6-14 返り討ち
体調不良につき掲載が滞り申し訳ありません。
全快です!御心配と御迷惑をお掛けしました。
巷で流行している症状に似てはいましたが、大丈夫でした。
ただ万全を期するため、しばらく自宅療養(在宅勤務)です。
執筆を進められる環境かもしれないのですが、先週の休養が響き仕事量が笑えない状況で、恐らく今までと同様のペースとなります。どうか御容赦ください。
では、遅くなりましたが「6-14 返り討ち」をお楽しみください。
「全員でかかれぇ!!」
響く、カイエンの怒号。
ノーザンは今、自分に絶対服従の女と共に馬車の中で優雅に過ごしている。
その代行者として先行した転生者18名の指揮を執るカイエンは、目の前で起きたあり得ない惨状に狼狽しながら命令を下した。
「「「うおおおおおおおおっ!!」」」
その怒号に呼応し、各々武器を手に取って次々と村の中へなだれ込む転生者たち。
18名中、3名も一瞬でやられた。
それも、NPCに。
―― いや、奴等はモブではない。
「あの剣士と重盾士の野郎、そしてアロンの女は転生者だ! 油断するな!」
本来、それは同行した高薬師の女――、“最弱のルミ” が鑑定して判断することだ。
しかし冒険者ランク “C” である彼らが文字通り一瞬で返り討ちに遭ったことで、“奴等は転生者” だと判断する。
―― アロン以外にも、帝都での優雅な暮らしを不意にしてまで田舎暮らしを選ぶ変わり者が、同じ村にここまで居るのか? という違和感もあるが “アロンの現地妻を捕らえる”、“アロンの妹も居れば捕らえる”、“ついでに女子供も何人か攫う” という目的を達成させることを最優先とした。
「おらあああ!!」
背丈ほどある大斧を横薙ぎに、剣士のリーズルと重盾士のガレットを2人纏めて斬り割いてやろうと戦士系上位職 “狂戦士” の男が襲い掛かってきた。
「おおおおおお!!」
それを、ガレットが一歩前にせり出し、右腕に括りつけた巨大な盾をさらに左手で押さえ、防ごうとした。
(馬鹿め!)
狂戦士の男はほくそ笑む。
彼の握る真っ黒の大斧の素材は、堅さだけでなく粘りもある “黒曜鉄” という金属で拵えた業物だ。
生半可な盾など紙切れのように千切れ、そのまま上半身と下半身が永遠に別れを告げるのは避けようの無い未来。
…… の、はずだった。
「“インパクトバッシュ!”」
大斧がガレットの盾に当たる瞬間、ガレットは “盾将” のスキルを放った。
それは防御カウンター技であり、タイミングが合えば敵の物理攻撃とスキルを弾いて大きな隙を生み出す。
『ギョヤンッ』
まさにジャストタイミング。
金属同士が打ち当たる甲高い音と共に狂戦士の大斧は弾かれ、そのまま万歳するように両腕を大きく上げる体勢となってしまった。
「げ、えっ!?」
「“オーガスラッシュ”!」
その絶好の隙を狙い、横からリーズルが三角の剣閃を放った。
だが。
「“オーガスラッシュ”」
『ギャギャギャンッ』
三角の剣閃が狂戦士の身体を斬り割く寸前、彼の危機に気付いた剣闘士の男が同じく “オーガシュラッシュ” を放って相殺したのであった。
「チッ!」
リーズルは舌打ちと共に構え直す。
“確実にもう一人斬れた” と確信したが、相手もまた上位の冒険者、それも超越者だ。一筋縄ではいかない。
「加勢するぜ!」
「いつまでも舐められてたまるか!」
その攻防の間に超越者がさらに3人、リーズル達との戦闘に加わってきた。
2 対 5
一気にリーズル達の形勢が不利になったかに見えた、その時。
「“ブラストナックル”!」
青白い閃光の拳が、無数の礫となって超越者たちに襲い掛かってきた。
「うわっ!? “ハードガード”!」
加勢した盾将の男は、身丈よりも遥かに大きい盾を構え、基本職スキル “ハードガード” で無理矢理に無数の礫を防いだ。
―― それでも、ダメージが無いわけではない。
ビリビリと痺れる両腕に、鈍い痛みが身体の中へ浸透するように響く。
「これ……は、武僧のスキルじゃねぇかよ!?」
信じられない。
咄嗟に大盾の陰に隠れた狂戦士が叫んだ。
その前方には、右拳を突き出す黒髪の女。
―― 冒険者でもある彼ら超越者にとっては、良く見知った少女…… 怪我を負った弱いNPCすらヒールで治療する、偽善者。
「リーズル君、ガレット君! 加勢するわ!」
「助かったぜ、セイル!」
ブラストナックルを放ったセイルが、一足飛びでリーズル達の横へと辿り着いた。
「セイルは司祭だろ!?」
「武僧だったのを隠していたの!?」
“誰が、どの職業か”
超越者が自分自身の職業を隠し通すのは不可能だ。
12歳の年に全ての住民が受ける義務を有する “適正職業の儀” で超越者であると判明した者は、ただちに帝都へ召し抱えられ、その者はそのまま高等教育学院への入学が命ぜられるからだ。
