6-10 本物の死
アロン視点に戻ります。
「“ジャルーゾ”」
予想通り戦場へ戻ってきたバーモンドが打った一手は、予想外のものだった。
ディメンション・ムーブ連続使用のラスト1回を使った強引なサブリナとの離脱ではなく、アロンとをサブリナごと、“神医” の【秘奥義・ジャルーゾ】で葬り去ろうという起死回生の手だ。
「ッ!」
バーモンドの発声。
同時に出現した足元と上空の魔法陣。
それより放たれるは、万の光刃。
アロンは、“サブリナが回収される”、即ち、“今すぐサブリナの首を刎ねる” という判断が誤りだったと痛感した。
同時に、この秘奥義から逃れるにディメンション・ムーブの瞬間移動を発動しても、結局は目の前で蹲るサブリナに設定されているため無為になること、他方へ移動するにはロスが生じるため、その間にジャルーゾ餌食になることも瞬時に判断した。
結果、この “地獄” から逃れる術は、ただ一つ。
剣を揮い、スキルを放ち、迫りくる光刃を潰し、往なすことだ。
「うおおおおおおおおおおおおおッ!!」
『ガキバキガキギョリガキバキギョリ』
けたたましい轟音と共に上下左右、前後から迫りくる光刃に向けて剣を揮いながら一つひとつ潰していく。
同時に、スキルを多重で発動。
薬士系上位職 “鍛冶師” の “銀刃錬成”
―― 最大8本の銀の刃が、迫りくる光刃を相殺。
主に防げない無い足元からの攻撃をこれで解消する。
重盾士系上位職 “武将” の “猛虎裂空派”
―― 身体から迸るオーラが猛虎を形作り四方へ飛ぶ。
武器を揮いながらも意識するだけで発動できるこのスキルは、銀刃錬成でも対処できなかった足元や背後からの光刃をかき消すためだ。
広範囲スキルのため実際はさほど威力は無いが、今のアロンのATKなら十分に光刃を相殺できる。
そしてメイン。
正面や頭上からの攻撃は剣士系のスキルで迎撃する。
(“剣聖解放”!!)
―― 剣士系覚醒職 “剣聖” スキル
“剣聖解放”
『SPを毎秒500ずつ消費するが、剣士系スキルの発動速度を早め、攻撃範囲が1.5倍となる。また、特定スキルの威力が増加する。』
発動と同時に、アロンの全身が青白い光に包まれた。
「“シャインスラッシュ”!!」
アロンの右腕は、残像だけを残し神速で剣を揮う。
その剣閃が生み出す白い刃が幾重にも散らばり、アロンに迫るジャルーゾの光刃を打ち消していった。
剣士系覚醒職 “剣聖” の “シャインスラッシュ”
剣士系スキルの中で最も手数の多い技だ。
同時に、“剣聖解放” の効果によって攻撃範囲も広くなり、一本の剣閃で複数の光刃を打ち消すことに成功している。
だが、それでも無数に迫る光刃は防ぎ切れない。
『ズッ』
「ぐ!」
僅かの隙間を抜けた光刃が、アロンの右腿に突き刺さった。
……刺さると同時に光刃はスゥッと消えるが、焼けるような痛みだけは残る。
“固定ダメージ、1,000”
神話級防具を揃えても不変の痛み。
これこそが【秘奥義・ジャルーゾ】の恐怖なのだ。
「“阿修羅破陣”!」
アロンが次に放ったのは “修羅道” の “阿修羅破陣”
―― 武器を揮うとアロンを中心に、円を描くように広範囲の剣閃が迸る。それによりゼロコンマ数秒後にアロンの元へと到達していただろう光刃が消え失せた。
“剣聖解放” の効果で素早く発動できた “シャインスラッシュ” も “阿修羅破陣” も、発動後はそれなりにチャージタイムを必要とするため、ジャルーゾ継続中ではそれぞれ一発が限度だ。
しかし、そのおかげで僅かに余裕が生み出された。
―― だが、発動してからまだ4秒。
残りは半分以上もある。
「ぎやあああああああっ!」
