第6章 閑話 元凶の名
本編の裏、水面下の話です。
「5-11 狙い通り」で捕えられた神様と、龍達との話となります。
アロンがサブリナとバーモンドの “殲滅” を成し遂げた、翌日。
帝国、覇国、そして聖国の国境界中心。
通称、“奇跡の谷”
その谷の上空に浮かぶ、浮遊島。
【ベルフェゴールの大迷宮】
ファントム・イシュバーンでも、現実世界イシュバーンでも共通して最も有名な大迷宮は、全部で120もの階層に別れている。
それぞれが、独立した亜空間。
それを為すのは、遥か古代に失われた技術。
その最下層の手前。
“119階層”
その部屋は、濃い紫水晶の床と壁に覆われ、その床と壁に刻まれた細い溝には光が伸びて幾何学模様を描き、見る者を圧倒する幻想的な空間を作り上げている。
その中央。
一際大きな紫水晶の塊が、一人の女性を捕らえる。
女性は一言で表すと、“白”
髪も、肌も、服も、瞳も。
全てが、白。
だからこそ、紫水晶の美しい紅と紫の光が映える。
「いい加減、白状したらどうです?」
捕らわれの女性の正面。
せり上がった紫水晶の椅子に腰を掛ける白髪の少年が呆れた口調で尋ねた。
その言葉に、女性はクスクスと笑う。
「栓無きことを。私は何も知らないわ?」
―― このやり取り、何度目か。
少年は、深い溜息を吐き出した。
「御立場を御理解いただけていないようですね、エンジェ様。私がその気になれば、貴女様の首を刎ねることくらい雑作もありませんよ?」
目を細め、ゆらりと立ち上がる。
白髪、金眼、紺のスーツ。
傍から見れば病弱な貴族令息。
しかし、その少年の右腕が『ズリュッ』と悍ましい音を立て、真っ白の、大きな黒い爪を宿した蜥蜴の腕に変貌しなければの話しだ。
しかし、その悍ましい姿とは裏腹に、捕らわれの女性――、世界の人々から “適正職業” を授ける “善神” こと、梯世神エンジェドラスは意に介さず笑う。
「覇龍。貴方こそ立場を理解していないようね。 私の首を刎ねれば、それこそすぐさま大神様達か、あの恐ろしい熾天使が殴り込んでくるわよ?」
これも何度目のやり取りか。
白髪の少年――、七龍の筆頭であり最弱の龍、“勤勉の覇龍” オルオ・ソラシーオグロウは「チッ」と舌打ちを鳴らした。
その様子が面白おかしくて堪らない、と言った様子のエンジェドラスは、更に言葉を紡ぐ。
「ああ、そうか。熾天使でなく、位階3位の座天使ですら貴方達は歯が立たなかったですね? これは失礼。貴方達、牙を抜かれた蜥蜴共の駆逐にわざわざミーア様の最高傑作である熾天使がやってくるなんて、そんな非道な事態にはなりませんよね。ああ、失礼、失礼。」
―― 挑発と侮辱。
だが、これに乗じて激高するなら、それこそ目の前の “性格の悪い” 善神の思うつぼだ。
だが、これもすでに何度目かの応酬だった。
オルオは、『ズリュッ』という音を再び立てて、右腕を戻した。
「……まぁ良いでしょう。ですが、その強がりも今日までです。」
戻した右腕の手首をグニグニと触れながら静かに伝えるオルオに、エンジェドラスは首を傾げた。
「どういう意味かしら?」
「……お気付きで無いのですね?」
先ほどの挑発と侮辱の意趣返し。
そうだと分かりつつも、エンジェドラスは敢えて乗る。
「そうねぇ。神の力を封じられた状態じゃあ何も気付きようが無いわ? 相変わらず性格が悪い子ね、オルオは。」
さらに神経を逆なでしようと皮肉を紡ぐ。
その時。
「あら、いやだぁ。元気じゃないの~? エンジェ様ぁ。」
野太い声をわざと甲高くした、女言葉。
その声で、エンジェドラスはあからさまに眉間に皺を寄せて「ゲッ」と漏らした。
その声の主は、胸元がパックリと開いた黒スーツに、赤シャツ。
開いた胸元からは渦巻く胸毛が惜しげも無く主張するその主の顔には、白粉と口紅がふんだんに塗りたくられている。
長く輝く青髪を揺らす長身の女――、いや、男。
ウェスリク聖国、海の中の宮殿。
【レヴァイタンの大迷宮】の守護者。
“寛容の聖龍” リース・セインティス
「リース、久しぶりね。貴方が私をこのカビ臭い場所へ放り込んだ以来かしら?」
嫌味で答えるエンジェドラスに、「んまっ!」と口を両手で塞いで驚くリース。
