上
「おい。 競馬行こうぜ! 」
会うなり行きなりそんな事を言い出したのは、 僕の先輩である。 バイト先で一緒になり、 右も左も分からない僕に仕事を教えてくれた人である。そこから、仲良くなっていき、 プライベートでも遊ぶようになっていった。
「 競馬ですか? 僕やったことないんですが ……」
「大丈夫だ。 教えてやるから、早く車に乗れよ」
先輩の車に乗ってやって来たのは、 競馬場である。 一番始めに驚いたのはとても綺麗な場所であり、 お洒落なホテルの様な雰囲気があった。
「先輩。 ここは本当に競馬場ですか? 思っていたのと全然違うような」
僕がキョロキョロ見回していると、 先輩が言った。
「 お前の思っていた競馬場ってのは、 昔の競馬場だろ。 小説とかドラマとかに出てきたようなさ。 今は全然ちがうね。クリーンなイメージを出したいんじゃないの? 俺も最近始めたから、分からないけど。」
競馬場のホールから先輩と二人で、 観覧席に移動した。 観覧席からはレースコースが一望出来るようになっていた。 コースの真ん中には大きなビジョンが設置してあり、 その中では馬がレースを走っていた。
あれ? ここのコースでは馬は走らないのかなと思って先輩に聞いてみた。
「 この競馬場ではレースは開催してないよ。 期間があって、この競馬場は夏場にレースが行われるんだよ。 あと、 レース開催してるときは入場料が取られるからな。」
「そうなんですか。」
「今日は他の競馬場ではレース開催しているから、 あの大きなビジョン …… ターフビジョンって言うんだけど、 あの中継を見てレースを楽しむんだよ。」
なるほど。 だが、 少しがっかりした。 この競馬場では馬が走っていないとは ……
「新聞買ってくるからここで待ってろ。」 と、 言われたので僕は席に着いて、 ぼんやりとターフビジョンを眺めていた。
次々と行われるレース。 そして、回りの観客から起こる声援に驚いていた。
【 何が面白いの?】
そんな事を思っていると、 先輩が戻って来た。 先輩の手にはマークシートと新聞が握られていた。
「よし。 今は15時だからメーンレースの馬券買えるな。 ここを見てくれ。」
新聞を開いた所に11Rと書かれた記事を見せてくれた。 四角の中には馬の名前が書かれていて、 その下には◎やら▲やらが立てに並んでいた。
「先輩、この◎とか▲ってなんですか? これが本命とかを表すやつですかね?」
「そうだな。 この印を参考にして、 マークシートに馬番を塗りつぶす。まぁ、 当たるどうかは分からないけど。 」
僕は渡されたマークシートを片手に競馬新聞を睨んだ。
12頭の出走で雄雌馬の混合。
うーん。解らない。 正直◎が3つ並んだ奴も気になるが ……
ずっと出走馬の欄を見ていくと、 最後に気になる馬名が見えた。
12番 サナエキタル ( 牝4 ) ………▲…
サナエキタル …… 人気は12頭中10番人気。 あまり期待が出来ない。
だが、初めての競馬なのでこれでいいか! と、 言うような気分でマークシートの12番を塗りつぶした。 他にも理由があるのだが ……
「先輩、僕はこのサナエキタルに賭けようと思います。 たしか …… 先輩の彼女の名前も早苗さんですね?! これはこの競馬に連れてきてくれた先輩との関係があるから、 この馬は来ると思いますよ! 」
「サナエキタルねぇ …… サナエかぁ」
ぽつんと、先輩は暗く一言。
あれ? 先輩の顔つきが一気に暗くなった。 なんかしたのかな?
それから、 僕達二人はマークシートを馬券発券所に入れて馬券に交換をした。 (先輩の本命は◎が四つ並んだ一番人気に単勝投票。)
「そろそろ、メーンレースだな。折角だからターフビジョンの目の前で見ようか。」
先輩に促されて、 観覧席から馬場の外に出た。 所謂、 スタンドと言われる所は目の前にレースコースが広がり、 ターフビジョンももっと大きく見えた。
ターフビジョンでは、クリーム色のジャケット来た職員が、梯子車から赤い旗をひと降りした。 その瞬間に大きなファファーレが鳴り響いた。
【お待たせしました。本日のメインレース第11レースは第47回小春賞です。こちらのレースは春の重賞へのトライアル
……】
アナウンサーの軽快な声が響いた。
僕は少し緊張してしまった。 やはり、初めての競馬だからだろうか? 隣にいた先輩に目を向けた。
先輩は、落ち着いてターフビジョンを見ていたが、 僕の視線に気がつき、話をし出した。
「あのな、お前に話しておきたいこと事があったんだよ。」
「なんですか? 」
「早苗とは別れた」
「えっ?!」
【スタートしました! おっっと12番のサナエキタルが出遅れた!】