喪失の夕暮れ/End of My Summer
薄暗い俺の部屋に、1日の終わりを告げる行政無線が古ぼけた童謡を響かせた。
もう、終わりだね。
外ではしゃいでいた子供達の声が遠くなり、散々午後散ってやがて聞こえなくなる。昼間は騒がしさすら感じていたのに、聞こえなくなるのも寂しいものだ。
カーテンの空いた窓から、仄かに柔らかい斜陽が差し込んだ。
この夏こき使ったエアコンの機械的な稼動音と、ヒグラシのカナカナとした弱々しい鳴き声が静まり返った俺の部屋を支配した。
その音が、その特有の空気が、俺の頭に君と過ごした数々の想い出を駆け巡らせた。
昼まで寝てて、親に怒られた日。
いつもは観られない昼の情報番組を観た日。
猛暑の中、自販機で買った冷たいサイダーを一気飲みして思わずむせた日。
夜更かしして布団の中でアニメを観て、1人ニヤニヤした日。
特に何をした訳でもないその日々は、今の俺にはどれも輝いて見えた。
やり場のない焦燥感に俺の心が疼く。
時は過ぎていくのに。焦りと苛立ちが部屋で独り項垂れる俺をじりじりと焦がしていく。
嘘だろ。
もう、 行ってしまうのか?
楽しかった毎日は、残酷に消えてしまうのか?
明日からはまたつまらない日常に戻ってしまうのか?
ダメだ。
行かないで。
* * *
悶々とした気分で夕食を済ませ、風呂に入った。
騒ぎ立てるだけのバラエティ番組は観る気になれない。俺は部屋に戻った。
最近発掘した萌えアニメで現実逃避を図るも、視界の端に明日のバッグが映り幻滅した。
何もしたくない。でも、最後まで何かしていたい。
矛盾した思考回路に、焦燥感が加速する。
そんな気持ちとは裏腹に、連日の夜更かしのツケが回ってきた。
眠い。
だが、寝てはいけない。
もし寝たら、次に目が醒めるのは明日。
即ち、君との別れを意味する。
それでも襲う睡魔には勝てず、俺は僅かに、確実に、夢の世界へ誘われていく。
眠く……ない。布団に入ったら負けだ。
諦め悪く勉強机の備え付けの椅子に腰掛ける。
* * *
本当に、もう行ってしまうのか?
――そう。
ぼんやりした頭で問いかけたら、なんか返事が返ってきた。頭がマトモに働いてないな、俺。
あと1日だけでいいから、待ってくれないか?
――それはできないの。
そう答えるのは分かりきっていたが、言葉にされると現実を突きつけられたようで辛い。
寝惚けた上に感傷的になった俺は、机の引き出しを探り、奥の方にしまっておいたカミソリを取り出した。
君のいない世界に、生きる価値はない。
カミソリを手首に押し当てる。「死」を実感させる冷たい感覚。
さよなら。
――ダメ。
カミソリを握った手を、見えない手が包んだ気がした。
――また来年……遊びましょ?
あと1年なんて……待てないよ。君がいない世界のどこに俺は喜びを感じれば良いんだ!
――大丈夫。わたしがいなくても生きてて良かったと思える日はきっと来る。だから……明日、元気に行ってらっしゃい。
諭すような優しい声に、反論の言葉を失った。体を暖かい空気が包み込む。
また来年、約束だからな。
――もちろん。約束。
虚空に向かって小指を突き出し、存在しない小指を絡める。
手からカミソリが滑り落ち、コツンと音を立てた。
明日に備えて目を閉じると、一筋の涙が頬を伝った。
さよなら、俺の夏休み。また、来年。
一時のテンションで書きました。九月一日って学生の自殺数が一番多いんですってね。
ちなみに、手首を切って死ぬ為には結構深くまで抉らないと動脈に辿り付けない――ってそういう事じゃなくて、一時のテンションで人生終えないで下さいね。絶対に真似しないで下さいね。