6-9 完全無欠
VRMMOファントム・イシュバーン
全8種の職業の頂点、“極醒職”
剣士系、“剣神” 《ディバインソード》
武闘士系、“神拳” 《ゴッドハンド》
僧侶系、“神皇” 《デウスホープ》
魔法士系、“大賢者” 《マスターセージ》
獣使士系、“神獣師” 《ゴッズロード》
重盾士系、“神剛将” 《デウスジェネラル》
戦士系、“神騎士” 《ゴッドナイト》
薬士系、“神医” 《ディバインメディコ》
転職条件は、『対象職業の基本職、上位職、覚醒職全てをジョブマスターに辿り着いた状態で、最低1種、他職も全てジョブマスターとしていること』
2職以上を全てジョブマスターにした状態で “転職の書” を使用すれば、それらの中の “極醒職” に転職できるようになるのだ。
元々、職業をジョブマスターにまで達した状態で転職すると、同系職なら全てを、別系統の職業であれば一つだけ選ぶ形で、スキルを引き継ぐことが出来る。
この引き継ぎ制度を利用し、より多くの職業をジョブマスターにした状態で極醒職へ転職しようと試みる者は多い。
その背景としてはスキルの引継ぎ制度だけでなく、『極醒職へ転職すると、“転職の書” を使っても同系統の下位職業へのみ転職可能となり、他系統の職業には二度と転職は出来なくなる』という制限も影響している。
一度、極醒職へ転職させてしまうと、二度と他系統の職業スキルを習得できる機会が失われてしまうからだ。
その制限を嫌い “覚醒職” 止まりで様々な職業を極めようと挑戦する者も少なくない。
だが、そうした者たちも目指す先は、“極醒職” だ。
なりたい極醒職の姿や立ち回りを想像し、その最適解となる他職スキルを習得し続ける。
しかし、その道のりは果てしなく、険しい。
その原因が、スキルの習得と強化に必要となる“JP” の存在だ。
ジョブマスターに辿り着く条件は、その職業が習得できるスキル……基本職なら8つ、上位職なら5つ、そして覚醒職なら3つ習得できるスキルを、全てスキルレベル10にする必要がある。
必然的に、ジョブマスターに達するためには膨大なJPが要求されることとなる。
このJPはモンスターや敵対者を倒すことで得られる。
当然、相手が強ければ強い程高ポイントを得られるのだが、同時に、自身のレベルが高くなれば高くなるほど、獲得ポイントが減算していってしまうという仕様がある。
この仕様こそ、曲者だ。
JP目当てでも、敵を倒せば同じように経験値が入る。
それに伴い否が応でもレベルは高くなる。
レベルが高くなればステータスポイントが付与されるので、徐々にではあるがアバターの性能を強化できる。
だがそれと同時に、スキルを習得し、スキルレベルを上げていかなければ本当に意味で強いアバターだとは言えないのだ。
ジョブマスターに達すれば、転職してもその職業のスキルを引き継ぐ事が出来るようになるのだが、他職への転職を繰り返せば繰り返すほど、ジョブマスターへの道は長く辛いものになってくる。
“全職業ジョブマスター達成” に至った末の “極醒職” は考えるまでもなく最強――、いや、“完全無欠” であり、ファントム・イシュバーンのプレイヤーなら誰しも必ず夢見る理想像だ。
しかし、強くなれば強くなるほど。
ジョブマスターの数を増やせば増やすほど。
完全無欠は、非現実的な夢物語だと気付く。
“3職達成でも、苦行”
“4職達成は、リアルを捨てる覚悟がいる”
“5職達成は、もはや廃人レベル”
“人間の限界は、6職まで”
その苦行を乗り越えて理想像に近づくか。
途中で諦めて極醒職になるか。
―― 極醒職は、ジレンマを生み出す。
