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6-2 戦場へ

「出発は2時間後。今夜遅くなるが隣村で宿を取り、明日には東の “ライハット市” に着く予定だ。そこで補充の部隊と合流し、6日後には “アガレス要塞” に着くだろう。」


覇国との戦場への招集令状を片手に、アロンへ告げる “蒼槍将” バルト。



いよいよ、アロンは戦場へと向かう。



頷くアロンの隣には、不安げなファナ。

そんな彼女に、バルトは笑みを浮かべた。


「心配なさるな、マダム。アロン殿の力は、貴女がよくご存知だろう。」



―― バルトとすれば、アロンの妻であるファナにも戦場に立たせたいという思いがある。


彼女の適正職業は、僧侶。

戦場において怪我や状態異常の治療に欠かせない僧侶職は、常に人手不足。共に戦場へ立ってもらい、怪我人の治療に当たってもらいたい。


加えて、ファナもまた “異常な強者” だと確信する。


決闘の日。

ジンとメルティが画策した遠方からのライフル狙撃の凶弾は、確かにファナの頭を撃ち抜いた。

その結果、頭が砕け、無残な死は避けられなかったはずだ。


“普通なら”


それでも負ったのは、掠り傷。

僅かに額から血を垂れ流す程度で、問題無く立ち上がった。つまり、常人では考えられない強靭なHP(体力)DEF(防御力)をその身に宿していることになる。


将軍のバルトですら、不意打ちでライフルを脳天に受けたら死ぬことは無いにしても掠り傷では済まないだろう。


“超越者殺し” を可能とする、常識では測れないアロンの妻もまた、常識の枠外の存在だという確信があるのだ。


しかし。



「ファナ、大丈夫だよ。いつものようにボクの帰りを待っていて欲しい。」



ファナは、ラープス村に残る。


戦場において、僧侶の存在は重要。

故に、敵に狙われやすく、同時に敵軍を落とすにも相手の僧侶をいかに倒すかが重要となってくる。


しかも今回の相手。

サウシード覇国軍最強 “五大傑” が一人。


【流星紅姫】

“サブリナ・フォン・アースド・エンザーズ”


帝国軍と覇国軍の本陣同士が激突して、約1週間。

毎日、荒れる戦場に突如として姿を現しては殲滅攻撃 “奥義・ミーティア” を撃ち放つ、覇国兵を巻き込みながら大勢の帝国兵を無差別に殺害する、狂人だ。


そして、その凶悪な戦法を誘導する者。

同じ “五大傑” の一人。


【死霊博士】

“バーモンド・フォン・フレア・フォルテ”


この二人の “狂人” の手により、帝国軍は壊滅状態。

特に、後方支援の僧侶と薬士の死傷者が甚大であり、その結果、帝国兵の負傷者の治療もままならず、6万の帝国兵のうち、死亡者は5千人を超えると言う。


負傷して戦場に立てない者を入れると、1万5千。


その結果。

“アガレス平原” の前線は帝国側へと徐々に追いやられてしまっているというのが現状とのことだ。


“そんな戦場に、ファナを立たせられない”


アロンが告げた言葉は、言外にそう伝えている。



「うん。私はいつも通りここで貴方の帰りを待つ。」



笑みを浮かべて、村に残ることを了承するファナ。


以前までの彼女なら、“何が何でもアロンに着いて行く” と言って聞かなかっただろう。

そして彼女の想いはバルトにとって、“屈強な僧侶を戦場に送れる” という棚から牡丹餅でもあったはずだ。


―― だが、ファナは残ると誓った。


その背景には、先日のプルソンの迷宮での出来事。凶悪な天使系、ドミニオンに殺害されそうになった経験があるからだ。


“私は、アロンの足手纏いになる”


戦場で殺害されてもデスワープが発動する不死の存在、“超越者” であるアロンと、生身の人間であるファナとの大きな隔たり。

どんなに強くなろうとも、その事実がある以上、ファナはアロンの足枷になってしまうと考えるようになった。


だが、そのままで良いはずがない。


超越者を殺せると判明したアロンを抑えようとする輩は、必ず現れる。


皇太子ジークノートにしろ、魔戦将ノーザンにしろ。もしかすると、敵国の聖国・覇国からも刺客が送られてくるかもしれない。


そこで真っ先に狙われるのは、ファナだ。

そういう意味で、戦場に立たなくてもファナという存在は、アロンの足枷に成り得るのだ。



だから、強くなる。



“妻を捕らえればアロンは終わり”