「ぐああああああああ!!」
「ひぎゃああああああ!!」
その間、ジャルーゾに巻き込まれたであろう兵たちの断末魔がアロンの耳に入る。
「……!!!」
―― 潜入の時、サブリナとバーモンドを殺していれば良かった。
そうすれば、兵たちは超越者が放った理不尽な殲滅攻撃に巻き込まれる事は無かったからだ。
自身の “天命” を優先したために。
…… 天命を理由としたアロン自身の “こだわり” を押し通してしまった所為で、彼らは巻き込まれ命を失う事になったのかもしれない。
激しく後悔するアロン。
それでも剣を揮う腕は止められないし、止まらない。
―― 戦場に赴く兵は、当然ながら命懸けだ。
祖国のため、愛する者のために武器を手に取る。
そして、敵も味方も必死で戦い抜く。
そこで命を失うのは、戦争だからやむを得ない。
だが超越者の手による “理不尽な死” は、そこから大きく外れるものだと、アロンは結論付ける。
アロンは超越者であるため、自分と同じく “永劫の死” を持つ者に討たれない限り死ぬ事は無いが、元々イシュバーン出身である彼は他の超越者に比べ、この世界の戦争への “恐怖” は大きい。
その理由の一つが、敵の “呪怨” に掛かり戦場に立て無くなった父ルーディンの一件だ。
父は一歩間違えれば帰らぬ人となったかもしれない。
今世ではアロンが用意したエクスキュアポーションで “呪怨” は回復したのだが、前世では数日、酷い時は数時間のサイクルで全身を襲う激痛に父がもがき苦しんでいる姿を幾度となく目にすることとなり、その都度、戦争への恐怖が身に刻まれたのだ。
だが、村の若者たちはそうでは無かった。
前世、苦手意識のあったリーズルとガレットの2人は、帝都へと移り冒険者として戦場に立つ夢を嬉々として語っていた。
もちろん、彼らだけでなく、村の若者の多くが同じ夢を語っていたのだ。
だが、アロンは違う。
父の惨状と、口数少ない父から語られる凄惨な現実。
―― アロンは、臆病だった。
いや、今でもその本質は変わらない。
“死にたくない”
そして誰よりも “死なせたくない” という気持ちが強い。
臆病だが、人の痛みを知り、人の死を嘆くことの出来るアロンの本質を誰よりも理解し、そんな彼を愛おしく想うのが幼馴染であり婚約者―― 今世では妻となった、ファナだった。
(―― ファナッ!!)
自分は殺されても死ぬことは無い。
それは分かっている。
だが、ここで死に戻りするわけにはいかない。
目覚めたら、あたたかな自宅。
誰よりも優しく、誰よりも麗しい妻の元へ戻れる。
それは何て甘美な誘惑だろう。
“死ぬことは無い” のであれば、その甘美を享受したくもなる。
“ダメだ!”
一瞬、その甘い考えが過ったアロンはガリッと舌の端を歯で噛み切った。口の中にひりつく痛みと、血の味がじわりと広がる。
“死に戻り” という不死を利用した、単なる現実逃避が一瞬でも過った甘い自分を強く諫めた。
その考えは、アロンが最も嫌悪する “超越者” と同じ土俵に上がるように思えてしまった。
加えて、理不尽な死から救い上げてくれただけでなく超越者を “選別” と “殲滅” するという偉大な天命を授けてくれた、あの御使いの顔に泥を塗る行為であると思ったのだ。
“世界に害をばら撒く超越者に報復する”
自分の所為で巻き込んでしまった帝国の民に報いるために。
敵とは言え、従っていたはずの上官が放った理不尽極まりない殲滅攻撃に巻き込まれてしまった哀れな覇国の兵にも報いるために。
そして “無事で帰ること” を心より願ってくれている最愛の妻、ファナの想いを叶えるために。
(ここで、死ぬわけにはいかないッ!!)
