6-3 ディメンション・ムーブ
アロンがラープス村を出発して6日後。
僅かに積もる雪の街道の先に見えるは、巨大な要塞。
帝国最南の砦 “アガレス要塞”
この要塞を超えた南側が、サウシード覇国との境界線のあるアガレス平原だ。
「お待ちしておりました、バルト将軍閣下!」
「うむ。ご苦労。」
要塞に入るは、補充兵たち。
その数、1万5千人。
イースタリ帝国でも有数の都市 “ライハット市” にて合流した帝国軍。
彼らは軍用馬車だけでなく、古の超越者が開発した蒸気の力で進む輜重車両に乗り込み、この地まで運ばれてきた。
ぞろぞろと降りながら、分担して積荷を下ろす。
これらは補充の物資や食料だ。
そして作業と並行して布で厳重に覆われた長細く重いモノを、バケツリレーの要領で積み上げていく。
これらが、戦場に辿り着いた兵士や冒険者たちが行う最初の仕事だ。
布覆われた長細く、重いモノ。
―― それは、戦場で命を失った同胞。
括られる木札には、所属や氏名が示されている。
しかし載せる者たちは、その札を見てはならない。
万が一、それに肉親や友の名が刻まれていればその場で泣き崩れ、戦意を喪失するかもしれないからだ。
その結果、周囲の士気も下げてしまう恐れもある。
―― それでも、まだ形があるのは良い方だ。
死体を積んだ後、今度は大小様々な木箱を積むのだが、その木箱にも木札が括られている。
木箱の中身もまた、死骸。
それも身体の一部分しか見つからなかった、無残な死を遂げた兵士や冒険者だ。
「……おいおい。箱が多すぎやしないか?」
今回、補充兵とし参加した冒険者の男がぼやく。
彼は様々な戦場を生き抜いてきた猛者。
そんな彼からして見ても、積み込む木箱の量の多さは余りにも異様だ。
「なんか、酷い攻撃に巻き込まれたのかもな……。」
男の正面。
同じく冒険者の男が木箱を隣の者へ渡し、呟いた。
その後方。
アロンは歯を食いしばりながら、木箱を受け取り、隣の者へと渡した。
(サブリナ……。バーモンド……。)
この木箱の大半が、サブリナ戦法の犠牲者。
そして、超越者以外の帝国民。
アロンの心は深く、憎悪に染まるのであった。
◇
「待っておったぞ、バルト卿。」
「お待たせしました、タチーナ殿。」
“アガレス要塞” 最上階
“司令会議室”
円卓のテーブルの上座に腰かけていた “紅法将” タチーナがやや憔悴した顔で立ち上がった。
その彼女の隣に立ち、手を取るバルト。
「あれ? 戻ってきたのはホーキンスとアニーだけ? カイエンは?」
その反対側。
タチーナから一つ離れた席に座る男がぼやいた。
赤茶色の忍装束。
長い灰髪の、優男。
冒険者連合体帝都本部加盟ギルド
“巨木の大鷲”ギルドマスター
帝国軍万人隊長筆頭、“鬼忍” オルト。
この戦場の総大将だ。
「カイエンさんはビビッて休暇に入りました。」
ホーキンスは重々しい大剣を降ろしながら答えるが、その言葉にオルトは盛大な溜息を漏らす。
「マジかよ、あの野郎。」
「その代わりと言っちゃダメだけど、助っ人連れてきたよ。」
カイエン不在というのに、何か陽気なアニー。
彼女が後ろを振り向くと、そこに居るは、全身を黒銀の全身鎧で固めた者。
“レイザーさん?”