そこで出会う、同じ超越者たち。
同学年だけでなく、転生した時期の相違による先輩、後輩に、中には同じギルドだった者と奇跡的に再会を果たす者もいる。
そういう境遇だからこそ自分自身の職業を明かすのは、かつてファントム・イシュバーンで同じ陣営で共に戦ったという同士だからか、それとも、“異世界に来てしまった”、“もう元の世界には戻れない” という望郷からか。
転生には、判明しているだけで3つのルールがある。
一つは、転生前の職業が “適正職業” となること。
二つ目は、所属していた最後の陣営に転生すること。
そして三つ目。
ファントム・イシュバーンで自らが名乗っていたアバター名で転生することで、例外はファントム・イシュバーンで “性別” を偽っていた場合ということだ。
ジークノートやレオナが、これに該当する。
これらのルールに加え、“異世界イシュバーン” にとって、人々に与えられる適正職業という絶対の価値観から、自ら名乗り出なくとも職業が割れるのは自然なことだった。
そして “どのギルドの誰が転生したのか”、“その職業は何だったか” という情報は、速やかに超越者たちの間で共有される。
さらに、戦場で敵対陣営と相対することで、敵対国に所属する超越者たちにもその情報は広く知られていくのだった。
だが、その情報はある一つの常識が付いて回るからこそ、正しく共有されると一種の信頼もあった。
その常識こそ、“転職は不可能” というものだ。
この世界には、“転職の書” が存在しない。
だから違う職業になることも、今覚えているスキル以外は、転生時点の職業で未習得のもの以外は増やす事も強化することも出来ない。
それが常識である以上、セイルは “職業を偽っていた” という考えに達するのは自然な流れであった。
―― “ギルド戦は情報戦” が身に染みている超越者たちにとって、戦況や現状を素早く正確に掴むことに慣れ過ぎており、その結果、常識の外側の判断に至る事は稀でしかなかった。
それも、超越者の欠点なのだ。
「魔法を放つわ! 牽制して!」
加勢した魔法士系上位職 “呪術師” の女が狂戦士たちに告げると同時に、彼女を庇うように扇状に散開し、武器を構えた。
「させるかよ!」
その動きを見て、リーズルは握るミスリル製の片手剣の剣刃に炎を纏わせ、駆け出してきた。
「げっ!? て、てめぇ、“剣豪” か!」
剣士系上位職 “剣豪”
習得できる5つスキルの内、“魔法剣発動”、“剣刃纏い”、“ソードカウンター” という3つのスキルが厄介であると同時に、使い所を誤ると大きな隙を生み出すという非常に癖のある職業だ。
その理由として、剣豪の代名詞たる3つのスキルは、単体では全く意味を為さないことだ。
3つのスキルレベルを底上げするだけでなく、十全に使いこなすことで初めてその真価が発揮される。
“相手の行動を読み切る”
先手を狙うか、カウンターを狙うか。
相手の行動を読み切り的確に立ち回る技術が要求される剣豪は、全職業でプレイヤースキルへの依存が最も高く、逆にそれ次第では覚醒職や極醒職とも十分に渡り合えるのだ。
かつて聖国陣営で、まだアロンが【暴虐のアロン】と呼ばれる前。
『アロンとか言う、恐ろしい剣豪使いがいる』
彼が、ただの憎悪に身を焦がす復讐者から、他者を寄せ付けない圧倒的技術を持つ真の化け物へと昇華させたのも、この “剣豪” という職業であった。
「くっ!」
身構える狂戦士。
彼は、剣豪の特性は嫌というほど知っている。
魔法攻撃を纏う剣で、叩き切られるか。
それともカウンター狙いか。
前者だと、防げば魔法攻撃がそのまま流れ込んでくるし、後者では攻撃を仕掛けたら無効化され、魔法攻撃が全身を襲い掛かってくる。
選択を誤れば無駄なダメージを浴びてしまう。
これを解決するには――。
「オレに任せろ!」
盾将は “スライドプロテクト” という基本職スキルを発動させ、リーズルと狂戦士の間に滑り込んだ。
このスキルは、効果範囲は狭く限定されているかわりに攻撃を受けようとしている仲間の前に瞬時に移動し、その攻撃を肩代わり出来る。
HP、そしてDEFやMDEFが高い重盾士らしいスキルだ。
もし、リーズルが放つのが “剣刃纏い” ならダメージは受けるが、今回の襲撃メンバーの中で誰よりも防御性能の高い彼なら、大した傷にはならない。
逆に “ソードカウンター” なら、攻撃インパクトの瞬間にリーズルの身体は大きく仰け反ってしまい、隙が出来るだろう。
狂戦士が狙うのは、その隙だ。
手に持つ大斧をもう一度全力で振り切り、胴体を分断させる。
(これでイケメン小僧は明日の朝までオネンネだ!)
