表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/116

6-5 潜入

“アガレス要塞” 最上階

“司令会議室”


時は戻り、アロンがオルト達に『自分もディメンション・ムーブが使える』と告げた直後。

誰もが口を閉ざし、信じられないといった表情でアロンを見つめるのであった。


だが、それは先ほどまで “手が無い” と半ば諦めの空気が漂っていたものとは違う。


期待と不安。

その二つが入り混じる。



「任せろ……との事だが、具体的には何をする?」


長い沈黙を破ったのは、総大将のオルト。

この覇国軍との前線に立ち、現場で指示するだけでなく、上位に位置する超越者として、自身も敵を切り刻む双剣の達人。


武闘士系覚醒職 “鬼忍”

それも、僧侶系だけをジョブマスターとした異色の武闘士だ。


継承スキルの相性で言えば薬士系の方が良いのだが、ファントム・イシュバーンで彼が最初に選んだ職業は僧侶だった。

その時、僧侶系上位職 “武僧” に辿り着き、ほぼゼロ距離の近接で敵と相対することの面白さにはまっため、僧侶系の覚醒職 “聖者”・“魔神官” を極めてから、迷う事なく武闘士に転職をした。


ファントム・イシュバーンの帝国陣営に所属する武闘士系で “神拳” レイジェルトに次いで強いのは誰か? と問われれば5人中3人が “オルトだ” と答えるだろう。


キャラクターの性能以上に誇るは、圧倒的なプレイヤースキルに裏付けされた技術。


だが、そんなオルトが放つ ”奥義・鬼獄八極” を、完全な死角から音も無く放ったにも関わらず、バーモンドはディメンション・ムーブの瞬間移動で易々と避けたのだ。


二本の黒刀の切っ先に触れたのは、バーモンドのわずか薄皮一枚。


速さには絶対の自信を持つオルトですら、その程度。

そんな相手に対してどのような策を講じるのか。


ただ、ディメンション・ムーブが使えるだけでは話にならない。国境外へ逃げられたら、追いかけることさえ出来ないのだから。




「単純な話だ。バーモンドと同じようにボクも覇国軍へ潜入して、サブリナに攻撃を当ててくれば良い。」


アロンの言葉に、全員が目を見開いた。


「そんな事が出来るのか!?」


疑問の声を上げたのは、バルト。


先ほどオルトから告げられたディメンション・ムーブを告げられれば、なるほど、覇国軍の陣営へ潜入することは出来るだろう。


だが、敵軍の総大将であるバーモンドとそのパートナーであるサブリナに攻撃を当ててくるとなれば、難易度は桁違いに跳ね上がる。


相手は覇国で “最強” と呼ばれる二人組だ。

他の超越者とは、一線を画する猛者である。



「それは、暗殺してくるってことか?」


続いてオルトが苦々しく告げた。


“ファントム・イシュバーンの【暴虐のアロン】なら暗殺も可能かもしれない”


それどころか、単騎で覇国軍の陣営をガタガタに切り崩してくることも出来るだろう。


だが、ここは転生先のよりリアルな世界(ゲーム)

ファントム・イシュバーンのように簡単にレベルアップする事は叶わず、武具もまともに手に入らないのが現状だ。


事実、万人隊長筆頭で冒険者ランク “A” と認定されるオルトのレベルは、324。

愛用する黒刃は、帝都でも最高位の鍛冶師によって鍛え上げられた特注品。その価格は二振りで3億Rという超高額だが、ファントム・イシュバーン基準で言えば9段階ある品質の丁度真ん中、“最上位級” 程度。


そういう世界(・・・・・・)なのだ。



「流石に暗殺までは難しいな。」


首を横に振るアロンの反応は、ある意味予想通りだ。


「だろうな。……尤も、暗殺に成功したところでも結局はまた死に戻ってくる。一時凌ぎにしかならないだろうし、対策を打たれてしまえば二度と同じ作戦は使えなくなる。」


それが超越者の常識。

未だ、アロンの “永劫の死” のことを知らない―― 失念しているオルトがそう紡ぐのも無理はなかった。


同時にそれは、以前アロンが “大帝将” ハイデンに自身のルーツや役割を余す事なく伝え、その内容については “超越者” には伏せておいて欲しいという約束が果たされているという証左であった。


アロンは首を僅かに上げ、バルトとタチーナを見る。


軽く首を縦に動かす両名の反応。

バルトは元より、タチーナも承知した上でオルト達には告げていないと確認が出来た。



―― アロンはやろうと思えば、サブリナとバーモンドの暗殺は可能だ。


ディメンション・ムーブで国境界まで行き、素早く国境を跨いでディメンション・ムーブの視覚効果で覇国軍本陣営内のサブリナとバーモンドの居る位置を割り当て、彼らが寝静まるのを待ってからその場へ移動してから斬り殺し、再びディメンション・ムーブで国境界まで移動してしまえば良いのだ。