と、一瞬考えるオルトだが、全身鎧というだけで鎧の素材や輝きがまるで別。
どちらかと言えば安物にも見える黒銀の鎧に、鉄仮面。そして白い外套。
「その人は?」
頬杖を付きながら尋ねるオルト。
だがその鎧は、オルトを無視するようにタチーナへと向き、膝を着いたのだ。
「お初目に掛かります。タチーナ将軍。」
「ああ、話は聞いているやね。あんたがアロン殿かい?」
「はい。ラープス村のアロンでございます。」
“オレが総大将なのに失礼な奴だな”
と、多少眉を顰めたオルトは、そのやり取りで告げられた名を書き目を見開いた。
「ラープス村のアロンって……あんた、まさか!」
まさに冷や水を掛けられたようなオルト。
その様子にアニーは勝ち誇ったような表情を見せた。
「そだよー。あの、【暴虐のアロン】さんだよ!」
「マジかよ!?」
驚愕のあまりガタンッと椅子を後ろに倒す勢いで立ち上がった。
その叫びに反応するように、アロンもまたオルトへと顔を向け、頭を下げた。
「アロンです。オルト隊長。」
「お前さんが、カイエンを嵌めたアロンか。」
即座に冷静さを取り戻して笑うオルトに、アロンは目を細めて睨む。
尤も、黒銀の鉄仮面のためアロンの表情はオルトには分からないが……。
「カイエンさんを嵌めた? 何の話っすか?」
オルトとアロンを交互に見て怪訝な表情で尋ねるホーキンスに、アニーも首を傾げるが、バルトとタチーナの二人は顔を顰めオルトを睨んだ。
しかし、オルトは肩をすくめて首を横に振る。
「いやいや。こっちの話だ。まぁ、立ち話もなんだ。皆、座ってくれ。」
着席を促す。
全員がバラバラと席に散った、その時。
『ギャインッ』
「おわっ!?」
「キャアッ!」
思わず叫びを上げるホーキンスとアニー。
突然、オルトが消えるように動き、アロンに黒刀で斬りかかったのだ。
しかし、アロンは背負っていた大剣、“神剣グロリアスグロウ” を僅かに抜き、背を屈めるような体制でオルトの刃を防いだ。
そのままグロリアスグロウを振り抜き、オルトの胴を斬り割こうと力を籠めた、瞬間。
「参った!」
オルトは再び自席の近くへ移動し、黒刀を仕舞って両手を上げた。
アロンはグロリアスグロウの柄に手を掛けたまま、睨み続ける。
「何をしておるか!」
そこに、バルトの怒声が響く。
穏やかな紳士然としているバルトが顔を真っ赤にして怒鳴るなど滅多に無い。余りの迫力に、オルトは「わひゃあ!」と声を漏らしてお道化るのであった。
「いやいや! すみませんね、バルトさん! ちょっと試したんだよ。」
「試した!?」
「そいつが、本物かどうか。」
未だ怒りの収まらないバルトに笑顔を見せ、オルトは再び椅子に座った。
「見た目は向こうの世界まんまだけど、中身が本物かどうかわかんないでしょ? これからサブリナ達とドンパチやらなきゃならないってのに、偽物なんか掴まされちゃ堪ったもんじゃないからな。」
「で、どう判断された?」
未だ怒りが収まらぬバルトは、苦々しく尋ねる。
しかし、まるで気にしていないオルトはニッコリと微笑み、
「うん。合格。」
と、告げた。
余りに突然な総大将の戯れに、 バルトもタチーナも呆れ返る。
「……こりゃあ、罰が必要さね。」
「そうですな。」
そもそも二人の将軍の前。しかも司令会議室内。
普通、冗談などでは済まされない。
しかし、当のオルトはまるで分かっていない。
「ちょ!? バルトさん、タチーナさん、そりゃ無いって! ほんの冗談、ちょっと試しただけじゃないか!」
「他にやりようがあるだろうが!」
飄々とするオルトに、益々憤るバルト。
だが、相手は超越者であり帝国軍の万人隊長筆頭なのだ。余り責め立てても意味が無い。
「次は勝手な真似は許さんぞ。」
「はーい。」
余り反省の見られないオルト。
それもそのはず、帝国軍の万人隊長筆頭という実力者であり、全ては彼の采配や働きによって戦場が左右されるのだ。
下手に責め立ててへそを曲げられたら困るのは、バルトとタチーナなのである。
……だが、納得が出来ない者が一人。
「……合格、と言ったな。もしボクが単なる一般人で、貴様の攻撃を防げなければ死んでいたぞ?」
立ったまま、底冷えするような怒気を放ちながらアロンはオルトへ問いただす。
