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6-4 蹂躙の時間

サウシード覇国 “アガレス平原” 国境界

覇国軍本陣営後方 “アガレス大砦” 手前



「やぁ~、今日は良い天気だねー。」



時刻は既に正午近く。

それにも関わらず目が覚めたばかりの総大将、バーモンドは欠伸をしながら背を伸ばした。


その眼前には一般兵たちが寝泊まりするテントが立ち並び、さらにその奥には大勢の兵が陣を構えて北側―― 帝国軍と覇国軍の競り合いを注視している。


「閣下がおっしゃった通り、帝国の蛮族共は兵を分散させて攻めてきております!」


総大将が目覚めるまでの間、覇国軍を率いていた副大将の男が跪いて告げた。



2日前、生まれながらディメンション・ムーブという瞬間移動の神業を所持しているバーモンドが、自ら敵兵に紛れ、得てきた帝国軍の作戦が展開されている。


覇国軍はその作戦に沿った陣を構え対処しているため戦況は覇国軍が優勢だ。


帝国兵も補充を終え兵力は十分だろうが、作戦が筒抜けとなっている状況ではいずれ瓦解し、今回の衝突は覇国軍の圧倒的勝利と誰しもが確信する。


ただ一人。総大将バーモンドだけが、違った確信を抱いていることを除いて。



「じゃあ、予定通り真ん中を突っ切って。」



嗜虐的な笑みを浮かべながら告げるバーモンドの言葉に、副大将も周囲の幹部兵も顔を青褪めさせた。


「な、なりません、閣下っ! それではまた我が軍に被害が出ますぞ!?」


バーモンドが指し示したのは、丁度戦場のど真ん中。

戦場のあちらこちらで鍔迫り合いが繰り広げられている様が見えるのだが、その中心、付かず離れずといった距離を保った帝国軍の3つの小隊が覇国軍と争っている。


予めバーモンドが副大将たちに告げていた作戦は、“帝国軍が情報通りの作戦で来て場が落ち着いたら、兵が最も集まる場所に向けて突撃しろ” という無茶苦茶なものだった。


今、安定して覇国軍が優勢となっている戦場でそのような事をする意味は無く、むしろ突撃する兵たちに煽られて他の覇国軍勢も勇み足になりかねない。


するとどうなるか?

“突撃” やそれに感化されてしまった兵の動きなど、敵から見れば狙い撃ちしやすい格好の餌食だ。

わざわざ、安定した戦況を乱すだけでなく、下手をしたら覇国軍が劣勢に追いやられる可能性もある。


―― ただの、愚策。


だからこそ、唯一総大将に意見を述べることが出来る立場の副大将が異を唱えたのだ。


しかし、バーモンドはまるで意に介さない。

身体を伸ばしながら、ジロリと睨む。


「被害? 君は何を言っているのかなー? 」


冷徹な眼光。

副大将は全身を凍らせた。


脳裏に宿るのは、バーモンド達に意見を述べて理不尽に粛清された同僚や仲間の姿。

それも、魔法(スキル)で生み出された奇怪な召喚獣に貫かれ、咀嚼されるという無残な死を遂げた姿だ。


嗚咽を上げそうになる喉に力を籠め、呑み込む。

そんな副大将の心境を察しているのかどうか、バーモンドは鼻で嗤い、言い捨てる。



「モブはモブらしくボク等の糧になれば良いのさ。」



それは、総大将バーモンドと共に戦場を蹂躙して回る狂人、【五大傑】の一人 “流星紅姫” サブリナの餌食になれとの宣告だ。


帝国兵だけでない。

仲間である覇国兵の命も、差し出せとの意味だ。


「……御意。」


歯を食いしばる副大将は、わざとらしく両手を広げるバーモンドの後ろで跪きながら、そう答えるしか出来なかった。


“数千、数万という仲間の命を差し出すこと”


すでに、聖国と帝国との争いで、サブリナのミーティアの犠牲になった覇国兵の数は、5万人に達する。


戦線の維持で配置する兵の適正数は、6万人と言われるが、それに間もなく達してしまう人数だ。



「ふぁ~~~。」


緊張感の欠片もなく、再度、欠伸をするバーモンド。


それは絶好の、隙。



(覚悟っ!)



