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この男の娘、最強につき  作者: タロイモ
3/5

冒険は未知につき

 此方は前二つより少し長めとなっています。

 ご了承のほどお願い致します。


 その後簡単に館の位置や噂、実際に起こった事件などを調べ上げたリオは、現在訪れている幽夢の館に向かったのだ。


 タマモの言っていた事件の内容はどれも可笑しく〝無残な姿にされた〟とは言っても、当時の事件を収めた本には「一時的に信仰していた宗教の記憶を書き換えられた」や「魔力の最大値を削られた」など、精神的なダメージはあっても生死に関わるものは一つも無かった。

 中でもリオが一番酷いなと思ったのは「精神年齢を赤子まで下げられてしまった」というものだった。因みに、その人も一時的なものだったみたいで一年と立たずして元に戻ったらしいが。



「この情報だと、鮮血の魔女は人を弄ぶような魔物っぽいな」


 終始何とも言えない表情を浮かべるリオは、そう呟き顎を擦った。


 正直な話、リオにとって事件の内容はどうでも良かった。例え人間を八つ裂きにするような魔物がいたとしても、将又(はたまた)長期に渡る拷問を趣味にした魔物がいたとしても。彼が最も重要視したのは〝幽夢の館〟という一点だけだった。


 この王国に限らず隣の帝国、周囲の小国、更には海を隔てた大陸にまで様々なアンデットが住み着いていると噂が流れている幽夢の館。しかし、実際にそれを目撃したものは存在せず、今となっては誰がそんな噂を流し、どうやって現在までそれを風化させずにいるのか謎に包まれたまま。


 過去に足を運び探索した冒険者は数え切れない程いる。しかし、ここ十数年でタマモの言っていたような事件など起きることも無く、それどころかアンデットすら見つける事無く皆無事に帰ってきているという。リオにとっては事件どうこうよりも、この噂についての方が興味を惹かれるポイントが高かった。


 だが、今迄それを調べるには決定的な情報が少なく、過去にこの話を題材にした本が多く出版され過ぎていて完全に御伽話だと勘違いしていた。そういった事から、リオはこの問題を頭の隅にやり、時間があればと後回しにしていたのだ。



 何の事件も起きないことに飽きが回って来たリオは、大きな欠伸を無理やり噛み殺しタマモがくれた〝書類〟を懐から取り出した。


「えーっとな……事件を起こすのは鮮血の魔女と。種族に関してはそのまま魔女だな。で――あ、なるほどね」


 多少皺のいった数枚の書類には、タマモが過去に調べたという事件の詳細や彼女自身が立てた予想等が連ねてある。内容としては――。


『表題一、鮮血の魔女。種族は魔女であり、通常であればCランク。しかし、事件の被害状況を見ると通常個体より知能が優れており、我々亜人と同等程度の思考能力がある恐れが大。噂によると背が高く、瞳が紅いとの事――』


 といった具合である。


 ある程度此方に来る前に内容を頭に入れていたリオは、確認と流し読み書類を懐に戻した。

 タマモの予想だと、やはりこういった〝ダンジョンボス〟的な存在は最深部に居るのが定石だと書いてあった。しかし、そうなってくるとこの建物は〝ダンジョン〟という区分になってしまう。ダンジョンとはその名の通り迷宮であり、入る度に内部構造が違う魔力で構築された洞窟のようなモノだ。そこに存在するボスと呼ばれる魔物は、知能が高くその一個体しか存在しないのが通説。そしてボスの役割はダンジョン最深部に眠る〝宝〟の守護である。

 だが幽夢の館は魔力で構築されているわけは無く、建物自体大理石や火山岩といった岩石系で作られていた。勿論、魔力の痕跡なんてものも無い。それであれば、この世界中に蔓延(まんえん)する噂とは……。