“どうせ転生者だから生き返る”
それでも殺せばデスワープが発動し、明日まで無効化出来るのだ。
―― 問題があるとすれば、デスワープまでの15秒というタイムラグだ。
セイル、そしてアロンの妻が “蘇生魔法” を使えば、全快は無いものの復活してしまうだろう。
しかしそれは彼女たち自身の大きな隙を生み出すため、デスワープ発動を考えるなら放置するが普通だ。
だが、襲撃されている側から見ればむざむざ戦力を失う事は無い。セイル、もしくはファナがレイズを掛けるため行動を取る可能性が高い。
狙うなら、そこだ。
その考えに至った時。
「そのままそいつらを足止めしておけ!」
先頭を繰り広げるリーズル達の横を、“忍者” ナックが駆け出した。
狙うのは、今回の作戦の最重要目標、ファナだった。
“ファナは僧侶系”
“ならば先に押さえればあらゆる回復が後手になる”
リーズル達の戦局を読み、素早く行動したのだった。
そしてそれは、ナックだけでは無かった。
「ナックさんだけに手柄は渡さねぇ!」
「早い者勝ちだ!」
さらに、大剣戦士の男と銀戦士の男が駆け出した。
どちらも戦士系の上位職だ。
ファナの元へ掛ける3人の超越者。
しかもナックは、蒼天団のサブギルドマスターという上位者。
彼らを一度に相手にすれば仮にリーズル達が殺されても、ファナはレイズを掛けるどころではないだろう。
(さすがナックさんだぜ!)
狂戦士の男は手に持つ大斧に力を籠めながら、この闘いの勝利を確信した。
その時。
「“ガードカバー”」
迫るナックたちを無視してファナは、セイルを中心にリーズルとガレットにも効果が及ぶように防御性能増強魔法を掛けた。
更に。
「“アタックカバー”」
今度は、攻撃性能増強魔法だ。
「いくぜ!」
黄緑色と朱色の二色のキラキラと舞う光の粉を纏ったリーズルは、迷うことなく盾将に斬りかかってきた。
―― “剣刃纏い” のほうか!
盾将も、後ろに姿を隠す狂戦士もそう判断した、その時。
「“スライドプロテクト”!」
何と、今まさに斬りかからんとするリーズルの目の前に、盾を構えたガレットが姿を現したのだ。
「な!?」
「“グラビティタックル”」
驚愕の余り声を漏らした盾将に、ガレットはそのまま盾将スキル “グラビティタックル” を食らわした。
『ズドンッ』
「がっ……は。」
ただ、盾を構えていただけの盾将の男は成す術無くガレットの重い一撃、しかもファナの増強魔法が掛かっている攻撃をモロに受けてしまった。
余りの衝撃に、立ち尽くしたまま意識を失う。
「お、おい!?」
「だから余所見していて良いのかよオッサン!」
さらに、ガレットの影から飛び出すリーズル。
その剣はすでに炎は包まれていない。
狂戦士は一つ舌打ちを鳴らし、大斧を盾のように正面に掲げた。
(騙された!)
