6-6 30秒
アガレス平原
広大に広がる平原は、砂地と僅かに雑草が生えるだけの広大な平地だ。
ところどころに生える樹々は殆どが折れ曲がり、折れた樹々以上に少ない岩は、人が身を隠すには全く意味を為さないほど無造作に砕けている。
折れた樹々や岩、そして踏み固められ砂地と僅かな雑草が広がるこの地は、遥か太古より帝国と覇国が争い続けてきた歴史の足跡だ。
かつては肥沃な大地だった、アガレス平原。
―― そこには、平和があった。
だが、今の人々がそう聞けば、一笑に付すだろう。何故なら、“平和” とは程遠い光景がこの広大な平原に広がっているからだ。
雲一つ無い大地に、整然と並ぶ人の大群。
北側に陣を構えるは、赤と茶を基調とした “帝国戦装” と呼ばれる丈夫な戦闘服に、鉄や鋼、中にはミスリル銀で拵えた鎧兜で身を包む帝国兵。
招集された冒険者も混ざった300人ほどで隊列を組み、一定間隔を取り並んでいる。
そして南側に陣を構えるは、黒と灰色を基調とした “覇国戦装” に、帝国兵と同じように鎧兜で身を包む覇国兵が並ぶ。
こちらもまた、召集された冒険者も混ざり、帝国の隊列よりやや数の多い500人ほどが陣形を取る。
覇国軍の配置は、明らかに帝国軍の陣形を意識したものだった。
このまま互いに “攻め” の陣形のまま衝突すれば、帝国軍が不利であるのは火を見るよりも明らか。
しかしながら、軍の陣形というものは基本的に前日までに決定され、末端にまで隊列が指示されるからこそ整然と組むことが出来るものだ。
それを敵対軍勢が選択した陣形に対し、有利な隊列に組みなおすのは不可能に近い。何故なら、軍勢は約6万人にも及ぶ大所帯なのだから。戦闘直前での陣形の組みなおしは大きな混乱を招き、結果、敵の軍勢に大きな隙を見せることになる。
実行できる範囲となれば、敵が明らかにこちらの陣形に対して有利な形であった場合、“攻め” の陣形から “守り” の陣形へと変換する、予め指示してある簡易的な動きを命じることか、コントロール可能なレベルの数で組む隊列に戦況に応じた奇襲作戦を命じることくらいだ。
即ち、帝国軍の陣形は――。
「アロンの予想通り、バーモンドの野郎がウチに侵入してまんまと情報が掴まれたってことだ。」
“総大将天幕内”
大きな長方形のテーブルの上座。
両足をテーブルの上に投げ出した総大将オルトは苦々しく呟いた。
―― 本来、陣形を読まれた時点で軍勢としては概ね “詰み” だ。
現時点で組む “攻め” の配置から、“守り” の配置へと転換するよう命じるべきだが……。
それこそ、サブリナ戦法の餌食となる。
守りの陣形で固まったところに現れて、ミーティアを撃ち放つ狙いが、見え透ける。
しかし、オルトの心配事はそこではない。
「……本当にサブリナに攻撃を、というか、ポーションシャワーを当ててきたのか?」
テーブルの上に投げ出した両足を降ろし、オルトの反対側に座る全身黒銀鎧の男に剥けて神妙に尋ねた。
その男は先日、深夜にディメンション・ムーブで覇国の大砦に潜入し、見事サブリナに攻撃――、クリエイトアイテムスキル “ポーションシャワー” を当ててきたと報告したアロンだった。
「ああ。覇国の国境内にたむろしているから移動は不可能だが、今も問題無く視覚効果で様子を見ることが出来ている。問題は無いよ。」
鉄仮面で表情は伺い知れないが、まるで気負いもせずアロンは首肯しながら答えた。
