その強さに心酔。 ダービーにようこそ。
「ダービーだ!ダービー! ダービー!ダービー!! 」
子供が駄々をこねるように騒いでいるのは、いつもの先輩であった。そんなにダービーと言うものは重要なのか?と、疑問に思った。
「先輩。 ダービーってそんなに凄いことなんですか?」
「凄いのなんのって、ダービーは競馬関係者 …… ホースマンに取っては重大なんだよ! 年に一回の開催で三歳の馬しか出れないんだ、一年間に競走馬は約七千頭近くが誕生するけど、条件戦とかオープン戦を勝ち抜いたりした馬しか出れない…… まさに競馬の祭典ッッッ! 勝った馬はその年の三歳馬の頂点に立つッッッ! 」
「そうなんですか…… 勿論、見に行くんですよ? 」
「いくよ! お前も行くよな! な!な!」
興奮した先輩は、僕の両肩をぐいぐい引っ張った。 こんな状態にしてしまうダービーとは凄いのだろうか?
♪♪~
先輩のスマホが鳴った。
「もしもし、…… ああ、真面目に仕事してるって…… 」
さきほどの興奮した状態とは真逆の先輩が表れた。そりゃそうか、あんなハイテションで電話に出たら、狂ってる人間だと思われてしまうな。 こちらの気持ちなどを考えずに先輩は電話に集中をしていた。
「うん……え……わかった……また、連絡する」
先輩の電話は五分ほど終わった。ゆっくりと、ポケットにしまうと僕に話しかけた。
「とんでもないことになった…… 」
「どうしたんですか? とんでもないことって?」
「早苗がダービーを見たいと言ってきた。 あいつ、何を考えてるんだ」
「別に良いんじゃないですか? 何かあるんですか?」
「あいつはギャンブルとかに興味は無いって言ってたんだよ。 俺も何度も競馬辞めろ競馬辞めろって言われていたのに…… どうゆう風の吹き回しだ…… 何か企んでるな」
「?」
深刻な顔になった先輩は少し震えているようにも見えた。 僕はあまり心配とか不安とかは感じてはいなかったが、先輩の考えすぎでは? と、思った程度である。
「考えすぎですよ。 早苗さんは競馬に興味が出てきたんじゃないでかね? 先輩が楽しそうに話したから……」
「それはないっ! あいつは前に行った通りにギャンブルが嫌いなんだ! 競馬とかの話をすると、直ぐに機嫌が悪くなって、怒る。 じゃんけんでさえも博打だ! 博打だ! って、嫌がるんだ…… 」
「そうなんですか……そ、そう言えば、ダービーはいつ開催されるんですか? 」
「今週の日曜日。 開催地は東京競馬場だ」
そこで、会話は途切れた。 休憩終了を告げるベルが鳴ったので、急いで職場に戻った。
それからも仕事は何事もなくスムーズに進んでいったが、バイト終了まで先輩の顔色は悪いままだった。
ーーーー。
そこから、ダービー開催までの日付はあっという間に過ぎ去っていき、とうとう、ダービーの日になった。
その日、先輩とギャンブル嫌いの早苗さんとの出来事は僕にドラマチックな展開を目撃させるとは、夢にも思っていなかった。