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6-11 命乞い

【注意1】

前回(6-10)と連続掲載です。

先にそちらから御覧ください。


【注意2】

今回、前半部分にサブリナとバーモンドの前世について触れています。

もしかすると非常に嫌悪感を抱かれる方、生理的に受け付けられないという方もいらっしゃるかもしれません。


当ストーリーは、フィクションです。

実在する団体や個人等とは全く無関係ですので、そのことを念頭に御覧いただきますようお願いいたします。

もしダメな場合は、3分の1当たりから本編となりますのでそちらから御覧いただければと思います。


※転生者の背景は裏話的な内容となりますので、読み飛ばしても本編には余り影響はありません。ただ "あえて書いている" ので、作者的にはそちらも注目していただけると嬉しく思います。



サブリナは、前世から歪んでいた。


その要因は様々。

アルコール中毒の父と淫売の母から日常的に受けていた暴力、保護された施設でのいじめ、里子として引き取られた先から受けた性的虐待。


彼女を歪めた外的要因は多く存在していた。

さらに問題があるとしたら、その境遇を受け入れ順応してしまった事だ。


“死ね”

“皆、死ね”

“全部、死ね”


力なき者は淘汰され。

力ある者は、より力ある者に淘汰される。


ならば、どうすれば良いか?

―― より多くの力を手にすれば良い。


力、それは、金だ。



サブリナが進んだ道は、非合法の売春婦。


科学と文明の発達した世界でも、所謂性的なサービス業は存在した。

しかし、行為に及ぶのは違法。

そういうのを求めるとなると、半分は裏社会に突っ込んだような非合法サービスを利用するしかなかった。


そこで彼女はそれなりに名の通る女となった。

相手は、とにかく金を持っている者。


大手企業の役員。

政治家。

裏社会の重役。

中には、本来取り締まる側の公安の幹部なども。


金のある奴は、搾れるだけ搾る。

金のない奴は、脅して用意させる。


裏社会と密接な繋がりのあったサブリナにとって、あらゆる闇に順応してしまった彼女にとって、それは容易な事だった。



そこで得た金の大半は、趣味に費やした。

中でも最も金を遣ったのは、世界中に愛好家の居るVRMMO、ファントム・イシュバーンというゲームだった。


脳内シナプスと繋いで、仮想現実にフルダイブする感覚。

腐っている現実世界とは異なる、自分を曝け出せるファンタジーワールド。



だが、そこでもサブリナは、サブリナだった。



金の力で強くしたキャラクターは、他者を圧倒する。


むしろ、弱い連中には腹が立つ。

力の無い奴が、嫌いだ。


“そういう連中を罵って、何が悪い?”


数多のプレイヤーが離れていく中 “サブリナは強い” という理由のみで在籍を許したギルド、“満天星”(ドウダンツツジ)


そこで、バーモンドと出会った。


吐き出す言葉の軽い、ふざけた男。

彼もまた難儀な性格で周囲から煙たがられていたのだった。


だが、異様に馬が合った。


どんな暴言を吐いても笑って受け流してくれる。

いつもサブリナの傍に居てくれる。


いつしか、現実世界と仮想世界の区別がつかなくなってきたサブリナは、自然とバーモンドに依存するようになった。


むしろ、バーモンド以外の有象無象など目障りだ。


そこで彼と共に編み出したのが、後に “サブリナ戦法” と恐れられる連携技であった。

以降、サブリナには【メテオボマー】、ヒット・アンド・アウェイを繰り返して危険があればすぐディメンション・ムーブで逃げるバーモンドには【チキン野郎】という蔑称が付いたが、些細なことだった。


楽しかった。

愉快だった。


“生きている!”