“アロンの妻は殺せる”


それが如何に愚な事だと、身を持って知らしめる。


圧倒的戦力で、蹴散らし、蹂躙する。

身も心も、ボロボロに打ち砕く。

二度と立ち向かえなくなるまで、へし折る。


超越者が相手だろう、貴族だろうと、関係ない。


“徹底的に”


最強のアロンの妻もまた、最強なのだと知らしめる。



―― 例え、“悪魔の女” と呼ばれようとも。




「アロンが居ない間、私が村を守る。」


「頼んだよ。ファナ。」


アロンが再びイシュバーンに戻ってきた理由に “ラープス村を守る” も含まれる。

だからこそアロンの妻として、アロンが成そうとする事も一緒に背負う覚悟と決意がファナにも宿る。


そんな二人の会話を聞き、深く頷くバルトであった。


……ファナにも、戦場に立って欲しかった。

それが本音だ。


だから、もしこの場でバルトが “将軍命令” として告げれば、一介の村人であるアロンもファナも、逆らう事は出来ない、はずだ。


だが、それは “大帝将” ハイデンに禁じられている。


もしアロンやファナの意志で戦場に立つなら、良し。

そうでなければ、決して無理強いはしてはいけない。



『我らにとってアロンは味方なのだ。良きパートナーとして彼らとの良好な関係を保たねばならない。だからこそ、彼らが意に介さない命令を下すことは、このハイデンが禁ずる。』