極醒職は、転職するだけで “その系統職業のスキル威力が10%増加する” という特典がある。これだけでも極醒職になるだけの価値があるのだが――。
その真価は、【秘奥義】にある。
派手なエフェクト。
周囲を消し飛ばす、圧倒的火力。
それは、数多くのスキルとは一線を画する。
たった一発であらゆる者を粉砕し、戦況をひっくり返す。
その代償は、消費SP30万、発動後チャージタイム90秒。
まさに一発逆転を狙える切り札だ。
極醒職が習得できるスキルは、秘奥義のみ。
しかし習得に必要となるJPは、1億5千万。
奥義含め、3つスキルを習得できる覚醒職をジョブマスターに達するために必要となる総JPは3,000万であることを考えると、途方もない数値だ。
だから、人はジレンマする。
レベルがあまり高くない内に――、2職達成状態で極醒職となり秘奥義を比較的素早く習得して、ある程度までのプレイヤーやモンスターを相手に無双をするか。
様々な戦略や戦闘形態が必須とされるファントム・イシュバーンで、より多くのスキルを使えるようになってから、さらに途方もない長時間を覚悟した上で極醒職となり秘奥義習得を目指すか。
強くなれば、強くなるほど。
ファントム・イシュバーンにのめり込めばのめり込むほど。
―― “完全無欠” は不可能だと、自覚する。
◆
土埃を上げる、冬の乾燥した大地。
多くの兵が競り合いを中断し、その中心部で息を飲みこむほどの激しい攻防を繰り広げていた黒銀の全身鎧と、覇国軍大将格の赤ドレス女を見守っていた。
その勝負は雌雄を決したかに見えた。
赤ドレスの女――、覇国軍最強戦力 “五大傑” の中で最強と名高く、同時に残忍かつ狂気に満ちた女傑、サブリナが放った赤黒の巨大光球魔法 “ダークネスホール” が全身鎧に直撃したと思いきや、まるで効果が無かったかのように平然と剣を構え直した。
その直後。まるで、全身鎧に掛けた魔法が反射されたように、赤黒の光がサブリナを包んだ。
全身鎧と真逆で、悲痛な絶叫を上げ悶絶し、のたうち回るサブリナ。その悍ましい光景とは裏腹に、覇国の兵たちは恐怖よりも “歓喜” が去来した。
人の命を弄ぶ快楽殺人鬼が、同じ快楽殺人鬼に見捨てられ無様に悶え苦しむ姿を目の当たりに、胸がすく思いだ。
この快楽殺人鬼たちは、聖国との戦場でも、この帝国との戦場でも敵味方関係無く虐殺する恐怖の権化なのだ。
同じ釜の飯を食らった友が、仲間が、同郷の者が。
無慈悲に、理不尽に巻き込まれ、殺された。
最悪なことに、その2人の将はあえて巻き込んでいるのだ。
曰く、“NPC”
彼ら超越者から見れば、一般人は脆弱だ。
力量も低ければ、殺されれば死ぬのが当たり前だからだ。
だが、超越者は違う。
神の寵愛を受けたかの、選ばれし適正職業。
その職業が持つのは、凶悪なスキルの数々。
―― そして、死なぬ身体。
戦場において、理想的な戦力。
超越者は圧倒的に数が少ない。
だから、覇国だけでなく、帝国も聖国も手厚い処遇と地位を用意して囲みこんでいる。
その結果、この世界の人間を、何か “作り物” のように扱う者も少なくない。それを指し示す蔑称が、NPCだ。
そして、快楽殺人鬼たちはその蔑称を吐き出しては簡単に命を奪っていく。
何千人、何万人犠牲になったか分からない。
それでも、その2人は罪に問われない。
ただ、強いから。
何度、願ったか。
何度、呪ったか。
“この者たちに神罰を!!”
今、まさに願った、呪った姿が目の前にある!
天に昇った友よ、同胞よ!
神が、殺人鬼共に天誅を与え給う “英雄” を顕現してくださった!