……だが、現実は無情である。
当初は上手く捌けていた光刃も、時間が経てば経つほど、アロンの手数が限られていくに比例してアロンの身体を貫き始めた。
一撃受けると、立て続けに突き刺さる。
一撃一撃はアロンにとって微々たるダメージ。
しかし、立て続けに受けるとさすがのアロンも身体に不調をきたす。
それでもアロンは、歯を食いしばり、痛みを無視して全力で剣とスキルを揮い続けるのだ。
「ひぎぃぎゃあああああああああっ!」
その中で聞こえる、轟音の合間の悲鳴。
アロンの僅か2メートルほど離れた位置で、同じく光刃の蹂躙を受けるサブリナだ。
アロンに放った “ダークネスホール” の反射でダメージで傷を負い、体勢が整わない最中でバーモンドが放ったジャルーゾを、アロンと同じように “銀刃錬成” を生み出して相殺していた。
ところが、すでに銀刃錬成の発動は止まり、降り注ぐ光刃を食らい続けているのであった。
彼女の武器はアロンに攻撃した際に砕け散った。
剣を失ってしまったために “修羅道” までジョブマスターにしていた剣士系スキルを一切放てなくなってしまっているのだ。
他にジョブマスター職業は、僧侶系、薬士系。
彼女自身のメイン職業である魔法士系含め、この窮地を抜け出す手頃なスキルは “銀刃錬成” の他には、アロンとオルトに放った “狂刃錬成” くらいしか無い。
だが、もはや銀刃錬成すら発動出来ていない。
―― ミーティア、狂刃錬成、そしてダークネスホールといった度重なる高威力スキルの連発で、百万もあったSPは枯渇してしまったのだ。
SP枯渇の原因は、狂刃錬成の発動と維持だった。
1本発動するだけでSPを10,000も消費し、それを維持するに毎秒、本数×100ものSPを費やす、酷く燃費の悪いスキル。
それにも関わらず、彼女は50本も生み出してしまったのだ。
更にサブリナは、自身が放つ “ダークネスホール” なら確実にアロンを殺せると判断をしたために、SPが枯渇するギリギリまで狂刃錬成を使ってしまった。
その誤った判断の積み重ねが、今の状況を生んだ。
戦闘中、SPが尽きた場合はアイテムで回復するのがセオリー。
当然、サブリナは莫大なSPを消費するスキルを扱うため、次元倉庫内には大量のSP回復薬を保有している。
しかし武器も無く、この光刃の嵐の中から次元倉庫を開き、SP回復薬を取り出すなど不可能だ。
上下左右から迫りくる光刃の猛攻によって倒れこむことすら出来ないサブリナは、みるみると身体が引き裂かれていった。
―― 高HPを誇る場合、蓄積ダメージとダメージを受けた箇所に応じて、身体が損傷する。
アロンはまだ防げているため、受けた光刃は100本にも満たず目立った外傷も無いが、サブリナは別だ。
薄皮一枚の傷が徐々に広がり、皮膚が裂け、肉が抉られ、血が溢れ、骨が剥き出しになり砕けていく。
地面に腿を付けて座るサブリナの両脚はすでに肉塊となり、両腕もまたズタズタに引き裂かれている。
(……グッ!)
数万という夥しい命を奪った狂人とは言え、若い娘が成す術なく刃に引き裂かれていく姿は――、しかも、それが愛する恋人が放った攻撃に巻き込まれてであっては、流石のアロンも目を背けたくなった。
しかし、この状況で避けなければならない事。
(今、サブリナに死なれてしまっては意味が無い!)
もしかしてでも無く、バーモンドがサブリナごと “ジャルーゾ” に巻き込んだのは “サブリナを殺してデスワープで覇国に戻す” という狙いがあってのことだと、アロンは考える。
加えて、バーモンド自身もディメンション・ムーブの連続使用回数をあと1回残しているのだ。
“ジャルーゾ” を放った手前、最終的な攻撃判定者はアロンかサブリナか、生き残ろうが死のうがどちらかに移るため、覇国の国境界の内側に設置した “出口” へ瞬間移動することは出来ない。
しかし、多少の時間さえあればディメンション・ムーブで戦場の外、覇国内へ逃げることは可能だ。
ディメンション・ムーブの座標設定は、“如何にしてその地点を脳内に俯瞰するか” に掛かる。
その映像はリアルタイムで表示されるのだが、慣れ親しんだ場所―― 例えば自宅の自室とかであれば、限りなく瞬間に近い発動も出来ないことはない。
だからこそ、サブリナを死なせてしまえば、バーモンドは確実に逃げる。
その前にバーモンドを斬り殺してしまえば二度とサブリナ戦法の発動を防ぐことは可能ではあるが、確実ではない。
この攻撃でサブリナが死に、バーモンドにまで逃げられてしまえば、アロンが積み上げた作戦が全て台無しとなる。
―― ならば。
後に、誰彼に “悪魔の思想” と罵られようとも。
“天命” を全うすることが、何よりも優先とする。
「クッ!」
アロンは空いている左手で次元倉庫をこじ開け、中から “フルキュアポーション” を2つ取り出した。