“踏み入れた場所なら瞬間移動ができる”

“最後の攻撃判定者の背後、真横に瞬時に移動できる”

“ただし、移動範囲は国内に限り、迷宮の内部への潜入は不可”


これが、ディメンション・ムーブという書物スキルの全容だ。



では何故、帝国出身・帝国在住のアロンが『やろうと思えばサブリナ達の暗殺が可能』なのだろうか?


それは、ファントム・イシュバーンにおいてアロンは帝国陣営に所属する以前、聖国・覇国の敵対国に所属していたからだ。


いずれイシュバーンに戻った時、その力で帝国を守るには敵対国の情報も必要だと考えたためだ。

基本8職のうち5職の覚醒職をジョブマスターへと辿り着くまで聖国へ、書物スキル “永劫の死” を入手するまで覇国へ与していた。


ゲームとは言え、陣営の鞍替えは容易な事では無く、他のプレイヤーから見れば “裏切者” であり、加えて “スパイシステム” という、陣営を変えずに敵対国へ何食わぬ顔で潜入する手法も確立されていたため、陣営の鞍替えは想像以上に困難だ。


しかし、延々とソロで活動していたアロンにとってはさほど影響は無い、単なるゲーム仕様であった。



晴れて帝国陣営となったアロンは、その後も迷宮攻略のため聖国・覇国には何度も潜入を繰り返した。


結果、アロンはファントム・イシュバーンの世界とはいえ聖国・覇国の殆どの地域や建造物を踏破することに成功したのだ。


その時の経験は、イシュバーンに舞い戻った今でも踏襲されている。


転生後、発動したディメンション・ムーブで “邪龍の森” の奥深くへ移動出来たのが良い証拠だ。



―― よって、アロンは暗殺自体は容易と考える。


だが、今回それを実行するつもりは無い。



バーモンドがディメンション・ムーブを駆使して帝国陣営の要人暗殺をしないのは、単に “人々の命を多く奪って経験値を荒稼ぎする” という背景がある。


加えてオルトが告げたように、各国の要人のほとんどが超越者なのだ。


“殺しても生き返る”

そんな相手に、リスクを負ってまで暗殺しても、一時凌ぎにしかならない。


だが、“永劫の死” を持つアロンだと話は変わる。


“アロンなら超越者は殺せる”

だから潜入時にサブリナとバーモンドを暗殺してしまえば、その時点でサブリナ戦法の憂いは無くなる。


しかし、アロンは与えられた “天命” を全うするためには、今ここでサブリナとバーモンドを暗殺することは、むしろ悪手だと考えた。



その理由。

脳裏に浮かぶのは、精神を壊したメルティの姿。



“死なない”