バルトにとって、ハイデンの命は絶対。

そうでなくとも同じ判断を下しただろう。



「さて、名残惜しいが時間が無い。準備に取り掛かり、約束の時刻に村の入口へ来ていただきたい。」


「畏まりました、バルト将軍。」





“邪龍の森” 最深部


“邪龍の巣” 前



『シュッ』


ディメンション・ムーブでアロンとファナの二人は、邪龍マガロ・デステーアが棲む洞穴の前に立った。


今日は、約束の日ではない。

だが、どうしてもマガロに会わなければならない。



『人間っ!?』

『いつの間に!』


降り積もる雪に溶け込むような銀の体躯が動く。


洞穴の前に蹲っていた番人たち――、カイザーウルフの群れは一斉に立ち上がり、突然現れたアロンとファナを警戒する。


そこに、一際大きい狼の化け物が唸り声をあげながら立ち上がった。


『誰かと思えば、件の小僧か。』


群れのボス。

インパラトールヴォルフ。


そして。


『今日は約束の日では無い。攻めてきたのかえ?』


やや甲高い声で唸るは、婆。

“橋渡しの娘” であった。


見慣れた二匹が居たことに安堵するアロンは、一つ咳払いをして告げる。


「突然の訪問で大変申し訳ございません。どうしてもマガロ様に御目通し願えないかと頼みに来ました。」


彼らが崇拝するマガロは、絶対者だ。

なるべく丁寧に遜り、告げた。


アロンの言葉に、唸っていたインパラトールヴォルフが牙を収めた。


『貴様らは件の村の者。即ち我らの同胞だ。貴様らとマガロ様との関係は我らも知るところ。襲撃や力試しで無いと申すなら、その願い主に聞いてみよう。』


「ありがとうございます。」


マガロとの修行の成果の一つに、ボスであるインパラトールヴォルフと生き字引である婆の、群れを束ねる二匹との顔繋ぎが出来たことも挙げられる。


ただ、突然訪問した事に警戒感を示したのは、門番としてもモンスターとしても本能からだ。

顔繋ぎは出来ても、馴れ合っているわけではない。


後ろを振り返り、洞穴へと向かおうとするインパラトールヴォルフに頭を下げるアロンとファナ。その時。


「話は聞いたわ?」


『ズリュッ』


地面を這うように、黒い塊が洞から出てきた。

その塊はアロン達の前で球体へと形作り、解けるように開かれた。


中から出てきたのは、黒の包帯のような布を全身に巻き、厚い黒髪に覆われた骨と皮だけの病的までに痩せ細った、薄気味悪い娘。


「突然申し訳ない、マガロ。」


「ちょうど女神様への懺悔を終えたところよ?」


“邪龍の森” こと【ルシフェルの大迷宮】の最奥に鎮座する番人、邪龍マガロ・デステーアだった。


主の登場に、番をしていた巨大なカイザーウルフ達は一斉に平伏中、インパラトールヴォルフと婆だけは、マガロを守るように傍へ寄った。


「約束は明日よ? 今日はどういう用かしら。」


「しばらく、村を留守します。」


アロンの言葉で、ピクッと眉を顰めた。


「そう」と呟き、マガロは再び長く厚い黒髪に全身を覆い、次の瞬間には黒紫のドレスへと装いを変える。


そのまま宙に腕を突っ込み、豪奢な椅子とテーブルを引きずり出した。


「アロン殿もファナ殿も、もしかしてララ殿もお出かけするの?」


テーブルに菓子を並べ、ポットから温かな茶を注ぎながら尋ねる。


「出るのはボクだけだ。ファナは残る。ララも今は留守にしているが……彼女は2週間後くらいには戻ってくる予定です。」


黒銀の鉄仮面を外しながら答えるアロン。

そのまま、アロンもファナも椅子に腰を掛けた。


“マガロが茶の準備をしている間に、席に座ること”


何度も繰り返したマガロとの茶の席での約束事だ。


「そう。……戦争へ駆り出されるということかしら? どのくらい?」


察しの良いマガロ。

淹れたての茶をアロンとファナに差し出し「どうぞ」と紡ぐ。


「いただきます……。御察しのとおりです。覇国陣営に非常に厄介な相手が出現しまして。その駆除に向かいます。期間は分かりません。現在の覇国陣営との戦場なら、ディメンション・ムーブですぐ戻って来られる距離です。」


「うん。つまり……戻っては来られるけど、どのくらい留守するかは分からない、と?」


茶を啜ったマガロは、チラリとファナを見る。

その視線に気付き、ファナはアロンへと目線を送った。


「これは、明日からしばらく修行に来られないお詫び。あと、先払いという訳ではありませんが……。」


アロンが次元倉庫から取り出すのは、大きな籠。

それをファナに手渡し、ファナは籠を包む布を丁寧に解いて中を見せた。


「いざと言う時は頼りにしております、マガロ様。」


籠の中身。

アップルパイ、ベリーパイ。

そして、イチジクパイだった。


―― 明日、マガロとの修行後のお茶会のためにと焼いたベリーパイと、イチジクパイ。それに、アロンと後で食べようと思って焼いたアップルパイもオマケとして付けた。


焼き立ての香ばしい匂いが、森に漂う。

その香り、平伏していたカイザーウルフ達がソワソワと身を捩らせるほどだ。


「3枚も! 嬉しいわ。」


急に少女のように顔を綻ばせ、両手を胸の前で組むマガロは、相変わらず、ファナのパイにメロメロだ。


早速、大好物のイチジクパイに手を伸ばして頬張る。

「んーっ!」と笑みを零す姿は、とても伝説の邪龍には見えない。


「時間が無いのでお願いだけになり恐縮ですが、どうか、村の守護を頼みます。」


茶で喉を潤し、ほぅ、と恍惚の表情を浮かべたマガロは、そのままアロンとファナへにこやかに頷く。


「任せて。」



―― 以前、お願いされた時は不発に終わった。

だが、今度はアロンが長期的に不在となる。


“超越者殺し”

どうやらそれを、ニンゲンの上位者たちに知られたと言うのだ。



“狙うなら、そのタイミング”



女神たちと(・・・・・)同じように(・・・・・)狡猾な(・・・)ニンゲンなら(・・・・・・)、そうするだろうとマガロは予感する。



「今度こそ、出番がありそうね?」



クスリと笑うマガロにアロンもファナも顔を顰めた。


「貴女が出る必要が無いのが一番なのですが。」


「それもそうね? 私が出たら……。」


ゾワリ。

ただでさえ雪深く、寒い森の気温が下がった。



神々の使徒(超越者)を殺して、逃がしてしまうわ?」



ラープス村も、邪龍の森の一部。


“森の中だけなら、存分に力を揮える”



女神の枷(・・・・)は、適用外”