最初からこれが狙いだったのだろう。
“魔法剣発動” そのものはブラフ。
真の狙いは、ガレットの一撃だったのだ。
“攻撃は剣士の小僧”
“守備は重盾士の小僧”
背後に回復魔法の使えるセイルが控えているからこそ、セオリーな攻勢に出てくるだろうという思い込みの裏をかいた連携だった。
『ギンッ』
その攻撃は、再び剣闘士の男が防いだ。
「やべぇぞ、こいつら! 戦い慣れてやがる!」
リーズルの攻撃を防いだ彼の表情に余裕は無かった。
彼らも転生後、決して油を売っていたわけではない。
高等教育学院卒業後にはそれぞれギルドに加盟し、冒険者として活躍をしてきたという自負がある。
しかし、ファントム・イシュバーンのように上手く行く世界では無かった。
むしろ、異世界の全てに “持て成されている” という感覚に陥ったため、とりあえず冒険者としては活動するが、無理せずそこそこな動きに収まっていた。
そんな世界での、彼らの平均レベル。
“210”
それでも、高い方ではある。
全く活動しない転生者もいれば、ルミのような落ちこぼれもいる。
転生者全体の平均レベルが150であることを考えれば彼らは確かに強者の部類だ。
…… だが。
「どいて!」
詠唱が終わった呪術師の女が叫ぶ。
放つは、魔導師スキル “フローズンストーム” だ。
“待っていました!” と言わんばかりに下卑た笑みを浮かべ、狂戦士と剣闘士、そして加勢に加わったもう一人、軽業師の男が左右に別れた。
魔法攻撃のルートが確保された。
これで厄介な小僧共は、セイル共々一網打尽。
そのはずだった。
「“ラージフレア”!」
突然、セイル達の後方から巨大な火球が放たれた。
―― それを放ったのは、ファナの後方で護衛隊と共に村への侵入させまいと睨みを利かせていた、文官風の眼鏡小僧であった。
「いぃ!? “フローズンストーム”!」
標的をリーズル達に定めていたはずの呪術師の女は、迫りくるラージフレアに向けて詠唱を終えたばかりのフローズンストームを咄嗟に放った。
いや、正確には放つよう仕向けられてしまったのだ。
『ズオオオオオオオオッ』
燃え盛る火焔と、吹き荒ぶ吹雪の嵐。
互いにぶつかり、轟音と共にその威力を相殺させたかに見えた。
しかし同じ魔導師のスキルでも、“ラージフレア” は準奥義に該当する。
大人数を纏めてダメージや状態異常を引き起こすをフローズンストームでは、まるで火力が足りない。
「くそぉ!」
迫りくるラージフレアの残滓を慌てて避ける呪術師の女。
魔法系の職業の癖か。
ダメージを受けたくないという心理は、大技の発動後と合わせ、大きな隙を生んだ。
そして、それをセイルは見逃さなかった。
「“オーバークラッシュ”!」
豪速で真っ直ぐ突き進むセイルの右肘鉄は、呪術師の女の鳩尾に直撃した。
「ガハアッ!?」
腹の底から息を吐き出し、弾き出されるように吹き飛んだ呪術師は後方の防護塀に激突。
先ほどやられた男たちの横で仲良く意識を閉ざすのであった。
「ナイス、セイル!」
「オズロン君、ありがとう!」
自分が放ったラージフレアに合わせ、すぐ攻撃に転じて敵の一人を打ち倒した事にすかさず歓喜の声を上げたオズロン。それにセイルも笑みを浮かべて答えた。
「おい! 戦闘中にイチャイチャすんな!」
「「してない!」」
真剣な顔をしながらも茶化すことを忘れないリーズルの言葉に、セイルもオズロンも真っ赤になって否定するのであった。
「な、なんだこいつら……。」
突然吹き飛ばされた呪術師の女の有り様をポカンと眺めた軽業師の男は、殺意を感じて後ろに思い切り跳躍した。
寸前、セイルの拳がその場で空を切ったのだった。
「ちょ!セイルはそんな子じゃ無かったぜ!?」
「人は変わるのです!」
そのままセイルは駆け出し、“肉弾戦では最強” の武闘士系、しかも上位職である軽業師に対して接近戦を仕掛けるように執拗に拳で、蹴りで、ラッシュを仕掛ける。
「くそ! マジで何なんだよお前ら!」
3 対 3
