しがない探検者の人生が変わった日
テーマは図書館
ほのぼのさせてみました
うん。無理。
何処までも闇が続く。
古代の偉大な哲学者は、『深淵を覗く時深淵もまたこちらを覗いているのだ』といった奇言(?)を残したが、この平衡感覚を失いそうな、おそらく黒曜石を削って作ったであろう階段を上っていると、今自分はまさに世界の深淵を覗いているのではないかという感覚に襲われるのである。
カツーンカツーンと靴の音が壁に吸い込まれていく。
暗い恐怖と闘っていると、自然と足が速くなるものだ。
すると。
「……待ってくださぁ~い……」
と声が聞こえた。
そうだった。
今回の探索は俺一人じゃなかったんだ。
一人で探索に行こうとしたら図々しくもパーティーを組んでくれと頼まれて、仕方なく組んでしまったのである。
彼女はニーシャと名乗った。
さらさらのロングヘアーと豊かな胸、素晴らしいスタイルに整った顔立ち。
町中なら何人もの男を引っかけそうなものだが、何故かそんなことはここまで来るまで一度もなかったのだ。
それはおそらく彼女の影の薄さによるものか、あるいはフードをかぶっているからかであろう。
そうそう、今でさえ余りの存在感のなさについつい忘れてしまっていたのだ……。
「まったく……早くしてくれよ。俺たちは上についてからが本番なんだぞ」
「分かってますよ~」
「なら歩け。歩いて着いてから倒れろ」
「悠さん酷すぎますぅ~……」
「うるせえ。さっさと歩け」
「はぁ~い」
愚痴るニーシャを尻目に道を急ぐ。
いきなり歩くスピードを上げた俺に驚いたのか、はうっと変な声を上げて、てくてく犬のように付いてくるのが見えた。
あの様子ならしばらくは大丈夫だろう。
俺は更に歩くスピードを上げた。
暫く歩いていると、突然開けた場所に出た。
俺の、いや、俺たちの目的地に着いたのだ。
そこは。
「ふわああああああ、すごいですう……」
「……ああ。ここに来るのは四、五回目だがいつ見ても壮観な眺めだ」
見渡す限りの本棚。
その本棚には、とてもぎっしりと(当たり前だが)本が詰まっている。
そう、ここは森の奥にある天空に伸びるダンジョンの一角にある大図書館なのである。
古代人が作ったという言い伝えが残っているが、事実ここの書物には失われた魔術などのいろいろ重要な情報が書かれているらしい。
実は、大図書館の敷地が全て分かっているわけでなく、まだ未踏の地もたくさんあるそうだ。
そこを探索し、書物を調査し、持って帰るのが俺たち探検者の使命なのである。
それをホントに理解しているのだろうかと思いつつ、そこら中を小さい子のように走り回っているニーシャを見る。
俺にとって同行者は邪魔なだけなので、ニーシャを置いて先に進む。
と、いきなり後ろから声を掛けられた。
「どこ行くんですか?」
さっきまでその辺りを走っていた奴がいきなり後ろにいることに少し不気味さを感じながら、答える。
「未到達エリアだよ。今からそこに置かれている本の調査をするんだ」
「分かりましたぁ。ならついて行きます~」
「……勝手にしろ」
ミーシャはうれしそうに微笑んだ。
暗く狭い本棚の間を二人で縫うように歩く。
こうしてみると不思議だ。
場所も雰囲気も全く違うのに、図書館という所は不思議と心が落ち着くものなのだ。
「そういえば、ずっと思ってたんですけど……なんでここって大図書館て呼ばれているんですか?」
ニーシャが俺に、駆け出しの探検者がよくするありきたりの質問をした。
ここには司書もいないし、そもそも貸し借りといった概念は存在しないのである。
なら何故図書館なのか。
理由は簡単だ。
探検者は本を持って帰り、一通り調査を済ませると、元の場所に返すからである。
その一連の動きが図書館にそっくりなので、いつしか人は本の置き場所であるここを大図書館と呼ぶようになったのだ。
その説明をすると、納得したようにうなずいた。
「なるほど……よく分かりました。じゃあもしその本を返さなかったらどうなるんですか?」
「言い伝えによると、ダンジョンの主の悪魔がそいつに呪いを掛けるとかなんとか……」
「……ひいっ!」
ニーシャをいじるのがそろそろ楽しくなってきた俺氏今日この頃である。
「……着いたな。じゃあお前は向こうから、俺はこっちから。本を片っ端から入るだけ鞄に詰めていけ」
ニーシャはすぐに走って行く……と思いきや、こっちを見たまま固まっている。
「どうしたんだ?早く行けよ」
すると。
「……ごめんなさい私にはそれは出来ません」
「は?」
「だから……私が本を持って帰ることは出来ないんです」
「いや、探検者なら持って帰ることが許されているはずだが?」
「いえ、私は探検者じゃないのです。実は私こういうものでして……」
「?」
そう言って、ニーシャはフードをふわっと取った。
そこから現れたのは今まで俺が見てきたニーシャとは全くの別人だった。
誰もが嫉妬するような長く美しい金髪。
顔も整って胸もそのままなのだが、顔立ちは明らかに彼女のものではない。
だが、あんた誰だと野暮なことは聞けない。
なぜならこいつは、いや、この方は。
「ニーベ・アリューシャ姫……!」
そう言った俺の声は震えた。
そりゃそうだ。
彼女は今の王妃の実の娘である。
「ばれちゃいましたかあ……」
そりゃそうだろうよ。
姫はとても悲しそうな顔をする。
まるで取り返しがつかないことをしてしまった子供の様な。
しかし、その表情もすぐに消える。
それよりも、ここに来るまでにいったいどれだけの失言をしたか……。
もはやギロチン台直行である。
「何故ここに……?」
俺の問いにニーベ姫は少しはにかんで答えた。
「私、この場所にとっても来たかったんですよ~。王族が一度も入ったことがない場所だなんて、興奮するじゃないですかぁ~」
ここから始まる姫の長ったらしい間延びした話を要約すると、本好きの姫は本の中でこの大図書館を知り、それが探検者の中のみで秘匿されていることも知り、好奇心が抑えられなくなった、そして身元を隠す魔法のフードを被ってたまたま俺のパーティに入った、ということらしい。
これが次に一国の女王になるお方か、と呆れる俺に姫は優しく語りかける。
「これまでの数々の無礼な態度、許せませんねぇ~。帰ったらゆっくりとお話しましょうね~」
「……ひぃっ……」
今度は俺が悲鳴を上げる番だった。
楽しそうに本を漁って俺の鞄に放り込んでいく姫。
それを見て、ため息をつく。
これからどうなるのか、考えるだけで憂鬱になる俺であった。
そんな中でもこの大図書館はいつもと変わらず、温かく俺たちを包み込んでくれている、そんな気がした。
読んでいただきありがとうございました
最後の方が少し雑だったのはすみません。
感想アドバイスなどお願いします!