瞬く間に帯刀していた長剣を抜き取り、バーモンドの首を刎ねようと揮う。



―― 元より、今回の進撃中に大量虐殺を生み出す元凶、バーモンドを暗殺するつもりであった。



“五大傑”

それは、覇国軍最強の5人の将だ。


最高位の五つの大公家、通称 “五大公” から一人ずつ輩出された各家代表の武人で構成される。


それは血筋だけでなく、各家配下の下位貴族や領地の平民、孤児院やスラムからなど、出自によっては決まらない。


条件は、二つ。

大公家に認められた者。

そして、“超越者” であること。


強く、優秀であり、なおかつ死なない人材。


軍を率いるに、これほど適した人材はいない。


―― はずだった。


いくら前世の記憶を持つ転生者であろうと、貴族家の出の者なら幼少期から徹底された厳しい教育により、人格も振る舞いも貴族らしくはなる。


だが、それ以外の者は強靭凶悪な能力と前世の知識、そして何故か “自分は転生した者だ” と宣い傍若無人な振る舞いをするのが大半だ。


そんな者が、“ただ強い” というだけで覇国軍のトップに立たされる。


当然ながら軍の上に立つ者として必要となる教育や訓練は施されるのだが、それでも生来の人格や生き様が変わることは無い。


バーモンドは “五大公” の一角、“灼熱のフォルテ” から輩出された。


出自は貴族家では無い。

生まれは、片田舎の農家。


“ただ強い”


それだけだ。


前世の記憶を持つ者が、他者を超越する職業を持つ者が ―― 徒に、民の命を奪う。



副大将は、貴族家の所縁の者。

だからこそ平民出のバーモンドが五大傑に選出され、しかも総大将まで拝命されたのも癪なのだが、敵も味方も関係無く人の命を奪うのに躊躇しない采配、同じ “五大傑” のサブリナとのコンビ技によって大量虐殺を行うバーモンドには並々ならぬ憎悪を抱いている。


戦場の上官殺しは、重罪。

それは実行した本人だけでなく、三親等まで塁が及び問答無用で、処刑台送りだ。


だから副大将は、バーモンド暗殺を決めた時に、妻子や親族の全てと離縁した。


妻は別の貴族家の出であったので、妻の実家に洗いざらい告げて妻子を匿ってもらい、また親族類との離縁についてもその貴族家に根回ししてもらった。


上官殺しを為した後、処刑台へ上るのは自分一人だけになるようあらゆる手を打った。


握る剣は、本来なら帝国や聖国の蛮族に揮われるものだ。決して偉大な覇国の民に向けるものでは無い。


だが、今、刻々と民が命を失う惨い戦場を前にしながら呑気に欠伸をする殺人鬼を刈り取るのは、多くの民を救う事に繋がるはずだと、決心した。


しかし、バーモンドは超越者だ。

いくら首を刎ねたところで、明日には覇国の屋敷で生き返る。


そして再び戦場の総大将として、ディメンション・ムーブという神業を以って数日もしない内に戻ってくるだろう。


だから、この暗殺は単なる一時凌ぎでしかない。

無駄に終わるかもしれない。


それでも、民の命が救える可能性があるなら、自分一人の命など差し出すに躊躇いは無い。


その剣。

バーモンドの首筋まで、数センチ手前。


『ギンッ』


その首を刈り取ったと確信があった。

だが、いつそれが現れたのか?


僅かに目線だけ向けたバーモンドの前に現れた、宙に浮く銀色の刃によって副大将の剣が防がれた。


「な、に……?」


「だーめーじゃーなーいー。」


凄惨な笑みを浮かべながら振り向くバーモンド。

副大将は、この狂人の首を刎ねられなかった絶望と、この狂人の手によって熾烈かつ残虐な罰がこの身に降りかかるのかを想像し、顔色は真っ青だ。


しかし、バーモンドは穏やかに嗤う。


「殺すならー、バレないように()らなくちゃダメでしょー? 気配も殺気もダダ漏れだし。君、暗殺に向いていないんじゃないのー?」


まるで咎める気が無いように告げた、瞬間。


『ザクッ』


「ぐああああっ!?」


もう1本。

何も無い宙から銀の刃が現れ、落ちるように副大将の太腿へズブリと突き刺さった。


「こうしてー。音も気配も無く殺らなくちゃダメでしょ? ねぇ、皆?」


両腕を広げ恍惚とした笑みを浮かべるバーモンドの姿に、周囲の隊長格たちも唖然となる。


……本来なら、謀反を仕出かした副大将の首を速やかに刎ねるべきなのだが、誰しもがバーモンドの姿に怯え、動けずにいる。


「おや? 分かんないかなー?」


幼児をあやすように柔らかな笑みを浮かべるバーモンドが手を揮うと、再び宙に銀の刃が浮き出した。



“銀刃錬成”