それどころか、オズロンが加わり4対3と一気に形勢は逆転したのだった。
彼らは、知らない。
知る由も無い。
セイル含め、今、目の前で戦っている若者たちはつい先日まで【プルソンの迷宮】に、しかもその最下層付近に籠り、修行に明け暮れていたことなど。
その結果。
超越者たちの平均レベル150の倍。
セイル達のレベルが300を超えているなど、知る由も無かった。
◇
「余裕だな、お嬢ちゃんよぉ!」
セイル達3人に武僧の増強魔法 “ガードカバー” と “アタックカバー” を掛けたファナとの間合いを詰め、ナックは笑いながら叫んだ。
その声に目線を飛ばすファナだが、視界の先にはナックの姿が無かった。
「!?」
その時には、ナックはすでにファナの真後ろに回っていたのだ。
“殺すわけにはいかない”
だから、手刀で延髄を素早く叩きつけ意識を刈り取るのがベストだ。
ガラ空きの背後。
そのまま手刀を振り落とした。
『ガッ』
だが、その手刀はすぐさま後ろを振り返ったファナの右腕に防がれた。
「な、にい!?」
……ナックは、二つの意味で驚愕する。
一つは言うまでもなく、意識を刈り取ったと確信できた手刀が防がれたこと。
そしてもう一つは、淡く薄黄色と朱色のキラキラした光の粉を纏うファナの姿だ。
「お前っ、それ、ガード、うっがぁ!!」
全てを言い切る前に、ファナの左拳がナックの腹を抉った。
先ほど拳王を沈めた痛恨の一撃がナックの言葉と呼吸を奪い、逆に何ともし難い苦痛と嗚咽を与えたのだった。
―― ナックが驚愕したもう一つの理由は、先ほどセイルを中心に掛けたはずの “ガードカバー” と “アタックカバー” の2つの増強魔法が、ファナにもその効果が適用されていたからだ。
「当然じゃありませんか。私は夫に、仲間に守られるだけのか弱い女ではありません。夫の留守を守る、私も――」
「ひっ、がっ、ま、待て……。」
『ズドンッ』
容赦ない右ストレートパンチがナックの顔面を捉え、そのまま彼は大きく後方に吹き飛ばされた。
「―― 冒険者ですから。」
ガードカバーとアタックカバーは、本来一人にしか効果が生じない。だが、とあるスキルと併用することで、対象者を中心に半径10メートル以内に居る味方全員にも同じ効果を与えることが出来るのだ。
そしてファナの立ち位置。
丁度その効果が掛かるギリギリ、セイルとの距離10メートルに僅か右足のつま先だけが入っていたのだった。
「あがあああっ! くそっ……。こ、この、アマ!」
地面に倒れ伏すナックは、さすが上位の冒険者というところであろう。格下の拳王の男とは違い、この2発でも沈まなかった。
だが、冒険者という言葉。
金の髪飾り。
“聖職シリーズ” のような、白い法衣。
「こ、こいつ、まさか!」
ナックと共にファナを攫おうと近づいた銀騎士の男が気付いた。
「こいつだ! ランクDのルッケスの拳を止めたって女! 白の法衣に金の髪飾り、間違いねぇ、帝都本部に現れる “怪力女”! こいつだぁ!!」
その言葉に、ファナの顔が真っ赤に染まる。
「誰がっ! 怪力女ですかっ!」
生まれて初めて帝都に行った日。
アロンのギルドに加盟する手続きを行っていた時に絡んできた粗暴な大男、冒険者ランクDのルッケス。
アロンの顔面を殴ろうとした腕を止めたことで、ファナは謎の “怪力女”として都市伝説のような存在になってしまったのだ。
もちろん、その都市伝説に拍車を掛けているのはファナが “驚くほどの美女” という噂もあるからだ。
―― ちなみに、“怪力女” の喧伝に一役買っているのは冒険者連合体の例の受付嬢だ。
仮面で素顔が見えないにも関わらずアロンに心寄せて専属の受付嬢というような振る舞いを行う、ファナにとって鼻持ちならない節操無しの女が一枚絡んでいるなど知る由も無かった。
「噂の怪力女……。ランクはFと聞いていたが、アイツを二発で沈めるような奴だ。実力はC、いや、Bはあると見よう。」
「……ああ。」
