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とりあえず、彼は少年を殺すことができなくなった。物理的に不可能であると彼が考えてしまったのもそうだが、もしここで少年を殺したとしても、あれはもういちど生き返ってしまう。それはすなわち、繰り返し繰り返し、少年を殺さなければならないのではないかと、そんな気がするのだった。
彼は少年が起きる前に女の皮をはぎ、沢で洗い、鉈でぶつ切りにして今度こそ本当の肉塊にしてしまってから、この小屋で唯一彼が清潔に保っている棚からキッチンペーパーを取り出してしっかり水気を拭き取った。残り少なくなった香辛料類や塩をすり込んでまたキッチンペーパーでくるむ。これを空いた干し網にしばらくおいて、水分の抜けるのを待つ。数回これを繰り返して塩抜きをし、乾燥させればとりあえず干し肉にはなるのだった。
狩りは決して容易いわけではなく、肉を無駄にしないがために彼はいつもこうして干し肉を作っているのだった。その為小屋には肉の塊があちこちからぶら下がっていたり、干し網が四隅に吊り下げられていたりした。これで余裕があれば、このあとにしっかり燻製もすることでさらに上質な味になり保存期間も長くなる。もっともそれは運良く乾燥した桜の木などが見つかったときとか、たまたまホームセンターから窃盗するときにうまく燻製チップを盗めたときなどに限られていた。とはいえ燻製の作業は必ず火の気だけでなく特有の香気を伴うので、万が一見つかる可能性があるかもしれないと彼は好んで行わなかった。
その後ほかの干し網ですでに乾燥させてある獣の肉を取り出し、棚に置いてあるあく抜きした山菜とともに軽く朝食を済ませると、今後について考え始めた。
このまま少年が殺せない以上、彼が逃げてしまっては困る。林の中で延々とさまよっていてくれれば良いが、ずっと山から出られないなどということはあるまい。この山は深い山ではあるものの、それほど人里から離れているわけではなく、二時間も歩けば民家があり道路も見つかるような場所だった。土地勘のない少年の足だったとしても、ゆくゆくは民家にたどり着いて、自分の事を報告してしまうだろう。それは困る事だった。
ここに定着してからニヶ月がたって、都心部でも噂が広がってしまい、新聞沙汰にもなってきている。そろそろ潮時ではあるとは思っていた。そもそもが移動し続けていないとヒトを食料にするなどやっていられないとも彼は思っていた。ましてや、最初に狩った干し肉がそこそこうまくできる二ヶ月という期間を、ここで暮らせたことが不思議なほどだった。とりあえず今回の肉を手に入れられれば、また場所を変えなければならないなと考えてはいたし、それに残り少なくなった香辛料からも、旅に出なければならない時期が来たこともわかる。ずっと同じ場所や近い場所での窃盗は身の危険を高めるものだった。
とはいえ、少年に色々と知らされて警察が捜索にでも出てきたらたまったものではない。移動するにしてもまだ荷造りも済ませていないし、性懲りもなくまた食料として手間のかかるヒトを選んでしまった。準備はしたものの、今回の肉はもう焼いてしまうしかないだろう。
彼は少年の首と両手を、小屋にあった縄で塩漬けの樽や小屋の柱に縛り付けた。殺せない以上はここに拘束しておくしかない。
作業をし終えると、ちょうど少年は目を覚ました。少年は立ち上がってすぐさま逃げようとしたが、縄でつながれて膝立ちするより先の動作ができなかった。
「こら、はなせ、はなせよ」
傷ひとつ残らず回復した少年は絶叫しながら暴れまわった。彼はどうしていいかわからず、少年から距離をとってただじっと遠くから見ていた。
「はなすわけないだろ。はなしたらおまえはにげるだろ」
「うるせえ、はなせよ」
「はなすもんか」
「はなせよ」
ずっとこんなやり取りが続くだけだった。
しばらく続いた後は、少年は泣き出してそのままへたり込んでしまった。体育座りになってずっと顔を伏せている。たまにしゃくりあげたり、鼻をすすったりする以外は、そのまま石のように固まってしまった。