そんなアロンに、「はぁ?」とオルトも顔を顰めた。
「待て待て。言葉遣い。オレは帝国じゃ将軍の次に偉くて、この戦場じゃあ総大将なの。いくらあんたが【暴虐のアロン】でも、軍に従事するならルールに従ってもらわなくちゃ困る。」
「答えろ、オルト。」
張り詰める空気。
アロンとオルトの余りの雰囲気に、ホーキンスもアニーも固唾を飲む。
「はぁ。」
オルトは深い溜息を吐き出し、椅子にもたれ掛かる。
「寸止めしたさ。殺すわけないだろ? ここは神聖な会議室なんだ。血が流れたら誰が片付けるんだよ。」
そう答えるが、余計な一言があった。
『血が流れたら誰が片付けるんだよ』
逆に言えば間違って殺しても “その程度の問題” としか認識していない証拠だ。
アロンの告げた、ただの一般人とは、超越者ではない普通のイシュバーンの民を指す。
アロンにとって、それは “その程度の問題” では無い。
アロンは込み上げる怒りを溜息と共に吐き出しながら、オルトの対面に腰を掛けた。
「なるほど。貴様の考えは良く分かった。」
だが、そのアロンの態度が益々気に入らない。
「だから言葉遣い! 殿下と同じ年ってことは、転生して15、16年だろ? つまりオレの方が年上。それに帝国じゃめっちゃ偉い立場なんだから! きちんとしてくれよ、全く。」
「いい加減にせんか!」
言い合うアロンとオルトを、バルトが諫めた。
だが、その対象はオルトだけ。
苛立ちを隠そうとせず、オルトはバルトを睨む。
「ってもバルトさん。軍の上下は絶対だろ?」
バルトは、そうだ、と呟く。
その言葉にオルトはほら見ろ!という表情になりかけるが……。
「アロン殿は、“大帝将” ハイデン様の代理としてこの場にいらっしゃる。慎むのは貴方だ。」
その言葉にオルトだけでなく、ホーキンスもアニーも目を丸くして驚愕する。
それだけでなく、当のアロンも「ええっ!?」と声を上げてしまった。
誰にも語られて無かった新事実。
唯一、その事実を前もって聞かされていたタチーナだけが、クスクスと笑うのだった。
「分かったなら、さっさと会議を始めるぞ。ホーキンス隊長もアニー隊長も着座してください。」
驚愕が包む中、バルトは胸を撫でおろす。
(この場でオルトを失う訳にはいかないからな。)
“貴様の考えは良く分かった”
その言葉は、アロンの “殲滅” 対象に入ったと言っても過言では無かった。
もし、バルトが止めなければこの場でオルトが惨殺されていた可能性すらある。
その生殺与奪はアロンにあるのだ。
“アロンが超越者を殺せる” とについてはまだ伏せられているため、気が気で無い苦労人のバルトであった。
◇
「見てのとおり、サブリナとバーモンドが神出鬼没すぎて被害を止めようが無い。」
戦況図面を広げ、オルトは “サブリナ作戦” の爆撃地を示しながら説明する。
それと一緒に記されるは、被害者数。
戦闘が始まり、14日目。
爆撃された回数は、8回。
ミーティアによる死者、7千人。
関連する負傷者、1万人。
「アタシらが戻ってくるまでにこんなにやられたんか……。」
アニーが爪を齧りながらぼやく。
「こうして見ると、毎日ぶっ放してくるわけじゃないんですね。」
一度、凶悪なミーティアに巻き込まれて命を失った時の事を思い出すホーキンスは、身体を震わせる。
そんなアニーとホーキンスを眺め、オルトは頭を掻きながら続ける。
「緩急を付けてこっちの戦況をかき乱す……という線もあるが、一番の理由は “補充” だろうな。」
「補充?」
思わずアロンが口を挟む。
この場には将軍2名、帝国兵を率いる万人隊長3名が揃う要塞の最高決定機関。
そこに初めて戦場に駆り出された田舎村の冒険者、それもランクは最低の “F” である彼がこの場に居ること自体が前代未聞なのだが、かの “大帝将” の推薦かつ代理という立場であれば、勝手に発言したとしても咎めることは出来ない。
「……これはオレの予想も含まれる話になるんだが、それでも構わないか?」
「構わない。」
大帝将の代理とは言え、年下のアロンの不遜な態度に眉を顰めるオルト。
だが、バルト・タチーナの両将軍の前だ。
また怒られたくもないので、話を進める。
「まず、覇国兵の補充だ。理由は……分かるよな?」
