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 いったいこいつはなんなのだろう。ヒトなのだろうか。それとも違う生き物なのだろうか。


 たしかに、彼にとってヒトは最も親近感のある特異な存在であった。


 自身も限りなくヒトに近い生活を送っていると感じることもある。姿かたちも似ているし、行動の仕方も似ている。


 しかしやはり肉だった。彼においてヒトは食料としての選択の一つであり、どの獣の中でも一番好みの味のする特別な食材であり、そして難しい狩りが伴うひと月に一回のごちそうでもあった。獣の肉もヒトの肉も高級品低級品という違い以外はなく、食材というくくりにすると何一つ変わりがなかった。


 少年は、どうだろう。ヒトも含めて、今まで自分を攻撃してくる存在はごまんとみてきたが、同時にみなそれらは殺して黙らせることもできる存在だった。しかしこの少年はどうか。殺しても生き返る存在など、彼は見たことがなかった。


 それも、自らの目で傷が癒えるのを目撃してしまった。それは奇跡であり、神秘であり、得体のしれないばけものだった。彼がもし殴れば少年はすぐに気を失って黙るだろう。しかしそんなことをしても、また少年がすぐに回復して暴れることはわかっていた。


 彼はこの少年に手を出すことはできなくなってしまったのだった。それこそ繰り返し、少年を殺さねばならないのである。それは重労働だし、めんどうだし、なにしろやりたくないことだった。彼の中で、ある種、この少年を畏怖する感情が出来上がってしまった。これはヒトとは別の、何か得体のしれないばけものだ。


 彼はそれからずっと、日が傾くまで少年を見張っていた。たまに腹が減ると干し肉を取り出して食べたり、狩りの副産物として見つけた菓子の類をたべたりしたが、それ以外は片時も見放さずずっと伏せて少年を見続けていた。少年はうずくまったまま何もしゃべらず、たまに縄をほどいたり小屋を壊したりを試みるものの、ぼろ小屋といえど両手を縛られたままでは木の壁は少年の力では壊せず、縄も何重にもきつく縛ってあるのでほどくことは困難に思えたため、それっきりずっとおしだまっていた。


 やがて日が暮れた。彼はまた腹が減って来たので、夕飯の支度をすることにした。天井に吊るしてある懐中電灯で作ったランプをつけて明かりを確保し、樽の中の塩をかち割りながら探って肉を取り出す。適当にこびりついた塩を払いながら状態を確認して、山菜と合わせて食べる。いつものように静かな夕食だった。


 ぐうと、腹のなる音が聞こえた。彼はそれが自分の腹から発せられたのではないと気がついた。少年の方を向くと、少年は多少脚をくずしたり楽な姿勢を取りながらも、ずっとうつむいたままだった。しかしどうやら、自分が肉を一口かじるたびに彼の方を見ては、またうつむくというのを繰り返しているように見える。


 彼はなんとも不思議な気持ちだった。ふらりと立ち上がると、また干し網から肉を取り出し、牙と手で手頃なサイズに引きちぎって少年の前に放った。


「なんの肉?」


「わすれた。たぶん、イノシシかシカか」


「そうか」


「たぶんヒトじゃないよ」


「人の肉なんか食えるか」


 少年は前のめりになって激しく言い放った。あまり前に飛び出たので、首と腕に余計な負荷がかかったのか、少年はせき込んでへたり込んだ。まじめだなと彼は思った。ため息を一つつくと、彼はさっきの肉を調べ、ヒトではないことを確認する。一口かじってみて、ヒトとは肉質も香りも違った。いつもヒトは樽を分けているので、自分が狩った際疲れて間違えたりしていなければ大丈夫だと思ったが、少年がもしかしたら神経質になるかもしれないと思ってパフォーマンスがわりにやってみせた。


「これはイノシシだろう」


「ほんとうか?」


「それよりも、おなかすいたんだろ」


「すいたけど」


 少年はまだもじもじしていた。


「いらないの」


「くれるのか」


「おなかすいてそうだから」


 少年はまだ何か言いたげである。


「ねえいらないの」


「生肉じゃたべられないだろ」


 仕方無しに彼は棚を探してマッチを見つけ、肉を持って外に出た。干してあるにせよ外観は肉そのものなので、食用ではないものに見えたのかもしれない。適当な石を四つほど左右に分けて設置し、枯れ草や枯れ枝を真ん中に集める。また小屋に戻って棚からさびついた鉄板を取り出すと、ホコリとさびをあらかた払って石の上に渡し、マッチで点火して肉を焼き始めた。マッチも残り少なかった。


 彼は久しぶりに焼いた肉の香りを嗅いだ気がした。鉄板に張り付かないように少しずつ位置を変えながら、少し焦げ目がつくまで焼いていくと、脂が染み出して香ばしい香りが漂う。程よく焼けたのを確認して鉄板を木の棒で押してどかし、火を消す。持てるくらいの温度にまで冷めたところで鉄板ごと小屋に持ち帰り、少年の前においた。


「できた」


 少年は怪訝そうな顔をしている。小屋はすぐに香ばしく焼いた肉の香りが充満した。

少年の腹はまた大きく鳴った。それでも少年はすぐにそっぽを向いて唇を噛み締めた。彼は面倒くさくなって、手と口でいくらか小さくちぎって少年の顔の前に差し出した。少年は渋々、口を開けた。肉を噛みしめる。彼はちぎっては少年に食べさせ、気づけば自分の食事は全くあとまわしになっていた。


 少年の食いっぷりといったらそれは見事なものだった。はじめは臭いとかまずいなどとぶつくさ文句を垂れながら、彼にちぎってもらっては提供される肉を嫌々食べているふうだったが、次第に食欲を取り戻したのか、一口を飲み込む速度が上がってゆき、最後には塊からそのまま噛みちぎって頬張るようになった。


 彼も先程までとは比べ物にならない少年の貪欲さにまた怖気づいて、しだいに肉を持った右手だけ少年の前に突き出して、一歩身を引いて少年の食事を眺めていた。


 少年が完食し終わると、彼は残った骨をバリバリとかじる。久しぶりに焼いた肉の旨味を知って、骨までも香ばしく仕上がったその味に心底感心した。


「なあ、おまえ、さ」


 少年は話しかける。彼は骨に夢中で、目だけ少年の方へ向けた。


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