VRゲームの中毒性。

日常的に摂取する違法ドラッグ。

そして、先を顧みない危険な裏の職業。


生を実感するとは裏腹に、彼女自身の身体は蝕まれていった。



―― だが、突然終わりが近づいた。


脅した客の一人が用意した多額の金。

それは、勤務する会社の金を横領したものだと発覚したのだ。


そいつもクズだった。

難病に侵された息子とそれを献身に支える妻を見捨て、キャバクラやギャンブル、さらには裏の売春や違法ドラッグなどにも手を染める人間のクズだった。


だが、とても気弱で脅し甲斐があった。

“利子” もたっぷりと色を付けて払ったので、気前が良い男だと気に入った。


しかし、気付いたら裏から手が回っていたのだ。


捕まったそのクズ男は、金の使い道を洗いざらい吐いたのだろう。“重要参考人” として、サブリナの名も挙がったのだと、耳にした。


『そんな金だったとは知らなかった』

などと、逃げる事は出来ない。


サブリナは裏世界の売春婦。

しかも、暴力や脅迫などの行為も平然と繰り返していたし、余った金で違法ドラッグにまで手を出した、歴とした犯罪者だ。


捕まるのは、時間の問題。

なら、最期くらいは “生” を実感させてくれるファントム・イシュバーンで事切れよう。


大量のドラッグを摂取したサブリナは、いつものようにファントム・イシュバーンへとログインをした。

プレイ中のどこかで意識を失い、そのまま命が潰えれば “生” を実感しながら幸福の内に生涯を終えられると考えたからだ。



いつものようにバーモンドと会い、何かを告げようとする彼を無視して、いつものようにはしゃぎながら暴言を紡いでいた矢先 ――



―― 白い女が、声を掛けてきた。





前世。

バーモンドは、医薬品開発メーカーの研究員だった。


科学が発展した社会でも、病魔はある。

外科手術はAIを搭載したロボットのサポートで行い、診察や検査も基本はロボットと、医療の大半はテクノロジーが解決をしていた。


しかし治療で扱う薬品開発、特に臨床試験や治験は別だ。


毎年流行する伝染病。

抗生物質を生み出しても、しばらくすると耐性菌が現れ、その菌に対抗する抗生物質を開発するといったイタチゴッコはどんなに文明社会が進んでも、相変わらずだった。


バーモンドは製薬を開発する傍ら、ある “裏のビジネス” にも精力的だった。


一つは、違法ドラッグの製造、販売。


そこで得た金で、豪遊をする。

中でも、趣味として始めたファントム・イシュバーンに大金をつぎ込むほどどっぷりとはまり込んだのだった。


表向きは明るく誠実な好青年。

裏は、欲塗れの下衆。



そしてもう一つ。

特に彼が意欲的に取り組んだ事が、医者との裏取引。

開発途中でまだ臨床試験すら至っていない新薬の横流しだ。


病魔に苦しむ患者やその家族に言葉巧みに近づき、秘密厳守と莫大な金で新薬を譲り渡す。

さらに臨床試験前にデータを取得できる機会を生み出したとして、医者からも裏の報酬を貰う。


これは違法ドラッグの取引よりも遥かにリスクが少なく、何よりも関わった全員がWin-Winの関係を築けると、彼の中では “善行” だとさえ考えていたほどだ。


その中でバーモンドが最も興奮したのは、難病に侵された子どもを献身的に介護する、若く美しい母親との取引であった。


母親の夫は、蒸発。

金は無い。


そこでバーモンドが提案したのは、一夜の関係だった。


どうせ新薬は、会社からくすねたもの。

本来は莫大な資産を持ち秘密を守れると信用に足る人物を相手にするのだが、それ以上にとても魅力的な女性。上手く取り入り、躊躇する彼女に『息子さんのためだ』と囁き、なし崩し的に和姦した。