―― しかし、その相手は神敵の国、帝国兵。
歓喜と同時に、困惑と “その牙が自分たちに向けられるのでは?” という恐怖が入り混じる。
だから、殺人鬼を手玉にとる全身鎧の動向が気になり、固唾を飲んでその闘いを見守り続けるのだ。
彼は、“英雄” なのか。
それとも神敵の “悪魔” なのか。
だが、見守り続けていた者たちは、“何故、今のうちに離れなかったのだ?” と強く後悔することとなった。
凶悪な殺人鬼と、それを地に伏せさせるほど強い全身鎧の争いなのだ。
“巻き込まれる前に、逃げろ!”
どうして、そう行動しなかったのか。
―― 先ほど逃げたもう一人の殺人鬼が、再び戦場に姿を現した直後に顕現した、“地獄” に巻き込まれてしまった兵たちが上げる絶叫に、生き延びた兵たちは強く後悔するのだった。
◇
「ごめんね、サブちゃん♩」
先ほど、ディメンション・ムーブで逃げだしたバーモンドが再び戦場に姿を現した。
“サブリナの回収”
ディメンション・ムーブの使用回数は残すところ1回のみと考えると、バーモンドがその行動を取ることは容易に想像できた。
その回収を阻止するため、サブリナの首を刎ね “永劫の死” で二度と復活出来ないよう、アロンも咄嗟にディメンション・ムーブの瞬間移動機能を発動、サブリナのすぐ背後へと移った。
だが、その咄嗟の判断と行動が、仇となった。
バーモンドの立ち位置は、“縮地法” があれば一瞬でサブリナに触れられる絶妙な間合いだった。
だが、ディメンション・ムーブを習得しているバーモンドは、縮地法は習得していなかった。
そもそもサブリナを回収するのが目的なら、出来る限りサブリナの近くに移動すれば良いだけだ。
それこそ、時間と精度さえあれば、攻撃判定者のすぐ背後・脇に姿を現すことだって可能。
それを行わなかった。
バーモンドは、サブリナを回収する気が無い。
今の立ち位置。
両腕を広げるバーモンドの対角線上、その両手にまるで包まれる範囲には、アロンとサブリナ、そしてオルト、あと数十人の兵が居る。
サブリナの背後で剣を首筋狙い揮うアロンに、悍ましい予感と悪寒が走る。
―― それは、久しく忘れていた、ファントム・イシュバーンで何千回、いや、何万回と遭った “命の危機” に直結した時に感じた、予感と悪寒であった。
そして、それは現実となった。
「“ジャルーゾ”」
『リンッ……』
バーモンドの発音と共に、戦場に響く鈴の音。
同時に、バーモンドを頂点として地面に直径30メートルはある、銀色に輝く円形の幾何学模様―― 巨大魔法陣が姿を現した。
その魔法陣から、同じ形の魔法陣が勢いよく天へと上昇して、地上10メートルほどの位置で停まった。
銀色の魔法陣に挟まれる、戦場。
この間、バーモンドが発音して僅かコンマ2秒だった。
「ッ!?」
「ヒッ!」
「げぇ!?」
そのスキルを知る者……アロン、サブリナ、オルトはそれぞれ反応を示した。
どれもが、驚愕、そして恐怖だ。
【秘奥義・ジャルーゾ】
その名は、“嫉妬” を意味する。
薬士系が生み出せるスキルの殆どは、クリエイトアイテム。
そしてクリエイトアイテムスキルは、剣士系や戦士系、重盾士系や武闘士系のような物理能力はほぼ皆無。僧侶系のような回復性能も低く、魔法士系や獣使士系のような一撃必殺が生み出せるわけでもない。
道具を生み出し、それを駆使して仲間をサポートし敵の足止めを行うが、どれも中途半端。
真に立ち回りを覚え、それらスキルを万全に使えるようになるまでには、途方もない努力と研鑽を要する不遇の職業。
その怨嗟の声が。
他職への “嫉妬” が。
“万” の刃となりて、全てを呑み込む。
『ギョイギャギゴギャゴギギギギギギギギャギャギャギャギャギャギャギャ』
金切りの轟音。
天と地に浮かぶ銀の魔法陣から光り輝く刃が飛び出し、足元から、横から、頭上から、その範囲内に居る者たちに迫りくるのであった。