槍を構える銀騎士の男と、身の丈ほどある大剣を構える大剣戦士の男は腰を落とし、ファナを冷静に分析する。
目の前にいるのは、簡単に捕らえられるアロンの弱点ではない。
―― 上位の冒険者、それも、転生者。
そう判断した時。
「そこまでだぁ! このアロンの妹がどうなってもいいのぉ!?」
厭らしく叫ぶ女の声が響いた。
「ララちゃん!?」
ファナの後方、20メートルほど。
さらに奥。村長アケラを中心に、護衛隊の面々が “ここから先は進ませない” と防衛の陣を構える箇所との丁度中心位置で、ララを羽交い絞めするサイドポニーの軽装の女―― 薬士系上位職 “狩罠師” のベーティだった。
◆
リーズルやファナ達が戦う最中。
ベーティ、そして2人の超越者はひっそりと行動を開始したのだった。
当初は初撃で意識を刈り取られた3人の仲間の治療に当たっていた。
しかし、正面での戦闘が激化した事を受け、素早く大回りしながらも、村の中心へと進む作戦に出た。
目的は、村の女子供の誰かを人質に取ること。
そうすれば、強い護衛隊の小僧共にセイル、さらにアロンの妻だろうと手が出せなくなると踏んだのだ。
しかし。
「止まりなさい!」
村の中心部に繋がる街道の手前、大勢の護衛隊が陣を構えてそれ以上進ませないようにしていたのだった。
その指揮を執るのは、村長アケラ。
「へぇ。準備がいいじゃない。」
襲撃に入ったのは、つい先ほど。
この村は最初から “襲撃される” と判断した証左だ。
そもそも、この村は以前カイエンがアロン獲得のために無茶な要求をされた当事者だ。
その張本人たるカイエンが居ればそれくらい警戒するのも当然か、とベーティは心の中で盛大に舌打ちしながらも、柔らかな笑みを浮かべた。
「で? 止まったらどうなるの? オネーサンが捕まってくれるの? 村の可愛い子どもたちの代わりに?」
それでも告げる言葉は残酷極まりない。
大勢の護衛隊はその言葉で武器を向け、アケラもまた両腕に魔力を宿した。
「それ以上進むなら容赦しません!」
「へぇ。NPCがぁ? 私たち、にぃ?」
―― 身体を僅かに斜めに向けて立つベーティの左手は、アケラ達から見れば死角となっている。
その左手に、黒い丸薬が生み出された。
狩罠師スキル、“スタンボム”
攻撃的な威力は低いが、広範囲に亘り状態異常『麻痺』と持続ダメージ『電撃』を食らわせる厄介なクリエイトアイテムスキルだ。
大抵の冒険者は、麻痺に対して何らかの対策を打つ。
しかし、目の前の連中はモブだ。
対麻痺の防具など、上位冒険者でも中々手に入らないし、そんな装備を身に着けているわけがない。
「容赦しないって、例えばぁ? こういうこと!?」
「なっ!」
素早く腕を振り、左手に握るスタンボムをアケラ目掛けて投げた。
正確には、アケラの足元に叩きつけるように、だ。
「先生っ!」
その瞬間、滑り込むようにアケラの身を挺して守るのは……。
「ラ、ララ、さん!?」
『パンッ!!』
―― 本来、スタンボムは地面に激突して割れることで、広範囲に亘る効果を与える。
しかし、その前に人やモンスターの身体に当たってしまうと、効果は当たった本人にしか現れない。
もちろん、その広範囲に及ぶはずだった攻撃は、受けた者が背負うことになる。
「あっ!」
閃光と共に弾ける音。
同時に、短い叫びを上げてララは倒れた。
「バーカ! お前で十分だ!」
周囲の護衛隊を巻き込みつつアケラを攫う計画であったが、ベーティにとって思わぬ収穫となった。
―― 村長の女を守ったのは、子供。
しかも。
「ベーティ姐さん! そいつ、アロンの妹でっせ!」
「マジ!? よっしゃあ!」
付き添った超越者の男の声に、嬉声を上げる。
素早くララの身体を掴み、そのまま激しい戦闘となっているアロンの妻、ファナ達の方へと “縮地法” で移動したのであった。
◆
「ララちゃん!?」
羽交い絞めされるララを前にして叫ぶファナ。
「ナイスだ、ベーティ!」
“目標の一つ”
