Prologue 01 暴虐のアロン
作者の浅葱と申します。
人生2作目「暴虐のアロン」です。
前作とは違い、ダーク&シリアス路線となりますがお付き合いいただけると幸いです。
“サアアア……”
薄暮を過ぎ、月明かりを隠す雲に覆われた夜。
“冬に備えよ” と、北風が松明を激しく揺らす。
緩やかに流れる大河に沿うように、東西に伸びる街道。
街から街へと行きかう旅人を誘うかのように揺らめく松明は、街道からわずか南側に外れた先にある、村の灯りだ。
街から街までは、人の足でも半日あれば辿り着くだろう。
ところが、この村に一泊滞在することを考えれば、無理を押し通してまで夜に向かうことは無い。そうした旅人は、灯りに誘われ村へ足を運ぶ、が。
そこで気付く。
異質な村の有り様に。
村の正面は大河、背には霊峰へ繋がる大森林。
河の幸、森の幸に恵まれ、街道を進む旅人の憩いの場として栄えていた。
ところが、ある “事件” をきっかけに村は変貌を遂げた。
村を取り囲む、丸太杭の柵。
東と西に、街道を監視するような櫓。
それは、村というよりも木の砦だ。
その村の入口。
黒とも、銀ともつかぬ鈍い輝きを放つ全身鎧に身を包む騎士が独り、入口の隣に用意された丸太椅子に腰を掛け、街道を睨む。
「来たか。」
黒銀のフルフェイスの奥から響く、男のくぐもった呟き。
揺らめく松明の灯りを受けながら立ち上がるその出で立ちは、暗闇に浮かぶ幽鬼のそれだ。吹き北風――向かい風が全身鎧に取り付けられた白の外套を巻き上げる。
それでも男は、目線を決して街道から外さない。
何故なら、この暗闇に乗じて “賊” がやってきたからだ。
“この村に害する存在は、如何なる存在も赦さない。”
それが黒銀鎧の男の信念。
男は無言のまま背に背負った大剣の柄に手を掛け、ゆるりと剣を抜き取ると、
「シッ」
わずかな、掛け声。
暗闇、松明の灯り、そして風。見る者が見れば、亡霊がこれらの揺らぎに合わせて姿を暗ましたと錯覚するだろう。
妖しい動作。
男は大剣を振り抜いた姿で静止した。
その刹那。
男の足元に『カタカタカタ』と音を立てて地面に落ちる、幾つものナイフ。その数は、丁度十本であり、その一つひとつに滑らかな緑色の液体が塗り付けられている。
猛毒。
それも、掠り傷でさえ人を絶命させるほどの。
男は振り抜いた大剣の圧で、ナイフを落としたのだ。
それでもなお、街道から目線を外さない。
――ギャアッ!
ナイフが足元に落ちてから、数秒。
暗闇に染まる街道から、人の叫び声が響いた。
暗闇に乗ずる “賊” たちから、動揺する声が聞こえる。
“何故、気付いた”、“どうして、斬られた” など。
答えは簡単。
毒ナイフの投擲と合わせて、飛ぶ斬撃で、犯人をただ斬っただけだ。
北風が強くとも、向かい風。つまり風下。
相手がスキルで殺気や投擲音を消していたとしても、それを上回る力量を有していれば雑作も無い。
相手はその努力を怠っただけ。
“向こうの” 世界でも。
“この” 世界でも。
男は、当たり前の事を示しただけだ。
「……頃合いだな。」
黒銀が灯りに怪しく照らされながら、大剣を鞘に戻した。
◇
「何で? 何でデスワープしない!?」
「“瀕死回復”!、“瀕死回復”!」
たった今、“飛ぶ斬撃” で斬り殺された仲間の忍者の死骸を揺らしながら泣き叫ぶ、剣闘士の男と、涙と汗で顔中をぐしゃぐしゃにしながら “蘇生の魔法” を何度も何度も繰り返す、司祭の男。
「あ、ああ、あ……。」
たった今、目の前で起きる不可解な事態。その周囲で震えながら立ち尽くしたり、尻餅をついたりする12人の仲間たち。
高レベル、“上位職” である忍者が放った猛毒クナイの10連撃に、音をかき消す “無音攻撃” の、複合スキルを華麗に披露した、直後。
胴が、袈裟切りされた。
いつ、どこで、誰が?
それも、気配なく闇に隠れ、狙った獲物に “死” の意識すら自覚させるまでも無く殺戮することに長けた殺しのエキスパートである、忍者という “適正職業” を、有ろうことか狙った攻撃。
15人の “賊” の中で、リーダー格の3人の内の1人。
通常では誕生し得ない “上位職” を有する者。
曰く、【超越者】
仲間たちは、知っている。
超越者は、決して “殺せない” ことを。
天寿・病死以外で死んだ者を蘇生させる、“神の御業”
その魔法を扱える超越者も中にはいるが、それ以外にも、超越者は自らを蘇生させる方法が幾つかある。
その最たるものが、彼ら曰く “デスワープ”
戦場で死しても、その身体は淡い光と共に消え去り次の日の朝には、曰く “マイホーム” で万全な状態で蘇生する。
例え四肢が千切れようとも、頭蓋が飛散しようとも、どのような状態であろうとも死ねば必ず、翌日には五体満足で生き返るのだ。
ところが、忍者は絶命しているにも関わらず、その身体を淡い光と共に霧散させない。
“生きているのか?”