その様子にオルトは、チッ、と一つ舌打ちする。
顔を顰めながら椅子に深く、身を預けた。
「そのまま暗殺をしてしまえば……っと、そういや、無意味だった。結局、バーモンドの野郎はサブリナと一緒に戻って来るだろうからな。」
相手が単なる転生者なら、暗殺も有効手だ。
デスワープで翌日に復活するが目覚めるのは拠点となる自宅であるから、再び戦場に降り立つには相応の時間を要する。
しかし、ディメンション・ムーブが扱えるバーモンドとなると話は変わる。
いくら暗殺しようとも移動範囲内であれば1回で、そうでなくとも2回、3回と連続使用すればどんな遠方地だろうと一足飛びで移動することが出来るのだ。
利点を挙げるとすれば、連続使用制限5回のディメンション・ムーブの貴重な使用枠を潰す事だが、1時間経過する毎に回復するため、焼け石に水どころのではない。
「ああ。だからこそ戦場に引っ張り出して叩く必要がある。」
それこそがアロンの告げた策なのだが、どうしても懐疑心が沸き起こるオルトであった。
―― 目の前に居るアロンは、ファントム・イシュバーンで前人未到のレベル995に辿り着いた “最強”
即ち、ファントム・イシュバーンの頂点だ。
その通り名は【暴虐のアロン】
それはレベルが高いだけではない。
スキルを理論上最大数扱えるだけではない。
一つでも入手すれば他のプレイヤーから羨望を集める “神話級” の武具で全身を固めていただけでもない。
真に恐るべきは、人外級のプレイヤースキルだ。
ファントム・イシュバーンというVRMMOは、取り付けた機器が脳内シナプスと連動して、まるで自身が動き回るかのようにアバターを操作して、駆け巡るは広大な世界。
冒険者となり様々なフィールドを探索し、72箇所の迷宮へ潜り、多種多様なモンスターを駆逐しながらプレイヤーの分身であるアバターのレベルとステータスを上げて、その冒険の中で手にする多種多様な屈強な武具と、スキルを得ていく。
そして、このゲームのキラーコンテンツともいうべきシステム。それが、圧倒的大多数のプレイヤー同士が争うギルド戦だ。
三つの大国のいずれかに所属し、互いの領地を賭けるという名目で最大30ギルド対30ギルド、ギルド上限50人、1,500人と1,500人ものプレイヤーがリアルタイムで “殺し合う” のがファントム・イシュバーンの目玉。
そこで暴虐の限りを尽くし、聖国・覇国の両陣営を震え上がらせたプレイヤーこそが、【暴虐のアロン】だ。
(レベルや装備とかじゃない。敵対陣営に易々潜入するどころか、ターゲットへ確実にマーキングしてくる力量に、その神経も相当だ。……これが、アロンか。)
どういう訳か、同じ転生者であるはずのカイエンを嵌め、一時は投獄までさせたという。
そこに至った背景は、“転生者と判明した者は、速やかに帝都へ暮らし帝国の礎となる” という帝国の皇帝令に従わず転生先であるラープス村に住み続けているという、オルトにとって、いや、他の転生者たちからしても理解不能の行動からだ。
だが、アロンが転生者であるという明確な理由が示されず、なおかつ帝都移住の勧告に村の財務調査という脅しをセットにした事で、“神聖な適正職業の儀を穢した” と、この世界にとっての重罪に該当したため、莫大な権力を持つ転生者だろうと身柄を拘束されてしまったのだ。
だが、蓋を開ければそのアロンは、【暴虐のアロン】
“転生者” だ。
“どうして、カイエンを嵌めた?”
“何故、嘘を付いた?”