それが常識である超越者にとって、“アロンには殺される” という事実がどれほど衝撃的で恐ろしいものなのかを、あの決闘で知った。


“超越者には内密にして欲しい” とハイデンに告げた、アロンの真意。


それは “超越者殺し” の印象を、超越者(害虫共)に、強烈に、鮮烈に、与えるべきと考えたからだ。



全ては御使いから賜った “天命” のため。



ファナや、ララ達家族に。

リーズル達、村の仲間に。

力なきイシュバーンの民に。



―― 手を出したら、必ず報復する。



守るべき者たちを、守るために。

超越者(害虫)の気紛れや欲望・劣情によってイシュバーンの民が理不尽に弄ばれ、命を散らすのを防ぐために、徹底的に叩く。


その礎。

手始めに覇国最強のサブリナとバーモンドを利用しようというのが、アロンが導き出した結論だ。




「いずれにせよ、これから覇国へ潜入してサブリナへ攻撃を当ててきます。明日には戻ってきますよ。」


自信満々という感じで伝えるアロンに、オルトは未だ怪訝顔だ。

むしろ、その “攻撃を当ててくる” というのは、果たして現実的なのかどうか。


そんなオルトの雰囲気を察し、アロンは再び紡ぐ。



「“攻撃” なら何でも良いから難しい事ではない。」


「は?」


何を言っているのか理解出来ないオルトは、思わず顔を顰めた。

一緒に話を聞いていたホーキンスもアニーも、さらにはバルト達も首を傾げた。


論より証拠。

アロンは、彼らの前に手の平を突き出した。



「何も “攻撃” を真正面から食らわす必要は無い、という意味です。つまり、これ(・・)で十分です。」



アロンが語るのは、ディメンション・ムーブのもう一つの特性。ファナやララの協力で探る中、アロンが発見した “仕様” の一つだ。


だが。

今。アロンが見せたものは、“それは攻撃と言えるものなのか?” という想定外の方法であった。




「それ……マジかよ。」


今度は信じられない、と表情を険しくするオルト達。


アロンは鉄仮面。

その素顔は見えないが……。



「大丈夫です。お任せください。」



口元に笑みを浮かべ、堂々と告げたのであった。





『シュッ』



アロンがまずディメンション・ムーブで移動した場所は、覇国の国境界手前。そこは、帝国と覇国の戦場のど真ん中。


時刻は、夜の10時。


あちこちに、周囲を警戒する松明の火が見える。

それでも帝国兵からも覇国兵からも、アロンの姿は見えないだろう。


アロンが移動した場所はディメンション・ムーブの視覚効果で厳選した死角。僅かにせり出す岩影だ。


どちらかの陣営から徒歩で移動すれば目立つ位置。

しかし一瞬で移動してしまえば、目立つも何もない。


あと一歩、覇国側へ踏み入れれば潜入成功。

その前に、アロンはやるべき潜入の準備を始めた。


まずは “装備換装” に登録した装備に着替えることだ。

潜入前にステータス画面から登録した装いに、一瞬で変化した。


顔が露わになる鉄製のヘルム。

ミスリル銀で作られたプレートアーマー。そして、腰から下げる鋼鉄製の片手剣に、左腕には同じく鋼鉄製の盾。


ごく一般的な冒険者の装い。

それも駆け出しではなく、中堅が好んで使用するやや高価な装備。


併せて、アロンは腰に付けたポシェットから銀色に輝く懐中時計を取り出した。


銀製の懐中時計の蓋には、大きく刻まれた覇国章。


これは、アロンがファントム・イシュバーンから持ち込んだアイテムの一つ、“上位冒険者の証《覇国》”


通称、“勲章” と呼ばれる特殊アイテムだ。



【VRMMOファントム・イシュバーン】では、条件に応じて “勲章” を取得することが出来る。


希少なアイテムの入手、特殊なボスモンスターの撃退、レアモンスターとの遭遇数、所持する通貨(ローガ)の総額、さらには敵やモンスターにやられた回数など、名誉・不名誉合わせて120種もの勲章が存在するのだ。


勲章は、条件さえ満たせば自動的に取得される。

そして得た勲章はステータス画面の『勲章一覧』でいつでも確認することができ、同じギルドメンバーであればユーザーの表示画面によって仲間が所持している勲章も閲覧することが可能だ。


ファントム・イシュバーンでは、この勲章を幾つ所持しているかというのも一つのやり込みの指標となっている。

中には “勲章マニア” も存在し、誰よりも多くの勲章を得ようと日夜励んでいるプレイヤーも居るのだった。


勲章取得のメリットは、主に2つ。

1つはギルドメンバーの勲章所持数によって、“ギルドポイント” が加算されること。


そしてもう1つは、勲章取得後に特定のNPC(ゲームキャラクター)へ声を掛けることで、“勲章アイテム” を入手することが出来ることだ。



アロンが手にしているのは、ファントム・イシュバーンではポピュラーは勲章アイテム。

各陣営で冒険者ランクが “C” に達すると自動的に「帝国上位冒険者」などの勲章が得られ、その状態で冒険者連合体本部の受付嬢に声を掛けることで入手できるアイテムだからだ。


冒険者ランク “C” の条件は、上位職に達してある程度難易度の依頼を複数クリアすること。

普通にゲームをプレイしていれば、誰でも苦労無く入手できるオマケアイテムなのだ。


ちなみにランクBになると「高位冒険者」、Aになると「最高位冒険者」という称号と、それぞれ金、白金の懐中時計が手に入る。


そしてこの懐中時計、ファントム・イシュバーンではほぼ効果が無い。


一応、“装飾” 枠で装備が可能だが、得られる効果はどれも等しく「HP+100」と殆ど意味が無い。


唯一、売り払うとそれなり高額な金額が得られるので、もっぱら金策アイテムだ。



だが、アロンは三大国の全ての懐中時計、全9種をわざわざ “装備換装” の枠を使用して、ここイシュバーンに持ち込んだ。


その理由は一つ、“イシュバーンでも同じ” だからだ。


実力が認められた冒険者には国から “懐中時計” と報奨金が渡されることは有名な逸話であり、アロン含めイシュバーンで生を受けた者は必ず一度は冒険者に憧れ、著名な勇者のような活躍の末にこの懐中時計を手にする事を夢見るのだ。