それは、あり得ない。
目を見開き、口、胴から夥しい血を流す。
そもそも、生きていれば司祭が最初に掛けた魔法 “ハイヒール” で傷は塞がり、息を吹き返したはずだ。
そのため司祭は『デスワープが発動する僅かな間』を狙い、戦死した仲間を戦線に復帰させることのできる “レイズ” を掛けた。
“これで、こいつも元通り”
確信があったにも関わらず、微動だにしない。
魔法はきちんと発動していた。
それにも関わらず、何故、蘇生しない!?
徐々に焦りを見せる、超越者の剣闘士と司祭。
身体を揺らしたり、蘇生魔法を掛け続けたり、その様は普段 “賊” …… “ギルド” を率いるリーダーたちの姿とはかけ離れたものだ。
自分たちを見下し、顎でこき使う超越者たち。
単純な強さだけでなく、どうあっても “殺せない” 存在。
その彼らが仲間の死で青臭くも焦る様は、普段、自分たちだけに課せられた “死” というありきたりな運命に怯える小動物に見え、恐ろしくも不可解な現象にも関わらず、嘲笑しかけた。
“いい気味だ”
「無様だな。」
それは、今まさに憎きリーダー達に吐き出しそうになった言葉。
“誰が?” と、仲間に蛮勇な者がいたのだと犯人捜しをする前に、人間としての生存本能が子分たち縛り付けた。
何故なら。
子分たちと超越者たちの、間。
音もなく。
黒銀に鈍く光る重々しい全身鎧、対照的に吹き荒ぶ北風に巻かれる白の外套を纏い、その背には黄金色に輝く柄と鍔のある大剣を背負った謎の存在が現れたからだ。
「貴様っ!? いつの間、に……!?」
即座に背負っていた長剣を抜き取り、構える剣闘士。
だが、ゆっくりと、スローモーションのようにあり得ない光景が映し出された。
握っていたはずの長剣と自分の両腕が、宙を舞う。
焼き付けるような痛みと共に、噴き出る血液。
「ひ、ひぎゃあああああっ!?」
いつの間に抜刀していたのか。
黒銀の全身鎧は、闇夜を仄かに照らす黄金色の大剣を振り抜いていた。
「ホ、ホ、“ホーリーレ” ぎゃぱっ」
司祭の男が、杖を構えたままその頭部を飛ばした。
“上位職” 司祭が放つ聖なる光線。
“ホーリーレイ” で黒銀の全身鎧を討ち抜こうとした瞬間の僅かな隙を狙われ、首、どころか頭を弾け飛ばされてしまったのだ。
腕を無くし焼け付く痛みを覚える剣闘士。
親友でもあった忍者、そして司祭の2人の命が僅かの間に刈り取られた。
「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!」
「ば、化け物だぁあ!!」
叫び、乱れ、一目散に逃げ惑う子分たち。
親友、そしてこき使ってきた子分たちを一瞬で失った。
「残るは、お前だけだな。レントール。」
無情に告げる、黒銀の全身鎧。
妖しく揺らめく光は、死神のほほ笑みか。
「おま、おま、お前……は。」
腕、友、仲間。
失ったもの、あり得ない現実を突きつけられた剣闘士の脳は、痛みと混乱のあまりに、逆に冴えわたった。
“自分の名を知っている”
つまり、この黒銀の男は、村の住人に間違いない。
それ以上に覚えがある。
無情な現実を突きつけたこの男の、既視感。
「おまえ、は……【暴虐のアロン】!?」
黒銀の全身鎧。
仄かに白く光る、外套。
“向こう” の世界では好まれない恰好。
だが、手に持つ禍々しくも煌々と輝く “神話級” の大剣。
あまりにアンバランスな出で立ち。
“向こう” の世界のある場所で、暴虐の限りを尽くした悪魔。
忽然と姿を消した、謎多き者。
【暴虐のアロン】
剣闘士の頭の中で、辻褄が合った。
何故、彼が忽然と姿を消したのか?
それは、自分たちと同じだからだ。
「……久しいな、その呼び名は。」
黒銀の全身鎧の男――アロンは、大剣を掲げた。
狙うは、剣闘士の命。
「ま、待ってくれ! ボ、ボクはあんたの傘下に入る! 村も襲おうなんて考えない!! 頼む、い、い、命だけはっ!!!」
剣闘士の頭の中で、全ての辻褄が合った。
何故、超越者である仲間が生存への “デスワープ” が起こらなかったのか。
即ち、目の前の黒銀の全身鎧の男こそが、この世界で自分たちを含め超越者を殺せる唯一の存在であることを。
それは、彼が【暴虐】と呼ばれる所以。
「黙れ。」
無情の呟き。
冷徹な、無機質なフルフェイス。
死の恐怖。
そして、理不尽に対する怒り。
剣闘士の男は、汗と涙、糞尿を垂れ流して叫ぶ。
「この世界は、ゲームじゃないのか!? 【ファントム・イシュバーン】の世界じゃ、ないのか!?」
それは、アロンに対する失言。
そして、彼にとって最期の言葉となった。
◇
「……この世界が、遊戯?」
大剣に着いた返り血を、豪速に揮い取る。
アロンは、静かに、だが憤怒を込めて、叫ぶ。
「それは、お前達だけだ! 超越者!!」
◆
失った未来を取り戻すため。
大切な者たちを二度と失わないため。
様々な悪意から払い除ける “英雄” にもなり。
時には泣き叫び命を乞う者を無慈悲に切り裂く “悪魔” にもなる。
人呼んで 【暴虐のアロン】
これは運命と悪意に翻弄されながらも、愛する者を守り抜こうとする男の物語である。