手一投足を確認し、トモエは背負っていた大盾を取り出し、腰に下げていた刀も抜く。
“いざという時は、私がノーザン様の盾になる”
だが、相手はバハムートを一撃で潰せるような実力者。
そんな者が、アロン以外にこんな田舎村に存在している何て考えたくもないが、目の前で起きたことは事実でしかない。
問題は、あの少女が誰かという事だ。
恐らく、帝国陣営でも名の通った者であるに違いないのだが……。
その考えは、予想外の方向で裏切られた。
「じゃっ、邪龍!?」
叫ぶルミの言葉が、一体何を告げているのか理解出来なかった。
「じゃりゅう? どういう事です、ルミさん?」
「あ、あわっ、あわわっ。ト、トモエさんっ。あれ、転生者じゃ、無い!」
「は?」
「モンスターッス!!」
ルミの報告に、トモエは息を飲み込んで再度膝を着いた。
「モンスター!? あの少女は、人ではないのですか!?」
“人型”
そういうモンスターも、中には存在する。
その代表格は、最悪のモンスターと悪名高い天使系だ。
―― ならば、あの少女は天使?
思わず身震いするトモエだったが。
「りゅ、龍ッス!あの子は、“邪龍” マガロ・デステーアというモンスター!? ここ、ここは! ラープス村が背にしている “邪龍の森” は、大迷宮でッ、そ、そこの、最奥の番人が、あの子って!!」
「なんですって!?」
天使以上の、大物。
いや、予想以上のバケモノ。
“龍種”
―― それは、VRMMOファントム・イシュバーンに存在する7つの大迷宮の最奥に君臨する番人のことだ。
“龍” の存在自体は確定情報として広まっているが、最難関を誇る大迷宮の攻略者が存在しないため誰も遭遇したことの無い、謎に包まれた存在である。
…… 唯一、【暴虐のアロン】だけが大迷宮を攻略したという噂もあるが、本人は肯定も否定もしていないため真偽は不明。
そんな謎に包まれた存在が、何故、ラープス村を守るのか?
その疑問よりも、トモエは聞きたくはないが、聞くべきことをルミに尋ねた。
「モンスターであれば……上位鑑定薬でレベルや属性も把握出来たはずですよね?」
対人では職業、ステータス値や状態など把握できる上位鑑定薬は、対モンスターであればHP・SPに加え、レベルや属性、さらに生息情報も把握できる。
あれだけ圧倒的な存在感を放つ邪龍のレベルなど聞きたくもないが、“敵” として立ちはだかる以上、知るべきである。
震えるルミは、そのあり得ない数値を告げた。
「レベルは、730……。」
「なっ、730!?」
そんな相手、ファントム・イシュバーンで最強の座に居たアロンくらいでしか対処不可能だ。
ルミは、さらに目を見開いて数値を確認する。
「HPは……。いち、じゅう、ひゃく……? えっと?」
「お、落ち着きなさい。まずは最初と二番目の数字を教えなさい。そして数字が幾つあるか、数えて。」
“ルミはあまり頭が良くない”
咄嗟の判断ではあるが、凡その数値を掴むため質問を変えたのだ。
その甲斐あり、数字を正確に伝える必要が無いと悟ったルミは目の前に浮かぶステータス画面から読み取れる、邪龍のHPを読み上げた。
「最初は、2。次は、5。あと、数はえっと、いち、に、さん……。8つ。」
『ガシャンッ』
ルミの言葉で放心状態となったトモエは、握っていた剣と盾を落としてしまった。
「トモエさん!?」
“見たことの無い数字”
それを何とか伝えたルミだが、トモエのらしくない動揺ぶりに、焦る。
当のトモエは、涙目になりながら顔を引きつらせた。
「2千……、5百、万?」
◇
「本当に間に合って良かったわ? さすがにあの竜の子のブレスが落ちれば、人の子の命が多く失っていたことでしょう。……さすがの私も焦ったわ?」
震える襲撃者―― ノーザンを “まるで眼中に無い” とばかり、リーズルとガレットの治療を行うララと、隣に立つファナに向けてマガロは笑みをこぼした。
“間に合って良かった”