薬士系上位職 “鍛冶師”(ブラックスミス) のスキルだ。


分類上は魔法系・後方支援とされる薬士系で近接攻撃を可能とするスキルであり、宙に浮く銀の刃で敵を切り裂く。


威力はATK(攻撃力)MATK(魔法攻撃力)を加算させるだけの純粋なステータス依存のスキルとなるが、手持ちの武器以外に武器を生み出せるクリエイトアイテムスキルであり、最大8本もの刃を生み出せる。

さらに生み出した刃は宙に浮かび、舞うように操れるため意外と攻撃範囲も広い。


スキルの接続時間は20秒と短いが、再発までのチャージタイムが僅か1秒のため、最大数に達しなければ連続使用も可能だ。


“薬士系が前線で猛威を揮う” と評価の高い攻撃スキルだが、唯一の欠点がSP。


通常の “銀刃錬成” は1本あたり5,000も使用する。

さらに同じ上位職 “高薬師” スキル “高薬師の心得” のSP割合発動を掛け合わせると1本生み出すあたり2%(下限8,000)ものSPを使用するため、使いやすいからと調子に乗って発動すれば、あっと言う間にSPを枯渇させる原因となる。


しかし、SP割合発動で生み出した銀刃の攻撃力は使用したSP量がそのまま加算されるので、仮に最大SPが1,000,000なら、2万もの威力が上乗せされる。


バーモンドが今生み出したのは、SP割合発動までは加算させていない。

それでも屈強な副大将の肉体を、纏う鋼鉄の鎧ごと易々と貫くほどバーモンドの攻撃性能は高い。


加えて、彼がジョブコンプリートした武闘士系で、上位職 “忍者” の “忍者の心得” にある無音攻撃を常時発動させている。


銀刃が生み出す際の音や気配は、一切ない。

常人の目から見れば、何も無い宙に突然銀の刃が現れるようにしか見えないのだった。



『ザクッ』


「ぎゃあああああ!」



次々と銀刃を生み出しては副大将の足、腕、腹などに次々突き刺していく。


湧き出る鮮血に、漏れる絶叫音。

その度にバーモンドは恍惚とした笑みを浮かべた。


「どうせ処刑でしょー? だからボクが直々に手を下してあげているの。どう、優しいでしょ?」


ヘラヘラと、周囲の隊長格たちに告げる。

その残虐性に狂暴性を前に、何も答えられない。


未遂に終わったとは言え、上官殺しを仕出かした。

副大将だろうとその瞬間に罪人であるため、速やかに首を刎ねるべきだ。


だが、誰も動けない。

残酷な処刑が執行されるのを見守り続ける。


死罪は確定。

なら、苦しませず一思いに首を落とすべきだ。


それでも動けないのは、執行者がバーモンドだから。


仮に動き、気紛れにその恐ろしい刃が自分に向かうかもしれないと思うと、身体が硬直してしまう。


本当なら、分け隔てなく兵に気を向ける人格者で、狂った指示しかしない五大傑の尻拭いに奔走する苦労人である副大将を救いたい。

このような残虐極まりない処刑を、止めたい。


……止めたくても、出来ない。


超越者以外の隊長格は、歯を食いしばりながら血が滲むほど拳を固め、ただ見守るしかなかった。


その時。



『ドゴンッ』


「うぎゃああああああっ!?」



巨大な火の球が副大将を包み、燃え上がった。


灼熱の炎は一瞬で人体を炭へと変え、その死骸は崩れるように潰れた。



「あらー? おはよう、サブちゃん。」



バーモンドは、宙に生み出した銀の刃を消し、とても残虐な処刑を執行していた者とは思えないほど穏やかな笑みを浮かべた。


その笑顔の先には、右手を突き出してジト目で睨むサブリナが立っていた。


「てめぇ……。」


表情を怒りに歪めるサブリナは、両手を上げてお道化るバーモンドの前までガツガツと大股で近づき、胸倉を思い切り掴んだ。


残虐な処刑を執行していたバーモンドを咎めるようにも見える。苦しむ副大将を一思いに燃やしたのは、彼を救ったようにも見える。


が。


「オイコラ糞ヤブ医者野郎! 何、私に黙って楽しんでいやがるんだ、お!? 貴重な経験値をテメェが勝手に搾取して良いわけねぇだろゴラアアアアアッ!」


そうでは無い。

“楽しそうな事を独りで楽しんでいた”