マガロから漏れだす邪龍の気配に、アロンもファナだけが震えるわけではない。平伏すカイザーウルフ達も、インパラトールヴォルフも婆も、一様に怯える。


「で、出来れば超越者は捕らえてください……。」


額から汗を垂れ流すアロンに微笑み、マガロは一口茶を啜り、嗤う。



「善処するわ。」





ラープス村、入口前。


「時間通りだな。」


バルトと別れ、きっかり2時間。

アロンは準備を整え、いつもの黒銀の全身鎧を纏って姿を現した。


「お待たせしました、バルト将軍。」


「荷物は後ろの荷台へ。座席は前だ。」


アロンも初めて見る、軍用馬車。

通常の馬車馬よりも大きい体躯の軍馬は、足も速い。


実は、“バトルホース” という6本脚のモンスターだ。


性格は穏やかで草食。

人の手で丁寧に飼えば、人を襲う事も無い。


普通の馬との違いは足の本数だけではない。

体力も速度も、そして寿命も各段に長い。

摂る食事も、量も、馬と変わらない。


だが、普通の飼い馬のように一介の町村で飼育するのは非常に難しい。


理由として、未だ人工的な繁殖に成功していないことと、大人しいとは言え “モンスター” だからだ。


厄介な点として、雄と雌を厩舎に閉じ込めても交尾することは無く、それどころかストレスの所為か共食いを始めてしまう始末。


飼うためには、自然の中で誕生した仔のバトルホースを捕まえてくるしかないのだが、その時は温厚な親のバトルホースも果敢に抵抗をする。


―― 親を殺さず、仔だけを捕まえてくる。


冒険者の中には、バトルホース捕獲を専門とする者がいる。

それだけで、十分に生計が成り立つからだ。


そして、丁寧に育てるには訓練した “獣使士” でなければ手に余る仕事。

とある帝国の村はバトルホース群生地の近くに構え、捕獲と育成を生業としているのだった。



前世、幼き頃に憧れた軍用馬車が目の前に。

アロンは感動しきりに荷物を載せるのであった。




「アロン……。」


大きな荷物を馬車の荷台に乗せ終えたアロンに声を掛けるは、見送りのファナ。

いよいよ、出発だ。


「ファナ、行ってくるよ。」


笑顔で応えるアロンに、思い切り抱き着く。

周囲は、同じく見送りに来たアロンの両親、ルーディンにリーシャ。それに村の農業仲間に護衛隊など、100人を超える人だかり。


そんな人々の目も憚らず、ファナはアロンに強く抱き着いた。


―― ファナにとっても、アロンにとっても、物心ついてから初めて離れ離れになる。

アロンは5年間のファントム・イシュバーンの経験はあるものの、ファナにとってはほぼ毎日顔を合わせ、愛を語り合っていたアロンとの離れるのは初めての経験だ。


「……アロン。気をつけてね。」


「うん。ファナも、村のことを頼むね。」


それでも、ファナは離れない。

大粒の涙をボロボロ流しながら、強く、アロンを抱きしめる。


「ゴホンッ。」


そこに、ワザとらしく咳き込む、バルト。

野暮なのかもしれないが、時間も押し迫っている。


その合図で、ゆっくりと身体を離す二人だった。


「じゃあ、行ってくる。」


「うん。……アロン、いってらっしゃい。」


笑顔で手を挙げるアロンに、ファナだけでなく、両親もまた不安げな表情で見つめてくる。


「アロン……。」


「父さんも母さんも心配いらないよ。すぐ帰って来るから。」




バルト、そしてファナから聞かされたアロンの正体。



―― 超越者。



幼い頃から利発で物分かりの良い子とは思っていた。

“もしや超越者では?” と思ったこともあった。


だが、アロンが得た適正職業は “剣士”