ようやく結ばれた恋人のリーズルが、片腕を失う重傷を負ったにも関わらず、その物言いに思わず文句を言いそうになるララだったが、それを察したのかファナが手を向けて制止した。
そのまま一礼し、涙を拭ってマガロに笑みを向ける。
「約束通り来てくださって助かりました。マガロ様があのブレスを防いでいただけたおかげで多くの命が救われました。感謝いたします。」
確かに、マガロがもう少し早く来てくれればリーズルもガレットも命に係わるような重傷を負う必要が無かった。
しかし、マガロの行動によってバハムートが放ったブレスは村の集落に落ちる前に弾かれ、遥か上空へと霧散したのも事実。
―― リーズルもガレットも命さえ繋がれば、アロンから預かっている “フルキュアポーション” で万全に治療が出来る。
しかし、命が失われてしまえばファナでもセイルでも多くの人を救うのは不可能だ。
“蘇生魔法”
それで復活出来るのかもしれないが……。
二人とも今だ試したことがないため効果については猜疑的であり、加えて “15秒以内” という制限内では大勢を助けることが出来ない。
だからこそ、少々遅くなったとは言え大勢の命を救って貰えた恩人なのだ。
しかし。
「いいえ? あのブレスは別の者が防いだわ。」
「え?」
“ブレスを防いだのは、マガロではない”
意外な言葉に、ファナは目を白黒させた。
「じゃ、じゃあ誰が?」
笑みを浮かべていたマガロは、一つ溜息をついてファナから目を逸らした。
「…… 私はもっと早く。それこそ、ララ殿の伴侶の子が腕を失う前、ならず者たちがこの集落に踏み込んだ時点で訪れるつもりだったの。しかし今日に限って…… 邪魔者が来た。その所為で危うく盟約を破るところだったのよ? だから、その邪魔者に役に立ってもらったの。」
うんざりしたように告げるマガロの言葉に、ファナは益々混乱する。
「えっと。邪魔、いや、お客様が来ていらっしゃったと?」
「お客様なんていう可愛い者たちではないわ? 言葉通り、邪魔者。しかしダメね? あの程度のブレスをかき消すどころか、弾くのが精一杯だなんて。……笑っちゃうわね?」
『やかましい。』
クスクス嗤うマガロの言葉に、どこからともなく、幼女のような声が響いた。
えっ、えっ? と当たりを見回すが、それらしき姿は見えない。
その時。
「“サンチュクアリ” !」
怒りに顔を歪めるノーザンが、状態異常緩和スキル “サンチュクアリ” を自身、そして効果範囲に居たカイエンに掛けた。
震えていた身体が落ち着きを取り戻したことを確認して、燃え盛る “魔神ノ鎌” をマガロに向ける。
「何かの威圧系スキルだな? 貴様、何者だ?」
「あら? この私の圧から逃れる魔法があっただなんて? さすがは神々の…… いえ、この呼び方は相応しくないわね。さすがは超越者。」
感心するように振り向き、そしてドレスの端を掴んでカーテシーをした。
「私はこの森の守護者、“邪龍” マガロ・デステーア。暁陽大神ミーアレティーアファッシュ様から賜った森の、その一部である集落を、貴方たちから守ります。」
その言葉に、ノーザンは息を飲む。
「邪龍、だと!?」
驚愕に顔を歪めながらも、武器を構え直した。
その姿に、マガロはさらにクスクスと嗤う。
「そう、本来は人の子とは相容れぬ存在。もう二度と私の庇護下であるこの場所へ訪れぬというのなら、見逃すわ?」
「“邪龍の森”、そして “邪龍”。ラープス村は、何故かアロンが拠点にしていた場所。なるほど、そういう事か! ここが最後の大迷宮だな!?」
「最後の大迷宮? その意味は分からないけど、人の子がかつて “ルシフェル” と呼称していた大迷宮こそ、私の森よ?」
【ルシフェルの大迷宮】
―― ファントム・イシュバーンで発見されていない、7つ目の、最後の大迷宮はここにあった。
その事実に喜色の表情を浮かべるが、すぐさま目を細めて目の前の自称 “邪龍” を睨む。