一度抱けば歯止めが利かない。

アレコレ理由を付け、何度も何度も彼女を抱いたのだった。


…… 彼女が献身的に介護する少年には興味はない。

だが、“良いお兄さん” を演じる都合上、少年の誕生日にVRゲーム機とファントム・イシュバーンのダウンロードIDをプレゼントするなど、多少面倒臭い事もあった。


『強くなったら、お兄さんとも一緒に遊びたい!』


無邪気に喜ぶ少年と、その母親。

そんな気は毛頭にないが、笑みを零して了承した。

“懐柔策” は抜かりなく、彼女との淫らな関係も継続だと、心の中で喝采した。



―― だが、ある日を境に状況が一変した。


当初、新薬は効果があったかに見えた。

しかし度重なる投薬で徐々に効き目が薄まり、逆に副作用の症状が酷くなった。


そして、恐れていたことが起きる。


少年の容態は悪化し、藻掻き苦しみながら急死してしまったのだ。



取り乱す、母親。


“あの薬が。自分が。息子を殺してしまった” と気が狂ってしまったのだ。



―― こうした場合、カルテを捏造して病死扱いになる手筈だった。


だが取り乱した母親の言葉が、事の真相を全て明らかにしてしまったのだ。



公安による事件介入。

もはや、バーモンドの悪事が全て白日の下に晒されるのは時間の問題だった。



“もはや、ここまでか”


最後にせめても、と。

ファントム・イシュバーンでコンビを組み、仮想恋人と呼べる関係にまで発展していた女性プレイヤー、“サブリナ” へ別れを告げようとした。


だが、何か様子の可笑しいサブリナ。

いつも暴言と奇行で変な相手ではあるが、この日はより一層可笑しかった。


呂律が回っていない。

だが、嬉々として吐き出すのはいつもの暴言。


“今日が最後だと言うのに”


呆れるバーモンドと、やけに興奮しているサブリナの前に――



―― 白い女が、声を掛けてきた。





憧れた、ファントム・イシュバーンの世界への転生。


“白の女神” 曰く、


『君たちは仲良しだから同じタイミングでの転生となるよう、()に掛け合ってあげるね。』


その言葉は、更に大きな希望となった。



転生してから12年。

“適正職業の儀” で判明する、“魔聖” と “神医”


―― 超越者。それも、遥か上位者。


田舎の農村に生を受けたバーモンドは、大公爵の一角、“灼熱のフォルテ” に養子として迎え入れられ、覇都近くの町で生を受けたサブリナは、同じく大公爵 “大地のエンザース” に養子として迎え入れられたのだ。


そうして出会う、貴族となった二人。

喜びを分かち合い、まだ12歳を過ぎたばかりというのに身体を重ねる二人。



考えることは、同じだった。



『このゲームの世界も、目一杯楽しもう!』



せっかく、強大な力を手にしたのだ。

前世で受けた苦しみを忘れるくらい、今世を謳歌しよう。


そのためには “力” がいる。


金はある。

ならば、純粋な力―― レベル。


その糧となるのはモンスターもいるが、手っ取り早いのは戦場に立ち、敵兵だろうと何だろうと大量に殺すことだ。


転生者以外は、所詮、NPC(モブ)

殺しても、どこからともなく復活(リポップ)する存在。


それなら全く問題が無い。


丁度、二人には素晴らしい連携技がある。

極限リアルなこの世界なら、“サブリナ戦法” は破られるはずもない。


万が一、失敗しても大丈夫。

死なない身体だから。



こうして、イシュバーンの世界に狂った快楽殺人鬼たち(お似合いのカップル)が誕生したのであった。



ところが ―――






死ね(・・)。」



剣を高く掲げたアロンが、無情に言い放った。


“永劫の死”


それは、デスワープを封じる確定死の恐ろしい書物スキル。

即ち、転生者の特典である死に戻りによる “不死” が無効化されるという事だ。


そのことに気付いたサブリナとバーモンドは、全身から流れる血や激痛などお構いなしに、涙を流しながら必死に命を乞う。


「や、やめてくれぇアロン! いや、アロン様ッ! 頼むッ、頼む! どうか見逃してくれぇ! も、もう二度とアンタとは敵対しない! 絶対に、絶対にだ! 何なら、アンタの下についても構わない!」


「お願いッ! お願いします! ア、アタシは貴方様に服従します! 召使いでも何でも良いので! お願い、アロン、様ァ!」


命乞いの言葉に、アロンはピタリと振り下ろそうとする剣を止めた。

それを契機と、二人は直感する。


“話せばわかる”

“隙がある”


“甘い男だ”


前世、裏社会と深く関わりのあった二人はそう認識した。このまま媚びてへつらい詫び続ければ懐柔出来ると、そう踏んだ。


だが。



「それで?」



冷たく言い放つアロン。


無機質な黒銀の全身鎧から発する冷めた言葉、逆光により深い影を落とし込むその姿から、悍ましい悪鬼を目の前にしているような錯覚を覚える。


“まずい!”