歪んだ怒り、嫉妬。

そして、“経験値”


サブリナも、同類。


敵も味方も無い。

ただ、享楽的に生きる。


“狂人”

それが、サブリナとバーモンドだ。





「さぁ、今日も屑どもをプチッとやりますかねー。」


覇国軍本陣営から戦場を眺め、笑みを浮かべるバーモンドは、指示通り多数の覇国兵が中心部に突撃して、帝国兵と混戦状態になる様子に満足気だ。


狙うは、その位置。

その場所を脳裏に映し出し、ディメンション・ムーブの準備を行う。


「どこかにオルト君がいるかもしれないけど、これだけ広いとさすがに分かんないやー。」


「使えねぇな、糞ヤブ医者野郎。」


皮肉を言うサブリナに、苦笑いで応えるバーモンドだった。



最初の一発。

初めて帝国軍にミーティアを食らわせた時に、危うくオルトの手によって切り刻まれるところだった。


ミーティア発動直後に戻る事を心掛けているが、リスクはなるべく低くしたい。ディメンション・ムーブの視覚効果でなるべく広範囲を俯瞰し、オルトや危険な転生者が居ないかどうか、確認する。


念のため、帝国軍本陣営も眺める。



「おっ。どうやらオルト君は、本陣営で踏ん反り返っているみたいだねー。」


あれだけの強者が戦場に立っていないのは僥倖だ。


初めて帝国の要塞に侵入した時に、オルトはどうやらバーモンドと同じ総大将の立場であると知った。


だが、決定的な違いが両者にある。


積極的に戦場をかき乱し、死者を量産するか。

奥で踏ん反り返って指示を出すか。


転生者は絶大な力を有している。

それにも関わらず積極的に戦場に出ないのは愚かしいと、バーモンドは考える。


圧倒的戦力で敵を蹂躙する。

その達成感、爽快感。

ついでに、経験値が入り強くもなれる。


サブリナ戦法では、サブリナしか経験値が入らない。

ただ、バーモンドはそれでも良い。


経験値など、いつでも得られる。

人を殺し、モンスターを殺し、また人を殺せば良い。


それよりも、恐らくこの世界で唯一ディメンション・ムーブを使用することの出来る自分自身(バーモンド)は、“狂天” によって攻撃範囲・威力を最大限にまで高めたミーティアを間近で眺められる特権がある。


その快楽を享受する事が、何よりも最優先。



つまらなかった前世。

それを覆す、有意義な今世。


ゲームの世界。


人を殺しても、咎められない。

人を殺せば、強くなる。


そして、死なない身体。



これで、狂わない訳が無いと客観的に理解する。

すでに、正常な倫理観など壊れている。


それはバーモンドだけではない。

隣に居る、愛するパートナーもそうだ。


だが、それを “愛” と呼べるかは分からない。


身体を重ね、互いに貪る。

戦場に立ち、凶悪な隕石を降らせ蹂躙する。


時折、死なない身体を試すように首を絞め合い、どちらが先に死を迎えるかというゲームにも興じる。


“欲望まま生きる”