アロンは、そんな憧れの懐中時計を他の金策アイテムと同じだと思えるはずもなかった。


懐かしい憧れの感情と、“こんな事まで同じなのか” という嫌悪感を抱いた。

そして、その懐中時計を売り払うことなく、ずっと手元に残していたのだった。


―― 例え、敵国の物であろうと。



だが、いつしかアロンは、ファントム・イシュバーンで入手した武具やアイテムが “装備換装” で持ち込めるかもしれないと気付いた時に、三大国それぞれ3種、全9種の懐中時計も持ち込むことにした。


“同じ物だから”

いつか、役に立つかもしれない。


例えば、―― 敵国に潜入する時になど。




(よし、行くか。)



アロンは堂々とした足取りで、覇国本陣営へと踏み出した。





「おいっ、そこのお前っ!」



アガレス平原 “覇国本陣営”

“アガレス大砦” 手前。


すでに夜11時を過ぎた。

それにも関わらず、あまり見覚えの無い冒険者の男が歩いていたので思わず声を掛けたのは夜警の覇国兵。


「ああ。申し訳ない。厠へ行っていたんだ。勘弁してほしい。」


その声に、平然と振り向いて苦笑いする男。


成人したばかりの冒険者だろうか。

ヘルムから覗く紺の瞳は、まだあどけなさを宿す。


昼間なら、『ここは餓鬼の来る場所じゃねぇ!』と怒鳴り散らかすだろう。


だが、時刻は深夜。

しかも明後日には、補充された帝国兵が展開する作戦に対し覇国軍も補充された兵を送り込む、大きな激戦が予想されている。


下手に喚き散らして、休む仲間から顰蹙を買う訳にはいかない。


それよりも……。

男を見て “お前” と呼んでしまった事を後悔した。


男が身に着ける装備は、一級品ばかり。

特に、ミスリル製のプレートアーマーなど、覇国の冒険者の中でも上位に位置する者くらいにしか購入出来ない逸品だ。


若いが、名のある冒険者なのかもしれない。


帝国との衝突に国から招集が掛かった冒険者は、身分的には一兵卒と変わらない。


だが、名のある冒険者はその実力を買われ、隊長格に任命されることもある。

その可能性が過り、慌てて槍の切っ先を上げた。


それに合わせ、男はハハハと笑う。


「警戒なさるのも無理はない。いつ、帝国兵が夜襲してくるか分からないからね。……ああ、ちなみに怪しい者じゃないよ。」


そう伝え、懐から銀色に輝く懐中時計を取り出した。


声を掛けた覇国兵、そして、騒ぎに気付いて集まった数人の覇国兵たちは一様に驚愕した。


蓋に刻まれるは、覇国章ともなる女神 “闘争神” のモチーフ。銀製の懐中時計は、上位冒険者の証。



「これは大変失礼しました!」


覇国式の敬礼を行う兵たち。

それに合わせ、男もまた覇国式の敬礼で返した。


「お勤めご苦労。引き続き頼む。」


高圧的では無い、だが、遜っても無い。

どちらかと言えば、粗暴者の多い冒険者とは思えないほど礼儀正しい男であった。


「はっ! お休みなさいませ!」



敬礼し続ける覇国兵に背を向け、ヒラヒラと手を振る男の姿。


その背中を見つつ、兵たちはコソコソと話す。


「若ぇのに、上位冒険者とは恐れ入ったぜ。」

「今まで見かけねぇ奴だから、一昨日の補充で来たんだな。」


そんな中、最初に声を掛けた覇国兵は首を傾げた。



「……大砦の中にもあるのに、何でわざわざ外のを使ったんだ?」



厠。つまりトイレだ。

大砦内には、昔の超越者が考案した “洗浄トイレ” なる清潔かつ使い心地の良い物が設置されている。


それに対し戦場の外は、男女別に決められた場所……木枠やテントで囲まれた質素かつ簡易的な物しか置かれていない。


兵の人数が多いためあちらこちらに設置はされているが、自分が大砦内に滞在が許された者なら、お世辞にも綺麗とは言えない外のトイレなど絶対に使わない。


そんな疑問を持つ覇国兵の肩をポンと叩く、別の兵。


「気にすんな。きっと、後方支援のオネーチャンと逢引でもしていたんだぜ? 詮索は無しってこった!」


その言葉に、得心言ったように笑い合う覇国兵たち。



「かーっ! 羨ましいな。流石は上位冒険者様だぜ!」





“アガレス大砦 1階通路”