「ああ。覇国兵も巻き込んでミーティアを発動させているという話だからな。」
ハイデンの手紙。
そして、道中一緒だったホーキンスとアニーからその事は聞かされていた。
ゲームであるファントム・イシュバーンでは、ギルド戦やパーティープレイ中などは、味方の攻撃は一切ダメージを受けることは無い。
所謂、“フレンドリーファイア” はあり得ないのだ。
だが、ここは現実世界のイシュバーン。
放つ攻撃が味方に当たれば当然ながら怪我を負い、最悪は死に至らしてしまうことさえもある。
オルトは深く息を吐き出して首肯する。
「その通りだ。で、“補充” の意味はもう一つある。」
「もう一つ?」
「帝国兵の補充だ。」
その言葉で、アロンの全身が粟立つ。
「わざと敵の増強を待っていると聞こえるさね?」
オルトの言葉に、タチーナが疑問を呈した。
本来、敵兵を討てばそのまま進軍し、前線ラインを押す事で陣地を拡大し、さらに拠点となる砦や要塞を制圧することで国境界をさらに押しやることが出来る。
当然ながら、敵兵が補充されればその動きが鈍くなる。まさに戦争の成果を捨てる行為だ。
「そうです。わざと待っているんですよ。」
「意味が分からないな。」
戦況図面を睨みながらバルトも首を傾げた。
ただ一人、アロンだけが気付く。
「……レベルアップ。」
「その通り。」
アロンの言葉にオルトが頷いたことで、ホーキンスとアニーも目を丸くさせて驚く。
「マジ、かよ。」
「そこまでやるの、サブリナって!?」
「どういうことさね?」
オルトは再び、戦況図面に目を落とした。
苦々しく、ミーティアが放たれた地点を人差し指でコンコンと叩きながら、紡ぐ。
「人が集まったところに殲滅攻撃をぶっ放して、サブリナ自身のレベルアップを図っているってことだ。人を殺しても経験値が入るからな。」
オルトの言葉に、会議室が強い嫌悪感に包まれた。
“人を殺しても経験値が入る”
VRMMOファントム・イシュバーンは、ギルド戦などで敵対する陣営のアバターを斃す事で、経験値が加算される。
ただ、その倒したその場で得られるのではなく、ギルド戦終了後の『戦果ボーナス』の場面で、勝敗報酬、各ギルドの貢献度に応じた報酬、そして個別報酬として経験値や通貨が与えられるのだ。
より多く敵を斃したプレイヤーは、それだけ多くの経験値が得られる。
だが、その成果には “レベル差” も勘案されるため、格下相手をいくら斃しても得られる経験値は微々たるものになるのだ。
しかし、ここは現実世界イシュバーン。
経験値は、人やモンスターを殺めた瞬間に、入る。
「奴は聖国との争いでもドンパチやって多くを殺害したみたいだ。レベルは想像以上に高いと見られる。」
オルトの言葉に、ホーキンス、アニーは顔を顰めながら頷く。
しかし、アロンはまるで呆然と立ち尽くしたように、微動だにしなくなった。
「アロンさん?」
不思議そうにアニーが尋ねるが、返事がない。
アロンの心は、憎悪や憤怒に染まっている。
現状、サブリナが人を殺めても得られる経験値は極僅かと考えるのが自然だ。
それでも戦場でその猛威を揮いつつ、わざと敵も味方も補充されるのを待ち、より多くの者を意図的に殺戮しているというオルトの予想は、アロンを激怒させるには十分すぎた。
“レベルは想像以上に高いと見られる”
それは即ち。多くの民の命を奪った証拠であり、加えてより多くの民を殺害しなければ、今後のレベル上昇は困難だという意味も含まれる。
結果、それが齎すのは同胞たちの理不尽な死。
木箱に収められた、原型を留めない死骸だ。
「こちらの死者数が多い割に前線の押し込まれ方が弱いと思ったが……。なるほど、徒に人の命を奪っているということか。」
元あった帝国と聖国の前線から、現在の、帝国側へ僅かに押しやられた前線の位置をなぞりながらバルトは顔を顰めた。
「まぁ、それもあるけど……制限もある。」
「制限?」
オルトの言葉に、全員が顔を上げた。
「ああ。このサブリナ戦法ってやつが何かは……オレ等だけじゃなく、バルトさんもタチーナさんも理解していると思う。その前提で話すが良いか?」
「構わんさね。」
「この作戦の肝は、バーモンド。つまり “ディメンション・ムーブ” という書物スキルだ。」
オルトは一度、全員の顔を見渡した。