アロンの妹を人質に捕らえる事に成功したと感じた銀騎士の男が大声でベーティの功績を称えた。
「あ、ぐっ。はは、は。 お嬢さん、形勢逆転だな。」
そして。
腹を抑えながら立ち上がるナック。
その目には、怒りが宿っている、
「よくもぉ、やってくれたなこのアマァ……。 ただじゃおかねぇぞ?」
“無事に捕らえる” など知ったことか。
せめて同じ目に―― いや、その美しい顔が台無しになるまでボコボコにしてやろうと、残虐な考えを浮かべてナックは一歩一歩ファナに近づくのであった。
「お、い。ナックさん。落ち着けって。」
「うるせぇ!」
普段は冷静で、高等教育学院の外部講師でもあるナックは蒼天団の参謀としてもその名声は高い。
だが、自身が舐められる事を非常に嫌っており、もしそのような者がいるようならば、残虐非道の限り痛めつけて命を奪うという冷酷な一面もある。
まさに、傍若無人な典型的な超越者なのだ。
思わず制止する大剣戦士の声を振り切り、その右手に拳を作る。
「まずはぁ、腹だ。動くなよ、女ァ。動けば、あの小娘がどうなるかぁ。わかるよな?」
歯を食いしばり、怒りに顔を歪ませるファナの目の前で立ち止まる。
「ケケケ。美人がぁ、台無し、だぜ!」
叫び、いよくファナの腹目掛けて拳を突き立た。
―― 先ほど、同じ事をしようとして拳王の男は返り討ちにあったが、こちらには人質がいる。
反撃してうれば、問題が無い程度に人質を痛めつければ良い。すでに、ベーティとは目線でその事について確認が取れた。
『ズゴンッ』
今度こそ、その拳はファナの胴にめり込んだ、が。
「……あぁっ!?」
その拳は、腹の前に出したファナの手によっていとも簡単に止められた。
またしても、アロンの女は攻撃を防いだのであった。
「てめぇ! おい、ベーティ、その小娘を」
「ララちゃんっ!!」
怒り狂うナックが叫ぶ中にも関わらず、さらに大声でファナが叫んだ。
ファナの顔は、怒りに満ちている。
何故なら――
「ふざけてないで真面目にやりなさい!」
その叫びと、ほぼ同時。
『パンッ』
一瞬の、青白い閃光。
「がっ!?」
そして短く叫ぶのは、ベーティだった。
身体をガクガクと小刻みに震わせ、ビリビリという音を立てる紫電を纏いながら膝を着き、そのまま地面に倒れこんだ。
その隣。
ヘラッと表情を崩すのは、ララであった。
「えへへー。驚いた、ファナちゃん?」
「馬鹿言わないで!? 襲撃されているのよ!」
“平気なくせに捕まった振りをしていた” という事実に激怒するファナだった。
「げ! ファナちゃん、マジで怒ってる!?」
「当たり前でしょうが!」
“やっちゃったー!” と震えあがるララに、全身が痺れるベーティは辛うじて声を上げた。
「あ、が……。なん、で?」
“なんで無事か?”
ああ、と声を上げてララがあっけらかんと答える。
「スタンボムでしょ? 効かないよ。」
ララは更に追加と言わんばかりに “スタンボム” を生み出し、それを再度ベーティの身体に押し付けた。
『パンッ!』
「ヒギっ!?」
“防御性能皆無。しかし、あらゆる状態異常と持続ダメージを無効化する”
ララにスタンボムが効かなかった理由は、ファナとお揃いの金の髪飾り―― アロンがファントム・イシュバーンから持ち込んだ最上位級装備、“精霊の髪飾り” の効果のおかげだ。
もちろん、ベーティは知る由も無い。
「あり、え……。それ、スタン、ボ。」
“あり得ない”
“小娘もスタンボムを出した”
“この小娘も狩罠師”
そこで意識を閉ざすベーティだった。
「姐さん!?」
「くそ! 捕まえろ!!」
ベーティの惨状に震えるが、共に来た超越者の男が2人掛かりでララの身体に覆いかぶさるように飛び掛かってきた。
「“瞬雷”!」
『バチンッ』
しかし、その男たちは突然空から降り注ぐ細い雷を受け身体を硬直させた。
―― アケラが放った、魔法士系上位職 “賢者” の速攻魔法 “瞬雷”
威力は低いが、連続発動、そしてほんの一瞬だが状態異常『停止』が付与される。