ごく一般の、どこにでも居る子供。


その結果から、我が子は生来物分かりの良い秀才だと思っていた。



だが、実際は超越者。

―― それも、かの英雄ハイデンに認められた者。


バルトはアロンの両親に “ハイデン将軍は、いずれアロン殿とファナ殿を養子に向かえ、アルマディート侯爵家の跡を継いでもらうつもりだ” という事までも伝えた。


その言葉に腰を抜かすほど驚いた。

だが、それが実現するためにも一度アロンは戦地へ赴き、そこで大きな戦果を挙げる必要があるとのことだ。


それは良い。

―― ただ、無事で居て欲しい。


行商人として各地を出歩き、殆ど自宅に居ない両親。

若くして結婚したアロン、そして嫁のファナに全てを委ねていたが、まさかそこまで大きな機会に恵まれているとは思いもしなかった。


それでも、想うは我が子の無事。



「行ってこい、アロン。」



父ルーディンは、普段の寡黙さとは思えないほど力強くアロンを送り出した。

その言葉に、アロンは一瞬驚きもするが、すぐ笑顔を浮かべて頷くのであった。



「みんな、行ってきます!」





「へぇー。帝都で甘い汁を吸わずにこんな田舎村に住み続けている変人って話は、マジだったんだな。奥さん、超美人じゃねぇか。」


馬車内。

豪華な鎧を纏う剣士風の男が、皮肉を告げた。

そのセリフから考えらえる事は、一つ。


「貴方も、超越者か。」


鉄仮面を取りもせず、腰を掛けたアロンが苦々しく尋ねた。

そのアロンに怪訝な表情を向け、男は続ける。


「オレの名はホーキンス。職業は “大剣剣士” だ。帝国軍の部隊長……万人隊長を張っている。」


「ホーキンス? “破壊と再生” のメンバーだった?」


アロンの言葉に、目を丸々させて驚くホーキンス。


「よ、く……。そんな事を覚えているな。って、アンタ、あの【暴虐のアロン】なんだろ? なんでオレみたいな一般プレイヤーを覚えているんだよ!」


【暴虐のアロン】は遥か雲の上の存在。

そんな彼に覚えて貰えている事が誇らしい。


だが、アロンの考えはまるで逆。


“いずれ超越者となれば、殺す相手かもしれない”


そうした視点でファントム・イシュバーンの世界を駆け巡っていたのだ。

何かのきっかけで思い出す事もある。


「えー、じゃあアタシはぁ?」


ホーキンスの隣に座る、魔女風の女性がニヤニヤ笑いながら尋ねてきた。


「貴女は?」


「アタシは、“魔導士” のアニー。こう見えても万人隊長だよ。」


緑色の長い髪をくるくると巻き上げるアニー。

アロンはしばし考え……。


「…… “白翼騎士団” のメンバーだった、アニーか。」


その答えに、アニーは「マジかよ!」と驚愕する。


「すっご! マジで凄くない? 転生して何年目なの? 何で覚えているの、そんなことまで。」

「たまたまですよ。」


確かに、たまたま思い出しただけだ。

だが、ホーキンスもアニーも、上位職ではあるが他職をジョブマスターにした上位者であるため、油断ならない。



「超越者同士、昔話に花を咲かせておりますな。」


出発の準備を整えたバルトも馬車内へと入ってきた。


「ホーキンス隊長、アニー隊長。再び戦場へと赴く勇気に改めて感謝申し上げる。」


深々と頭を下げる、バルト。

その言葉、姿にアロンは「え?」と声を漏らした。


それに答えるは、アニー。


「あー。アタシらさ、覇国とのドンパチで成すすべなく殺されちゃってねー。」

「マジで卑怯だろ、サブリナとバーモンドの野郎。」


頭を掻くアニーに、苦々しくぼやくホーキンス。

その言葉に、アロンは食いついた。


「サブリナ戦法の犠牲になったという事ですか?」


「そそ。昔さー。アロンさん達が完封してくれたあのメテオボマー。あれ、こっちの世界(ゲーム)だとえげつないね、マジで。」


「ああ。しかも敵兵まで巻き込んでなんて。ファントム・イシュバーンならフレンドリーファイアは防止されていたのに。こっちじゃリアル過ぎてそういう仕様じゃないんだよな。くっそ。」



“この世界を、ゲームと捉えている”



その言葉、事実に怒りがこみ上げるアロン。

だが、今はその事を咎めたり、―― ましてや、“殲滅” する時ではない。



「バルトさん、オレもアニーも悔しいからリベンジするんだ。尻込みしたカイエンさんと一緒にはしないでくれよ。」


「給金、弾んでねー。」


ホーキンスとアニーの言葉に、バルトは苦笑いしながら「畏まりました」と答える。


「……カイエン?」


聞き捨てならない、人物の名。


「ああ。“蒼天団” のギルマス “侍” カイエンさん。」

「あの人さー、サブリナのミーティアに巻き込まれて縮こまったとか! そんなナリとタマじゃないくせに、何してんだよって話よねー。」


「……カイエンも、覇国との戦場に居て。デスワープを発動させたと?」


アロンの呟きのような言葉に、アニーは「そそ!」と答えた。


かつて、アロン勧誘のために “魔戦将” ノーザンの名代としてラープス村に訪れた、超越者。

卑劣な算段でアロンを無理矢理に帝都へと引っ張っていこうとしたのを、逆にカイエンの失態として跳ねのけた、因縁深い相手だ。



そのカイエンが、同行しなかった。

嫌な予感が過るアロン。


(まぁ……。考えすぎか。)