アロンだけが鉄仮面を被っているため表情は分からないが、当然ながらファントム・イシュバーン最強アバター【暴虐のアロン】は理解している、という前提でオルトは続ける。
「ディメンション・ムーブ自体は、アイテムガチャでも滅多に出ない書物スキルの中で最高レアリティの虹色。しかも移動補助スキル。だから取得者数が極端に少ない。ファントム・イシュバーンの帝国陣営で5人くらいだったし、現在、オレが知る限り転生者の中で使えるのは覇国陣営のバーモンドだけだ。」
「そんなに居ないの!?」
驚くアニーに、オルトは少し笑いながら頷く。
「……ディメンション・ムーブは単なる移動補助スキルとしか見られていなかったから、虹色書物のくせにハズレ扱いだった。むしろ1ランク下の金色書物スキル “縮地法” の方が使い勝手が良い。書物スキル自体、最大3件までしか取得できないから、ディメンション・ムーブを取得していたとしても、売り払うか、取得しても他に良いスキルが取れれば削除する奴もいるくらいだった。」
なるほど~、と感心するアニー。
「サブリナ戦法のおかげで多少は見直されたが、結局対策取られてからは評価は元通り。……逆に、その所為でこの世界じゃサブリナ戦法への対策が難しくなっているというのも皮肉だよな。だが、それでもディメンション・ムーブの制限を知っていれば対処が出来るはずだ。」
「それで制限ってなんですか?」
今度はホーキンスが待ちきれない様子で尋ねた。
「一つは回数制限。次元倉庫とかと同じで、連続使用に制限が掛かる。回数は5回。回復は1時間に1回分ずつだ。」
珍しい書物スキル、“ディメンション・ムーブ”
だが、ファントム・イシュバーンで何度もサブリナ戦法を打ち破ってきたオルトや上位プレイヤーには常識とされる制限だ。
「そしてもう一つ。“国外には移動できない”」
その言葉に、アロンは鎧の音を立てて驚いた。
だが驚きはアロンだけでなく、ホーキンスもアニーも同じだった。
「そうなの?」
頷くオルト。
「ああ。ディメンション・ムーブの移動範囲は相当広い……と言っても、実際にファントム・イシュバーンで所持していた奴の話を照らし合わせての推測でしか無いんだが。同じように動けるなら、恐らくこの要塞から帝都までは普通に移動できるはずだ。」
―― アロンは、イシュバーンへ再度転生する際、女の御使いこと “梯世神エンジェドラス” から得られる3つの特典の内の一つ、“言語理解” を必要としなかったため、代替サービスとして “ディメンション・ムーブ” を扱えるよう与えてもらった。
そのあと、イシュバーンの世界で初めて使用したことで移動範囲を把握した。
しかし。
(国外には移動できない。そう言われれば、そうだったな……。)
ディメンション・ムーブの使用は、ほぼラープス村周辺か、行っても帝都までだった。
行こうと思えば、ラープス村からこの “アガレス帝国要塞” まで移動も出来たのだが、軍事行動であり単独で移動するとあらぬ誤解が生じるたため、軍用馬車でこの地までやってきた。
だが、今オルトが告げた “国外に移動できない” という仕様については失念していた。
―― 聞かされて思い出したのだが、単純に “戦法” としての使い方しか考えていなかったため、フィールド移動の細かな仕様までは忘れていたのであった。
「現在、帝国と覇国の国境界はこの要塞の南にある砦が防衛ラインとなっている。ルールが正しければ、この要塞にいきなりに現れてドカーンという事はない。それが出来るなら、とっくにやられているからな。」
うんざりするようにぼやくオルトは、再度、戦況図面を睨んだ。
「ただ、国境界と国境界の間……つまり戦場ではそのルールは適用外となる。つまり、自国内と相手の国境界までの戦場の間は、ディメンション・ムーブの移動範囲内ということだ。」
その目線の先は、8箇所のミーティア爆撃地。
1箇所は、最初の一発。
帝国軍の本陣営のど真ん中。
残り7箇所は、帝国軍と覇国軍が最も激しく激突している、密集地だ。
「あとはディメンション・ムーブの弱点だ。回数制限もそうだが、瞬間移動は最後に攻撃を仕掛けた相手の真横か真後ろのみ。フィールド移動や戦場移動では、どこに移動するか脳内で俯瞰しなければならないため、ロスが生じる。こればっかりは使用者次第になるからどれほどのロスになるか分からないけどね。」