オルトとしては、色々と問い正したい。
だがアロンは、帝国軍最高権力者である “大帝将” ハイデンの名代としてこの戦場に来た。下手に騒ぎ立てて今まで築き上げてきた立場を危うくさせる気は毛頭にない。
「総大将殿。敵は明らかにこちらの陣を意識している。このまま当たれば我が軍が多く被害を受けるが……守りの陣形を指示しなくても良いのか?」
天幕の中に入り、苦々しい表情で告げてきたのは “蒼槍将” バルトだ。
立場的にはオルトよりも上だが、この戦場ではオルトが総大将なのだ。覇国との激突が始まる前から、その意向を無視して勝手に命令など下せない。
本来、敵が有利な陣形を構えているなら守りに徹するのがセオリーなのだが……。
「いや、このままで良い。」
“守りの陣形は、ミーティアの餌食になる”
それを避けての指示であるが、
「……オルト、ボクの事が信用できないのか?」
ガチャリ、と僅かに立ち上がりアロンは非難の声を上げた。
アロンが覇国陣営に潜入し、サブリナに攻撃を当ててきたのは “サブリナとバーモンドのコンビを打ち倒す” という目的に、“ミーティアの脅威を無くす” という目的もある。
アロンの攻撃が成功した時点で、サブリナとバーモンドがディメンション・ムーブで戦場に降り立てば、その瞬間にアロンが背後を取り、“スキルキャンセル” の効果を持つスキルで急襲してしまえば、ミーティアの発動は阻止できるのだ。
だが、オルトは首を横に振る。
「信用していないわけは無いさ。お前は間違いなく【暴虐のアロン】だから問題は無いと思っている。だが……。」
ドン、と両肘をテーブルに着け、アロンを睨む。
「万が一の場合、多くの兵を失うことになる。確かに今のまま攻めれば帝国の被害は大きくなるが、お前の作戦が失敗した場合、守備陣形で固めていたところにあんな隕石を降らされたら、今までとは比べ物にならないほど被害が出るぞ?」
「し、しかし!」
オルトの言わんとすること、立場は理解出来る。
だが、現状ままではどのみち多くの兵の命が危険に晒される。
“いっそ、永劫の死について伝えるか?”
四の五の言える状況ではない。
人の命が掛かっているなら尚更だ。
だが、オルトとアロンの話を静観していた “紅法将” タチーナが呆れるように告げる。
「もう遅いさね。今更守りの陣形に変えろと伝えても、徒に兵の士気を下げるだけやの。それに混乱も生じる。バーモンドが侵入し、こちらの作戦が筒抜けになっているというアロン殿の予想を信じ切れなかった将校共の責任でもあるわ。」
その言葉に、同じように二人のやり取りを眺めていた “大剣戦士” ホーキンスと “魔導師” アニーも首を縦に振った。
「オレら、一応。万人隊長なんだけどなー。」
「アタシらが言っても “そんなはずは無い”、“潜入を許すほど甘くない” と言って全然信じてくれなかったからねぇ。」
それもそのはず。
その情報元は先日派遣されたばかりの得体の知れない冒険者。超越者という話もあるが、聞けばまだランクFの最下層。
ホーキンスとアニーはもちろん、アロンは “ハイデン将軍の名代だ” という事も告げたが、多くの兵の命を預かる他の隊長格から信用を得るには至らなかった。
「アロン。兵も冒険者も帝国を守る一心で戦場に立っているんだ。そいつらの働きに報いるにも、お前のやるべき事は一つ。そうだろ?」
諭すように伝えるオルトは、何となくだがアロンの事を掴めたと考える。
帝都行きを拒んだ理由。
この世界の人々に傾倒する理由。
生まれ故郷、ラープス村に拘る理由。
(余程、現地妻に惚れ込んでいると見た。)
転生者の中には、他の転生者からNPCと蔑まれるこの世界の人間と婚姻する者も少なからずいる。
アロンもその口なのだろう、と結論付けた。
「総大将閣下! 覇国軍が動きました!」
まだ何か、アロンが紡ごうとした瞬間。
天幕の外から、隊長格の一人が怒鳴るように報告をした。