「ホーキンスさん。アニーさん。サブリナ戦法の事、詳しく話してくれませんか?」



それよりもまずは、目の前の問題から。

大量虐殺を生む、問答無用で “殲滅” の対象である、【メテオボマー(サブリナ)】の情報を、アロンは集めるのであった。





アロンが出発して、5日後。


イースタリ帝国 “帝都” 帝国城塞

“魔戦将執務室”



「アロンは、覇国陣営の戦場へと繰り出したか。」


一枚の報告書を手にノーザンは笑みを浮かべた。


「ノーザンさんよぉ。やるなら、今ってことかい?」


彼の正面。

テーブルに足を乗せ、太々しい態度のカイエンだ。


そのカイエンに、厭らしい笑みを浮かべ頷く。


「……丁度、邪魔なレイザーも糞女アイラも聖国側の戦場へ出ている。邪魔者が居ない、アロンが居ないただの村なんだ。……容易く落とせる。」


丸眼鏡を上げ、そのままカイエンを見た。


「で、レントール達はまだ連絡付かないのか?」


「ああ。あいつら……。どこぞで道草食っているのか。……いや、どこぞの女を食っているか知らないけど、全く連絡がつかない。」


溜息を吐き出し「オレの依頼もすっぽかされたままだし……」とぼやくカイエンの言葉に、ふむ、と呟く。



(可能性とすれば、すでにアロンに殺されたと見るべきか……。まぁ、アイツらならアロンの逆鱗に触れても可笑しくはないからな。)



だが、今それを告げるのは野暮だ。


その言葉でカイエン達(・・・・・)がやる気を無くしたら、面倒だとノーザンは考える。


「で、この2人がターゲット?」


カイエンは手に取ろうとする物。

―― それは、“写真” だ。


一部、超越者や貴族にしか手にすることの出来ない貴重な魔道具が映し出す、色鮮やかな姿絵。


尤も、超越者たちにとっては当たり前の技術だ。



「ああ。アロンの()()だ。」



映るは、2人の女性。


アロンの妻、ファナ。

そして妹の、ララだった。


―― ノーザンの息が掛かった冒険者に隠し撮りさせた、アロンの大切な家族。



今回の作戦の、キーマン。

重要な、人質対象だ。



写真を手に取りくくく、と嗤うカイエン。


「レントール達に繋がれば喜んで手を出したんだろうけど……連絡取れなきゃ仕方がねぇよな。」


カイエンは、特にファナの写真をマジマジと眺める。

非常に、美しい娘だ。


どうあっても、劣情が湧き起こる。


だが、その写真をノーザンが奪った。


「あ、おい。」


「カイエン。残念だが、そういうのは別でやれ。」


嫌悪感丸出しで睨むノーザン。

その態度に、カイエンはやれやれ、と首を横に振る。


「は。真面目なこった。」


「今回の目的はアロンの捕縛だ。そのために重要となるのがこの女だぞ? 下手を打って奴が逆上したら困るからな。」


「へーへー。」



馬鹿にする態度のカイエンに憤りを感じる。

だが、特段咎めない。


アロンを手中に収め、駒にする。


それがノーザンの最大の目的だ。

その目的を達成するために、この妻を名乗るNPC(モブ)を捕えて洗脳する必要がある。劣情のまま下手に犯してしまっては、逆上したアロンが言う事を聞かなくなるかもしれない。



(モブもカイエン共も要は使い方次第ってことだ。)



“全ては、オレ様(ノーザン)の駒”



眼鏡の奥の眼を光らせるノーザン。

被虐的な笑みを浮かべ、カイエンに宣言した。



「さぁ、アロンへの復讐を始めようじゃないか。」



次回、1月14日(火)掲載予定です。


少し間が空いてしまいますが、どうか御容赦ください。

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― 新着の感想 ―
[一言] カイエンも意外と図太い ファナと会ってなかったのね。 まだ、2人には永劫は隠せてるみたい? 女神の枷。ふむふむ。
[一言]  ファナの精神的成長を感じさせるお話。故に一時とは言え離れ離れになる場面が切ないです。  その描写があるからノーザンとカイエンの外道っぷりが引き立ってます。
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