それが、自分たちの本質だと疑わない。


だから、その欲望を “愛” と呼べるかは分からない。


分からないが、気にしない。


あらゆる欲望を満たすこの世界において、そんな事は些事だから。





「じゃ、そろそろ頃合いだねぇ。」



転移する場所は決めた。

バーモンドは、サブリナの肩を優しく触れる。


「準備は良い、サブちゃん?」


「サブちゃん言うなや、お? ……いつでも大丈夫だよ、ダーリン♩」


苦々しい表情を一変。

甘ったるい猫撫で声でバーモンドの腕に絡みついた。


「じゃあ、いつものやるね。“鬼力薬”。」


サブリナの全身が赤く光る。

攻撃力が増加するバフスキルだ。


「“ハイアップシャワー”」


その光はさらに強くなる。

攻撃力に加え、“特攻” の威力も増加する。



凶悪なミーティアが、さらに莫大な威力を持つ。


どんな相手だろうと、ファントム・イシュバーンの装備が無い世界であるなら、例え屈強な転生者だろうと一溜りもない。



広範囲に亘る、確殺戦法。

それを支えるのが、バーモンドのスキル。

特に、ディメンション・ムーブが肝だ。


バーモンドは、当然ながらディメンション・ムーブの効果については熟知している。


万が一、帝国の転生者にディメンション・ムーブが扱える者が出現した場合を考え、ミーティア発動前の全ての動作、いや、サブリナとバーモンドが過ごす場所も含め、全てが覇国の国境内だ。


“ディメンション・ムーブは国外へ移動できない”


その欠点を突いた、安全策。


それは同時に、ディメンション・ムーブを使って偵察等を行う場合の足枷にもなる。

わざわざ人の気配の少ない帝国の国境界へ移動してから帝国内へと踏み込み、再度ディメンション・ムーブで要塞へと移動する。


たったこれだけで貴重な連続使用回数5回の内、2回も消費してしまうのだ。


また、帰りも同じく2回消費することになる。

瞬間移動を可能とする攻撃判定対象者が国外に居る場合も、“国外移動不可” の制限が優先されてしまい、瞬間移動が無効になってしまうからだ。

一歩、覇国に踏み入れた時に他の誰かに攻撃さえしていなければ再度瞬間移動は可能とはなるのだが、なんとも歯痒い。


瞬間移動は制限されていても、覇国内に居る殴った女の姿だけは視界に映すことが出来る仕様も、その歯痒さに拍車を掛けるのだ。


もしも、国外移動不可が攻撃判定対象者が居た場合に “例外” として働いたなら、戦術の幅は大いに広がったとバーモンドは考える。


そのうちの一つが、敵対陣営の拠点をミーティアで潰したらどうかというものだった。


しかし、帝国も聖国も、自国内に構えるのは覇国の大砦同様に数万人が居住できる巨大な建造物。その内部でミーティアを放っても堅牢な建物に阻まれ、被害はそこまで見込めない。


一時の混乱を生じさせることは出来るかもしれないが、それだけだ。


しかも、戻るにはディメンション・ムーブの連続使用回数を2回も消費しなければならない。

行き帰りで計4回。これはリスクが高過ぎる。


戻る時だけ殴った女の元に瞬間移動出来るのなら1回で済むのならやる価値もなるが、現状の仕様では試す気が起きない。

万が一捕まり、四肢を斬られて生かさず殺さずの状態にされてしまうと死に戻り、デスワープすら許されず逃げることが叶わなくなる。


そんなつまらないリスクを負うくらいなら、最初から戦場で激しくミーティアを降らせたほうが良い。


戦場こそ、理想的な狩場なのだ。




「“狂天”、と。」


最後のバフスキルを掛けられたサブリナの全身が、煌々と赤く輝く。

紅いドレスに赤髪、赤目と全身が赤尽くしの彼女が、燃えるような紅いオーラに包まれる、その姿。



“流星紅姫”