まだアロンの懐柔には至っていない。

なら、ここで “生き残らせればメリットがある” という事を必死で告げるべきだ、と二人は判断した。


「だから、二度とアンタとは戦わない! むしろ、仲間になるッ! 覇国を捨てても、裏切っても構わない! ボ、ボクは帝国陣営に鞍替えする! なっ、な! 良い条件じゃないか! ディメンション・ムーブの使い手が、もう一人増えるんだぞ!? しかもボクは “神医” だ! そ、そう! フルキュアポーションも作れる! 素材は貴重だが……作れるんだ!」


「ア、アタシだってジョブマスターの “魔聖” だ、ですよ!? 知っているでしょ、魔聖の強さを! アタシも覇国捨てて帝国陣営に入る……入りますから! 都合の良い、アロン様の女にだってなるし、性奴隷でも構わない、です! こ、これでも身体にもテクにも自信あるし!」



必至で命乞いをする覇国軍最強の “五大傑” の中でも最強とも言える “流星紅姫” サブリナと、この戦場の総大将を担う同じ “五大傑” のバーモンドの口から吐き出されたのは、まさかの裏切り示唆だった。


アロン達の戦闘が始まり震えながらも呆然と見守り続けてきた覇国兵たちは、恐怖の権現でしかなかった二人の将から紡がれた命乞いと裏切りの言葉に、混乱、落胆、そして憤りを覚えた。



それは、帝国兵も同じだった。


いくら敵国――、悪神を崇拝する蛮族の国の者だろうと、“祖国のために命を賭けて戦場に立つ” というのがイシュバーンの戦争における常識だ。


“適正職業” が全人類共通の授かり物だという常識と同じく、“祖国は絶対に裏切ってはならない” というのも常識だ。


―― 一部、強欲な商人や祖国を追われた犯罪者やその家族が敵対国へ裏取引を申し出たり、亡命したりすることもあるが、基本的に “国境跨ぎ” を実行することはどの国でも重罪とされている。


それを、未遂であったとしても軍を率いる立場の者が口にしては、絶対にあってはならない。



ここは戦場だ。

大規模の敗北を期した場合、多くの兵が捕虜として捉えられてしまう。


その捕虜は、敵であろうと祖国を守るべき戦った勇者。

そんな彼らを救い出すため、首を差し出す事が軍を率いる者の役目であり、責任だ。


“命乞い” とは、自らの命で、多くの命を救う事を指す。

それこそ、戦場の常識。



しかし、その認識が低いのが “超越者” たちだ。


―― 尤も、本来なら敵対者に命乞いなどする存在では無い。

何故なら、死なぬ身体なのだから。



しかし、状況は違う。

アロンは、不死である超越者を殺す術を持っているのだから。




「そうか、国を捨ててまで生き延びたいと言うのだな?」


サブリナとバーモンドの命乞いを聞き、静かに言葉を漏らすアロン。その言葉に二人は引きつりつつも笑みを浮かべ、必死に首を縦に振る。


が。



「それで? 今までそのように命乞いした相手を見逃したことはあるか? 貴様等にそのような慈悲の心など、無かっただろう?」



その言葉で思い起こされる、転生後の残虐非道の限り。

それは、二人にとって日常茶飯事だ。


“サブリナ戦法” で辛うじて生き延び、“死にたくない” と喚く兵を、嬉々として剣で滅多刺しにしたことも、ディメンション・ムーブの瞬間移動の “出口” と称して若い女に暴力を振るい、その一生を台無しにしたことも。


多くの兵を生かすため、バーモンドに斬りかかってきた副大将を玩具に見立て、苦しませながら殺戮したし、出口の女は孫だから助けてくれ、と乞う老将の目の前でその女を蹴り殺したことも。