「うおおおおおおおおおおおおおッ!!」
サブリナへの斬首から素早く切り替え、迫る光刃に向けて剣を揮い、盾で往なし、あらゆるスキルを駆使して防ぐアロン。
「嫌ァァァァアアアアッ!!」
悲鳴、絶叫。
憤怒の表情が、絶望に歪められつつも薬士系上位職 “鍛冶師” スキル “銀刃錬成” で生み出した刃で、上下左右から襲い掛かる光刃を相殺しようとがむしゃらに揮うサブリナ。
「ちっくしょぉ!!」
“ジャルーゾ” の発音で、咄嗟に魔法陣の範囲外から抜け出そうと “縮地法” と豪速攻撃のスキルを駆使して、光刃を弾きながら逃げ出すオルト。
「ぎやあああああああっ!」
「ぐああああああああ!!」
「ひぎゃああああああ!!」
そして、成す術無く “ジャルーゾ” に巻き込まれ、光刃に身体を引き裂かれながら絶命する帝国兵に、覇国兵。
阿鼻叫喚の、地獄絵図。
裏腹に、銀の魔法陣と輝く無数の刃の光は神々しさすらある。
だが、巻き込まれる仲間の絶叫に、耳を覆いたくなる金切り音を生み出すその光は “地獄” そのものだった。
総大将バーモンドの全力。
サブリナのミーティアも絶望的な火力ではあるが、神々の怒りを形容したような、圧倒的の破壊力を前に巻き込まれなかった覇国兵も、帝国兵も、腰を抜かしてその場に座り込んでしまった。
響く、巻き込まれた兵たちの絶叫。
その中から……。
「ひぎぃぎゃあああああああああっ!」
絶えず響く、サブリナの叫び声だった。
サブリナは、銀刃錬成を駆使してジャルーゾの光刃を相殺しようと試みたが、焼け石でしかなった。
あっと言う間に銀刃はかき消され、片手剣の剣刃ほどある無数の光刃が、容赦なくサブリナの身を引き裂き貫き始めた。
サブリナの最大HPは約100万。
対してジャルーゾの威力は、1本1,000の固定ダメージ。
8つの秘奥義で、唯一の固定ダメージ。
DEFとMDEFは意味をなさず、例え神話級防具に身を包もうが、劣悪な最下級装備品を纏おうが、天地から溢れ出る光刃を食らい続けると等しく千のダメージを受けてしまう。
それが、範囲内に1万本も降り注ぐ。
計算上、サブリナは1,000本以上のジャルーゾを食らうと死ぬ。しかも現時点ではアロンとの闘いで20万ほどHPを失っているので、800本程が限度だろう。
ジャルーゾは直径30メートルの上下左右からによる絨毯攻撃であるから、これまた単純に1平方メートルに降り注ぐ光刃の数は平均100本強であるはずだが……。
光刃は範囲内に居る “殲滅対象” 目掛けて飛んでくるという仕様のため、範囲内に人が少なければ少ないほど、その猛威は各個へと襲い掛かってくるのだった。
「ひゃははははは!! 死ねッ! 死ね死ね死ね死ね! アロン、死ねええぇぇッ!」
半狂乱に顔を歪ませ、自身が放ったジャルーゾの輝きを受けながらバーモンドは叫んだ。
最初は巻き込まれたNPCの声が響いてきたが、今聞こえるのは、愛するサブリナの絶叫だけだ。
その声を聞き、バーモンドは得も言えぬ興奮を覚えた。
「あああああああ。サブちゃあああああんッ。ごめんッ、ごめんネッ! でも良い声出しているよおぉぉぉぉ!! あああああああ最高だよサブちゃああああん! 生きていたらぁ、アロンぶっ殺したらぁ、ヤりまくろうねぇええええ!!」
宿敵のアロンを潰し続ける悦び。
最愛のサブリナが断末魔のような絶叫をあげる悦び。
“こうなるなら、最初からジャルーゾで一掃していれば良かった”
その悦びが全身を駆け巡り、思わず彼身を捩らせた。
―― 悦び、興奮が彼を絶頂に至らせたのだ。
「ハァッ、ハァッ、……最ッ高……だぁ~~。」
“恐らく、あの中で生き残っているのはサブリナだけだ”
サブリナはVITをカンストさせてHPが100万を超えている。
対して、アロンのレベルがどの程度か知らないが、いくら【暴虐のアロン】だろうと、この秘奥義を前にしては手も足も出ずあっさり絶命したと確信する。