「来たか! 進軍しろ!」
「はっ!」
同じく怒鳴るように答えたオルトは、ゆっくりと立ち上がった。
「さて。ホーキンスは後方部隊を率いて “数の理” と油断しきっている覇国の馬鹿どもを蹴散らせ。」
「了解!」
「アニーは魔法部隊の指揮だ。基本はホーキンスの部隊のサポートだ。あと怪我人が居たら可能な限り本陣営の医療部隊まで送ること。」
「はーい。」
ホーキンスとアニーは気前良く返事をして天幕の外へと出た。
とてもこれから戦場に立つ者の雰囲気ではない。
その様子を唖然と見つめるアロンに、くくく、と笑うオルト。
「不思議か? そういやお前はこっちの世界の戦場には初めて立つんだっけな? ……安心しろ。」
“安心しろ”
その言葉に思わず眉を顰めるアロン。
「多少リアルなだけで、ファントム・イシュバーンとそうは変わらない。まぁ、ダメージを受ければ痛みはあるしHPが無くなれば死ぬが、お前も転生者ならデスワープが働くから死ぬことは無いから安心しろ。」
“やはり、こいつもそういう認識か”
アロンは吐き出したくなる溜息を堪え、頷く。
―― 安心など、出来ない。
今始まった戦場で、多くの命が危険に晒されるのだ。
だが、それが兵士や冒険者の本懐。
アロンが防ぐべきは、その命を無闇に簒奪しようとするサブリナ達の、無差別攻撃なのだから。
◇
「オルト隊長! 大変です!」
戦争が始まって1時間ほどか。
伝令役の兵が慌てて天幕内へと飛び込んできた。
「何だ?」
「先ほど覇国軍勢が、何故か戦場のど真ん中を突撃してきました! かなりの数です! バルト将軍の指示で右翼、左翼の部隊も迎撃に向けて進軍いたしました!」
突然の突撃。
その報は、むしろ “覇国軍の悪手” である。
伝令役も慌てて報告に走ったが、その表情に悲壮感はない。
―― だが。
「そこまでするのか……サブリナとバーモンドは。」
その報告を聞いたアロンは、怒り心頭で紡いだ。
“黒鎧将” レイザーのような全身鎧の冒険者――、聞けば、今回の作戦の “切り札” とのことだが、未だオルトと共に天幕に籠っている事に、兵は僅かに顔を顰めた。
「そうか……。ご苦労。」
立ち上がったオルトは、背に二本の黒刀を背負った。
そして、兵へと顔を向けた。
「伝令役へ。オレはこれより戦場へ入る。」
オルトの宣言に、兵は帝国式の敬礼で応えた。
……それにも関わらず。
「サブリナ……!!」
怪しい冒険者の男――、アロンは兵の敬礼に応えず、ただ独り言を呟き続けるだけだった。
その姿に、兵は益々苛立ちを覚えた。
アロンは、ディメンション・ムーブの視覚効果でサブリナの様子を見続けているのだ。
戦争が始まっているというのに、豪華なソファで昼寝をしていたと思いきや、突然起き上がって外へ駆け出し、バーモンドが残虐な手法で切り刻んでいた覇国軍の将校と思わしき初老の男を “ラージフレア” で焼き殺した。
その一部始終は、目を背けたくなる悍ましいものだった。
ディメンション・ムーブの視覚効果では、声までは聞こえない。
だから、どんな理由でバーモンドが将校を切り刻んでいたのか理解できないし、サブリナが突然その将校を焼き殺したのかも分からない。
―― ただ、分かるのは明らかに、二人とも人の命を弄び、愉しんでいるのだろうということだ。
「アロン……どうやら頃合いのようだな?」
オルトはアロンの隣に立ち、紡ぐ。
同時にアロンはガチャリッ! と大きな音を立てて勢いよく立ち上がった。
「ああ……。今、奴は詠唱段階に入った。30秒だ。」
それは、本来なら今から30秒後に、多くの帝国兵と巻き込まれた覇国兵の身に、理不尽な死が降りかかる事を意味している。
しかし、そのどうしようもない理不尽な死を、この【暴虐のアロン】は止める術を持つ。
「オルト、ボクの肩に手を置いてくれ。」
「おう。」
