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7月14日、設定変更。
その夜。綾花は自分をストーカーしている怪しい3人に気がつかず、家に帰った。病院とさほど離れていないマンションの405号室だ。
中に入ると、まずソファーに倒れこんだ。
「あぁ、疲れた……」
そのまま綾花は、眠ってしまった。
「……少々品のない女子ですが、本当にいいのでしょうか?」
「ええ。もちろん」
恐る恐る、茶々が綾花に近づく。
「どうすれば……?」
男が綾花に近づいた。
「やっぱり、心の中で思うのです。この時空の旅は、想像力で補うしかないのですよ。
ただ、姿を現せば、元の恰好に戻ってしまうので、ご注意を」
「あのっ……あの!」
綾花が目を覚ますと、目の前に着物姿の女性が立っていた。
「!?」
息が止まりそうになった。3人の大人が不法侵入してきている!!
「なんですか! やめてください! 出てって!」
とっさにクッションを茶々に投げつける。
「ぐふっ! __お、落ち着いて。あなたに話があるのです、あなたに__ぐはぁっ!」
綾花は攻撃の手を緩めたものの、警戒して、今度はテレビのリモコンを手に取った。
「は、話って?」
秀吉が綾花の前に歩み寄る。
「ほほ、落ち着いて聞いてくれ。わしは豊臣秀吉じゃ。おぬしは?」
「はぁ? バカじゃないの? 死んだ秀吉がいるわけないし、あなたみたいな非常識じゃないと思うけど」
その言葉で、秀吉の動きが止まる。
「……死んだ? わしがか?」
人間、いつか死ぬものだというのは、秀吉だって解る。でも、いざ自分が死んだといわれると、凄い衝撃を受けた。
「ええ。私、歴史は疎いけど、何となくはわかるわ。ま、言えるのは、それは恐らくあなたみたいな不法侵入ジジイじゃない」
「ジジイとは失れ__」
「それよりあなた。独身? 本当の秀吉なら、成人した息子がいるはず」
「息子!? と、いうことは鶴松は助かるのか?」
「鶴松? 知らない。豊臣…何だっけ? でもね、すぐに豊臣家は滅んだはず。家康が放っておくわけないだろうし……」
豊臣家が滅ぶ。
秀吉は、大きな衝撃を受けた。
「なんじゃと……豊臣が、滅ぶ?」
「そして今がある」
秀吉がぽかんとしている様子を見て、綾花は言った。
「もし本物の秀吉だとしたら、それを証明して。そこの女の方は?」
「浅井茶々です」
さっきの攻撃に、少しつんとした茶々が言った。
「随分ノリノリじゃない。用件は?」
秀吉がやっと気を取り直す。
「天下の名医殿。我が息子豊臣鶴松の治療をお願いしたい」
「……は、はぁ!?」
綾花は混乱した。
鶴松と言われている、不法侵入ジジイの息子と思われる、この子供を治療しろだって……!?
「……ま、まあ、いいけど」
しかし、天下の名医と呼ばれて嬉しかったのも事実だ。
「そうか。じゃあ出発しよう! で、帰り方は?」
すると、しばらく空気と等しい存在だった男が言った。
「茶々様に申した通り、想像力に任せてくださいな」
「さあ、あなたも」
茶々が綾花の手を引く。
「では、参りましょう!」
「え、参るって、治療器具も無い所に?」
「またここに連れてくればいいことじゃないですか!!」
実は茶々、この場所を気に入っていたのだ。
4人は光に包まれ、あの不思議な池に戻った。
「……何、ここ」
「綾花殿、この池から抜け出そうと念じてください」
男の言葉に、綾花は目を丸くした。
「池!? 念じる!? 何言ってるのよ……そもそも、あなた達の本名ってなんなの?」
「わしは秀吉で妻は茶々とさっきも言ったじゃろう。茶々はもとは側室として迎えたが、跡継ぎを産んでくれたもので、二人目の正室として扱っておる。その頃からは、淀の方とも呼ばれておって……。
で、この男……この男はのう……」
「仮に一蔵としてください」
男……一蔵が言った。
「ほ。一蔵。家臣にそんな者いたかの……まあ良い。綾花殿、付いてきてくれ」
次に気がつくと、もう夜が明けそうになっていた。
「急がねば」
一蔵は侍女から鶴松を受け取った。そして池に飛び込む。
「急げ、走るのじゃー!」
そして再び、綾花の世に戻った。
今度は病院の前に出た。
「この穴は気まぐれですね……それより、鶴松を!」
鶴松は一蔵の腕の中でぐったりしている。
「貸して!」
綾花は鶴松を受け取る……というより、奪うように取り、病院に駆け込んだ。
「急がないと、この子は死んじゃうわ……どうせなら、この前日にいけばよかったんじゃないの?」
「そんなことどうでもいいわ! 綾花様、急いでください!」
5人はエレベーターに乗り込んだ。
「不思議な箱じゃのぉ」
秀吉がつぶやく。そして、エレベーターが止まった。
「急いで診察しないと……急患に行った方が良かったわね……」
「もう遅いです! 早くしてください!」
茶々の涙目の懇願に負け、綾花は診察室に鶴松を運んだ。
「……んー、確かに昔の医療では治らない。でも今は治せる。早く薬を飲ませないと」
秀吉たちがやって来てから、10時間。
豊臣鶴松は、意識を取り戻した。
「……おとと様? ……おかか様?」
綾花は不思議に思われないように、自分の家に鶴松を運んだ。
「あぁ鶴松! 本当に、生き返ったのね!」
「うぅ……はぁ……」
けれどまだ、息は苦しそうだ。
「完治するまで、安静にしておいてね」
「では、治るまで綾花様のもとに預けさせてもらえますか?」
「無理よ! 子供苦手なんだから連れて帰って!」
「……性格の悪い女子ですね」
秀吉たちが消えかかった頃、綾花は叫んだ。
「あんたたちが本物の戦国人だなんて、信じてないからー!!」
こうして鶴松は生き返った。