「やだやだぁ! オルオちゃんの渾身の造形空間を指してカビ臭いだなんて、意味分かんなぁい! あっちの世界で引きこもっていたカビ女が自分の事を棚上げして言うなんて、ウッケル~~!」
エンジェドラスにとっての天敵。
この気色悪い男の言葉は、苛立ちしか覚えない。
感情に委ね、激高しようとした、その時。
「リース、言い過ぎじゃ。この方は神の一柱じゃぞ?」
甲高い幼声が、リースを諫めた。
「あんら~。おひさー、アマツちゃん!」
顔を綻ばせリースは、声の方へと振り向く。
そこにはリースの腰部分にも満たない背丈。
ボブカットの金髪に、銀縁眼鏡。
神官着に身を包む、目つきの悪い幼女。
イースタリ帝国、最東の岸壁にこじ開けられた “死霊の腸” と呼ばれる死地。
【サタニーシャの大迷宮】の守護者。
“慈悲の光龍” アマツ・ライトカータ
「アマツ……。よくこんな場所まで来られたわね? あの魔王は大丈夫なの?」
苦々しく伝えるエンジェドラスの正面に立ち、アマツはそのまま膝を着いた。
「お久しゅう、エンジェドラス様。……儂の主、憤怒の魔王は停滞期ゆえに問題はございませぬ。むしろ、この機を逃せば二度と訪れませぬからの……。」
丁寧に伝え、ゆっくりと立ち上がる。
無表情で固まっていた口角が、グニッと上がった。
「あの三大神を穿つ機会など、のぉ。」
「あら、怖い。」
“やはり、復讐する気か”
引き攣る表情を見せるが、内心、エンジェドラスは歓喜に満ち溢れている。
―― 予想通り、龍達は事を構える気なのだから。
「……待たせ、たな。」
次に響くは、リース以上の野太い声。
影からヌッと現れたのは、身長4メートルを超える筋肉隆々の大きな丸男。
上半身は裸、そして草木を繋いだだけのようなパンツを纏う原始的な姿。
しかし、目元を隠すボサボサの赤髪を蓄える頭は、人間のそれと大きさが変わらない。
その小頭大男を目の当たりにしたエンジェドラスは、さらに「うわっ」と声を漏らした。
「生粋の引き籠り、冥龍まで出てくるなんてねー。外は雪かしら? 槍かしら?」
「……エンジェ様に、言われる、筋合いは、無い。」
サウシード覇国、不毛の砂漠地帯の中心部。
【マモンの大迷宮】の守護者。
“救恤の冥龍” ストア・アングラザッバ
「揃いましたね。」
ストアを見上げ、オルオは満足げに頷いた。
「あらら~。オルオちゃん。闇龍君と天龍さん、それに邪龍さんがいらしていないわよぉ?」
当たりをキョロキョロと見回し、首を傾げるリース。
ああ、とオルトは呟く。
「クラウとザインには、大神共と天使共の動きを監視してもらっています。」
「……マガロ、は?」
「マガロは、『果たさなければならない義理がある』との事で、今日は欠席です。」
その言葉に、全員が驚愕する。
「果たさなければならない義理、じゃと……? まさか人間と何か約束でもしたのか、あの娘は?」
“あり得ない” と思いつつも、アマツが首を傾げた。
「……ミーアの、目が、ある。あの森以外、マガロは、動ける、はずが、無い。」
たどたどしく呟くストアの言葉が、全てを物語っている。
―― 2万年前。
龍が与した勢力は神々の勢力との争いに敗れ、当時、龍やその配下を率いた最強の龍であるマガロ・デステーアは、その力の大半を大神達に奪われてしまい、表向きの活動範囲も、住処である “邪龍の森” の一区画に制限されてしまっているはずだ。
そして、暁陽大神ミーアレティーアファッシュに屈服した証拠として、毎日欠かさず、懺悔と祈りを捧げるという屈辱を繰り返している、はずだ。
それに、オルオは答える。
「聞いた限り、相手は超越者――、だが、元はこの世界の人間らしい。」
その言葉で、リースは「ああ」と声を漏らした。
「噂のアロンちゃんね♪」
「「アロン?」」
「……エンジェ様が、御詳しいと思うのですが?」
リースは何やら知っている模様。
疑問を呈するアマツとストアに対し、オルオはエンジェを顎で指し示した。
しかし、エンジェはただ笑うだけ。
「ふふっ。もちろんその子の事は知っているわ? だけど、扱いは他の超越者と同じ。別に特別扱いしているわけではないし、私が何か仕込んだわけではない。詳しいはずなんて無いじゃない。」