―― “慈悲” など、一欠けらも無い。



そのことを察したアロンから、殺意が溢れ出る。


「ひっ!」と思わず声を漏らしたサブリナが、失った両手、そして両脚にも関わらず這うようにしてアロンの足元へ動いた。


「ち、違い、ます! アロン様! この、この男が! この男の指示でッ、アタシは酷い事をさせられたのです! アタシは嫌だったんです、が! この男が、無理矢理!」


ギッ、とバーモンドを睨み、罪を擦り付けようと必死に縋る。

その言葉に、バーモンドは更に青褪めて「違う!」と叫んだ。


「アロン様! この女が全部悪い、悪いんだ! 戦場の兵たちをミーティアで虐殺しようと最初に提案したのは、この女なんだ! この女がッ、全部悪いんだ! 信じてくれぇ!」


腹に “魔神ノ鎌” が突き刺さり身動きの取れないバーモンドは、背を限界まで反り上げてサブリナを睨み、彼もまた必死でアロンに縋る。


その様子に、サブリナの表情は見る見ると憤怒に染まった。


「テ、テメェ!! 生き伸びたいからってアタシを売るんじゃねぇ! この糞ヤブ医者野郎!!」


同じように、バーモンドもまた怒りを露わにする。


「てめぇから売ったんじゃねぇか、この裏切者! 小汚ぇ売女のくせに、何がアロン様の女だ、性奴隷だ! 魂胆丸見えなんだよ、糞女!」


「ああああああああッ!? その糞女にメロメロなのがテメェじゃねぇかよ、この糞野郎! 男なら潔く散って、女のアタシを助けるってもんだろうがぁぁぁああ!!」


「誰が女だ、このキチガイめ! ミーティアで人をぶっ殺して喜ぶ発狂売女のくせに何が助けろだ、バァカ!」


「キチガイはテメェだろうが糞野郎! ミーティアぶっ放した後、死体見て悦に入っていた変態だろうがテメェはよぉぉ!」


「てめぇもだろうが! 知ってるぞ、色んな男を何人も抱いて、飽きたらソッコーでぶっ殺している事を! マジでキチガイの所業じゃねぇかよ!? 気持ち悪いんだよ!」


「テメェもだろうがぁぁあ! アタシが知らねぇとでも思ったのか!? 色んな女をボコボコにしながら犯してんだろ! アタシにもやったみたいに、なぁ! 糞変態野郎!」


「てめぇはそれで悦んでいたじゃねぇかよ! だいたい……」



「うるさい! 黙れ!!」



罵り合う二人に浴びせられる怒鳴り声。

その声の主へ、固唾を飲みこみゆっくりと顔を向けた。


―― 鉄仮面で表情は分からない。

だが、明らかに怒髪天とその雰囲気が物語っていた。



「……醜い。」



静まり返る戦場に、やけに響くアロンの声。



「貴様等は、恋人同士ではなかったのか?」



「ち、違うっ。こんな売女など……。」

「違いますアロン様ァ! アタシはもう身も心もアロン様に捧げ……。」



「もう、いい。」



『ドゴッ』



アロンは握る剣の腹で、サブリナとバーモンドの喉を打ち付けた。


うごぉ、おげぇ、と鈍い音が漏れる。



「もう、しゃべるな。貴様等の言葉など聞くに堪えない。そもそも貴様等を生かすつもりは無い。」



死の宣告。

アロンからの冷徹な一言に、声の出ない二人はくぐもった音を口から漏らし、必死で首を横に振る。


目から大量の涙。

気付いたら、股間から尿も漏れている。


“醜い”