敵も味方も、関係ない。

ただ、その凶悪なスキルに包まれた者は、等しく死が訪れる。



「あー。きたきたきたきたぁ! さぁ、帝国の屑共ぉ! 今日もプチプチってアリンコのように潰して潰してブチ殺してやらあぁぁ!!」


恍惚の笑みを浮かべ、叫ぶサブリナ。

両手を天に掲げ『パン』と打ち付けた。


ミーティアの詠唱段階。これより30秒後、モブが蠢く戦場に死の隕石が降り注ぐ。


「じゃ、今日はぁ~~。」


バーモンドは嗜虐的な笑みを浮かべて、横一列に並ぶ下着姿の女性たちを眺める。


その数、7人。

全員、顔を青褪めさせ身体を震わせる。

中には、あまりの恐怖に放尿してしまう者も。


この戦場に入り、8人の女性がバーモンドのディメンション・ムーブの “出口” として理不尽に殴られ、取り返しのつかない重傷を負った。


良くて、内臓破裂。

悪くて、死。


戦場に入った当初は、10人。

運良く未だ殴られていないのは、その内4人のみ。残り6人と後から追加された2人はこの場には居ない。


命を繋いだ者も、未だ立ち上がることが出来ない。


残った4人と、追加の3人。

それを舐め回すように選ぶ、バーモンド。


「きーめた。」


だが、時間は限られている。


『ドゴゥ』


「うぐっ、あぁ!」


わずか数秒でその対象を選び、思い切り腹を殴った。

選ばれたのは、恐怖で思わず尿を漏らしてしまった娘だった。


藻掻きながら、自身が漏らした尿の上で横たわる。

血反吐を吐き出し、ガクガクと痙攣を始めた。



「死ぬなよー! 死ぬんじゃないよぉ!?」


クリエイトアイテムスキル “ポーションシャワー” で死なない程度に傷を癒し、興奮冷めやらぬ表情のままサブリナの横に立ち、その細い身体の肩に手に触れた。



残り、5秒。


ディメンション・ムーブの視覚効果で、移動先を脳裏に浮かべる。

先程写した場所なので、すぐに座標を固められた。


そこは、かつて無いほどの混戦状態。

帝国兵も、覇国兵も、入り混じる地獄。


その地獄を、一層する天の礫。


想像するだけで、下半身のものがそそり立ち、果てそうなほどの興奮が全身を駆け巡る。



残り、4秒。



蹂躙の時間が、始まる。



ディメンション・ムーブ、発動。





残り、3秒。



「えっ!?」

「な、にっ!?」


剣と剣を交差させる帝国兵と覇国兵が同時に驚きの声をあげた。


突然、派手な男と真っ赤な女が姿を現したからだ。



それは、戦場の死神。



残り、2秒。



理不尽な死が、降り注ぐ。


それを脊髄反射で理解する覇国兵だが、時遅し。



うっとりと。

恍惚の笑みを浮かべたサブリナが、まさにミーティアを発動させんと動く。



残り、1秒。


免れぬ死の運命が、今、降り注ぐ。




その時だった。





「“オーバークラッシュ”」




ミーティア発動の、寸前。

サブリナとバーモンドの視界に過るは、黒い影。



思考も。


身体も。


反応など出来るはずがなかった。



『ドゴンッ』


「きゃあああっ!!」



響く鈍い音と、パートナーの叫び声。


大きな衝撃が身体を襲い、華奢なサブリナは吹き飛ばされ、僅かに遅れてバーモンドも吹き飛ばされた。



今までに受けた事のない衝撃。


無様に地べたに転がる自分と、パートナー。



“何が起きたのか!?”


それを理解する前に、自分たちを吹き飛ばしたであろう元凶が、視界に映る。



それ(・・)は、黒と銀の、鉄の塊。


いや。

騎士のような、全身鎧だった。



その刹那。


脳裏に、閃光が走る。



遥か昔。

前世の世界と呼ばれた、ファントム・イシュバーン。


その戦場で、何度も何度も、数えきれないほど相対した相手。



初めて、サブリナとバーモンドの確殺コンビ技を切り伏せた、悪魔。



“永劫の死” という復活防止のスキルの所為で、仲間に復活させてもらう事も叶わず、地べたに横たわりながら、ただ、覇国陣営のプレイヤーが悉く倒されていくのを眺めるだけの悲惨な時間。


その時の、衝撃。

その時の、屈辱。



“忘れるはずがない”



その、元凶の名を。




防御力ゼロ。

“狂天” のデメリット。


痺れるような全身の痛みに、呼吸すらままならない。


それでも振り絞るように。

バーモンドはその名を、叫んだ。




「ぎ、ざ、ま……は……アロンッ!?」




サブリナとバーモンドの確殺戦法。

ゲーム世界(イシュバーン)なら無敵と思われた戦法。



またしても、打ち破られた。


それも、同じ相手に。



その相手。



“最強”



【暴虐のアロン】だった。



次回、1月21日(火)掲載予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 引きが良いですねえ 更新が待ちどうし過ぎる [気になる点] 狂天の対象者はサブリナ1人という事ですが、バーモンド視点で > 防御力ゼロ。 >“狂天” のデメリット。 >痺れるような全身の痛…
[良い点] おもしろい
2020/01/18 21:23 退会済み
管理
[良い点] もう攻撃したのでアロンからは逃げられませんね…(ΦωΦ) (っ’ヮ’c)ウゥッヒョオアアァやってしまえ [一言] 火曜まで待てない…!!
感想一覧
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