(拍子抜けするほど、あっさり潜入出来たな。)



深夜の時間もあり、僅かに灯る明かりを頼りに夜警する兵以外に出くわさない。


その間を、まるで自分の家のような顔で通り抜けるアロンであった。


先ほど、大砦前の覇国軍本陣営で夜警の兵に声を掛けられた時は心臓が飛び出るほど驚いた。

覇国へ潜入する前、“万が一声を掛けられた場合” を想定した問答をシミュレートしていたおかげで冷静に、取り乱すことなく答える事は出来たのだが……。


実際は全身から変な汗が吹き出し、相対する覇国兵に聞こえるんじゃないかというくらい、心臓が音を立てていた。


冷静にその場を乗り切ったアロンは、自分で自分を褒めたい気分だ!


(まあ、その甲斐あって貴重なディメンション・ムーブの回数を節約出来たんだからな……。)


アロンが覇国の国境を跨ぎ、ディメンション・ムーブを使わずわざわざ徒歩でアガレス大砦まで来た理由が、それだ。


何が起きるかわからない潜入作戦。

リスクは一つでも少なくするに越したことは無い。




(あった! ここで良いな。)


しばらく通路を歩くと、上の階に続く階段が見えた。


その階段下には、“倉庫” と書かれた扉。


周囲を見渡し、兵の目が無い隙に倉庫の扉を開け、素早く滑り込んだ。



真っ暗な倉庫内。

それでもアロンにはスキル “忍者の心得” の暗視効果が発動されているため、灯りが無くとも問題は無い。


―― ファントム・イシュバーン同様、どうやらここは食糧庫のようだ。




「よし、やるか。」


ディメンション・ムーブの視覚効果で周囲を警戒していたアロン。

視覚効果を解き、すぐさま薬士系覚醒職 “狂薬師” クリエイトアイテムスキル “愚者の石” を手の平に生み出して、砕いた。



『ピキィィィィゥン』



倉庫内に響く、甲高い音。


“愚者の石” を使用するとどうしても発生する効果音。

アイテムスキルのため、“忍者の心得” の無音攻撃(サイレンサー)の対象外となるのが難点だ。


効果時間は、10分。

使用SPは、8万。


“愚者の石” は、周囲のマップ表示に、目に付いたアバターのステータスを俯瞰できる便利なスキルだが、“被ダメージ2倍” というデメリットが発生する曰く付きのスキルだ。


薬士系覚醒職 “狂薬師”

取得出来るスキルは “愚者の石” の他に “狂天”、“狂刃錬成” がある。


覚醒職で “聖” を冠する職業と、一部対となる覚醒職が扱える “解放系スキル” は無いが、異常なほど便利で効果の高いクリエイトアイテムスキルを生み出せるのが特徴だ。


だが、そのクリエイトアイテムスキルは全て厄介な “デメリット” が纏わりつく。


強力な反面、使いどころを誤ると自身だけでなくパーティーメンバーすらも危険に晒すという、ファントム・イシュバーン内で最も癖の強い職業。


そして他職に転職した際、ジョブマスターにした職業から1つだけ選択できるスキルの中で最も人気が高く使用率が高いスキルこそ、この “愚者の石” だ。



「……よし、気付かれなかったな。」


発動音は、かなりの音量だ。

厳重な倉庫の外に音漏れすれば、兵が押し寄せてくる可能性もあった。


だが、事前にディメンション・ムーブの視覚効果で周囲を警戒し、兵が最も遠のいたタイミングで使用したから気付かれないだろうと踏んだのだ。


尤も、気付かれても別の倉庫に移動してしまえばそこまでなのだが。



「さて、時間は限られている。急ごう。」


愚者の石の効果により、アガレス大砦の全体図が脳裏に浮かぶ。

まずは広大な砦のフロアに表示された各々の部屋の名前を素早くチェックする作業だ。


ファントム・イシュバーンでも訪れた事のある覇国軍の “アガレス大砦” 内部。

その構造は殆ど同じであった。


問題は、増築された場所だ。

“訪れた場所しか移動できない” というディメンション・ムーブの制限にとって、増築された空間は当然ながら適用外となる。


もし、アロンが踏み入れた事のある場所以外にサブリナ達が居るなら、今、実行中の方法では発見することは出来ない。


―― 逆に言えば、それ以外の場所に居る事になる。


その場合は、覇国兵を捕えて聞き出せば良い。

リスクは大きくなってしまうが、やむを得ない。



(恐らく、低層階には居ないはずだ。)