アロンは、再び。

いや、今度は戦場で静まり返る兵たち全体に見せつけるように、大きく剣を振り上げた。


「貴様等が理不尽に殺害してきた人々に対する罪滅ぼしがあるなら、永劫、その罪を償わせるのだが……。生憎、“殲滅” 以外の手が無い。残念だがな。」


「うごっ、が……。ア゛、ロ゛……。」

「げ、ごがが……、ごろ、ざ、ない、で……。」


喉が潰れ、声が出なくとも必死に “生” にしがみ付こうとする。

醜く、そして哀れだ。



―― こんな超越者(害虫共)に殺されてしまった人々の無念を思えば、ひと思いに切り捨てるべきなのかもしれない。


だが、この瞬間こそ、アロンが “理想” とした場面だ。



自分(アロン)は、英雄にはなれない。


超越者(害虫共)を、追い詰め、暴力を尽くし、屈服させ、己の罪を改めさせ、そして――



残虐に切り捨てる。



御使いの天命を全うするために。

―― そのために、自分(アロン)は悪魔になる。



全ては、この世界から超越者(害虫共)の理不尽を払拭するためだ。



その決意を固め、【暴虐のアロン】は静まり返る戦場に響くよう、大声を張り上げた。



「貴様等は “礎” だ!! この世界を徒にかき乱す超越者共が今後どういう運命を辿るのか!? その目に、身体に! 全員、刻みこめ!!」



残り少ないSPで放てる、剣士のスキルを発動。

―― これ以上苦しませず、ひと思いに。


アロンの、せめてもの慈悲だった。



「「……ッ!!」」



『ドシュッ、ドシュッ』



戦場に響く、人の首が二つ刎ねられる音。


アロンの攻撃と失った大量の血液で、HPが大きく削られたサブリナも、バーモンドも、その留めの刃は首の肉にめり込み、あっさりと首と胴が分離した。


堕ちる首。

地に伏せる胴。


―― 15秒。本来、デスワープが発動する時間だ。


だが、最期の最期まで、醜く罵り合っていた殺人鬼たちの身体は光り輝くことは無く、静かに、だが確実に “死” を実感させる死体のまま地に伏せる。



「消え……ない?」


「そんな、馬鹿な……。」



その異変は、帝国兵にも覇国兵にも等しく伝染した。


超越者が不死である証拠、死に戻りが発動しない。

即ち、あの残虐極まりない超越者(殺人鬼)共は、死んだ、ということになる。



「え、永劫の、死……。」



失った両脚と左手の止血を施し、自身がジョブマスターになった僧侶系の回復魔法で何とか命を繋いだオルトにとって、天地がひっくり返るほどの衝撃であった。


それは彼だけではない。

戦い合っていたが、目の前で “最強の【暴虐のアロン】と【メテオボマー】と【チキン野郎】の頂上決戦” が繰り広げられたため、一時休戦として呑気に遠巻きから眺めていた両軍の超越者たちの動揺は、酷いものだった。


“不死を殺せる”


デスワープで必ず生き返るという “転生者特典” は、【暴虐のアロン】の手に掛かれば覆される――、しかもその死を齎す存在は、サブリナの攻撃を平然と受け流し、バーモンドの秘奥義すらも凌ぐほどの絶対強者だ。



“殺される”



「ひっ、ひいぃぃぃぃ!!!」

「う、うわあああああああ!?」


始めに逃げだしたのは、覇国の超越者たちだ。

彼らもまた多くの兵を率いる隊長格であるが、脱兎の如く本陣営向けて全力で走り去る。


「ひ、ひぃぃぃ!?」

「じょじょじょ、冗談、でしょう!?」


逃げ出しはしなかったが、その場で腰を抜かしガタガタと震えるは、帝国の超越者たち。

戦闘の途中で、サブリナ達を抑え込んでいるのが【暴虐のアロン】と判明し、期待を込めて見守っていたが、まさか、彼の代名詞たる書物スキル “永劫の死” がこっちの世界では、不死すら覆す悍ましい効果があると判明し、絶望の表情で座り込んでしまった。



逃げる超越者と、怯える超越者。


それを唖然と見つめる一般兵たち。



“死なない”

屈強かつ多彩なスキルを有する適正職業以外に、この “死なない” という一点において絶対的な価値を有していた超越者は、“あの全身鎧の手に掛かれば殺害される” という事実を理解した。


すると、どうなるか?