「俺様のバハムートを潰したのも納得だ。…… マガロ、と言ったか。邪龍である貴様が人の姿と言葉を発せられるなら、俺様と取引をしないか?」
思わぬ言葉に、マガロは興味津々と目を見開いた。
「取引?」
「俺様たちが必要としているのは、そこの女だ。―― その女の協力が必要なのだ。俺様たちと帝都に着いて来てくれるというなら、すぐこの村から手を引く。もちろん貴様が守る森とやらにも害が及ばぬよう、俺様が帝国全土に触れを出すことも出来る。くだらない冒険者たちが森に侵入することを未然に防いでやる。」
ノーザンの言葉にファナはビクッと身体を震わせた。
―― そう、最初から狙いはファナなのだ。
もちろん、アロンの妹であるララや、村の女子供たちも人質に取ることも目的としていたが、優先順位で言えばアロンの妻であるファナだけでも捕らえられれば重畳。
ノーザンたちの価値観で言えば、伝説の存在とも言うべき龍が、たった一人の女に固執するはずがない―― 何気に親しく会話を交わしていたとしても、モンスターと人なのだ。
今後、ならず者たちが森を荒らさないようにすると告げれば、そのメリットから女を差し出す可能性が高いと睨んだ。
そしてマガロは、口元を歪めて再び笑う。
「ふふふ。中々良い提案をするわね?」
「マ、マガロ様っ!?」
「却下。話にならないわ?」
「なっ」と思わず驚き呆れるノーザン。
その口から暴言の言葉が飛び出す、前に。
「私は、ここに居るファナ殿と、その伴侶たるアロン殿。そして彼の家族であるララ殿と友誼を交わした。その友誼を守ることは、森を守ることと同義よ? だから貴方が出来ることは一つ。尻尾を丸めて逃げて、子鼠のように縮こまり、そして森には近づくな荒らすなと荒くれ者どもに触れを回すことよ? 理解されたかしら、子鼠よ。」
―― 明らかな侮蔑と挑発。
「死ね!」
“縮地法” で一瞬。
マガロとの間合いを詰めて魔神ノ鎌を振り上げた。
『ザンッ』
下から振り上げた鎌の刃は、易々とマガロの右腕を吹き飛ばした。
それを好機と見て、ノーザンは上から鎌を振り下ろす。
『ドシュッッ』
ノーザンが揮った大鎌は、マガロの胸を貫いた。
「ゴフッ」
虚ろな瞳のまま、マガロの口から大量の血が吐き出される。
「マガロ様ぁ!」
「口ほどにも無ぇ! これが龍だと!? 戯言を!」
嗤うノーザンは、さらに鎌を深く突き刺す。
そして、そのまま身体ごと引き裂こうとする、が。
「ぐっ!?」
突然、大鎌がピクリとも動かなくなった。
恐る恐る、マガロの顔を見上げると……。
「見掛け倒しね?」
今だ口から血を吐くマガロは、ニコリと笑っている。
その表情に背筋が凍るノーザンは、更に腕に力を籠めるが、大鎌はまるで何かに阻まれたようにどの方向に力を入れても動かない。
そんなノーザンを憐れむように眺めるマガロは、左手でソッと魔神ノ鎌に触れる。
すると。
『パキン』
乾いた音と共に、魔神ノ鎌が粉々に砕け散った。
「バッ、馬鹿な!」
「“血界”」
驚愕するノーザンは、何かを感じ取り大きく後方へ縮地法で逃れた。
『ズゾゾゾゾゾゾ』
その勘は正しかった。
マガロが “血界” と告げた瞬間、地面に付着する彼女の血液から赤黒い触手が無数に生え、ノーザンが居た場所に群がったのだ。
「あら? 察しが良いわね?」
口元に付いた血を拭いながら褒めるマガロに、益々苛立ちを強めるノーザンであった。
「化け物が!」
再びノーザンは、右手から魔神ノ鎌を生み出した。
その様子に首を傾げるマガロ。
「良いの? その魔法はもう “奪った” のよ?」
「ふん! 戯言を!」
“どうせ片腕で、胴に孔が空く致命傷を受けている”
“龍” という強者の余裕と慢心が、狙い目。
その隙を逃す程ノーザンは甘くない。
だが。
『パキン』
魔神ノ鎌を振りかぶった瞬間、またも粉々に砕け散った。
「何ッ!?」
「探し物は、これかしら?」
―― いつの間に?