 そんな風に頭を悩ませていた矢先に見つけた地下室。隠すように庭の枯れ井戸の底に造られた重圧な扉は三重にもなっていた。


 リオは自分自身の幸運さに頬が緩むのを隠しもせず、跳ねる様に地下室を進んで行った。


 そんな時だった――リオの目の前に何かが落ちてきたのは。



「うわッ――と! 何だ何だ!?」


 瞬時に身体全身へと魔力を循環させ――身体強化を行ったリオは、三メートル程後ろへ飛び退き戦闘態勢に入った。


 彼の目の前に落ちてきた〝何か〟は腐った肉塊のように変色しており、スライムのように僅かな胎動たいどうを繰り返している。そのあまりの気持ち悪さに頬を引き攣らせたリオは、何もない空間(・・・・・・)に手を突き刺し――自身の身長を上回るほどの太刀を抜身で引っ張り出した。


 これは上級冒険者になるうえで必須とされている無属性魔法〝エアボックス〟。本人の力量に大きく左右されるが、一定の重さ迄何でも収納できる四次元収納庫である。使用者によって扱い方は異なっており、おもちゃ箱のように何でもかんでも放り投げる使い方があれば、彼のように中身を幾つかに分割し瞬時に物を取り出せるように整頓するという使い方もある。これは使用者の性格が出るかもしれない。


 何の装飾もされていない――所謂白鞘と呼ばれる刀に近い造りの太刀を、リオは無駄のない動きで下段に構え、肉塊の動きを注意深く観察する。

 刹那――。


「うおいッ! 今度は何!?」


 肉塊の周囲を囲むようにして出現した魔方陣。それは床から空中へ上る様に幾つも描かれて行き、多重に展開される。

 同時に目が眩むような激しい発光を繰り返す魔方陣に、思わず顔を顰めたリオは光が徐々に引いて行くのを見計らい、瞼を抉じ開ける。


「――マジ、ですか。僕これ、初めて見たんだけど」


 鮮明になったリオの視界の先。そこには先程までの肉塊の姿は無く――黒光りする甲冑、見え隠れする腐った肉、零れ落ちそうな瞳に呼吸の度に排出される紫色の息。この魔物の名前は。


「グールジェネラルね。それも進化の秘術(・・・・・)で、か」


 ――グール、生前に負の感情を残して死んでしまった亜人種が大量の魔力に当てられ蘇った、謂わばゾンビである。基本的に魔力溜まりと呼ばれる地脈の近くにしか存在を確認されておらず、樹海や人里から離れた墓地、洞窟などで見受ける事が多い。


 ランクはEであり、雑魚敵としてスライムらと並ぶ程有名な魔物だ。しかし、今回出現した――否、強制進化という術者の代償が大きな魔法〝進化の秘術〟によって生み出されたグールジェネラルは、グールとは比べ物にならない程強力な魔物だ。ランクにしてA。


 想像を絶する光景に思わず頬を引き攣らせたリオは表面上と打って変わり内心、幽夢の館への興味がメーターを振り切っていた。


 進化の秘術は禁忌魔法と呼ばれる〝世に出してはならなかった魔法〟の中でも有名な魔法の一つである。進化させたい物体、又は生態に対して有効な魔法であり、魔力と使用者の身体の一部が代償として要求される特殊なものだ。代償は進化させる進路によって大きく異なり、金属をスプーンへ、スライムをビッグスライムへ等の進化先が目に見えて分かりやすいモノは指一本や片耳などが代償になる。対して今回のような肉塊からグールジェネラルへ進化となると。


「十中八九、身体一つじゃ足りないぞ、これ……」


 リオは肉塊を進化させた相手――鮮血の魔女と思しき存在を脳裏にチラつかせ、喉を鳴らした。


 対峙するグールジェネラルは荒い呼吸を繰り返し、濁った瞳でリオを見つめる。しかし、特に動きらしい動きをするわけでも無く、只々その場に立ち尽くしていた。

 念の為速攻に対応できるよう構えていたリオは、少し肩の力を抜き一定の距離を保つようにしてグールジェネラルの周囲を旋回する。

 一〇センチ……一五センチ……二〇センチ。摺り足とは言えど、目に見えて動いているリオだったが、グールジェネラルは首は動かせど体勢を変えることはない様子。


(奴のスイッチを入れるには、少し慎重になり過ぎかな……?)