その行動だけでさえ大きな隙となり、立て続けにジャルーゾの光刃がアロンの左腕、脇腹へと刺さり、遂には全身へ突き刺さる。
その数、一瞬で100にも200にも及ぶ。
「ぐううううううっ!!」
アロンでも、そのダメージは馬鹿にできない。
喉から込み上げた血を吐き出しながらも、すでに事切れたようにも見えるサブリナ目掛けて1つ、フルキュアポーションを投げた。
およそ2メートルの距離。
その間に降り注ぐ無数の刃。
だが咄嗟のような行動とは言え、百戦錬磨のアロン。
光刃の僅かな合間を瞬時に狙い、投擲。
投げ出されたフルキュアポーションはサブリナの頭上で光刃に打ち当たり、狙い通り中身の赤く輝く液体がそのままサブリナに降りかかった。
一瞬で全快となるサブリナ。
―― だが。
「嫌アァァァァァアア!!!」
再び訪れる、光刃の蹂躙劇。
元通りになった両足と両腕は再び抉れ、身体に容赦なく光刃が突き刺さり、鮮血が舞う。
―― あのまま放って置けば、確実にサブリナは死んでいた。
それは、この “地獄” からの生還を意味している。
しかし、それをアロンは赦さない。
彼女が理不尽に、愉悦に、奪った命は多過ぎた。
彼女の身に宿す膨大なHPこそ、奪った命の蓄積。
奪われた多くの命たちの復讐こそ、この “地獄”
成す術なく奪われた命の結晶こそ、実際は10秒程度、だが体感的には永遠にも感じられるこの地獄を生み出しているのだった。
「ゴフッ。」
一瞬で数百の光刃を受けたアロンもまた、致命傷。
再び血を吐き出しながらも、剣を揮う。
今、左手で握るフルキュアポーションを使えば乗り切れるのは確実。
しかし、これは超越者を確実に殺すための武器だ。
ジャルーゾの効果はあと僅か。
“今だ!”
「“聖……癒っ”!」
フルキュアポーションを握るは左手の薬指と小指。
空いた親指から中指の間に、薄い膜に覆われた球状の液体が浮かんだ。
それを急いで身体に打ち当てる。
刹那、球の液体はアロンの全身を包み、傷を癒した。
あっと言う間に全快となったアロンは、再度スキルを駆使して光刃を弾く。その時。
『リンッ』
【秘奥義・ジャルーゾ】の終わりを告げる、鈴の音。
無数の光刃が生み出していた光の渦は消え失せ、同時に地面を貫いた光刃が後から土埃を巻き上げた。
突然、土埃で防がれる視界。
だがアロンが睨むは僅か先に蹲る、サブリナだ。
先ほど取り出したフルキュアポーションも、無事。
“殺すために、殺さない”
『バシャッ』
蓋を強引に外し、アロンは再び絶命寸前にまで追い込まれたサブリナの頭からフルキュアポーションを強引に振りかけた。
淡い光を放つ赤い液体は、満身創痍だったサブリナの身体を瞬時に全快へと導く。
「えっ!?」
先ほどとは違い、身を穿つ光刃は消え失せた。
だからこそ、死の淵に立たされていたサブリナは自分自身の謎の回復に声を漏らし、驚愕するのであった。
「ふえっ!?」
同時に、前方から気の抜けた男の声。
サブリナが存命だったために “聖癒” か何か、それこそ “神医” の技で造り上げた回復ポーションで回復させようかと駆け寄ったバーモンドだ。
“好都合だ”
アロンは、空になったフルキュアポーションの容器を投げ捨て、右手に握る聖剣クロスクレイに力を籠めた。
そして――。
「ど、どういうこと……ッ!?」
吃驚の声を上げ、両手をまじまじと見るサブリナの、その両手を消し飛ばすかの如く切り裂いた。
スピッ、という軽やかな音と共に、両手首から血が噴き出す。
「ヒッ、ヒギャャアァァァァァアアアッ!?」
「サ、サブちゃ……!?」
絶叫をあげるサブリナと、今だ気の抜けた感じのバーモンド。
しかし、視界を防いでいた土埃が晴れるや否や、驚嘆するバーモンドは恐怖と絶望の表情を浮かべて腰を抜かした。
『パリンッ』
手に握っていた、フルキュアポーションすら落とす程に。
「な、な、な、な、なん、で……?」
「……さすがに生きた心地はしなかったよ。」
青褪め、ガタガタと右手人差し指を向けてくるバーモンドに、アロンは握る剣でまだ僅かに漂う土埃を払い、溜息を吐きながら呟いた。
「な、何故ッ!? 何故、生きている! アロン!!」
“ジャルーゾ” で確実に殺したと思っていたのだろう。
バーモンドは震えながらも、声が裏返るほどの叫びを上げた。
「何故? ボクがどれほどあのくだらないゲームの世界で、秘奥義を食らい続けたと思っているんだ?」
平然と答えるアロンに、息が詰まるバーモンドだった。
―― 目の前の男は、あの【暴虐のアロン】
様々な敵対陣営が、ギルドが、アロンを倒そうと躍起になり、その身を囲んでは奥義や秘奥義を何度も何度も、炸裂させたのは容易に想像できる。
かく言うバーモンドも、その一人だったから。
…… 考えたくはない。
その経験は、この世界でも活かされているのだった。
“回避と対策が最も難しいのでは?”