いや、あり得ない。
マガロの左手に、“魔神ノ鎌” が握られていた。
「そんな、馬鹿な!?」
「“奪った” と言ったでしょ? この魔法は闇と邪の力。その両方を宿す身である私に使ってしまったのは悪手だったわね?」
そう言い、マガロは魔神ノ鎌を放り投げた。
ノーザンの足元にガラガラと転がる大鎌は、そのまま黒炎を上げて燃え尽きてしまった。
「奪ったとは言っても、私には必要ないものよ? だけど、もう使わないことをお勧めするわ? 無駄に魔力を浪費するだけですもの。」
―― ノーザンは、知る由も無い。
“邪龍” マガロ・デステーアの能力、“血界”
それは自身の血を操るだけでなく、同属性の攻撃に血を付着させることで、自らの力として取り込む “呪い” を相手に掛けるのだった。
マガロの属性は、闇と邪。
その両方の性質を持つ僧侶系覚醒職 “魔神官” のスキルは、非常に相性が悪い。
「チッ! こんな化け物が存在していたなんてな! おい、カイエン!」
「はっ、はい!」
「こいつは手負いだ! 30秒! 足止めしろ!」
『パンッ』
カイエンに命じたのと同時に、両手を叩き合わせた。
―― カイエンも “サンチュクアリ” の効果が掛かっているため身体の震えはない。が、ノーザンの代名詞である “魔神ノ鎌” があっさりと打ち破られた相手―― 例え片腕、胴にも大きな切り傷を負う満身創痍に見える相手だろうと、満足に戦えるイメージが湧かない。
しかし。
「早くしろ、愚図が!」
それ以上に、ノーザンが恐ろしい。
カイエンは刀を振り上げ、
「“剛腕術・鬼殺”!」
侍のスキルを、力の限り揮った。
「あら?」
気の抜けた声を漏らすマガロに、赤く燃え盛るようなオーラを纏い巨大な刃となったカイエンの刀が左肩を抉り、そのまま真っ直ぐ、胴を貫き身体を分断させた。
『ズシャアア』
悍ましいほどの血液を吹き出し、そのまま倒れ伏すマガロの亡骸―― に見えるが。
『ズリュッ』
気色悪い音を立て、マガロの長く厚い黒髪が全身を覆い黒の球体を生み出した。そして。
「中々の攻撃ね?」
球体が解けると、先ほどノーザンに斬られた右腕も元通りとなった万全なマガロが姿を現した。
「ヒッ、ヒィィィ!」
まるで、不死者。
恐怖に顔を歪め、カイエンはガムシャラに刀を揮ってはマガロに傷つける。
だが、致命傷に至ると再び黒髪が球体を作り出して、マガロの身体を完全に回復させてしまうのであった。
―― 人化したマガロは、脆い。
しかし、その身に宿す膨大なHPに物を言わせる再生力がある。
受けたダメージが回復するわけではないが、例えコマ切れにされようとも、彼女自身が宿す “血界” の呪いにより、約2,500万という膨大なHPが尽きない限り倒れることが無いのだ。
「ふむ。“隕石魔法” か?」
カイエンに斬られながらも、ノーザンが宿す魔力から、何が放たれるかを察した。
魔聖の奥義、“ミーティア”
いくらマガロが膨大なHPを誇っていたとしても、まともに受ければかなりの大ダメージとなる。
それだけでなく、広範囲に亘る殲滅魔法であるため、背後に居る守るべきファナ達にも―― いや、守るべき “森” に、被害が出る。