そうでなければ、響く叫び声がサブリナ一人のはずが無いからだ。
一応、ジャルーゾを始めとするあらゆる秘奥義も、他のスキル同様に防ぐ事は可能。
迫り行く万の光刃に対し、武器を揮いスキルを駆使すれば防ぐことは出来るには、出来るのだ。
ただし、大抵はその圧倒的物量に押しつぶされてしまうのが関の山。
サブリナが今、叫び声を上げているのは生きている証拠。
当初はスキルなどを駆使してその攻撃を防いでいたのだろうが、ジャルーゾの物量に押され、成す術なく切り刻まれているのだ。
100万という膨大なHPがあるから今だ生きている。
だがその膨大なHPの所為で、固定ダメージ1,000という痛みを受け続けている。
「ああああ……。良い声だよぉ、サブちゃああん……。」
サディスティックなバーモンドは、その事を想像しただけで得も言えぬ興奮が全身を駆け巡る。
普段から暴言を吐き続けているサブリナだが、情事の際は艶やかな雌の声を張り上げ、時に “殺してぇ” と嘆願するほど、マゾヒスティックな一面を持っている。
きっと、あのジャルーゾの中で彼女もまた得も言えぬ快楽の虜になっているのだろう、と勝手に解釈するのであった。
“自分も気持ち良い”
“サブリナも気持ち良い”
“アロンも死んで最高”
“誰も不幸にならない”
狂った思考が、そう結論付けたその時。
『ギャギャギャギャギャギャギャ……リンッ』
轟音の最後。
再び、涼しい鈴の音が戦場に響いた。
その刹那、天の魔法陣がふわり、と消えたのだった。
約10秒。
秘奥義・ジャルーゾの発動は全て完了。
巻き上がる土埃が、その凄惨さを物語っていた。
「んん? あれぇ?」
その土埃の先端。
ジャルーゾの発動地点から僅かに外れたところに横たわる人物が目に付いた。
「ぐ……あ……。」
それは、この戦場の帝国軍総大将、オルトだった。
「ひゃははは……あれから良く逃げたねぇ。」
バーモンドは、額からドッと溢れる汗を拭い、SPの大量消費による倦怠感を極度の興奮で無理矢理抑えて、一歩一歩と横たわるオルトへ近づいた。
「……ひゃあっ♩」
その姿を見て、益々興奮する。
いくら範囲外に逃げきったとは言え、無事なはずがない。
オルトの両足は、膝から下がズタズタに切り刻まれ、形を成していなかった。
加えて、左手首も失っている。
全身のあちらこちらから血を吹き出し、睨むオルト。
「く、そ。秘奥義なんて放ちやがって。……卑怯者、が。」
その言葉に、腹の底から笑いがこみ上げてきた。
「卑怯者!? ひゃはははは! どの口開いて言うんだい、オルトくぅぅん!? これがファントム・イシュバーンのギルド戦だろうが!」
そのまま、横たわるオルトの腹を思い切り蹴り飛ばした。
―― DEFはそこそこ高いため、戦場に再び降り立つ前に殺した出口の女ほど吹き飛びはしなかったが、それでもくぐもった呻き声を上げて転がる。
そのまま、頭を思い切り踏みつけ、怒鳴る。
「卑怯者はテメェらだろうが、オルトォ! 【暴虐のアロン】の所為で、どれだけボクたちが散々な目に遭ったと思っている!? あの戦力、あの “永劫の死” の所為で! アロンが居る帝国戦をどれほど避ける必要があったと思っているんだ、バァァァァァカ!」
「……ケッ。それは、逃げただけだろ、チキン野郎。」
その言葉に、バーモンドは顔を真っ赤に染め上げて更に力強く踏みつけた。
「言わせておけばぁ! チキンはテメェらだろ、帝国共! アロン無しじゃ勝てねぇって、あいつがログインしなくなってからぁ! あっさり落ちぶれたじゃねぇか、ヘボが! 最弱陣営が!」
―― バーモンドの言葉は事実だ。
ある日を境に、【暴虐のアロン】はパッタリと姿を見せなくなった。
毎日ログインし、“いつ寝ているんだ?” と誰しもが疑問に感じるほど、VR機器の制限である “4時間休憩” 以外はずっとファントム・イシュバーンの世界に居た【暴虐のアロン】が現れなくなったのは、帝国陣営にとってはショッキングな出来事であった。