それが、【秘奥義・ジャルーゾ】の評価だ。
体感30メートルの広範囲。
降り注ぐ万の光刃。
そして、固定ダメージの応酬。
即ち、防御不可。
対策は、只管武器とスキルを揮う事だ。
はっきり言って、回避不可能である、はずだ。
そんな不可避の最強スキルから生存したアロン。
それはこの世界であっても、他の秘奥義すら凌いでしまう事を意味していた。
「ひ、ひぃぃぃいっ!?」
喚く、甲高い声。
アロンの悍ましい姿、そして放つ言葉から絶望に塗り固められたサブリナは、両手を失った時よりもさらに悲痛な叫びを上げた。
あの狂喜と狂気に満ちた快楽殺人鬼の表情は、もはや見る影もない。
バーモンドと同じく、絶望と恐怖に塗り固められ、血が噴き出る手首にも関わらず地面を擦り、身動ぎしながらアロンから離れようとする、が。
『ザンッ』
丁度、バーモンドの隣へと辿り着く直前。
今度は両足が、切断された。
「ぎゃあああああああああああああああっ!!!」
「サ、サ、サ、サブちゃんっっ!!」
「“魔神ノ鎌”」
情けなく尻餅をついて喚く殺人鬼に対し、アロンは容赦しない。
左手から轟々と燃え盛る黒炎の大鎌を取り出し、今度はバーモンドに向けて投げた。
『ズガッ』
「あぎゃひゃあああっああああっ!?」
大鎌はバーモンドの脇腹に突き刺さり、地面ごと縫う。
大鎌の柄からは黒い炎をめらめらと放つ鎖を繋ぎ、その先端はアロンの左手が握っている。
その時、一瞬、アロンの視界がぐらりと揺れた。
(流石に……SPを使い過ぎたな。)
残量は、10万を切った。
僧侶系覚醒職 “魔神官” の奥義と言える “魔神ノ鎌” は、発動にSP10万、効果持続に毎秒300のSPを消費し続ける。
だが、これでチェックメイトだ。
吹き出す汗は放置。
荒くなる息を整え、静かに、だが冷酷に告げる。
「これで終わりだ。 ……あえて言うが、ディメンション・ムーブで逃げるだけ無駄だぞ? “魔神ノ鎌” で繋がった今、発動してもどうなるか分かるな?」
“ディメンション・ムーブしても、アロンも一緒に着いて来てしまう”
回避するためには、この燃え盛る大鎌を抜き取るしかない、が、SPを枯渇させたバーモンドにも、サブリナにも、それは叶うはずもない。
「あっ、ああっ。あああ……。」
「ひっ、ひぃっ。ひぃぃ……。」
流れる血と痛み以上。
身体の芯から湧き出る絶望と恐怖で言葉を失う二人。
昼間の太陽の光すら飲み込む、黒い炎の輝き。
その輝きに照らされる黒銀の無機質な全身鎧。
右手に、神々しくも禍々しい形状の白と銀の剣。
左手には、常世の淵から這いずり出た亡者を繋ぐような、黒炎の鎖。
その姿は、“不死” であるはずの超越者の命すら刈り取らんとする、まさに悪魔そのものだった。
「な、な、何が終わりだぁ!!」
それでもプライドの高いバーモンドだ。
口から血を吐き出しつつも、凄みながら声を荒げた。
「今回は後れを取ったが、次は無い! 貴様をっ、貴様を絶対、殺す!」
……だが、次は無い。
二度と、アロンに会いたくない。
戦意は喪失した。
“絶対に勝てない”
この世界でも、【暴虐のアロン】は “暴虐” だった。
こっち世界でも初見であったはずのサブリナ戦法を打ち破り、ほぼ一人でサブリナとバーモンドを相手取り、さらには切り札であった秘奥義すらも退いてしまった。
“こんな化け物に、勝てるわけがない!”