居るとすれば、最上階に近い階層だ。

アロンは、大砦の最上階である4階を俯瞰する。


流石、戦線を維持する重要拠点だと感心する。

帝国の要塞と同じく、将校たちの会議室や本土との通信指令室、さらに豪華な談話室など揃っている。



最上階にも関わらず、異常な部屋数を潰さに観察し続けるアロンは、思わず身を震わせた。



“総大将私室”



バーモンドは今回の覇国陣営の総大将。

ならば、ここがバーモンドの私室だ。



(……よし。)



愚者の石の俯瞰効果を閉じる。


スキルによっては重ね掛けや重複発動も可能であるが、通常スキルと書物スキルの同時展開は出来ない。


手汗握りながら先ほど頭の中の俯瞰図で映した4階の総大将私室へと、ディメンション・ムーブの視覚効果を移動させた。


そして部屋の中を映した、その時。



「いっ!?」



思わず声を漏らしたアロンは、慌ててディメンション・ムーブの視覚効果を閉ざしてしまった。



部屋の奥のベッド。

そこに横たわり眠るは、全裸の男女だった。


冬だというのに薄い白布を一枚のみ被るが、跳ねのけているため二人の恥部が露わになっていたのだ!


前世も今世も、裸の女性はファナしか見た事が無いアロン――、しかも奥手な二人なのでそういった行為はまだ片手で数えられる程度。



激しい動悸を抑えこもうと、深呼吸を繰り返す。



(総大将私室にバーモンド以外が真っ裸で寝ているわけ……無いよな?)


落ち着きを取り戻したアロンは、考察を巡らせる。


オルトの情報によると、バーモンドとサブリナは恋人同士とのことだ。


総大将私室で寝入っている男は、影武者でも無い限りバーモンドだろう。

そして横で眠る全裸の女性は、サブリナに違い無いはずだと、考える。


―― が、相手は超越者。

レントール達のように、手当たり次第、無節操という可能性も捨てきれない。



「……行くしかないよな。」



深い溜息を吐き出し、アロンは呟く。

そもそも、“攻撃” を当てるためにも私室へ侵入する必要があるのだ。


アロンは、冒険者の姿から再度 “装備換装” で装備を変えた。


今度は、黒装束。

真っ黒な布が巻き付いたような服で、僅かにアロンの目元だけが開かれている。


これは特段、装備ではない。

ディメンション・ムーブであちこちに潜入する事があるだろうという想定の元、ファナに拵えてもらった隠密装備だ。


ただの、黒い布で出来た服。

防御性能は皆無。


闇に溶け込むためだけの、服だ。

ただ一つ。ファナがアロンの安全を祈って裏地にお守りを縫い付けた事を除いて。



意を決し、アロンは2回目となるディメンション・ムーブを発動した。





『シュッ』



場所は、総大将私室。

僅かに灯る魔石の灯りのみで、私室内は暗闇だ。



(気付かれては、いないな?)


ディメンション・ムーブに伴う発動音は極僅か。

“忍者の心得” で音を消せないのが難点ではあるが、寝入っている二人には気付かれていない様子だ。


暗視効果で、昼間のように見える寝室内。

そこには、相変わらず全裸で転がる男女。


羞恥から目を背けたくなるが、“これも御使いが与えた天命” と決意を新たに、横たわる二人を “愚者の石” の効果で、ステータスを暴く。



―――――


名前:バーモンド(Lv311)

家柄:灼熱のフォルテ(大公)

職位:五大傑

性別:男

職業:神 医(ディバインメディコ)

所属:覇国

 反逆数:なし


HP:121,200/584,200

SP:869,800/869,800


STR:311    INT:839

VIT:553    MND:97

DEX:0      AGI:66

 ■付与可能ポイント:0

 ■次Lv要経験値:94,100


ATK:15,500

MATK:41,950

DEF:2,765

MDEF:485

CRI:10%


【装備品】

右手:なし

左手:なし

頭部:なし

胴体:なし

両腕:なし

腰背:なし

両脚:なし

装飾:真紅石の首飾り


【職業熟練度】

「薬士」“神医(GM)”


【所持スキル 42/42】

「武闘士」“鬼忍(JM)” “武聖(JM)”

「獣使士」“幻魔師(JM)” “聖獣師(JM)”

「薬士」“狂薬師(JM)” “聖医(JM)”


【無効】

麻痺、恐慌、呪怨、威圧、鈍足

誘惑、封印、咆哮、沈黙


【状態】

睡眠


―――――



(バーモンド!!)



