シスコソフィ 下
先輩が広げている雑誌に桜の花びらが舞い降りた。 写真のシスコソフィを囲むようにひらひらと何枚も何枚も重なっていった。
「おぉ…… 風流だね」
うっかり、休憩室の窓を開けっ放しだったのでそこから風にのってやって来たのだろう。
「桜の花びらとシスコソフィのマスク(メンコ)に合うな。 どちらもピンク色だし…… いいね!いいねぇ〰! 今年の八重桜賞は楽しみだ!」
競馬は春と秋がメインになっている。これは英国競馬を模範とした結果であり、日本も見習ったからだ。 その最初の春競馬である重賞レース八重桜賞は三歳限定の牝馬しか出場が出来ない。 ここから、シスコソフィの様な伝説の牝馬が誕生するのかもしれない。期待が増してくる。
「八重桜賞が開かれる競馬場も桜が咲いてるんだよな。 あれはこの八重桜賞が開催される時に満開にする為に、職員が総出で工夫してるだとよ!」
「え! そうなんですか! すごいですね 」
その会話が終わったあとに、雑誌を閉じて、先輩は意を決したように言った。
「今年の八重桜は…… 俺は大外枠を買おうと思う! 大外は桃色! 桜の季節の験担ぎだ! これに賭けるぜ!」
「んじゃ、僕は…… 」
バタッ
僕の競馬予想を話そうとしたら、急に休憩室の扉が開いた。 そこに立っていたのは、このバイト先の主任である。
「競馬予想もいいけど、仕事も疎かにしてもらっては困るんだかな…… もう、休憩時間も終わってるし!」
沸々と怒りを抑えながら、主任が言った。 それに愛想笑いをしながら、僕は休憩室を出ようとした。
「さあ先輩も午後の仕事に……あれ? 」
さっきまで、そこ座っていた先輩の姿が見えなかった。 何処に行った? 僕が扉から出ようとしたら、なんと、先輩は廊下をスタスタ走って逃げていたのだ! 逃げ足も速かった。
廊下を走って小さくなっていく先輩の後ろ姿を呆気に取られながら、僕は思った。
「後ろから何にも来ない!後ろから何にも来ない!後ろから何にも来ない……」