会話の内容は全く分からないが、この戦場の総大将であるオルトに敬語も使わず不遜な態度を取る冒険者の男に、益々憤りが募る伝令兵。
しかし、この場に居る事。
オルトが特段咎めない事から、上位冒険者だと無理矢理納得する。
そんな矢先。
「君。さっきの話の続きだ。この場の指揮は全てバルトさんとタチーナさんに任せる。オレとこいつは、これから戦場へ向かう。」
「え? あ、ははっ!」
再び敬礼で応える兵だ。
だが、“戦場へ向かう” と言ったが、オルトもアロンも動く気配が無い。
どういうことか? と固唾を飲んで見守る。
「動いた!」
叫ぶ、アロン。
それが合図だ。
『シュンッ』
ディメンション・ムーブ、発動。
一瞬で消える、オルトとアロン。
「へっ!? え、ええええええっ!?」
ただ一人。
腰を抜かす伝令兵を、置いて。
◇
『シュッ』
視界は一瞬で、土埃舞う戦場が映る。
周囲には、剣と剣を鍔迫り合いしながら歯を食いしばる帝国兵と覇国兵。魔法を放ち、また魔法で打ち返す魔法士たち。
そして、首や胴から血を垂れ流して倒れる者たち。
土の匂い。
血の匂い。
季節は冬というのに、身体に纏わりつくような熱気が立ち込める。
アロンの眼前。
真っ赤なドレスに真っ赤なボサボサの長髪。
両手を正面に突き出し、祈るように魔力を籠める、女。
その隣には、様々な鉱石を織り込んだ豪奢なコートを纏う、長めの紺髪に目立つ白のアッシュが入った、男。
オルトは、この世界で初体験となるディメンション・ムーブの瞬間移動に、頭も身体も付いてこられていない。
予想通りだ。
「“オーバークラッシュ”」
まだ帯刀していたアロンが選択したのは、僧侶系上位職 “武僧” スキル、“オーバークラッシュ” だった。
武僧は、僧侶系上位職で唯一肉弾戦を得意とする職業で、高い攻撃性能に合わせ、残りの上位2職をジョブマスターに辿り着いてさえいれば、回復に補助にと立ち回れる、攻守に優れている。
その他の特徴を挙げるとすると、十中八九、自身と他者のステータスを底上げする “アタックカバー” と “ガードカバー” の2つのスキルが述べられるだろう。
それか “素手、またはナックル装備時にATKとMATK、回復効果とバフ効果が5%アップし、自身のDFEとMDEFが10%アップする” という常時発動スキル “武僧の心身” を挙げるだろう。
―― いやいや、派手なエフェクトで敵を一網打尽できる “ブラストナックル” も捨てがたい。
だが、アロンが武僧で選択したスキルは、“オーバークラッシュ” だった。
体感的に射程は5メートル程、勢いよく突き進み直線上の敵に肘鉄を食らわせる地味なスキルだ。
だが、このスキルには大きな利点が2つある。
1つは、発動までのチャージタイムが0秒であること。
つまり、ノータイムで発動できることだ。
そしてもう1つが、“スキルキャンセル効果” だ。
スキルによっては詠唱、つまり発動まで数秒~最大1分(常時発動スキルによって半分に短縮される)チャージタイムが必要となる。
主に、僧侶系、魔法士系、獣使士系にその傾向が高い。
本来、チャージタイム中にノックバック――、吹き飛ばし効果のある攻撃を食らうと、チャージ途中のスキルはキャンセルさせられてしまう。
だが、“聖” の覚醒職が取得できる “解放系” とよばれるスキルを取得すると、任意で発動する効果とは別に、オン・オフが切り替えられる常時発動効果として “ノックバック無効” があるのだ。
これは全8職共通となる。
これにより、チャージタイム中は例外を除き妨害無効が機能する。
例外は、3つ。
1つ目は、“混乱”、“誘惑” の状態異常に陥った場合だ。
放つ攻撃が味方にもダメージを与えるようになる――、つまり、唯一 “フレンドリーファイア” が出来てしまう状態となった時、プレイヤー間で “安全装置” と呼ばれる現象、つまりスキルキャンセルが自動的に働く。
2つ目は、HPがゼロになった時――、つまり戦闘不能に陥った場合だ。