―― もちろん、方便である。
エンジェドラス自身、アロンに大きな期待を寄せている。
わざと捕らえられたエンジェドラスの目的は、自身の期待に対して龍たちがどこまで手の平で踊ってくれるか、という一点だ。
「……こちらとしてはどうでも良い。貴女には、私が問うことに正直に答えてくだされば良いのですから。」
それを察したのか察していないのか。
オルオは、薄く笑い伝えた。
「黙秘権はあるのかしら?」
茶化すように嗤うエンジェドラス。
オルオは、チラリとアマツを見た。
「構いませんぞ、エンジェ様。じゃが……。儂の秘術を前にして、神とて黙秘を貫くことは果たして出来るのじゃろうか?」
相変わらず無表情のアマツは、徐に右手を掲げた。
すると、『コゥッ』と強い光を放ち、その右手には金で出来た天秤が掴まれていた。
「…… 天空人の神器、“真偽の秤” か。また懐かしい物を、って、アマツ。それ、ルール違反じゃない? しかも秘術って、あんたの術でも何でもないじゃない。」
「儂なりの戯れですじゃ。さぁ、オルオ。問うのじゃ。」
戯れ、と言うが無表情。
反面、余裕の笑みを浮かべるエンジェドラスは内心、非常に焦っていた。
(じょ、冗談じゃない! なんで天空人の神器がこの世界に残っているのよ!? 戦争で全部壊して、壊せない物はあの世界に投げ込んだはずじゃない! ……って、マズイ!)
その焦りは、ある可能性を示唆した。
(アロン君のグロリアスグロウと共鳴でもしたら、大惨事じゃない! 不味い、不味いわよ、アモシュラッテ!)
ある程度の予想を立て、全て掌の上だと高を括ってきたエンジェドラスだが、まさかの “神器” の登場に混乱した。
しかし、それでも神だ。
すぐさま精神を落ち着かせ、オルオの問いとやらに備える。
「では。エンジェ様。最初の質問は、コレです。」
その落ち着きを嘲笑うかのような質問。
オルオが指し示したのは、“真偽の秤” だった。
「貴女様もご存知の超越者アロンは、マガロ曰く “グロリアスグロウを持ち込んでいる” とのことですが、コレと共鳴することで封印が解けると推測されます。―― 貴女様がどこまで想定し、関わっているか定かではありませんが、全て三大神への謀反と捉えます。それは貴女様の御考えですか? それとも、アモシュラッテ様の御考えですか?」
ゆらり、と天秤が動く。
ジトリと汗ばむ額。
「……私じゃ、無いわよ。」
「では、アモシュラッテ様が?」
「…………。」
天秤は、ゆらゆらと動く。
―― 無知、そして真実には反応を示さない。
ただし、知る事への偽証、欺瞞は大きく揺れ動く。
例え、心の中でも。
それが “真偽の秤”
―― それは、神でも抗えない。
何故なら。
天空人が生み出した、神を超越する神器だから。
「お答えを。」
「……アモスでも、無いわ。」
天秤は、動かない。
つまり、“真” だ。
ふっ、と微笑むオルオ。
半ば、確信して問う。
「……それは、“アジュルードスクロア様” の御考えですか?」
目を見開き。
息を飲む。
身体は震え。
汗が滲む。
天秤は、ゆらゆらと、大きく動く。
―― 心が、“否定したい” とざわめいている証拠だ。
「……なるほど。それが、謀反の理由ですか。」
「貴様ッ!!」
焦るエンジェドラス。
―― “真偽の秤” があると知っていれば、むざむざ捕まるわけが無かった。
これも全て、“龍を大神にけしかける” という壮大な計画の一歩であり、狡智神アモシュラッテの作戦だったからだ。
しかし、“真偽の秤” が、天空人の神器がこの世界に残っているとなると話がガラリと変わってしまう。
―― いや、変わってしまった。
梯世神エンジェドラスの、目的。
それは、この世界の茶番を主導している物――、この世界を我が物顔にして弄り回している三大神、その中の “首謀者” を討つためだ。
そのために、龍が動くことが絶対条件。
むしろ、龍共はそのために虎視眈々と時期を見据えていた、はずだ。
だからこそ、アモシュラッテとエンジェドラスが生み出した機会に加え、龍を少しかき回せば、彼らは死地へと赴くはず、だった。