「つまり、術者であるバーモンドに攻撃さえさせれば、一瞬で逃げられないってことだよね?」
アニーの質問に「言葉遣い……」と漏らすオルトだが、バルトが眉を顰めたので、それ以上は言うのを止めた。
「そう。まぁ瞬間移動される前に斬り殺すって手もあるが、現実的じゃないな。」
最初の一発目の時。
それを狙ってオルトは奥義を放ったが、掠った程度で逃げられてしまった。
「バーモンドをその場で殺すか、攻撃させれば逃げる手段が限定される。ミーティア……まぁ魔法スキルと召喚スキルに言えることだが、攻撃範囲が広くて威力が高い分、発動までの詠唱が極端に長い。逃げる手段させ奪ってしまえば、こっちのもんだ。」
「言うは簡単だけどね」、とオルトはぼやく。
「もし、こっちの陣営にディメンション・ムーブ使える奴が一人居れば大分楽なんだがなぁ。」
「例えば……?」
ファントム・イシュバーンで上位ギルドを率いた上位者オルトのスキル講義が面白くなってきたアニーが興味津々で尋ねるが、当のオルトは正直 “無いもの強請り” の話で気が進まない様子だ。
「ファントム・イシュバーンでサブリナ戦法を破った手段は前に話したよな? そこから追いかけっこが始まるんだが、ディメンション・ムーブ使える奴がサブリナかバーモンドのどちらでもいい、それこそ投石でも良いから攻撃を当てる。ディメンション・ムーブの仕様上、パーティー……つまり6人までは同時に移動可能だから、急増でも何でもパーティー組んで追いかける。あいつ等も逃げるが、回数制限の関係で、こっちが無駄打ちさえしていなければ先にバーモンドの方が回数を枯渇させる。あとは煮るなり焼くなりってところだ。」
「それでも魔聖と神医のコンビっすよね? 普通にやっても強いんじゃないですか?」
頭をガジガジと掻き毟るホーキンスに「馬鹿」とオルトは小さく告げた。
「勝てる奴を送ったに決まっているだろ。そこの、アロン様とかね。」
ニヤリと笑い、アロンを指さす。
全員がアロンへと目線を飛ばし、「おおー」とホーキンスとアニーの二人は感嘆するのであった。
「昔の話です。それに、現状どうするかという話を詰めなければならないのでは?」
興奮するホーキンス達を諫めるようにアロンは告げた。それだけでなく、興奮する超越者たちに、バルトとタチーナも冷めた目で睨んでいるのだった。
彼ら、元からイシュバーンの民にとって、“向こうの世界の話” は正直現実的ではない。
遊戯の世界とは言え、そこに居る存在全てが “超越者” など考えるだけで悍ましいからだ。
「現状ねぇ。ぶっちゃけ、あんたならどうする?」
苦々しく顔を歪めたオルトが、アロンを睨む。
全員が、期待と不安に満ちた表情でアロンの言葉を待つ。
だが、当のアロンは一つ息を吐き出してから、まるで熟考するかのように腕を組んでジッと佇む。
沈黙は、1分ほど。
「……おい、どうなんだ?」
「なるほど。」
アロンが漏らした言葉に全員が首を傾げた。
特に、オルトは嫌悪するように顔を顰める。
「何がだよ?」
「少し確認をするが、いいか?」
「確認? いいぜ。」
全員の疑問を代弁するように、オルトが頷いた。
同意が得られたことで、アロンはまず戦況図面の覇国本陣営の位置を示した。
「ここが覇国の国境界で間違いありませんね?」
アロンの目線は、バルトとタチーナ。
「ああ、そうさね。」
“どんな策が飛び出すか”
タチーナもまた期待に満ちた表情で答えた。
「前回、サブリナ戦法の襲撃を受けた場所はここですが、これはいつの事ですか?」
次の質問。
8回目となるサブリナ戦法の襲撃地は丁度戦場のど真ん中。それを指し示しながらのアロンの質問に、タチーナは溜息交じりで答える。
「最後は、一昨日さね。」
「その直前に、兵の補充はありましたか?」
「……ああ。その2日前にあった。」
さらに、なるほど、と呟くアロン。
「……何を確認している? アロン。」
オルトが堪らず尋ねる。
そこに、アロンは悍ましい結論を告げた。
「バーモンドが要塞に潜入している可能性が高い。」
その言葉に、全員が息を飲みこんだ。