「じゃあ真面目に、やるかぁ!」
その硬直を見逃さず、ララは両手を広げ、叫ぶ。
「“銀槌錬鋳”!!」
同時に、銀色に輝く大きなウォーハンマーがララの両手に握られていた。
「ぎ、ぃ!?」
「おまっ、鍛冶師っ」
『ドゴゴンッ』
硬直状態で一歩も動けない二人の超越者の頭を狙い、容赦なくウォーハンマーを振り抜くララ。
鈍い音と共に、その意識を刈り取ったのであった。
「馬鹿なっ!?」
僅か一瞬で、奇襲を掛けたはずのベーティ達3人がやられた事実に唖然となるナック。
だがそれも、大きな隙だ。
『グギャッ』
「ぎやあああああああああっ!?」
その音は、ファナに受け止められてしまった右の拳が握り潰される音であった。
「手加減は、します。」
拳を潰し、一歩二歩と下がるナックに向け、ファナは冷静に告げた。
その言葉は本来、ナックに対する侮辱だ。
しかし拳が潰され、激痛に苦しむ瞬間ではその意味に気付くことは無かった。
「“シャインリング”!」
それは、僧侶の基本職スキルの攻撃魔法。
両手を広げたファナの前方に現れた直径2メートルほどの光のリングが、じりじりと後退するナックの身体に絶妙な速度でぶち当たった。
「ぐはああああっ!!」
本来、基本職のスキルの攻撃力は低い。
その代わり、詠唱も短く使用SPも少ない。
だが、MATKを決定づけるINTが上限間近の950を誇るファナが放てば、それだけで驚異的な攻撃魔法となるのだ。、
「が、はっ……。」
なす術なくファナの一撃を受けたナックは、グリンと白目を剥き、勢いよくその場に倒れた。
「……それ、本当に手加減したの?」
「した……つもり。」
呆れるララに、ファナ自身も唖然と答えた。
―― 余りにも、超越者が脆い。
無理もない。
2人が相手にしてきたのは伝説の邪龍の使い魔や、他の冒険者が未だ踏み込んだことの無い迷宮の奥底の凶悪なモンスターだからだ。
「あたし、夢でも、見てるの……?」
汗だくで呟くのは、司祭の女。
今だ意識を取り戻さない仲間にヒールを掛け続けながらも戦況を見続けた。
この場に来る前は、いや、直前まで単なる農村などあっさりと蹂躙できると踏んでいた。
それは彼女だけでなく、この場に踏み込んだ全員がそれを疑いもしなかった。
すでに18名中、半数の9名が返り討ちに遭った。
その内一人は、ノーザン、カイエンに次ぐ3番手のナックも含まれている。
「この、ままじゃ……。」
“ノーザンの逆鱗に触れる”
震えあがりながらも、冷静に周囲を見渡す。
残るは、村の外で怒声を上げるカイエンと、座り込んで怯える最弱のルミ。
正面の護衛隊の男たちとセイルと戦う狂戦士と剣闘士、軽業師。
アロンの妻と妹と向かい合う、銀騎士と大剣戦士。
そして仲間を回復させる司祭と、“アイアンゴーレム” を召喚させて司祭と自身、倒れる仲間を守る従魔師。
「ぐあああああっ!!」
“まだ挽回は出来るはず”
司祭の女がそう思った矢先、剣闘士と軽業師の2人が倒れた。
残る狂戦士が辛うじて2人の護衛隊の攻撃を捌いているが、そこにセイルも混ざり攻撃を繰り広げているから時間の問題だろう。
「く、そぉ! いけぇ、アイアンゴーレム!」
「ちょっと!?」
守りに徹していたアイアンゴーレムを仕掛ける従魔師の男に、非難の声を上げた。
―― この男は、この世界ではSPが低いために同時召喚がほぼ不可能。
虎の子のアイアンゴーレムをけしかけ、倒されでもしたらそれこそ終わりだ。
その時。
「これはッ! どういう事だぁあああ!!?」
戦場を凍りつかせる怒声が響いた。
「あ、ああああ……。」
“恐れていたことが、現実に”
司祭の後方、村の入口手前。
そこに憤怒を宿し仁王立ちする男は、敵にも味方にも容赦しない人格破綻者。
帝国軍最高戦力、“輝天八将”
その中でも “帝国最強” と呼び名の高い “黒鎧将” レイザーと双璧をなす、恐ろしい男。
“魔戦将” ノーザンが、ついにその姿を現した。
次回、3月8日(土)掲載予定です。