それが、暗礁に乗り上げた。
“危険だ”
アモシュラッテ同様、動くことで多少のリスクを背負う事は覚悟していたが、想定以上の想定外を前に、後悔するばかりだ。
―― どういう結果であろうと、あらゆる欺瞞を注ぎ込んだ世界の仕組みを、“システム” の全てを、ここで把握されるわけにはいかないのだ。
「さて、次の質問です。マガロの話から推論すると、この世界は一度、“巻き戻されている” という事になります。そのような大秘術を扱える存在、またはエネルギーがこの世界に存在しているとは考えにくい。それが例え、アジュルードスクロア様であっても不可能なはずです。……ですが、この矛盾を解消した手法が向こうの世界にあった、という事ですね?」
考えが纏まらないまま、次の質問が投げかけられた。
が。
「知らないわ。」
―― “真偽の秤” は、動かない。
その事は、本当に知らない。
原初の大神 “アジュルードスクロア” が関わっている事は間違いないのだが、どのように時を戻したのかまでは、エンジェドラスにすら把握出来ていない。
―― アモシュラッテは知っているだろうが、聞かされていない。
だから、聞かれても “真偽の秤” は動くはずもない。
これは、オルオの質問が悪い。
だが。
「天空人の力を酷使すれば、可能と考えられませんか?」
「――ッ!!!」
“真偽の秤” が、思い切り傾いた。
「なるほど。心は否定するが、その可能性が最も高いとエンジェ様も御考えのようじゃの?」
秤を掲げ、目を細めるアマツ。
同じく、アマツよりも遥かに巨体を誇るストアも頷いた。
「…… 神の、なり損ない。だからこそ、足掻き、藻掻き、得た力は、理を歪めた。それを、“黄昏の大地” へ、全て、投棄した。その大地に、押し込まれた、アジュル様が、自らを嵌めた、天空人の業を、利用するとは、思えないが、ミーアたちを、欺くに、あり得る、か。」
たどたどしく告げるストアの言葉に、エンジェドラスは歯を食いしばった。
「私は知らないわよ。何も知らない。アジュル様とも関係は無いし、そもそも出会っても居ないわ?」
「…… “真”、じゃの。」
“真偽の秤” を眺め、アマツは平坦に告げる。
その様子に、リースが首を傾げる。
「妙ねぇ~~。どう見ても、状況証拠からエンジェ様はアタシ達をあの糞面倒臭い三大神へ嗾けようって魂胆丸見えなのにぃ~? 肝心な部分や動機が見えてこないのは~?」
…… 首を傾げたまま、ギロリと睨む。
「アタシ達をぉ、裏切った尻軽女は今度は誰に尻尾を振っているのかしらぁ? 一体、エンジェ様は誰の味方で、誰の敵なのかしらん?」
「さぁね。」
―― “敵” は、ただ一人だ。
ずっと、意味の分からない茶番のために、異世界人の魂を選定してはこの世界に送り込むという役目を繰り返してきた。
それを原初に命じたあの女こそ、エンジェドラスに取って大敵だ。
捕らわれ、封じられたアジュルードスクロアも。
投棄された神器も。
皆殺しにされた天空人も。
本当の主を失い、偽りの主を擦り付けられた龍共も。
―― 関係ない。
ただ、一つ。
“神” として。
私怨一つで、彼女は動いているのだ。
―― そのための味方は、一人も居ない。
“駒” さえあれば、良い。
「そうか、アモシュラッテ様か。」
エンジェドラスの表情を絶えず眺めていたオルオが、ぽつりと呟いた。
「エンジェ様とぉ、繋がっているのは確かだろうけど。あの道化が、そんな大それたことするかしら?」
“神” の中の最弱。
“神位” は最も低く、それこそ今の邪龍にすら歯が立たないほど弱々しい神。
―― あの手この手で、三大神に取り入った姑息な男だ。
「だからこそだ。ああ見えても義理堅い方だ。三大神に尻尾を振りつつも、虎視眈々とアジュル様の復活を画策しているのではないか? それとも……もっと別の何かを狙っているのか。」
オルオは静かに呟く。
そして、エンジェドラスを再度見据えた。
「最後の質問です、エンジェ様。」
「どうぞ?」
「超越者をこの世界に送り込んだ後の残骸は、天空人の器、ですか?」
その質問に、エンジェドラスは目を見開く。
どこから、その発想が生まれたのか!?