それは、帝国兵からではなかった。


何と、覇国兵から、その声が上がった。



「す、すげぇ……。」


「あいつは、いや、あの方は……。」



「……英雄、だ。」



―― 不死、そして強さ。

その二点により、様々な圧力と理不尽を強いられているのは帝国だけではない。


覇国も、聖国も。

イシュバーン全土で起きている。


それは、どうすることも出来ない現実だ。


目の前で起きた事実が、その現実を覆した。



「う、う、うおおおおおおおおおおお!!!」



それは、喜び。

それは、希望。


自身たちの総大将、そして覇国最強の女が葬られたというにも関わらず、雄叫びのような歓声を挙げる、一人の覇国兵。


それが契機。


歓声は、覇国兵から帝国兵へ、帝国兵から覇国兵へと、伝染し、ついにはアロンを中心にした戦場が大歓声に包まれた。


敵も味方も関係ない。

これは、世界中が望んだ奇跡だ。


先ほどまで殺し合っていた敵兵同士が、手を叩き合い、腕を交差し、中には抱き合ってその奇跡を喜び合った。




「これ……は、色々、不味いな……。」


自身の回復魔法で徐々にではあるが、失った四肢が回復しつつあるオルトは愕然と呟いた。



同じ帝国陣営だったからか。

アロンの “永劫の死” について、全く考慮していなかった自分自身の行動を悔いた。


“アロンが姿を見せた時、斬りかかったのは誰か?”

“潜入したアロンの言葉を信用できず、通常の戦闘を指示したのは誰か?”


その時、オルトの脳裏に天啓が如く閃きが過った。



(アロンは現地妻に固執している……だけじゃなく、カイエン達に対する行動にさっきの言葉。そしてこの状況。あえて狙ったとしか考えられない、サブリナとバーモンドの殺害までのプロセス。…… まさか!?)



アロンが、“大帝将” の名代としてこの地に来たことも。

“蒼槍将” バルトと知己であることも。

“紅法将” タチーナもアロンに何か含みを持っていたことも。


つまり、輝天八将は、アロンの “永劫の死” について元から知っていた可能性が高い。

―― それをレイザーやノーザンが黙っていたのは、確かに “永劫の死” の事実が下手に漏れると、大混乱が生じる可能性があるからというのも理解出来る。


それこそ、今、敵味方関係無く興奮して歓声を挙げる兵たちの姿。

一目散に逃げた覇国の超越者、怯え、震える帝国の超越者の姿。


これらの光景が、その混乱を雄弁に語っている。



それ以上に、気付いてしまった。


アロンの “こだわり”

オルトにとって違和感しかなかったアロンの言動に、態度。



斬りかかった時にアロンが告げた懸念。

『もしボクが単なる一般人で、貴様の攻撃を防げなければ死んでいたぞ?』


バルトから、守備陣形にしなくても良いのか? という提案を却下した後のアロンの言葉。

『……オルト、ボクの事が信用できないのか?』



この世界の住人を慮っての事と思った。

それは普通の転生者とは別種の考え。


中にはレイザーのように “この世界はゲームの世界ではない” と頑なな考えを持つ者も少なくないが、アロンのそれは他者とは一線を画す。


即ち ――



『ザッ』


今だ、両脚の損傷が激しいため横たわるオルトの頭上に響く足音。


ゆっくりと顔を上げると、そこに立つのはアロンだった。


「アロン……。」


震えるオルトは、その名を紡ぐだけで精一杯。


もし、アロンが超越者を殺害出来る術が無ければ、『流石は【暴虐のアロン】だ、素晴らしい!』と手放しで賞賛出来ただろう。

帝国陣営にアロンが所属しているだけで、これほど心強いものはないという歓喜に満ち溢れていただろう。



今、沸き起こる感情はそれとは真逆だ。



アロンに向けてしまった数々の非礼。

その根底にあったのは、同じ転生者であるはずの皇太子ジークノートやカイエンに対する散々な行動と齎した結果だ。


その結果、“信頼出来ない” と穿った見方をしてしまった。



だが、それら含めアロンが行ってきた不可解な行動の全てが、今戦場で沸き起こる歓喜の嵐を生み出したことを鑑みて――



“アロンは、元々この世界の住人では無いか?”