「そんな馬鹿な! ディメンション・ムーブは国境を超えられないはずだぞ?」
思わず叫ぶオルト。
しかし、アロンは平然とその理由を答えた。
「単純な事です。帝国の国境間近まで移動して、国境さえ跨げば帝国内を移動し放題だ。大方、奪った帝国軍兵の装備を着込んで、何食わぬ顔で本陣営からこの要塞に侵入していると見るべきだ。オルト、貴方の言うとおりディメンション・ムーブは移動補助でしか無く、国境を跨ぐことが出来ないため、ファントム・イシュバーンの中なら他のスキルと比べればハズレと言えるだろう。」
だが、とアロンは続ける。
「しかし、移動手段が限られる戦場において偵察や侵入に最も優れているのがディメンション・ムーブなんだ。ゲームと同じなどと考えているから、こっちの陣形が筒抜けになり、結果的にサブリナ戦法の餌食になったんだ!」
“この世界はゲームではない”
ディメンション・ムーブの仕様を知りながらも侵入防止の手を打とうとしなかったオルトに怒りを籠めて告げた。
……だが、オルトには余り響かない。
「はぁ。お前さんもレイザーさんと同じような事を言うんだな。……ああ、分かった。オレが悪かった。すぐ対策を打とう。」
頭を掻き毟りながらオルトは深い溜息を吐き出した。
事あるごとに帝国最強の超越者 “黒鎧将” レイザーからもこんこんと『この世界をゲームの世界などと混同するな』と口酸っぱくして告げられた事を思い出した。
―― 自分たちは戦場で死なない。
その傲りがあるからこそのヒューマンエラーなんて、認めるわけがないが。
オルトが納得したところで、アロンは話を続ける。
それこそが、本題だ。
「一緒にこちらへ来た兵の皆さんから聞いた話だと、明日、本陣営に向かい、明後日には総攻撃を仕掛けるとのことでした。さすがにミーティアの殺戮については知らされていないようでしたが……いくつか陣形を分けて方々から攻め込む、とのことですね?」
「うむ……ミーティアとやらの隕石魔法の被害を抑えるためには、止むを得ん措置ではあるが。」
その決定は、バルトが下した。
補充された帝国兵や冒険者の中には “総攻撃なら一丸となって攻めるべきでは?” という疑問を述べる者もいたが、その作戦の背景については決して語られなかったのだ。
「バルトさん……それだと、どこにミーティアが撃ち込まれるか分かったもんじゃないぞ?」
だが、オルトとするとバルトの作戦は理解しつつも、“サブリナとバーモンドの両名を抑え込む” という根本的な解決に至らないため、その作戦については反対だ。
「それに、もし本当にバーモンドの奴がこっちに潜入しているとなると、補充だけじゃなく作戦も筒抜けってことよね?」
身震いしつつアニーもオルトと同意見。
だが、ギリギリで作戦を変えるなど不可能に近い。
「作戦を変える必要はありません。」
はっきりと、アロンは告げた。
「何か良い手があるのか?」
さらに怪訝な表情となりアロンを睨むオルト。
鉄仮面で表情が見えないのがより腹立たしい。
しかし。
「サブリナとバーモンドは、お任せください。」
アロンの宣言に、全員が度肝を抜かれた。
「お、おい! いくらあんたがあのアロンだとしても、何とかなるもんか!?」
「サブリナのミーティアは、“狂天” も掛けられているんだぞ!」
“狂天”
薬士系覚醒職 “狂薬師” のクリエイトアイテムスキル。
必要SPは10万。
狂薬師の奥義とも言える最強バフスキルだ。
ステータスはATK、MATKがそれぞれ5%上昇と、攻撃性能自体はそこまで上がらないが、このスキルの最大のポイントは、威力を “チャージタイム1秒につき2%上昇、上限100%” と、スキル範囲を “チャージタイム1秒につき攻撃判定範囲を1.5倍、上限10倍” いう破格のスキル効果補正だ。
この効果補正により、チャージタイムの長いミーティアやバハムートと言った広範囲殲滅攻撃と非常に相性が良いのだ。
加えて、“スキル高速発動” が適用されている場合、威力上昇値も高速発動に沿って増加する。ミーティアの場合30秒発動となるが、どちらも威力増加は上限値まで達するため、それもまた相性が良い理由となる。
ただし、この絶大な効果の裏には厄介なデメリットが多数存在する。
まず、対象はたった一人のみ。