“ノックバック無効ならば、スキルが発動される前に倒してしまえ” と猛攻を与えられて死亡判定になった場合は、流石にスキル発動とはならない。
そして3つ目。
“スキルキャンセル効果のあるスキルで、攻撃する”
スキルキャンセル効果のあるスキルは、実は少なくない。
覚醒職が放つ奥義、準奥義と呼ばれるスキルには必ずキャンセル効果が備わっており、それ以外にも上位職のスキルにも幾つか存在している。
だが、唯一ノータイムで放てるのが武僧の “オーバークラッシュ” なのだ。
後方支援としてギルド戦の回復の要となる僧侶系は、高確率で敵対者に狙われる。
中には、一網打尽にしようとミーティアやバハムートといった広範囲・高威力スキルを放とうとするプレイヤーも居るくらいだ。
そんな恰好の的となる僧侶系が、自身の身を守るだけでなく、即効で凶悪スキルを事前に潰し、味方にチャンスを与えるアタッカーへと昇華させられるスキルこそが、このオーバークラッシュだ。
そしてもう一つ。
“ノックバック無効” にはデメリットが存在する。
それは、“発動していなくてもスキルに必要とされるSPを消費してしまう” という事だ。
大抵、ノックバック無効を付けるのは発動まで時間のかかる奥義等の大技だ。
そして大技は、要求されるSPの値が莫大。
普通の状態でスキルキャンセルとなれば消費しないはずのSPが無駄になることを恐れ、あえてノックバック無効を外すプレイヤーも多い。
多少のリスクを背負ってノックバック無効を付けるか。
スキルキャンセルにやられる可能性を考慮して、ノックバック無効を外してSPの無駄な浪費を避けるか。
多人数ギルド戦に臨む前、プレイヤーの多くが頭を抱えるのであった。
「!?」
ディメンション・ムーブで移動した瞬間、と形容すべき刹那。
頭も身体も付いて行けなかったオルトが目にしたのは、スキルキャンセル “オーバークラッシュ” を放ち、豪速でサブリナへ突進するアロンの姿だった。
そして、反応出来なかったのはオルトだけで無かった。
今まさに、ミーティアを発動して戦場を蹂躙しようとしていたサブリナも、サブリナをこの場へ送り届けた元凶、バーモンドもまた、反応出来なかった。
『ドゴンッ』
「きゃあああっ!!」
アロンのオーバークラッシュがサブリナの左脇腹にめり込み、華奢な身体が豪快に吹き飛ぶ。
アロン達が現れたのは、サブリナのすぐ背後。
オーバークラッシュの真っ直ぐ突き進む推進力が、そのままサブリナの身体に移ったのだ。
サブリナが居た地点で急停止したアロンはその反動まま身体を捩じり、隣に立つバーモンドの背に向けて回し蹴りを入れた。
サブリナほど吹き飛びはしなかったが、アロンの肉体に宿る攻撃力が、“狂天” によってサブリナ同様に防御性能ゼロ・被ダメージ2倍の状態となるバーモンドにクリーンヒットした。
まるで抵抗なく、くぐもった声を漏らしながら地面を転がる。
流れるようなアロンの攻撃。
そして、目論見通りサブリナのミーティアをかき消した。
「お、おい……。」
わずかに遅れて二本の黒刀を抜いたオルトは唖然としながら呟いた。
本来なら、アロンがサブリナをスキルキャンセル効果のあるスキルで吹き飛ばした後、バーモンドはオルトが切り裂く予定だったのだ。
だが、オルトが手を出す前に、アロンはバーモンドまでも吹き飛ばした。
それを咎めようと声を荒げようとしたが、寸前、オルトは口を閉じた。
アロンの全身から湧き出る、悍ましい気配。
既視感あるこの悪寒は、戦士系覚醒職 “竜騎士” スキル、“ドラゴニックオーラ” だった。
―― まるで、“手を出すな” と有無を言わせぬ圧。
身震いするオルトは、ただ、アロンの背を見続けるしか出来なかった。
それは同時に、戦場にも変化を齎した。
避けられぬ “死の運命” を捻じ曲げた、全身鎧。
