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この男の娘、最強につき  作者: タロイモ
2/5

彼は飽き性につき


 ギルドでのプチ騒動から二週間程経った。


 基本的に働き者であるリオは、暇を見つければ適当に依頼をこなすのが日課となっていたのだが、あの一件以降ギルドには訪れていなかった。とは言っても、あれが原因というわけではない。


 ――薄暗い廃墟。何十年放置されていたのかは予想もつかない程風化が激しく、周囲の木々に飲み込まれるようにして寂しく(そび)え立つこの建物は幽夢の館と呼ばれている。別名アンデットホーム。


 現在リオはそんな幽夢の館の地下二階を、ひたすら無心で一人歩いていた。

 特に雨が降っているわけでも無いのに常に湿気が溜まっており、何処からともなく水滴の垂れる音が響き渡る。そして目には見えない何かが、頻りに自分の身体をすり抜けて行く不思議な感覚。更には地下室とは思えぬ広さを有している造りに、常人であれば竦み上がり失禁しても可笑しくない程この館は異常に満ちていた。実際リオも無心を貫いてはいるものの、顔がいつもより若干青い。


 何故彼がここを訪れているのか。それには特に深いわけでも無い理由があった。

 (さかのぼ)る事三日前――。



 リオには行きつけの書店があった。場所は王都内でも隅の方で、スラム街を進んだ先にあるあまり人の寄り付かない寂れた書店。


 しかし、草臥(くたび)れた外観とは裏腹に取り扱っている書物は大変貴重なものが多く、禁忌に触れると数十年前に増刷を禁止された禁書や、今では無くなってしまった小国の秘蔵書など、普通ではまずお目に掛かれないモノばかり。時偶に何処かの国のお偉いさんが来店している事がある、そんな隠れ家のような店だ。名前をミコトの古書店。


 多い時は二日に一回も通っているリオは、今日も散歩がてらミコトの古書店に訪れていた。


「お早う御座いますー」


 気の抜けたリオの声が、ドアベルの軽快な音に交じり店内に響き渡った。

 木造で出来たミコトの古書店は鼻腔に優しい木の香りと書店独特の紙の香りに包まれており、リオはこの匂いが大好きだった。


 後ろ手で扉を閉めたリオは、頬を綻ばせ深呼吸を繰り返す。


「今日も来おったか……相変わらず暇そうじゃのう」


 そんな彼を罵る様に、しかし表情は嬉しそうに店の奥から一人の女性が姿を現した。


 綺麗なブロンドの頭髪を腰辺りまで伸ばし、女性らしい起伏に富んだ身体を持つ。美女と呼んでも相違ない容姿の彼女はこの書店の店主、タマモ・ミコト。

 街を歩けば八割以上の人間が振り返る容姿を持つ彼女だが、それ以上に彼女を特徴づける箇所がある。それは――頭から生えた獣耳と腰元で揺れる一本の尻尾。これは彼女が獣人であると裏付ける何よりの証拠だ。


 タマモを視界に入れたリオは子供のような満面の笑みを浮かべ、ゆったりとした動きで歩き出した。


「タマモこそ。どうせ今日もお客来ないでしょ?」


 屈託のない笑顔をこれ見よがしに浮かべるリオには悪意があるのかないのか、そんな事を溜息交じりに考えていたタマモは、呆れたように口角を僅かに上げた。


「酷い奴じゃ。まだ店を開けて一時間も経っとらんて。これからじゃよ、これから」


 自身の目の前で立ち止まったリオの頭を数回、乱暴に撫でたタマモはそのまま踵を返し、言外に着いてこいと伝えて店の奥へと歩んで行く。リオもそれを汲み取り、トテトテと玉藻の後を追った。


 会計カウンターを越えた先はタマモの居住区となっており、この国では珍しい〝畳〟という床材が使われた〝居間〟という名の一室が広がっている。


 履物を脱いだ二人は部屋へ上がり、リオはそのまま畳を滑るように〝座布団〟と呼ばれるクッションのようなモノに顔を埋め、タマモはお茶を入れに台所へと足を運んだ。


「それで? 今日は何の本を見繕うかの?」


 〝急須〟という茶器と陶器のコップを丸く背の低い机〝卓袱台〟に置いたタマモは、お茶を入れつつリオへ質問を投げかけた。


 毎度の事だが、タマモはリオが上げる読みたい本のジャンルやポイントを聞き、それにあった本を幾つか店内から持ってきてくれる。他の人からしてみれば面倒なことかもしれないが、彼女からすれば唯一とも言っていい常連客の申し出だ。断る理由が見つからない。それに、彼女自身リオを少しでも長くこの場所に止めておきたいというちょっとした下心もあったりする。