男の方は、総大将バーモンドと確定。


アロンは込み上げる殺意を押し込め、気を整える。


―― ここで “永劫の死” で殺しさえすれば、神出鬼没のサブリナ戦法の憂いは無くなる。


だが、今はその時ではない。


アロンは静かに、ゆっくりと息を吐き出して改めてバーモンドのステータスを確認する。


(それにしても、ちぐはぐなステータスだ。)


規則性の無い、中途半端な振り分け。


唯一抜き出ているのは、INT(知力)


INTは、SP値の増加にも繋がる。

“極醒職” の最強の攻撃スキルである “秘奥義” に使用するSPは一律30万。それを発動するには、どうしてもINTに振り分ける必要がある。



―― バーモンドは、 “神医” の秘奥義を発動できる。



【秘奥義・ジャルーゾ】



“嫉妬” を冠する、波状攻撃。

その威力は、流星魔法(ミーティア)を凌駕する。



そしてもう一人。

目を逸らしたくなる裸体。

うっすらと汗ばむ、赤髪の女性。


その姿、部屋に立ち込める生温い温度と独特の匂いは、つい先程まで行為に及んでいたのだろう。


沸き起こりそうになる劣情に蓋をし、アロンは目を細め、同時に心の中でファナに謝罪しながら女を見る。



表示されるステータス。

それは、女が何者かを如実に語る。



―――――


名前:サブリナ(Lv474)

家柄:大地のエンザース(大公)

職位:五大傑

性別:女

職業:魔 聖(スペルマスター)

所属:覇国

 反逆数:なし


HP:327,500/1,047,500

SP:1,047,100/1,047,100


STR:844    INT:1,000

VIT:1,000   MND:0

DEX:0      AGI:0

 ■付与可能ポイント:0

 ■次Lv要経験値:2,789,400


ATK:42,200

MATK:50,000

DEF:5,000

MDEF:0

CRI:10%


【装備品】

右手:なし

左手:なし

頭部:なし

胴体:なし

両腕:なし

腰背:なし

両脚:なし

装飾:真紅石の首飾り


【職業熟練度】

「魔法士」“魔聖(100/100)”


【所持スキル 46/46】

「剣士」“修羅道(JM)” “剣聖(45/100)”

「僧侶」“魔神官(JM)” “聖者(JM)”

「魔法士」“冥導師(JM)” “魔聖(JM)”

「薬士」“狂薬師(JM)” “聖医(0/100)”


【無効】

麻痺、恐慌、呪怨、威圧、鈍足

誘惑、封印、咆哮、沈黙


【状態】

睡眠


―――――



(こいつが……サブリナッ!!)



特徴的なのは、バーモンドとは違うファントム・イシュバーンで良く見るステータスへの振り分け。


サブリナは、所謂 “極振り” だった。


かつて精神を破壊したメルティとは比べ物にならない程の悍ましいステータス。加えて、多くのスキルを所持していることが判明した。



先ほど抱きそうになった劣情など、一瞬で霧散した。


サブリナの予想以上に高いレベルは、それだけ多くの人命を奪っているという確たる証拠。



“殲滅対象”



この女こそ、多くの帝国民を殺害した元凶。


その人々の命を刈り取ってもなお、まだ足りないと言わんばかりに帝国兵も覇国兵も補充を待ちながら、こうして欲情ままに身を絡ませ合う狂人たち。



―― いや、人ではない。“ケモノ” だ。



アロンは思わず、腰に下げた伝説級片手剣 “聖剣クロスクレイ” の柄に手を掛けてしまった。


“無音攻撃” が常時展開されているため音は無く、殺意も感じられないだろうが、それでも人の感性というのは底知れない。


再度、自身を諫める。


(……どういうことだ?)


同時に、ある事に気付いた。

何故か、二人ともHP(体力)が低い。


こうして休んでいる間、みるみると回復はしているのだが、それにしても異常な程ダメージを負っている。



―― アロンは知る由も無いが、情事の最中、互いに首を絞め合い “死なないギリギリの興奮と快楽を楽しむ” というゲームに興じていたのだ。


流石に死んでしまうとデスワープが発動してしまう。

そうなると、目覚める先は遠い覇国の都だ。


バーモンドのディメンション・ムーブがあるからすぐに戻れる・迎えに行けるとは言え、彼が得てきた帝国の作戦内容に反して突如、明日、攻勢を強めたらつまらないという理由で、死なないギリギリのところで止めたのだった。



―― 尤も、それが二人の命運を分けることになるなど、それこそ知る由も無い話だったのだが。



(暗殺は容易いが、目的を忘れてはいけない。)