“ゲームのやり過ぎで死んだ”
“何かリアルで事故や事件に遭った”
様々な噂が交錯されたが、アロンを失った帝国陣営は、大多数ギルド戦 “攻城戦” で聖国・覇国両陣営から途端に勝利出来なくなったのだ。
聖国陣営と覇国陣営は、アロンに勝てない裏で、自己研鑽に励み、研究に研究を重ねてきた。
対して帝国陣営は、ある意味アロンの強さに甘え、胡坐をかいてきたために、そうした研鑽や研究を怠ってしまったのだ。
その結果は、火を見るよりも明らか。
帝国陣営が力を取り戻すまで、長い年月が掛かってしまった。
それからは、特定のギルドやパーティー、またアバターだけに頼り切るのは止めよう、という風潮が強くなり、自己研鑽に励むプレイヤーが増加、結果としてファントム・イシュバーンが更に盛り上がる切っ掛けとなったのは何とも皮肉な話だ。
“最弱陣営”
アロンを失った帝国陣営の、侮蔑だ。
「まぁ、良いや。ほら見てごらん? 君らのところにやってきたアロンの、無様に敗北した姿を……。」
オルトの頭を踏みつけながら、無理矢理首を反対側へと向けさせた。
土煙が晴れつつある、ジャルーゾの爆心地。
土が捲れ、岩は砕かれ、そしてバラバラに砕かれた生々しい死骸があちらこちらに散らばっている。
徐々に晴れる視界の中、一人、座っている人物の影が見える。
その姿に、バーモンドは思わず顔を綻ばせた。
「サブちゃぁぁぁああん♩」
目は虚ろ。
ずたずたになった両足に、原型を留めていない両腕。
胸や腹から血が溢れる、無残な姿のサブリナであった。
「……ゴ、ボッ。」
虚ろな目がバーモンドを捉えた瞬間、サブリナの口から大量の吐血が溢れた。
「うわぁぁお♩ 生きている! さっすがボクのサブちゃんだねぇ!」
目をらんらんと輝かすバーモンドは、動けないオルトなど構いもせずにサブリナの許へ駆け出した。
彼女は、今だ “狂刃錬成” の『烙印』強制発動が継続中だ。
つまり、自然治癒でHPは回復しない。
むしろリアルと同じく、出血に伴うHP減少はあるのだ。サブリナは放って置けば絶命必至だろう。
駆け出しながらバーモンドは、次元倉庫を開いて貴重な “フルキュアポーション” を取り出した。
サブリナの怪我は、とても “ポーションシャワー” では回復出来ないし、“聖癒” も先ほど自分自身に使ってしまった。しかも “狂天” の効果発動中での使用のため、チャージタイムが3倍というペナルティーまで継続されている。
―― 尤も、そうでなくとも “聖癒” は発動出来ない。
高威力のスキル発動に、秘奥義発動。
バーモンドのSPは、すでに枯渇しているのだ。
「さぁ、サブちゃん。今度こそ帰ろうねぇ。」
絶命寸前のサブリナにフルキュアポーションを使うのは、ジャルーゾを当ててしまった負い目も多少あるが、弁明もままならないまま死に戻りされると後々面倒臭いから、という保身からだ。
フルキュアポーションは、“神医” にしか調合出来ない。
帝国・聖国の他の陣営に “神医” が転生したという話を聞かないため、実質世界でバーモンドにしか作り出せない貴重な逸品だ。
しかも、そこに使う材料はどれも貴重な物ばかりなので、覇国最高権力者の一人と言っても過言でないバーモンドでさえ易々とは作れない。
現在、手元に2本。
覇国の王、“覇王” に献上した3本。
サブリナに乞われて分け与えた1本。
計6本しかこの世界には無い。
―― はずだった。
『バシャッ』
「え!?」
虚ろな瞳で死を目前にしたサブリナの頭上。
土煙の中からスッと黒銀の手が伸びた。
その手が握る小瓶には、鮮やかな赤色を帯びた液体。
それをひっくり返し、サブリナの頭から掛けたのだった。
「ふぇっ!?」
駆け出したバーモンドは、思わず立ち止まる。
鮮やかな赤色の液体。
それは、今、バーモンドの手に握られている “フルキュアポーション” であると、理解した。
“何故、そんなものが!?”