アロンの行動、現地妻、皇太子に対する無礼を働いたにも関わらず大帝将の名代となった実績……。


もはや、そう考えざるを得なかった。



「……どうやら、理解したようだな?」



アロンは屈みこみ、オルトに静かに告げる。


今だ回復スキルで治療を続けるオルトは、顔を真っ青にして激しく首を縦に振ることしか、出来なかった。


“勝てない”

“逆らえない”


そこに繋がるのは、“永劫の死”




この日を境に、アロンは動き出す。


“選別” と “殲滅”



だが、愚か者はどこにでも居る。


アロンが “永劫の死” を以て超越者を殺害出来ると知りつつも、彼が遠い戦場に駆り出されたのを契機と見る、愚か者が――。





「間もなく、ラープス村です。」



時刻は、間もなく日が落ちる夕方。

街道を掛ける5台の軍用馬車。


御者は窓越しに、中に乗る重要人物へと声を掛けた。


「そうか……。くくく、準備はいいな?」


その声に答えたのは、金髪のおかっぱ頭。

丸眼鏡をクイッと上げる、豪奢なローブを纏う人物―― 帝国軍輝天八将 “魔戦将” ノーザンは、表情を邪に歪めて口角を上げた。


「応よ。」

「もちろんだ。」


返答したのは、同乗する “侍” の男と、“忍者” の男。

“蒼天団” ギルドマスターのカイエンと、サブギルドマスターのナックという男だ。


「ねぇ、ノーザンさん。ちゃーんと言ったとおりの報酬は出るんでしょうね!?」


ノーザンの隣に腰を掛ける “狩罠師” の女が長い紺の髪をクルクルと巻き上げながら釘を刺す。

その態度に眉間に皺が寄るが、すぐ笑みを戻すノーザン。


「もちろんだ、ベーティ。全員に一律に、だ。」


その言葉で、「約束だぞ~」と気怠く笑う。



(カイエンの話では転生者レベルの実力者が村長含め、3人。状況証拠から、裏切ったという元蒼天団のセイルもここに住んでいると考えられるから……少なくて4人、多くても6人と考えよう。)


冷静に、残虐に。

“敵対者” の戦力分析は、ノーザンの得意分野だ。


だが、所詮は森に面した農村。

攻め滅ぼすのに(・・・・・・・)超越者20名(・・・・・・)は過剰戦力かもしれないが、確実にアロンの現地妻を捕らえるには、万全を期することだ。



これだけ多くの超越者を雇い入れるには金が掛かった。

それだけでなく、今回、一つの村を攻め滅ぼして占拠することとなるため、方々への根回しもそれなりに金を費やすことになった。


これに成功した時の報酬を含めると、総額で帝都の一等地に屋敷が構えられるほどの金額になる。



だが【暴虐のアロン】を手駒にすることを思えば、安い。



その手駒は、単に強いだけではない。


転生者殺しを可能とする “永劫の死” を持つ、世界唯一の存在。



いくら注ぎ込もうと、その価値は計り知れない。


それが、たった一人の女を手中に収めれば叶うのだ。




(これで帝国は、いや世界は…… 俺様の物だ!)



ファントム・イシュバーン、最低最悪の嫌われ者。


壮大な野望を胸に、“魔神官” ノーザンは動き出した。



次回、2月18日(火)掲載予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まさかの2話連続! 贅沢な時間をありがとうございました!(pq*´꒳`*) しかもラストにノーザン登場でもう次の話が気になり過ぎます★ [気になる点] サブちゃんとバモさんの昔話は。。…
[良い点] バーモンドの秘奥義の超性能っぷりと、アロンが苦心の末に到達した全職コンプリートの多彩なスキルの応酬。 一方的なチート無双ではない緊張感のある展開が見事でした。 [一言] 極醒職到達者が連携…
[一言]  二話一気読みしました。  遂に断罪されて「おぉっ!」となりました。両陣営(帝国と覇国でなくて、転生者と一般人)の反応の違いがグッときます。  バモさんとサブちゃんの前世には同情の余地も…
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