今、対人特攻の効果のある聖剣クロスクレイで突き刺せば、二人とも簡単に殺す事が出来る。

いくら他者に比べてステータスが高くても、今のHPならアロンの一振りで簡単に命を奪うことは可能だ。



それでも、アロンは踏み留まる。



予定なら明後日、この二人は動く。

サブリナ戦法で、数多の兵を殺害することを予定調和として何一つ疑っていないのだろう。



(それが……貴様らの最期だ。)



アロンは握り締める手を開き、手の平から一つのアイテムを生み出した。



薬士の基本スキルの一つ。


クリエイトアイテムスキル



“ポーションシャワー”



手の平渦巻く、薄い光の球。

アロンはそれを音も無く砕き、横たわるサブリナの足元に振りかけた。


薄く輝く光の粉は、サブリナの足元から全身へと柔らかく包んだ。


「……んっ。」


僅かに回復する、サブリナのHP。


本来、ポーションシャワーには感触など発生しない。

それでも僅かに回復する反動で、身体を一瞬ピクリと捩らせ、声を漏らした。



―― アロンの “攻撃” は、成功した。


本来、周囲の味方をまとめて素早く回復させる応急スキルであるポーションシャワーは、回復スキルのため “攻撃” には該当しない。


だが、スキルはスキルなのだ。


ディメンション・ムーブの攻撃判定は、当然ながら放った攻撃スキルも含まれる。


本来、ヒールやポーションシャワーといった回復スキルは “攻撃” ではないため、【VRMMOファントム・イシュバーン】の世界では回復させた相手の背後に瞬間移動が出来るような機能は無かった。



だが、現実世界イシュバーンではそうでは無かった。


対象に触れるだけでも “攻撃だ” という認識の元で使えば攻撃として判定されることを発見した。


ファントム・イシュバーンでは、“死霊系(アンデッド)” に対して回復スキルでもダメージを与える事が出来る。

これは、イシュバーンの世界でも同じ現象だ。



“もしかして、回復スキルも攻撃判定があるのでは?”



物は試しに、アロンはファナに対して “攻撃” という認識の元でポーションシャワーを使ってみたことがある。


その後、ディメンション・ムーブの瞬間移動機能を発動したら、何とファナの真後ろに移動することが出来たのだった。



……アロンが薬士のスキルでポーションシャワーを選択したのは、何もディメンション・ムーブやこうした “攻撃判定” を想定してのことでは無かった。


僧侶のスキル “ヒール” があれば充分回復効果があるが、ヒールだけでは対象は一人きりになり、また複数を回復させるには覚醒職 “聖者” のスキル、“聖者解放” の広域化を適用する必要があるため、その分SPが嵩んでしまう。


対して、素早く複数を応急的に回復させるにはポーションシャワーが最適だった。


単発では効果は低いが、連続使用できるのもクリエイトアイテムスキルの強み。

効果が低いなら絶えず発動すれば良いと、アロンは薬士の8つのスキルから、このポーションシャワーを選択したのだ。


その根底にあるのは、大切な人を守るという信念。

その信念に沿って選んだスキルだった。


それが、現実世界イシュバーンで “難攻不落”、“最強” と呼び名の高い覇国最強コンビを穿つ切っ掛けになるなど、なんたる皮肉な事か。




(仕込みは、完了だ。)


ディメンション・ムーブの瞬間移動効果がサブリナに適用された事を確認したアロンは、静かに姿を消した。




移動した先は、最初に踏み入れた覇国と帝国の国境界の死角。



一歩。

アロンは帝国側へと踏み込み、後ろを振り向く。

そこから見えるは、聳え立つ覇国の大砦。



「貴様らの咎は、“殲滅” を持って償わせてやる。」



気付く素振りも無かった狂人達は、未だに呑気に寝入っている。



アロンの手に、その命運が握られたとも知らずに。



次回、1月25日(土)掲載予定です。

-----


《お知らせ》


この度は【暴虐のアロン】を御覧いただきありがとうございます。


作者のプライベートな話で大変恐縮ですが、本業が早くも年度末進行に差し掛かっただけでなく、片手間で始めた副業の方も、お問い合わせや御依頼などに追われ、てんやわんやな状態となってしまいました。


なるべく執筆は続けて参りますが、今まで以上に更新ペースを落とさざるを得ません。大変申し訳ございません。


余裕がある時は出来る限り掲載して参りますので、どうか御容赦ください。


こんな作者と作品ですが、今後もよろしくお願いいたします。



浅葱  拝

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  前回いきなりアロンがディメンションムーブを使っていたので何故と思っていたのですが、今回で謎が解けました。  しかし普段容赦の無い断罪者みたいなアロンですが、寝室に入った時みたいな純朴な面…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