「これは遊んでいる場合ではないわね?」
そう呟いた瞬間。
「ぐうっ!?」
カイエンの足元にまき散らされた、マガロの血液から細い触手が伸びて、カイエンの身体を拘束した。
……それだけではなかった。
「キャア!」
「ぐあっ!」
声を上げる、従魔師の男と司祭の女。
今だ無事であった彼らは意識を失った仲間の治療に当たっていたが、いつの前にか足元に迫っていたマガロの血液から伸びた触手が全身を巻き上げたのだ。
―― 見ると、横たわる転生者たちも “血界” で捕えられてしまった。
「さて。」
村の中に居る転生者で、詠唱を紡ぐ男以外は捕らえた。
だが、その男の詠唱は終りが近い。
ここで血界にて拘束しても、その口が魔法名を紡ぐか、祈るように合わされた両手が外れればその魔法は発動する。
(くくく……。)
ノーザンは、あと僅かでミーティアが発動できることで卑しく嗤う。
いくら強靭な龍とは言え、広範囲殲滅魔法であるミーティアを防ぎきることは不可能。
出来て、その身を挺することだ。
そうすれば、いくら強力なモンスターでも一溜りも無いだろう。
…… SPは半分を切ったが、まだ余裕がある。
ミーティアで倒れなかった場合、次の攻撃プランも当然ながら用意されている。
闇、そして邪属性である魔神ノ鎌が効かなかった。
つまり、邪龍はその名の通り邪属性、もしかすると闇属性も備わっているだろう。
ならば有効な手段は、対となる光と聖属性だ。
“聖者” の奥義、“セイクリッドエクスプロージョン”
天から降り注ぐ、七つの聖槍。
それは敵を貫くだけでなく、攻撃インパクトと同時に破裂する二段階攻撃だ。
“ミーティアで動きを止め、セイクリッドエクスプロージョンで止めを刺す”
―― 問題は、このスキルも発動まで30秒要することだ。
囮となるカイエン達は捕まった。
ならば、どうすれば良いか?
ノーザンは、僅かに首を動かし、村の入口側へと目線を飛ばす。
そこには、最弱のルミの隣に立つ駒だ。
“俺様のために、囮になれ”
その意図を把握したトモエは軽く頷き、村の中へ目掛けて駆け出した。
「酷い子ね?」
その一部始終を見て、何が狙いかを察するマガロはうんざりな様子で呟いた。
だが、軽く笑みを浮かべるだけで殆ど表情の動かなかったマガロの表情が、グニャリ、と凄惨なものへと変貌した。
「ヒッ。」
その表情を目の当たりにして、ノーザンは思わず身震いした。
命を、魂を、まるで鷲掴みされる感覚。
―― だが、それは錯覚だ。
ミーティアが発動すれば、奴もあんな余裕など見せられない。
そして。
それは現実になるのだ。
「ミーティア!!」
詠唱が終わり、両手を広げるノーザンの正面、上空に直径10メートルの魔法陣が浮かび上がった。
勝ちへの算段は固まった。
そのはずだった。
だが、ノーザンの背筋は凍る。
ミーティア発動前、確かに聞こえた。
目の前の、龍を名乗る女が呟いた言葉を――。
『“絶望が何か叩きこむ”、そう言ったわね? 子鼠よ。真の絶望が何たるか、この邪龍が教えてあげる。』
『ドウンッ』
ミーティア発動前の、響く低音。
だが、それと同時にマガロの背から黒い靄が噴き出した。
「なに!?」
“何を狙おうが、もう遅い!”