どこから、その結論に達したのか!?
「ば、馬鹿じゃないの!? 何を言って――」
「“偽” じゃな。即ち事実。」
大きく傾く、“真偽の秤” を横目で見ながらアマツは満足そうに笑った。
「……やはり、そういう、カラクリ、か。」
ストアの隠された瞳も、ギラリと輝く。
「戦争を、また引き起こすつもりなのねぇ~!?」
凶悪な笑みを浮かべ、リースが叫ぶ。
「つまり、狙いは “殲滅”か。」
オルオは捕らわれのエンジェドラスに近づき、その白い長髪を掴んだ。
「三大神も、龍も、超越者も、世界中の生命も。全て奪おうって魂胆か。」
「ち、違……!!」
『ズガンッ』
「「「!!?」」」
突如響く、轟音。
紫水晶の天井が打ち破られ、巻き起こる埃と煙の向こうから、赤白く伸びる光の塊。
それは、翼だった。
―― 四枚の、光り輝く翼だった。
「ひっ!?」
「まさか!!」
アマツ、そしてリースは臨戦態勢を取る。
……が。
「蜥蜴が。このような穴倉でコソコソと神を嬲るなど。あの時にお赦しになられた大神様たちの慈悲を何と心得る。」
視線は、外していなかった。
だが、臨戦態勢を取るアマツとリースの背後から響く、若い男の声。
目にも止まらぬ速さで、あっさりと背後を取られた。
ガタガタ、と汗を吹き出し震える二人。
それはアマツとリースだけでなく、ストアも、巨体を震わせ拳を握った。
「…… 智天使。」
最強のモンスター種族 “天使系”
位階2位 智天使であった。
「……これは、御機嫌よう。ケルビム。エンジェ様を迎えに来られたのかな?」
冷静に、丁寧に紡ぐオルオ。
だが、内心は焦っている。
―― 龍の集いが、三大神にバレた。
だからこそ送り込まれたのが、この天使だろう。
天使系の上位。
位階1位、熾天使
2位、智天使
そして3位、座天使
―― この3体は、龍よりも遥かに強い。
もし現れたのが座天使ならば、この場に居る4体の龍が全力を出せば1~2体の犠牲は出るかもしれないが撃退は出来ただろう。
だが、ケルビムはダメだ。
7体の龍が一丸となって襲撃して、何とか撃退が出来るかどうかの相手だからだ。
―― 熾天使に比べればまだ絶望的ではない。
それでも、全滅は必至。
“大神が生み出し、大神すら凌駕する戦闘兵器”
その一つが、ケルビムなのだ。
「くくくくくくく。」
赤白の輝く四枚の翼を折りたたみ、金と黒であしらった鎧をガチャリと音を立てて腕を組むケルビムが、厭らしく嗤う。
同時、4体の龍は人の身体から悍ましいオーラを迸らせ、その姿を “龍” に変えようとした、その時。
「まぁ、待て。」
ケルビムは手を挙げて、制止させた。
「…… 話しに応じる気が無いくせに、何故止める?」
苦々しく伝えるオルオに、ケルビムはさらに笑みを零した。
「私は無益な殺生は好まん。」
「どーの口が言うのかしらぁ!?」
顔の半分がすでに龍の鱗に覆われているリースは、わざとらしい甲高い声でなく、野太い地の声で叫ぶ。
“油断させて背後から刺す”
それが、天使たちの常套手段なのだから。
しかし、ケルビムは動かない。
「それに、私がここに来た理由も伝えてないだろう。……それは、そちらの方からお伝えすべきことだがな。」
徐に、打ち砕いた天井側へと目線を飛ばす。
―― 油断させる口実の可能性が高いため、全員がそちらを振り向くわけにはいかない。
代表して、オルオが振り向く。
「なっ……に!?」
驚きの余り、冷静沈着のオルオであっても声を張り上げた。
「ど、どういう事!?」
オルオと共に顔を向けたエンジェドラスも、驚愕に目を見開くのであった。
そして、そこに居た人物の名を、張り上げた。
「どういう事なのよっ! アモス!!」
それは、白の長身の男。
「やぁ、エンジェ。君がピンチだと思って助っ人と一緒に助けに来たよ♪」
空気のように、軽い一言。
狡智神アモシュラッテであった。
「どうして!? 何で貴方がケルビムと一緒に!?」
エンジェドラスは大いに焦る。
―― そもそも、これは彼女自身の “復讐” も含まれた、三大神の謀反に対しての行動と、アモシュラッテによる “アジュルードスクロア” の復活という理外が一致したからこそ、相容れぬ者同士が遥か昔に手を組んだことが起因している。