 彼女の質問に小さな唸り声を上げたリオは、勢いよく座布団から顔を上げると。


「今日は本が目当てじゃないんだよねー」


 考えるように何処か一点を見つめ、そう答えた。

 リオの返答に首を傾げたタマモは、湯気の立つコップをリオの前へ置き、自身の手元に置いていたコップに口をつけた。


「なんかさー、最近ギルドの依頼こなすのも飽きて来ちゃって……タマモって長生きしてたよね? なんか面白そうな話、知らない?」

「――ぶほッ!」


 思わず口に含んでいたお茶を吹き出してしまったタマモ。頬を赤く染め、眉根を寄せた彼女は「私怒ってます」と言いたげな表情を浮かべる。


「の、のぅリオ。そういう事は、分かっていても上手く包み隠してだな……」


 確かにタマモは何百年と生きており、その間で集めた自身のコレクションを元手に書店を開いている。しかし、幾ら長生きしていようが女性である。年齢の事を直接小突かれるのは面白くない。

 崩れた姿勢と着物を直し、一度咳払いを挟んだタマモは全身お茶塗れとなり此方をジト目で見つめるリオから視線を外した。


「はぁ。確かに、考えも無しにごめん」

「う、うむ」


 座り直したリオは何処からともなくタオルを取り出し、濡れた顔をふき取る。


「で、話の続きだけどさ。何処か知らない? 暇で暇で死にそうなんだよね」


 用が済んだタオルを折りたたみ、机に置いたリオはそう続けると「頂きます」とお茶を一飲みした。

 彼の質問に自身の記憶を探っていくタマモだが、内心では「ずっとここに居て欲しいのじゃが……」と乙女のような事を繰り返していた。しかし、リオが生まれた時から知っている身として、此処で自分の願いを伝えたところで耳を貸さないのは重々承知しているし、何より彼は飽き性だ。ある程度の期間何かにハマると、糸でも切れたように一定期間それに触れる事を良しとしない。そんな面倒臭い一面を持ち合わせている。


 深い溜息を吐き出したい気持ちを堪え、記憶の海を潜っていったタマモは、小さな声を漏らして手を叩いた。


「もしかしたら、依頼と似ていて嫌になるというかもしれんが……」

「え!? なになに! 閃いたの!?」


 良いのがあったとは思いつつ、嫌がりそうだなという考えも脳裏を過ったタマモは、渋々といった形で手を上げる。それに腹を空かせたコボルトの如く喰いついたリオは、尻尾を振っていると幻覚を見てしまう程嬉しそうに身体を前に寄せた。


「あー……っとじゃな。リオはこの国の東側に位置する森、魔女の樹海を知っておるか?」

「魔女の樹海? 知ってるも何も、有名な場所じゃん。うちと帝国の境界線にもなってる霧の凄い森でしょ?」

「そうじゃ。ならばあの森の奥地に建つ幽夢の館も知っておるな?」

「うん」

「実はのぅ、今はどうなっておるか知らんが……二、三〇年前、あの館には鮮血の魔女が住んで居るという噂があってな。一時ではあるが訪れた者を無残な姿にするという事件が実際に起こっておったのじゃ」


 不安そうに言葉を連ねたタマモは、いつの間にか落ちてしまっていた視線をゆっくりとリオに合わせた。するとそこには――新しい玩具でも見つけたかのように瞳を輝かせるリオの姿が。

 思わず口が半開きになってしまったタマモは、そのままスライドするように隣へと迫って来たリオに驚きつつ、勢いのついた彼を優しく受け止めた。


「あれって本当の事だったんだ! 本では読んだことあったけど、完璧に空想の話だと思った!」


 タマモの豊満な胸に埋まりながら、しかしそんな事気になるかと楽しそうに身体を跳ねさせるリオを見て、タマモの心はじんわりと熱を帯びて行く。

 何となく、弟が出来たらこんな感じなんだろうなと思いながら、タマモは燥ぐリオを抱きしめ、彼の言葉に優しく頷き続けた。


 最後までお付き合い頂き有難うございます!

 引き続き「この男の娘、最強につき」を宜しくお願い致します!

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