ノーザンは勝利を確信した。
―― はずだった。
「教えてあげる。本当の龍の咆哮を。」
その黒い靄は一瞬で巨大な塊に変貌した。
―― 邪悪な龍の貌が、マガロの背後に浮かんだ。
『ギュンッ』
今まさに、隕石が堕ちる寸前。
「“邪龍・死滅咆哮”」
マガロの背後に浮かんだ龍の貌がバックリと口を開けたのと同時、その口から太い黒紫の光線が、上空に浮かぶミーティアの魔法陣向けて放たれた。
『ズギャアアアアアオオオオオオオオンッ』
思わず耳を覆うノーザン。
恐る恐る、顔を上げると……。
「そんな、馬鹿な……。」
その目に映ったのは、上空に浮かんだミーティアの魔法陣が紙切れのように破られて霧散するところだった。
―― まだ、SPは幾許か残っている。
しかし、覚醒職の魔法系で最強スキルと言うべきミーティアが、完全に発動する前に打ち消されるという前代未聞の状況に、ノーザンの心は折られ、そのまま崩れ落ちるように地面に膝を着けてしまった。
それが、隙。
『ズリュンッ』
「ぐあっ!!」
あっという間に、“血界” がノーザンの身体を強く巻き上げ拘束した。
「ノーザン様!!」
駆け出したトモエは、村の入口手前で叫ぶ。
―― 村の外に居るトモエとルミはあの気色悪い血の触手に縛られていないのだが、その理由を考え付くほどトモエは冷静では無かった。
あと数歩。
村の中に入るか、入らないか、その時。
『ゴッ』
何かに殴られたように、横に吹き飛ぶトモエだった。
「あっ、ぐ!」
だが、威力はたいしたことはない。
そのまま受け身を取り、槍と盾を構える
が。
「あっ。あああああ……。」
ノーザンのミーティアを見た時よりも。
それが、邪龍のブレスでかき消された時よりも。
トモエは、絶望に染まり全身を震え上がらせた。
感情の乏しい彼女が、ここまで恐怖に染まった、原因。
「ヒッ、ヒイイイイイイイッ!」
それは、後方で今だ尻餅を付くルミも同じだった。
「な、なんで……?」
マガロの血界で身体の自由が奪われたノーザンもまた、“信じられない” と目を見開く。
その全身から、大量の汗が噴き出る。
拘束されているはずなのに、全身が、震えあがる。
―― それは、絶望。
マガロ・デステーアという邪龍を名乗る、得体の知れない少女よりも。
その少女には魔神ノ鎌も、ミーティアも通じなかったことよりも。
“あり得ない”
想定していなかった “最悪の事態” が、心を絶望で塗り潰されるのであった。
その絶望の正体。
―― ファナや、ラープス村の者にとっての、希望。
そして、喜び。
涙ぐむファナが、その名を―― 最愛の夫の名を告げた。
「おかえりなさい、アロン。」
「ただいま、ファナ。」
村の入口手前。
煌々と照らす松明に灯される姿。
黒と銀の全身鎧。
【暴虐のアロン】の帰還であった。
次回、3月15日(日)掲載予定です。
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【お知らせ】
この度は【暴虐のアロン】を御覧いただきありがとうございます。
現在、作者の本業が年度末の追い込みとなりほぼ執筆時間が取れておりません。
次回は途中まで書いているため、恐らく15日(日)に掲載出来ますが、それ以降は3月中の掲載がままならないと思います。
大変申し訳ありませんが、次回を以て3月中は休載とさせていただきます。
お楽しみいただけている中大変恐縮ですが、どうか御容赦ください。
また4月から週2掲載、出来る限り週3掲載を目指します。
どうか、今後も御贔屓くださいますようよろしくお願いいたします。
浅葱 拝