そこに、大神の尖兵たるケルビムが共に居るとなると――。
アモシュラッテは、裏切った。
―― かつて、龍と龍が率いる大軍が匿われている箇所を、大神に告げた、裏切った自分のように。
「ふふふふふ。」
厭らしく嗤う、アモシュラッテ。
その表情を見て、絶望に染まるエンジェドラスだった。
―― だが。
「君がここに入ってくれたおかげで、僕もケルビム君も入れたんだ。ご苦労様、エンジェ。」
「な、に?」
「……気付かなかったの? アロン君を送った時に、君にマーキングをしたんだけどな? とっくに気付いていると思っていたんだけど!」
両手を広げ、馬鹿にするように告げる。
「どういうつもりですか、アモス様?」
意味がわからず、今だ臨戦態勢を取るオルオが苦々しく尋ねた。
「やぁ、オルオ君。ようやく、だよ。」
「……何がですか?」
さらに、両手を広げる。
恍惚とした表情のアモシュラッテは、響く声で紡いだ。
「あのイカれた糞女狐共に一矢報いる日が近いということだよ!」
その宣言に、全員が度肝を抜かれた。
まさか、最も三大神の覚えの良い男神の言葉とは思えなかったからだ。
「君たちも、その気があるからエンジェを捕らえ、この場でコソコソと探り合っていたんだろ? マガロちゃんにこの前会ったけど、彼女はやる気満々だったよー! ようやく、アロン君という駒が動き始めてくれたんだ! 僕たちも、それぞれが腹を探り合う時期を越えて手を取り合う日が来たんだ!」
「……信じられ、ない。」
感情の乏しいストアですら、その声には呆れが含まれていた。
「……ちょっとアモス。ケルビムは、どういう事よ?」
“大神の尖兵”
それは、当のケルビムから語られる。
「決まっているだろう。子は、親を乗り越えるものだ。それがたまたま大神であろうとな。」
―― まさかの、謀反の言葉。
「ど、どういうことなのよぉ!?」
「何故、天使が大神を裏切るのじゃ!?」
「決まっている。同胞の仇だからだ。」
さらに、驚愕。
何故それを、天使が知っているのか?
「まさか、アモス……貴方!?」
「僕じゃないよ?」
非難の声を上げるエンジェドラスに、アモスはすぐさま否定をした。
「じゃあ、誰が!?」
「熾天使に決まっているじゃないか。」
その名に、硬直するエンジェドラスだった。
「え……。セラフが、どうして?」
「彼女は傍観者。だが、その言葉は真実。ならば私は己が正義の為すまま動くのみだ。」
驚愕、そして困惑。
それはエンジェドラスだけでなく、龍たちも一緒だ。
「その鍵となるのが、アモシュラッテ殿とエンジェドラス殿がこの現世に復活させた魂、アロンという者。セラフから語られた真実に、アモシュラッテ殿から語られた真実。全て、合点いった。……龍共と馴れ合うつもりは無いが、目指す先は同じであるなら共闘を取るべきと結論に至った。」
淡々と語るケルビムは、そのままエンジェドラスの前に歩みを寄せ、腕を振りかぶる。
『ゴシャッ』
軽く殴ると、エンジェドラスを捕らえていた紫水晶の塊は粉々となり、あっさりとその身が自由になった。
「目指す先は、同じ……それがどういう意味か、理解した上で言っているのですよね?」
疑心の目。
睨む視線の先には、アモシュラッテ、エンジェドラスに、ケルビム。
―― 神位は低いとは言え、神。
そして、神すら超える位階2位の天使。
「もっちろん♩ ね、ケルビム。」
「ええ。もちろんです。」
ケルビムが同意したのを確認し、アモシュラッテは再び両手を広げた。
「さぁ、太古の昔にいざこざ起こした敵同士の僕たちが手を取り合い、この世界を本来の形と理に戻し、未来を取り戻そう! そのために何を為すべきか!? 決まっている! “奴” だ! 奴を殺すぞ! 三大神を、いや、文字通り女狐を!」
告げるは、全ての “首謀者”
狙うは、その首。
「瞬星大神サティースジュゼッテを!! 全ての元凶を、討ち取ろう!!」
次回、2月22日(土)掲載予定です。
…… 猫の日!