ガタガタと震える身体、失った戦意。
それでも悟られないよう、必死で身体に力を籠める。
……周囲には、呆然と腰を抜かしているとは言え、手駒の覇国兵も居るのだ。ここで総大将であるバーモンドが情けない言葉で慈悲を乞うものなら、下手をすると地位は剥奪され、贅沢三昧の暮らしすら奪われかねない。
それだけは、絶対に避けなければならない。
どのみち、自分は死ぬ。
サブリナも殺されるだろう。
だが、所詮はそこまでだ。
自分たちは、転生者。
死に戻りがある。
ならば、慈悲を乞うのではなく、軍を預かる総大将として華々しく散るのが正しい選択だ。
「そそ、そうだ、この糞鎧野郎がぁあああ! 殺せッ、殺せよ糞野郎! ぐっちゃぐちゃに、無残に、残虐の限りを尽くして殺せばいいさ! 私らがぁ、殺したぁ、糞ゴミ共のようにすり潰せよ糞鎧野郎ぉぉぉぉおおおお!」
バーモンドの凄みから、サブリナもまた狂気を取り戻した。
―― 彼女は、まだ戦意を喪失していない。
根底にあるのは、果てしない残虐的な人格。
「さぁさぁ、殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ! 今すぐ殺せ糞鎧野郎! どうせ殺してもすぐ私らはここに戻ってくる! テメェが居ようが居まいが関係無ぇえ! 戦場のぉ、ゴミ共を! また私のミーーーーーティアでっ! ぶちぶちアリンコのように潰してぇ、テメェより強くなってぇ! 蹂躙して嬲って犯してから殺してやる! 殺す殺す殺す殺す、アロンッ、テメェはぁ、絶対ぃ私があああああ! ぶっ殺してやる!!」
沈黙の続く戦場に響く、サブリナの絶叫。
口汚い喚きに、アロンは呆れながら溜息を漏らした。
「……相変わらず良く回る口だな。」
ファントム・イシュバーンでも同じだった。
様々なギルドやプレイヤーが散々注意をしても止めようとしなかった、サブリナの暴言マシンガンだ。
ギルド戦で勝っても負けても口汚く罵る彼女は、周囲との軋轢が絶えなかった。
それは同じ覇国陣営で当時、覇国最強と言われたギルド “アヌビスの棺” とのいざこざに繋がり、同じく暴言と失言の多かった “聖騎士” アイラとの確執へ発展、最終的にアイラの離反という形で収束したのだ。
…… 物静かに、そして健康的に暮らせば社交界で引っ張りだこの婦人にもなれただろう美貌が台無しだと呆れるアロンは、サブリナの首元へ剣を向けた。
「おおおっ、殺れ殺れ! さくっと殺せよ糞鎧野郎!」
「次は、絶対に貴様を殺してやる!!」
「黙れ。」
特段、何かしらのスキルを放ったわけではない。
あるのは、アロンの底知れぬ怒りと憎悪。
それを肌で感じたサブリナ、そしてバーモンドはビクリと身体を跳ね上げ、慌てて口を閉じた。
その様子を冷たく睨むアロンは、察する。
―― 恐らくだが、二人とも “死” に慣れている。
だからこそ、アロンは堂々と宣言することとした。
「我が名はアロン。御使いから賜ったこの命、そして天命により、このイシュバーンの害となる貴様ら超越者を “永劫の死” を以て “殲滅” する。」
その宣言、聞き終えた瞬間は意味が分からなかった。
しかし、語られたのはファントム・イシュバーンでアロンを【暴虐のアロン】と言わしめた悍ましき書物スキル。
“永劫の死”
それをあえて告げた意味。
そして、彼の口から出た “殲滅” という言葉。
―― それは、間近に迫る本物の “死” に対する直感か。
帝国陣営とは違い、【暴虐のアロン】から受けた惨憺たる殺戮を嫌というほど味わったサブリナも、バーモンドも、アロンの宣言の意味を察した。
察してしまった。
「あ、ああああっ!? あああああああああっ!?」
「嘘ッ、嘘でしょッ!? 嫌、イヤアアアアア!!」
身を寄せ合い半狂乱に喚く総大将とそのパートナー。
その姿に、アロンは彼らが理不尽に奪っていった数多の命の、怨嗟の声が重なった。
「貴様らの番になっただけだ。“本物の死” がな。」
アロンは剣を高く掲げ、無情に、告げる。
「死ね。」