効果は僅か1分30秒。
そして、“自分自身には掛けられない”
効果範囲が1人限定で持続時間も短いというのも大きな制限だが、多く存在するバフスキルで唯一、自分自身に掛けられないという制限がある。
続いて、バフを掛けられた者のデメリット。
“DEFと“MDEFが共に0になる”
“被ダメージ、2倍”
“スキル発動後のチャージタイム3倍”
“HP、SP、自然回復効果無効”
“状態異常『鈍足』発生(無効化適用外)”
1分30秒という短い時間だが、無防備甚だしい。
特に強制的な『鈍足』が厄介だ。
移動速度、攻撃速度が半減する状態異常。
常に混戦となるギルド戦などでこの状態は、格好の餌食となる。
しかも防御性能が無く、ダメージも倍増する状況。
敵から見れば “どうぞ殺してください” と言われているようなものだ。
さらに発動させたスキルの次回使用可能になるまでのチャージタイムが3倍にも伸びてしまう。
チャージタイムが短いスキルならさほど大きな影響は無いが、“狂天” で放つスキルは奥義等の大技を想定しているため、仮に防がれたりしたらもう一度発動、という訳にはいかなくなる。
そして最大のデメリット。
『鈍足』以外のデメリットが術者にも適用される。
悍ましいサブリナ戦法。
それは、サブリナとバーモンドの捨て身技なのだ。
「だからこそ、発動前後は無防備の状態ですね。」
「いや、そのデメリットすらディメンション・ムーブで解消されているんだぞ? どう攻略するつもりだよ!?」
平然と告げるアロンに、椅子に深く腰を掛けたオルトが馬鹿にするように紡ぐ。
しかし、アロンはそれでも平然としている。
「だから、ボクに任せてくれ。」
「具体的な作戦が無ければ了承できん。」
苛立ちを募らせるオルトに、アロンは深い溜息を吐き出した。
ますます苛立ちが強くなるが………。
「使えますよ。ボクも。」
それを意味する言葉。
オルトだけでなく、ホーキンスもアニーも口を大きく開けて呆然となった。
「まさ、か……!?」
「討ち取ってみせますよ。オルト隊長。」
◆
同時刻。
サウシード覇国 “アガレス平原” 国境界
覇国軍本陣営後方 “アガレス大砦” 内
「ただいまぁ、サブちゃ~ん♪」
厭らしい笑みを浮かべ、バーモンドはネグリジェ姿のサブリナに飛びついた。
「おかえりぃ、バモさん! ……って、オイコラ糞ヤブ医者野郎。サブちゃん言うなって何度言えば分かるんだ? お?」
最初は甘ったるしく。
だがすぐさま、表情を歪めて憤りを露わにするサブリナだった。
そんなサブリナを抱きしめながら、優しく背中を撫でる。するとピクピク、とサブリナの身体が震える。
「怒らないでよ~。サブちゃんが嬉しくなる情報持って帰ってきたんだから。」
その言葉に、サブリナは虚ろな目を見開いた。
「それって、帝国共がまた殺されに来たってこと?」
「そうだよ~。明後日、総攻撃だってさぁ!」
―― バーモンドは、帝国の要塞に潜入をしてきた。
ディメンション・ムーブでは帝国の国境界までしか移動できないため、以前奪った帝国兵の装いを纏って帝国軍本陣営を突っ切り、そのまま要塞へと足を踏み入れたのだ。
そして堂々と補充兵を迎え入れ、何食わぬで補充人員、作戦内容、作戦決行日を調べたのだ。
“武闘士” もジョブマスターにしたバーモンド。
隠密もまた、お手の物だった。
「ただねぇ~。今回は結構バラバラに攻めてくるみたいだから、経験値はそう期待できないかも。」
サブリナの身体を貪りながらバーモンドは告げた。
だが、サブリナは特段気にしていない。
荒くなる呼吸。
艶声を出しながら、嗜虐的な笑みを浮かべた。
「別にいいよぉ。その分、こっちの人員を送ればいいだけじゃない。」
サブリナの提案で、総大将の立場であるバーモンドもまた、嗤う。
「そうだねぇ。モブ共も、ボク等の役に立てるから一石二鳥だよねぇ。」
彼らは、全て自分たちの掌の上だと思っている。
生きる人々は、単なる経験値としか見ていない。
愚かな狂人たちは迫りくる運命など知る由も無く、ただただ欲望のまま絡み合うのであった。
次回、1月18日(土)掲載予定です。
またしばらくの間、火曜日・土曜日更新とさせていただきます。
引き続き、【暴虐のアロン】をよろしくお願いいたします。