 過去に進化の秘術を使用された個体と戦闘経験がないリオは、どうしても慎重になってしまう自分に小さく息を漏らし、相手がAランクの雑魚だという事を思い出す。


(仮にSランク個体であれば、もう少し慎重になった方がいいかもしれないけど……今回、長引きすぎるのもあれだしな)


 続けて細い息を吐き出したリオは、早く終わらせようと思考を切り替え爪先に体重を移動させた。

 体内を流れる様に循環させた魔力を瞬時に足腰へと集め、上体の魔力を薄くしたリオは、床へ倒れ込むように体勢を低くすると――神速とも呼べる速さでグールジェネラルへ切りかかった。

 手ごたえは――。


「チッ! 案外早いじゃないか!」


 耳をつんざくような轟音が地下に響き渡り、リオの弾丸追突で舞い上がった土煙が衝撃波によって吹き飛ばされる。

 刹那の内に数回切りかかった筈のリオは先程の位置へと戻っており、対するグールジェネラルは何処からともなく取り出した大剣を床へと突き刺した。


 リオの額から一滴の汗が流れる。


(おいおいおい……今の、普通のAランクだったら首チョンパだった筈なんだけど?)


 止めていた呼吸を再開させ、乾き笑いを浮かべたリオは先程まで脳裏を巡っていた予想が正しかったことに心底面倒臭いと感じた。


 進化の秘術が通常魔法として使用されていたのは数百年前、それもほんの三カ月という僅かな期間のみ。詳しい研究資料はとうの昔に燃やされており、現代に残っているのは〝禁忌目録〟と称される禁忌魔法大全の数ページのみ。だが、その中にも魔法に繋がる根本的な術式は記載されていないという。


 つまり何が言いたいかというと、現代ではまずお目に掛かれない魔法故に〝過去の事例〟が無い。故に――強制進化させられた魔物の強さは現代の〝魔物対象災害識別《ランク制度》〟では力量を測り切れないのだ。


(でもまぁ、この感じだとSランク下位ってところかな。属性強化くらいでイケそうだ)


 だがリオは数回剣を交えたことである程度の目星がついた様子。これは経験あっての賜物と言えるだろう。


 リオは小さく息を吐き出すと、依然下段に構えている太刀へ魔力を流し込んだ。表面をコーティングするように太刀を覆い尽くした魔力は、数秒遅れて目に見える程の暴風に変わった。これが属性強化。


 先程からリオが全身に掛けている魔法は身体強化――読んで字の如く身体能力を向上させる魔法である。属性強化はそれの上位互換。無色の魔力に属性を乗せ、更なる強化を図る魔法だ。自らに掛けることも可能であり、今回のように武器に掛ける事も可能である。


 風の刃を纏ったリオの太刀を目に、グールジェネラルの身体が少し揺れた。多少警戒の色を見せた相手にニヤリと口角を上げたリオは、先程までの緊張感など無かったかのように自然体に戻り口を開く。


「ごめんね将軍さん。やっぱり僕、手加減苦手みたい」


 タマモに見せたような満面の笑みを浮かべたリオ。一瞬身体がブレた(・・・)かと思うと、太刀が纏っていた暴風が掻き消えていった。


「ふーっ。疲れた疲れたー」


 息を吐き出したリオは下げていた太刀で肩を数回叩くと、そのまま太刀をエアボックスへと収納した。グールジェネラルの身体が霧散したのは、その後直ぐの事だった。

 手持無沙汰となった両手を叩き、探索を再開したリオ。その背後には何も残っておらず、先程同様何処からともなく水が滴る音が響き渡るだけだった。




 最後までお付き合い頂き有難うございます!

 引き続き「この男の娘、最強につき」を宜しくお願い致します!

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