「ど、どういうこと……ッ!?」
身体の傷が全快となったサブリナも、呆然と両手を眺める。
―― その時。
『スピッ』
乾いた音と同時に、サブリナの両手が消えた。
正確には、斬り飛ばされた。
「ヒッ、ヒギャャアァァァァァアアアッ!?」
「サ、サブちゃ……!?」
叫ぶサブリナの背後の土煙に、影。
その影から、ぬらりと光る青と銀に光る剣刃が映り出された。
「な、な、な、な、なん、で……?」
『パリン』
余りの恐ろしさ、悍ましさに腰を抜かすバーモンドは、思わず握っていたフルキュアポーションを落としてしまった。
地面に打ち付けられ割れたフルキュアポーションが、シュー、と紅い煙を出しながら揮発する。
貴重なフルキュアポーションを一つ失った。
いや、そうではない。
それどころの問題では、ない。
“何故、生きている?”
“何故、それをお前が持っている?”
“何故、それをサブリナに使った?”
“回復させたサブリナの両手を、何故、切り取った?”
“わざわざ回復させたのは、何故?”
そんな疑問を嘲笑うかのように、土煙の中からそれは姿を現した。
輝く黒銀の全身鎧。
同じ黒銀の鉄仮面。
淡く光りを放つような、白い外套。
輝く剣を横に薙ぎ、残る土煙を撃ち払った。
「……さすがに生きた心地はしなかったよ。」
心無しか声は震えている。
しかし、その姿は五体満足。
先ほどと打って変わらない十全な姿を現した。
その姿に、バーモンドは喉が切れるほどの絶叫を上げてしまった。
「な、何故ッ!? 何故、生きている! アロン!!」
◆
“人間の限界は、6職”
それが、ファントム・イシュバーンで覚醒職までをジョブマスターに出来る系統職業の限界だとされている。
7職目に手を付けようものなら、恐らく基本職ですらジョブマスターに辿り着くことは出来ないだろうと言われているからだ。
しかし、世界でただ一人。
【暴虐のアロン】だけが、8職全てをジョブマスターに辿り着いたのだった。
それがどれだけ途方もないことか。
それがどれだけ偉大なことなのか。
ファントム・イシュバーンで高みを目指す者なら、一様に理解する。
だが、その真価はスキル数ではない。
当然、扱えるスキルも誰よりも多種多様であることは疑いもない。
それだけ多くのJPを稼いだ。
即ち、それだけ多くのモンスターや敵を屠ってきた。
圧倒的プレイヤースキル。
判断力、行動力。
反応速度。
ステータスに現れない、あらゆる技術において彼の右に出る者は居ない。
“その力、秘奥義すら凌駕する”
唯一の “完全無欠” は、世界を玩具にする快楽殺人鬼を前に、“殲滅” の刃を振り上げるのであった。
次回、2月15日(土)掲載予定です。