その禍々しい出で立ちから噴き出る、死を想起するという表現すら生温い殺意と怒気の圧力。
剣を打ち合っていた、魔法を放ちあっていた両軍の兵もまた固唾を飲み、突然現れた狂人に土を着けた鎧のバケモノをただ見守る事しか出来なかった。
戦場にあるまじき、静寂。
その静寂を切り裂くように、アロンは腰に下げた青白く輝く、神々しくも禍々しい片手剣――、通称 “ヒューマンキラー” 聖剣クロスクレイを抜いた。
その姿は、絶対的強者の命すら刈り取る、悪魔そのもの。
そんな突然現れた悪魔に、未だ立ち上がれないバーモンドが震える声を、絞り出した。
「ぎ、ざ、ま……は……アロンッ!?」
アロンは横たわるバーモンドを見下すよう、一つ溜息を吐き出して答えた。
「そうだ。久しぶりだな。“満天星” サブギルドマスター、“神医” バーモンド。……いや、“チキン野郎”。」
“チキン野郎”
サブリナ戦法というヒット・アンド・アウェイを編み出し、ギルド戦で猛威を揮って覇国陣営に多大な貢献をしたと自負するバーモンドに名付けられた、不名誉な二つ名だ。
“サブリナの威光に縋る、腰抜け”
“移動スキルの抜け穴を利用しただけのハメ技”
“失敗した時、相方すら見捨てる卑怯者”
「て、めぇ……! アロン、アロォォォォンッ!!」
バーモンドは未だ呼吸も定まらない中、無理矢理立ち上がる。
ファントム・イシュバーンの立場と職業を知っている。
それ以上に、侮辱甚だしい二つ名を知っている。
【暴虐のアロン】に、間違いない。
だが、怒りに我を忘れた振りをしながらもバーモンドは冷静であった。
“勝てるわけがない!”
【暴虐のアロン】が帝国陣営に転生していたという事は、覇国だけでなく聖国にとっても脅威でしかない。
ファントム・イシュバーンのように上手くレベリングは出来ないだろうし、武具も満足に手に出来ないとは言え、覇国にとって、聖国にとって、【暴虐のアロン】は言わずとも知れた最悪のビッグネームだ。
少なくとも、その身に宿す職業は “剣神”
そして、前人未到の72ものスキルを有する正真正銘のバケモノなのだ。
―― とどめには抜刀したオルトまで居る。
バーモンドは、斜め後方で倒れるサブリナにチラリと目線を飛ばした。
わずか一瞬で、様々な考察が浮かび上がる。
“アロンもディメンション・ムーブが扱える!?”
“VITのステータスをMAXにしたサブちゃんを吹き飛ばすほどの攻撃力を持っている!”
“狂天のデメリットが継続している中、オルトまで相手に出来ない!”
“逃げよう!”
この場での勝利条件は、サブリナの身体に触れてディメンション・ムーブで、覇国の国境内に辿り着く事だ。
幸いに、瞬間移動の出口先となる女の登録は有効。
アロン、オルトの攻撃を避けて、耐えて、何とかサブリナに一瞬触れるだけで良いのだ。
それで、逃げ切れる。
だが、そんなバーモンドの計画を霧散させる怒声が、戦場に響く。
「アァァァアアロォォオオンッ!!!」
彼女もまた、バケモノ。
“狂天” の防御性能ゼロ・被ダメージ2倍など物ともせず、般若のように貌を凶悪に歪ませたサブリナが立ち上がり、突然現れた宿敵に向かって咆哮をあげるのであった。
次回、2月4日(火)掲載予定です。
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《お知らせ》
この度は【暴虐のアロン】を御覧いただきありがとうございます。
前回の《お知らせ》でも掲載しましたが、現在作者は本業だけでなく副業の準備や実施でイッパイイッパイな状態です。
それこそ、執筆の時間が満足に取れないほどです。
大変申し訳ありませんが、次回は来月まで掲載が出来ません。
次回掲載予定は4日(火)としましたが、正直どうなるか分からないのが現状です。
落ち着いたら更新ペースを戻したいと考えておりますので、どうか御容赦ください。
今後も【暴虐のアロン】をよろしくお願いいたします。
浅葱 拝